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魔女・・・いや、魔法使いの素養は、生まれ持った資質に左右される。

逆に言えば。それ以外の点においては、他の人間との差異は無いに等しい。


サーラは特に、不幸な生まれなどではなく。

どちらかといえば裕福な家庭で、我が子の為と両親は魔法学校に入れてくれた。


入学当初のサーラは、同年代と比較しても小さく、華奢だった。

しかし、端正な金髪に翡翠色の瞳は、周囲の注目を集めた。

いわゆる、美人を模した『お人形』と比べても誰もがサーラが上だと思う程に、紛うことのない美少女。


「あら、アナタ。魔法使いも体力を使うのよ」

そのせいか、先輩たちの嫉妬の対象になり。


「そんなナリじゃ、全然ダメね」

特に、容姿で劣等感を抱く女生徒たちに、良く苛められた。


「はぁ、はぁ・・・」

サーラは、先輩たちから何度も、体力的な運動を強要された。

運動場を走らされたり、重い石を持ち上げさせられたり。


「ふふん、酷いわねぇ」

「あら、アナタこそ♪」

先輩たちは、運動場を何周もしてヘトヘトなサーラを尻目に、そう談笑した。


「まだ足りないわ。もっと、精進なさい」

自分たちでは絶対にやらないような課題を課していれば。

こうやってシゴキを続けていれば、いつか自主退学する。


先輩たちは、そう高を括っていた。


「わかりました。先輩方」

しかし、サーラは他人より、少しだけ独特な感覚・視点を持っていた。

魔法の修練には肉体の強化が不可欠だ、と思い込み。それを受け入れ、実践したのだ。



「おい、あれ」

サーラが魔法学校に入学して、数年が経ち。


「ああ、サーラだ・・・」

サーラは、“色々な意味”で衆目を集める存在になっていた。


魔法学校の制服越しでもハッキリとわかる、豊満な胸元。

胸周りで足りなくなった布地の帳尻を合わせるかのような、キュッと縊れた細い腰。


セミロングの金髪に、何処か幼さの残る美貌は更に磨きが掛かり。

幼年期の華奢さは鳴りを潜め、大人の女性を思わせる凹凸の激しい肉体へと成長。


「す、っげ・・・」

サーラは、左手で大きな辞書を抱えていたのだが、二の腕辺りの袖が丸く膨らんでいた。


――そう。

サーラの“変貌”は、それだけではなかったのだ。


「あれが女の腕、かよ・・・」

「僕のパパより太いかも」

男子生徒たちは身近な大人と比較して、そう揶揄した。


弱冠十二歳にして、大人と比べてもほぼ変わらないぐらいの身長になり。

更には、制服の肩や袖がはち切れそうになるぐらい、逞しくなっていたのだ。


「サーラ君。君はその、何だ・・・。騎士にでも、なるつもりなのかね・・・?」

学長に呼び出され、サーラはそう詰問された。


「いえ。私は、魔法を極めたいだけなのですが」

「うぅむ。しかし、だな・・・」

学長はチラッ、チラッと会話の度にサーラの“腕の膨らみ”を見遣った。


「“これ”が、何か?」

人の顔ほどもある分厚い魔法辞書を片手で摘まみながら、左腕を折り曲げた。


「・・・っ!?」

モゴォッ、と二の腕にリンゴがそのまま載ったかのような、大きな力瘤が隆起する。

ミチチッ、とゆったりと余裕のある筈の袖が、悲鳴を上げていた。


「“そんな事”に感(かま)けているようでは、主席どころか卒業も危ういぞ」

「何故、ですか?」

岩より硬いと揶揄される魔法辞書がミシッ、ミシシッと軋む音を立てる。


「『学課』や『実技』で、他の生徒より劣っているとは思わないのですが」

これはサーラ自身の自惚れではなく、実際の成績でも示されていた。


『学術考課』や『魔法実技』等の課程において、既にサーラは主席レベルだった。

単純な試験の成績だけで言えば、間違いなく主席と言って良い。


「大人でも両手でやっと持てる“それ”を、そうやって片手で握り潰す腕力は必要ないと言っている」

魔法学校においては古くから、魔力と体力は相反するモノという固定観念がある。

明らかに身体を鍛えているサーラは、評価点においてマイナスを下されていた。


魔法とはあくまで、何かをする為の手段。強いて言えば、楽をする為に使うモノ。


例えば。重い物を持ち上げるのに、わざわざ身体を鍛える必要など無く。

単純に、魔法の力でその重い物自体を持ち上げてしまえば済む話。


より重い物を持ち上げたければ、より強い魔法を編み出せば良い。

魔法使いにとっては本来、そう考えるのが普通であり、至極当然の理(ことわり)だった。


そして、魔法使いにとって、騎士や戦士のような身体を使う職業は脳筋扱いで、卑下すべき対象だった。

表立って対立するようなことはないものの、自分たちが一番優秀である、という自負がある。


「そう、でしょうか」

サーラは、大きな辞書を片手で保持し、パラパラとページを捲って見せた。


「人の手で出来る事は、そのまま人の手でやれば良いのではないでしょうか」

左手で辞書を扱いながら、学長室の本棚から別の辞書を魔法で浮かせたまま引き寄せた。


「うぅ、ぐ・・・」

離れた所にある特定の物体“のみ”を手元に引き寄せるのは、簡単に見えて難易度の高い魔法である。

下手な者だと、近くにある別の物にも魔法が作用し、地震が起きた後の如く崩してしまう。


「と、とにかく! 改めるようにっ」

小言は終わりと言わんばかりに、学長は話を打ち切った。


「・・・さて。どうしたものでしょう」

如何に相手が学長とはいえ、一方的に言われるだけなのは納得出来ない。


「・・・よぉ」

そう思案していたサーラに、一人の男子生徒が話し掛けた。


「・・・ジョルジュ」

サーラは、その男子を見上げながらそう言った。

大人顔負けの身長のサーラより、更に頭一つ分は大きい。


「いい加減、俺の女になれよ」

ジョルジュは背が高いだけでなく、身体つきもガッシリとしていて体格が良かった。

豊満で逞しいサーラと比べても、見劣りしない。


「そうすりゃ、俺が口を利いてやるのに」

ジョルジュは学校の理事会、その内の理事の一人のドラ息子だった。

学校運営の立場で言えば、理事会は学長より上、である。


勿論、権力が有るのはジョルジュの親であって、ジョルジュ自身が持つ訳ではない。

しかし、ジョルジュはそれを笠に着て、学校内でやりたい放題だった。


「・・・別に。私は、“成績そのもの”には興味ありません」

学長・・・いや、学校側からすれば、身体を鍛えるサーラはあたかも脇道に逸れているように見えた。

成績を下げたくなければ、魔法にのみ注心しろ、と。


しかし、サーラにとっては、その成績すら只の手段でしかなかった。


魔法を極めること。それこそが目的であり、最終目標。

そこに、成績の良し悪しなど、関係しない。


「俺の女になりゃあ、よ。無駄に身体を鍛えたって、何も言われなくしてやるのに」

「・・・“無駄”、ですって?」

まるで、趣味に興じて修練を怠っているかのような、不遜な物言い。


「だって、そうだろ? 身体なんか鍛えなくたって、【強化魔法】を使えば済む話だ」

災害や盗賊の襲撃に遭った時など、緊急時用として【強化魔法】はちゃんと体系化されている。


「尤も。俺様レベルになりゃ、他の魔法でヤラれる前に撃退しちまうけどな」

【火球魔法】などの遠距離攻撃、【念動魔法】などの遠隔操作・・・など。

対象に接近される前に撃退する魔法は、幾らでもあるのだ。


「何なら、試してみるかい? 胸を貸してやるぜ」

「面白そうですね」

魔法学校ということもあり、通常の座学も含め、授業内容は多岐に渡る。

その中で、『魔法実技』という授業があるのだが・・・。


「条件は・・・、そうだな。魔法での攻撃、防御は禁止、だな」

「ええ、わかりました」

『魔法実技』授業で月一回の頻度で実施される、『魔法模擬戦』。

文字通りの、魔法を用いた模擬戦。実戦を想定した、魔法による対戦勝負である。


「どれ。先ずは、ほぅらっ」

ジョルジュは手始めに、と【火球魔法】を放つ。

ボゥッと拳大の火球が、サーラの肩口に直撃した。


「・・・ふぅん、こんなものでしょうか?」

「けっ、強がりを」

ジョルジュは更にドン、ドンッと【火球魔法】を連発。

サーラを中心に、辺り一面に煙が立ち込める。


「おお、すげぇっ」

「ちょいと、やり過ぎたかな」

取り巻きの生徒たちの沸く様に、ジョルジュは不敵な笑みを見せた。


「もう、おしまいでしょうか?」

「・・・なぁっ!?」

サーラには特に変わった様子はなく、開始時の位置のまま立っていた。


いや、肩口や二の腕、脇腹にスカートの裾。

サーラの着ている魔法衣のあちこちが焦げ、破れていた。


「す、っげぇ・・・」

破れた服の隙間から覗くのは、ガチガチに鍛え込まれた筋肉だった。

魔法衣を焦がす程の【火球魔法】の連発にも、ビクともしない肉体。


「次の手が無いなら、今度は私の番ですね」

「く、くそっ」

ジョルジュは杖を構え、高速で魔法を唱える。


「・・・?」

サーラは特に何も感じることはなく、スタスタとジョルジュに向かって歩み寄る。


「何で、効かねぇっ!」

実は、ジョルジュは【念動魔法】を放っていた。


【念動魔法】は、言ってしまえば透明の手をイメージして、離れた物体を掴む魔法である。

魔法力で射程距離や手の大きさ、持てる強さが変わるのだが。


「い、いや、何て重さ・・・だっ」

人間一人ぐらいなら楽に掴み上げ、遠くに放り投げられるだけの実力はある。

しかし、サーラはビクともしないどころか、物ともせずに向かって歩いて来る始末。


「重い、なんて」

「ひぃっ!?」

いつの間にか、サーラはジョルジュの目の前に立っていて。


「・・・失礼です」

サーラは、おもむろに右手を開いた状態で、ジョルジュの顔面目掛けて打ち払った。


パァンッ!


「うべらっ!」

まるで、何かが炸裂したかのような衝撃音と共に、ジョルジュの大きな身体はバウンドしながら吹っ飛んだ。


「今の、ビンタ・・・か?」

「み、見えなかった・・・」

取り巻きたち周囲に居た者ですら、ほとんど目で追えない程の、凄まじい速度の高速ビンタ。


「く、くそっ。お前、まさか【強化魔法】を使ってるんじゃ・・・うぼぁっ」

「ただの、平手打ちですよ」

ジョルジュが言い終わらない内に、回答と言わんばかりの高速ビンタが飛び。

ジョルジュの大きな身体は再び、運動場をバウンドした。


「おい、お前ら! 試合を止めろっ、ルール違反だっ」

「いや、でもよぉ・・・」

実は、取り巻きは開始時点から既に【強化無効】の魔法を施していた。

もし仮に、サーラが命の危険を感じて魔法を使用しても、それを阻害出来るように、と。


「そいつ、“素”ですぜ」

「そんな、馬鹿なっ・・・うぼぉっ!」

【火球魔法】で傷すら付かず、【念動魔法】では止まらないサーラの剛腕。


「おい、やめ・・・ぶぼぉっ!」

バチィンッ!!


「く、くそぉっ!」

防御替わりに、と杖を構えるもバキィッと一瞬で折れる始末。


「お、俺の大事な杖が・・・」

樹齢数千年の霊樹から取ったと言われる高級木材を用いた、特別製の魔法杖。

一般庶民の家ぐらいは軽く買えてしまうぐらいの、非常に高価な杖である。


「アナタの杖より、私の腕力の方が強かったみたいですね」

魔法使いの杖は基本、常に魔力を帯びている。

その強度は、只の木の杖の比ではない。


「魔法も効かず、杖も折れた訳ですが・・・」

サーラは、左手一本でジョルジュの大きな身体を持ち上げる。


「う、ぐ、ぐぅ・・・っ」

顔が既に倍ぐらいまで腫れ、ジョルジュは視線も定まらない。


「そ、そこまで!」

取り巻きが先生を呼んで来たのか、中止の声が掛かる。


「命拾いしましたね」

そう言って、吐き捨てつつジョルジュの身体をズザァッと放り投げた。


「うげぇっ」

「ジョルジュさんっ」

もんどり打って倒れ込むジョルジュに、取り巻きたちが駆け寄る。


「お、覚えてろよ。このままじゃ、済まさねぇ・・・」

そう呟くジョルジュの声は、サーラには届かなかった。

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