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北高はこの辺の公立では一番の進学校。中学で落ちこぼれた時期もあった私がそこに合格し入学するというのはちょっとした偉業であった。「一番いい高校」というイメージだけで受験した私はオープンスクールに行かなかったし、噂話にも興味なかった。だから入学式の日、北高の敷地に足を踏み入れたその瞬間、私は仰天した。運動場の真上に浮かぶ、巨大な球体の存在に。 「うわーっ!?」 思わず後ろへ飛びのいた。私だけではなかった。数人驚いて座り込む者、急ぎ道路へ逃げる者、様々だった。が、どっちかというとそういう反応をした私たちを見てニヤニヤする人の方が多い。驚きはするものの、「おおっ、マジか……」と知っていたかのような反応を示す人も。 信じられない。何でそんなにのんきなの。隕石か何か知らないけど、あんな巨大なもの今すぐ落ちて……落ちて、こない? おずおずともう一度見上げると、巨大な球体は上空二十メートルほどに浮かんだまま、それ以上地上に接近してくることはなかった。ずっと浮かびっぱなしだ。しかも奇妙なことに、高校の敷地から道路に出ると、球体はフッと見えなくなってしまう。もう一度両足ともに敷地内に入ると見える。一体……あれは何!? 「入学おめでとう」 上級生らしい人が、悪戯っぽく微笑みながら私にそう告げた。 「あの……あれは何ですか?」 「あれはね、『惑星』だよ。北高の生徒にだけ見えるんだ。あと先生とかも」 「わ、わくせい……?」 あれが落ちてきて死ぬわけではないらしいと悟り、ようやく生存本能が落ち着いてきたところで、私は惑星とやらをもう一度観察した。なるほど、「惑星」だ……。教科書で見た月や小惑星の写真のように、表面に凹凸がある。クレーターのようなものや、山や谷のような地形が見える。表面は赤黒い大地であり、土や石でできているようだった。所々に物も落ちている。よく見えないけど。そして直径は……二十メートルはあるだろうか? でもやっぱり不思議なのは、あんな巨大な岩の塊が、支えもないのに宙に浮き続けていることだ。周囲にビルもクレーンもなく、上から何とかして吊っている、というわけでもなさそう。 「大丈夫、落ちてきたりはしないから。……多分ね」 上級生はまた悪戯っぽいウィンクをかまして、また別の腰を抜かしている新入生に絡みに行った。……どうも北高では、初めて「惑星」を見た子の反応を見るのが一種のレクリエーションになっているようで、他にも上級生が結構いる。 「ね、ねえ、あれ見た?」 「見たよー。ビックリしちゃった」 「私もー。嘘だと思ってた」 私含め新入生は皆すぐに話すようになり、仲良くなった。避けようのない共通の話題が嫌でも会話を促す。それに頭上に浮かぶ巨大な球体、どうしても今にも落ちてきそうだという危機感もゼロにはならない。命の危険を感じていると、人間というのは団結できるものなのかもしれない。 入学式で惑星のことに触れたのは校長先生が最初で、最後だった。あれは昔からこの高校の上空に浮かんでいること、落ちてきたことはこれまで一度もないため、安心して欲しい、という内容。慣れるまで時間がかかりそう……。惑星の正体や成り立ちについては一切触れることなく、上陸を試みるのは危険だからやめておけ、という注意喚起で締めくくられた。 上陸つったって、できないでしょ。釘打ちこんで命綱つけないとすぐ落っこちちゃうよ。そんなこと一体だれがやるんだろう。過去にはいたのかな。まあ、頭いい人が集まってるはずだから、調べてみたいと思う人もいるのかな……。 と思っていたものの、上陸自体は割と容易であることがすぐ明らかになった。卒業生や上級生の兄弟、知り合いがいる人が既に情報を持っており、それがすぐに新入生の噂話として広まった。あの惑星に「上陸」を果たすと、あっちの重力が適用されるとかなんとか。つまり、惑星同様、命綱なしでも運動場に落ちたりはしないらしい。本当だろうか。 上階の渡り廊下から惑星を眺めると、どうやら本当らしいことが伺えた。惑星には、よく見るとポツッポツッと物が落ちていて、野球のボールだったり、古い靴だったり、紙飛行機だったりする。それらは惑星の大地にピッタリ張り付いたまま、落ちてこない。たまに紙飛行機が風に吹かれて動くけど、落ちてはこない。逆に、惑星の地面に「落ちる」ところが見えた。 地球の重力と干渉はしていないんだろうか。気になるけど、見た感じしていないらしい。野球部がフライをかっ飛ばし、たまにボールが惑星に「落ちて」しまい戻ってこないことがあるらしいけど、フライの軌道は別段変わった様子はないらしい。惑星到着と同時に「あっちのモノ」になるようだ。 (不思議だなあ) 入学早々、私は惑星を眺めるのが日課みたいになってきた。大半の子はすぐ慣れて気にしなくなる。自撮りの背景に使ったりするぐらいだ。ただ上空に浮いているというだけで、日々の生活自体には関与してこないからだろう。運動場の半分に日が当たらないぐらいか。むしろ暑くなくて歓迎なのかもしれない。進学校だけあり勉強も忙しいし、「天井」に費やす時間なんて多くの人は持ち合わせていないのかもしれない。 五月ごろには私も惑星の観察をしなくなってしまったものの、部活紹介で天文部の名を聞いた途端、またふっと興味が再燃した。あの惑星の観察とかやってるんだろうか? そもそも、あの惑星は一体何者……何モノなんだろうか? 私は天文部の扉を叩いた。「惑星」に興味があると言うと歓迎され、観察記録を少し見せてもらえた。そこで初めて、あの惑星が自転していることを知った。しかし残念ながら、あの惑星がいつからあるのか、なんで落ちてこないのか、どうして生まれたのか、それを知っている人はいなかった。 「僕らも知りたいと思ってるんだけどね」 「行くと呪われるからなあ……」 「呪われ……?」 「あれ? 知らない? あの星行くと呪われて、体が変身するんだよ」 「え……え?」 天文部の先輩によると、あの惑星に人間が上陸すると、体に何らかの異変が生じることが確認されていて、それは呪いと呼ばれているのだとか。 「そ、それって放射線とか」 「ああいや、そういうのじゃなくて……変身するんだ本当に、変態かな?」 「?」 先輩の言うことはどうも飲み込めなかった。人間がほかの動物に変わったりするらしいけど、そこまで行くと流石に信じられない。噂の過程で盛られたんじゃ? でもあの惑星の存在自体、間違いなく通常の法則では測れない超常現象ではあるけど……。人間が動物になるなんて流石に信じられない。そもそも、もしも実際にそんなケースが過去にあったなら大騒ぎだよね。 天文部に入部した私は、先輩方と一緒に月の観測とか、普通の本物の惑星……つまり土星とか火星だとかを見て過ごした。北高の「惑星」の方を観測するのはあまりメジャーじゃないらしい。近すぎるとかえって興味が湧かなくなるのかな。まあ、卒業後役に立ったりしないしね……。 しかし、観察記録からするともうすぐ「上陸日」になるのだ。先輩曰く、一番上陸しやすい日らしいけど、誰も行く気はないらしい。なぜ上陸しやすいのかも教えてくれなかった。行ったら呪われるからと忠告もされた。でも……私は興味があった。 当日の夜、部活で月を見るからと親に嘘を言って家を出て、私は高校にやってきた。薄暗い月明りの中、巨大な赤黒い影が変わらず宙に浮かんでいる。特に高度が下がったりはしていないみたいだけど……。 とりあえず校舎に入り、上階の渡り廊下に出てみると、上陸日の正体はすぐわかった。双眼鏡でよく見ると、惑星にマットが敷いてある。いや布団? クッション? それが恐らく……校舎の屋上に向いているのだ。なるほど、屋上からながーい梯子な何かをかければ、あっち判定になって惑星に「落下」できる……のかな? それとも単純に梯子かけて上るんだろうか。とにかく、多分あのクッションに「落ちる」んだろう。屋上からまっすぐクッションに迎える日は、自転の関係で限られている。それが上陸日だったのだ。でも私はそんな長い梯子なんか用意してないし……。行けないな。ていうか行ったところでどうやって帰るんだろう。ジャンプしてもこっちには落ちれないんだよね? まあ落ちたら死ぬけど。 ため息をついて帰ろうとした時、目の前に綺麗なお姉さんが立っていた。知らない人だった。年上に見える。でもこんな先生知らない……。 「ねえ、あの惑星行きたいの?」 「えっ!?」 お姉さんは突然、私の心を見透かしたかのようにそう言った。ひょっとして私と同じこと思っててスタンバってた人? 梯子とか用意してるのかな。いやでもそもそも誰? 知らない人について高度二十メートル上るのはアホだ。……でも惑星見えてるなら生徒か先生? じゃあ不審人物じゃないのかな? 「あの……どなたでしたっけ」 「私? 私はね……」 お姉さんがニヤッと笑った。次の瞬間、信じられないことが起きた。お姉さんの頭から左右に角が生え、真っ黒な翼が背中からバサッと広がったのだ。その目は妖しく赤い光を発し、鋭い眼光で私を貫き釘付けにした。 「ガーゴイル」 言うがいなや、お姉さんは両手を私の背中に回し、がっちりとホールドした。常識外れの腕力に抗うこともできず、私はお姉さんの胸に顔を押し付けられ、二の句を告げることができなかった。 「じゃ、しゅっぱーつ」 ふわりと体が宙に浮いた。蝙蝠のような薄い真っ黒な翼がハエのように素早く上下し、お姉さんは私を抱きかかえたまま上空に向かって飛んでいく。信じられない。いくら羽ばたいたって人間が飛べるわけ……ていうか人間に翼は……胸で息苦しい。ていうか下ろして、死んじゃう! 落ちたら死んじゃう! しかしあっという間に校舎の屋上より高い高度に達して、私は思わず彼女の体に強くしがみついてしまった。落ちたら死ぬ。嫌だ。助けて。何でこんな……一体なんなの、どうなってるの!? 終わってみれば僅か二、三分程度のことがことさら長く感じられた。足が地面についていないことの恐怖。心臓がバクバクうなる。月に照らされた夜の高校は静かで、翼が懸命に羽ばたく音だけが聞こえ続ける。 永遠にも思われた恐怖体験の末、私は突如さかさまになった。天地が逆転し、ついさっきまでブラブラしてた足先を捉えていたはずの重力が、頭を捉えた。 落ちる。頭から。 「ひっ!?」 反射的にますます強くお姉さんを強く抱きしめた。 「あらあら。……ほら、到着っ」 「んぎゃっ!?」 お姉さんは逆さまになっていた私を横向きに地面に下ろした。ああ良かった。もう落ちない、死なない。背中が地面についていることの、大地を背負っていることの安堵。もう二度と経験したくない。砂を払いながら立ち上がり、お姉さんに文句を言おうとしたその時。目に飛び込んできたのは余りにも幻想的で、美しく、想像を絶した「空」の姿だった。空が地面だった。校舎が空からこっちに向かって建っている。運動場も空にへばりついたまま、周囲の木々も、道路も、町々も。その全てが逆さまになって空の天球に張り付き、どこまでも広がっていた。 「わぁ……」 思わず声が出た。こんな光景生まれて初めて。CGじゃなく本物。この目でナマで、こんなすごい光景が見られるなんて……。 (ん? あ、ってことは……) 私は足元を見下ろした。赤黒い荒涼とした大地を踏みしめている。ここは、私は……。 「『惑星』ですかっ!? ここ!?」 「ピンポーン」 お姉さんは嬉しそうにそう言った。すごい。信じられない。まさか今日本当に上陸しちゃうなんて。ていうか空がすごい。ひっくり返った夜の街で埋め尽くされた天球は、いつまでも見ていられそうな素晴らしい光景だった。急ぎスマホで写真を撮りまくり、しばらくお姉さんに質問するのを忘れてしまうほど見惚れていた。 そして、好奇心も湯水のごとく湧いてでた。せっかく来たのだから探検していきたい。私は惑星をグルリと一周してみた。地平線がすぐそこで、立っていても大地が球体だとわかってしまうしすぐ元の場所に戻ってこれる。世界がこうだったら誰も地球が平らだなどとは思わなかったろう。 感覚は普通の地面と同じで、同じように重力が働いているらしかった。落ちていた野球のボールを拾って落としてみると、ちゃんと地面に……つまり、惑星に落ちた。天球に生えた夜の街に向かって飛んでいく挙動は見せない。 (おお……すごい) 地面の砂は粒が大きくゴツゴツしていて、礫砂漠っぽい。大きな岩も転がっているし、一、二メートル程度の山や峡谷もある。まるでミニチュア世界だ。 クッションのところに行くと、まだフワフワしていて新しく見えた。 「それねー、私が替えてるの。暇なときに」 「へー、そうなんですか……あ」 私はお姉さんの存在をすっかり忘れていた。そうだそうだ、聞きたいことが山ほどあるんだ。 「あ、あのそれでお姉さんは誰ですか? この惑星は結局何なんです? なんで私を……」 「私は加古、用務員。……ってことになっているけど、『備品』の方が実情に沿ってるかな」 お姉さんは力なく笑った。そして、自分もかつて惑星に上陸を試みた結果、呪われてガーゴイルになってしまったのだと言った。 「へ? 呪い……」 「で、何だっけ。えーと、そうそう、なんであなたを連れてきたか、だっけ。……ごめんね、ちょっと仲間が欲しくなっちゃって。でも、ガチャ外れだったみたいね」 「ガチャ……? んっ!?」 突如、背中とお尻にすごい異物感が生じた。体の中から……骨が筋肉や骨を破ろうとしている。激痛が走り、私は悶えた。次の瞬間、肩甲骨が服ごと私の背中を破り、生えてはならないモノをバサッと横に広げた。 「んぎゃあ!?」 背中から左右に延びた新部位はすぐに脳に迎え入れられ、神経が繋がった。その感覚が意識に伝わり、鏡を見なくとも私はそれが何だか理解させられた。羽が。翼が生えた。私から。私の背中から! 続いて尾てい骨からも鋭い刃が肉と皮膚を破って現れた。先のとがった矢印のような形状を持った黒い肉は、同じ色のコードのような細長い筋肉で尾てい骨と繋がっている。これ、これ……嘘でしょ、そんな……私に……私のお尻に尻尾が生えちゃった!? 長い尻尾は肉眼で確認できた。矢印をちょっと柔らかくしたような……まるでスペードのような形状の先端を持つ真っ黒な長い尻尾。それはまるで……。 「『悪魔』かー。残念」 悪魔だった。悪魔の尻尾だった。お姉さんの言う通りに、私には悪魔の尻尾が生えてしまった。マジックでもコスプレでもない、神経の繋がった本物の。そして翼も、お姉さんのものに似て、真っ黒で蝙蝠のような形状だった。スマホのインカメラで確認すると、白い爪もついている。 「え、え、え、えー!」 私は絶句した。信じられなかった。ありえない。人間に尻尾や翼が生えるなんて。人が悪魔になるなんて。 「あれ? もしかして知らなかった? ここに長くいるとその分呪われていくって」 「嘘ッ!? そんな、呪い、本当に……い、嫌です嫌です! 今すぐここから帰してください!」 叫んだ瞬間、頭の両側面、耳の上から血が迸った。痛みで頭を抱えてうずくまると、鋭く硬い切っ先が手に触れた。岩のように硬いその突起はグングン伸びてきて、太くなりながら巻いていく。角だ。ヤギの角。悪魔らしい立派な角が、私の頭から! 「やれやれ」 お姉さんは私を抱きかかえ、再び羽ばたいた。私は懸命に痛みと戦いながら、早くこの呪われた重力圏から脱出してくれるよう、お姉さんに神様に祈った。 お姉さんが運動場にタッチすると、再び世界が反転した。頭が重力に捉えられ、お姉さんが私を砂の上に転がした。 「あ……う」 頭が重くて、立ち上がれなかった。 「大丈夫ー?」 お姉さんは両手で私の角を持ち、無理やり立たせた。重心が崩れた私の体は、ちょっとバランスをとるのに手こずった。 「ま、結構可愛いところで終われて良かったんじゃない?」 「冗談じゃないです! どうしてくれるんですか!」 「行ったら呪われるのは知ってたでしょー?」 「おね……加古さんが強引に連れてったんじゃないですか!」 私は涙目で抗議した。どうしようどうしよう。こんな体になっちゃって。元に戻るのかな。手術で取れる? 大騒ぎになっちゃう。見世物になりたくない……。 「私よりはマシでしょ。私も……一人はいい加減辛くなってきたんだもん」 加古さんはそう言うと飛び立ち、中庭の方へ飛び去った。 「あっ、待って!」 急ぎ後を追いかけると、加古さんは中庭にある台座の上に立っていた。……あれ? あそこは何か石像が飾ってあった気がするけど……。空になってる。 「これ、元に戻……」 「人によるかなあ」 加古さんは、呪いは時間経過で解けると言った。ほ、ホント? それなら一安心……じゃない! 「か、加古さんはいつからそうなんですか?」 「数年前」 「す、すうねん……」 私は絶望した。こんな格好で、体で、数年……高校生活も、下手すれば大学生活も悪魔のままで……絶対痛いコスプレ女と思われる。さもなければ世にも珍しい奇病患者か……。 「まあまあ、私は惑星を掘ったり木を植えたりとかしちゃったから……それで長くなってるのかな」 なにそれ「おいた」に比例するってこと? ……あの惑星、意識とかあるの? 「ガーゴイル仲間できたら、嬉しかったん……だけ、ど……」 パキパキと乾いた音が鳴り響く。ただでさえ現実とは思えない夜に、また新たな非現実が加わった。彼女の……加古さんの体が、足先から石化していた。靴や服ごと冷たい灰色の塊に変わっていく。それは一分もしないうちに彼女の全身、翼の先から頭のてっぺん、角の先まで広がってしまい、彼女はピクリとも動かない石像に変わってしまった。 「あ……か、加古さん?」 恐る恐る話しかけた。何も返事がない。さっきまで生きて動いていたなんて嘘のように静まり返り、冷たく硬い灰色の塊と化している。 (ガーゴ……イル) そう言っていたっけ。ああ……これは確かに……変身ガチャ大外れだ。急に彼女が可哀相になった私はそれ以上石像に抗議する気も失せて、挨拶をして家に帰った。……飛べるか試してみたけど、無理だった。家に帰ってわかったけど、私の翼は思ったより小さかった。通行の邪魔にはならない程度の広がり。加古さんも彼女なりに早く切り上げてくれたのだろうか。とはいえ、親には叱られるし、翌日の登校は恥ずかしすぎて死ぬかと思ったし、学校では針の筵だったけど……。 「悪原みたいになるから『惑星』に上陸しちゃダメなんだ。わかったかー?」 先生に悪いお手本として晒し者にされるわ、皆に写真撮られて角や尻尾撫でまわされるわ、珍獣扱いで不登校になろうかと思うほど。 (うう……余計なことに首突っ込むんじゃなかった……) 一か月経っても、私は悪魔のままだった。うう……いつまでこのままなんだろう。でも日中身動きとれない加古さんよりはマシだと自分に言い聞かせて、私は「悪魔のコスプレをして通学する女子高生」の不名誉に耐え忍んだ。 今も中庭には変わらず加古さんが石像のまま佇んでいる。彼女が動けるのは月の出る夜だけ。酷い話だ。人生シッチャカメッチャカなんだろうな……と最初は同情していたものの、若い男の先生とデキていることを知り、さらに別の運動部男子と屋上デートしているところを目撃した夜、同情の気持ちは消え失せた。そんなだから呪いの刑期が伸び続けてるんじゃないの? 定期的に新たな犠牲者を出そうともしているし。 七月の上陸日、渡り廊下から惑星を眺めながら考えた。結局あの惑星は何なんだろう。上陸した人を化け物に変える呪われた大地。悪魔……本物の悪魔とか? わかんない。私は細長い尻尾をくねらせながら、いつまでも赤黒い惑星のクッションを眺め続けていた。

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