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 僕はある組織に拉致されて、真っ白な部屋に閉じ込められたんです。

 研究員らしい白衣の人たちから簡単な説明をされて、そこで自分が何かしらのモルモットとして実験を受けさせられようとしていることを知りました。あまりに理不尽だと思いますが、その時はあまりに唐突だったので何も考えられず、抵抗も出来ないまま実験当日を迎えたんです。

 ですが、自分の他にもモルモットとして攫われた人たちがいて、その人たちが実験前に確認に来た研究員を襲って、白い部屋から出ることが出来ました。急がなければ研究員が異常を知らせてすぐにまた捕まってしまうので、作戦も何もないまま、宛もなく僕らは走り始めました…。

 当然研究所はこちらの脱走を想定していたようで、20人余りいた僕らは一人、また一人と捕まっていって…。結局、僕ともう一人だけになってしまいました。その一人というのが、最初に研究員を襲って脱出のきっかけを作り、そこまでの道のりで行く手を阻んできた様々なトラップを機転で切り抜け僕をここまで導いてくれたリーダー的存在だったのです。

 僕らはなにやら薬品がぎっしりと詰まった棚が等間隔にずらりと並んだ、赤い照明で照らされている怪しい部屋に入りました。そこが、最後のトラップのある部屋でした。見通しの悪い迷路のような部屋の中、出口を求めて進んでいると、突然ブザーらしき音がけたたましく鳴り始め、プシューっと天井からガスが吹き出してきたんです。僕たちは「まずい」と思い、とにかく走りました。早く出口を見つけなければ、毒死してしまうと思ったんです。出口を見つけた方が大声で呼ぶことにしようと、二手に分かれて探したのですが、見つかりませんでした。その内に視界が悪くなるほどにガスが部屋に充満し始めたのです。すると、突然悲鳴が聴こえたので、彼に何かあったのではと思いすぐに声の方に向かいました。そこで恐ろしいものを見ました。


 苦しそうに胸を抑える彼の顔が、ゴリゴリという音を立てながら、変形していくのです。鼻がぐぐっと前に突き出し、鼻の穴が広がっていくとその鼻が黒ずんで、と思えば皮膚を覆うように急速に短い、茶色の毛がぞわりと生えていくのです。鼻に合わせて顎、耳がまるで獣のような形に変わり、頭からは、角が…。自分が彼の姿を目にしてから、数秒の内に彼の目鼻立ちの良い顔が、牛のそれに変わってしまったのです。唖然としていると、急に僕の心臓がドクンと大きく鼓動を打ちました。まさか自分も、と思っている間に、バキン、バキンと鉄で打たれたような、弾かれるような衝撃が5、6度なりまして、視界が真っ白になり…、おそらく数秒の間何も分からなくなってしまいました。その後すぐに落ち着いたのですが、その時にはもう、自分の顔も異形の物に、多分、彼と同じ牛の面になっていたのだと思います。自分の手で触っただけなので、確証はありませんが…。これは、噴出したガスによる変化だと思っています。


 僕らはお互いの顔を見て恐怖に落ちかけました。それでも彼は、強い精神で、出口の探索を続けようと言いました。この混乱で目的を見失ってはならないと。その言葉で自分も気持ちを保つことが出来ました。そうして、また二手に分かれ、出口を探すことになりました。


 ですが、ガスの恐怖は終わりませんでした。ゾクンと身体に悪寒が走るたびに、自分の体は自分のそれから離れていくのです。最初は尾が形成され始め、次には手が、足が変形し、次からは筋肉が膨らんでいくんです。照明で出来た自分の影がおよそ人間のものでは無くなっていく様子が、恐ろしくてたまりませんでした。僕は半狂乱になりながら、必死に出口を探しました。今となってはその時にどうやって身体を動かしていたかもわかりません。何となく、長くなった舌が口からこぼれて、ヨダレも鼻水もだらだらで、息苦しかったことだけ覚えています。


 よたよたと部屋を走り回っていたときに、視界の端に青く光るランプを見つけました。それが正に出口の光だったのです!やった、と思ったその時、アナウンスが鳴りだしました。この出口が、あと数分で完全に閉鎖されてしまうということを知らせていました。でも彼はまだ来ていない。彼をここに呼ばなければならない。僕は、思い切り声を上げました。そうして僕の口から出てきたのは「モオオオオオ」という、牛の声でしかない音でした。

 …その時の感覚は、今でも良く覚えています。すっかり膨らんでパンパンの胸の中が、今よりも何十倍も吸い込んだ息を使って上げた鳴き声でビリビリ響いて、なんだかそれで興奮して、何度も何度も鳴きました。彼を呼ばなければならないから、それで良かったんだと思いますが、半分自分の快楽のために吠えていたことが、今考えても信じられないです。僕はおかしくなっていたのだと思います。

 ハッと我に帰った僕の前に彼は現れませんでした。聞こえていないのか、彼に何かあったのか、自分はどうすれば、と焦っている僕の後ろで、ガコンと、開いた出口から音が鳴りました。直感的に、閉鎖が始まる、と感じ、一目散に出口に入りました。その直感通り僕が扉に入った直後にゆっくりとドアが閉まり始めました。「まずい、彼がまだ…」そう振り返った僕の目に、ようやく辿り着いた彼が、巨大な茶毛の牛が、こちらに向かい走る姿が飛び込んできました。


 思い返すに、あの部屋は入り組んでいたとしても僕の声が聞こえないほどではなかったと思うし、聡明な彼ならあの声の意図を察して出口まで来ることなど容易だったと思うんです。多分、彼は僕よりもガスの影響が深刻で、頭の中まで牛らしくなってしまったから、行動が遅れてしまったのかもしれません。

 顔からヨダレも鼻水も涙も撒き散らす人の面影が全くない姿で、「ブモオオオオオオオ!!」と獣声をあげ走る彼を見て僕は怯んでしまった。なぜだろう、あの時、ドアを抑えるなり、手を伸ばすなり、彼を助ける行動は取れたはずなのに。あれも獣の本能だったんでしょうか。


 彼は…。彼が、あと数mで扉に入れるというところで、扉は完全に閉じました…。

扉は音を完全に遮断するようで、鳴いているだろう彼の声は一つも聞くことが出来ませんでした。僕はそのまま、その脱出路を辿り、研究所の外に出て、近くの森に身を潜めました。あの変身ガスの効果はすぐに定着するものでは無いようで、1日経たない内に身体は萎み、変形して戻らないと思っていた骨格や顔も概ね元に戻りました。未だにあのガスはどういう原理の代物なのか、分からないままです…。


 あれから3年が経ちました。あの組織、表向きは製薬会社だったそうですが、いつ頃か解体され今では影もなく、あの研究所もどこに行ったのか、分からないそうで…。あの時の仲間たちがどうなったのかも、何も知りません。彼のことも…。


 僕はずっと後悔しています。あの時自分が何をしていれば彼が助かったのか、考えない日はなかった。今でもあの光景を夢に見ます。閉じるドアと、その向こうを走る牛人間の姿。それと、牛の姿の自分が、鳴いて、鳴いて…。…気持ちよくなる夢を。


 先生、僕はどうすればいいんでしょうか。あの日を忘れることは彼に対して申し訳ないからそうしたくない、でも忘れないでいると夢に見て、彼のことそっちのけで、牛の姿で鳴いて、ひたすら気持ちよくなってる!挙げ句それが気持ちよくて夢精までしてる!最近になって夢の時間が長くなっているような気がするんです!僕は…、どうすれば…。


 …え?…いまなんて…。


 「 牛 に な れ ば 良 い 」…?は、はは…先生…何言って…。


 確かに、牛になって鳴くのは気持ちいいっていいましたけど、それは夢の中での話で、実際そうしたいとかそういう話ではなくて、ぼ、くは、


 ゔ!? お、あ、これ、まさ、か…!?せ、せんせ…!?


 お゛、お゛、お゛っ、お゛っ、オ゛ッ、オ゛オオオッ!!!!


 ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!


 オ、オオ、センゼエ、ナン、デェ…!オ、オ、オ、ギモチィイッ!!

 ンオッ、ンモオ


 ンモオ゛ッ!

 ンモオ゛オオオオオオオオオオオ!!

 ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 ンブモオオオ゛オオオ゛オオオオ゛オ゛オオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!

 ン゛、オ゛、オ゛、オォ…




 …はい、回収完了です。

 改良型Bメタモルガスを使用、牛人化変化を確認後、対象は数度咆哮の後、勃起、自慰の後射精、直後に気絶しましたので、3重拘束を施し回収班に引き渡し運搬中です。

 やはり変身というものは身体に影響を及ぼさずとも精神面に大きな爪痕を残すようで。この被験体もカウンセリングに通っているところだったそうです。まあこの話は妄言と取られることの方が多いようで、どこも長く続かなかったそうですがね。

 さて、これで要回収対象は全て処理済みになりましたかね。でしたら私もそろそろ戻らせていただきます。研究を進めたいので。では。


 …改良前のメタモルガスは即時定着性が薄いと彼も話していたが、今度のメタモルガスはどうかな…。まあそもそも二度目の変身自体、経験するとほぼ人に戻れなくなるから改良がどうこうは関係ないかな。あとは3年のブランクがどう出るか。

 しかし回収任務が必要とはいってもカウンセラーの真似事など面倒でしかなかったな。ま、彼の不安を払拭するという点ではカウンセリングは成功と言えるかな、なんせ…。 彼は成りたかった牛に成れ、身を案じていた一頭にすぐに会えるだろうからね。さ、さっさと帰りましょうかね…。



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以下差分




 

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