勇者一行の転職(1/3)(小説+挿絵) (Pixiv Fanbox)

「神殿、ブフッ、この先、ブモォ」

　日が落ち始め、薄暗くなった町並みを白熱灯が暖かく彩っている。照明はレンガを主とした造りの家々と相まって陽気な空気感を演出しており、それに花を添えるように酒場に呼び込みを掛ける店主、音楽を奏でる芸者、軽快なダンスを舞う踊り子、思い思いに夜を過ごしていた。

　そんな平和を絵に起こしたような喧騒を、全くそれに似つかわしくない一行が進んでいた。それは、街行く住人たちよりも二つ三つ頭抜けた体躯を持つ、魔物であった。街に突然訪れた怪奇にその場の住人はもれなく沈黙し、街道の真ん中を行く三体の魔物の為に道を開けた。ここで町人達が悲鳴をあげず、「沈黙」の後、「道を開けた」のには訳があった。その理由は魔物達が身に纏う武具にある。魔物が身につけていたのは、今まさに世界を魔王の手から解き放たんと旅を続ける勇者一行の装備であった。そう、この魔物達こそがその勇者一行当人らなのである。

　勇者たちはこの街から程近くにある、遺跡の攻略に臨んでいたが、その途中、仕掛けられた罠に掛かり、呪いをその身に受けてしまったのだった。その呪いはどうやら自身の「職業」が強制的に変更させられるものらしいのだが、厄介なのは、その変更先が特定の「魔物」である、というところにあった。

「くそっ、視線がうぜえ」

　文字通りの異質である一向には当然注目が集まる。勇者一行として旅を続けるうちに慣れたものかと思っていたその注目も、状況が状況なだけあって、今は鬱陶しいだけだ。その注目に表立って悪態をついているのは武道家”だった”アークデーモンだ。ぶつぶつと文句を垂れ、しきりに舌打ちを打っていたかと思えば、突然住民に、なにみてんだ、と怒号を飛ばし、親指を地に突き立てる。元々気の短い性格であった武道家だが、姿が変わってより悪い方向に変化があったようだ。ゴツゴツとした岩肌のような桃の表皮に黄色の蛇腹を持つ身体はアークデーモンそのもので、馬の胴ほど太くなった四肢からはかつての素早い身のこなしで敵を翻弄する戦闘スタイルを想像できるはずがない。

「ぶモゥか、ブフッ。やめろ」

　武道家を制止しようとするのは、ラリホーンと化した勇者である。特に人間からかけ離れた体の構造に変身した勇者は言葉を話すのに支障が出ていた。単語一つを発するたびにどうしてもおぞましい魔物の唸り声が絡んでしまっている。それでもなんとか人間らしい発音をしようと、丁寧に舌を、口を動かすのだが、それが逆にたどたどしさを感じさせ、より滑稽さを演出していた。街の熱気を受けてか、一歩歩みをすすめる毎に、ラリホーンの持つ分厚い獣毛から据えた匂いが立ち上る。それを吸い、咳き込むように種族特有の大きな鼻が鳴る。そのせいで黙っていたくても畜生の声が出る。遺跡を発ち町に至るまでの長らく――それでもたった数時間であるのだが――人の言葉より獣の鳴き声を上げている時間の方が圧倒的に多く、尚且その方がストレスがなかった。不格好を自覚している勇者がなお言葉の発声を諦めないでいるのは怠けている間に言葉の全てを忘れてしまうのではないかという予感が原因だった。

「ちっ、わかってるよ。」

　そんな勇者の半分言葉、半分鳴き声を受けて武道家は進行方向へ向き直る。

「とにかく急ぐぞ、じゃねえと…」

　アークデーモンの凶悪な眼を自分の隣を歩く、正確にはふらついている魔物に向けながら勇者を急かす。一行の中で最も身体の大きい、単眼の巨人サイクロプスは、元々戦士だったものだ。人間の頃から巨漢であった戦士には皮肉にも似合いの転職先と言えよう。ただその巨体の貫禄は今は見る影も無かった。

「う゛ーーーーあーーーーー…」

　パーティの中で最も理性的でチームの柱とも言える存在だった戦士は、熱に浮かされたように顔を紅潮させ、舌をだらしなく垂らしており、知性の欠片も感じさせない。サイクロプスという種族自体のかしこさの低さ、というのが、確実に戦士の精神自体にも影響しているようだ。

「ブォオッ！わがってる、ンォ。おれたちモォオオォまずい…かぁら。」

　勇者たちは全員発情していたのだ。三人とも、呪いを受け変身したその時から今まで、魔物特有の強い性衝動に精神を灼かれ続けていた。どれだけの衝動かといえば、変身の衝撃でビリビリに破けた装備の中から現れた互いの全裸の魔物姿を見てグツリと情欲が意せず湧き出てしまったほどである。全員が同じ状態に陥っていることを察した面々は、落ちた自分の装備を集めとりあえず股間だけは隠すことにした。その後、遺跡でそれぞれの昂りを鎮めるべきかを相談したのだが、そのまま抑えが効かなくなる、最悪の事態を想起したためそれを避け、街までその欲に無視を決め込む事に決めた。そうして今に至る。結果、サイクロプスというただでさえ知能の低い種族になった上、身体の本能とギリギリのラインを闘う羽目になった戦士はこの数時間で人として全く役に立たない存在になった。今はそれでも残った理性だけで神殿へと歩を進めていた。

　勇者たちは神殿、中でも転職が可能とされる、転職の神殿へと向かっていた。呪いが職業に基づいた効果を持つならば、呪いで与えられた職業からも転職してしまえば解決するだろう、という判断によるものだ。それが叶わずとも、神の加護を受けた神殿ならば解決策の一つ二つ講じることができるだろうとも思っていた。

　だがチリチリと燃え続ける欲の火の前に残された時間は少ない。情欲に気付いた時には、守るべき住民たちに襲いかかってしまうかもしれない。魔物の歩幅なら神殿まで歩いて数分で到着できそうなものだが、重症のサイクロプスにペースを合わせているため勇者と武道家もそれに合わせざるを得ない。その歩みの遅さと焦りとが、情欲をチクチクと淡く、しかし確実に刺激していた。

「…あー…くっそ、うぜぇ…」

　精神を平静に保つことに集中していた勇者と武道家だったが、武道家が真っ先に集中の糸を切らしてしまう。武道家の頃は何でも無かった精神統一だが、アークデーモンが持つ邪悪な心もが彼の精神を蝕んでいるようだった。

「ンオい、きをつけろォ、ブモゥ」

　それを勇者は見逃さずに武道家を正す。武道家も我に返り、再び目線を前に向けるのだが。ふと、住民の目が視界の端に映る。そこで、違和感を覚えた。何やら住民の視線が、熱を帯びているような感覚がある。好奇心とか熱望とか、そういう肯定的に捉えられる感情を孕んでいるような感覚。

「あ…？」

　武道家も始め、自分の気のせい、もっといえば呪いによって魔物に堕とされている状況のせいであると、そう思っていた。それはそうだ、普通に考えればそんな訳はないのだ。ただの人間であれば魔物の姿に恐れを抱くのが普通で、今は我々が勇者であることに気付いてもらえているからこそ悲鳴なしに避けるだけで済んでいるはずだ。間違っても、魔物の姿に憧れや羨望や、ましてや色を感じることなどあってはならない。この疑惑は確信になってはならない。なってほしくない。瞼をグッと締め、頭を振ってもう一度住民に目線をやる。だがそれでも武道家の憂いが晴れる事はなかった。それどころか、みっともなく口を開け惚けた青年に、ニヤニヤとした笑みを讃えた大男といった、憂いのど真ん中を行くような顔まで現れた。まさか、まさか。戦闘における命の危機のような鋭い緊張とは異なる、気持ちの悪い悪寒に武道家は襲われていた。

「おい、何かよ…こいつらおかしくねえか…」

　武道家は不安と興奮がない交ぜになった声で、勇者を呼んだ。不意に投げられた言葉に、モ？と間抜けな返事を返してしまう勇者は、言われるまま辺りを見渡し、数十秒の後、武道家とおよそ同じ憂いを覚え、そして、同じ悪寒へたどり着く。

「…だめ、だ、かんがえるな、モゥ」

「で、でもよ」

「それよりモッ、このからだモォ、なんとか、しなけれバフゥ」

「…くそっ！」

　短く言葉を交わし、行動は変えず無視を決め込み続ける事に決めた。この街の住民たちがどうなっているのか、魔物の支配を受けているのか、おかしい人間が集まっているだけなのか、はたまた魔物になったせいで見える幻覚なのか。その答えは分からない、もしかしたら危険なのかもしれない。だが、それを考えた所でこの身の問題の解決には至らないし、そもそも考えることにリソースを割けば、その瞬間に理性の堤防が決壊しかねない。だから勇者は一番最善である「魔物の本能が見せる幻覚である」と、そう”思い込む”判断をした。

「ブフッ、とにかく、がまんしォオ」

　ならば、善良な住民に世界を救う勇者一行である自分達の醜態を晒すわけにはいかない。この野次馬の中には子供もいるかもしれない。畜生らしく発情で抑えが効かなくて勃起してしまって、そうなればこの装備…股間を覆う即席褌がはだけてしまって、そうして…。いや、だめだ、それ以上考えちゃだめだ。それ以上は…。

「っくぅ、あ゛～～ちんぽ勃つ゛ぅ…あっ」

「ンモオ！？ブモオォかぁ！」

「わ、わりぃ、忘れてくれ…」

　勇者の殆ど牛の鳴き声にしか聞こえない叱責を受けて、口を滑らせてしまった武道家は口を閉ざす。考えないようにしていたのに、余計な事を。勇者はそう言いたげに一瞥して、目を閉じ瞑想する。そうだ、こんな試練、今までの冒険に比べてみればなんのことはない。自分たちが背負ってきた使命の重さに比べれば。そう、今街の人々が向ける視線は自分たちへの期待の現れなのだ。我々が、世界を救う姿を願う。我々が勇ましく通りを行きながら、ちんぽを勃たせている。いや違う、魔物を打ち倒し、魔物の、魔物として戦う、いや勇者として、誇らしく鳴き声を上げて、魔物の勃起ちんぽを見せつけて、それを期待している人々の、詰るような無数の目線が。

「ブフーーッ、ブフーーッ、ブフッ、ブフッ、ブフゥッ」

「ゆ、勇者ぁ、鼻息、止めてくれぇ」

「う、ブモォッ、すま、モォオウ、モッ！？とめられ、ブモォオオウ」

　勇者の思考が淫らに混濁し始めた時から、鼻息の混じった声を数分出し続けていたことにも、武道家の制止を請う声にも、勇者は全く聞こえていなかった。この数分で魔物の音に馴染み自然体に成り果てた声帯では、今更、鳴き声を止めることなど出来なかった。口を閉じても、歯を噛み締めても鳴き声が止まない。

「ブォ゛～～～～～～～～……！？」

　あれこれ怪音を止める方法を講じていた勇者から、今まで聞いたことのない、恐ろしく低い音が鳴った。今までの人間混じりの声ではない、本物の魔物の声だった。

「う゛おぉおお！！？あ゛～牛声響ぐぅ～～…」

　人間の言葉をある程度話すことの出来るアークデーモンだが、本来その鳴き声は牛のそれに近い。丁度、隣で止めどなく鳴くラリホーンのような。だから、その声色は、アークデーモンの劣情を最も効率的に揺さぶった。びりびりと低い牛声が鼓膜に響くたびに、なんとも言えない安心感と、同族の嬌声を聞いたような興奮が湧き、脳裏には、屈強な雄の魔物との濃厚で焦熱駆け巡る交尾の妄想が鮮烈に浮かびあがる。同族の嬌声を聞いたこともないし、男の趣味もない、当然魔物になどうんともすんとも言わないはずなのに。

「ゆうしゃぁ、頼む、やめてくれぇ…」

　武道家は情けなく勇者に懇願する。これ以上続けられれば、間違いなく、尊厳が失われる。それでも勇者は獣声の制御が出来ず、それどころか、先ほどよりも多い頻度で魔物声を発するようになり、音量も酒場の騒音に負けじ、と思える程に大きくなっていた。

「ぅう゛ーーーお゛ー～…」

　一方で、はっきりとした反応の出来ない戦士であったが朧気ながら二人の動揺と高揚を感じたようで、二人に釣られて自らの肉棍棒を剛直へと向かわせてしまう。微かな理性がそれに気付き、必死にブレーキを掛けようとするのだが、溢れ出した熱りを抑えることに困却しているだろうことは持ち上がり始めた前掛けを見るに明らかであった。

「ブォオォンッ！！モォオ゛ッ！！！！」

　不意に勇者が二つ啼いた、と同時くらいに、魔物の重低音とは対照的な、布の裂ける、軽く高い音が控えめに鳴った。その小さな破壊音は、勇者の股下、股間を覆う褌から発生していた。破れた衣服の切れ端を何とか結んで作った褌もどきでは、魔物の怒張に耐えられるはずもない。勇者も武道家も、まずい、と感じた時には、もう既にラリホーンの大剣は完成していた。先程よりも長く大きい布裂け音が鳴ると、雄の本能の根源がその全貌を現した。ラリホーンのペニスは偶蹄目の獣のそれに形が近い。兎に角長く前方に突き出した竿の先に奇妙な茸を想起させるような雁が備えられている。触れれば火傷しそうな程に熱を帯びた黒光りの雄角は魔物としての頑健さを主張するかのように、勇者としての尊厳を足蹴にするかのようにそこに存在していた。根本には草食動物の射精量の多さを裏付けるように、メロンのようなおおぶりの玉が二つぶら下がっている。人間がこの量を出しつくそうとすれば、もしかすれば数時間は掛かるのではないか、と見る者に思わせる存在感がある。この魔物精子工場は本能の命に従い絶賛稼働中のようで、その仕事ぶりをアピールするかのようにぶるぶると揺れているのだった。

「！う゛、お…！？」

「うぉ、おい、勇者っ、それは…！」

　武道家と戦士の前に突如現れた難敵に、二体の心臓がどくんと鳴る。もっともこの難敵は、アークデーモンとサイクロプスにとっては何よりの褒美でしかなかった。ラリホーンの獣臭とはまた異なるエグ味のある獣臭さが二体の腔内に涎を溢れさせる。一瞬、強い衝動に我を忘れかけてしまった。この衝動の正体が、「肉棒を味わいたい」なのか、「己の肉棒を突き立てたい」なのか、「肉棒を突き立てられたい」なのか、そのどれなのかは分からなかった。分かってしまえば終わると思ったからだ。

「ぐぅぅううぅ…～～～！」

　武道家の股間により熱が集まるのを感じる。アークデーモンの股間はその構造が人間のものとは異なり、スリットに性器が格納されるようになっている。その中で、弾頭はぐりぐりと肉襞を押しのけながら確実に肥大していた。弾は拳銃に込められ、撃鉄を倒された状態だ。引き金を引けば、この耐え難い熱は放たれる。その引き金を引くのは彼自身なのだが、しかし魔物を討つ使命や自らの誇りなど、圧倒的な獣欲の前には無力であった。

「ぐっ、ぶはぁっ！！もう無理だァ！ブフモォオオ゛オ゛！！！！」

　先程と同様に、びりりと布が裂ける音とともにアークデーモンの咆哮が響く。ずりゅりゅっと放たれた、まさに極太の銃弾が天を突くように反り返る。開いた口から吹いた粘っこい涎が濡れたスリットの婬液と混ざり、酸に似た匂いを撒き散らす。アークデーモンの男槍はラリホーンの者とは異なり薄桃色の色彩を持ち、街灯の光色とよく混ざり明るく輝いている。先細りの形状をした男根の側面には肌と同じようにイボが付いており、対象のトンネルをゴリゴリと掘り進め、確実に絶頂へ誘うような造りになっていた。浮き出た血管が魔族の凶悪さを放っている。武道家にとっての誇りであったはずの破れ散った道着は今度こそ散り散りになり、レンガ道に落ちる。それらは拾い集める間もなくアークデーモンの太い尻尾の風圧によってあっけなく弾き飛ばされてしまった。

「ふぅ゛～～～～んおっ、おれの道着がぁ…」

　褌の窮屈さから開放され、武道家は深く息を吐いた。背徳の味を噛み締め、口角が上がりそうになったが、それだけは、とぐっと口を紡ぐ。結果として、笑いを堪えるような表情になり、アークデーモンの邪悪な側面を自ら進んで体現しているかのようになった。その横で、最後の戦いも決着しようとしていた。サイクロプスの我慢と解放の二欲の狭間で悶えるような表情が、ついにサイクロプスらしい、にへりと大口を開けた不気味な笑顔へと変わった。

「う゛ぅん゛！ぐ、ごおおおおっ」

　ばつんっ、という鈍い音と共に戦士の前掛けがガランと音を立てて落ちた。もともと勃ちあがりかけていたサイクロプスの怒張はこの衝撃で完全になった。その怒張力は相当なもののようで、後ろで結んでいた結び目も弾け飛んでしまった。完成した肉棍棒は人間の形状に近いが、太さ、長さ、硬さ、どれをとっても正しく化け物と呼べるような一品だ。右曲がりの黒鉄は、根本は肌の色に近い濃い青で、先に向かうほど赤黒く変色している。剥き出しの噴火口は射精を待ちわびるかのようにひくひくと開閉し、熱い空気を撫でている。サイクロプスの屹立は頑固であり、発達した腹筋にひたりと張り付く程であり、戦士自身に自らの興奮と異常を伝えているようだ。それに呼応して、サイクロプスの息がさらに深く熱くなる。涎が空いた口の端からだらだらと垂れ、胸当てにコーティングを施している。

「フン゛ッ、ブオオォオオオオォ！！！ブモ、ブモ、ブモォッ！！！」

「ふーっ、ぶふっ、ぶも、ぶふーっ、ぐっそぉ」

「ウォオ！ふっ、オッ、オオ゛ッ！！」

　傍から見ればひどく滑稽であるが、三体の魔物の完全勃起は盛観といえる光景である。垂れた我慢汁の反射光が煌びやかさを演出しているようだ。見目は勿論、魔物巨根三本分の匂いは凄まじく、通り一帯がキツいフェロモン臭に覆われたようであった。しばらく、全員勃起完了の達成感からか思い思いに叫んでいた。鳴き声に最も苦しめられていた勇者・ラリホーンは勃起と同様に完全に、魔に染まった咆哮を乱射している。この咆哮は、ただ本能によって強いられた行動ではなく、勇者が能動的に行っていることであった。勃起に際しての咆哮で、勇者はただ"叫ぶだけ"の快楽に気付いてしまったのだ。性的な快楽とはまた異なる、生物としての根源的な欲求が満たされていく快楽。勇者は叫びたくて叫びたくてしょうがなかった。改めて巨漢になった自分を深い呼吸とそれに伴って上下する横隔膜の振動で自覚する。ラリホーンになった自分が誇らしい。ラリホーンでいる自分は素晴らしい。ラリホーンの咆哮は美しい。魂に刻まれた根本的価値観がもっと強い何かに上からガリガリと削り取られ、改められる感覚を覚える。今の勇者はそれすら肯定してしまう。もっと鳴きたい、もっともっと。勇者も全く無抵抗だった訳ではないのだが、少なくともこの熱欲が鎮まる暫くの間、勇者の抵抗は無いに等しいものであった。種族じみた魔物声を漏らすアークデーモンとサイクロプスも、初めて発する己の魔声とそれがもたらす快楽に動揺し、それを止めることは出来なかった。三体の魔物の猛る様は集落を襲うただの魔物の群れにしか思えなかった。

　だが、流石世界を救う者達といったところか、数分ほどして、魔物たちは未だ発情のピークにあるものの、一つの到達点に訪れた為か多少精神的に余裕が生まれたようだ。勇者の魔物声はやや落ち着き、言葉を発する事が増えた。増えたと言っても、牛と人間が７：３くらいの割合であるが。武道家は他二人に比べ元々人間よりの精神状態であったからか、先ほどまで勇者が担っていた全員の精神安定の役割に徹した。戦士は未だ危険な状態ではあるものの、武道家の呼び掛けもあり、何とか人としての意志を保てているようだ。時折自らを気付けるように短く吠え上向いた眼球を正しい向きに直し、鼻息を荒く立てている。

「お前ら、見ろ！神殿だぞ！」

　通りの端にようやっとたどり着いた勇者たちの前に、念願だった転職の神殿が現れる。街に入ってからここに至るまでにすっかり陽は落ち満月が妖しく輝いていた。神殿周りには街灯らしい光は無く、その大きな影は王の居ない古城のような不気味さと物々しさを湛えている。だが、勇者たちはそれにたじろぐことなく、神殿の入り口へと進んでいく。そもそも神殿に何かの罠が仕掛けられたとしても勇者たちには他に選択肢など無いのだが。相変わらず重い足取りで、勇者一行は神殿へたどり着く。魔物、しかも発情中の魔物三体というありえないはずの来訪者を迎えるようにその入口は静かに口を開けていた。