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「ここに来るのは、いつ振りか」

剛一郎が、何時ぞやのスーツ姿でマンションの前に立っていた。


「パパー、ここってまえにきたところ?」

剛一郎の隣には、手を繋いだ小夜子が立っている。


「ああ、そうだよ」

並んで立つと、小夜子の頭は剛一郎の肩口あたりになる。

初老の男の娘としては、“適正な年齢差”のように見える。


小学一年生らしからぬ高身長に、豊満な肢体。

身長の割に、腕や脚はかなり太く逞しい印象。


『オーラマスター 光輝』


少し古惚けてはいるが、以前と変わらない表札。


「コウキさん、ご健康そうで何よりです」

「世辞は要らんよ」

こちらも以前と変わらず、白装束の老人はそう答える。


「今日は、お二人で来たのかね」

「ええ。お陰様で娘はもう歩けるので、付き添いは私だけです」

妻の妙子に留守番を任せ、剛一郎と小夜子の二人での訪問。


「して、今日は何の御用で?」

この老人からすれば、数年振りに見る小夜子の姿は健康に見える。


「その、言い辛いんですが・・・チャクラを閉じて貰えないかと」

「何じゃと」

剛一郎は、小学校での一悶着を説明した。

余りに怪力過ぎて、高学年の上級生を怪我させてしまった。


「ふむ。事情はわかった」

「では」

剛一郎は学校の先生から、小夜子の体質改善を懇願されたことも話した。


「じゃが、無理じゃな」

「何故です?」

この『オーラマスター』を名乗る老人は未だに、胡散臭さが抜けない。

しかし、小夜子の命を救ったのも、また事実。


原理も理屈も理解出来てはいないが、確かな技術を持っている。

一度施した施術であれば元に戻す事も出来る筈、と踏んだのた。


「【チャクラ】は、そんな簡単に開け閉め出来るモノではない」

水道の蛇口とは訳が違う、と説明した。


無理に閉じれば、身体にどんな悪影響を及ぼすか、わからず。

もし、そのせいで【陰の氣】が復活すれば、再び死に至る病に逆戻り。


「ただ、“少しだけ開けた”事が影響しているのであれば・・・」

「何か、他に方法があるんですか?」

幾ら健康でも、日常生活に困るような体質なら、何とか改善したい。

そう思うのも、親心ではある。


「いや、しかし・・・。なにぶん、初めての事なのでな」

老人は、あくまで想像という条件で、現状を説明した。


小夜子の身体には、大きなプールぐらいもある【チャクラ】があり。

そのプールの排水口の内、一ヵ所だけが開いた状態なのだという。


大きなプールで水の出口が一ヵ所だけだと、かなりの水流になる。

その勢いの凄まじさが、小夜子の怪力体質に現れているのではないか。


排水口を全て開放して、一つ辺りの水の勢いを弱めれば。

【チャクラ】の奔流が“均(なら)され”、身体全体への影響は薄まるのではないか。


「前にも言ったが。完全に開く事も、それはそれで悪影響が出る可能性がある」

「でも、それは。娘の“身体が幼い”から、だった筈では」

正確には、『幼子の【チャクラ】を完全開放する事』ではあるが。


幼子が、単純に精神年齢を指すのか。又は、肉体年齢を指すのか。

その辺りは特段、言及された訳ではない。


「どちらにせよ、不確定要素が多過ぎる。儂としては、現状維持をお勧めする」

今なら、怪力という程ではなく。少し力が強い程度だろう、と。

“その程度”なら、成長する上で慣れさせ、調整出来るように訓練すれば済む話。


「・・・・・」

選択肢は、次の三つ。


【1】チャクラを閉じる(陰の氣が復活する?)

【2】現状維持(怪力体質はそのまま)

【3】チャクラを完全に開く(怪力体質が改善される?)


「三番・・・いや、【チャクラ】を開いて下さい」

「・・・本当に、良いのかね?」

老人は、剛一郎だけでなく、小夜子本人にも同じように問い掛けた。


「【チャクラ】を完全に開けば、この後どうなろうと儂にやれることはもう無くなる」

老人は後戻り出来ない、と最後の念押しをする。


【チャクラ】は言わば【陽の氣】なので、健康被害などは起きない・・・かも知れないが。

もし、体質面で何かあっても、完全開放した【チャクラ】を閉じる事は不可能。


「パパがいいっていうなら、いいよ」

「小夜子・・・」

「娘さん本人がそう言うのであれば、致し方ない・・・か」

老人は、やれやれといった諦めにも似た表情。


「小夜子ちゃん。目を瞑って、気を楽にしていなさい」

以前と同じように、小夜子のお腹に手を当て。


「・・・はぁっ!」

老人は、気合いの声を上げた。


ドドンッ!


「・・・っ」

以前とは比べ物にならない程の、大きな【波動】。


「どうだい?」

老人は、小夜子に問い掛ける。


「何か、凄い」

何か、“力が湧き上がって来る”ような。

“力の源泉が開いた”かのような、高揚感。


「次にもし、何かあれば。今度は、医者に診て貰うが宜しかろう」

「はい、わかりました」

剛一郎は、そう答えるに留めた。


実は、医者には既に何度も診せていた。

セカンドオピニオンどころか、サード、フォース・・・もう、本当に何度も。


しかし、どの医者も病気が治って良かった、としか言わなかった。

健康面での不安や問題はもう何もない、と。


もし、何かあるようであれば、またここに来れば良い。

金を積んで土下座でもすれば、何かしらかの施術を施してくれるだろう。


剛一郎は、今の状況をその程度に捉えていた。

だが、この後。剛一郎がこの老人に出会う事は、二度と無かった。

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