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「では、部活紹介のネタは特大王将から部長である私が颯爽登場!……ってので決定ね!」 「……まあ、いいんじゃないですか?インパクトは確かにありますし」 放課後の教室で、私たちは1週間後に迫った新入生歓迎会の出し物のネタを話し合っていました。 私たちのいる「将棋同好会」に新しい仲間を迎え、ちゃんとした部活として認めてもらうチャンスを無駄にしないためにも、インパクトのあるネタがどうしても必要で…… そこで考えついたのが、掃除ロッカーに画用紙を貼り付けて作った巨大将棋駒から部長(仮)が飛び出してアピールするというもの。 まずは副部長(仮)である私が部活……まだ同好会ですけど、その活動内容を紹介し、最後に部長が将棋駒から飛び出して盛大にアピールするというわけです。 はっきり言って将棋そのものの良さはまったく伝わらないけれど、そもそも部活紹介に充てられた数分程度で将棋の良さなんて伝えられるはずなんてなく、ならせめてインパクトある紹介をして興味を持ってもらえれば……ということでこの案に落ち着いたわけです。 運動部ならこういう時、リフティングとかスリーポイントシュートとか、いつもの練習と同じようなことをすればいいのでそこは羨ましく思います。 体育館の壇上で盤面を広げて1局……なんてやっても見向きもされないでしょうから、こういう風にひと工夫しないといけないのです。 「でも私が中に入るとなると、服ちゃんだけで紹介することになるわけで……しらけちゃわないかな」 「……どういう意味ですか」 「いや、服ちゃんてばちょっと愛想が……」 「……余計なお世話です。それにふくちゃんと呼ばないでください。私の苗字はハットリです」 「だって、服部だよ?『ふく』と『ぶ』だよ?まさしく副部長となるべき苗字で……」 「………………」 「……ごめんなさい……」 そう。私はこの苗字ゆえにこの同好会の副部長を余儀なくされているのです。本当は部長がよかったのに。 3年のくせに頼りなくて、胸とか身長とかどうでもいいようなのばかり大きくて腹が立つ先輩よりずっと上手にできる自信もあります。 なのにこの名前のせいで。服部美長(はっとりみな)という、「ふく」で「部」でさらに「長」がつく名前のせいで副部長(仮)の座に甘んじているわけです。 まあまだ正式な部活ではないので、部長も副部長も暫定でしかありませんが……正式な部活になったとしても、恐らく今のポジションのまま行くことになるでしょう。 「まあクール系もそれはそれで需要あるだろうし、私と服ちゃんと2人の将棋美人で売り込みかければ男子なんて一発だよね!」 「部員がたくさん来たらどうしよっかなぁ……部員数十名を束ねる美人将棋部長なんて言われたり……!あー楽しみ!」 「………………チッ」 「ど、どしたの服ちゃん……?怖いよ……?」 はしゃいでぴょんぴょん飛び跳ねて、その度に贅肉をこれみよがしにぽよんぽよんと揺らして…… 自慢のつもりなら、あまりに下品だと言わざるを得ません。そんなものを自慢されたところで私には一切、少しも思うところなどありませんから。 そう、少しも。少しも思うところなどありませんから。 「まあとりあえず案も決まったことだし、今日はこんなとこかな?」 「そうですね。画用紙や掃除ロッカーなどの調達もしないといけませんし……」 「必要なものをまとめて先生に伝えたら、今日は解散だね」 宣伝プランに必要なものをまとめた紙を先生に提出し、この日はお開きになりました。 それから連日、本番に向けての準備が続き…… 1週間後、その日を迎えました。 順番待ちの舞台袖で私は台本を読みつつ、将棋駒と化したロッカー内で待機する部長と話していました。 「ふ、ふふ服ちゃぁん……まだかなぁ……?」 「私たちの番はかなり先ですよ部長。まず正式な部として認められているのの紹介をしてから、同好会の番なんですから」 「わ、わかってるけど長いよぉ……」 「我慢してください。というかまだ出番が先なのに、なぜもう中に入ってるんですか。まだ外にいればいいじゃないですか」 「う、ううん、こここっちのがおちちゅ、おちつきゅから……」 とても落ち着いているようには見えませんが…… ここに来て重度のあがり症を露呈した部長と共に、まだ遠い出番を待ちます。 新入生歓迎会の日程としては、10:00から始まり、先生方のお話が10:30まであり、そこから11:30まで正式な部活の紹介をし、11:30から12:00まで同好会の紹介をして、最後に校長先生がお話をして閉会という流れです。 今はまだ部活紹介が始まったばかり。つまりまだ1時間以上は私たちの出番はないわけです。 ズゴゴゴゴゴ………… 「あああぁぁ緊張してきたぁ……!うまくできるかな大丈夫かなぁ……!」 そんな待つ時間に耐えられなくなったのか、部長がロッカーごとものすごい勢いで振動し始めました。 貧乏ゆすりのようなものなのでしょうが、それにしても震えすぎではありませんか? ゴンッゴンッゴンッ 「あー!あー緊張する!あーー!あーーっあああぁぁ!!!」 どうやら中で飛び跳ねてでもいるのか、ロッカー内でなにやら鈍い音が響きます。 緊張を紛らわす行動をとるのは構いませんが、自分がロッカーの中だということを忘れてはいないでしょうか? このままロッカーを破壊されては困ります。面倒ですが釘を刺しておくとしましょう。 「暴れないでください部長。もし倒れでもしたらどうするんですか」 「そ、そんなこと言ったって落ち着かn」 グラッ…… 「あ」 「ア゛ア゛アアアアーーーーー!!!」 言わないことじゃありません。案の定、中で部長が暴れたせいでロッカーのバランスが崩れ、扉を下にして盛大に倒れてしまいました。 汚い悲鳴をあげながら倒れた部長を助けるのは、まあ当然私の役目なのですが…… 「お、起こして服ちゃぁん……」 「無理ですね」 「なんでぇ!?」 「私の力で部長の入ったロッカーを持ち上げられるわけありませんよ。部長1人でも厳しいのに」 「そ、そんなに重くないもん!」 「誰もそんなこと言ってません。ロッカーの重さと人間の重さが合わさったのを持ち上げるのは無理だってことです」 「そんなぁ……」 「まあ、ラグビーとか相撲とかの力がある運動部の番が終わるまでこのままですね。ケガとかはありませんか?」 「うん、ちょっと頭ぶつけたけど平気……」 面倒なことにはなりましたが、ケガもなくロッカーの方も見た感じは大丈夫そうです。これは幸いだったと言うべきでしょう。 運動部たちの紹介が終わるまであと40分ほど。ちょうど同好会の紹介が始まる前まではこのままですが……むしろちょうどいいのかもしれません。 あがり症の部長が騒ぎ続けるだろう事を思えば、むしろ転がっててくれた方がいいというものです。 「服ちゃぁん……苦しいよぅ……」 「自業自得です。しばらくじっとしててください」 少し大人しくなった部長と、運動部が来るのをじっと待ち続けます。 AM11:20 「なんスか、自分になんか用っスか」 「実は、かくかくしかじかで……」 「なるほど。そういう事なら力を貸してやるっス」 「……すみません、よろしくお願いします」 あれから40分。相撲部の人を呼び止めて部長を助けてもらうことができました。 さすが大きな身体をしているだけあって、部長の入ったロッカーを1人であっさり起き上がらせてくれました。 「あざーっス。将棋部さんのおかげでスタンド・フォームからのぶちかましの練習になったっス」 「あ、ありがとうございます……」 なにやら個性的な口調の人でしたが、悪い人ではないようです。 ひとまずこれで部長も復活しましたし、次は出番を待つだけです。 もう正式な部活の紹介はすべて終わり、あとは同好会の紹介を残すのみ。 私たちの出番も間もなくです。 「もうすぐ出番ですね部長」 「そそそしょんなこといわないれぇ……!しし心臓ばくはつしちゃうぅ……」 「しっかりしてください部長。部室もなく、空き教室で2人寂しく打ち続ける毎日から抜け出すチャンスなんですから」 同好会である私たちには当然ながら部室がなく、放課後の空き教室に集まってはスマホの将棋アプリで対戦する日々…… 同好会としてもあまりに味気ない毎日から逃れる、最大のチャンスなんです。 私はこうしたサプライズに疎いですし、言いたくありませんが部長には少なくとも外見上はそれなりに華があります。 魔改造ロッカーから飛び出して「将棋同好会をよろしくお願いします!」と、その無駄に大きな声で盛大に宣伝するのは確かに部長が適任なのです。 そして逆に、活動内容の紹介は私に向いています。役割を入れ替えるという選択肢はありえません。 なんとしても部長には頑張ってもらわないといけないのです。 パチパチパチ…… 「前の番が終わったみたいですね。覚悟を決めてください部長。ちゃんとできたらMrsドーナツ奢ってあげますから」 「い、いいの……?よし、ミセド好きだからがんばる……!」 私のお財布には大打撃ですが、これも将棋部のため。 ぽんこつ気味の部長をうまく操るのも副部長の甲斐性というものです。 少し落ち着きを取り戻した部長を運動部と一緒に壇上へと持ち上げ、台車に乗せます。これで私たちの発表をする準備は整いました。 「行きますよ、部長」 頼りない部長と一緒に、全校生徒の前に歩み出ます。 がらがらと台車の音を鳴らす部長をほどよい場所に置いて、私の仕事が始まりました。 「新入生のみなさん、こんにちは。将棋同好会です」 ……ほんの少しだけいつもより高い声が出てしまっているのは、やっぱり私も少しは緊張しているからなのでしょう。 全校生徒600人の注目を一身に集めることなんて、そうそうあることじゃありませんから。 とはいえ台本に意識を集中していればなんとかなります。極めて大雑把な活動内容をわずか2分の尺の中で説明したら、私の仕事は終わりです。 「……以上で、将棋同好会の紹介を終わります」 『やだ、あの人先輩なのにちっちゃくてかわいい……!』 『クール系童顔先輩……テンプレ通りだけど、言い方を変えればそれは王道ということ……』 『攻めでも受けでもオイシイ属性じゃない……!』 『『『将棋同好会……行ってみようかな』』』 なにやら前列の新入生女子から不穏な会話が聞こえてきましたが……まあ、見に来てくれるのならありがたいことです。 彼女らの好印象をさらに後押しするためにも、最後のトリを華々しく飾る必要があります。 さあ部長、出番です。 「………………部長?」 しかし、ちょうどいいタイミングを迎えても部長が飛び出してきません。 ガタガタと動く音は聞こえてきますが、一向に扉の開く気配がありません。 観客に気づかれないようマイクを切り、なるべく小さな声で部長に話しかけます。 (どうしたんですか部長?はやく出てきてください) (あ、開かないの……) (え……) (扉、開かないの……!) なんとここに来てアクシデントが起きてしまいました。 ロッカーを改造して作った特大将棋駒から部長が飛び出すはずが、扉が開かなくなってしまったのです。 まさかと思いますが、あの時倒れたのが…… ともかくこの場に残っていても仕方ありません。演出が失敗した今、素早く撤収しないと場を白けさせてしまいます。 がらがらと台車に乗ったままの部長を引きずり、舞台袖へと引き上げていきます。 「発表、失敗してしまいましたね」 「ごめんね服ちゃん、肝心なときにこんなで……」 「いつものことですから良いですよ。それより扉は……んんっ、こっちからも開きそうにありませんね」 「内側はだめ、外側もだめってことは……」 「ひとまず先生を呼ぶしかありませんね……」 部長を収めたロッカーの扉は固く閉まっていて、とても開きそうにありませんでした。 あくまで推測ですが、あの転んだ時に鍵が壊れてしまい、外すことが出来なくなった可能性があります。 そうなると執りうる手段としては、扉か鍵そのものの破壊でしょう。 中に部長がいる以上あまり乱暴な手段は使えませんが……それはこれから先生方が検討するはずです。 「すみません先生、先輩がロッカーの中に閉じ込められてしまって……鍵が壊れてしまったと思うのですが……」 「なんだって?そりゃ困ったな……」 「工具などで扉を外したりはできないでしょうか?」 「金属製のロッカーをどうこうできるような道具は常備してないし、そもそもロッカーに人が入るなんてことは考えてないからな。そりゃ、中身が人じゃなければ叩き壊せばいいが……」 先生の言うことはまったくその通りで、確かにロッカーの中に入るのは普通禁止されています。 今回は歓迎会の出し物のための特例に過ぎず、そこでこんなアクシデントが起こるなんてことは想定外でしょう。 先生と共に対策を出し合ってみますが、思いつく限りでは有力な案は出ませんでした。 ノコギリで切るにしても学校にあるのは木工用で、ロッカーを切るには力不足のため却下。 ハンマーなどで叩き壊すのはもちろん論外です。中の部長がどうなるかわかりません。 ドライバーで分解……というのは恐らく不可能です。見る限り、外から確認できるようなネジ穴はありません。恐らく内側から固定しているのでしょう。 先生と話し合ってみても、学校にあるものだけで部長を救い出すのは恐らく不可能だという結論に至りました。 「とりあえず先生の方でアテを探ってみるから、お前は中の面倒を見ててやってくれ。飲み物だとか、必要なものがあれば渡してやらないとな」 アテ、というのは恐らく業者の方でしょう。工具を持っていてその扱いに長けている人というと、そのくらいしかいませんから。 その人が来るまで、部長が飢え死にしないよう面倒を見なくてはいけないことになりました。 私以外誰もやらないでしょうから妥当ですが……面倒なことになったものです。 「先生はなんて言ってた?服ちゃん」 「業者さんが来るまでこのままなので、私が面倒を見ることになりました」 「あらー……まあしょうがないよね。出られるまでよろしくね」 とりあえず部長に現状を報告して、あとは何かあるまでは待機です。 ひとまずは、気長に待ちましょう。 PM13:30 「んあー!また負けたぁぁ!」 幸いにもスマホを持ったまま閉じ込められたので、暇つぶしに将棋アプリでの対戦をして業者さんを待ちます。 閉じ込められてからおよそ1時間半。これまでの通算は20勝5敗です。 部長でありながら実力が著しく乏しい先輩を圧倒しつつ、時間を潰していきます。 「ねえ服ちゃん……お腹空かない?」 「そういえば、もうとっくにお昼を回っていますね……なにか買ってきましょうか」 「そりゃ助かるけど、私はどうやって食べたら……」 言われてみればロッカーの扉が閉じている状況で、中の部長にどうやって食べ物を渡したものでしょうか。 どこかに内部と繋がる穴があれば…… 「あ、これはどうでしょうか?ここに僅かですが隙間がありますし、ここに差し込めば……」 そこでちょうどいいものが見つかりました。なんのためにあるのかは不明ですが、扉の上部と下部に指一本分程度の幅の隙間を見つけたのです。 小さな窓にも思えるそこから平らで小さな食べ物、飲み物を差し込めばなんとか渡すことができそうでした。 「でかしたよ服ちゃん!ボトルは無理そうだから、ちっちゃいパックの飲み物と一本充足バーをお願い!」 「わかりました。それでは行ってきます」 PM14:00 「戻りました」 「お腹減ったよぅ……はやくちょうだい〜……」 「わかってます。んっ……幅が狭すぎてうまく……」 バリバリッッ! 「あ」 少し無理があったのか、無理やり押し込もうとしたら一本充足バーが粉々になってしまいました。 ……まあ、食べられるので良しとしましょう。相手は部長ですし。 「ま、私のカバンに入れててもこんな感じになるし、食べ慣れた感じでいいかな」 「整理整頓した方がいいのでは?」 「ヘンに片すと忘れ物増えちゃうから、全部持ってくるのが確実なんだよ〜」 「それを人はずぼらと言うんです……」 まあ、今回はこの雑な性格のおかげでなんともなかったと思うことにしましょう。 念の為複数買ってきた飲み物と食べ物を渡して、ひとまずの問題は解消しました。あとはまた待つだけです。 PM14:30 「ねえ服ちゃん。違うゲームやらない?」 食後も暇つぶしに興じていたある時、部長がこんなことを言ってきました。 まあおそらく、将棋アプリの負けが続いて悔しいんだと思います。 こんなことを言う前に実力を磨くべきだと思いますが…… 「服ちゃん知ってるかな?UMA娘」 「なんですかそのB級の権化みたいなゲームは」 「失礼な!意外と面白いんだからねこれ!」 「意外と、と言うくらい自覚があるものを勧めるんですか……」 「各国の未確認生物の擬人化少女が歌って踊ってアルマゲドンな超個性派ゲームなんだよー!」 「ずいぶん……混沌としていますね……」 部長らしいセンスだとは思いますが、しかしやってみたいとは思えません…… 部長の勧めは頑として断り、将棋同好会らしい活動を続けることにしました。 PM15:00 「……ねえ服ちゃん。まだ来ないのかな?」 「まあ……業者さんも暇ではないでしょうから。あと服ちゃんはやめてください」 閉じ込められてから3時間。まだ業者さんの来る気配はありません。 あれから私がさらに20勝を挙げてそろそろ虚しくなりつつある暇つぶしもさることながら、私を焦らせるひとつの要素がありました。 こつん、こつん……がたがた、がたっ…… 先ほどからロッカー内で響く、せわしない音。 それは紛れもなく、中の部長が身じろぎすることで起きている音でした。 まだ言葉に出してこそいませんが、この音が雄弁に部長の状況を物語っていました。 何時間もロッカーに閉じ込められた人間が、落ち着きなく身体を揺さぶる状況。それはひとつしか考えられません。 そしてそれは、一緒になって待っている私も例外ではありませんでした。 (せめて歓迎会の前に行っていれば……混んでいましたし、こうなるなんて想像もしていなかったとはいえ……) 一人の女性として、なるべく口にしたくない「それ」を噛み殺し、私たちはまだまだ待ち続けなければなりません。 PM15:30 私たちが「それ」を自覚してから30分、そろそろ待っているのも辛くなってきていました。 考えてみれば、部長は仕方ないとはいえ私まで我慢している必要はないのでは……? 部長に言えば巻き込んできそうですから、隠れてこっそりと…… 「服ちゃん……どこに行くの?」 (気づかれた……!) なぜこういう時だけ無駄に鋭くなるんですか…… とはいえまだ全てを勘づかれたわけではありません。うまくごまかせれば…… 「いえ、少し買い物にと思いまして」 「私はもう欲しいものないよ?服ちゃん、理由つけて私から離れようとしてるよね?」 「うぐ……」 「だめだよ服ちゃん!こんな私を見捨てるなんて……そんなことしたら服ちゃんが未だにリナちゃん人形でおままごとしてるのバラすよ!」 「なぜそれを知って……っ!?ううぅ、わかりました!もうどこにも行きませんからそれはやめてください!」 どこでこんな事を知ったのかわかりませんが、部長の言っていることが私にとって最大の秘密であることは間違いありません。 大体の女の子が子どもの頃に夢中になり、子どものうちに離れていくであろうおもちゃ、リナちゃん人形…… それをこの私が、冷静沈着を旨とする私が、高校生にもなって未だに離れられずにいるという事実を誰かに知られたら、私はどんな顔で学校に来ればいいのでしょうか。 理不尽な部長の要求ですが、付き合うしかないようです…… 「さ、もう1局……やろっか。服ちゃん」 「わかり……ました……」 苦々しく要求を呑みつつ、まだまだ待ち続けます…… PM16:00 「すまん服部、遅くなった!業者はとっくに着いてたんだが、先に水道管の様子を見てもらっててな……」 「そ、そう……ですか……それで、部長は助けられそうですか?」 閉じ込められてから4時間。ようやく業者の方がこちらに到着しました。 先生と一緒に現れた人達が、次々と部長のロッカーを見ていきます。 そして様子を見終えると、先生のところへ向かっていきました。 恐らく状況を報告しているのでしょう。それを聞いた先生が、次は私のところにやってきました。 「あー……すまん服部、今の機材では無理かもしれないそうだ」 「え…………」 「金属を切る時、火花が出るだろ?今の状況でそれをやると、中身が火傷を負いかねないんだそうだ」 「それは……確かに。では、いったいどうするつもりなんですか?」 「今あるのは電動だが、手動のなら火花は出ない。事務所に金属用ノコギリの手動のやつを取りに行くんだそうだ」 「それはわかりましたが、業者の方にしては見通しが甘くはありませんか?部長のことを予め伝えていたにしては準備が悪すぎるような……」 「すまん……実はこのことについてはさっき伝えたばかりでな。なにしろ電ノコがあれば問題ないと思ってたもんで、来てから伝えりゃいいか!とな……」 「……そうですか、先生」 「すまん、こればかりは本当にすまん……だから無言でプレッシャーをかけてこないでくれ……」 ようやく開放されると思いましたが、どうやら事態の解決はまだ遠いようです。 聞いたところによると、この業者さんは本来水道管工事のために呼んでいたようで、そのついでに部長の救助を依頼した……という流れのようでした。 そして、水道管工事のために持ってきた機材では部長の安全を保証できないため、安全な工具を取りに行かなければならないようです。 それくらい予め伝えていれば持ってきてくれたのでは?と思いますが、そこで先生が判断を誤りました。 先生の想定では水道管工事には金属用の電動ノコギリを使うため、それさえあれば問題ないと思っていたとのことで、部長のことは伝えていなかったようなのです。 過ぎたことを怒っても仕方がないとは思いますが……ですが私も部長も、そう言っていられない事情があるのです。 早く部長が解放されてくれないと、私も巻き添えを受けるのですから。 「それで、事務所に行って戻ってこられるのはいつになりそうですか」 「そこまで遠いわけじゃないから、何事もなければ30分程度だろう。悪いがもうしばらく待っていてくれ」 「あとそうだ。さすがに舞台脇のここで作業するわけにいかんから、こいつを校庭の端にでも運んでやってくれ。台車に乗ってるからなんとか運べるだろ」 30分……まあそのくらいならなんとか待てるでしょう。 そろそろきつくなってきてはいますが……他にどうしようもありません。 部長を校庭に運びつつ、気長に待つとしましょう。 PM16:15 あれから15分。聞いた通りであれば、業者の方たちが事務所に着いた頃でしょう。 今から折り返して15分なら……作業にかかるだろう時間を含めてもなんとか間に合うはずです。 「ふ、服ちゃん……まだかなぁ……!?」 「あと15分ほどですから、待っていてください部長」 しかし私より数段せっかちな部長には、それも耐えがたい時間のようです。 中で地団駄でも踏んでいるのか、どんどんと鈍い音が響いてきます。 いえ、あるいは本当に危ないのかもしれませんが……しかし、待つ以外に方法が無い以上は仕方ありません。 もはや暇つぶしさえもする余裕なく、2人で待ち続けます。 PM16:45 「ね、ねえ服ちゃんっ……!まだなの……!時間過ぎてない……!?」 「み、道が混んでいるのかもしれませんし……もうすぐ来るはずですから。たぶん……」 あれから30分。もうとっくに時間を過ぎているのにまだ業者さんはやって来ません。 部長をなだめるために希望的観測を口にしますが……しかし私も不安になってきました。 もし何らかのトラブルが起きていて、長い時間がかかってしまうのなら…… もしかすると、もしかしてしまうかもしれません。せめて私だけでもと思いますが…… 「服ちゃん、絶対見捨てちゃ嫌だよ……!?」 「わかってますよ。部長がめんどくさい人間だってことはよく知ってますから」 ですが、部長を置いてはいけません。秘密を知られていることもそうですが……私もそこまで薄情ではありません。 もし秘密のことがなかったとしても、見捨てたならその事実はしこりとなって残り続けるでしょう。そうなればもはや将棋部結成どころではありません。 部長は私を恨むでしょうし、私も気まずさを残したまま過ごしていくのはごめんです。 快適な高校生活のためにも……最後まで耐えきってみせます。 校庭で新入生と練習に励む運動部のように、れっきとした「部活動」をしていくためにも。 PM17:30 「ねえ!ねえまだなのぉっ!私もう、ほんとにだめなんだけどぉぉ……っ!」 もう、業者さんが出発してから1時間半が過ぎました。 それでもまだ戻ってくる気配はなくて、部長も私ももうすっかり余裕を失ってきていました。 ロッカー内から聞こえてくる音も、どんどんと足踏みをする音に混じって、なにかをきつく押さえつけるような音が僅かに聞こえてくるようになりました。 それはきっと、部長が本当に追い詰められている証なのでしょう。そして……私にとってそれは、それができることはむしろうらやましいことでもありました。 だって私はロッカーに隠されておらず、外にいます。そんな私がここで、まだ運動部が練習している校庭で、押さえたりなんかしたら…… そんな生き恥、死んでもごめんです……! 「トイレ、トイレ行きたいぃ……!はやくはやく、はやくぅぅ……!」 そんなの、私だって…… でもそんなこと、部長にだって言えません。この歳にもなっておトイレが我慢できないだなんて、そんなことは。 PM17:45 まだ……っ、まだ、来ないんですか……! 部長が閉じ込められてから数えてもう5時間が経とうとしていて、その間ずっとお手洗いを我慢していて……! ヘンな動きをしないよう堪えるのも、もうそろそろ限界です……! だって私が最後にしたのは……学校に来る前、家でしたのが最後です。それももう10時間近く前のことで……その間ずっと溜まり続けたものが、もうそろそろ本当に危ないところにまで来ています。 そしてそれは、部長も同じで…… 「あけてっっ!!あけてあけてあけてあけてよぉぉぉぉっ!!おねがいだからぁぁ……!」 どんどんとロッカーの扉を殴りつけ、開かない扉への苛立ちをぶつけています。 それで扉が開くなら、いくらでもそうします。でも……そんなことをしたって何も変わりません。 何も変わらないとわかってますけど……部長の気持ちは痛いほどわかります。もうそんな理屈を言っていられるほど、余裕がないんです。 私も部長も一様に追い詰められる中で、いつになるかわからない業者さんの到着を待ちます。 ……作業にどれだけ時間がかかるか、漠然とした不安を抱えながら。 PM18:00 ……とい……れ……! お、おトイレ……いきたい……っ! おかしいじゃないですか、なんで、なんでさんじゅっぷんていったのに、にじかんもかかるんですか。 こんなのおかしい。おかしいです。私たちにおトイレ行かせないようにしてるとしか思えません。ぜったいにおかしいです。 「ふく……ちゃん……!なにか……なにかないの……!携帯トイレとか……」 「あ、あるわけないじゃないですか……っ!」 「か、買ってこれない……!?」 「無茶いわないでくださいっ……!」 部長はいいですよね、ロッカーで隠れているからっ……! 外にいる私がそんなのを使ったら…… そんなの、無理に決まっています……! 「が、がまんしてくださいっ……!きっと、ぜったいにあともう少しですから……!」 「わ、わかってるよ……!わかってるけどぉ……」 PM18:15 なん……で…… ひ……どい……ずっと……ずっと……ぉしっこ……したいのに……なんで……なんで……させてくれないの……なんで…… ずっとまってたのに……いわれたことしんじてまってたのに、なんでこんなおそくなるの……? 「ふ……くちゃ…………ふく……ちゃん……!みみ……ふさい……で……っ!」 みみ……ふさぐ……? 部長、なにいって……? びっっっっしゅうううぅぅううううーーーーーーーー!!!びゅしししししぃっっっ、ぶじゅじゅじょおおおぉぉぉぉーーーー!!! 「!!!?!??!」 この音っ……!?まさか、まさか部長……! 部長のおしっこ、ものすごい勢いで……!き、きもち、よさそ…… ぶしゅるしゅしゅっ!!じゅじゅうぅっ!! 「あっあ!おしっ……!で……っ!」 だめだもぅ、わたしもがまん……できな……っ! こ、ここで……!お外でおしっこぉ……! 「すまーーーん!!服部すまーーーん!お待たせしたーーーーー!!!」 「また水道管が破裂してなーーーー!!そっちを先に見てもらってたーーーー!!」 なん……でっ……!いま……! だめ、みられちゃう、だめっ……!がまん……できな……! 「こ、こないでくださいっっっ!!!おねがいっ、こないでぇぇぇぇぇーーーー!!!」 ろ、ロッカーの……陰でぇ……っ!! もうおろしてられない!ぱんつ、ずらしてぇ……!あっ、ぁ……! ぶしゅうっっ、っっっしゅうううううぅぅぅーーーーーー!!!びゅぢぢぢぢぢぢっっ!!じゅおおおおぉおおおおーーーー!!! 「ぁ、はっ…………!?はーっ……はぁーーっ……!」 「っはああぁぁ…………!」 や、やっと……だせた……! ずっとがまんしてた、おしっこだせたぁ……! もうわたし、がまんしてない……ちからぬいて、いっぱいだしてるぅ……! きもち……いい……! PM18:17 しゅるるるっ……しゅるっ、ちょろろろ…… あ……おしっこ……とまる…… がまんしてたから……いっぱいでた…… 「っっっっ!!!?!」 わ、私はいったい……なにを……! 「我慢してたからいっぱい出た」なんて言ってる場合ですか!いくら状況が状況とはいえ、お外で……校庭でなんて……! しかもこのまま作業をされたら、私のこの……ものすごく大きな……あれが業者さんに見られてしまう……! そんなの、死んだ方がマシです……! と、とにかく離れ……いや、ロッカーの陰から離れたらそれこそ丸見えに……じゃあどうしたら…… 「服部ー!!もういいかーーー!?」 さっきの私の声を聞いて、遠くで待っててくれていた先生の声が聞こえてきます。 作業をしないと終わらないのなら……もう避けようがないのなら……もうこれしかありません。 「先生、業者さんにも伝えてください。ロッカーから目を逸らしてはいけません。それ以外のものを見たら両眼を潰します。いいですね?」 「えっ、え……?両眼って……?」 「いいですね?」 「……はぃ……」 よし、これでいいでしょう。 もし私の汚点を目撃したなら、その記憶ごと両眼を潰せばいいのです。許可は取りました。 そしてここからは、今までロッカーの中というメリットを享受していた部長へのささやかな反撃の時間です。 「ふ、服ちゃん待って……!わかってるよね?今開けられたら……その……!」 「大丈夫ですよ部長、もう手遅れですから」 「え……?」 「もう外に溢れてきてますから、丸わかりです」 「うそぉぉっっ!?」 そう、部長がロッカー内でぶちまけたそれは、僅かな隙間から外へと流れ出してきていました。 泡立つそれは先生と業者さんの視界に当然ながら入り込み、その事情を察されてしまいます。 そしてこの扉を開け放ったなら……もう誤魔化しようもないでしょう。 「せ、先生待って、いまはだめ、今はだめですって……!」 「部長、観念してください」 「いっ……いやああぁーーー!!」 そしてそれから30分ほどして、部長は救出されました。 むわっとした熱気、臭気と共に、真っ赤になった状態で。 私を巻き込んだ反省は、充分にしてくれたことでしょう。 そんな散々な新入生歓迎会でしたが、収穫もありました。 不純な動機ではありますが、入ってきてくれた新入生女子3人を迎えて正式な将棋部が誕生したのです。 悪い事もいい事もあった新入生歓迎会は、こうして終わりを迎えたのでした。

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