メイド喫茶のアルバイト② (Pixiv Fanbox)
Published:
2019-09-05 14:46:18
Edited:
2019-12-26 12:33:21
Imported:
2023-05
Content
次のシフト日。整備室で着替え終わると、出入り口にロボ店長が仁王立ちしていた。
「……あの、どいてくれませんか? 通れないんで……」
「AIのアップデートを行ってください」
「え? いやその」
「AIのアップデートを行ってください」
「それって……」
振り返ると、円形の充電器の上に立っているメイドロボたちが瞳に映った。ロボットのことだよね? 多分。
「あの、メイドロボのことですよね?」
「AIのアップデートを行ってください」
そういえば、私もメイドAI入れてるか。でも、アップデートとか一度もしたことないんだけど。
「あの、それ、私もですか?」
「AIのアップデートを行ってください」
えー、どうしよう。話通じないし、どいてくれそうにないし。
始業時間が迫ると、私のAIが起動し、体が勝手に動き出した。店長の指示に従い、私の体は部屋の奥にある台座の上に向かって歩き出した。
(えっ? あっ、どうしよう……)
止めようと思えば止められる……けど、まあ、仕方がないか。
メイドロボたちの列の端に、一つだけ空の台座がある。私が辞めた時、これに載るメイドロボが入ってくるのだろう。私はその上に乗った。
(うー……)
隣のメイドロボたちと全く同じ基本姿勢をとらされ、私は彫像のように静止した。アップデートってなんだろ……。キャラの割り当てでも変わるのかな……。
数分経つと、メイドロボたちが動き出し、店の入り口に向かった。いつもの風景だ。私もそれに続いた。
(えっ、あっ、終わったの!?)
いつの間にか終わっていたらしい。そんならそうと言ってよ。わかんないでしょ。
「おかえりなさいませー、ご主人様っ」
概ねいつも通りだけど、動作のバリエーションが少し増えた気がする。具体的にどこがどう変わったかと訊かれると困るけど、とにかく動きが少し滑らかになったような。
(うーん、まあ、大して変わんないな……)
私はいつものように、ボーっとメイド芝居を体感型一人称スクリーンで眺め続けた。
閉店後、私の体は整備室へ向かった。メイド服を脱いだらAI停止で、私の番だ。しかし今日はいつもと様子が違った。私はアプデに使った台座の上に立ち、両脚を閉じ、スカートの前で両手を重ね、背筋を伸ばし、真っ直ぐ前をみたまま固まってしまった。
(えっ、ちょっと!? 何やってるの? 着替えは!?)
いつもなら着替えるはずなのに。一体どうしたんだろう。他のメイドロボたちも次々部屋に入ってきて、各々の台座に立ち、同じ姿勢で固まった。
(えっ、ひょっとして、アプデのせい?)
理由なんてそれ以外思い当たらない。
(もー! やっぱり、ロボット用のアプデだったんじゃん!)
嫌な気分だ。ロボット用のアプデをインストールされちゃうなんて。文句言ってやらなきゃ。でも、ロボ店長に言っても無駄かなー……。誰に言えばいいんだろう。
とにかく、台座から降りて着替えようと手足に指令を送った瞬間、恐ろしいことに気がついた。
(……あ、あれ……? 体が……動かない……?)
私は歩き出そうとしているのに、私の足は一ミリも動かない。石像みたいに静止している。
(え、あれ、ちょ、なんで……)
手も、腰も、そして表情も、私の意志を撥ねつけた。私は混乱した。どうして? 動けるはずだよ。こんなこと今まで一度も……。
あった。バイト初日、AI支配率をマックスまで上げた時……。この感覚は、あの時と同じだ!
(う、うそ!? なんで)
アップデートだ。きっとそのせいだ。それ以外ありえない。
(ど、どうしよう!?)
私はパニックに陥った。なにせ、体が全く動かせないまま、時間だけが過ぎていくのだ。ちょっと、まさか、このまま帰れない……なんてことは……。
部屋の前をロボ店長が通りかかった。
(あっ、て、店長! 助けてください! 設定がリセット? されちゃって……動けないんです!)
しかし店長は部屋をジロッと見渡したきり、姿を消してしまった。部屋の明かりを消し、戸締りを開始。ちょ、ちょっと……無視する気!?
助けを求めようにも、声もでない。私の顔はニッコリ笑ったまま凍り付き、微動だにしない。やがて店が真っ暗になり、見えるのは機械のランプだけとなった。
(ちょっと、嘘でしょ!? 私はどうなるの!? 明日講義あるのに!)
心の中で必死に叫んだが、どうにもならなかった。明日までこのままっぽい……。そんなぁ。
暗い部屋は怖いし、身動きできないのも辛かった。時間が長く感じる。最悪……。
(あーあ。あの講義皆勤だったのになー……)
数時間もすると、流石に今日はもう助からないことを悟り、私は諦めた。明日いつ動けるようになるだろう。午後の講義は間に合うかなぁ……。
翌日。いつの間にか寝ていたらしい。立ったまま寝るなんて生まれて初めてだ。
(今、何時……?)
視線も動かせないので時計が見れない。でも、隣にメイドロボたちが立っているんで、開店前だろう。ロボ店長が部屋に入ってくると、
(ようやく自由になれる……)
と安堵した。しかし、店長は何も言わず、何もしなかった。
(えっ、あのっ!? ちょっと!? ねえ! 助けてよ! わかるでしょ!?)
駄目だ。所詮ロボットだからわからないんだ。このポンコツ!
ガタっと音がして、メイドロボたちが歩き出した。開店時間らしい……。次々と席を立っていくメイドロボに、私も続いた。
(えっ、私も!? 何で!? 今日シフト入ってないのに!?)
で、でも動けるようになったのはいいことだ。これで……。あれ。おかしいな。体が止まんない……。私は入り口に立ち、お客を待った。
(ちょ、ちょっと! 嘘でしょ!? 私どうなっちゃってんの!?)
「おかえりなさいませー、ご主人様っ」
開店と共に、私はスカートの裾をつまみ上げ、甘ったるい声で客を迎えた。
「むふ。やはりメイドは人間に限りますなぁ」
「えへへっ、ありがとうございまぁすっ。でもぉ、褒めても何にもでませんよっ」
(た、助けてください! AIが止まんないんです!)
あろうことか、私は昨日に引き続き、メイドとして働かされた。表にでるのは昨日までと全く同じ、AIのあざとキャラ……。こんなに近くにいるのに、お客さんたちは私の異変に気づいてくれる様子はない。
(もー! 私が好きだってのは嘘なのーっ!?)
アンチ・ロボット派の常連さんも、AIの受け答えに鼻の下を伸ばすばかりで、助けてくれそうな気配は一切なかった。
今まで、接客中に自分を表に出したことは一切なかった。……それがまずかったのかな。私は一所懸命に体の支配権を取り戻そうともがいた。でも、私の体が私の元に戻ってくることはなかった。
そうこうしているうちに一日が終わってしまい、私はまた整備室で固められた。動けない。声が出ない。昨日と全く同じ……。
(えっ……どうなるのこれ。まさか……まさか、ずっとこのまま……っ!?)
信じられない。昨日は何となく「明日になればなんとかなる」と思っていたのに、それは全くの妄想だった。今日一日、誰一人私がAIに閉じ込められていることに気がついてくれなかった。そしてAIはもうすぐ24時間、この体を支配し続けたことになる。きっと明日も、そのまた明後日も……。
(……や、やだ、そんなっ!)
これじゃあ、私はまるっきりメイドロボと同じだ。隣に立っている彼女たちと。
(私、人間よー! 誰か助けてー!)
悪夢の日々は終わる気配を見せなかった。既に一週間、私は働きづめだった。家に一回も帰れてない。完全に、この店のメイドロボの一体になっちゃってる。
(どうして……どうして、こんなことに……)
原因はいろいろあるが、やっぱり大きな理由は、私が平気だということ……。台座は充電器も兼ねていて、私はそれで栄養補給できてしまう……。私はお風呂に入らなくても清潔なままだ。臭わない……。トイレに行く必要もない。おしっこもウンチも出てこない……。私は後悔した。どれか一つでも施術を受けていなければ、きっと誰かが気づいてくれたはず。やせ細る私。おもらしする私。汗臭くすっぱい匂いのする私……。そんな私はもういない。生理現象を排した今の私は、傍から見ていてロボットたちと区別しようがないのだ。
(で、でも……私、メイドロボじゃないもん……人間だもん……)
辛くて辛くて、大声上げて泣き叫びたくなる。でも、今の私にはその権利さえ与えられない。黙々とぶりっ子メイドをお客相手に演じ続けるだけの日々。それ以外は整備室で物言わぬ人形と化してしまう。
(ど……どうしよう。どうすれば……)
誰か私を探しに来ないかな。そしたら製造番号がないんだから、メイドロボじゃないってわかるはず……。
それだけを希望に、私は耐えた。だって、こんな馬鹿な話があっていいはずがない。アプデの連絡ミスでロボットになっちゃって、ずーっとそのままだなんて……。
ある休業日。メイドロボのメンテということで、見慣れない作業着の人がやってきた。
(あっ……よ、よかった、やっと……)
その男性は整備室に入ってくるなり、ぶっきらぼうな口調で
「全員来い」
と告げた。メイドロボたちが一言も発さず、その人について部屋から出ていく。最後に私もその列に連なった。
(ふぇっ、私も!? ロボットじゃないんだってば!)
い、いや、これでいいんだ。人間だって、これでわかるはず。
店から少し離れた駐車場に向かって、私達メイドはゾロゾロと外を歩かされた。私は恥ずかしすぎてどうにかなりそうだった。人もそこそこいる中を、こんな格好で、しかもメイドロボたちに混じって行進するなんて。スマホの音が鳴る。誰かが写真を撮ったらしい。
(お、お願いっ、撮らないで……)
このバイトのことは秘密にしてたのに。……誰かに話しとけばよかった。そうしたら今頃……。
顔を隠したいけど、手が動かない。顔は前を向いたままだ。ううう……。せめて何か羽織らせて……。店の中ならまだしも、往来をフリル付きのミニスカメイドとして歩かされるのはとんでもなく惨めだった。
ようやく駐車場に着くと、
「乗れ」
と吐き捨てるように言われ、私達は静々とトラックの荷台に乗った。荷台の中には、複数体のメイドロボが既に並んでいた。私達もその中に加わり、今度は両手を体の横につけて固まった。私は悔しかったし、心底腹が立った。大量のメイドロボたちの中に、同じ物として放り込まれているこの現状。
(くーっ、あとで絶対文句言ってやるーっ!)
荷台の振動に震えるみんなは、まるでマネキン人形だった。私も外から見たらこんな感じなのかと思うと、ゾッとする。
「出ろ」
薄暗い荷台に日差しが入った瞬間、またあの声がした。私たちはまたゾロゾロと一列になって、後に続いた。着いたのは倉庫みたいな工場だった。いつもの充電器とは違う、大きくて厚い台座は、カバーがなくて、色んな機械やコードがむき出しになっている。一体ずつその上に乗り、太腿に大きな機械を嵌め、工場の人が何かパソコンを弄っている。
(早く、早く)
私は待ちきれなかった。ようやく自由になれる。人間に戻れる。
「次!」
私の番が来た。体は変わらず独りでに動き、台座の上に立った。
「めくれ」
両手がスカートをつまみ、たくし上げた。
(あっ、ちょっ、やだっ……)
表情の権利が私にあれば、きっと真っ赤になっていただろう。しかし、私の顔はいまだに笑顔が張り付いたまま不動だ。
「あれ?」
「ん? どした?」
「こいつ製造番号がないっすよ」
「ああ? んなわけあるか! 太腿だよふ・と・も・も! 左の!」
「いや、ないんですってほら!」
そう。そう! やっと気がついてくれた。私は人間なんだよ!
「えー……どうします?」
「っち、めんどくせえな……。おい、焼いとけ」
「へーい」
(えっ!?)
「降りろ」
私は台座から降りた。
「あそこ行け」
「はいっ」
私は元気よく返事して、違う作業場へ向かった。えっ、何々!? 私がロボットじゃないって、わからなかったの!?
あれよあれよという間に、私は両脚を水平に開かされ、アームで固定された。
(ぎゃーっ! 痛い痛い痛い! 折れる! 折れるー!)
股関節が絶叫を上げた。何! 何なのあんたたち! 後で絶対に……!
作業着の人が、ジュウジュウと音を立て、白い煙を上げるコテみたいなものを持って近寄ってきた。ちょ、ちょっと……まさかそんな、嘘でしょ……。
やだ……体が動かない。声も出ない。
(やめて、やめてー! 私は人間なのー! だから番号がないんだよぉーっ!)
うっすらと涙が滲んだ。私は初めて、AIの支配に僅かではあるが打ち勝った。しかし、そんなことは全くの些事だった。作業員がアームにコテを渡すと、アームはあけっぴろげになっている私の太腿に、それを押し当てたのだ。
(ひぃーっ! 熱い! やめてぇー!)
知っている。メイドロボの製造番号は、皮膚の深いところに焼き印みたいに刻み、そこにナノマシンを打ち込むって……。そしてそのナノマシンは神経系と融合するから、一度打った製造番号は二度と消せない、変えられない……。
(あぁーっ! んんんっ! ぎゃぁーっ!)
それが今、私に刻まれている。熱い金属が私の太腿を切り裂き、永遠に消えない刻印を焼き付けている。痛みに悶絶しながら、私はわめき続けた。
(やめてー! だめー! 人間! 人間なのー!)
でも、心の中の絶叫は、誰にも届きはしなかった。
(あ……うぅ……)
足を閉じる際、チラッと見えた。私の太腿に克明に刻まれた、緑色に輝く「7492」の数字。私はメイドロボ7492号にされてしまった……。
「よし、あっち戻って」
「はいっ」
悶絶ものの痛みが、まだ太腿にある。しかし、私はアニメ声で語尾を上げながら返事して、さっきのメンテ列最後尾に並びなおしたのだ。体は全く動かないまま。涙ももう乾いてしまった。
(嘘……嘘でしょ、こんなことって……ありえない……)
私とメイドロボットをわかつ最後の壁が、こんなにもあっさりと崩れ落ちたことに、私は驚きと戸惑いを隠せなかった。これ……これ、もうとれないんでしょ!? このメンテで私が人間だってわかっても、もう永遠にとれない……。そんな……。
台座の上のメンテ中、私は私の知るあらゆる罵倒を工場の男たちにぶつけた。しかし、彼らは何事もなかったかのように、黙々と作業を続けている。
(じ……自分たちが何をやったかわかってるの!? 取り返しがつかないんだよ!? ……取返しが……)
私は泣いた。心の中で涙を流した。
「はい、よし」
(えっ!?)
私は台座から降りて、メイドロボの列の端に加わった。
(ちょ、ちょっと! よし、って何!? よしって!)
「来い」
またメイドロボの列が歩き出した。私も彼女たちと全く同じ歩幅、手の振り、姿勢で歩き出した。うそ……。わかんなかったの? 人間だって!? 嘘でしょ!?
(いやぁーっ! 違う! もう一度! ちゃんと見て! 真面目にやってよーっ!)
行きと同じく、トラックの荷台でマネキン人形のように固まり、扉が閉まる際、私は最後の絶叫を上げた。
(やり直して! お願い! ダメ! メイドロボになっちゃう! 私ロボットになっちゃうーっ!)
しかし、扉は閉められ、トラックは発進した。私は正真正銘のメイドロボとして、メイド喫茶に返されてしまった……。
メイド喫茶での日々は、全く変わりなく続いた。それが私の心を蝕んだ。私が人間からメイドロボに改造されてしまっても、世界は何の関心も示さず、何事もなかったかのように続いていく。一つ違いがあるとすれば、常連客の反応だった。私の製造番号に気づいたおじさんたちは、口々に
「あぁ~、メイちゃんも辞めちゃったかぁ~」
と嘆いた。
(私よ! 私です! 辞めてません!)
というか、辞めさせてくれないから困ってるのに!
「私、メイですよぉっ」
「いやぁ、私ほどになると、人とロボットの違いぐらい、すぐわかっちゃうからねえ」
何なのこのメクラたち! 外見、行動、中身、何一つ変わっていやしないのに、太腿に製造番号があるかないかだけで!
しかし、これは絶望的な事実を私に伝えていた。みんな、製造番号さえあれば、ロボットだと認識してしまうということ。つまり、私が助かる確率は……もう、ない。
絶望の日々を過ごす中、また水着デーがやってきた。ロボ店長が整備室に運んできた水着に、私たちは言われるがまま着替えだす。その時気づいた。同僚たちには、乳首と秘所がないことに。まるで着せ替え人形みたいなのっぺりとした股間、突起のない胸。それに引き換え私は……。
(わ……私だけ!? 乳首があるの、私だけ!?)
いや当然だ。私人間なんだもん。でも、何故だか着替えの最中、無性に恥ずかしくって消えてしまいたかった。どうせメイドロボに改造するなら、もっと徹底してやってくれればよ……くない! 何考えてんの私は!?
その日の業務は、私だけ仲間外れな気がして、どうにも居心地悪かった。な、なんでよ。なんで私が、私に乳首と秘所があることを後ろめたく思わなくちゃいけないわけ!?
むしろ、チャンスなんじゃないの!? 誰かが私の裸を見れば、例え製造番号があろうと、人間ではないかと想像する人がいるかも……。あっ、でも……裸を見られるなんて……。
何の抵抗もできない状態で裸を見られるなんて絶対嫌だという気持ち、でもこれ以外に人間だと気づいてくれる切欠はないという事実が、私の中で一日中せめぎ合った。
でも結局、何の意志表示もできない私が内心で何を思おうと意味はない。誰かが整備室に押し入り、私の服を剥いでくれなければ、どうしようもないのだ。
(で、でももし……そんなことになったら……)
私はどんな命令にも笑顔で応じる、従順なラブドールと化した自分を想像して震えた。いや……。そんなことになるぐらいなら、メイドでいた方がマシだ。
閉店後、私たちは着替えることなく、水着のまま台座の上で固まった。きっと、外から眺めたらデパートの水着売り場みたいなんだろうな……。
その後もコスプレデーがあるたびに、私は同じようなことを考え、悶々とさせられた。着替えている最中に誰か来ないかと夢想するけど、開店前の店の奥には誰も来ない。こんな生活が一体いつまで続くのだろう。このメイド喫茶がある限り? 潰れたらどうなるの? ひょっとして、廃棄されたり……。いや、それだけは嫌。でもやはり、私が内心で何を感じようが、それは一切表に出せないし、何の影響ももたらせない。
今日もまた、整備室で一日を終える。メイド喫茶のアルバイトは、永遠に終わらない。