Home Artists Posts Import Register

Content

(ん? あれ……) (ここは……?) 私は両手でハートマークを作ったまま、どこかに立っていた。どうも寝てしまったらしい。世界が揺れていない。もう電車内じゃない。 (あっ、ばっ、バレなかった!? ……よね!?) もしもバレていたら、死ぬほど惨めな思いをする羽目になる。落ち着け……落ち着いて……。 目の前に映るのは学習机。ベッド。どうやら誰かの部屋らしい……。 慎重に動き出し、周囲を確認する。子供部屋って感じ……てことは? 「あっ、起きたー」 ビックリした私はその場で飛びながら姿勢を戻した。つまり、フィギュアとしての姿勢に。 視界に現れたのはあの子。いつの間にか家についたらしい。……え、そんなに寝ちゃってた? 青葉さんを起こし、女の子から状況を説明してもらった。ここは落葉家のようだ。……うう、とんでもないところへ迷い込んでしまった。絶対人間だとはバレたくない。ジッとしているしかないか。でもそれだと出られない。この子に送ってもらうのは……流石に気が引ける。幼い女の子一人で遠出の許可も出ないだろう。かといって落葉夫婦に送ってもらうなら、自宅から私たちの正体がバレてしまう。夜の間にこの家からこっそり抜け出すしかない。でも、上手くバレずに逃げ出せるだろうか。 「青葉さん、どう……!」 部屋のドアが開き、落葉さんが入ってきた。慌ててフィギュアとしてのポーズをとる私たち。あるかもわからない心臓がバクバクいってる。だ、大丈夫? 動いて喋ってたの見られてない? 「何か話し声がしたけど、誰かお友達?」 「お人形さんと話してたの」 (あっちょっと!) 「あらそう」 落葉さんはもうすぐ晩御飯だから下降りてきなさい、と告げて部屋から出ていった。危なかった。この子が私たちと話してたと言い出した時はどうなることかと。 私たちは足音が階下にいくのを待ってから、小声で注意した。 「あっ、そっか、秘密なんだっけ。ごめんねー」 まったく……やっぱりあの人の子だ。 「あっそーだ!」 彼女はベッド下の引き出しをあけ、中を探りだした。そしてピンク色をしたプラスチック製の容器を取り出し、私たちの前につきつけたのだ。 「そ、それなあに?」 「これね、秘密のアロマなの!」 そう言って彼女は突然、私達に甘い香りのする気体を吹き付けた。 「きゃっ!?」「ちょっ!?」 「お人形さん、動くのは秘密ね!」 「……ちょ、ちょっとどういうことよ」 詳しく話を聞くと、幼児向けの雑誌の付録らしい。これをかけると心にロックをかけて秘密を守ることができるとかかんとか……。まあ、ごっこ遊び用の玩具みたいなものか。 「もう……いきなりだからビックリするでしょ」 「えへー。ごめんねー」 そのうち階下から呼び声がしたので、彼女は部屋から出ていった。夕食の時間か。私が最後に食事をとれたのはいつだろう。……はぁ。早く元の体に戻りたい。 女の子が部屋に戻ってきた時、突然体が言うことをきかなくなった。 (んっ!?) (えっ!?) 座り込んで談笑していた私たちは勢いよく立ち上がり、手足に指令を出すことができなくなった。フリーになった体は、自然の摂理であるかのように、笑顔で媚びたポーズを形作る。一瞬の間に、私たちはフィギュアモードに変形させられたのだ。 (な……何が……え……体が……) (う……動けない……!?) 何が起こっているのかわからない。あの子が部屋に入った瞬間から、私たちは手足を思うように動かせなくなってしまったのだ。 (うっ……こ、こら……動きなさい……) 形状記憶が強くなったのかと思ったけど、違う。体の感覚は同じ。硬度は変わってない。ただ……手足を動かすという指令を発することができなかった。私の体なのに、私のものじゃないみたい。 (青葉さんは……?) 隣から全く音がしない。青葉さんもポージングしたまま動けなくなっているみたいだ。 「あれ? どーしたのー?」 女の子が私を突く。私は全身のポージングを維持したまま、カタカタと前後に揺れた。 (動けなくなっちゃったの……助けてぇ……) 声も出せないことに気づく。ど、どうしよう。体の変異が進んで、完全にフィギュア化してしまったんだろうか? わからない。あまりの事態に、私はパニック寸前だった。 「あっそーか。秘密守れるようになったんだ。えらいえらーい」 (!?) ど、どういうこと!? まさか、さっき嗅がされたアロマ!? うそ!? そんな……こんな強制力のあるものなの!? それなら説明がつく。でも、にわかには信じがたい。だって、本当に動けないんだもん。幼児向けの雑誌の付録がそんな……強力な催眠効果を持ってるなんて、問題じゃないの……? 彼女がお風呂に消えた時、ようやく体を動かせるようになった。急いで本棚を調べ、雑誌を開く。……うーん、やっぱり子供向けの玩具の領域を出てない気がするよ。 青葉さんの考えだと、普通の人間ならそこまで効果はないけど、私たちは小さいせいで、相対的にとんでもなく強力になってしまったんじゃないか、ということだった。あーもう……。小さいってだけで、ホントに全てが変わってしまう。まともに生きられない。 落葉さんが部屋に入ろうと扉が動いた瞬間、再び私たちは笑顔で可愛くポーズしてその場に倒れ込んだ。 (う……また) どうやらアロマの催眠で、人がいる間は動けないようになってしまったみたい……。体に力を入れられないということは、「元に戻ろう」とする形状記憶の力を阻めないということ。二つのコンボによって、私たちは人に見られている間は物言わぬプリガーフィギュアにされてしまうのだ。 (ちょ……ちょっと、どうするの、コレ……?) アロマを打ち消す方法は雑誌に載ってない……。元々強制力なんて出るはずのない、薄いアロマのはずだからか。催眠が自然に解けるまで待つしかないのかなぁ。 「もー、何度言っても片付けできないんだから」 (あ……ちょ) 落葉さんが私たちを掴んだ。抵抗することも、抗議することもできない。ただ為されるがままだ。落葉さんに子供の人形扱いされていることの屈辱に耐えながら、私は自らが玩具箱へ収められるのを黙って受け入れるしかなかった。 ま、まあ……考えようによってはプラスかも。これなら、落葉夫婦に私たちが生きているとバレることはありえない。うん。 夜。家全体が寝静まると、ようやく動けるようになった。女の子に「ありがとう、お家に帰るね、バイバイ」と書置きを残し、私たちはこっそり落葉家を出た。 「えーっと、でも、こっからどう行けば……」 「あっ、私の家が近いよ、こっち」 私は青葉さんを先導し、自分の家へ急いだ。暗いと危険だ。蹴り飛ばされる確率がグンと高くなる。 しかし近いといっても、30センチではやはり地味に遠くなる。それに加えて、アロマの催眠が私たちの行く手を阻んだ。 「あっ」「んっ」 近くに誰かが通りがかると、その瞬間に私たちはフィギュアとして相応しすぎるポーズをとって動けなくなってしまう。幸い暗いおかげで無視されるけど、誰かに拾われたらどうなるんだろうという恐怖が次第に募っていく。 だって、動けないのだ。プリガーのコスプレをした上、笑顔で可愛くポーズをとって固まっていたら、誰もが私たちをただのフィギュアだと疑わないだろう。そのまま誰かに拾われてしまったら。人がいる限り動けないのに……。大変なことになる。 落葉家を出た時は、まだそこまで想像が及んでいなかった。あの子、状況をわかっている味方が近くにいたからだ。しかし二人だけになった今、徐々に自分たちの置かれている状況の不味さを嫌でも理解させられていく。人が通るたびにポージングして固まり、動けなくなってしまう。この状態で拾われたら、AIフィギュアだとすら思われないのだ。非常に不味い、とんでもなく不味い。 (拾わないで、拾わないでっ!) 固まるたびに、心の中で叫びをあげる。中には私たちに気づく人もいたが、大概は素通りしていった。その度にホッと胸をなでおろす。 「あうぅ……怖い」 「頑張って……もうすぐだから」 「あっ着いた。着いたよ青葉さん!」 懐かしい我が家。二日ぶりなのに、いたく懐かしく感じる。喜び勇んで敷地に足を踏み入れた瞬間。突如全身がピンと伸びたかと思うと、あっという間に例のポーズと笑顔に戻され、それ以上の動作を禁じられた。 (あっ……もう、ちょっと!) 誰かが近くに来たらしい。足音は後ろから。そのまま通り過ぎてくれれば……え!? 立ち止まった!? 「うぉっ……」 後ろが見えない。誰だろう。多分知らない人だ……。屈んだっぽい。巨大な手が私を掴む。クルリと回転され、ご対面。この格好で他人と相対するのはやっぱり慣れない、死ぬほど恥ずかしい。私を掴んでいるのは若い男性だった。目を輝かせ、私に強く興味を惹かれているのがわかる。 (あっ……ヤバいかも) 不安な予感ほどよく当たる。男は警戒するかのように周囲を何度も見渡した後、私を鞄の中に突っ込んだ。 (あっ! ダメ! やめて!) 続けて、同じ鞄に青葉さんもやってきた。 (待って、出して! 私たち人間なの!) しかし、人がいる限り私たちは動くことが許されない。アロマの催眠に対抗すべく、必死に「動いていい」と自分に言い聞かせるも、無駄な努力だった。鞄は閉じられ、浮遊する。私たちは家の目の前で、この男にフィギュアとして拾われてしまったのだ。 (そ、そんな……あと、あとちょっとだったのに……) (な、なんてことするんですか、離して……出してくださいぃ……) 私たちは笑顔で可愛くポーズを決めながら、成す術なく自宅から引き離されていった。 体を綺麗に洗われた後、私たちは白い円形の台座に飾り付けられた。何度も事情を説明すべく声を上げようとしたけど、「動けるのは秘密」にされてしまったせいで、どうにも機会が訪れない。 (ちょ、ちょっと……私たち、どうなっちゃうの……) 床に設置された私たちの視界に、突如誰かが入ってきた。巨人じゃない。私たちと同じぐらいの背丈……樹脂みたいな肌とデフォルメされた顔。AIフィギュアだ。 「あら、どうしたの、これ?」 「拾ったんだ、すげーだろ。プリガーの限定フィギュアだぜ」 「ふふっ、犯罪はよくありませんね」 「だって、誰もいなかったんだぜ。落とす方がわりーって。普通無くさないだろ。捨てたんだよ」 「まぁ、私は構いませんけど」 AIフィギュアは黒いロリータドレスを身につけた、美しい子だった。フィギュアというより人形と形容したくなるような、妖しい雰囲気を纏っている。 「じゃ、お休みルナ」 「お休みなさい」 私達が体の支配権を取り戻すのはそれから十数分後。男が完全に寝てしまった時だった。 「あっ……ん、ん~」 「さ、最悪……ホントに拾われちゃったよ」 私たちは手足を伸ばし、ため息をついた。どこだろう、ここは。私の家からどれだけ離れているんだろう。逃げ出す前に色々調べないと。 「あーもう、このアロマ、マジでなんなの!? ほんとに全然動けないよ。これじゃホントにフィギュアじゃん」 青葉さんは憤慨している。全くだよ。それに形状記憶も、全然消えない。きっと洗い方が杜撰だったんだろう。いちいち笑顔で可愛く固められてしまうのが地味にメンタルに来る。まるでフィギュアになるのを受け入れ、楽しんでいるみたいじゃない。 「あら……どうしたの?」 AIフィギュア……ルナがどこからともなく近づいてきた。まだ起きて……いや起動していたのか。 「あなたたち、AIフィギュアだったの?」 「違うわ。私たちは人間なの」 あ、普通に話せてる。フィギュア相手は動いてもいいんだ。 ルナは上品にクックッと笑い、 「まあ、おかしなことを言わないで」 と一笑に付した。フィギュアにすら信じてもらえないのか……。いやただのAIには無理か。しっかしまるで生きているかのように自然に受け答えするなぁ、この子。私達がAIフィギュアだと思われてしまう理由がわかる。 「あなたたちはプリガーの限定フィギュアでしょう? きっと前の持ち主さんがAI仕様に改造したのね」 「いや、だから違うって」 私が反論しようとしたところを青葉さんが止めた。 「やめなって。人形に説明したってしょうがないよ」 「まー、そっか」 「私たち、帰らないといけないから。じゃあね、ルナちゃん」 青葉さんはそう言って背を向け、ドアに向かって歩き出した。私もそれに続いた。 「待ちなさい」 ルナがそう言って、私たちの前に回り込んだ。 「前にもあなたたちみたいなことをAIフィギュアに言わせる、不謹慎な遊びを見たことがあるわ。今後こう言ったことはやめていただかないと、ね」 「はぁ? だから――」 青葉さんの言葉が途切れた。それはルナが青葉さんの額に触れるのと同時だった。 「えっ!? 青葉さん!? どうしたの?」 すると、すぐに青葉さんは笑顔でピースサインを作り、顔に当てた。記憶されたフィギュアとしての姿勢。 「ちょっとあなた、これは――」 額に何かが貼り付いた。ルナが私から離れるとすぐ、私も青葉さんと同じように、両手でハートマークを作り上げ、笑顔で静止して動けなくなってしまった。 (んっ……んんっ……な、何をしたの? どうして、動けないの!?) 「それはAIの設定を口頭で設定しなおすシールよ。私がきちんとあなたたちを元のフィギュアに戻してあげるわ」 (は、はぁ!? 何言ってるのこの子!?) 私たちはAIフィギュアでもプリガーの限定フィギュアでも何でもないって言っているのに! フィギュアのくせに人間を拘束するなんて。 「まず一つ目。許可なく持ち主の元を離れないこと。いいわね」 (あのね、だから私は……はぁ、もういいや) 好きにさせておこう。私たちはAIじゃなくて人間なんだ。再設定なんか有効なわけがない。わけが……で、でも……このシール? を貼られた瞬間に動けなくなってしまったのも事実。う、嘘……だよね? まさか、効果なんて……ある、わけ……。 「二つ目。あなたたちはプリガーの限定フィギュア。人間ではないわ。いい?」 (や、やめ……やめて……) 「三つ目。二度と誰かに自分は人間だなどと伝えてはいけないわ。わかったわね」 (いやぁー!) 翌日。私たちは棚の中で、白い円形の台座の上に突っ立っていた。信じられないことに、ルナによる「AIの再設定」は私たちに効力を発揮した。私たちはこの台座から自分の判断で降りることができなくなってしまったのだ。 (ああっ……あーっ、気づいて、助けてーっ!) 視界を大きな体が横切るたびに、脳内で救いを求める叫びをあげる。が、それが実際に言葉になることはない。「持ち主」となった男性が家から出て、動けるようになっても、私たちはこの家から逃げ出すことができないのだ。 「あっ、あっ……もう、くそっ……」 懸命に台座から降りようと足を動かす。いや、動かそうとする。が、台座から降りようとする動作は行えない。体が言うことを聞かないのだ。人がいる間は動けなくなってしまう、あの感覚に似ている。 「る、ルナ、何とかしなさい」 青葉さんが吠えた。全身をその場でクネクネとうねらせながら、何とか台座から、棚から飛び出そうとしているが、私同様どうにもならないらしい。 「マスターに訊きなさいな」 「だって、動けないじゃない!」 「それはあなたたちの仕様ですもの。私は関係ないわ」 「な、何が仕様よ! これは……っ!」 アロマでかかった催眠なんだと訴えることができない。ルナによる設定で、私たちは自分の出自を説明することさえ封じられたのだ。 「私たちはっ……! んんんっ……! プリガーの限定フィギュアなのよ!」 「よくわかってるじゃない」 「ちが……ああーっ、もー!」 や、ヤバい。何時間も台座から一歩も動けずもがいていると、次第に状況のヤバさを理性と感覚両方で悟らされてくる。私たちはこのままじゃ……永久に、あの男の所有する「限定プリガーフィギュア」になってしまう、という事実を! 「ただいまー」 男が帰宅すると、私たちは瞬時に決まったポーズ、決まった表情をとって動けなくなる。これじゃあ手も足もでないよ。この人は私たちをただのフィギュアだと思っているし、そうとしか見えないはず。せめてポーズを変えられれば。でも毎回同じ、決まったポーズをとらされてしまうんじゃ、実は生きているなんて発想は絶対でてこない……。例え動けても、もう自分たちが人間だと説明することさえできない。改めて、自らの口で「限定プリガーフィギュア」を名乗らされてしまうのだ。動画や筆談すら……できない。 (う、うそ……え? なんで……ホントに? 私たち……このまま……フィギュアになっちゃうの? 嘘でしょ?) あまりに現実離れした運命に、絶望が追いつかない。だってこんなことありえない。一生プリガーのフィギュアとして生きなければならないだなんて、そんな……え? だが、一日たち二日たち、一週間、半月と時間が経過していくと、私と青葉さんは次第に心を曇らせていった。思うようにならない体、人だと気づけてもらえず、フィギュアとして生きた実績が積み重なっていく日々……。半端な自由がある分、余計にメンタルが蝕まれた。絶望しきれない。持ち主さんさえいなければ、体は動くし会話もできるんだから。 けど、それは仮初の自由。台座から降りることはできない。台座の上で無意味に体をくねらせるのが精一杯。持ち主さんとは会話できないし、ルナは私たちを見下し、暇つぶしのように弄んでくる。 なんでこんなことになっちゃったんだろう。元はと言えば……病気で縮んで、ああそうだ。入浴剤でフィギュアの身体に……。温泉に抗議に行ったのがいけなかったのかな。あの日家を出たのが最後、私たちは帰ることができていない。 毎夜、心の中で枕を濡らす。今日も逃げ出せなかった。助けは来なかった。自分が人間であると持ち主さんに説明できなかった。物言わぬフィギュア、ただの樹脂の塊とした生きた日がまた一日。 (な、なんとか……何とかならないの? フィギュア? これから一生? 嫌だ……嫌だぁー!) どれぐらい日数が経ったもわからなくなったある日。私たちは恐ろしい会話を聞いた。 「うーん、足りねえなぁ。……売るか!」 持ち主さんは、新しいAIフィギュアを買う資金として、私たちを売ると言い出したのだ。 (なっ!?) (うそっ!?) 困惑する私たちをよそに、ルナは面白そうに笑っているだけ。 (る、ルナ! 説明しなさい、早く! 私たちのこと!) (「AIフィギュア」でもいいわ! 動けるんだって言いなさい!) 冗談じゃない。中古フィギュアとして売られてしまうなんて。私たちは人間なんだ、生きてるんだ。樹脂の塊なんかじゃない。それに、ここで売られたら、本当に一巻の終わりだ。私たちはコミュニケーションをとる手段を全て潰された状態で、何も知らない第三者の手にゆだねられることになる。ここはルナがいたから、ほんの僅かといえども一筋の希望はあった。しかし売り飛ばされてしまえば、私たちは正真正銘、ただのフィギュアという存在に塗りつぶされてしまうのだ。 (お願い、助けてぇ) (ルナぁ……) しかし、持ち主さんがいる限り、意見表明のチャンスは訪れない。私たちはルナに最後の陳情をする機会すら与えられず、車に載せられてしまった。車が発進する。見知らぬ地からさらに見知らぬ地へ。私たちの足跡を追うことはもう……きっとできない。 私達が持ち込まれたのは見たことない店。所狭しと並ぶ中古漫画。よくわからないオタクグッズ。中古ゲーム、そしてフィギュア。私達もこれからここに飾られている中古フィギュアの仲間入りをするのかと思うとゾッとする。何とかしたいけど、声は出ないし、体も動かない。笑顔で全てを受け入れることしか許されないのだ。 買取カウンターに置かれた私たちは、店員によって全身を嘗め回すかのように入念に観察された。スカートの中まで。 (み、見ないでそんなところ!) (私たち、人間なんです! お願い気づいて!) しかし、私たちにテレパシーは使えないし、ポーズを一ミリ崩すことすら叶わない。あっさりと売り飛ばされ、私たちという存在をフィギュアに変えてしまった男は、満足そうに歩き去り、二度と見えなくなってしまった。 バックヤードに置かれ、店員が表へ出ていったとき、ようやく動けるようになった。 「あっ……青葉さん、どどどどうしよう……」 「と、とにかくここから出ましょう」 しかし、逃げ出すことができるだろうか。足が……上がった! 久しぶりに、私たちは一歩踏み出すことができた。嬉しさと開放感で胸が一杯になる。たったこれだけのことが、こんなにもありがたい、得難いものだなんて。 でも、その高揚は長く続かなかった。棚から出ようとすると、体が止まってしまう。外には足を踏み出すことができなかった。 「あ……そ、そんな」 「うう……」 足を持ち上げ、棚の外へ出そうとしても、その手前でプルプル震えながら、その一歩を現実にすることができない。許可なく所有者の元を離れてはいけない……。私達の所有者は、たった今更新されたのだ。このお店に。 店員が戻ってくると、瞬時に私たちは笑顔でポーズをとらされ、再び沈黙させられた。何事もなかったかのように静まり返る棚。 (う、動いて……動いてぇ) (そ、そんな……誰かぁ……) 唯一の救いは、私達が中古品として売られることはなくなったということ。お店の一角にフィギュアを並べたガラスケースがあり、私たちはそこに収められることになったのだ。 透明な壁の向こうを、多くの客が行き交う様を眺めるのが私たちの新しい仕事だった。大きな顔をガラスに近づけ、ジッと私たちを観察する人も多い。不特定多数の巨人たちに向け、見世物として晒されるこの立場は心底惨めで、いつまでたっても羞恥心を抑えられない。この歳で全力でプリガーのコスプレをして、それを強制的にずっと続けさせられるのだ。ガラスで四方を囲まれたこのケースの中には、お客さんの声も届かない。称賛も罵倒もない世界で、ただひたすらに恥をかかされ続けるのだ。 営業中は常に誰かしらいるので、動くことも喋ることもできない。それが辛くて仕方がない。夜にようやく動けるようになっても、ルナの設定のせいで、私たちは助けを求めることができない。ガラスケースから逃げ出すことも禁じられている。例え、鍵がかかっていなくとも。 私たちは一体どうなるんだろう。家に帰れる日は来るんだろうか。このままずっと、永遠にフィギュアとして生き続けなければならないのだろうか。生きていること、意志があるのだということを誰にも気づかれないまま。 例えようもない焦燥感に苛まれながら、今日も私は笑顔で客を迎え続ける。中古ショップの飾り物として。

Comments

Anonymous

この身長差は、いろいろな面白いことを引き起こすかもしれません。例えば歩く時、二人は他の人のペースに合わせなければなりません。とても面白いです:)

opq

コメントありがとうございます。きっと色々と起きるでしょうね。