[♂/連載]女の子の家で~年に一度だけの特別な日に~ [3-4] (Pixiv Fanbox)
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ゆっくりと進む、時計の針。針の進む音がやけに大きく、遅れて聞こえてくる。いつもとは明らかに異なる異常な感覚。
康一は『気をつけ三十秒』という指示に苦しみながら、決められた時が経過するのを待っていた。下腹部の水袋は体内からの排出を待ちわびる液体で大きく膨らみ、ずっしりと重い。不要な液体を早急に吐き出すことを求める水袋は、小刻みに収縮しようとしては、出口付近に備わった筋肉の抵抗にあって収縮を断念するということを幾度も繰り返している。その頻度はもはや数秒に一度という間隔であり、康一は片時も水袋の存在を忘れさせてはもらえない。
性器の先端がじんじんと熱を持って疼く。まるで、助けを求めているかのごとく。それにも関わらず、女の子達に与えられた康一への至上命題は『気をつけ三十秒』。どのような手段であっても、助けを送ることは固く禁じられている。
震え。悪寒。噴き出す脂汗。下から突き上げるような、じっとしていること自体が苦痛となるほどの、『したい』という衝動。
自らの身体がひっきりなしに送ってくる排尿に関する危険信号を、康一は女の子達からの命令を厳守するために全て黙殺しなければならなかった。己の全身が上げている悲鳴に対して、康一が与えたのは本来何の意味も必要性もない『気をつけ』を継続する指令だった。康一も『気をつけ』などしたくはない。それでも、今の康一には女の子達に逆らう度胸も気概も残されてはいなかった。この瞬間、康一は紛れもなく、自分自身の身体に対する許されざる裏切り者だった。『康一』という一個人の意思決定権を持ち、肉体の全ての部位を束ねて導いていく立場でありながら、康一は肉体から発せられる訴えを不当に退け続けた。そうして、『気をつけ三十秒』という女の子達の命令だけを守らせ続けた。
時計を見る。十秒。すでに冷たくなった下着の中で、性器が痺れたように感覚を失っている。それでいて、先端だけが変わらず、焼けるように熱い。
十五秒。全身が伝えてくるヒステリックな強度の信号。限界を知らせるアラート。これまでの信号をはるかに上回る度合いのそれさえ、康一はこれまでと同じく黙殺する。
二十秒。不意に総身に怖気が走る。大波が来る予兆。限界を超えた下腹部の水袋が、収縮を試みようとしている。康一は満身の力を込めて出口を締め上げる。それでも、水袋は収縮をやめない。まるで、自分自身を裏切る者に対して、溜まりに溜まった鬱憤をぶつけるように。水門に強い波がぶつかる。何度も、何度も。水門を力ずくでこじ開けようとしているかのように。
「あっ、ちょ、ま、待って……」
自然と、声が出る。制御を失って、ぎゅうぎゅうと縮まろうとする膀胱。叩きつけられる、波。衝撃に水門が軋みを上げる。ほんの少し開いた隙間から、ぴゅ、ぴゅ、と水が噴き出る。
「ああ、ダメ、もう、もうっ……!」
もはや、康一もじっとはしていられなかった。
女の子達の見ている前で、女の子達に押し付けられた決まりを破り、『気をつけ』の姿勢を解くや否や不恰好にお尻を突き出して、前屈みになった。そうして、白く輝く便器と満ち足りた排尿への憧憬を誤魔化す動作を始めた。じたばたと地団駄を踏み、指先で局部の先をぎゅう、と摘む。
「早くして、早く、早くう!」まるで、『康一』という人間の意思決定権を、今この瞬間だけ下腹部の水袋が握ったかのごとく。泣き言が口から溢れ出してくる。「おねがい。間に合わなくなっちゃう。間に合わなくなっちゃうよお……!」
「あー、康一クン、ルール破ってる! 『気をつけ』しないとダメでしょ!」
最初に康一の動作に文句をつけてきたのは、口うるさい洋子だった。それだけでは飽き足らず、無理矢理に動きを止めようと脚にまとわりついてくる。
康一はそんなものに構っている余裕はなかった。洋子を振り払うようにして腰をくねらせ、振りほどく。
「こら、ダメでしょ、康一くん! 自分が引いた指示でしょ。拒否権はないんだからね!」
洋子を力ずくで振りほどいても、すぐに次がやってくる。笹川や泉、森本が洋子の加勢に回る。美々までも加わる。康一の上体を、脚を、腰を、五人がかりで無理矢理に静止させようとする。女の子達にまとわりつかれて、康一は不恰好な『気をつけ』を無理強いされた。切羽詰まった尿意を慰める方法すら強制的に奪い取られてしまった。迫り来る爆発的な衝動に対して、守りを固めることもできず、気を紛らわせることさえできない。全ての防御態勢が解かれたそこに、再び、巨大な波が打ち寄せてくる。ぞぞぞ、と不健康な寒気が全身の皮膚を粟立たせる。先端を摘むことでどうにか抑えることのできていた熱水が、今や自由になった出口へと殺到し、度重なる攻勢に疲れ果てた括約筋が悲鳴を上げる。暴力的な勢いの波を叩きつけられて、くたびれた水門が歪み――。
その瞬間、笹川が三十秒の経過を告げた。意地悪く『気をつけ』を強制していた女の子達の手から、名残惜しげに力が抜けていく。直後、ブリーフの下で、『ガマン知らず』『注意! おもらしします』『オムツ必須のおもらしくん』『おねしょ常習犯』『おしっこくさーい赤ちゃんおちんちん』などと注意書きされたゾウの鼻先が、ひくり、と蠢く。あっ、あっ、と呟く。先端を指で摘んで戒め直す。その場で狂ったように足踏みする。今、最も求める行動を端的に指し示す単語が、自然と口をついて出る。「お――おしっ、おしっこ、おしっこぉ……!」
女の子達がざわめくのがわかる。でも、やめられない。三人の魅力的な同級生女子の前で、おしゃまな二人の幼稚園女児の前で、幼稚園児よりも幼稚園児らしい滑稽なおしっこ我慢のステップを懸命に踏む。それでも、収まらない。壊れかけた水門の隙間は埋められない。
摘んだ先端が湿った熱を帯びる。
身も凍るほどの恐ろしさに、呼吸が止まった。あまりの絶望に、思考が止まった。
全ての言葉が消え失せた空白の狂乱の中、本能的に康一の足は求める場所――部屋の外へと出るための扉を、そして、その先のトイレを目指していた。
頼りない足取り。ガタガタと震える総身。白く明滅する視界。夢の中の真っ白な霧に包まれた世界を歩むかのごとき、ふわふわとした心持ちで、扉のドアノブに手をかけようとする。
目測を誤る。指はドアノブにかからず、空を切る。目の前の扉が開くものと思い込んでいた身体は前に進み、おでこから扉に衝突する。がん、と乾いた音がする。曖昧模糊とした白い霧の中で出くわす、ささやかでありながら、硬くて厳しい、現実的衝撃。
未知の地で立派な仕事をこなす自分、心優しい彼女、幸せな結婚。
女の子達みんなに歓迎され、優しく祝ってもらえる幸福な誕生日。
年相応の、白く輝く便器への、満ち足りた排尿。
脳裏に思い描かれた全てのガラス細工の夢が、現実的衝撃に出遭って行き場を失う。女の子達の書いた意地悪な言葉――『ガマン知らず』『注意! おもらしします』『オムツ必須のおもらしくん』『おねしょ常習犯』『おしっこくさーい赤ちゃんおちんちん』――に囲まれた象形のモノが、その鼻をぷるっ、と震わせる。冷徹な現実の前にガラス細工の夢にひびが入り、包皮に包まれた未熟な出口がぷくりと膨らむ。
「ああっ、お、おちっ……」
――じょびびびび、と。
股間のゾウが、指で押し潰されて狭くなった鼻先から水を噴射させる。時間の経過と共に冷え切っていた濡れた股間が、再び取り返しのつかない、屈辱的な温もりに包まれる。
「おちっこお、ああ、あうう……」
口からうめき声と、熱い吐息が漏れる。焦燥と絶望――そして、隠し切れない快楽までもが、そこにはこもっている。
赤ん坊の頃には気付かず、幼稚園の頃に知った。一年生と二年生の頃にも味わい、つい一ヶ月ほど前に再び思い出すこととなった。とうの昔に忘却の彼方へと遠ざかり、本来、そのまま失われるはずだった独特の感覚。今にも漏れ出してしまいそうなまでに我慢を重ねたおしっこを、本当はまだ我慢を続けなければならない状況であるにも関わらず、堪え切れずに魅力的な異性の目の前で衣服の中に大量に漏らしてしまう――恥ずかしくて情けない、それでいて倒錯的な快感と絶大なる開放感をも伴った、子供達の社会の中でも決して許されない禁忌『おもらし』の悦びが含まれた喘ぎ声。
噴射された温水の一部は、下着を通り越してズボンの染みをより大きく広げる。また別の一部は、進行方向を下着に阻まれて、勢いでお尻の方にまで回り込み、そのままブリーフの背面とズボンの背面を汚す。それだけでは飽き足らず、衣服に吸収されなかった温水は水滴となってズボンの表面にまで浮き出し、ついには、ぱたぱたぱた、と音を立てて女の子の家のカーペットに落ちた。
ぷじゅ、じゅ、じょば、じょびび。もはや言うことを聞かない象形のモノを、康一は右手で摘み続けていた。そのおかげで、身体の方も排尿本来の勢いを発揮することはできていなかった。しかし、康一の手はすでに力を失いつつあった。康一自身、まだ諦めているつもりはなかったが、脳を蕩けさせるおもらしの蜜の味は魔性のものであり、刹那の快楽に身を委ねるよう優しく、甘く、そそのかしてくる。その指を放して、じゃあじゃあ勢い良くやろう、もっともっと気持ち良い思いをしよう、と。代償は自らの身につけた衣服を台無しにし、六年生の男子として持つべき誇りや立場や尊厳といった、全ての理知的なものを放棄することだったが、それは明示されなかった。数少ない快く甘美な部分のみが殊更に強調され、最後に残った康一の理性の欠片をじっくりとくすぐる。いよいよ、悪魔の甘美な囁きに、局部を摘む指の力が完全に抜けかけたその時、
「ちょっと康一くん! 私の部屋でおもらししないでよ!」
笹川の鋭い叱責が耳朶を打った。
初恋の人におもらしを厳しく咎められて、康一は覚醒した。
大慌てでおちんちんを摘む手に力を込める。今まさに出ているおしっこを、力ずくで止めようとする。下腹部と未熟な性器に、きりり、と鋭い痛みが走る。身体がどうにかなってしまいそうだった。
それでも、やめずに続けた。次第に放出の勢いが弱まってくる。ついには、完全に止まる。
部屋に沈黙が降りた。康一の荒い呼吸音だけが、室内に響いている。今にも取り返しのつかない事件が起きてしまいそうな張り詰めた静寂の中、康一は口を開く。震える唇で、言葉を紡ぐ。
「お、おちっこ」涙混じりの声で、言った。「おちっこ、もれちゃうよう。しーしーいかせてえ」
静まり返った部屋の中に、その異常な台詞が虚ろにいた。幼稚園児達に対して自らの敗北を認める、約束した通りの全面降伏の合言葉だった。
一瞬の沈黙が訪れた。それから、遅れて、女の子達の爆発的な笑い声が巻き起こった。
「きゃははは、おちっこ、おちっこだって! しーしーだって!」洋子がけたたましい声を立てた。「あーあ、康一クン、おちっこ、いっぱいもらしてやんの。やーい、おちっこもらしー」
「おちっこ、したいんだあ。ぷぷっ。しーしー、したいんだあ。くくっ」噛み殺そうとして、噛み殺しきれなかった発作的な笑いが美々の口から溢れる。「ふふっ、あはははは。なあにこれー。康一クン、すっごーい。すっごく、かっこわるーい」
「どうするう? 二人とも」笹川がお腹を抱えて笑いながら言う。「『しーしー』、行かせてあげるの?」
「ぷくくっ……どうしよっかあ、みーちゃん」洋子が美々を見る。
「そうだねえ、よーちゃん」美々が洋子を見る。
お互いの目が合って、笑みを交わし合う。どことなく歪んだ、底意地の悪い笑みを。
「しょうがないから、行かせてあげてもいいけどぉ。でも、順番、だよねえ」洋子の切り出した言を、
「そうだよねえ。勝ったわたし達が先。康一クンは一番最後、だよねえ」美々が引き継いだ。