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「……そういうわけで、この部は今日をもって廃部とします」 「そ、そんな」「横暴だ!」 私はオタクたちの情けない抗議を無視し、生徒会の二人を部室に入れた。副会長の青葉さん、書記の黄土さんは部員どもを奥へ追いやり、大きなゴミ袋を広げた。察した部員たちは再度声を上げたが、私が睨みつけるとあっさりと押し黙る。 二人は棚に並べられた無数のきもいフィギュアたちをゴミ袋の中へ放りだした。全く……学校の金で美少女フィギュアを買い漁るだなんて嘆かわしい。我が校の歴史に残る汚点だろう。なぜこんな部が申請を通り、数年も存続を許されたのか不思議でならない。 青少年にはふさわしくない格好でエッチなポーズをとったまま瞬き一つしない人形たち。それらはあっという間に黒いゴミ袋の中に消えていく。時たま部員たちが「限定品が」「あああ、投げないで」「それは僕の私物……」とうめく。やはりこの方法で正解だった。捨てるより売った方が、という意見も出るには出たが、こいつらにガツンとわからせてやるためには目の前で雑に扱い、ゴミとして捨ててやるのが最も効果的だと私が判断した。 あっという間に、フィギュア部なる下劣な部の財産はゴミ袋の胃に消えた。あとは捨てるだけ。私は二人を引き連れ、部室を後にした。背後からは部員……いや部員だったオタクたちの怨嗟の声が響き渡る。 「ゆっ許さない、許さないぞー!」「調子に乗るなー!」「クソ女ー!」 全く……あんな奴らの入学を許したのがそもそもの間違いなのでは? 私たちは生徒会室に戻り、ゴミ袋を部屋の隅に置いて一息ついた。この高校では申請すれば大体どんな部も作ることができるし、実績(怪しいが……)があれば予算もつく。だがそのせいで妙な部が林立し、中にはああやって学校の金をかすめ取り美少女フィギュアを買うような信じられない部も存在する。私は生徒会長に就任して以来、不要な部の整理と、新しい部活の認定基準の厳格化を進めてきた。今日でようやく一区切りといったところ。 「しっかし重いですねー、コレ」 青葉さんがゴミ袋を蹴りつけた。中には年々学校の金を溝に捨ててきたフィギュアたちが眠っている。さっき見たのはどれも非現実的な髪の色、瞳のサイズ、衣装、等身のものばかり。こんなもので現実から逃避させるから、ああいう情けない男子が生まれるのだ。 「それだけお金が無駄になってたってこと」 「さっすが会長。私もこの部前から嫌だったんですよね~」 黄土さんがお茶を淹れながら言った。毎年美少女フィギュアに万単位の金が費やされていることを発見したのは彼女だ。どうして前の生徒会までは問題にならなかったんだろう? まあ先代は男子だったし、適当に仕事していたのかもしれない。 「明日の何時? 捨てるの」 「昼に回収来るって」 その時、誰も触れていないゴミ袋が蠢いた。 「んっ?」 「?」「どうかしましたー?」 「なんか動かなかった? それ」 私は袋を指さした。今生徒会室には三人だけ。皆椅子に座っていて、誰も袋に触れていない。だ、私には確かにゴミ袋が胎動したように見えた。 「えー、何それ」「こわーい」 冗談を言いながら青葉さんが中を点検。ポーズを変える電池式のフィギュアを発見。 「へー、こんなのあるんだ」「電池分けといた方がいいですよねー」 「そうだね。お願い」 なんだ、それのせいか……。水着を着て胸を強調するようなポーズをとるフィギュアを私はジッと見つめた。モデル立ちになったり前かがみになったりするようだ。さっきのはこれが動いたからか……。でも、これがちょっと動いたからってゴミ袋全体がモコっと膨れ上がるように動くだろうか? (まあ、でも、いっか。どーでも) どうせ明日には消えるゴミだ。 生徒会が終わり、電気を消して帰る際。音がした。何かが……ビニール袋が擦れあうような……。再度電気を点け、隅のゴミ袋を見る。何も変わった様子はない。 「どーかした?」 「いや、別に……」 部屋を暗くし、扉をしめて鍵をかけた時。 (……ってヤル……) 「えっ?」 人の声……それも高い女の声が聞こえた。……ような気がした。 「今、何か言った?」 「いやっ、私は……誰?」「あれ?」 確認してみると、今度は全員が聞こえていたらしい。でも廊下には私たち三人以外誰もいない。 「えーやだ、こわーい」「誰か校庭で叫んだんじゃない」 うん、まあ、そうか。普通に考えればそうだ。でも何か釈然としなかった。遠くから聞こえたようには思えなかった。確かに近くから……。言葉は聞き取れなかったけど、あれは確かに女性の……それもかなり高い声。まるでそう……アニメキャラのような。 「喋るフィギュアとかあったのかな?」 「ええ?」 「ほらなんか、セリフを再生するとか」 「ああー」 ありそう。てか、きっとそうだ。自動でポーズを変えるフィギュアもあったんだし、特定時刻にセリフを言うフィギュアがあってもおかしくない。目覚ましみたいな。なんだビックリしたー。 (……でも、電池とか入ってるかどうか、さっき全部確認したような……?) 見落としがあったんだろうか。でももう部屋閉めちゃったし、フィギュアごときに手間をかけるのも怠い。私たちはそのまま下校し、明日の昼に遅れないよう注意して別れた。 「呪ってヤル~!」 「あはは、やっぱり~」 翌日、業者が来る前にゴミ袋を開いて探してみたところ、フリフリな幽霊のフィギュアが声を出すことを発見。なんのアニメかは知らないけど、作中のセリフをいくつか再生するらしい。電池式じゃないので二人が見落としていたのだろう。 (あー、スッキリした) 改めてゴミにまとめたフィギュアたちを業者さんに引き渡し、フィギュア部の遺産は校内から永遠に消滅した。あとは部室を点検して後続の部に引き渡すだけ。 フィギュア部だった部屋は静まり返り、何も残ってはいなかった。捨てられるのを恐れてさっさと引き揚げてしまったようだ。データが消えているパソコンとがらんどうの棚だけ。棚は……いっか。しかしこの大きな棚いっぱいにフィギュアが並べられていたのだと思うと、改めて頭を抱えたくなる。全く。 帰り際、元部員とすれ違った。彼らは視線を下げて私から当てつけのように距離をとる。 「クソが……」「死ねよ……」 聞こえてないと思っているのか、後ろからそんな呟きが聞こえてきた。反省してなさそうだ。やっぱ潰して正解だったな、あんな部。改めて自分の判断に自信を持ち、私は生徒会室に戻った。 翌日。唐突に私の「人生」は終わりを告げた。いや……変わったと言うべきか。目が覚めると、腕の異変に気づいた。テカテカとした肌色一色の皮膚。産毛も毛穴もない、綺麗すぎる肌。血管も見えず、手には皺もない。爪はまるでアニメのような単色塗り……塗り!? 跳ね起きて全身を隈なく調べる。腕だけじゃなかった。全身、胸から足まで余すところなく、樹脂のような質感の肌に置き換わっている。 (な……なにこれ!?) 悪戯かと思い肌をこすった。しかし、なにも変わらない。何かを塗られているのではない。私の肌そのものなのだと、擦りすぎてヒリヒリする肌が教えてくれる。 鑑を見ると、やはり顔も……んんっ!? 酷い。私の顔はまるでアニメキャラのようにデフォルメされ、大きなキラキラの瞳に、一塊のようになった長いピンク色の髪がなびく。髪に指先を通してみると、さらっと別れた。くっついてしまったわけではないみたいだけど……しかし、これじゃあまるで美少女フィギュア……。 その時、昨日始末したフィギュアと、フィギュア部のことを思い出した。まさかこれは……いや。ありえない。でも、私の全身がフィギュアみたいになっているのも事実。目の錯覚じゃない。だって、乳首がなくなっている。私の胸は部屋の光を照り返し、光沢を放つ曲面になっている。股間はマネキンのようにツルツルで、何もない。触ってみても、変なメイクを施されているわけじゃないことがわかる。ない。あそこの感覚がない。本当になくなって……消失している。 「お……おかーさーん!」 急いで家族に助けを求める。が、さらなる悪夢が私を待っていた。 「何よ大きな声出して」 「こっこれ! 私の体変になってる!」 「……どこが?」 「へ?」 見てわかるでしょ。……と思ったが、何度言葉を交わしてもお母さんは私の体がフィギュアみたいになっていることを認識してくれなかった。いや、してはいる。してはいるが……。 「んもう、寝ぼけてるの? どこもおかしくないじゃない、あなたはフィギュアなんだから」 「え……ええぇっ!?」 なんと、お母さんは私をフィギュアだと認識している。最初からこうだったのだと……。お父さんすら反応は同じだった。私は腰まで広がる大ボリュームのピンク色の髪を持った等身大フィギュアだと思っているらしい。信じられない、まだ私は夢を見ているんじゃないか、現実とは思えない……。しかしいつまで経っても再度「目が覚める」ことはなく、五感も明確にこれが現実なのだと突きつけてくる。 (あいつら……あいつらが何かしたの!?) 間違いない。フィギュア部の連中が……それしか考えられない。魔法だか呪いだか見当もつかないけど……。ありえない話だけど、今自分の身にありえないことが起きている以上、そういうものとして考えるしかない。 (呪い……) 私は捨てたフィギュアの叫んだセリフを思い出した。呪ってやる……って言ってたっけ? まさか捨てたフィギュアたちが……。い、いやでもあれはただ録音されたセリフを再生していただけのはず……。 と、とにかくフィギュア部の連中を問い詰めるしかない。 「こら、わけわかんないこと言ってないで早く支度しなさい」 「で、でも」 こんな格好で外に出れるわけない。見世物になっちゃう。写真でも撮られて拡散されたら、二度と表を歩けない。生徒会長が全身フィギュアメイク、それも髪をピンクに染めて登校だなんて……。 しかしフィギュア部の連中を問い詰めるにはいくしか。幸い今は秋だし、厚着していけば……。で、でもこのすごいボリュームの髪はどう隠そう。 自分の部屋に戻り、私はクローゼットを開けた。いつもなら制服が掛けてあるはずのハンガーには、見たこともない派手な服……いや衣装が掛けられていた。白とピンクを基調に構成されたドレス。胸元には大きなリボン。腰にもアホみたいに大きなリボンがくっついている。数段重ねのフリフリのミニスカート。これはまるで……コスプレ。小さい子供がみるような魔法少女物アニメみたいな。 クローゼットの中を探した。ない。制服がない。出てくるのはハートの飾りがついたピンクの手袋、真っ白なタイツ、ピンクの可愛らしいブーツ……。間違いなくさっきの衣装と合わせるやつだ。 (ふ……ふざけ……!) まさか私がこんな服を着るとでも? 直接コート着る方がまだマシ……。 「ちょっと何してるの!? 遅れるわよ!」 部屋に入ってきた母に私は訴えた。制服がない、と。 「そこにあるじゃない。あんた今日変よ」 「?」 一瞬日本語がわからなかったが、母のいう制服とは、どうやら……この魔法少女衣装のことを指しているらしい。冗談でしょ!? 「いや! こんな服着れるわけないでしょ! 冗談も大概に……」 私は私服を着ようと手を伸ばした。すると母の怒号が飛んだ。母は魔法少女のコスプレをして学校に行こうとしない私を我がままだのみっともないだのと罵り、私の前からどこうとしなかった。 (う……うぅ~!) 着て見せないと納得しそうにない。とりあえずこの場を収めるために、私はコスプレ衣装を着る羽目になった。 (さ……最悪) 高二にもなってこんな……生徒会長なのに。 現実じゃありえない大きなリボンのついたピンクのドレスに袖を通す。顔が赤くなる。しかし母も、騒ぎを聞いて駆け付けた父もこれでは納得してくれず、私は手袋をはめ、白タイツで下半身を真っ白に染め上げ、ピンクのブーツまで履かなければならなかった。室内で靴なんて……。いつものお母さんならこっちを叱ったはず……。 「じゃ、あとは髪ね」 「ふぇっ!?」 まだあるの!? 私は長い長いピンクの髪を束ね、ポニーテールを形成した。勿論、ドン引きもののサイズを誇る大きな白いリボンで。 (や、や、やだぁ~っ) 鏡を見て私は泣きそうになった。そこに映っていたのは、どう見ても魔法少女物のキャラクターフィギュアでしかなかったからだ。ジッとしていれば誰もが等身大フィギュアだと思うだろう。そして今、両親は私をそう認識してしまっている……。 「ほら、早く行きなさい」 「でっでも」 「行きなさい!」 鞄を持たされ、私は信じられない非常識な姿で家から追い出された。閉められたドアはどれだけ叩いても開けてくれない。通行人の視線が突き刺さる。ああ……終わりだ。生徒会長花咲クルミはコスプレイヤー……。 腰を折り曲げ、顔を落としながら、私は耳まで赤く染めて歩き出した。どこか……どこかで着替えなくちゃ。学校にこの格好でいったら私の人生はお終いだ。 馬鹿にされ、写真を撮られ、人が集まる……と覚悟していたものの、なんだか様子がおかしい。誰も私にそこまで……顔を向けてはくるけど、騒がない。こんな格好で人が歩いていたらもっと騒ぎになりそうな気がするけど。 (ひょっとして……) 両親が私をフィギュアだと認識していたように、他の人たちも……? だったら……だったら助かる。九死に一生を得るとはこのことだ。いや喜んでいいのかわからないけど……花咲クルミ痛いコスプレイヤーだとは思われないならとにかく助かる。どこかで服を……。お金あるかな。もうなんでもいいや、売れ残りの夏物でもなんでもいい。着替えられれば。 しかし、道中の衣類店に入った私は、またしても信じられない展開に直面した。脱げない。試着室に入った私は、この衣装を脱ぐことができなかった。社会的な転落ばかりに神経が集中していて気づかなかった。いつの間にかドレスは体のラインにピタリ沿うように張り付き、指一本入れる隙間もない。いくら引っ張っても皺ひとつできない。まるでこれが肌だと言わんばかり。手袋もブーツも一ミリの隙間もなく手足と癒着していて、どれだけ奮闘しても脱ぐことが叶わなかった。頭の白いリボンでさえ。 (う、嘘……そんな) 着るんじゃなかった。あくまで固辞しなければならなかったのだ。こんな罠が仕掛けられていたなんて……。 上から羽織ろうとすると、手が止まる。着ようとすると手が言うことをきかなくなる。プルプルと震えたまま、自分に着せることができない。 (こ……この……!) どうやら私にはこの服を脱ぐことはおろか、上から何か着て隠すことも許されないらしい。屈辱に身を焦がしながら、私は高校に向かった。ほんとは嫌だ。こんな格好で皆の前に出るなんて……。で、でも、みんなはどうやらこれを普通だと認識しているらしいし、きっと学校の皆もそうに違いない。そうじゃなかったら……私の人生お終いだ。 幸か不幸か、私は遅刻を問われただけだった。誰一人私の格好に、髪に突っ込まない。茶髪の生徒、着崩している生徒が注意を受けている横を、魔法少女のコスプレをして髪をピンクに染められた生徒会長が通り過ぎていく。恥辱と後ろめたさで私は心の中で泣いた。 (うう~っ) 教室に入っても珍しい遅刻を弄られるだけで、格好には誰も突っ込まない。私はろくに返事をすることもできず、机に突っ伏した。もう限界。消えたい。死にたいよう。顔が熟れたリンゴのようになっているのが鏡を見ずともわかる。全身の血液が集中していそうだ。今の私に血液があるのかしらないけど……。 「あ! やっぱり!」 ビクッと全身が震えた。見られた!? 気づかれた!? 生徒会長が魔法少女のコスプレをして登校してきたことを!? 恐る恐る声の方に顔を向ける。私はギョッとした。そこには白と水色で構成された派手な衣装……まるでアイドルのような格好をして、水色の髪を広げている副会長、青葉さんと、金髪ツインテミニスカメイドと化した黄土さんが立っていたからだ。 「やっぱり、会長もそうだったんですね」 「そんな、まさか二人も……それよりこれは何? 一体なんなの!?」 授業を抜け出し、生徒会室で私たちは互いの状況を報告しあった。皆大体同じで、生きた等身大フィギュアにされてしまったようだった。私は魔法少女、青葉さんはアイドル、黄土さんはメイドのフィギュアに……。やはり脱ぐことはできず、上から何か着ることもできないらしい。 「フィギュア部よっ! あいつらの仕業っ!」 私は叫んだ。それ以外ない。これはあいつらの報復なのだ。絶対。 「で、でも……こんなことできるんでしょうか……」 「出来るのできないのって、現に私たちはフィギュアにされてるじゃない!」 「そ、それは……うん」 「じゃ決まり! あいつらを問い詰める! OK?」 私たちは昼休みに元部員たちを呼び出し、詰問した。しかし、誰一人質問の意味が分からない、という風な反応で暖簾に腕押し。皆一様に私たちをフィギュアだと認識していて、以前からずっとそうだったかのような口ぶりだ。 「正直に言いなさい! 私たちがフィギュア部潰したからその復讐をしようってんでしょ!」 「まあまあ、抑えて……」 「青葉さんはいいの!? こんなことにされて……」 「で、でも……」 部員たちはみんな苛々していた。なんで貴重な昼休みに呼び出されてわけのわからない難癖をかけられなければならないのか……と。そこに演技の兆候を見出すことはできなかった。皆本気だ。本当に、心から私たちを魔法少女、アイドル、メイドの等身大フィギュアだと……ずっと前からそうだったかのように……感じている。 「そんな……いや、でも……絶対にあんたたちが……」 「なあ、もういいか?」「っだよ、会長おかしいんじゃねえ?」「人間だった時なんてないだろ」 私はたじろいだ。ダメだ。これ以上言い返せない。一度気持ちが引いてしまうともうダメだ。だって私は……魔法少女のコスプレ姿で登校し、皆の前に立っている。生徒会長として強気な態度をいつまでも保っていることなどできるはずもなかった。 チャイムが鳴り、彼らを教室に返した私は、ソファに転がり、あまりの惨めさに声を上げて泣いてしまった。 二人にたっぷり慰められて、気持ちを落ち着かせたころ。黄土さんが言った。 「フィギュアの方……ってことはない?」 「つまり、捨てたフィギュアたちが私たちを恨んで何かした、ってこと……?」 「う……うん、まあそんな感じ。荒唐無稽かもだけど……」 それ言い出したら今の私たちが一番そうだよ。でも黄土さんの推測は……ひょっとしたら。私はフィギュアが再生したセリフを思い出した。呪ってやる、か……。これは彼女たちの呪いなんだろうか? 業者に連絡をとると、すでにフィギュアたちは処分してしまい、残っていないとのこと。早い……本当に? でもこの姿で確認にいく勇気もない。行ったって、言うことは同じだろう。 「じゃ、じゃあ、私たちどうすればいいの?」 「ん……えっと……お祓い、とか?」 気が進まなかったけど、私たちは捨てたフィギュアに謝る会を開いたり、お寺に供養を頼んでみたり、呪いを解くために考えられることは全てこなした。それでも、私たちの体は元に戻らない。ツルツルの肌、体と一体化した派手な恥ずかしいコスプレ、食事もトイレもない無味乾燥な生活……。生きた等身大フィギュアとしての日常が一日、また一日と過ぎ去り、積み重なっていく。 黄土さんは早々と「抜け出した」。つまり、あまり気にしなくなったように見える。普通に友達と笑い、授業に出て、カラオケに繰り出していく。アニメキャラのように長い金髪のツインテールを揺らしながら。私は心の中で羨んだ。いいよね、黄土さんはメイド服だもん、まだまともな方だよ……。青葉さんも完全に受け入れはしなかったものの、だいぶ落ち着いて日常を過ごし始めている。青葉さんも……アイドルのステージ衣装って感じだし、まだ……。私なんて、私なんて……魔法少女のコスプレ、それも見るからに小さい子向けのやつ。生徒会長という立場も相まって、私は羞恥心を克服できず、神経をすり減らす日々を過ごした。 一体いつになったら元に戻るんだろう。ずっとこのまま? 一生? 大学生になっても……就職しても……ピンク髪の魔法少女コスプレイヤー……。 (絶対いやっ) なにか、何かないだろうか。まだ試していない手段……それっぽい、可能性のありそうな方法は……。 「フィギュア部復活!?」 「そうっ『贖罪』をするの。ワンチャンありそうじゃないですか?」 黄土さんの持ってきたアイディアは、フィギュア部を復活させたうえ、なんと驚くべきことに……私たちがその部のフィギュアになる、というものだった。 「そ、そんな馬鹿なこと……」 あいつらに……傅く? いや。フィギュア部のフィギュアになるだなんて。プライドが許さない。それに私は……生徒会長で……。 「じゃあ、一生このままですか?」 「それは……」 確かに、原因がフィギュア部の廃部とフィギュアたちのぞんざいな廃棄にあるのなら、確かにこれは一理ある可能性かもしれない。でも惨め過ぎる。あんまりだ。 「私……やる。一生このままってわけにはいかないし……」 「じゃ決まりーっ」 青葉さんの決断でこのアイディアは採用された。仕方なく、私は会長権限でフィギュア部の廃部を取り消し、元の部室をあてがった。ただそれで終わりではない。私と青葉さんは部員たちが来るより先に部室へ赴き、ジッと彼らが来るのを待った。 部室のドアが開き、部員たちが入ってくる。彼らはすっかり怒りを忘れ、部復活の決定を下した私を褒めた。それはもうどうでもいい。これから言わなければならない屈辱の言葉を頭の中で繰り返しながら、そのタイミングを待った。 「会長、どうしたんですか?」 いつまでも部室から出ていかない私と青葉さんに、部員が尋ねた。私は答えた。 「み……みんなのフィギュア、全部廃棄しちゃったでしょ? だから私が……私と副会長が、代わりに……代わりの……フィギュア部のフィギュアになります」 一瞬の間。そして部員たちはうぉーっと歓喜の声を上げた。私は屈辱に身をよじらせ、青葉さんと顔を合わせた。彼女もうっすらと涙をにじませている。悔しい。まさか……こんな惨めな役を演じなければならないなんて。 しかし、言い出しっぺの黄土さんはそこに行ったんだろう? 姿が見えない……。 部員たちは口々に私に指示を出し始めた。このポーズをとれ、次はそのポーズだ、と……。私たちは素直に指示に従い、現実の女じゃまずしない、可愛らしいぶりっ子ポーズをとった。何度も。そのたびに写真を撮られて、涙をこらえるので精一杯だった。今の私は生徒会長でも人間でもない。フィギュア部のフィギュアなのだ。部員たちもさっきまで敬語を使っていたとは思えない態度で信じられない要求をしてくる。私はスカートをたくし上げ、股間を見せた。この衣装はレオタード型で下着はない。しかし生徒会長の私が自らスカートを上げて股間を見せている構図には変わりない。笑顔を要求されたが、その要求には到底答えることができなかった。 散々玩具にされた後、ようやく復活フィギュア部の一日目が終わった。ああ……終わった私の人生。あの写真……広がらないといいな。無理かな。仮に元に戻れても破滅な気がする……。 黄土さんに連絡をとる。するとなんとも無責任な返事が飛び出した。言い出しっぺのくせに参加しないというのだ。私たちが元に戻れたら自分もやる、と……。 「あ、あいつ~」 「まあまあ、三人全員同じことやるよりは、色々試した方がいいんじゃないかな……」 そ、そうかもしれないけど。納得できない……。 そういうわけで、フィギュア部のフィギュアになったのは私と青葉さんの二人だけだった。それからは以前に増して屈辱的な生活が幕を開けた。授業が終わればフィギュア部へ直行し、そこで私たちは従順なフィギュアを演じなければならない。別に従順である必要があるかは知らない。けど、フィギュアの代わりというからには、あんまりあれは嫌これは嫌ってわけにもいかないだろう。それでは多分「贖罪」にならない……。 声を出すと泣いてしまいそうなので、次第に声を出さなくなった。ただ静かに部員たちの命に従い、言われた場所に立ち、言われたようにポージングする。フィギュア部にいる間、私たちは抗議も了承の返事もせず、まるで人形のように振る舞う。これが正しいのかどうか、まったくわからない。不安になる。ここまで恥辱にまみれているのに、まるで効果がない無意味な努力だったらどうしよう? 当初は私たちを持て囃して玩具にしていた部員たちも、一か月もすれば熱が冷めたように私たちに構わなくなった。ただ部室の脇に立たせておくだけ。気が楽といえば楽だけど、何時間もジーっと突っ立っているだけなのも疲れるし、ポーズを維持するのが大変だった。 「卒業したらパントマイマーになろうかな」 下校中、青葉さんがそんな冗談を言い出すほどに。 さらに、調子に乗った部員たちはまたしても部費でフィギュアを購入。肌色面積の広いエッチな格好のフィギュア。彼らは感慨深そうに棚にそれを収めると、囲んで写真を撮りまくった。その間、私たちは黙って部室の背景と化していた。沸々と怒りと苛立ちが沸き上がってくる。なんで? 私たちが恥を忍んでこんなふざけた格好をして、貴重な時間を溝に捨ててここに立ってあげているっていうのに。生きた私たちよりそのお人形の方に夢中になるってどういうこと!? ありえない! 私の苛々を隣で察したのか、青葉さんは目線を私に向け(抑えて、抑えて)と口だけ動かして伝えた。ふん。あんな奴らに相手にされないからって、別にどうでもいいし。むしろ清々する。 それでも釈然としない気持ちで、私は「後輩」と、それに群がる部員たちを見つめ続けた。 そうこうしている間に生徒会の任期が終わり、私は会長、青葉さんは副会長ではなくなった。最悪だ。まだ私たちの体と認識はフィギュアのままだし、まさかこんな地獄みたいな高校生活が待っているだなんて、思ってもみなかった。 そして驚いたのは黄土さんが会長に立候補したこと。フィギュア部を潰されないためと言っていて、それはありがたい(?)んだけど、まさか金髪ツインテメイドフィギュアのまま壇上に上がる勇気が彼女にあるなんて。 応援を申し出たものの、彼女はそれを断った。私と青葉さんは引き続きフィギュア部のフィギュアとして頑張ってほしい、と。 「で、でも、効果全然ないみたいだし」 「でも、今更やめるわけにもいかないじゃないですか、二人とももうフィギュア部の備品ってことになってるのに」 「は?」 聞き間違いかな。部員じゃなくて? 「とにかく、生徒会も終わったことですし、お二人は今後もっと時間をとれますよね」 黄土さんは続けた。効果がないのはフィギュアとしての振る舞いが不足しているからじゃないか、と。 「これ以上どうしろっていうの?」 あいつらの下品なポーズ指定にも文句ゼロで従い、一言も喋らず部室の置物を演じ続けているっていうのに。 「私、いいもの見つけてきたんですよ」 黄土さんは無骨なスプレーを鞄から取り出した。 「何それ?」 「これは材質の強度を高めるための硬化スプレーです。日曜大工に使うんですよ」 彼女は続けた。これを私たちに振りかければパントマイムの精度が上がり、よりフィギュアっぽくなるはずだ、と。 「そ……そこまでする必要ある? 第一、このフィギュアごっこで元に戻れるかもわからないのに」 「でもっ、せっかくここまで頑張ってきたんですから」 「うーん……」 まあせっかく黄土さんが持ってきてくれたんだし、試すだけ試してみてもいいかな。 「確認するけど、それ人間にかけても大丈夫なの?」 「大丈夫ですよ、私たち今フィギュアなんですもん。それっ」 シューと音を立て、私たちの両足にスプレーが吹き付けられた。ぱっと見、特に何も変わらないように見える。 数分後、効果は現れた。私たちの両足はカチンコチンに固まり、まったく動かなくなってしまったのだ。 「うわっ、ちょっ、ないこれ、すごーい!」 「楽でしょー? ちゃんと自分で試してきたんですから、もう」 確かに。まるで石になったかのように動かない両足は全然疲れない。これなら部室で立ちんぼしてても平気だ。 「でも歩けないね……いちいちスプレーするの面倒じゃない?」 青葉さんは懸命に両足を動かそうとしていた。膝までスプレーしちゃったせいで、一歩も動けないでいる。 「そうだ。これどうやってスプレー落とすの?」 「大丈夫です。このスプレーがすごいのはなんと、プログラミングができるってことです! 条件付けができるんですよ!」 プログラム? スプレーに? しかしその疑問を尋ねるより早く、黄土さんは再び私たちにスプレーを噴射した。 「え? ちょっと黄土さん?」 両足の動かない私たちは逃げることもできず、あっけなく全身を硬化スプレーによってコーティングされた。腰、胸、両腕、首、顔、そして髪の先まで彼女は丹念にスプレーを吹き付けた。 「何するのっ、これじゃあ体が……」 「動か……な……」 次第に体の動きが鈍くなっていく。全身の硬度が増していき、動かすのに力がいるようになった。そしてすぐに動かすことすらできないぐらい固まっていく。目の前の黄土さんへ困惑のまなざしを向けたまま、私たちは一ミリも動けない正真正銘の人形となってしまった。瞬きすらできない。髪の毛一本、風に揺れることもない。これじゃあ本当にフィギュアだ。 (黄土さんっ、元に戻して!) (何するのよ!) 黄土さんはニコニコしたまま続けた。条件は「人目」だと。人の視線を感知すると、スプレーの粒子が硬化する。これでフィギュア部に部員が来たら自動的に固まり、部が終わったら元通りになるのだと。 「ねっ、これだったらいちいちスプレーする手間が省けるし、いいアイディアでしょう?」 (そうかもしれないけど、事前に言いなさい!) 「じゃっ、試してみましょうね~」 黄土さんが目の前から消えた。すると数秒してから体が徐々に柔らかくなってきた。動く。手足が……体が。 「あ……」 声も出る。ああよかった。一時はどうなることかと。全く動けないことがあんなに恐ろしいとは思わなかった。 「成功ですね」 背後から彼女の声がする。私は勝手にスプレーしたことを注意するべく振り返った。 「あのね……」 その瞬間、全身が一瞬で固まり、私は身動き一つとれなくなった。指一本も動かせない。 (あ……ちょっと!) 解凍する時はゆっくりなのに、固まるときはこんな一瞬なの!? 「もう、ダメじゃないですか。視線って言ったでしょー」 青葉さんも動く気配を見せない。一緒に振り向いて固まってしまったようだ。黄土さんは時間を止められた私たちに向かって続けた。 「あっ、もうすぐ放課後ですね。頑張ってくださいねー」 (あ……ちょっと) 黄土さんはそう言って私の視界から消えた。しばらくして動けるようになると、彼女はもう部室棟から遠ざかっていた。 「全くもう……」 「まあまあ、とりあえず今日はお試しってことで」 しょうがない。私たちはフィギュア部の部室に入り、部員が来るのを待った。 「あ、来たよ」 ドアが開くのと同時だった。 (んっ) 瞬時に全身が凍結し、私たちは石像のように固まった。部員たちは震えもしない私たちに格別の注意を払わない。特に気づいていないようだ。 (む、むかつく……) まあいい。動けないのをいいことにおかしなことさえされなければ。 徐々に部員が増えてくる。私たちは最初に固められた時と寸分たがわぬポーズと表情のまま部室の隅に立ち続けた。確かにこれは楽だ。体に力を入れずとも、勝手に……ていうか強制的にポーズを崩さずにいることができる。 (やってよかったかも) 黄土さんも結構いいものを持ってきてくれた。と思ったのも束の間。 「花咲さん、可愛いポーズとってよ」 (ふぇ?) 部員の一人が久々に私に声をかけた。いつもなら大人しく従うところだが……。 (いいけど……んっ、あ、ダメだ) 動けない。ポーズを変えられない。ちょっと緊張した面持ちで立ち尽くしたまま、私は指一本、表情筋の一筋も変えられない。 「あれ? どしたん? 無視?」 (ちがっ、そうじゃなくて……) 今、硬化スプレーっていうのを試してて動けないの。と言おうにも、口も顔もバッチリ固まっていて、うめき声一つ漏らせない。彼は幻滅した様子でスマホに向き直った。ああー、ごめんね。黄土さんは本人がやってないからここまで考えが及ばなかったんだ。あとで報告しないと。 「フィギュアに言ってもしょうがねーよ」 (んんっ!?) もう一人の部員が放った言葉が気にかかった。どういう意味? フィギュアに言ってもしょうがない、って……。その時、棚のフィギュアがポージングを変えた。色めき立つ部員たち。私は心の中で叫んだ。 (なっ……私だってそれぐらいできるわよ! 今はちょっと動けないだけっ!) 結局部から人影が消えるまで、私たちは一ミリも動けなかった。まるで本物のフィギュアのように。 「んん~、楽っちゃらくだけど、ねえ……?」 青葉さんが背伸びしながら言った。うん。動けないのって本能的に怖いし、どうにも精神的に辛いね。要改善だ。 さて私たちも帰ろうと部室から出ると、また動けなくなってしまった。 (あれっ!?) 視界を横切る人影。ああ、まだほかの部は……って、あれれ。これひょっとして……まずいよ。 とんでもない見落としに気づいた。視線を持っているのはフィギュア部だけじゃない。他の部……いや人間すべてがそうだ。 (ちょっと……そんな!) 私たち、校内に誰もいなくなるまで帰れないってこと!? 黄土さんは近くにいないだろうか。いないか……。私たちは勤めを終えて安心しきった顔のまま、ジッと校庭から人が消えるのを待つほかなかった。 「あー、やっと動ける~」 夜も夜になってから、私たちはようやく身動きを許可された。 「これじゃちょっとダメだね……」 「そうだね、部員たち限定ってできるのかな……」 だべりながら鞄をとりに教室に戻ろうとすると、再び動けなくなった。 (っ!? 今度は誰!?) 一回スプレーを完全に落とさないとダメだ。そう思っていると人の話し声が近づいてきた。 「ん? 何ですかこれ?」「あー、あれですよ、フィギュア部の」「ああ」 先生たちだ。でも何かおかしい。私たちを見た時の感想がそれ? 生徒がカチンコチンに固まっていたら、もっと他に言うことない? 「ったくもー」 先生の腕が私を持ち上げ、宙に体が浮いた。 (ええっ!? ちょ、ちょっと何するんですか!?) 先生は私たちを持ち上げて運び始めた。さっききた道を戻っていく。部室棟に。 (待ってください、私たち帰るところなんです!) フィギュア部の扉が開き、私たちは先生に抱きかかえられながら中に入っていく。そして部室の奥に立たされると、先生がふうと一息ついて出ていった。 「え……え~!」 私たちはフィギュア部に戻されてしまった。信じられない。確かに私たちは周囲からフィギュアだと認識されている。でもただのフィギュアではなく、生きたフィギュア、それも生徒会長で……あ、もう生徒会長ではないのか。でも生徒でしょ? まるで備品が外に置き忘れてあったから戻しましたよみたいに扱う!? 再び外に出る。今度は注意深く周りを見ながら。校舎は閉まっていて入れなかったので、鞄を諦め校門から出ると、またしても全身が硬直した。 (もうっ!) 私たちに視線を投げつけ、時を止めたのは通行人……若い女性の一団だった。 「うわっ、ナニコレ、きも~」 (……っ!) 私の心にその言葉は深く突き刺さった。校門も前に佇む等身大の魔法少女フィギュアとアイドルフィギュア……確かに異質で、不気味な存在に違いない。私たちがかつてフィギュア部のフィギュアたちを見たときと同じ反応だった。それが……私たちに向けられている。 彼女たちが通り過ぎた後、体が自由になった。が、私たちは帰る気になれなかった。どうせ途中で固まっちゃう。それで変な人に攫われたりしたらやだし……。 青葉さんも同じ気持ちのようだった。私たちは無言で踵を返し、フィギュア部の部室へトボトボと歩を進めた。 翌日。校庭に出ると運動部の朝練があり、私たちは固まってしまった。ダメだ。これじゃあどうにもならないよ。黄土さんに連絡を……とれない。鞄は教室に……。人目で固まってしまうんじゃ取りに行くのは無理だ。 惨めな気持ちでフィギュア部の中で時間を過ごす。やがて放課後近くになると黄土さんが訪ねてきた。 「どうでしたか?」 (失敗よ。これじゃあ家に帰るどころか、授業にも出れないじゃない) だが、言葉が出てこない。私たちはカチコチに固まったまま、黄土さんを見つめていることしかできない。 「絶対当選するんで安心してくださいね、フィギュア部は潰させませんから!」 (待って! スプレーはどうしたら落ちるの? これ失敗なんだって!) だが黄土さんが去るまで私たちに発言権はない。そしてほぼ入れ替わるようなタイミングで部員たちが来て、私たちは髪の毛一本揺らす許可さえ与えられなかった。 町中には大体どんな時間でも人がいる。私たちは帰ることも、教室に鞄を取りに行くこともできないまま、フィギュア部の中に軟禁されていた。 「ど、どうしよう。このままじゃ……」 思ったより大変なことになってきた。これじゃあ完全に「フィギュア部のフィギュア」だ。ずっとここに寝泊まりさせられている。固く冷たい床の上ではろくに眠れやしない。体が壊れてしまう。しかし変だ。何日も家に帰らなかったら探しに来てもよさそうなものだ。授業だってここ二日欠席状態のはず。なのに……。 私は最初の夜に先生が見せた態度を思い出した。あれは明らかに生徒に、生きた人間に対する態度じゃなかった。フィギュアだ。正真正銘、生きてないフィギュアみたいな扱いだった。一体どうして? 私たちはフィギュアはフィギュアでも、生きたフィギュアとしては扱われていたのに。生徒会の肩書がなくなったから? 呪いが悪化した? それとも、フィギュア部にフィギュアとして参加したのが不味かったんだろうか? もう一度、脱走を試みた。しかし運動部の生徒たちの視線により石化し、私たちは大変な屈辱を味わわされた。キモイ、なんで校内にこんなもんが置いてあるんだ、と口々に私たちを馬鹿にし、蹴り倒す。私たちは痛みと恥辱に耐えながら台風が過ぎ去るのを待つしかなかった。 部室に戻った私たちは涙を流しながら現状整理した。明らかに状況が悪化してる。私たちは文字通り「等身大フィギュア」として認識されてしまっている。探しに来ないのもそのせいだろう。理由はわからないけど……。じゃあ結局、これまでの茶番は全部無駄だった、或いは逆効果だったってこと。 どっと押し寄せる徒労感に体が重くなる。私たちは部のパソコンに黄土さん宛てのメッセージを残して床に転がった。ああ……まともな布団で寝たい。 翌日の夜、黄土さんが先生と一緒にやってきてくれた。しかしそれは私たちを助けるためのものではなかった。妙な工場に車で運ばれた私たちは、信じられないことに、そこで体を縮められてしまったのだ! 「よかったね! これで柔らかいタオルの上で寝られるから……そこまで気づかなくってごめんね」 (ふざけないで! 今すぐ元に戻しなさい!) 黄土さんの顔がとんでもなく大きく見える。私たちは今どれぐらいなんだろう。本当に人形ぐらい……これじゃあ、正真正銘のフィギュアだ。 部室に戻された私たちは、ピンクのタオルと水色のタオルに寝かされた。彼女は生徒会選挙の勝利を約束して出ていった。 (そんなこと聞いてないわよ!) (元に戻しなさい!こらー!) 身動きがとれるようになるころには、もう人の気配は近くにない。小さくなった私たちがどれだけ叫んでも彼女は戻ってこないだろう。 「ど……どうしてこんなことに……」 スプレーを落としてくれればそれでよかったのに。そう書いたはずなのに。 机上から棚を見る。部員たちが集めているフィギュアが大きくみえる。私たちと同じぐらいだ……。私たちはここまで小さくされてしまったんだ。 「こ、これ、元に戻るかなぁ?」 流石の青葉さんも涙声だ。 「戻ると……いいけど……」 黄土さんも一応は好意でやっているはず。フィギュア化して困っているのは黄土さんだって同じだ。まさか二度と元に戻れない施術なんてするわけがない……と思いたい。そうだよね? 黄土さん……。 翌日から、私たちは棚に並べられるようになった。他のフィギュアたちと同じサイズになったからだ。身動きもとれず、派手な衣装で棚に並べられた私たちは、すっかり完全なフィギュアと化してしまった。隣に並べられている本物のフィギュアと、今の私たちの何が違うというのだろう。 小さくなったことで家に帰ることはますまず絶望的になり、私たちはいよいよ本当にフィギュア部に住むしかなくなった。人目に触れると動けなくなってしまうし、皆私たちをフィギュアだと認識してるから、本当にどうにもならない。 しかし悔しいのはほかのフィギュアたちと一緒くたに飾られること。私たちは生きているのに。それでも部員たちに対し本物のフィギュアと同じ価値しか提供できない身になってしまった。 ポーズを変えるフィギュア、セリフを再生するフィギュアがその能力を発揮するたび、私たちが貶められているような気がして不快だった。私たちだって……それぐらい、いやもっといろんなことができるのにっ。体さえ動けばっ。 「やりましたー! 私、生徒会長になりましたよー! 頑張りますからねっ。お二人もこの調子で贖罪を済ませて、元に戻れるよう頑張ってくださいね、私も応援してますからっ!」 曇りなき肌と可愛らしい大きな瞳を持つメイド会長は、長い金髪のツインテールを振り回しながら部室から去っていった。

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