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 だだっ広い神殿の中央には祭壇が置かれている。壁沿いに点々と焚かれた松明の光は祭壇まで届いておらず、祭壇は夜闇にすっぽりと覆われてしまっていた。物音一つ無い神殿内に足を踏み入れると、カツカツと勇者の蹄が響き、尚も彼の羞恥を駆り立てた。見た所神殿内には人のいる様子の無かった為、三人は仕方なく祭壇まで向かうことにした。魔物になったからか夜目が利くようで、暗闇には気にも留めず足取りを進めた。

「おい、神官はいないのか!俺たちは勇者一行だ!助けがいる!」

 唯一まともに話すことの出来る武道家が暗闇に尋ねる。普通聖職者はこのくらいの時間でも冒険者の緊急事態に対応できるよう、まだ神殿には一人二人残っているはずだから、呼べば神官が聞きつけるだろうと考えた。その神殿がこの時間でこの人気のなさ、というのはよく考えれば異常であるのだが。

「おやおや、こんな時間にどなたかと思えば…」

 だが、武道家たちの期待通り、神殿の暗がりの中から人の声が返って来る。暗さのせいでよく見えないが、そのシルエットからローブを纏う神官であろうことが伺えた。神官はどことなくおっとりとした調子で、のそのそとこちらへ向かってきた。崖っぷちに立たされている勇者たちとは対照的な緊張感の無さである。声色にそこまで老いた様子はないのだが、あまり若さの感じられない態度である。

「これは勇者様ではございませんか…。ようこそいらっしゃいました」

 よくもそんな呑気なことを、と勇者と武道家は憤る。ただでさえ勇者一行が魔物化したという急を要する事態であるのに加え、それが顔を紅潮させ息を荒げ己の野生を奮い立たせているこの光景を見てなぜ焦り一つ見せないのか。

「おい、ふざけんなよ!見れば分かるだろ、もう俺たち危ねえんだ、はやく…」

「転職でございますね、もちろんわかっております。では皆さんの情報を確認させていただきますね。」

 フラストレーションが限界まで高まっている一行を前に、神官は変わらない調子で、予期していたかのような言葉を並べる。その調子は柔らかいものであったが事務作業をこなすような機械的な冷たさがあった。

「は、確認…?そんな暇」

「いえ、これを行わなければ転職の儀式は出来ないのです。ご理解ください」

 焦燥に身をよじらせる武道家の声を、変わらぬ調子できっぱりと遮る神官は、手に持った杖を一行に向ける。杖の先には魔力を封じ込めた大きな宝石が付いている。それはじわりと色のついた光を纏い始め、転職用の魔法を唱える準備を始めている。とにかく手続きを進める気があるならば、と武道家は諦めたように、わかった、はやくしろ、と応えた。

「では、さっそく。皆様のお名前をお聞かせ下さい。」

「は…?名前、だと」

 あまりに初歩的な質問に間の抜けた声が漏れてしまった。この神官は此の期に及んでこの危機的状況を理解する気がないのか!?アークデーモンの太く鋭い牙が剝け、その奥からぐるる、と唸り声が鳴る。挑発のようなこの男の態度が彼の怒りに薪を焼べる。とはいえ仮に武道家が呪いに掛けられていなくとも、魔王討伐のため世界を駆ける勇者たちの名を、あろうことか勇者を支援する立場である神職者が知らないというのはまあ怒って然るべし事である。

「ですから、これも手続きの一つです。皆様の口からお名前をお聞かせください。」

 それでも神官は顔色一つ変えず事務的応対を続ける。巨大な魔物達に明確な怒りを向けられているのにも関わらず。3人の内まともの口が利けるのがアークデーモンのみであるのに、「口から」だと。神官の発言は挑発と思われて仕方ないものだ。

「もしや…名前を覚えていないのですか?」

「あ゛ぁ!?てめぇふざけてんのか!?!?」

 それでもなおあまりに勇者たちを鑑みない発言に、とうとう武道家は吠えた。桃色の体表に血管を浮かべながら、ぶふーっと鼻息をつく。こうなったらこの神官を脅しててでも先に進めるしかない。制御不能になる恐れはあるが、この愚図の神官の悪ふざけ一つで人生終わらせられるよりマシだ。武道家は自分の野性にそう理由をつけた。だが、神官の表情はそれでも崩れない。ならば、お名前を。と、そう言いたげにアークデーモンに目線を見据え続けている。異常なまでの冷静さにあてられて、武道家の怒りが少し冷めてしまった。言えばいいんだろ、と仕方なく思考を巡らせた。…巡らせてしまった。

「へ、は?…は!?なんだ、なんで」

「ブフッ?ブモゥか、どーした…!?」

 先ほどの激昂から一転して、急に動転し始めたアークデーモンに釣られて勇者たちも動揺してしまう。そうして、名前がどうかしたのか、と勇者たちも同じ思考を辿り、同じように、目を見開いてわかりやすく驚愕を表現した。三人それぞれが、自分の名前を思い出せないのだ。これまで、どれだけ魔物の精神に翻弄されたとしても決して揺らぐことはないと疑うことのなかった根幹情報が、いつの間にかすっぽりと失われていた。三人は直感的に、呪いにおける名前の亡失は致命的であると予感し、どこからだ、とこれまでの冒険の記憶、人間としての記憶をかき集め、なんとかしてこの穴を埋めようとした。だが、覚えているはずの記憶は掴もうとすればするほど自分の手をするすると擦り抜けてしまうのだ。自分が何者でもなくなってしまう喪失感が黒い絶望感に変容していく感覚が恐ろしくてたまらなかった。

「う、うそだ。俺たちは…」

「ふむ、どうやら呪いの進度は深刻なようですね」

 これまで呪いについて触れてこなかった神官がここで初めて憂慮を見せた。だがそれは独白のように微かで、聴力の増したはずの勇者達の耳にも届いていなかった。

「仕方ありませんね。私が皆様のお名前を「ステータス」から確認してさしあげましょう。」

「す、すて…?」

 急に何だか分からないことを言い出した神官は手を三人に向ける。どうやら何かの魔法を使うようだ。もしかしたら自分では思い出すことのできない記憶を外から探り名前を教えてくれるのかもしれない。

「た、たのむ…!早く、名前を…」

「はい。いいですか?よく聞いてください。みなさんの名前は…」

 自分たちの焦燥に比してさっくりと手を下げた神官に違和感を覚える余裕もなかった三人は、腹を空かせた犬畜生のように涎を垂らしながらその言葉を待った。神官が口を開くまでの数瞬が何十分にも感じられた。

「アークデーモンの「ベルム」、サイクロプスの「アクロン」、ラリホーンの「ブルモーン」ですね。」

「…は?」

 神官によって与えられた救いは、聞いたことのない言葉だった。これは名前か?たしかに今自分たちは魔物の姿をしているが名前まで変わるわけがない!この後に及んでこの神官はくだらない悪ふざけをするのか。もうそんな余裕などないのに!はやく本当の名前を…

「…?」

 そんな彼らの煮えたぎる怒りを押しのけて、胸にじわりと久しく感じていなかった感情が滲んだ。それは「安堵」であった。空いた自己の穴が埋まっていく感覚。無くしていた物を自分の元に取り戻した、感動に似た安心感。

「ば、ばかな!?ち、ちがうっ。俺たちの名前はそんなんじゃ」

「ちがう?そんなはずはありません。ちゃんとステータスを見たのですから」

「だから、呪いのせいなんだって!そのステなんとかがなんなのか知らねえけど、俺たちは呪いで魔物に転職させられたんだよ!!勇者だった俺たちのこと知らないわけないだろ!?」

「呪い?転職?違いますよ」

 捲し立てる武道家の言をぴしゃりと否定して、神官は続けた。

「転職を行うと皆さんのレベルは1になるんですよ。ご存知ですよね?ですが、皆さんのレベルはそうではない。呪いによって転職したわけではないことは明らかです。魔物のみなさんが地道に力を積んできた素晴らしい結果でございますよ。」

「ち、ちがう。おれたちは勇者として」

「混乱しておいでですね。でも皆さんの活躍は私もお聞きしていますよ。例えば…」

 顎に手を当て、三人の武勇伝に想いを巡らせている様子の神官は、今度は感情的にしみじみと語り出す。

「魔王軍に属する魔物として人間の集落を滅ぼしたり、男色を好む皆さんは他の魔物の雄に種を仕込んで勢力の強化に勤しんだり、と…。それはそれは素晴らしい活躍であったと」

「は!?ふざけんな、そんなわけ…そんな、わけ…!?」

 否定しようとして否定できない。埋められた名前の穴から、欠け落ちた周辺情報が補充されていた。神官によって語られた武勇伝がありありと記憶に蘇る。集落を破壊する手の感覚、血と土埃の匂い、魔物たちと交わる熱、身を裂くような快楽。その全てが、確かに、自分の過去として脳に刻まれている。その記憶をなぞる度に、全身の血がふつふつと沸き立つような興奮が駆け巡る。

「あ、あぐ、おれ、たちは」

「さて、今の皆さんのレベルなら十分上位種に転職することができますよ、さあ、更なる力を手にしましょう。早速始めましょう」

「ま、まて!やめ」

 眼の前に神官の杖が差し向けられる。魔力が込められ、妖しい光が神殿内の闇を払う。転職の儀式を始めようとしているようだ。この神官は敵だ。その判断を下すのが遅すぎた。とにかく、逃げなければ、と魔物たちは身をよじらせるが。

「あ、うご、かねえ。からだ、が」

 全く体が動かせない。正確には目線を杖の先端からそらすことができない。杖から放たれた魔力が眼から、鼻から、だらしなく開いた口から体に入り込んで、これから始まる栄転への下調べを始めているようであった。



「まずは、サイクロプスのアクロン」

 神官が一番の巨躯を持つ武道家…サイクロプスのアクロンに向き直る。

「うご、お゛ぅっ」

「ふふ、怖がらなくてもいいのですよ。あなたの中にある誇らしい記憶を味方に、あなたの可能性を解放しましょう」

 戦士が感じていたのは取り返しのつかないほどの生命の危機。予感ではない、明確な危機から、僅かな理性と人間としての記憶を使って、全力で魔物の生を否定しようと、身を捩らせ、拒絶の声を漏らす。それでも暴力的に流れ込む杖の魔力が、人間などという下等な存在への逃避を許さない。転職魔法の効果なのか、思考の隙間に魔物としての栄光の記憶が明滅する。魔物として生まれ、幼体の頃から同族同性と拳を交え、交尾をし、高め合った日々。成長し人間の軍隊を薙ぎ払い勝利の咆哮をあげ、英雄と称された日。ブルモーン、ベルムと共に、力を得ながら、数多に交尾をした旅。この記憶があったからこそ、互いの裸体に無意識に興奮したのかもしれない。

 あまりに尊い記憶達がびかびかと脳内で強く輝くにつれ、アクロンにとってくだらない人の記憶などもはやノイズと成り果てた。長かったはずの人間としての人生年表があっさりと塗り替えられていく。これまでどうにか耐え続けていた戦士であったが、この記憶の衝撃は今までの誘惑と質がまるで違った。洪水のような快感の本流に心はいとも簡単に、ぽきりと折れてしまった。戦士が生を諦めた瞬間に、アクロンの射精欲がぐんぐんと高まっていった。快楽に打たれ、眼球がぐりんと上向き、下品な笑みが浮かべた。

「お、ごおぉおお!イグッ、イぎてェ!!ごぉおおぉお!!!」

 この姿になり初めて晒したみっともない欲望が、獣慾にあっけなく敗北した、戦士の死を示していた。


「すばらしい、あなたの新しい生はもうすぐそこです」

「あ、アクロン…い、いや、ちが、えと、えっと」

 仲間の死を目の当たりにし、武闘家は恐怖と絶望が混じった声を漏らした。もっとも、彼も魔物の記憶に呑まれかけており、アクロンの「偽りの姿」を思い出せなくなっていた。

「そして、アークデーモンのベルム」

「ひっ、や、やめろ、おれはいやだ」

 ベルムの脳内にも魔物として過ごしたこれまでの記憶が蘇っている。アークデーモンとしての辣腕を振るい、下級魔物の指揮をとり数多の集落を破壊してきた。自分の力で悪事を働く度に覚えた快感。それによって自身の極太の銃身からなんども紫がかった魔の溶岩流を吹き上げたこと。それを想起し、もうすでに彼の射精欲は限界まで高ぶり、視界にちかちかと火花を散らせていた。

「耐えますねぇ、もうすでに偽りの記憶など残っていないというのに」

「いつわりじゃねえ、おれは、おれはまものじゃねぇ…」

 それでも武道家は歯をぎりぎりと軋ませ、魔物の誘惑をはねのける。だが、それでもじりじりと追い込まれており、なすすべなく蹂躙されるのも時間の問題であった。

「ふむ、思い出しで不十分であれば、新しい約束をしましょう。あなたの転職が無事終えたその時にはベルム…」

 だが神官にとって待つだけなどつまらないようだ。ベルムはその言葉を聞いてぐっと身構える。今まで、この神官の言葉一つでひたすらに追い込まれているのだ。最大限に警戒しても足りないくらいだ。どんな言葉が来ても、絶対にあしらってみせる。武道家は持てる全集中力を込め言葉を待った。

「あなたの大好きなちんぽを好きなだけ差し上げましょう」

 どんな誘惑にも負けない、と意気込んだ武道家は、理解できない言葉に肩透かしを食らってしまった。

「は、?なにばかなこと」

「大好きだったでしょう?同種の魔物、他種の魔物、亜人、動物、果ては張形までもご自分の臀孔に突き込まれることが」

 今まで避け続けていた交尾の記憶。それが、ちんぽなどという幼稚な言葉一つで続々と想起された。

「あ。や、やめろ、しゃべんな」

「思い出してください?熱く硬いチンポがあなたの肉襞を押しのけて奥へ奥へ進む感覚。」

「あっ、ひっ、んおっ、ま、まて」

 今はただ交尾シーンを思い出させられただけなのだが、感触、熱、快楽。それらが生々しい刺激となって身体を襲う。前立腺を突かれる稲妻のような快楽を。結腸に到達する肉杭の愛しさを。ここに無いちんぽを求め、自ずと尻をきゅうっと締めてしまう。次第に今、ちんぽでハメラレていないことが違和感に思えて仕方ない。欲しい、欲しい。ちんぽが欲しい!心がそう叫びを上げ始めると、それにつられ、魔物の声が漏れ始めた。

「ふ、んふっ。ぶもっ、んあぁっ!!また牛漏れる!おれ、ぶもぉおおっ!!!!!」

「貴方の立派な淫肉からぶしゅぶしゅと潮が吹き上がるあの屈辱と背徳」

 雄でありながらちんぽに屈してする潮吹きがたまらない。捩じ伏せる快楽も好物であるが、自分の高く硬いプライドがみっともなく砕かれる瞬間が何よりも好きなのだ。ちんぽが大好きな変態魔物だと、淫乱牝牛と罵られ、醜態を晒しながら頭を真っ白に飛ばしてイく瞬間が、人生においてこの上ない幸福なのだ!ベルムとしての記憶と自我が神官の言葉で次第にくっきりと縁取られていく。武道家の意識はこれにすっかり打ちのめされていた。色欲が堕落の暗闇へ武道家を引きずりこむ。

「ぶも、ぶもっ、おれ、は、なんだ?ぶもぉ」

 武道家はたまらなく苦しかった。自分が何者かをたどることが精神の魔物化を回避する唯一の策だと思っていたのだ。しかし、たどるべき記憶はどれもこれも淫らな妄想しか存在していない。どうすればいいかわからない。

「ぶ、も、あれ、もー、ぶもーっ」

 あ、そうか。じゃあ、これがおれなのか。

「おれさま、ぶも、ちんぽ、ぶもっ!!ちんぽほしい、ちんぽちんぽちんぽちんぽぉ!!!!」

 武道家もはっきり気づかないうちに、アークデーモンの欲求を武道家は肯定していた。武道家とベルムの意思は完全に混ざり、それはすなわち、武道家の消滅を意味した。


「ふふ、なんとか先に進めて良かったです。さて…」

 神官は満足気に黒い笑みを浮かべると、未だ偽りに囚われた魔物へ顔を向ける。

「最後はあなたですね」

 この世から消し去られた二人の仲間を前に何もできず、どころか発情し淫らな記憶に翻弄されていた勇者であったが、それでも完全に魔物化はせず、状況の打開を図っていた。もっとも身動き一つ取れないのであれば、全く意味のないことであるが…。

「やはり貴方の魂はこの2体と違って頑丈ですね、さすがです」

 最早正体を隠す気もないのか、くすくすと下卑た笑いを浮かべる神官。

「今はまだ勇者とお呼びしましょうか。せっかくですから答え合わせをしましょうか」

 そういうと、神官が黒い光を纏い出す。ぐるりと黒色に取り込まれ徐々にそれが晴れると、元の神官はそこにはおらず、上級魔物、悪魔神官がそこにいた。

「勘付いたかもしれませんが、この街の住民は全て魔物が人間に化けているものです。あなた方がくる少し前にこの街は我々が制圧していました」

 住人達のあの目線は自分たちと同じ獣慾によるものだったのだ。でもそれならなぜ、あの場で襲われなかったのだ?自分たちが勇者であることはわかっていたはずなのに。

「まず、あの遺跡に呪いを仕掛けたのは我らが魔王様です。皆さんは”魔物に転職する呪い”と思われていましたが、不正確です。この呪いの本質は”ステータスの更新”です。要は皆さんの生きてきた人生そのものを塗り替えてしまおうという大変強力な素晴らしいものです。そしてこの呪いは射精し、古い精を吐き出すことでもって定着します。ですので街の魔物達には、この街に勇者が来ることを前もって伝え、絶対に手を出さないように命じていました。見るくらいなら射精することはないだろうと思っていたんですが、まさかそれであんなに揺さぶられるだなんてね。皆さんが心折れてイっちゃうんじゃないかとヒヤヒヤしました。ここにくるまでに射精してしまうと、皆さんが雑魚魔物になるだけの呪いで終わってしまうのでね。結果的には勇者である皆さんを信用して正解でした。おかげで全員、魔王軍幹部入りできるほどの上位種になることができます、おめでとうございます!」

 つらつらと経緯を述べる神官に対し、怒りが湧いてしょうがない。なのに、それよりも積もり続けた欲の所為で上手く感情のコントロールができない。怒りの声を上げようとすれば、忌まわしい牛の声を上げることになり、また自分が霞んでしまう。正直、勇者の心はもう折れかけていた。先立った二人のように、何もかも投げ出して魔物に成り果てて、思い切りイキ狂えたらどれだけいいか。勇者の思考は自我の延命よりも二人の後を追う理由を探すことにリソースを割き始めていたのだった。

「あれ、もしかして、もう諦めようとしてませんか?」

「ングッ、フーッ、ブーッ、ン゛フーッ…」

 言い当てられて、呼吸のリズムが崩れる。そう思っているならなぜとどめを刺さないのか。

「まあ自分から魔物を志願してくれるなら話は早いんですがね…ただまあ、残念なことが一つありまして」

 どこかつまらなそうな顔をした神官は、冷たい表情のまま、勇者にとって、衝撃の事実を伝えようと口を開く。

「勇者であるあなたの魂はやはり強くてですね、他の2体のように人の記憶を上書きすることができませんで。なので、あなたはこれからダークホーンになるのですが、勇者の自我、勇者の誇りはそのままのこっていまいます。あなたはブルモーンになるのですが、ブルモーンにはなりきれません。まあ、でも安心してください。それ以外、身体や本能、能力にダークホーンとしての過去は全て与えられますから、ダークホーンとして生きていくには困らないんじゃないんですかね。」

 そんな、とブルモーンではなく、勇者は思ってしまった。それはつまり、死ぬまで続けられる拷問と何も変わらないではないか。隣で既に”正しい自分”を取り戻し、全て投げ打って転職魔法による快楽を享受し、醜い面を下げ絶叫を続ける二体が羨ましくて羨ましくて仕方ない。

「では、2人をまたせては悪いですし、そろそろ終わりにしましょうか。ふふ、もう記憶に関しては十分ですね。我慢していた啼き声も我慢しなくていいですよ、大好きでしたもんね、啼くの。では、ブルモーン」

 名前を呼ばれた瞬間ぶつり、と糸が切れる音がした。途端に、魔物声が止まらなくなる、思考が意味のない音でいっぱいになる。腹が震える、声帯が震える。放たれる咆哮が空気を振動させる。ブルモーンの絶叫は地が揺れたかと錯覚するほどの轟音であった。魔物としての本能で、勇者の尊厳がぐちゃぐちゃに踏み荒らされる。苦しくてたまらない。のに、ブルモーンにとっては何にも代えがたい幸福だった。

「準備は整った」

 神官の持つ杖が一層強い光を放つ。転職の開始の合図だ。強力で濃厚な魔力が体内を駆け巡る。体の細胞、脳細胞、一粒一粒、余すことなく染め直し、完全な転職を行うために。それぞれの身体から、不純物たる「人間」が排除され、澄み切っていく感覚。魔物の純度が高まるにつれそれぞれの睾丸がむくむく膨れ、ぶるぶる震え、爆発への準備を着々と進める。今度こそ、我慢されることのない、邪魔されることのない、射精が待っている。彼らの体毛が、体色が変色していく。アクロンは上位種であるアトラスの橙の皮膚へと。ベルムはベリアルの黄金の体表へと。ブルモーンはダークホーンの山吹色の分厚い体毛へと変わっていく。巡る魔力に呼び起こされ、秘めたる力の噴流が身体を灼くように溢れる。

「うおぉおおおおおおお゛お゛!!!!イグゾっ、いぐっ、イッグゾオオオオオオオ!!!!」

「ぶおぉおおん!!!も゛お゛!!!やっとおれの中の人間死んだ!!ぶふっ!ちんぽ!!ちんぽよこせ!!!ぉおお゛おいぐぅうぅぅぅう!!!!」

「ンモ゛ォー!!モ゛オオォオオッ!!!ブオオオオオオオオオオ!!!!!!」

 一際大きな叫び声を上げ、三体一斉に邪悪なマグマを噴き上げた。揃って白目を剥き、快楽に脳をダメにされている様子がありありと分かるようだ。ぼびゅびゅびゅっと轟音の立つ凄まじい射精は数分に渡って続いた。タマに残った微かな人間のかけらを、絶対に排除しようという、魔物としての誇りを感じさせる、そんな光景だった。



「終わりましたね。おめでとう」

「ふっ、お゛っ、チカラ、みなギルっ!」

「ぶもぉおぉおぉぉ、ぶもお!!イグのぎもぢぃいい」

「ブモオオオオオ!!!モォッ、ブォオオ!!モ゛オオオオ!!!」

 射精と転職、もとい転生完了の感覚に身を震わせ、おもいおもいに叫ぶ。頭の中は真っ白で、人間の名残などかけらも残っている様子はない。叫び疲れ、イキ疲れ、そのうち神殿の床に倒れ伏した。

「さて、今回は純粋な転職なので、皆さんレベル1になっちゃいました。でも大丈夫。この街で、安全に皆さんの力を蓄えましょう。」

 そういった神官の言葉に合わせ、三体の周りをぐるりと街の住民、変身を解いた魔物が取り囲む。

「皆さんの大好きなチンポたちです。一回の中だしで得られる経験値が100くらいですので、実戦登用まで、一万発くらいかな。竿役の魔物は数限りなくいますから朝から晩まで寝る暇なく犯してあげられますよ。それにもう勇者様みたいな強い敵もいないのでゆっくり楽しめるでしょう。たくさん魔力注いでもらって、力をつけてくださいね?」

 神官の命を受け、三体は武者震いする。我武者羅に力を求め、快楽を求める、悪に染まった魔物の顔で。

「じゃあ、あとはよろしく」

 悪魔神官が神殿の奥に消えていく。魔物の群れに三体の視界が塞がれる。高レベルの魔物に引き上げられ、三体それぞれが異なる場所に連れられていく。これから長い長い”訓練”に向かうのだろう。記憶が残っているはずの勇者も魔物に引き上げられ、全く抵抗をみせずに抱きかかえられた。その姿はただ本能のまま生きる魔物のそれだった。


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