Home Artists Posts Import Register

Content

(う……油断したわ) 薄暗いダンジョンの奥地。私は身動き一つとることができず、仲間たちの奮闘を祈るしかない自分に落胆した。頭上に掲げた私の剣は、もう振り下ろされることはない。私も名のある剣士として、冒険者として名を馳せつつあったのだが……慢心が危機を招いた。私は一瞬の隙を突かれモンスターに石化されてしまったのだ。普段ならなんてこともない相手なのだが……。石化能力を持つ複数のモンスターによる一斉攻撃が、運悪くほぼ同時に私にヒット。瞬時に全身が石と化し、私は何の反応も示せないまま無力な石像となってしまった。 「おりゃあ!」 ユーミの放った矢が最後の敵を射抜く。あれほど騒がしかったダンジョンも、スンと静まり返り、物音ひとつしない。 「今ので最後?」 「そうみたいです」 マホが答えた。戦闘が終わったのに、私一人がいつまでも勇ましく剣を振り下ろそうとした体制のまま動けないのが少し気恥ずかしい。それに、間抜けなやられ方をしたまま動くことも喋ることもできない自分が情けない……。幸い、パーティ同士なら精神で会話することはできるが、それも魔力を消費する。 (うぐ……) 二人は私に慰めの言葉をかけながら、どうやって私をここから運び出すか相談を始めた。仲間に迷惑をかけていること、文字通りお荷物扱いされていることへの苛立ち。そして、周囲にモンスターや敵対者が現れれば何も抵抗のできないこの体。全身石化は初めての経験だが、動けない、何らの意志表示も行えないということがこれほどまでに本能的恐怖を刺激するとは知らなかった。 「ごめん、ちょっとここで待っててね」 (な?) 「すぐに助けを呼んできますから」 (ま……待て、どっちか一人、ここに……) 女二人で石像と化した私をダンジョンから運び出すのは難しいと結論付けられ、二人は私をここに置いて一旦撤収することになった。理屈はわかるが、嫌だった。まだモンスターもいるかもしれないのに、無防備のままダンジョンの奥地に突っ立っていなければならないなんて……。もしも誰かに襲われたら一たまりもない。 しかし、二人は私の返事を聞かずして去っていく。残り魔力はお互い心許ない。戦力が一人減った状態で脱出することを考えればパーティ会話で消費は避けたい。それもわかる。が、長年一緒にやってきた二人に冷たく見放されたかのように感じてショックを受けてしまう。 足音が遠のいていく。魔力を消費してでも行かないでほしいと呼びかけたくなってしまうほど心細い。女剣士としてずっとやってきた私の中にまだそんなに女々しい気持ちが残っていたとは驚きだ。しかししょうがない。今や真っ暗となった冷たく静かなダンジョンの中に、身動きのとれない状態で取り残されるのだから。 まるで地獄に落とされたかのような気分だった。真っ暗で、空気は冷たく、音もしない。そしてここは安全地帯ではない……。 (う……ぐ……) 私は何度か、体を動かそうと試みた。しかしダメだ。指の一本も動かせない。髪の毛も彫像の髪のように一体化して固まり、ピクリとも揺れることがない。手足に指令を出すという行為自体が封じられていた。鍛え上げたこの体も、今や均一な石の塊でしかないのだ。私の姿をした石材。筋肉も神経も存在せず、「動く」などという概念からは一切無縁にされてしまったのだ。 (ああ……) 時間が長く感じる。いや短いか? わからない。何も見えないし音もしない。時間の感覚がわからなくなっていく。そして不安も生じる。あの二人とは長くパーティを組んでやってきた。女三人ということで苦労もあったが、信頼しあっている。が……。もしもこのまま見放されたらどうしよう。私にはここから動く術がない。喋ることすら。もしもあの二人が私をここに放置したって、お咎めなんか何もない。私から報復を受けることもありえない……。 (い、いや! あの二人に限って!) ユーミとマホが私をこのまま見捨てるなんてことをするはずがない。必ず助けを呼んできてくれる。しかし、何度否定しても無限の暗闇は退くことなく私の心に入り込んでくる。石化したその時から変わらぬ姿で佇んでいることしかできない私には考えることしかできない。なればこそ、不安と希望を何度も往復しなければならない。私は自分の運命の決定権を失ってしまったこの状態を呪い恥じながら、モンスターの気配に怯えつつ、仲間がやってくるのを待ち続けた。 信じられないぐらい待った気がしたが、実際には一晩だったようだ。他の冒険者パーティを連れて戻ってきた二人はようやく私とパーティ会話を解禁した。 (ごめん、待った~?) (すごくね!) (あはは、まあ無事でよかったよかった) 無事……無事かなあ。私の全身は石化したままピクリともしない。しかも、無様に全身石化して敗北してしまった姿を他の冒険者たちにジックリとお披露目した挙句、荷物のように持ち抱えられて台車に乗せられるのは相当の屈辱体験だった。うぅ……くそう。しかし助けに来てくれたのだ、そこは感謝しないといけない。 台車に横向きに乗せられた私は、整備されていないダンジョンの凹凸を直に味わうこととなった。台車が静かな時はなく、常に上下しその振動と衝撃が木の板から私の全身にそのまま伝わってくる。 (うっ、ぐっ、くう……) 痛いし辛いし、絵面は無様過ぎるし、私は心の中で泣きそうになった。石化がこんなにも辛いものだとは……。しかし、本当に困るのはここからなのだ……。私も冒険者の端くれだから知っている。石化解除薬は……絶妙に高い、ということを。 宿屋の一階に設置された私は、他の旅人や冒険者たちから憐憫と嘲笑を一身に受ける羽目となった。駆け出し冒険者に無遠慮に体を触られ、持って回った嘲笑を受けると私はいよいよ怒りと恥辱で苛立った。何を言われても黙って耐えるしかなく、表情もポーズも変えられないまま石の塊と化した惨めな姿をさらし続けるしかないのだ。これ以上の屈辱があるだろうか。 ユーミとマホが頑張って部屋に私を引きずり、ようやく見世物からは解放されたものの、相変わらず私は動くことができないまま。手持ちの解除薬など当然、ない。あれは高いのだ。そして何より困ったのは、持ち合わせもないことだった。私の石化で依頼に失敗したのも手伝って、懐事情は火の車なのだ。 (す、すまん……私のせいで) 「いやいや、あんたのせいじゃないよ。誰がやられてもおかしくなかったし」 ユーミのフォローで少し心が軽くなったが、状況は変わらない。マホが改めて私に説明した。石化解除薬は高価で、今の私たちには到底手が出せない。だからしばらくはこのままでいてもらわなければならないと思う……と。私もわかってはいたが、ハッキリ言われるとやはりショックだ。元に戻れるのはいつの日になることやら……。解除薬は庶民には到底手が出せないってほどではないのだが、かといってポンと出せる金額でもないのだ。 「明日から色々当たってはみるけど……」 マホは魔法の杖を握りしめながら申し訳なさそうに言った。石化の解除魔法も習得している者は少ない。マホは頼れる魔法使いだが、まだその域には達していないのだ。 (気にするな、私が油断したせいなんだから……) しかし、困った。本当にどうすればいいんだ。いや私は何もできないし、二人に頼るしかないのだが……。何もできない自分の情けなさに腹が立つ。 翌日、すぐに事態が動いた。石化した冒険者や村人を預かる業者が見つかった……いや、やってきたのだ。そんなものがあるとは私も知らなかったが……。彼は私を見るなり興奮し、これほどの美人でしたら高値でレンタルできるから、お得に運用できますよ……と笑った。 (れ、レンタル? 高値? 何を言っているんだこの男は!) まるで商材のように扱われたことに反感を抱きつつも、私たちは彼の説明に耳を傾けた。彼らは石化能力を持つモンスターが出没するこの地域を軸に、石像のレンタル業を始めたらしいのだ。石化した人を元に戻るまで保管するのを引き受ける代わりに、それを石像として各所へレンタルする。そしてその代金の一部を解除薬の代金として積み立ててくれる、と。 「なるほど……」 なんだか胡散臭いが……ユーミは心を動かされたようだ。何しろ私を宿屋に置いておくだけでも結構な出費になっていくし、解除薬を手に入れるのに必要な金が少し安くなる。一石二鳥というわけだ。しかし見世物として駆り出されるのは私だ。昨日の宿屋での扱いを思い出す。い、いやだ……。何も関係ない人々にさえ、間抜けな冒険者の末路として晒し者にされるだなんて……。これでも私は名のしれてきた女剣士なのだ、評判の問題は深刻だ。 パーティ会話で仲間にその懸念を伝え、業者に訊いてもらった。すると驚くべき答えが返ってきた。 「ええ、ええ。ごもっともな心配でございます。が、我々ならばその点も見事解決することができるのでございますよ……ひひっ」 それは私をドレスアップして、「石化した冒険者」ではなく「美しい石像」として仕立て上げる、というもの。 (な、な……なんだそれは!?) 冗談じゃない。まさかこの身を加工するというのか。そんなことをすれば……。 だが業者は続けた。彼らは完全に石化を解除することはできないが、数分間だけの一時的な解除なら比較的安価で行えるというのだ。その間に私に綺麗な服を着せ、気取ったポーズをとらせてしまえば、それは見事な石像に変換できるという……話だった。 (ぐっ……お、お断りだ! そんなもの!) 私は心の中で叫んだ。冗談じゃない。私は誇り高き剣士、そのような……。 「一度、お伺いして見させてもらっても……?」 (はっ!?) だが二人からすれば魅力的な提案に映ってしまったようだ。彼女らは業者と共に旅立ち、私は一人宿屋に取り残された。 (お、おい……冗談だろ、まさか……な?) 冗談ではなかった。翌日には私は馬車に積み込まれ、彼らの店へと運ばれることになったのだ。 「大丈夫大丈夫。ちゃんと信頼できそうな店だったから」 戻ってきたマホとユーミは何度もそう言って私を安心させようとしたが……。私は納得できなかった。本当か? 嘘じゃないのか? よしんば信頼できるとして、ドレスを着て見世物になるなんて……。生まれてこのかた、ドレスアップなどしたことない。想像するだけで顔から火が出そうだ。 「気持ちはわかりますけど……私たち、すっからかんですし……。使えるものは使った方が合理的だと思います」 荷台でマホが囁く。そ、それはそうなんだが……しかし。ユーミは私の保管場所を借りるお金も浮くし、すぐに元に戻せるからと宣言。どちらにせよ、身動きのとれない石の体ではどうにもならない。いくら嫌だと思っても、私は黙って身をゆだねていることしかできなかった。 「どうです、綺麗でしょう?」 (どえええ、なんだそれは!?) 店の作業部屋に搬入された私の目の前に提示されたのは、純白のドレス。とてつもないミニスカートで、腰の白い大きなリボンは先が地面まで届きそうだ。ウェディングドレスをイメージしたそうだが……ありえない。こ、こんな破廉恥なドレスを私が!? んでもってその姿で服ごと再石化して飾られる!? (だ、断固拒否する! ほかの服を所望する!) しかし私の要求は通らない。要求する手段がないからだ。あの日ダンジョンで固められた姿勢のまま、私は黙って事の成り行きを見守っていることしか許されていない。目の前でマホとユーミが契約を行い、すべては終わってしまった。 「では、一時的な石化の解除を行いますが……これ一回きりです。時間がないので迅速にお願いしますよ。準備はよろしいでしょうか?」 業者は私にそう告げた。そ……そんな。本当に、マジでやる……やらされるのか。く、くそー、裏切り者ー。私は部屋の隅でばつが悪そうにしている二人を恨んだ。 「では!」 私の頭に解除薬……のまがい物がかけられた。数日ぶりに体が色彩を取り戻す。あれほどまでに言うことをきかなかった体が突如指示を受け入れだす。 (あ……) 固められていた手足がほぐれ、私は自由を取り戻した。ずっと振りかぶっていた剣を下ろし、私は大きく息を吸い、吐いた。ああ……自由って素晴らしい。だが元に戻った体を確認する間も与えてはくれず、急ぎ全裸になるよう指示された。 「さあ早く! 変な格好で石化してしまいますよ!」 その声には実感が込められていて、迫力があった。事ここに至っては仕方ない。契約もしてしまったのだし……。私は言われるがままに鎧を外し、下着も脱ぎ捨てた。女性の従業員が何人も駆け寄ってきて、真新しい白い下着を私に着せようとした。 「自分で……」 「任せる!」 業者が叫んだ。気圧された私は大人しく着せ替え人形となることを受け入れた。人に服を着せてもらうとは、まるで貴族だな……。ここには貴族の被害者もいたりするんだろうか? あっという間に下準備が完了。この従業員たちはかなり手慣れている。そしていよいよ純白のドレスが私の身を包む。できるだけ凛としていようとは心に決めていたのだが、こんな服は初めて……。顔が赤くなるのは抑えきれなかった。 「やー、照れてるー!」 「うるさい!」 ユーミの野次に耐えながら、私はこっぱずかしいインチキウェディングドレスを纏わされた。サイズはピッタリ。だからこの服だったのか。 そして、着せ替えはドレスだけではなかった。肘まで覆う白い長手袋をはめられ、キラキラと輝くヒールのある白い靴を履かされた。そして髪に装着されたのは銀色のティアラ。 「すごーい、きれーい」 すっかり小奇麗にされた私は、マホの言葉にますます顔を赤くした。 「上がって!」 次飛んだ指示は、台座の上に上がること。灰色の石で作られたそれの上に立つと、ポーズの指示が飛んだ。「急いで!」という怒号付きで。 言われるがままに、私はポーズをとった。右足を少し前に出し、体は軽く斜めを向きながら顔はまっすぐ前を見据え、背筋をピンと伸ばす。両手は斜め下に伸ばし、手首を曲げて手は外側にピッと伸ばす。 (んっ) 本当に時間はなかったらしい、全身がビクッと震え、ほとんど動けなくなってしまった。ジワジワと再石化が始まっている。体の芯から私の全てが失われていく。均一なただの石の塊に変異していく……。 「笑って笑って!」 わ、笑えったって、この状況でそんな……。戸惑っていると従業員が私の脇をくすぐった。 「あっ、ははは、ちょ、待って、やめ……」 ポーズは崩せないまま、表情だけが崩れた。息を整えなんとか持ち直すが、顔に笑みを残したまま顔面が固まってしまった。業者が満足そうに頷く。バキ、と乾いた音が響き、私の全身は微動だにしなくなった。 (う……あぁ……) やっちゃった。とうとう私は、腰に馬鹿みたいに大きなリボンをつけたミニスカドレス姿で石化してしまった。高価な解除薬を二人が手に入れてくれるまでは、永久にこのままだ。 業者は最後に姿見を私の目の前に設置した。そこには美しい石像が映し出されていた。短いが数段重ねのヒラヒラしたスカート、全面からもハッキリ見えるほど大きな腰のリボン。その先は台座にも届きそうに長い。勿論、そのすべては今や灰色に染まり、しっかりと固められている。同時に、悟った。石化するのだから色や柄は無意味……。形こそが重要だったのだ。だから、こんな少女趣味の大きなリボンが……。 (で、でも……もっと普通のやつでも) 大胆に露出した太腿。私が石像でなければ顔が赤く染まっていただろう。しかしもはやこれを隠す術は私にない。堂々と晒し続けることしかできないのだ。 そして、靴は台座と一体化していた。まるで同じ石の中から掘り出したかのようだ。業者によると、安定化魔法の効果らしいが……。 「綺麗ー。すごーい」「あはは、馬子にも衣装ね」 (どういう意味よっ) 二人のからかいに耐えながら、私は石像と化した自分の姿を脳内で反芻した。あれが私か……。もう石化した冒険者には見えない。本当にもう、部屋を飾るために作られた石像って感じだ。 私を店に残し、とうとう二人は旅立ってしまった。できるだけ早く元に戻せるよう頑張ると言い残して。 (ほ、ほんとに早く頼むわよ……) 二人が去るとすぐに指示が飛んだ。私は従業員によって店の表部分に運び出され、「新作入荷!」と書かれた看板の近くに設置された。 (し、新作ですってぇ) これじゃ完全に物扱い、商品扱いみたいだ。そしてすぐに来客が私に目を付けた。 「おおっ、これはまた素晴らしい」 「そうでしょう、うちの職人たちが今朝彫り上げたばかりなんです」 石像としてレンタルする、というのはどこまでも本当だったらしい。ついさっき人間だった私を完全に彫刻として扱っている。人間だったことなどおくびにも出さない。これが商人か……。 すぐに話がまとまり、私はいきなり貸し出されることとなった。心の準備ができていない私はかなり焦ったが、胸中が表にでることはなく、笑顔で立ち尽くしていることしかできなかった。 私の石像としての初仕事は貴族の邸宅、その庭を彩ることだった。屋敷の主人と思われる男はご満悦で、私はあらゆる角度と距離から存分に鑑賞された。 (や、やめなさい、見ないで!) しかし相変わらず表情も姿勢も凍り付いたまま変えられはしない。私は笑顔ですべてを静かに受け入れるしかなかった。 庭を行き交う使用人や客人たちも私を見ては関心していた。こんな精巧な彫刻は見たことがないと……。当然だ。石化した人間なんだから。目に映る世界全ての人間から石像扱いされ、ミニスカドレス姿で晒し者にされ続ける恥辱に耐えながら、私は自分が石像としてこの庭園に溶け込んでいく様子を日々ハッキリと体験させられた。当初は物珍しさに幾人も近寄ってきてはジックリと見ていくのだが、次第に通りがかった際に私を見るだけになり、そして最終的に一切注目しなくなっていくのだ。恥ずかしさが緩和されて助かる。助かりはするが、同時に妙な苛立ちもあった。それなりに名を知られた剣士の私がドレスアップして石化してあげているのだ、もっと注目してもいいはず……という謎の苛立ちも沸いて出る。そして、次第に風景と同化していく自分の立場に、ひょっとしてこのまま忘れ去られてしまうんじゃないか、という不安も生じる。 幸い、業者は忘れないようだった。当然と言えば当然だが……。レンタル期間が終わり回収にやってきた際、私は思わず安堵してしまった。 再び店内に飾られる。私はもう「新商品」ではなくなったらしい。他の石像たちと一緒に並べられ、次のレンタルを待ち続けることになった。両隣の石像も美しく着飾り、自信あふれるポーズで固まっている。当然皆石化した人たちなのだろうが……本当だろうか。普通に石像も混じっていたりはしないか。うんともすんとも言わない「同僚」たちと並んでいると、そんな気もしてくる。最も、向こうも私に対して同じことを思っているかもしれない……。 次のレンタルは短期間で、舞踏会の会場だった。私とは違う長いスカートのドレスで楽しそうに踊る令嬢たちを、私は灰色の台座の上から静かに眺めていた。たくさんの人が行き交うが、この中に一人でも私が人間かもしれないと思っている人がいるだろうか。こんな精緻な石像を見たらそういう発想も出てきておかしくないと思うけど……。 答えは次のレンタルで出た。役所の入り口に飾られた私は、ある冒険者の会話を耳にした。 「すげー、生きてるみたい」 (生きてるのよっ) 角度の関係で見えないが、彼らが知り合いの冒険者でないことを祈った。恥ずかしすぎて死ぬ。 「石化した人だったりして」「ばぁか、明らか違うだろ」「なんか見分け方とかあんの?」 「石化した人ってのはもっと不自然なんだよ。わかるだろ」 (うえぇっ!?) 対象が私、それも石化した人間なのに石像扱いされているせいで一瞬面食らったが、確かにそうだ。石化した人間は綺麗なお洋服を着て笑顔でポーズをとっていたりすることはない。戦闘中、或いは逃げる途中の不自然な姿勢か、或いは恐怖におびえた姿か……。今の私は全く違う。飾られるために着た服、ポーズ、笑顔……。皆が疑念なく彫刻だと瞬時に判断する理由はそこにあったのだ。確かに私も……そう判断するかも? そして、数日たつとこの役所を訪れたことがあることを思い出した。あの時も確か……このフロアには石像が飾ってあったっけ。一切気にしなかったけど。ひょっとしてあれも……いや、どうだろう。 そうして私はあちこちを石像として彩る日々を過ごした。暗闇のダンジョンに放置されるよりはマシだけど、また違った苦しみがある。石化したままだという状況自体がベテラン冒険者として相当に屈辱的なのに、綺麗にドレスアップなんかしちゃっているのが恥辱をブーストする。しかも、そこまでしてもその努力が実を結ぶようなこともなく、私は風景に溶け込んでいく。 店に戻ると今度は「旧作」のコーナーから人気商品のコーナーを眺めさせられることになる。どうやら石像の中でもレンタルが全く途切れないものとそうでないものがあるようだ。当然と言えば当然だが、私は苛々した。別に石像として引っ張りだこになりたいだなんて露ほどにも思っちゃいないが、まるで自分が劣等生扱いされているように感じて腹立たしい。剣の腕なら、ここにいる誰にも負けはしないのに……! しかし、私の灰色の腕が剣を握ることはない。再石化したあの日から一切変わらぬ姿勢で、私は「そこそこ人気」のレンタル石像であり続けた。 三か月ほど経ったある日。レンタル先から戻ってくると、新作入荷の看板の下に新人が立っていた。可愛らしい少女の石像で、フリルとリボン満載のボリュームある可愛らしいドレスに身を包んでいる。どこかで見たような……あ! 子供のころに読んだことがある。人気絵本の主人公「イチゴ姫」だ! どうやらあの小さい女の子は、絵本の主人公のコスプレをさせられてしまったらしい。まだ小さいのに石化されてしまったこともそうだが、その姿にまず同情せずにはいられなかった。恥ずかしいだろうなぁ……。いや案外ノリノリかも? (あ……ああ! 無事だったの!? よかったぁ……) 突然、頭の中に聞き覚えのある声が響いた。パーティ会話。私は驚いて店内を見た。いや視線は固定されていて動かせないけど。マホ? マホが来ているの? ということは解除薬を買えたってこと? (あっ……すみません、違うの……逆で……ごめんなさい……) (ん? え? どういうこと? どこにいるの?) (目の前……ちょっと先……) 目の前? 先にいるのは「新作」のイチゴ姫ちゃん……って、嘘でしょ、まさか……! そのまさかだった。マホは冒険の最中石化してしまい、ユーミによってここに運び込まれたのだった。 (そ、そんなぁ、なんてこと……) これで解除薬は二つ必要になった。倍……。それもユーミ一人で。大変な負担だ。大丈夫だろうか。しかし困った。予想外の事態に私は慌てた。これでかなりの長期戦を覚悟しなければならなくなってしまった……。 (うぅっ、す、すみませえん!) 泣きわめくマホを慰めながら、私は彼女の愚痴を聞いた。愚痴を聞くのは苦しくなかった。何しろ久しぶりの仲間との会話。そして、人間同士のコミュニケーション。最も、状況は最悪だけど……。 マホは昔から小さいことがコンプレックスで、よく気にしていた。成人なのに体型は子供みたいで、よく他の冒険者たちから馬鹿にされていたものだ。それが今や子供たちに大人気の少女キャラクター、イチゴ姫の石像と化してしまったのだから相当に辛いだろう。彼女曰く、自分に合う衣装が子供サイズしかなかったが故の悲劇だったようだ。本人は絶対嫌だ、着替えたい、何とかしてと叫ぶものの、台座の上の彼女は天真爛漫なイチゴ姫として元気いっぱいの笑顔で、可愛らしいポーズをとって固まっているものだから、そのギャップに思わず笑ってしまう。 (いいじゃない、可愛くて。似合ってるって) (も~! 私は大人なんだからね~!) 三か月前のからかいをお返ししながら、私たちは積もる話を繰り広げるはずだった。が、すぐに人気キャライチゴ姫の石像は客の目にとまり、すぐにレンタルされることになってしまった。 (や、やだぁー、助けてーぇ!) (だ、大丈夫! 頑張ってマホ!) なす術なく搬入されていく仲間を助けられないことに忸怩たる思いだったが、私には激励することしかできない。そして、店内に残されたことに若干の焦りを感じる自分もいた。私は? 私はレンタルされないだろうか。なんだかマホに差をつけられたようで悔しい。いや、それどころじゃない。ユーミは大丈夫だろうか。一人で二人分のお金を用意しなければならなくなったユーミ。焦って無茶をしなければいいけど……。というか待って。ユーミに何かあったら私たちは……どうなるの? (だ、大丈夫。ユーミならきっと) 私はあの日から変わらない笑顔で、レンタルの注文が入るのを今か今かと待ち続けた。なんとなくだが、マホが戻ってくるまで注文なし、は避けたかった。 マホの人気は想像以上だった。可愛らしいイチゴ姫の石像は大人気となり、彼女は滅多に店内に陳列されることがなかった。私たちが会話できるのは、私のレンタルが途切れ、かつその期間内にマホのレンタルが切れて店に戻ってくるタイミングだけ。それも店内に飾られることはなく、予約が入っている次の相手のところにすぐに運ばれてゆくのだが……。 (マホ! 大丈夫? どうだった?) (恥ずかしいよお……死んじゃうぅ……) (で、でも人気なのはいいことよ、積み立て金が高くなるし……) (いやだぁ! 私イチゴ姫じゃない! 彫刻でもないもん!) 段々声が遠くなっていく。マホと話せるのは本当に僅かな間だけだ。もう搬出されていく。 (すごいなぁ、マホ……) 私は三か月の先行があるが、すぐに追い抜かれてしまうかも……。いや別にいいじゃない。何考えてるの私は。 しかし不人気だと元に戻る日が遠のくというのは事実だ。なんとか私の人気も上がらないだろうか。何かアイディアは……無駄か。だって私は石化したままなんだから。何を思いつこうとも実行に移せない。今更ながら自分の無力さ、惨めな立場を痛感する。 (ユーミ……お願い、頑張って) さらに数か月が経過すると、新作入荷の看板の下に、勇ましい射手の石像が運び込まれた。遠方の敵をしっかりと見定め、今まさに矢を放たんとしている美しい像だった。その顔はユーミによく似ている。体格も。体と共に灰色に染まった装備は彼女の愛用品……。 (う……まさか) そのまさかだった。ユーミは早く金を稼ぐために強力なモンスターとの集団戦に参加し、そして石化してしまったのだった。 (ご……ごめん。私のせいで……もう……) なんということだ。三人全員が石化してしまった。私たちは……パーティ全滅!? じゃ、じゃあ誰が……私たちの解除薬を用意するの? いや、待った。ユーミにもここしばらく一緒にやっていた仲間がいたはず。ここに来たということは、誰かに運び込まれたということなのだから……。 だが、淡い希望は無残に打ち砕かれた。 (ご、ごめん……私は戦場に放置されて……直接この店に回収されちまったんだ) (えっ!? どういうこと!?) (「野良石像」……奴らはそう言ってたよ) この店では、捨てられた石化した人間の回収もたまに行っているらしい。大半は飾るには向かない仕上がりなので放置するそうだが……極々稀に、整った姿で石化している者もいる。勇ましい表情で弓を構えたまま固まったユーミは、確かに彫刻のように美しくも思えた。 私やマホとは異なり、ユーミは身元引受人がいない。つまり、レンタル代の積み立てすらなく、永久にこの店で石像として使われ続けることになってしまっているのだ。 (そ……そんな! それじゃあ、私たちは……!) 私の引受人はマホとユーミ。マホはユーミ。そしてユーミは……今や正真正銘、孤独な石像になり果てた。私たちの身元引受人は全滅してしまったのだ。もう誰も私たちを元に戻しに来ることはおろか、引き取りに来ることさえない。 (私たち……一生このままなの!? 死ぬまでこの店でレンタル石像として生きなきゃいけないの!?) (すまん……本当に……) い、いや……ユーミが謝ることはない。私たちのために頑張ったのだ。そのために強敵に挑んで……。それに発端は私だし……。ああ、でもどうしよう。まさか、まさかこんなことになるなんて……。お願い、誰か、誰か助けて……! 後日、マホが店内に戻ってきた。絶望の叫びが同じパーティである自分たちだけに伝わった。あんなにも大きくて痛々しい泣き声も、すぐ近くにいる店員や客には届かないのだ。可愛らしいイチゴ姫の石像のまま人間に戻れないどころか、「石化したマホ」にさえ戻れないという残酷すぎる状況。 どこかにレンタルされるたびに、脳内で助けを求めた。しかしうめき声一つ発することはできず、手足も動かない。あの日再石化した時に着たミニスカドレス姿のまま、人々の目を楽しませることしかできない。誰か知り合いが目の前を通ってくれないだろうか。そうして、石化した私だと気づいてくれれば……。しかしそれは叶わぬ望みだった。ドレスアップして笑顔を浮かべ、ポージングまでして石化している今の私は、最初から飾るために作られた彫刻だとしか認識されない。マホにいたっては人気キャラクターの石像ということになっているからますます絶望的だ。ワンチャンあるとすればユーミ……。しかしそこそこ高価な解除薬をわざわざ用意してくれることはないだろう……。 純粋に積み立て金だけで解除薬の値段に届くのはいつの日になるのか。マホに尋ねてみると、概算二十年はかかると思う、という返事。さ、最悪……。そんな馬鹿な事って。最低でも二十年はこっぱずかしい石像のままだなんて……。しかし、仮にそこまで届いたとして、引き取り手がいなくなってしまった石像を業者がわざわざ戻してくれるだろうか? 知らんぷりして店のラインナップに加え続けるのではないだろうか。誰も文句を言う人間などいないのだから……。 私たち三人のうちで最も人気なのはマホだ。最初に解除薬の代金に手が届くのは彼女だろう。しかしいまだに衰えぬ人気、店の看板石像となったマホを彼らが手放すだろうか。ユーミが店に現れない限り、例え積立金が解除薬に届こうとも、やはり無視するのではないか。そしてそのユーミも今やこの店の所有物と化してしまっている……。 誰も助けは現れぬまま、月日が過ぎていく。石像として生きた実績が積み重なっていく。このまま、本当に二十年、ひょっとしたら永遠に……。頭がどうにかなりそうだった。無事解除されて店を出ていく元同僚たちを視界にとらえるたびに、羨望と嫉妬が沸き起こる。 (待って、私も連れてって) しかしその言葉を声に乗せることはできない。旧作コーナーの奥で静かに佇んでいることしかできない。気づけば私より先に石化していた人はほとんど見なくなっていた。つまり元に戻ったということだ……。私より後に入ってきた人でさえも。まさか、私たちはいずれこの店で一番古い石像になってしまうんだろうか。そうなれば、もはや私たちの引き取り手がいない、いてももう引き取る意志がないらしいということにこの店の連中も気づくだろう。そうなったら、いよいよまずい……。しかし破滅が近づいていることがわかっているのに、石化した体では何一つできやしない。焦燥感ばかりが日々募っていく。 そもそも、二十年もこの店が続くのかも疑問に思うべきかもしれない……。そうしたら私たちはどうなるんだろう。誰も引き取りに来ない古い石像。ただの石像として競売にかけられたりでもしたら最後だ。その時こそ私たちは正真正銘の石像と化し、二度と元に戻る機会は訪れないだろう……。 店の繁盛を願いつつ、私たちは二十年先の解放の日を待ち続けた。最も、無視されるだろうが……。それでも、今の私たちにはそれしか縋る希望がないんだ。 従業員が私の清掃を行うたびに、私は心の中で呼びかけた。真面目に石像として長年働いてあげるんだから、忘れずちゃんと元に戻してよね、と……。