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「な……なんか照れますね」 「む。確かに」 ユーミは静かに同意した。私たちの前で、今まさに二体の石像がお披露目されたところだ。横長の台座の上に並び立つ石像たちは、細かいところまで作りこまれた素晴らしい出来栄えだった。右には弓使いのユーミ、左には私。こうしてみると、改めて自分の背の低さが目に付く。まるで大人と子供だった。私は既に立派な大人なのだが、今でも子供ぐらいの身長しかない。幸い魔法使いなのでこの体格でも冒険者としてやっていけている。ゆったりとした魔法のローブで私は体のスタイルがよく見えない。高身長に引き締まった筋肉、動きやすい軽装で体のラインがわかるユーミとは対照的だった。 以前たまたま訪れたこの村で、デカい魔物を討伐した私たちは村の英雄として称えられた。その後村では英雄の石像を作りその偉業を称えるということになったらしく、私たちはそのお披露目の式に招かれたのだ。こんなことになっていたとは露知らず。 「よく出来ているじゃないか」 ユーミはその精緻な造形に感心し、間近に顔を近づけ熱心に観察していた。私もそう思う。そっくりだ。顔はもちろん私の着ているローブ、使っている杖までピタリ一致している。そんなに長い間滞在もしていなかったと思うし、特にモデルとしてスケッチされたりもしなかったんだけど。よほど記憶力が良く、かつ腕のいい職人がいるらしい。 ユーミの装備もあの頃からあまり変わっていないので、こちらもほぼそのまま再現されている。勇ましく弓を引く彼女の石像は、まったく英雄と呼ぶにふさわしい。私も何度も助けられた。隣にちょこんと並び立つ私は、杖を掲げて朗らかに笑っている。子供が魔法使いごっこをしている像だと言われれば信じてしまいそうだ。 (もうちょっとカッコよくしてほしかったなぁ……) と内心思うけど、ここまでの像をお出しされると、とても文句など言えるはずもない。本当にすごい出来なのだ。 村の方々に頭を下げ、礼を述べながら、私たちは歓待の席に案内された。 宴が終わった後、私たちは宿で休息をとった。あの石像はちょっと気恥ずかしいけど、気持ちはやっぱり嬉しいものがあるよね。二人でこの村で戦った時のことを語らったり、次の依頼のことなど相談したりして、床につくのが遅くなった。明かりを消すころには村中が静まり返り、宿の一階からも喧噪は聞こえなくなっていた。酔いも回っていたし、もうみんな寝てしまったのだろう。 布団に入り目を閉じてからしばらく。外から不気味な気配を察した私は、反射的に体を起こした。何か……いる。音がする。魔力も感じる。次第に近づいてくるそれは思ったよりも強力で、隠す気もない気配と足音には威圧的な迫力があった。 ユーミと無言でアイコンタクトし、私たちは着替えて装備を整え、宿の外に出てみた。こちらは気配を殺しながら、魔力の中心に近づく。村の柵を踏み倒し、人二人分ほどの体長のゴーレムが闇の中から姿を現した。 「ゴーレム!? なんでこんなところに……」 村は今、みんな寝静まっている。このままだと不味いことに……。弓ではあまり有効打を与えられそうにない。私が頑張らないと……。ユーミは何も言わなくとも、囮を買って出るつもりであることが表情から伺える。 二人で顔を見合わせ、作戦を了承した後、私たちはゴーレムを撃退すべく行動を開始した。 静かな戦闘の最中、悲劇は起きた。ゴーレムが放った岩の投擲が村の中心広場、そこに設置されていた私たちの像を直撃したのだ。 「あっ!」「しまっ……!」 村の人たちが丹精込めて作ってくれた石像は粉々に砕け散り、後には空虚な台座だけが残されていた。ゴーレムは私に狙いを定めて顔をこっちに向けている。が、私は怒りと恐怖で一瞬反応が遅れた。自分そっくりの石像が砕け散る様は、まるで自らの死を目撃してしまったようで、ゾッとさせられるものがある。引こうとした時には、ゴーレムの目から放たれる灰褐色の光線が私の右足首を襲った。 「っ!」 飛びのいた先で、足が動かない。頭を下げると、私の足首は既に灰色に染まり、その境界線はどんどん上へ上へと昇っている。膝から下は重くて上がらない。腰が灰色に染まると同時に動かせなくなった。石化している。 「あ……」 私は杖を掲げて、石化解除の魔法を唱えようとしたが、既に手遅れだった。あっという間に両腕がカチカチに固まり、声が出なくなった。 (そんな……) ポカンと口を開けた間抜けな表情を浮かべたまま、私は全身を石に変えられてしまった。駄目だ。体が動かない。解除の呪文を唱えられない。視線も固定され、ユーミとゴーレムの戦いがよく見えない。 弓ではゴーレムと相性が悪すぎる。必死に手足を動かそうと努めたものの、芯からしっかりと石材に変質したこの体は、一切の命令を撥ねつける。命令の出しどころがなかった。 「うあぁ!」 そのうちユーミの悲鳴が響き、数秒もしないうちに静かになった。 (そんな! ……やられちゃったの!?) 状況がわからないよう。ユーミは無事? まさか死んだってことは……いや、私と同じように石化しちゃった? 自分で言うのもなんだけど、私たちはレベルが高い。いくらゴーレムといえども、早々砕かれるってことはないはず……。でも、脳裏にあの石像の最期がよぎる。粉々に砕け散る灰色の私たち。石化してしまった今、どうしてもあれに自分を投影してしまう。職業柄、石化は何度か経験してきたけど、ここまで恐怖で心が震えるのは初石化以来だった。 (だ、大丈夫……だよね? いや、それより村は……どうしよう) 私も、多分ユーミも身動きがとれなくなってしまった今、みんな寝ている村は無防備だ。何とかしなくちゃと気ばかり焦って、打開策が思い浮かばない。いや、パーティ全員石化しちゃったんなら、手も足もだせないけど……。 地響きが離れていく。村の方にだ。不味い……。せめて逃げてと言いたいけれど、今の私にはそれすらいえない。 惨事に心を備えながら、私は耳を澄ました。が、いつまでたっても家が壊れる音、家畜が騒ぐ鳴き声、村人の悲鳴も聞こえてこない。それどころか、再びゴーレムの足音が近づいてくる。 (な……なに!?) 私のすぐ近くに、無骨な岩の足が降りた。踏みつぶされる……わけではない、の? ゴツゴツとして冷たい大きな指が私を掴んだ。地面から離れた私はゴーレムに抱きかかえられ、視界は空とゴーレムの上半身で占められた。それから数歩。ゴーレムはグイっと身を屈め、何か……地面から手に取り、これも反対側に抱えたようだ。ユーミだろうか……。 (な、何なのコイツは……) 何なの、このゴーレム。わけがわかんない。私たちをどこに運ぶ気!? 視界の端に薄暗い明かりで照らし出された家の壁が映る。村の中に運び込まれている。同時に、ゴーレムの体に人の手足のようなパーツがあることに気づいた。灰色の手。ユーミの石像の腕だった。 (ひっ) 再び明かりの元を通りがかる。よく見たらゴーレムの肩に私の顔の半分が埋め込まれている。あそこは私が魔法で削ったところ……。どうやら、砕けた石像を使って自身を修復したらしい。まるで私たちが体の一部として取り込まれたかのようで、悍ましい戦慄を覚える。夜の中に仄かな光で照らされることで、それらのパーツは一層不気味に浮かび上がって見えた。 ゴーレムは私たちを村の中心に下ろした。チラリと灰色の大きな影が視界に入った。やはり、ユーミも石化しているらしい。どうしよう。相変わらず石化は解けず、私は何一つ抵抗することができない。目の前にはさっきまで石像が飾られていた台座がある。今は何もない。大きな破片もほとんど残っていない。全部ゴーレムが吸収したらしい。せっかく作ってくれた石像が……。改めてゴーレムに怒りを覚える。あんなにすごい出来だったのに……。 ゴーレムが私たちの目の前に回った。妖しく輝いた瞳から、再び灰褐色の光線が放たれ私達の体を貫通した。 (なっ……何!?) すでに私たちは石化してしまっているのに。数秒の間をおき、急に体が勝手に動き出した。 (えっ、あっ、えっ!?) 石化が解けたのかと思ったけど、違う。自分では動かせないし、固く冷え切った感覚は変わらない。しかし、私達の体は独りでに動き、目の前の台座に上ろうとしている。 (うう……) どうやらあのゴーレムに体を操られているらしい。そんな能力を持ったゴーレムがいたとは……。私たちはどうなるんだろう。意図が全く読めない。 台座の上に立った私たち。自分の体を石にされた挙句、モンスターなどに支配されている屈辱に私は内心歯ぎしりした。なおも手足は勝手に動き続け、私は杖を掲げたかと思うと、表情が変化しました。 (ふぇ、え、ええ!?) 石の塊になったはずの顔が動く。奇妙な体験だった。朗らかに微笑まされた私は、ますます惨めな思いを強くした。石にされて微笑むなんて……。これじゃまるで、石にされて嬉しいみたいじゃない。冒険者としては臨戦態勢すらとれぬままに石化されるなど、最大の屈辱としか言いようがない。実際は戦闘の最中に石化されたのに、これだと何もできずに負けたみたいに思われてしまう……。 隣でユーミの動く気配もする。私は正面を見ているから見えないけど、これは……弓を構えてる? かな? 再び体が凍結した。さっきまで動いていたのが嘘のように、私の全身は静まり返った。指一本動くことも、髪の毛一本揺れることもないほどキンキンに硬化しているこの感覚が、均質な石の塊になっていることを雄弁に物語る。嫌な感覚だ。 ゴーレムはしばらく私たちをジッと見つめてから、ぐるりと向きを変え、私たちに背中を見せた。そこそこ魔法使いとして、冒険者として自信のあった私としてはショックを受けざるを得ない。このゴーレムにとって、私たちは完全に無害な存在になってしまった、完璧な敗北を迎えてしまったということなのだから。 (くうーっ!) 悔しいけど、どうしようもなかった。掲げた杖から魔法が飛び出すことはないし、隣のユーミも弓を構えたポーズのまま、微動だにしない。石の矢が発射してあの憎たらしい背中を射抜く時はこないのだ。 ゴーレムはどんどん遠ざかり、やがて夜の闇の中に消えた。村から去ったのだ。私は呆気に取られてしまった。 (ええ……な、なんなのあいつは。一体何だったの) 村に被害が出なかったのは喜ぶべきことだけど、あいつが何をしに、何でこんな辺境をうろついているのか、さっぱりわからない。本当にただ偶然に通りがかっただけだったんだろうか? じゃあ手を出さなければよかった? いや……そういうわけにも。 まあいい。ひとまず脅威は去った。あとは朝になれば村の人たちが何とかしてくれるだろう。私は笑顔で杖を掲げたポーズのまま、石の身体の中で眠りについた。 (ん……) 目が覚めると、既に日が高く昇っている。体は……動かない。私はまだ石化したままだ。 (は、早く元に戻してー) ここは村の中心地。流石に見つかっていないってことはないはずだけど……。村人が視界に入った。私たちの前を通っていく。よし、助かった。……と思ったのに、こっちを一目見るだけで、そのまま通り過ぎてしまう。 (え? ちょ、ちょっと待って! 待ってくださーい!) 必死に呼びかけても、喉から声が出ることはない。その後も何人かが目の前を通ったものの、誰も私たちを見て驚いたり騒いだりはおろか、一切なんの反応も示さない。 (どうなってるの?) 昨日はあんなに歓待してくれたのに。石化してたら気づくでしょ普通。それとももう、誰かが近くの街まで薬か何かを取りに行っているところなんだろうか。私達の鞄にあるはずだけど。 少しすると後ろの方から話し声が聞こえてきたので、私はそれに意識を集中した。 「しっかしどこ行きなすったのかねえ」「もう帰ったんでねえの?」「でも荷物はあるんでよ」 それは私たちがいなくなってしまったことを憂える会話だった。私はビックリして、心中で叫ばずにはいられなかった。 (いや! いるでしょここに! ねえ!) まさか、この村の人たち、石化というものを知らないのだろうか。いや、結構知られている現象のはずなんだけど。そういうモンスターの駆除の依頼はあちこちにあるし……。それにしたって、知らない石像、それも消えた知り合いにそっくりの石像が突如出現したら、察しがつきそうなもんだよ。第一、もうちょっとリアクションが……。 「これが気に入らなかったんかねえ?」「いやあ、結構喜んでくれてたでよ」 コツコツと私のローブを叩く乾いた音が響いた。 (……え? あ、ま、まさか……) 私はようやく事態を飲み込んだ。ヤバい。これまでも石化してしまったことは何回かあったけど、今回のこの状況は……まずいかもしれない。初めてだよこんなピンチ。話ですら聞いたことない。自分の石像と入れ替わりに飾られ「石化した冒険者」だと認識されないだなんて! (待って! 違うんです、私は石像じゃないです、本人です、本物なんですー!) 頭の中で必死に叫んでも、それが村人たちに届くことはなかった。ど、どうしよう。まさかこんなことに……あ、あ、あのゴーレムうぅー! 自分があの石像と全く同じポーズ、表情をさせられていることに気づかなかった。そして、自分たちの石像が飾られていた台座の上に立っていたんじゃ、そりゃ誰も騒がないわけだ。私たちのことを、昨日完成したばかりの石像だと勘違いしているのだ。 (ええ……ちょ、ちょっと嘘……どうしよう) 動くことも喋ることもできないまま、時間だけが過ぎていく。これまでも石化でピンチに陥ったことはあったけど、大抵はパーティの仲間か、行きずりの冒険者などが助けてくれた。しかし今回は違う。今、目の前に敵対的でない人が大勢いるのに、助けてはくれない。私は焦った。永遠にここで自分の石像として飾られていなければならないかもしれない。そう思うといてもたってもいられない。必死に石化解除の魔法を唱えようとしても、私は朗らかに微笑んだままピクリとも口を動かせない。魔力も練れない。杖も石の塊になったままだ。 (誰か、誰か気づいてよぉ) 日が暮れ、夕方になった。本当に誰も気づいてくれないの? 信じられない。 (動いて。お願い) どれだけ体に力を込めようとも……いや、力を込めることができない。今や私達の体は冷たい石の塊に過ぎず、筋肉も神経も存在してはいないのだ。 日が沈み、夜になっても、私たちは朝っぱらから一歩も動けないまま、一日が終わろうとしていた。こんなのあり得ない。夢だと思いたい。 (どうしよう……) どうして村の人たちは私たちが本人だと気づいてくれないのか……。石化するところを見ていないから。台座の上で同じ装備で同じポーズをとっているから。それだけじゃない。本物の石像が砕け散った後、ゴーレムに破片を吸収されてしまったのも大きい。「石像の入れ替わり」が起きただなんて到底思いつかないのだろう。しかし大変なことになった。 動けないのは苦しい。ただそれだけじゃなく、石化ごときで私たちの冒険が、人生が終わってしまうかもしれないという事実が死ぬほど悔しいのだ。確かに身動きがとれなくなってしまう石化は恐ろしい。でも、解除するのはそれほど難しいことでもない。薬や専門の針、魔法もある。そりゃ二束三文ではないにしろ、特別高価ってわけでもない。その気になれば簡単に元に戻せるもの、それが石化だ。 (う……くうぅ……) ダメだ。どうしても動けない。声も出せない。凍り付いた笑顔で前を見つめていることしかできない。私たちは、結構な手練れ冒険者だという自負がある。その私たちが、普通の石化ごときでこんなにも追い詰められているというのは、プライドを傷つけるには十分すぎる屈辱的状況だ。特別強い呪いって訳でもないのだ。この石化自体は、本当に普通の石化。高くない薬をかければお終いの……。 朝になると、また村人たちが私たちの周りを行き交っていく。滅多に人が訪れない地で石化全滅したならまだわかる。そしたら、人が来れば助かるという希望が残る。でも、ここは人が多くいる。見つかっているのに見つかっていないのだ。皆私たちの存在を認識している。その上で気づかない。つまり、どうしようも……ない。 (う、嘘でしょ。そんな……あぁ) 長く感じる時間が刻一刻と過ぎていく。「消えた私たち」のことが古い話題になってゆき、私たちは単なる石像として認識される実績を積み重ねていく。次第に私たちの話題が上らなくなっていくことへの絶望。石化してすり替えられたんだってことに気づいてくれる可能性はほとんどゼロに近くなっていく。 (いや……このまま、本当に「石像」になっちゃうなんて) 数日経っても、週が過ぎても、私たちはあの夜から髪の毛一本揺らすことすらなく、ずっと同じ姿で台座に立ち続けている。夢でも冗談でもなく、本当に、永久に石像として生きなければならない可能性が高まっていく。身の毛もよだつ絶望だった。 「うおー、よう出来てんなぁ」 「でしょう。これはですね……」 たまに冒険者がこの村を訪れることがあっても、私たちが「石化した同業者」だと気づいてくれる人は皆無。何故なら、村人たちが意気揚々と「石像」の秘話を語っちゃうからだ。以前にこの村を救った冒険者の話を……。私たちはあっさりと「石像」にされてしまい、そしてその認識がひっくり返る機会はなく、冒険者たちは村を去っていく。月日が経つにつれ、そして誰かが村を訪れる度に、私たちは世界から「石像」だと定義づけられていく。誰も石化した冒険者だとは気づいてくれない。 こんなところで、こんな形で……。職業柄、どこかで野垂れ死ぬかもしれないという思いはあった。でも、まさか……自分の石像として辺境の村に飾られるなんて最期は想像もしなかった。 (い、いや……最期じゃ……ない……きっと、誰かが……いつか……) 具体的にどんな奇跡が起これば助かるのかさっぱりだけど、今の私にはそう自らに言い聞かせるしか正気を保つ手段がなかった。ユーミはどうしているだろう。すぐ隣にいるのに、話しかけることも、かけられることもない。その顔すら、二度と見られないかもしれない……。 あの日から変わらない微笑みを浮かべつつ、私は今日も村を見守り続けた。英雄の石像として……。

Comments

Anonymous

非常に恐ろしい悲劇ですが、この過程はとても素晴らしいです。バカゴーレムもやべーですよね…… 二人の仲間は近くにいますが、もう二度と相手を見たり聞いたりすることはできません。悲しい ó﹏ò

opq

感想ありがとうございます。今作も楽しんでいただけたなら良かったです。