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「危ない!」 勇者をかばった私の背中に、敵の攻撃が直撃した。私の全身が一瞬ビクッと震え、次の瞬間には時間を止められたかのように固定された。背中から固い感覚が全身に広がっていく。マホやユーミのようになってしまう……のか。 「あ、あぁ……」 勇者は灰色に染まっていく私を見て絶望している。私はそんな彼を叱咤した。こんなところで倒れているな、お前ならやれる、あとは全て託した……と。 ちょうど言いたいこと全て言い終わった直後、とうとう私の全身全てがガチガチに固まり、私は石になってしまった。指一本動かせない。全身が均質な石の塊と化し、もはや動かすための骨も筋肉も存在していない身に落とされてしまったのだ。勇者は決意を露にしてから凛々しい表情を私に見せ、視界から消えた。背中越しの彼の戦いを、私は音で感じ取るしかなかった。 (大丈夫か、戦況は……どうなって……) (いけますっ、頑張ってますっ、流石勇者様です!) 脳内にマホから声が届いた。同じパーティーを組んでいる私たちは、石化状態でも念話を交わすことができる。剣士の私も、魔法使いのマホも、弓使いのユーミも、今や無力な石像と化して、ただ一人残された勇者の戦いを見守り、勝利の祈ることしかできなかった。 マホはちょうど敵が見える向きで石化しているため、状況を都度教えてくれた。流れ弾が飛んでくれば何の抵抗もできず粉々になって死んでしまうが、そんな心配はしていないようだ。勇者を信じているのだろう。声と音からしても、ハッキリと敵を押していることは伺える。流石だ。 私たちが戦っているのは魔王軍幹部の一人。私たちは勇者を入れた四人パーティーで、今ようやく敵幹部を捉え戦いにもつれ込んだ。が、やはり幹部だけあり敵の力は想像以上だった。私を含む三人は奴の圧倒的な魔力によってあえなく石化させられてしまったのだ。 (頼む……勝ってくれ。世界のために……魔王を倒すために……) 勇者が負ければ私たちは永遠に石化したままか、このまま殺されるだろう。そして魔王を倒せる者もいなくなり、世界は闇に包まれる……。その大事な一戦にこれ以上参加することができず、ただ待っていることしかできない自分がもどかしい。くそっ……。 石の身体でやきもきしていること数分、決着がついた。勇者は見事魔王軍の幹部を打倒したのだ。 「みんな……やった、ぜ……」 彼が息を切らしながらそれだけいうと、地面に倒れる音がした。 (おっ……おい、大丈夫か!?) (あっ、だ、大丈夫です……多分。疲れただけかと……) (く、くそう。石化は解けないのか……) (誰か解除してくれないと……でもあいつは魔法得意じゃないからな) 勇者が気を取り戻すまでの三十分、私たちは石化したまま戦場に突っ立っていることしかできなかった。もしも残党や無関係な魔物に襲撃されてしまえばひとたまりもない。私は内心かなり不安だし焦りもしたが、動くことも喋ることもできない現状、ただ時の流れに身を任せることしかできない。 勇者は石化解除の魔法を使えないので、目が覚めた後もまたしばらく放置されることになった。あいつが助けを呼んでくるまでまた待つのか……。もううんざりだ。 (ま……まあ、幹部は倒しましたし……よかったじゃないですか) (まあ、それはそうだが……しかし、身動きがとれないのは不安だ) (大丈夫ですよ、すぐ治りますって!) まあ、それもそうだ。石化というのは珍しい魔術ではあるが、解除方法は完全に確立されているし、それなりの町なら解除薬は必ずある。腕の立つ魔術師なら労せず解除も可能だ。体を砕かれさえしなければそれほど恐れるものでもない。マホの体が動けばとっくに解除できていたはずだ。 (す、すみません、私が真っ先にやられたせいで……) (いや、いいんだ。なんとかなったからな) そう、パーティー四人中三人が石化されたとはいえ、誰も死なずに幹部を倒せたのだ。これは誇るべき戦果のはず。堂々と凱旋すればいいのだ。堂々と……。 石化したまま荷車に乗せられて最寄りの町に運ばれた私は、必死に自分にそう言い聞かせた。石化した「勇者パーティー」はいい見世物となり、ギルドに到着するまで私たち三人は散々町の人たちに見物された。 (くっ……) 石化した状態を大勢の人間に見られるというのは当然いい気持じゃない。冒険者……それもベテランなら尚更だ。完全な無力化、敗北の証。私も高名な剣士として、このような屈辱を公の場に晒すことは屈辱だった。 ギルドに搬入されると、ますます羞恥心は募った。石化なんて普通はしない。初心者冒険者を除いて。石化攻撃をしてくる魔物は限られているし、それらも避けることは簡単だ。万一石化しても薬か魔法ですぐ解除できる。経験を積んだ冒険者ならなんだかんだでまず陥ることのない状態……それが石化なのだ。 (ううっ、あんまり見ないでください) 流石のマホもかなり恥ずかしいようだ。そりゃそうだろう。私たち三人は全員がSランク、ギルドでも最高位の冒険者なのだから。それが石化してギルドに帰還だなんて、恥さらしにもほどがある。 (敵は……魔王軍の幹部だったんだぞっ、だから……仕方ないんだ!) ようやく石化を解除された私たちは、顔を赤くしながら体裁を取り繕った。しかしギルドにいた連中はニヤニヤ笑ったり囃し立てたりしてくるので苛々させられる。 「よかった。みんな無事で……」 勇者と互いを労ったのち、私たちは部屋でゆっくり休むことにした。宴会は夜からだ。それまでは……。 と階段を上ろうとした瞬間だった。足が動かない。 「……?」 怪訝に思って視線を落としたその時。全身が硬化して動かせなくなった。 (なっ――!?) ブーツから灰色の汚染が全身を覆いつくそうと広がり、駆け上がってくる。冷たく重い石の感覚が私の体を芯まで書き換えていく。 抵抗することもできず、私は髪の先まで石化し、一歩も階段を上がることができなくなってしまった。 (な、何故!? 石化は解いたはず!?) つい先ほどまで、私は自由だった。元に戻っていた。まさか敵が生きていて逆襲に来たのか!? 視線を落としたまま石化したので周囲の様子がわからない。ざわざわとしたどよめきだけが聞こえる。悲鳴や魔物の鳴き声は聞こえない。襲われたわけではない……のか? では一体なぜ……。 「ば……馬鹿な!?」「お、おい、どうしたんだ?」 勇者はじめ誰もが困惑している。誰もこの状況を理解できていないのか……。くそっ。 (ま、マホ! とにかく石化を解いてくれ!) マホにパーティー会話で助けを求めると、信じられない答えが返ってきた。 (すみません……私も……動けない) (なっ!?) 驚くべきことに、再石化してしまったのは私一人ではなかった。後ろにいたマホも、そしてユーミまでもが石化してしまったというのだ。 (そ……そんな) 一体、何がどうなっているんだ。わけがわからない。そしてみんなの前でなす術なく石化してしまう醜態を晒し、今再びギルド中に見られていることの屈辱。この場を立ち去りたいがそれすら叶わない。髪の毛一本揺らすことすらできないのだから。 ギルドの奥に運ばれ、私たちは二日ほど魔術師たちの検査を受けた。石化を解除することは簡単に可能だった。が、少しすると再び石化してしまうのだ。誰からも攻撃を受けていない。魔法も、呪いも、トラップもない場で。身に付けている装備ごと、すべてが石の彫刻と化し、身動きがとれなくなってしまうのだ。 「これはやはり……普通の石化ではないようですね」 魔術師たちの結論はこうだった。敵のかけた石化の呪いは、通常のもととは比べ物にならないほど強力だったのだろう、と。魔王軍の幹部というだけある。だから一時的な解除は可能でも、完全に石化をとくことは難しい……。 (そ……そんな。それでは私たちは……ずっと石化したままなのか) 信じられない事態に、私は落胆した。せっかく魔王軍に大きなダメージを与え、これからだという時なのに……。勇者も懸命に治し方を調べてくれたが、とうとう解除方法はわからなかった。そして、勇者もこれ以上ここで燻っているわけにもいかなくなった。魔王軍は各地で攻勢を強めている。彼は行かなければならない。 「すまない……みんな」 (いや……いいんだ。私たちの方こそ、すまない。足手まといになってしまって……) こんな状態では、到底旅など続けられようはずもない。私たちは勇者のパーティーを抜け、この町のギルドにとどまることになった。悔しい。そして寂しいが仕方がない。最後まで彼と、マホやユーミと一緒に戦い抜きたかったが……。 (仕方がありませんよ。せめて笑顔で送ってあげましょう) 私たちは一時的な石化解除を受け、勇者と別れを告げた。彼は必ず元に戻すため戻ってくると宣言して旅立った。私たちはそれを笑顔で見送ろうとして、そのまま石になってしまった。 (ああ……ここまでか) Sランク冒険者、女剣士として名を馳せた私も、勇者と一緒に旅をして、魔王軍と戦う中で命を落とすことを考えなかったわけじゃない……が、まさかこんな形でパーティーを離脱することになるとは思わなかった。 (あー……いっちゃいましたね) 笑顔のまま物言わぬ石像に戻された私たちは、再びギルド内に運び込まれた。どうすることもできず、ただ同じ姿勢と表情でジッと立ち尽くしていることしかできない。 (でも心配だな。あいつ一人で) ユーミは勇者の身を案じていた。パーティーは実質全滅したも同じ。勇者はまた新たに仲間を探さなければならないだろう。しかし魔王軍との戦いに身を投じてくれる強い冒険者がそう簡単に見つかるだろうか。 (勇者様は大丈夫ですって。私たちの心配しましょうよ~) マホは自分たちがこれからどうなるのかが気になるようだった。確かに……。動くことも喋ることもできず、そして周りにまともな知り合いもいない辺境の町に取り残されたのだ。あまりいい状況ではない。しかしだからといって、石と化したこの身ではどうすることもできはしない。私たちが何を心配して何を考えようが、ただ周囲の扱いを黙って受け入れるしかないのだから。 しばらく倉庫にしまわれていた私たちだが、精神が参りそうだった。永遠かと思えるほどに引き延ばされて感じる時間。何も起こらない棚を、ただジッと見つめるだけの時間が過ぎていく。視界すら動かせないまま、一点を見つめ続ける。そして話し相手は自分たちだけ。倉庫でジッとしているだけだ、新たな話題などない。 辛い。動けないということ、そして放置されるということがこれほどの苦痛だとは。このまま世界から隔絶されているしかないのだろうか。たまに石化を解除してくれたもよさそうなものだが……。このギルドにいるのは全員ほぼ初対面の連中ばかり、旧知の仲と呼べるような者はない。彼らからすれば一、二分の自由のために私たちの石化を解除する理由もない……か。 倉庫の中で埃を被っていくだけの日々に、徐々に焦りと不安が広がっていく。もう誰も私たちのことを覚えていないんじゃないのか。永久にここで倉庫の肥やしになっている運命なのか……。 転機が訪れたのは一か月の地獄を耐え忍んだあとだった。受付のところに飾っていた石像が期限切れで返さなければならないので、代わりになってくれないか……という提案。そういえばこのギルドの受付には両脇に石像が飾ってあったような。 私たちは顔を見合わせ、すぐに全員で返事した。やりたい、やらせてほしいと……。石像として飾り物になるだなんて本来受け入れられるはずもない屈辱だが、倉庫の中で静かに発狂していくよりはよっぽどマシだというのは話し合う必要もなく、私たち三人誰もが同意するところだった。だが問題が一つ。飾る石像は二つだけなのだ。 「そっそれは困る……残り一人も表に出してくれ」 ギルドの受付嬢は私たちが意外にノリノリなうえ、必要ない三人目も飾ってくれと言い出したことが予想外だったのだろう。おかしそうに笑った。笑うな。死活問題だぞ。お前も石化したまま放置されてみろ。 石化しては解除、石化しては解除というまどろっこしい中での協議の結果、三人目は酒場の方に飾ることになった。ちょっと不安だが、まあSランクの私たちなら大丈夫だろう。石化後の強度は本人の防御力に比例する。 受付から見える反対側は酒場になっており、そこには冒険者たちがいつも屯している。彼らの話を聞けるなら、倉庫よりはマシだろう。逆にこっちが見世物になるわけでもあるが、仕方あるまい。 マホとユーミは受付の両脇に置かれた台座の上に立ち、ちょっと緊張した面持ちで石化した。こうしてみると、本当に石像になってしまったかのようだ。「石化した人間」は本来、綺麗なポーズなどとっていないものだ。それが最も大きな差異であり見分け方だが……。今の二人は飾られている場所が場所の上、お行儀よく背筋を伸ばして手を重ねて石化してしまったので、本当に石像のように見える。これから私もそうなるのだが。 酒場の脇に設置された真新しい台座。私はその上に立った。ギルドの配慮で二人が見える位置だ。すぐに解除期限が来て私は石化してしまった。私はギルドの酒場を彩る石像へとその身を落としてしまったのだ。耐えがたい屈辱だが、倉庫よりはマシなはず。 ギルドに人がやってくると、石像が新しくなったことに気づくものが点々と。ギルドの連中は特に隠すこともなく、以前勇者パーティーに入っていた三人だと説明した。案の定、私たちは下世話な荒くれ者、噂好きの町人たちに寄ってたかって見物され、目の前で数々の嘲笑と恥辱を受ける羽目となった。美人だ、エロイ、石化したままなんてもったいない、石化とか弱すぎ、等々……。 (ふざけるなっ、私はSランクだぞ! 無礼者!) この町のギルドに私たちより腕の立つ冒険者は断言するが一人もいないはず。だが、こうして石化したまま飾られているというただ一点によって、私たちは最も立場の劣る存在だと認識され、そしてそれを受け入れるほかなかった。反論したくともうめき声一つ出せないし、ましてや剣を振るって実力を示すなど夢のまた夢だった。 こんな提案を受けるべきはなかったか。いや……倉庫で埃を被るよりかは、やはりマシだ。目の前の景色は目まぐるしく変わるし、冒険者たちの話も耳に入ってくる。たとえそれが私たちを揶揄する内容だったとしても……。 数日もすると、私たちは彼らの興味の中心ではなくなった。あっという間に私たちは「風景」に溶け込んでしまったらしい。なんの反応も示さない石像を弄っても面白くないのはわかるが、これはこれで悔しいと感じる。私たちが、Sランク冒険者であり勇者と共に魔王軍と戦っていた私たちが石像に身を落としてまでこのギルドを飾り立ててやっているというのに。 「あ、このクエストを? 気をつけてくださいね、コカトリスが出ますから」 「へーきへーき、任せとけって!」 血気盛んな新人がやってくると、たいてい受付嬢は私たちをネタに使った。調子に乗っているとああなっちゃいますよ、と。私は憤慨した。私たちをFランクでも倒せる幼コカトリスに敗れたみたいに扱うな。魔王軍の幹部と戦ったんだぞ、と。だが新人は心底馬鹿にしきった態度で 「あ、これ石化した人なん? ふふっ、かわいそー。元に戻してあげないんすか~?」 などと言ってくる。間近で馬鹿にされているマホとユーミも怒っていたが、私たちは抗議することはおろか、一切の感情を表に出すことも禁じられている。ただひたすらに、黙って新人用の「失敗例」として生きた戒めを演じるよりなかった。 (くそう……) 私たちの自尊心はもうボロボロだ。人間というのは噂に尾ひれをつけるもので、私たちはいつの間にか、格好は立派だが雑魚にやられてそれっきりの初心者パーティーのなれの果て……みたいな認識を持たれつつあった。わざわざ訂正する者もない。その方が面白いからそういうことにしとく……冒険者などそんな連中ばかりだ。 たまに勇者の噂も耳に入る。新たな仲間たちと活躍しているようだ。嬉しいニュースだが、同時に寂しくもなる。私たちの事を覚えているだろうか。新しい仲間は私たちより強い? 勇者と仲がいい? もしもそうだったら……。喜ばしいことのはずだが、私たちの居場所が失われていくようにも感じて焦燥感が募る。こんなところでギルドの飾りになっている場合じゃない。いかなくては……。でも体は動かない。この台座から降りることが……できない。 忸怩たる思いで半年近く石像として過ごしたころ、受付嬢が珍しく話しかけてきた。もうすぐ町のお祭りがあるので、それに合わせてここも飾り付けをする。ひいてはそれに協力してほしい……と。 (協力? 一体どういう手伝いを?) すぐに石化してしまうこの身では飾り付けの手伝いなど不可能だと思うのだが。だがすぐに答えが出た。おそらく間違いない。 祭りの前日、私の予想は当たった。私の目の前に広げられたバニーガールの衣装……。これから石化を解除するから着替えてほしいというのだ! 「なっ……なんで私がそんな格好を!?」 解除後、流石に抗議した。冗談じゃない。それじゃあ完全に見世物じゃないか。酒場に飾る石像としてはいいかもしれないが、私は石像じゃない。ウェイトレスでもない。Sランクの女剣士だ。 だが受付嬢は着替えないなら今後石化解除しないと脅してきた。返答に窮した私は、着替えぬまま再石化してしまったが……。受付嬢はコンコンと私の頭をつつき、次が最後ですよーと告げた。再び石化解除された私は震え声で言った。 「脅迫じゃないか。私は……」 「もー。誰の好意でここに飾ってあげていると思ってるんですか」 か……飾ってあげている? 馬鹿な。私たちがお前たちのために恥を忍んで酒場に、受付に出てやっているんじゃないか。なんて態度……。しかし今や立場は明らかだった。私たちは放っておかれればそれっきりなのだ。逃げることはおろか抗議することすらできない。それにこのギルドで一応安全に保管されてもらっているのも事実では、ある……。 倉庫に戻されて二度と石化解除されない……それだけは嫌だ。結局、私は受付嬢の提案を呑んだ。高価な剣士の装備、愛刀を手放し、バニーガールの衣装に着替える。屈辱だった。なぜ私がこんな格好を。しかもこの姿で石化されて酒場に飾られるというのだから、想像するだけでうんざりするような恥辱だった。 ご丁寧にウサギの耳もつけ、短く白い尻尾を振りまきながら、私はいつもの台座の上に戻った。受付嬢はセクシーなポーズをとるよう言ったが、私は拒否した。私はあんたの部下でもなんでもない。とはいえ変なポーズで固まるのも嫌だ。私は両手を腰に当てて、まっすぐ立った姿勢で石化することになった。出来るだけキリっとした表情をとったつもりだったが、実際にはだいぶ照れと恥じらいの混じった顔となってしまい、思ったような石像にはなれなかった。 「ま、これはこれでいいか」 受付嬢に満足されてしまったのが最もショックだった。精一杯の抵抗は無駄に終わったのだ。 その後、私の視界の中で、マホとユーミも飾り付けられるのが見えた。マホは可愛らしい魔女の衣装。元々低身長で子供っぽい容姿だったが、これじゃあほんとに子供に見えてしまう。ユーミもダンサーの衣装を着せられ、不服そうな表情で受付を彩る羽目に陥っていた。 (な……なんでこんな格好で石にならなきゃいけないんだ) (は、恥ずかしいです……これじゃあ小さい子供みたいじゃないですかぁ!) 私たち三人は互いにこのギルドの悪口を言い合った。そうこうする間に祭りの日がやってきて、私たちは衆目の目に晒された。石像が新しくなったということで皆が注目してくる。バニーガールの石像となった私はより一層男どもの下品な視線の的となり、いつも以上に惨めだった。石化してもなお自分を覆い守ってくれていた装備ともお別れし、私はいよいよ「石化した冒険者」ですらなくなってしまった。酒場にふさわしいバニーガールの石像。逃げ場のない中、私はいますぐ逃げ出したい気持ちと動かぬ体の中で悶え続けた。 評判が良かったということで、祭りが終わっても私たちは元に戻されなかった。私の装備はどうなっただろう。ギルドで預かるとは言っていたが、このまま月日が経つとどうなるかわからない……。なにせ横流しされても私たちは何もできないのだから。今更ながら自らの無力さに打ちひしがれる。まさかこのまま一生バニーガールの石像なんじゃないだろうな。勇者はどうしているだろう。私たちのことを忘れてないといいが……。 祭りが終わってから一か月。祭りが終わったから元に戻すねと受付嬢が言ってきた。こいつ……。だがありがたい。「飾るための石像」となっていた私たちは、今や「石化したアホ冒険者」として新人の教材にされることすらなくなっていた。可愛らしい魔女の衣装をきたマホ、酒場に飾られたバニーガールの石像、そんなものを見ても誰一人「気をつけないとああなるぞ」と言い出す奴はいない。ただ、単なる石像として視界の背景を彩るだけの存在にまで落ちてしまっていた。だから忘れられたわけじゃなかったと判明した時、ホッと安堵する気持ちがあった。 「はいこれ、どうぞ」 「……わ、私の装備は?」 「え? いらないでしょ、装着するのも大変だし」 受付と酒場を飾るための石像がガチガチに武装する必要はない。確かに道理だが……。しかし提示された衣装はバニーガールと同じぐらい、いやひょっとするとそれ以上に受け入れがたいものだった。リボンとフリルの多いウェイトレス衣装。これを、私が……。 だがいつまでもバニーガールというわけにもいかないし、拒んだところで私が石像となるのは変わらない。観念して着替えたものの、顔が真っ赤になるのを我慢することはできなかった。なにせ頭まで異様に大きなリボンで結われ、素面じゃ人前に出られないような仕上がりになったからだ。受付嬢は可愛いと言うが、何も嬉しくない。ここのウェイトレスはもっと素朴な服を着ているじゃないか、どうして私だけ……石像だからか? 酒場に戻り、台座の上に立つと今度はポーズの注文がうるさかった。せめてもの抵抗で普通の立ち姿で石化しても解除してやり直そうとしてくるほどで、私は根負けした。 右手を頬に添え、左手でスカートの裾をつまみ、にっこりと笑いかける……最終的にその姿で見事石化されてしまい、私は正真正銘、酒場に飾るにふさわしい石像と化してしまった。これからずっと……この格好のまま固定なのかと思うと顔から火が出る思いだ。こんな姿勇者に見られたらどんな反応をされるか……。 マホは可愛らしい妖精の石像に、ユーミは華やかなドレスでお嬢様の石像に作り替えられていた。もはや私たちを見て「石化した冒険者」だったと思う人間はいまい。 翌日、「新しい石像」が話題になり、そしてすぐに消えた。早かった。注目されないのは助かる……はずだが、同時に悔しくもある。私たちがこんなになってまでこのギルドを彩ってやっているのに、その反応の薄さはなんだ。酷いじゃないか、あんまりだ……。でも注目されたくもない。ああ、どうしよう……。いや、石化したこの体では何をどうしようもないが。 私たちが石化を解除されたのはその日が最後だった。いよいよ文句のつけようのない石像として完成した私たちを、新たに作り替える必要はまるでなかったからだ。酒場に飾られた可愛らしい衣装のウェイトレスの石像。受付に飾られた妖精の像。気品ある女性の彫像。初めて訪れた人は目を向けるが、それだけだった。私たちは瞬時に背景と化してしまう。これが石像の定めなのか。 (ゆ、勇者さまぁ……助けてぇ) 私たちの望みはただ一つ、勇者が魔王を打倒して元に戻してくれること……だったのだが、それも最近は不安になってきた。魔王を倒したからといって私たちの呪いが解けるわけではないし、それに……新しいパーティーとうまくやっているのなら、私たちのことなど忘れてしまっているかも……。いや、そんなことはない……ないはずだ。 石化されちょうど一年ぐらいが経つ頃。もう半年以上石化を解かれていない。あの日フリフリのウェイトレス像にされてしまったまま、私は変わらない媚びた笑みで酒場に華を添えていた。しかし今日は慌ただしい。人の出入りが多く、皆ピリピリしている。一体どうしたんだろうか……。 こっちから話を聞くことができない以上、耳に入ってくる会話から判断するしかないが、どうやらこの町に魔物が襲撃に来るようだ。 (えっ!?) 驚いた。こんな辺境に。一年前幹部も倒したのに。私も参戦したい。が、やはり体は動かない。ここ半年、指一本動かせてもらえていない。うう……。私たちなら魔物の群れぐらいなんでもないのに。ただ成り行きを見守っていることしかできないなんて。Sランクの名が泣く。 やがてギルドには人がいなくなった。避難したのか戦いに出たのか……。はっきりはわからない。人気のないギルドの中に、私たち三人だけが石化したまま取り残されている。 (わ、私たちは……どうなるんでしょうか……) (それは……ええと) そ、そうだ。町の人たちが心配ですっかり忘れていたが、私たちもピンチだ。というか私たちの方がヤバい。逃げることも戦うこともできないのだから。 (ん、ん……このっ……) 久々に体を動かそうとしてみたが、やはりダメだ。私の体は均質な石材に置き換えられて、ピクリとも動かせない。フリルのあるスカートの裾を可愛らしくつまんだまま、笑顔を浮かべていることしかできない。もしもこの町が魔物に蹂躙されれば私たちはどうなるのだろう。遊びに砕かれるか放置されるか……。いずれにせよろくなことにはならない。こんな時こそSランクの私たちが頑張らなければならないのだが、頑張ろうとする権利すら奪われ、永遠に封印されてしまっている。 (だ、誰かぁ……何とかしてぇ) 私たちにできることは、無力な子供のように天に祈ることだけだった。 その日の夜、町には本当に襲撃があり、多くの建物が破壊された。町の人たちは避難していたのか、悲鳴は聞こえてこなかった。ギルドにも魔物が押し寄せてきたが、人間がいないので適当に建物内をウロウロしている。私たちはいつこっちに攻撃が飛んでくるかヒヤヒヤしていた。なにせ一切の反抗ができない状態だ。この期に及んでも私たちは可愛く、或いは綺麗に着飾ったままギルドの一部と化したまま微笑んでいることしかできないのだから。そして私たちが生きたSランク冒険者だと気づく魔物はいなかったようだ。助かった。喜ばしいことのはずだが、魔物たちにすら単なる石像と思われ背景にしか見えないのだという事実がショックだった。 (わ……私たちが動ければ、あんたらなんか……) 心の中でそう強がるのが精一杯。私たちにできる唯一の反抗だった。 魔物たちが町を適当に破壊して去ってから数日。町の人たちは戻ってこなかった。まだ様子を見ているのか、それとも……。 ある日、久々に人の気配がした。歩く音……。大きな荷馬車の音も。帰ってきた!? 「兄貴、ここギルドですぜ」 「おお。なんか残ってるかもしれねえ、いくぞ」 だが私たちの機体は裏切られた。やってきたのは火事場泥棒狙いのちゃちな賊だったからだ。盗るものなんか残っているのだろうか……。いずれにせよ私たちは黙って成り行きを見守っていることしかできない。魔物に引き続き、こんな程度の低そうな賊まで笑顔で迎え入れなければならないなんて。 「おっ、こいつはすげえや」 (!?) 魔物とは正反対に、彼らはすぐ私に興味を示した。背筋に悪寒が走る。逃げなくては。でも体が動かない。可愛らしくウェイトレスの石像でいることしか。 彼らは私たち三人にいたく心惹かれたようだ。すごくリアルだ、さぞかし名のある彫刻に違いない、と……。 (ち、違うわ、私たちは彫刻じゃない、人間よ、魔王軍の呪いで石にされてしまったのっ) 必死に脳内で抗弁するが、まるで説得力がない。たとえ声が出ていたとしても、彼らに信じてもらうことは不可能だったかもしれない。なぜなら、私はリボンとフリル満載のウェイトレス衣装を着て、可愛らしくポーズなんかとっちゃったまま石化しているからだ。「不本意ながら石化された人間」では絶対にありえない格好。マホとユーミも賊の興味を引いてしまい、身の危険を感じ始めていた。もしかしたらとんでもないことになるかもしれない……。 嫌な予感ほどあたるものだ。碌な収穫のなかった賊は、恐ろしくリアルで出来のいい三体の石像を持ち帰ることに決めてしまった。つまり私たちだ。 (やっやめなさい! 私たちは石像じゃない! 人間なの!) (ダメですぅ、持ってかないでくださぁーい!) (やめろ、馬鹿! 私に触るな! あぁっ!) 石化した体は指一本動かせない。台座から降ろされて運ばれる間、髪の毛一本揺れることもなかった。あっけなく抵抗もできないまま、私たちは賊の荷馬車に転がされた。 (ま……まずいわ、このままじゃ) (私たちどうなっちゃうんですか) (う、売られるわ……ただの石像として) (そんなぁ!) 最悪の事態だった。こいつらは私たちが人間だと知らない。こんな格好で笑顔じゃ石化された人間だなんて発想すらしないだろう。あの受付嬢……! だから嫌だったのに! 間違いなく石像として売り飛ばされてしまう。そうなるとお終いだ。私たちは正真正銘の石像となり、二度と元に戻ることはできなくなってしまう。見も知らぬどこかを永久に飾り続けるのだ。 (降ろしなさい! 早く! あぁっ!) 願いむなしく、荷馬車は走り出した。振動が私たちを揺らす。一年間石像として勤め続けた町から人知れず持ち去られてしまう。私たちが人間だと知らないやつらに……。 (私たちは人間なの! 石化されてるの! お願い、気づいて!) 仮に人間だとわかってもらえたところで、奴隷か何かとして売られるだけのような気もするが、永久に石像として生きるよりはマシだ。必死に心の中で叫び続けたが、同じパーティーである私たち三人以外にこの叫びが届くことはなかった。 「さあどうです! このウェイトレスの石像は!」 ステージ前にずらり並んだ買い手たちにどよめきが走る。よくできている、綺麗だ、美しい……。だがそんな賞賛が嬉しいはずもない。私の石像としての評価、完全に心の底から石像だと認識しているからこそ出る評価なのだから。 (違うっ、私は石像じゃない! 誰か、誰か気づいてくれ!) 賊は手際のよい連中で、盗品であることは隠してオークションに私たちを出品した。何しろ田舎のギルドに飾られていただけだ、誰も私たちのことを知らないし、気づきもしない。勇者の仲間が石化して離脱したという情報ぐらいは握っている連中もこの聴衆の中にいそうだが……。この格好じゃ気がつかないだろうな。せめて装備さえ着ていれば。 私は知らない男に落札された。当然、石化した人間を手に入れた……などとは思ってもいなさそうだ。出来のいい石像を手に入れたと思っているのがハッキリ伝わってくる。まずい。このままじゃ本当に……。 「続きましては可愛らしい妖精の彫刻でございます」 マホの泣き叫ぶ声を聞きながら、私は運ばれていった。そんな。皆も売られていく。バラバラになってしまう。どうすればいいんだ。うぅ……動けない。声が出ない。 私の購入者が間近で私を眺め、改めて出来の良さに感服した。当然だろう、人間を石化したのだから。 (ど、どうして……気づかないんだっ) こんなにリアルだったら、ちょっとぐらいその可能性に思い至っていいはずだ。それがないのは……私が可愛くポーズなんかとっちゃっているからに違いない。だから、だから嫌だと言ったんだ! どう責任をとってくれるんだ! 私はやり場のない怒りを受付嬢にぶつけた。武装姿のままならきっと運命は違ったのに。私はこのまま本当に石像になってしまうのか? 二度と剣を振ることも、勇者に会うこともできないのか? マホとユーミの行き先も知ることができないまま、私はオークション会場を後にすることになった。 (マホ……ユーミ……) くそっ……一体どうすればいいんだ。今ならまだ二人を助けられる……。この体さえ動けば。お願いだ、石化を解いてくれ。一分あれば事情を説明できる……。だが誰一人石化を解除しようとする者はいない。何故なら最初から石だった存在だからだ。 (ああ……ぁ……) 会場が遠ざかっていく。もう二人に会えないのか。こんな……こんな終わり方……。 「おおーっ、こりゃすげえすね」 「だろ? 高かったんだぞ」 幸か不幸か、私は王都の酒場に買い取られたらしい。店先に飾られた私は、あの日から変わらぬ笑顔のまま、道行く人々を酒場に誘う看板として働くことになった。王都……王都なら知り合いは多い。ひょっとしたら助けてもらえるかもしれない。 だが淡い期待はすぐ崩れ去った。何人もの知り合いが視界に入り、ある者はこの酒場に入り、ある者は私をジックリと鑑賞さえしたが、誰一人として私が私だと気づく者はいなかった。素晴らしい石像に感心するばかり。 (私だっ、気づけっ、この馬鹿者ぉ!) 知り合いに無視されるたびに脳内で怒鳴る日々。そして、耐えがたい恥辱に苛まれる。Sランク冒険者であり、名の通った剣士であった私が媚びた格好で石となり、ひっそりと詰んでいるこの無様すぎる状況を知人に見られるだけでも恥ずかしいのに。誰も助けてくれないのか。 (うぅっ……あぁぁ……そんな……) 誰か……誰か助けてくれ。このまま一生石像だなんて嫌だ。 ある日、王都でパレードが開かれた。勇者がついに魔王を討伐し、王都に凱旋してきたのだ。私は酒場の店先で石像となったまま、目の前を通過していく王の兵隊たちと、立派な車に乗って祝福を受ける勇者たちを目にした。 (……おいっ、私だ! ここだ! 助けてくれ!) だが、すでに勇者と別パーティーになっている私の声が彼に届くことはなかった。勇者は私の知らない仲間たちと共に人々の声援を分かち合っている。 (なんで……なんでだ、本当なら、私もそこに……) 勇者の乗った車が通り過ぎると、私の心はとうとう決壊した。凍り付いた笑顔の下で、泣き叫んだ。そしてその泣き声を聞き届けてくれるものは、誰一人いなかった。今日も、そして明日からも、私はこの酒場でウェイトレスの石像であり続ける。

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