赤鬼伝説 第一話「赤鬼丸」 (Pixiv Fanbox)
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それは、昔々の話だった。
山深い、土地。その中でも一際、大きな山『赤犠山(あかぎやま)』。
その『赤犠山』の中腹に、とある大岩があった。
その大岩は『大鬼岩』と呼ばれ、古くから鬼が封じられているとする伝説がある。
そして、その傍には『鬼岩院』というお寺が建っていた。『鬼岩院』という禍々しい名前は、鬼の伝説に由来するそうな。
「がははっ。ここの寺の坊主共は、腕っ節が強いと聞いていたが・・・」
野盗と思しきゴロツキ共が、お寺の境内でたむろしていた。
「全く、大したことなかったな」
ゴロツキ達の足元には、“お坊さんだった”と思しき骸(むくろ)が何体も横たわっている。
「我ら『赤鬼党』に掛かれば、如何な強者(つわもの)だろうが相手では無いわ」
身の丈、優に『六尺(180cm)』はあろうかという大男が、横たわる骸を足蹴にしながらそう言い放った。
『赤鬼党』とは、巷を荒らし回っている山賊のこと。近隣の村々では飽き足らず、遂にはお寺に手を出したのだった。
ガタッ。
「ん? 今、何か音がしなかったか?」
「気のせい、じゃねぇですかい」
占拠したお堂は、既に死屍累々といった有様。山賊以外に、生きている者など居よう筈も無い。
「ん、そうか。ま、こんだけ殺ったんだ。もう、坊主も残ってねぇだろ」
「その通りですぜ、親分」
がはは、と笑いながら山賊たちは次の獲物を求めて、お堂を後にした。
――数刻の後。
「う、う・・・。和尚さん・・・ぐすっ」
お堂の奥、仏像の影で小さな娘が泣いていた。
身体の大きさが『四尺(120cm)』ほどの、可愛らしい童女。
しかし、満足に食べられていないのか頬は扱(こ)け、全身は痩せ細っていた。
お坊さん達が襲われる間、娘は仏像の影で声を押し殺して震えていることしか出来なかった。
もし仮に出て行った所で、助けになるどころか無駄に一体、骸を増やしたに過ぎないだろう。
お堂の外は、あちこちにお坊さんの骸が横たわっている。寺中を見て回ったが、生きている者は一人も居なかった。
「鬼さん。どうか、憎い山賊たちを懲らしめて下さい」
凛の背丈ほどもある巨大な岩、『大鬼岩』。
「あたしの命なら、どうなっても構いません」
娘は、藁にも縋る思いで『大鬼岩』に祈った。
『娘よ』
「えっ!?」
藁・・・ならぬ、大岩から声が聞こえる。地の底から響くような、重い声。
『娘。命が要らんというのは、本当か?』
「う、うわぁっ!」
いきなり、目の前に見上げるばかりの大きな男が立っていた。自分の倍、『八尺(240cm)』はあろうかという、大男。
「ふむ。久々の外界も、悪くないものだな」
「・・・お、鬼っ!?」
娘は、驚いて腰を抜かしてしまった。
「・・・して、娘よ。何をそんなに驚いている。お前が儂(わし)を呼んだのではないか」
「・・・え。じゃあ、本当に鬼さん・・・?」
赤み掛かったザンバラ髪に、赤く光る瞳。そして、赤黒い肌。
昔話で何度も聞かされた伝説に違わぬ、正(まさ)しく【赤鬼】そのものだった。
「儂の名前は、【赤鬼丸】。娘、お前の名は?」
「あたしは、凛」
「凛か・・・。では、凛よ。山賊たちを懲らしめれば、命が要らんと言ったな。それは、本当か?」
「ほ、本当よ。あいつら山賊は、和尚さん達を・・・あたしの家族や村も、みんな殺しちゃった」
凛は、これまでに“遭った”ことを全て話した。
山賊たち・・・『赤鬼党』が凛の村を襲撃し、村人を殆ど皆殺しにしてしまったこと。
凛は何とか命からがら逃げ延びて、鬼岩院に匿われたこと。
しかし、その鬼岩院のお坊さん達も皆、『赤鬼党』に襲われ、全滅したこと。
「ならば尚更、凛よ。お前がやれ」
「そんな、あたしじゃ・・・」
例え、凛が捨て身で山賊たちに襲い掛かったところで、返り討ちにされるのは明白。
「あたしを食べても良いから、赤鬼丸様が・・・」
「儂にはもう、無理なのだ。余りに永く、封印され過ぎた」
大鬼岩の封印は代々、鬼岩院の和尚が引き継いで来た。何代も、何代もの永い間。
和尚が死んで封印は解けたが、赤鬼丸自身の力はそれほど残っていなかったのだ。
「儂にどれ程の力があろうと、もう儂の命の灯そのものは消えようとしているのだ」
どれだけ大きな炎を燃やせる蝋燭だろうと、芯が無くなれば火は尽き、消えてしまう。
「凛よ。お前が喚ばなければ、儂は岩の中でそのまま朽ちていただろうよ」
赤鬼丸にはもう、寿命が残されていなかった。
「だから、だ。命を賭けられるというのであれば、お前がやれ。“餞別”はくれてやる」
「え?」
鬼は鋭い爪で自ら手首を掻き切ると、流れ出す血を無理矢理、凛に飲ませた。
「これで儂の・・・【鬼の力】は、お前に“引き継がれた”。凛よ、後は好きにするが良い」
「そん、な」
「ただ、もし。全てが終わっても本当に命が要らぬのなら、自ら命を絶て。お前のままで居たいのなら、な・・・」
「赤鬼丸様っ!」
そう言って、赤鬼丸の姿は霧のようにスゥッと消えてしまった。
「消え、ちゃった・・・」
赤鬼丸の姿は既に無く。目の前には、少し前までと同じ景色、『大鬼岩』がドンと在るだけだった。
「あたし、これからどうすれ・・・」
・・・ドクン。
「・・・う」
赤鬼丸の血は熱く、身体中に駆け巡って行くのが凛自身にもわかった。
「熱い。身体、が・・・」
ドクンッ。
「う、う・・・あ」
凛の身体は熱を帯び、全身が上気して行く。
その熱に耐え切れず、凜はその場に倒れ込んでしまう。
――。
「う・・・あたし、どうしたの・・・」
凛は数刻、気を失っていたようだった。先程と比べ、少し陽が落ちている。
「あたし、何とも・・・ない?」
両手や両足を見てみる。特に変化は、無い。
「・・・ふぅ、夢でも見てたのかな」
実はもう、凛自身も山賊に殺されていて。その今わの際に見た、儚い夢。
しかし、凜は直ぐに現実に引き戻される。
・・・ムク、ムククッ。
「・・・ん、あれ」
ドンッと、凜は“地面に手を付いて”しまった。
「うぇっ!? う、腕が・・・」
凛は立ったままの姿勢で、右手が地面に“着地した”のだ。
凜は『四尺(120cm)』と小さいが、特に腕が長いという訳ではない。
【手長足長】という妖怪話を聞いたことはあるが、その風貌は【赤鬼丸】と似ても似つかない。
「腕が伸び・・・て、えぇっ!?」
立ったままの体勢で地面に付けるぐらい伸びた腕は、その長さに見合うかのように。
徐々に太く、肥大化して行った。
モリ、モリモリッ。
手首から急激に、徳利のように太くなり。
小枝のように細かった二の腕はボンッと丸く膨らみ、人の頭ほどもある力瘤が盛り上がる。
ググ、グググ・・・ッ。
「う、ぁ・・・れ?」
凜はズシャッと、地面に転んでしまった。
右腕だけ長くなったことで体勢を崩してしまった・・・のではなく。
今度は、左脚が右腕と同じように伸び、肥大化して行ったのだ。
モゴ、モコモコッ。
「あ、脚が・・・ぁっ」
可愛かった“おみ足”は太く、逞しく伸びて行った。
「何、これぇ・・・っ」
凛の小さな肢体には不釣り合いな、太く逞しい右腕と左脚。
「こんなんじゃ、立って歩け・・・」
伸びた左脚は、元のままの右脚の倍ぐらいにもなっていた。
・・・ググ、グググッ。
「・・・え?」
そう、思ったのも束の間。今度は、左脚に合わせるように右脚が伸びて行った。
「脚が・・・立てる。高い・・・っ」
伸びた両脚で、初めて凜は立ち上がった。
自分の背丈と同じぐらいだった『大鬼岩』が、腰ぐらいの高さになっている。
「・・・う、っく。腕、が」
四肢で残った最後、左腕がモリッと反応した。
「あたし、どうなっちゃうの・・・」
凛が見詰める前でモリモリッ、と左腕も肥大化して行った。
ドクンッ。
「う、あ・・・ぁ、あああぁぁっっ!!!」
最後に残ったのは胴体だと言わんばかりに、“迸り”が全身を駆け巡る感覚。
ビリッ、ビリビリビリッ!!!
「はぁ、はぁ・・・はぁっ、あ・・・ん」
幾ばくか肩で息をしていたが、徐々に落ち着き。
凜は、改めて全身を見遣る。
「これが、あたしの腕・・・?」
凜は試しに、腕をグー、パーと開いて、閉じてみた。
確かに自分の腕、だ。
今度は、腕を引っ込める。伸ばす、を繰り返す。
伸ばした状態でさえ太い腕が、曲げる度にモコッ、と岩のような力瘤が大きく膨らむ。
「か、硬い」
指で押し込めようとしてもビクともしないぐらい、二の腕はカチンコチンだった。
「あ、脚も・・・」
片手では覆い切れないぐらい太くなった、太腿。
片方の太腿だけで、大人の脚ぐらいの太さの筋が二本、盛り上がっている。
「お胸まで、大きくなってる・・・」
胸元に視線を落とすと、足元が見えないぐらい大きな双丘の膨らみがあった。
「和尚さんに着せて貰った着物が・・・」
今になって気付いたが、凛の着物はハチ切れ、ボロボロになっていた。
元々、鬼岩院には大人の坊さんしか居らず、子供用の着物など無かった。
また、着物を誂(あつら)え直す余裕もなく、凛は大人用の着物を何とか着ていたのだ。
半纏上の上着の袖は、二の腕が太くなったことでいつの間にか吹き飛び。
そして、脚絆(腰履き)は膝下まであった丈が、股下あたりまで短くなっていた。
凛の身体は、明らかに“成長”していた。
「やっぱり・・・夢よ。こんなの」
凛は、未だに自分の身体に起こった変化が信じられない。
「・・・・・」
目の前に鎮座する、『大鬼岩』。
パッと見ただけで、どれだけの重さがあるか想像も付かない。
実際、『百貫(375kg)』を優に超える、文字通りの大岩。
「ん、しょ」
前屈みになって両腕を広げると、いとも簡単に大岩の両端に手が届く。
「・・・ん」
大岩の両端を持ち、そのまま身体を起こす。
グアァッ。
「・・・え、うそ」
『大鬼岩』は殊の外、簡単に持ち上がった。
「軽い・・・」
頭上に掲げてみるが、特に重さに苦しむといったことは無く。
「じゃあ」
凛は試しに、と大岩をワザと胸元ぐらいの高さから落としてみた。
ドッズゥンッッ!!!
「きゃ」
土埃を巻き散らしながら、凄まじい轟音と共に大岩は着地した。
『大鬼岩』が軽くなった訳では無いようだった。
「じゃあ、“これ”なら」
凛は握り拳を作ると、右腕に思い切り力を篭める。それに呼応するように、モコモコォッ!と二の腕は一回り大きくなる。
「えいっ」
凛は、その極太の剛腕を大岩目掛けて一気に振り下ろした。
ドッ・・・ゴオオオンンッッッ!!!
「きゃあっ」
凛はてっきり、岩に手をぶつけて痛い思いをする。そんな結果を想像していた。
だが、実際には岩は割れるどころか、粉々に砕け散ってしまった。爆発四散。
「赤鬼丸様が言ってたことは、本当だったんだ・・・」
大きくなった身体。
「これが、【鬼の力】・・・」
文字通り、力強くなった肉体。
「“これ”なら・・・」
凛は、口角がせり上がり、今まで浮かべたことのないような表情をしていることに気付いていなかった。
――。
「はっ、はっ・・・」
凛は、寺を出て、野山を駆け回った。・・・といっても、犬や猿が遊びで駆け回るのとは違う。
陽が、落ち切る前に。まだ、山賊たちが近くに居る内に。
「身体が・・・軽い」
凛は、どれだけ全力で走り続けても、息が切れることは無かった。
「それなら・・・はぁっ!」
凛は、更に速度を上げた。腕以上に太くなった太腿が更にモゴォッと膨らみ、大きく躍動する。
だが、そこは山道。獣道らしき道を通っても、枝が広がり、木々が覆い繁っている。
バキッ。ドガッ。
最初は、小枝ぐらいになら気にせず、そのまま身体で圧し折って走った。
しかし、いつの間にか、“大木”すら気にするのが面倒になった。
「もうっ!」
バギャッ!!
体当たり、のつもりはなく。凛としては、ただただ走っているだけ。その走る先に木が、たまたま大木があっただけ。
いつしか、凛が走った後には幹が折れたり、根元から引き抜かれた大木が幾つも横たわった。
「・・・あ」
山肌の森が無くなるよりかは早く、凛は山賊たちを見付けることが出来た。
「ぎゃははは」「が、はははっ」
陽は完全に落ちていたが、山賊たちは火を焚いて酒盛りをしていたのだ。
熊や狼などは決して寄り付かず、襲おうとも思わないだろう。それだけの、多勢。
「しっかしよぉ、今日襲った寺は本当に大したこと無かったなぁ」
「ばっかやろう。俺達がそれだけ強ぇってことなんだよ」
「ちげぇねぇ、ちげぇねぇ。ぎゃはは」
ひと仕事終えたと言わんばかりの、山賊たちの宴。
「【鬼の力】と、どっちが強いかなぁ?」
「・・・あん? うげぇっ」
ドグチャ。
「んぁ? おい、どうし・・・っ!?」
何か、“肉が潰れる”音がした。そう思い、男は振り返ると、そこには見たことも無いような大女が。
「何だ、手前ぇ!? そいつは、どうし・・・うぎゃ」
ドグチャ。二つ目の、肉が潰れた音。
「お前、何してやがるっ!!」
男が見遣った先には、大女。いや、凛が立っていた。
「おい・・・あれ」
「げぇっ! 身体が、潰れてやがる・・・」
凛は、右手で一人、更に左手で一人。両の拳でそれぞれ一人ずつ、山賊の男を頭ごと身体を圧し潰していた。
『大鬼岩』を叩き割った拳が人間に振るわれれば、無事で済む筈も無く。二人の男はただの一撃、一瞬で身体を半分に潰され即死した。
「何だ、この大女・・・親分よりでけぇんじゃ・・・」
「下手したら七尺、いや、『八尺(240cm)』あるんじゃねぇのか」
森を目一杯駆け抜けた凛の着物は、ほとんど無くなっていた。
胸元と腰回りだけ何とか生地が残り、ギリギリ衣服としての体裁を保っているという感じだ。
「ふーん・・・」
凛は、周りに集まって来た男たちを見回した。
「やっぱり、あたしってすっごく大きくなったんだ」
最初は、ちょっと大きくなった程度、だと思っていた。だけど、違った。
凛は、大の男と比べても一回りどころか二回り。いや、三回りも大きくなっていたのだ。
腕の長さも、脚の長さも。二の腕の力瘤の大きさも、太腿の太さも。
誰も彼も、凛より小さかった。凛より、か細かった。
「おじちゃん、強いんだよね?」
下っ足らずな物言いと、伝説の鬼かと見紛う巨体。そのチグハグさが、余計に異様な空気を醸し出していた。
「さっきの二人は駄目だったけど、おじちゃんはどうかな?」
「く、くそっ!」
男は慌てて、頭上から振り下ろされる凛の剛腕を受け止めるべく、両腕を頭の辺りで交差させた。
「ぐえ」
バキバキッ! ドグチャ。
大木や大岩ですら相手にならない凛の怪力からすれば、山賊の男の腕二本など、小枝ほどの抵抗にもならない。
「おい、あっという間に三人も殺られたぞ・・・」
元々、山賊たちに仲間意識など無い。仲間が死ぬのは日常茶飯事。然(さ)して、驚くに値しない。
だが、ここまで一方的にやられるのは初めてだった。
身体は見違えるぐらい大きくなったものの、中身は“まだ”年端も行かない小さな娘。
そんな凛には当然、人を殴る術なんてものは無く。ただただ、力任せに身体を振り回すだけ。
「うげぇ」「ぎゃああ」
一合にもならない。猛者とは程遠い娘の一撃が、どんどん山賊たちを屠って行く。
「ぶっ殺してやるッ!」
「うるさい」
凛は、むんずと男の頭を掴んだ。
「ぎゃ」
ほんの、一息だった。男の頭はグシャ、と腐った蜜柑のように潰れた。
「死ねぇぇぇッ!」
「んぇ?」
背後から斬り掛かって来た男に、振り向いた反動で凛の腕が当たる。
ドッゴォォッン!!
男の身体は、凄まじい勢いで吹っ飛んで行った。『十間(18m)』は飛んだだろうか。
近くにあった岩に叩き付けられ、血の華を咲かせた。
「・・・ん。何、だろ・・・」
まだ五体満足な男を見るや否や、凛はその男の腕をおもむろに掴んだ。
「喉、乾いた・・・」
そして、その男の腕をブチィッと引き千切った。
「ぎゃあああぁぁっっっ!!」
男の左腕が、肩口から無くなっていた。そのズタズタに千切れた腕から、骨や肉の筋が見えている。そして、大量の出血。
「あー、おいしい・・・」
凛は、その流れ落ちる“血”を喉に流し込んだ。
「ひいぃっ」
「この女、血を飲んでやがる・・・」
修羅場や鉄火場に慣れた山賊たちも、流石にこの光景には怯み、震え上がった。
「おいッ! 手前ぇら、何だこのザマは!?」
死屍累々となった狂宴の場に、大男が姿を現した。
「お、親分ッ!」
「親分さえ来てくれりゃあ、もう安心だ」
身の丈、『六尺(180cm)』。紛うことなく、山賊の中でも一番の強者、『赤鬼党』の党首だった。
「おい、女。俺らが『赤鬼党』と知っての狼藉か」
「狼藉? 何それ、食べ物?」
無論、年端も行かない凛に『狼藉』なんて言葉がわかる筈も無かった。
「手前ぇが、この俺様を舐めてるのだけは良ぉくわかった」
「舐める? 舐めたりしないよ。おじちゃん、臭くて汚そうだし」
「このぉッ! ブチ殺してやるッッ!!」
ドスドスドスッと巨体を唸らせながら、大男が凛に殴り掛かった。
ゴス。
「・・・ッ!? 糞ッ」
ゴス、ゴス、ゴス。
「おい! 刀(ヤッパ)ぁ寄越せ!」
「へいっ!」
大男は、近くに居た子分から刀を受け取ると、
「うらあぁぁぁっ」
凛目掛けて、一気に斬り掛かった。
「馬鹿、な・・・」
ガインッ・・・パキン!
「ね、何してたの?」
「「「・・・・・ッ!!?」」」
党首の大男だけではなく、周りに居た子分たちも皆、この世のモノではない“得体の知れない何か”を見ているかのようだった。
大男は、腕力に絶対の自信があった。今まで、力比べをして負けたことは無かった。
その全力を以って、全くの容赦なく、凛を殴り、蹴り付けた。挙句、刀を持ち出し、袈裟懸けに斬り付けたのだ。
しかし。凛は、“無傷”だった。
勿論、凛に相手の攻撃を避けるという意識が無い訳ではない。単純に、反応出来なかったのだ。
いや、反応の仕方を知らなかった、という方が正しいかも知れない。
例えば、一撃を喰らったとして。その一撃が命に関わる衝撃であれば、凛も対応しただろう。
技術がなくとも、生命の危機であれば、身体は反応する。しかし、そうはならなかった。
ただ走るだけで大木すらブチ抜く凛の巨体に、どれだけ大きかろうが只の人間の一撃なぞ、効く筈も無いのだ。
「あたしね、アンタたちを懲らしめに来たの」
「懲らし・・・めに・・・?」
大男に、凛が近付く。
「・・・・・っ」
大男は今までに見たことのない、光景を見ていた。
大男は今まで、自分より大きい存在を見たことがなかった。しかし、今、目線の先には、凛の豊満な胸元があった。
肩幅も腕の太さも、背の高さも。全て、凛が上回っていた。
「勘弁っ・・・お許し・・・」
「おじちゃんの真似するね」
凛は生まれて初めて、人に向けて拳を握り、全力で真っ直ぐ振り抜いた。
ドズォオッッッ!!!
「親分ーッ!!」
「おや、ぶん・・・」
子分たちの絶叫。
凛の右腕は、大男の胴体をブチ抜いていた。
「あれ? あれ」
凛としては、何度か殴るつもりだった。一撃で決着が付いてしまって、拍子抜けも良いところ。
しかも、二の腕まで突き刺さってしまった為、抜けなくなってしまったのだ。
「もうっ。じゃあ、“こう”っ」
凛は、大男を貫いた右腕を、男の身体ごと、肩の高さで折り曲げた。
モリモリモリッ! バキッ、ブチブチ・・・バアンッッ!!!
何と、極限まで力を篭められた凛の力瘤は、その隆起で大男の胸元を完全に弾き飛ばしてしまったのだった。
「ひぃっ!」
さっき刀を渡した子分に、肉片が思い切り飛び散った。
「ふぅ、これで自由になった」
あはは、と今まで浮かべたことがないような笑みが、凛の顔に浮かんでいた。
「何か、たのしい♪」
ペロリ、と凛は腕に流れる返り血を舐め取った。
「さぁ、まだまだ懲らしめないと・・・」
血の宴は、一晩中続いたという。
鬼岩院が襲われた日を境に、巷を恐怖に陥れていた赤鬼党を見た者は居ない。