Home Artists Posts Import Register

Content

またマネージャーに呼び出された。内容はいつもの小言。耳にタコができちゃう。レッスンなんて面倒くさくてやる気になれない。あんなもの真面目にやってる連中の気が知れない。芸能界に入れば楽して大儲けできると思ったのに、歌やダンスの練習だの敬語がどうのと七面倒くさく煩わしいもんばっか。アテハズレだ。ちょっと芸能歴が長いからってなんで一々顔色伺ったりしなきゃなんないのさ。アイドルなんてべっつに歌やダンスなんてそこそこでいいじゃん。最低限仕事できりゃそれでよくない? と思うんだけど、何故だかみんなはそうは思っていないらしい。いつも叱られる。叱るのって生産性ないしアホらしいからやめてほしいんだけど、そう言うとまた怒られる。マネージャーはホントならもう首だぞ、と口を酸っぱくして怒鳴るけど、首にはならない。私は美人だからだ。自慢じゃないが、私は顔とスタイルに自信しかない。十八年の人生で、自分より綺麗な女は見たことがない。現にスカウトされたし、今だって他の事務所からよく引き抜きの話がくる。まあ事務所移るとか面倒くさいからやりたくないけど。私はもうとにかく、出来れば何もしたくない。何もせずに生きていきたい。 そんな風にしていると、仕事はおろかレッスンの予定さえ入らなくなった。まあ別にアイドルとかどうでもいいんだけど、他に楽でチヤホヤされる仕事あるかなぁ。ユーチューバーでも始めようかと思ったけど、やるのが面倒くさいからやりたくない。誰かほかの人が全部やってくれればいいのに。 そんなある日、久々に「仕事」と称してマネージャーに呼び出された。お前は絶世の美女なのに、性格が終わってる。優等生になれとは言わない、最低限、ほんのちょびっとだけでもまともにやってくれれば売りだせるのに……といつものアレが流れた後、ようやく本題に入った。前置き無駄だから省略してほしいんだけど、マネージャーは言わなきゃ気が済まないらしい。私にはよくわからない。 とにかく、話の内容はこうだった。私を売り出すにあたって、性格をなんとかしないといけないが、本人のやる気も改善の兆しも見えない。そこで、全身に医療用のナノマシンを投与して、仕事中はAIに体を任せるようにしたらどうか……という内容だった。本来は半身麻痺や植物状態になった人に投与するものらしいけど、それにアンドロイドのAIを搭載すれば、私が寝ていても仕事を代わりにやってくれるらしい。驚きだ。そんな楽なやり方があっただなんて。もっと早く言ってくれればいいのに。即刻承諾し、後日同意書にサインした。実績のある医療用のナノマシンだから、心配は無用だろう。 処置は全身麻酔だったので、寝て起きたら終わっていた。全身に機械が入ったとはいえ、さしたる違和感はなく、何も変わった気がしない。入院中は本当に何もしないでいいので楽だ。できれば永遠に入院していたい。しかしあっさり退院させられて、今度はメイドロボの会社に連れていかれた。アンドロイド用の端末に寝そべって、ナノマシンにAIをインストールしなくてはならないらしい。病院でやってくれりゃいいのに。面倒くさいな。と思ったけど、マネージャーに病院にバレたらまずいからと釘を刺された。この一連の施術を人に話してはいけない、とサインした書類に書いてあったらしいことも聞かされた。読んでなかったから知らなかった。まあ喋らないからどうでもいいけど。喋るの面倒だし。 工場の端末は人間ドックの大掛かりな機械に似ていた。違いは無骨なデザイン……いや、多分デザインとかいうのはしてない。動きゃいいだろ? と言わんばかりで、中の機械が丸見えだった。中に入ったアンドロイドのボディと接触する恐れのあるところだけがツギハギで覆われている。むき出しの銀色の機械、緑の基盤、色とりどりのコードが見る者を不安にさせる。整備以外で中に人が入ることなど一切想定していないに違いない。だよねー、無意味で面倒くさいところに凝る必要なんてないよ。私はこの機械が気に入った。 私は台のような機械の上に、仰向けになって転がった。台は固く冷たい。寝心地の良さだなんて考えたこともないのだろう。メイドロボを載せる台だし。台はまるで異邦人を拒んでいるかのように、私のお尻や肩甲骨を痛めつけてきた。私は何も言わなかった。面倒だから。どうせすぐ終わるし。 「大丈夫?」 「オーケーでーす」 そう答えると、機械が作動した。台がゆっくりと動き出し、アーチ状の機械の中へ運び込まれていく。が、すぐに想像以上のスピードまで加速し、あっという間に全身が機械の中に納まった。これには私もビビった。載っているロボットを驚かせないように、なんて配慮は微塵も感じない。当然だけど。 ボーっと真上を見ながら、終わるのを待った。照明みたいに光る、細長い機械が上と左右に計三つ配置されていて、行ったり来たりを繰り返した。私は小さい頃に印刷中のプリンターの中を覗いたことを思い出した。今まさに、私の中にAIがプリントされているんだろうか。体は台の冷え冷えとした感触以外、何も感じない。しばらくすると、三つの機械の動きが止まり、台がまた高速で外へと射出された。今度は驚かなかった。 「終わりですー」「終わりー」 体を起こして右に向き、足で靴を探した。あ、あった。体は以前変わりない。私はAIを体に搭載したことになるわけだけど、今一つ実感が湧かない。ぼーっとしていると、別に部屋に通され、テストを行う運びとなった。無駄なことするなー、同じ部屋でササっとやっちゃえばいいのに。 テストの部屋は中心に円形の台座があり、その周囲をグルリとパソコンやらカメラやらが取り囲んでいた。言われるがままに中心に立ち、指示を待った。 「大丈夫?」 「オーケーでーす」 「じゃいきまーす」 全身がビクッと震えた。と思うと、すごいことが起こった。私の両腕が独りでに動き出したのだ。 「わっ!? おっ……?」 思わず腕に力を込めて、その動きを押しとどめてしまった。ほとんど反射的な行動だった。周囲に笑いが巻き起こり、大丈夫だから邪魔しないで、と注意されてしまった。腕はプルプルと震えている。こうしている間にも、勝手に動こうとしているのだ。力を抜くと、すぐに動き出して、存在しないスカートの前に両手を重ねる形をとった。動いたのは腕だけじゃない。両脚もピタリと閉じ、まっすぐに姿勢を伸ばし、目は真っ直ぐ前を見つめた。視線を動かせない。体は動かそうと思えば反抗できそうだけど、目は無理そうだった。 「はーい、オーケーでーす」 私はボーっとしながら考えた。今私がとっている姿勢、知っている気がする……あ。メイドロボの待機姿勢だ。私はちょっぴりムカついた。この私がメイドロボと同じポーズをとらされるだなんて。でも面倒なので文句は言わなかった。 「落葉。挨拶」 「こんにちは。落葉銀子です。よろしくお願いします」 私の口は自動的に喋り、表情筋はにこやかな笑顔を編み出し、腰は曲がって礼をした。私の意志は一切絡んでいない。恐ろしく奇妙な経験だった。私は体を動かそうとしていないのに、AIが勝手に私の体を動かしている。別に平気だと思っていたのに、実際経験してみると、怖かった。体が自分の制御を離れていることに対する本能的な恐怖。大丈夫なんだろうか。やっちゃいけないことをやってしまったのでは……? という考えも頭に浮かぶ。でも面倒だし、今更そんなこと言い出しても遅いから何も言わず、為されるがままにテストを受け続けた。 全てが終わり、家に帰ると、突然全身が怠くなった。すごい疲れてる……? 普段使わない筋肉たちも問答無用で動員させられたからだ。それに私は無意識のうちに、水面下でAIに対抗していたらしく、全身に気を張っていたっぽい。家に帰りつくなり緊張がほどけ、体がバッキバキになっていることに気づいたのだ。 「ふー……」 明日は筋肉痛かなー。レッスン真面目にやってればこんくらいは平気だったのかなー、と思いながら、私はコンビニ弁当をつついた。ほんの二時間前まで、この体が私のものじゃなくなっていただなんて信じられない。私の体は、疲弊していることを除けば、全く普段通りだったのだ。私が動かすように動く。水面下で反抗していた私と違い、AIは一切干渉してこない。停止してるから当然っちゃ当然か。 食後のインスタントコーヒーを飲みながら、今後のことを想像した。私自身はもう何もしなくていい……。ともすれば寝ている間に全部周りのスタッフとAIがなんとかしてくれるのだ。そう考えると、やはり私の決断は正しかったという気がしてきた。最高じゃん。 経過観察と慣らしを経て、いよいよレッスンが開始した。といっても、レッスンするのは「私」じゃない。マネージャーがAIの支配率を50%まで引き上げると、体が自動で動いてくれる。 「よろしくお願いします」 丁寧に挨拶する私を見て、トレーナーが久しく見たことのない上機嫌になった。威張ってるけど、結局別人になったのを見抜けない程度なんだ。そう思うと少しガッカリした。私が体に指示を出したのは、心を入れ替えて頑張ります、と勝手にAIが喋った時に吹き出しそうになるのをこらえたのが最後。後は完全に体から力を抜いて、AIに任せた。不思議な感覚だった。本来なら床に崩れこむはずの状態なのに、私の体はしっかりと立ち、歌のレッスンに励んでいるのだから。私は生来、あまり歌が上手でなかったのだが、AIは中々よく歌えていた。 (へー、私にこんな才能があったんだぁ) と感心しながら、「以前より上達した」「心がこもっている」などと私を褒めるトレーナーがおかしくてたまらない。心なんか一ミリもこもっていない歌なのに。 歌もダンスも、なんなら社交までAIが勝手に全部やってくれる。最初は抜けなかった本能的恐怖も、あっという間に消え去ってしまった。慣れてしまえばこんな快適なことはない。私はもう一日中寝ていてもアイドルになれるのだ。必死こいて頑張っている同期たちに、私は心中で憐憫とエールを送った。私は練習しなくってもアイドルになれるけどこの子たちはなれないのだ。まあ腐ることなく頑張ってほしい。 受け答えも自然にこなせるまでAIが成長したので、いよいよデビューとなった。無論、持ち前の美貌のおかげで大成功。レコーディングもPV撮影もインタビューも、私がボーっとしている間に終わっていく。ぜーんぶAIがやってくれるのだ。体の疲れや痛みは感じるけど、肝心の運動は自動的にやってくれるのだから、まるで苦にならない。 スタッフや共演する人たちは、誰一人私がAIでズルしていることに気がつかない。それがたまらなく愉快だった。 鼻の下を伸ばして「銀子ちゃん、銀子ちゃん」と話しかけてくる人が、私にアレが良かった、それが良かった、才能がある、感動したなどと言うたびに、私はその人を心の中で馬鹿にした。仲良くなった、うまくアピールできたつもりの連中が、実は本物の落葉銀子と一度も会話したことがないと知ったらどんな顔をするだろう。途中、何度かバラして反応が見たかったが、面倒なのでしなかった。AI稼働中は、体を動かすのに大分力がかかるし。 特に笑ってしまうのは、性格を褒められた時だった。私の「性格」は事務所のおっさんたちが相談して作り上げた虚構のAIに過ぎないのに。AI銀子の性格は「物静かだけど明るく優しい」という設定でチューニングされている。自分からはできるだけ喋らない(ボロを出さないように)が、会話を振られたら誠実に優しく返すという仕組み。 何人もの売れっ子を輩出したとかいう評判の人と会っても、幻滅するばかりだった。そういう人ですら、私の正体を見抜くことはなかった。人を見抜く力だなんて、誰一人持ってやしないのだ。 調子に乗っていると思わぬ落とし穴にはまることがある。楽屋でスタンバっている間、私はスマホで暇をつぶしていた。その時、若い男性が一人入ってきて、私に挨拶したのだ。私はボーっとその男の顔を見つめた。すると彼は怪訝な表情で 「あ、あの……?」 と私を見つめ返してきた。 (あっ、ああ……。私が返事するのか……) 仕事の間は全部AI任せにしていたので、私は生来の怠惰っぷりが加速していた。返事することすらも面倒でしたくなかった。というかマネージャー何してんの。「私」の時入れるなって言ってたじゃん……。あー無能。 仕方がないので、久々に「私」が対応したが、どうやらかなり失礼な言動をとってしまったらしく、相手を怒らせ……はしなかったが、大分幻滅させてしまった。マネージャーが戻ってくると、滑稽なくらい慌てて、必死に取り繕いながら彼を追い出してくれた。私はボーっと椅子に座りながらそれを聞いていた。最近急に仕事が多くなって寝不足気味で、実は熱もあるということにしたらしい。相手が納得したかどうかは定かでないが、とりあえず何とかなった。その後マネージャーに叱られた。いや、あんたがトイレいってたのが悪いんじゃん。何で私が怒られないといけないの。 もう面倒だから、次からは「裏」もずっとAIにやらせていい、と私は言った。マネージャーも承諾し、事務所に帰るまでは車内でもトイレでも、どこでもAIを稼働させ続けることとなった。 幸いにして、「実は性格悪い」などという噂も流れずに、トントン拍子で私はスターの座をものにしつつあった。スケジュールは先の先まで埋まり、大忙し。これが私には大問題だった。AIがやってくれるとはいえ、限度がある。体の疲れは全部「私」のものなのだから。それに自分の時間も欲しい。このままだとプライベートが無くなってしまう。 仕事減らせ、これ以上いらん、と私は抗議した。しかし事務所は私にもっともっと仕事をさせたがった。今はチャンスなんだ、飛躍の時なんだと演説をぶたれたが、私は体を動かさない時間も欲しい。最終的には私の主張が通り、その日はお開きとなった。 だが、翌日以降マネージャーたちは勝手に新しい仕事をホイホイと引き受け、私に振ってきたのだ。話が違うと抗議したかったが、伝えられたのは昼間、つまり仕事中だったので、AIが体を半分支配していた。抗議を行うには相当の体力が必要だ。AIが体を動かそうとする力に対抗したうえで自分の動きを実現させなければならないからだ。なので私はその場では抗議しなかった。AIが勝手に「わかりましたっ、頑張りますねっ!」と返事するばかり。 夜、改めて事務所で抗議した。その時は平謝りで、キャンセルすると言ってくれたのに、いざ当日になると、一件もキャンセルされていなかった。休む間もないスケジュールに、とうとう私も折れた。楽屋で全身の筋肉に力を込めて、AIの動きを止めた。 「いい……加減に……してくださ……い……やり……ま……せん……から!」 笑顔と怒りの表情を行ったり来たりしながらも、私は自分の意志を伝えた。マネージャーは「今更困る」「十分後本番なんだぞ」などと喚いたけど、もう知らないし。やらないし。しかしAIはなおも収録現場へ向かおうとするので、私は体力を振り絞って筋肉を収縮させた。 外からスタッフが私を呼ぶ声がすると、マネージャーはいよいよ取り乱した。 (ふんだ) 「す……すぐ行きます!」 マネージャーはそう返事すると、「すまん!」と叫んで、タブレットを操作した。その瞬間、私の体がピッと背筋を伸ばした。 (えっ、えっ、ちょっと!?) ほんの一秒前まで出来ていた抵抗が、全くできなくなってしまった。私は混乱した。何? どうなってるの……。 私から解き放たれたAIがいそいそと走り出し、楽屋から飛び出した。いかにもな女の子ぽい、ややあざとい走り方で現場へ向かう。私は抵抗しとうとしたが、不可能だった。何しろ、体に力を込めるという動作そのものが出来なくなってしまっている。私はまるで、4DX映画でも見ているみたいだった。ただ見ていることしかできない。そしてその見る光景すらも、AIが定めたものだ。いつものことと言えばいつものことなんだけど、今まではその気にさえなれば私は自分の体を動かせた。だが今はできない。結果的には同じでも、私にとっては恐ろしい違いだった。 (ちょっと、どうなってるの、ねえ) いつものの、ややぶりっ子な感じで、「私」は明るく受け答えをした。誰も異常事態に気がつかない。周りから見れば、いつもと何ら変わらない、普通の落葉銀子に見えているんだ。あーもう、使えないやつら! 収録中、やることのない「私」は、完全にAIに奪われてしまった体について考えた。落ち着いてみれば、簡単に答えは出せた。進退窮まったアホマネが、AIの支配率をグッと高めたに違いない。いつもは50%が決まりだったが、一体今は何パーセントになっているのか……。体に全く指示が出せない。神経に抵抗の意志を伝えることさえ許されないこの状況。私が私でなくなってしまったかのようで、心底恐ろしかった。実際問題、今周りにいる人たちは、全員がAI銀子を本物の落葉銀子だと思って接しているのだ。「私」のことなど、存在さえ知らない……。 突然、私は叫びたくなった。みんなが見ている、話している落葉銀子は偽物だと。でも不可能だった。ひょっとして、AIの支配率は90%、いや100%……? マネージャーはその収録が終わってもAIの完全支配を解いてくれず、とうとう事務所に帰る道中の車内でさえ、私に体を返してくれなかった。 いつもなら事務所で解放されるのに、その日は妙に待たされた。一人ポツンと部屋に放置され、マネージャーたちは別室で何やら話し合っていた。この間、私はメイドロボの基本姿勢をとったまま微動だに出来なかった。悔しい。もうこんなの監禁じゃないの!? いい加減にしてよ! ようやく戻ってきたと思うと、とんでもないことを言い出した。過密スケジュールは今後もしばらく続くから、その間だけこのAI100%の状態で頼む、と言い出したのだ。 (ふざけんな! そんなの絶対イヤ!) 「はいっ、わかりましたっ」 (あ、こ、こら!) AIが勝手に了承の返事をしてしまい、マネージャーたちはわざとらしく「そうかそうか、それはよかった」と言って明かりを落とし、部屋を出ていった。ちょ、ちょっと待ってよ! 私は!? このまま放置!? 帰れないの!? 必死に動こうとしても、神経に指令を伝達できない。体が言うことを聞かない。もうすっかり、AIのものになってしまっている。私の、私の体なのに……。暗い部屋の中で、私はマネキン人形のように棒立ちしているほかなかった。 目を覚ますと、車の中にいた。体は全く動かせない。マネージャーは本当にこのまま押し通すつもりだ。 (いい加減にして! 訴えられたいの!?) しかし、ただ見ているだけの存在になってしまった私には、訴えることも、通報することもできない。悔しい。悔しいよ……。 仕事先に着くと、私の体は車から降りて、颯爽と挨拶回りに向かった。私はそれを黙って目の奥から見ているだけ……。誰一人、私の窮地に気がつきもしない。理解者気取りのディレクターも、親友気取りの同世代タレントも。誰一人、私が私じゃなくなってしまったことに気がつかない。そりゃまあ、「私」は彼らと口をかわしたこと一度もないんだけどさ……。どいつもこいつも馬鹿ばっかり。誰か一人くらい、人を見抜けるヤツはいないの!? 私は憤った。でも、そんな奴芸能界にいないことは誰より私自身が知っている。失望の中、私は淡々と仕事をこなす私の姿を、体の内側からずっと鑑賞させられた。 夜遅くまで続く仕事に、私の体はヘロヘロだった。疲れたよ。休みたい。寝たい……。けど、AI銀子は疲れなど一切表面に出さず、仕事をこなし続けた。 (いい加減にしてよ……。私を殺す気なの……?) 体の支配権は奪い取ったくせに、疲労は全て私に押し付けてくる。そんなのズルい。卑怯じゃない。 仕事がひけても、家には帰らせてもらえず、事務所で再びマネキン人形のように放置された。この日は結局、一秒も私は体を動かせなかった。起きてから寝るまで、全てAIがやったのだ。面倒なのは嫌だって言ったけど、こんなことは望んだ覚えないよ。体を返して……。 翌日、その次の日、一週間。マネージャーは頑として私に体を返してくれなかった。それどころか、仕事の合間に行う会話でさえ、AI銀子相手にこなすようになってきた。 「銀子ちゃん、大丈夫? 少し休む?」 「えへっ、平気です、頑張ります!」 (平気じゃないし!) マネージャーを睨みつけてやりたかったけど、それさえできない。私の顔は柔和な微笑みを返すだけ。冗談じゃない。こんなペースで酷使されたら死んじゃうよ……。というか、AI銀子はどんな時でも弱音吐かないよう設定したのは自分たちなのに、まさか忘れてるんじゃないのぉ!? 案の定、一か月で体が限界を迎えた。病院では流石にAI支配を解かれたが、今度は別の理由で体が動かせなかった。文句を言う気力すら残っていない。 入院して一通り回復すると、私はまた例の工場に連れていかれた。AIが再起動したので、私には拒むことができなかった。 そこで受けた説明はすごい内容だった。生体メイドロボに施している処置の一部を、私の体にも施すというのだ。そうすれば、もう過労で倒れることもなくなるし、トイレにいかなくてよくなるから効率的に働けるようになるとか……。私は断固拒否したかった。理由はこいつらへの反発だ。トイレいかなくてよくなるのとかは別にかまやしない。わざわざAI支配率100%で相談してくるその根性と、私の意志を無視する横暴さが気に入らない。しかし私の口から出た言葉は 「はいっ、わかりました」 であり、その後同意書にサインさせられた。AIが私の手を動かして、勝手にサインしてしまった。 (こ、こんなの無効よ無効!) いつもAIが色紙にしているサインと寸分たがわぬサインを書きなぐった後、すぐ処置に入った。私は促されるままに脱ぎだし、作業着の気だるそうな男たちの前で、全裸を晒す羽目になった。 (こ、こら! 見るな! 見ないで!) しかし作業員たちは全く私のボディに関心を寄せず、 「じゃいきまーす」「準備よーし」と声を出しながら作業にとりかかった。私の自尊心は二重三重に傷つけられた。こんな底辺のやつらにタダで裸を晒しているだけでも死ぬほど悔しいのに、こいつらは私の裸に一切合切無関心だ。私だよ!? 落葉銀子だよ!? なんで!? どうして!? 髪や眉毛を覗いて全身脱毛され、なんだかよくわからないワックスっぽいものを全身に塗られていく。誰も私にこれが何なのか説明しない。入院していた病院では説明してくれたのに。その後は口に鼻に股間にチューブを突っ込まれ、なんだかよくわからない液体を体内に注入され、溺死しかかった。 全てが終わったのは夜。全身の肌が画像修正をかけたみたいにツルツルで綺麗なものになった。メイドロボみたいにテカったりはしていないものの、何だか作り物の皮膚みたいで、頭に血が上る。整形とかしていない、生まれつきの美女であることが私の自慢だったのに。直接弄っていないとはいえ、これじゃあ……。 施術が終わった後、例によって私は事務所に保管された。家に帰れるのはいつの日だろう。 三日後から、以前にもましてハードなスケジュールで仕事が再開した。トイレは勿論、ムダ毛処理や入浴もいらなくなったとのことで、文字通りのフル稼働だ。二十四時間の全てが仕事に費やされていく。なのに、私の体はそれほど疲労を感じなくなっていた。日に日に恐ろしく思えてくる。これほど扱き使われて倒れないし文句も言わない、そんな自分が全く人間離れした存在にしか思えない。実際、三割ぐらいロボットにされちゃってるし、体を動かしているのはAIだけど……。でも、中には私がいるんだから。人間として扱ってよ。せめて夜ぐらい、自由にさせてくれてもいいじゃない……。 業界人との「プライベートのお付き合い」でさえ、AIが対応する。酒を飲むのも、「本音トーク」をするのもAI。そして「裏表がないんだね」と言われるたびに、私は目の前の男をはっ倒したくなった。あるから。「裏」あるから! (……いや、なんで私が裏なの。おかしいよ……) 内心で私がどう思おうが、落葉銀子という存在は、もう完全にAI銀子に乗っ取られていた。「友人」たちは全員、AIが本物の私だと思っているし、今や事情を知るはずのマネージャーたちでさえ、AI銀子としか無駄話をしないのだから。 そんな生活が一年も続くと、私ももう諦めの境地に達して、毎日内側からドラマでも見ているかのような気分で成り行きを見守るようになっていた。そうするしかないから。 あくる日、「私」が増えた。そっくり同じ見た目の生体アンドロイドが製造されたのだ。マネージャーによると、これでさらに二倍の仕事をこなせるようになるらしい。 「うふっ、素敵ですね」 (いや、意味わかんない。なんなのそれ。もうアイドルじゃないじゃん。ただの、正真正銘のロボットじゃん) 私のAIのデータをコピーしたから、まったく同じように反応してくれる、そう自慢げに紹介するマネージャーを見ながら、私は呆れかえった。……最初からこうすればよかったんじゃないの? というか、もう私いらないじゃん。解放してくれてよくない? 仕事は全部その子にやらせてさあ……。 だが、誰もそんなことは考えないらしかった。二人の銀子で二人分の仕事をする。異論を挟む者はいない。私以外に。しかし私は声が出せない。意思表示できない。可愛らしく挨拶する二人目の私を見ながら、私は何もかもが馬鹿らしくなった。 私が二人。ドラマの収録やイケメン俳優とのデートが一回分飛んでしまう。相手はそれに一切気がつかない。銀子2号とのエピソードを私に振られる度に、肝が冷える。私の知らないところでもう一人の私が活動していて、みんながそれを私だと思っているのだ。ドッペルゲンガーみたい……。空しいことに、そんなことを感じるのは「私」だけで、AIの銀子1号は感じないのだ。何故なら、データリンクして互いの記憶を共有しているから。私のことなのに、私だけが知らない。ほかの私は知っているのに私は知らない……。そして、私……銀子1号とのエピソードを、私が知らないところで2号相手に振ったりもしているんだろうな、と思うと、空恐ろしくなる。私って何なんだろう。落葉銀子って一体なんなの……。 前例はハードルを低くする。3号が生まれた。そして、耐用年数(!)を過ぎた私は、ひっそりと引退させられることになった。誰にも秘密を明かさないという最後の命令を受け、私はさるイケメン俳優の家に送られた。そこでメイドロボとして余生を過ごすことになるのだとか。そんな……。もう終わったんでしょ。自由にしてよ。私を返して……。 メイド服に身を包み、大きな豪邸を訪ねると、見覚えのある顔が出迎えた。いや見覚えあるのは当然だ。一線級の俳優やタレントは全員「私」の知り合いなんだから。でもその人はなんだか違う気がした。家の中を案内されている間、どこで会ったか思い出した。あのドラマ、あのバラエティでちょっと被ってた、あとあの映画……。違和感の正体は結局わからない。 先輩メイドロボとすれ違うと、この子たちのデータ移せばいいのに、なんでわざわざ案内したんだろう、と疑問に思う。まあ、機械に弱いんだろうきっと。 その日から、私はその豪邸で家事をこなすだけの生活を送るようになった。三体の先輩メイドロボと一緒に。一通り終わると、私はリビングの充電器の上で待機させられた。ほかのメイドロボは他の場所に設置されているのに、なんで私だけリビングなのかはわからない。スペースか、コンセントが足りないのだろうか。 目の前には点きっぱなしの大型テレビがあるので、退屈はしなかった。しかし、未だに一線で活躍し続ける大物アイドル「落葉銀子」を見ない日はなく、視界に、耳にその存在が入るたびに私はやるせない怒りを覚えた。本物は……私はここなのに。あいつらは、もう正真正銘のロボットでしかないのに、ファンもスタッフもそれに気がつかない。人間のアイドル、落葉銀子だと思っている。ホントなにもかもがアホらしい。 そのうち、とうとうその日がやってきた。落葉銀子が結婚したのだ。お相手はマネージャー。私になんの連絡もよこさず。……ええ。いいの? そいつ偽物なのに。それを知っているのはほかならぬあんた自身でしょうに。しかし、頬を染めて馴れ初めを語るマネージャーを見ていると、AI銀子の方が、彼と過ごした年数、交わした言葉、乗り越えた障害が多いのだということに気づかされた。……もしかしたら、本人ももう忘れたというか、あっちの銀子の方に親愛を抱くようになっていたのかな。いやひょっとして、1号と2号を取り違えたなんてオチはないよね? ていうか、私は一体どうなるんだろう。ここでずーっとメイドロボとして、壊れるまで生きていくのかな。 そして、「落葉銀子」はどうなるんだろう。あのロボットたちが、人間・落葉銀子として生きていくの? これからもアイドルとして働き続けるんだろうか。壊れたら新しい銀子を製造して、永遠に。

Comments

いちだ

楽しませていただきました。 最後の豪邸の主が彼女を引き取った理由が気になります。 いつものごとく、メイド服は癒着してるんでしょうか。それとも命令で脱ぐことを禁止されてるのでしょうか。

opq

コメントありがとうございます。今回のメイド服は着脱可能という設定です。