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第一印象はドン引きだった。制服の上から真っ黒なローブを羽織り、黒いとんがり帽子をかぶったその子は、羽竜レベッカと名乗り、趣味は黒魔術ですと自己紹介した。 (うわぁ……) せっかくいい高校に入れたのに、同じクラスにこんなのがいるとは。が、冷たく張り詰めるはずの空気は暖かく、拍手で彼女を迎えた。 (え? え?) 教室中を見渡しても、困惑しているのは私一人だった。誰もが皆、お世辞でもなければ気を遣っているわけでもなく、本心から彼女を至って普通の女子として受け入れたらしかった。 納得いかない。格好はどう見ても変だし、滑ってたというか、おかしかったのに。私が知らないだけで有名人なんだろうか? ユーチューバーとか……? ふと、彼女と目が合った。私は思わず、反射的に顔を背けてしまった。あ、やば。今のは感じ悪かったかな……。でも普通こうだよね? 先生はどうして彼女に帽子を脱げと言わないのだろう? どうしてだれも黒魔術にツッコんだり、笑ったりしないんだろう? 初日で弄りの線引きがわからない、という雰囲気でもない。奇妙。 前の席の人と顔を合わせて、ちょっと反応を探ってみたが、屈託のない笑顔で、今の自己紹介と彼女の服装に関して、一切思う所はなさそうだった。 (えええ? なんで……?) そんなわけで、私の高校生活はちょっと不気味な幕開けとなった。 私はレベッカさんにはあまり近づかないようにしていたが、どうしても注意は惹かれてしまう。外国人っぽい彫の深い顔に、真っ黒なローブととんがり帽子。先生は誰一人としてそれを咎めないし、クラスの誰も弄らない。そのあまりの異様さに、日に日に怖さが増していく。変、だよね? 私だけ? あれが普通なの? 周囲の反応を見る限り、気の毒な子に気を遣って触れないようにしている、という空気ではない。ある日思い切って友達に尋ねてみても、やはりレベッカさんは至って普通の子だと認識しているらしい。冗談でもなければ、建前というわけでもなく、本心からそう思っているらしい。世界がおかしいのか、私がおかしいのか。今どきあんなのは普通なの? いや、私が真面目なノリで同じ格好したら絶対怒られるし、引かれると思う。どうしてあの子だけ許されるんだろう? いつの間にか、よく似た別の世界に迷い込んでしまったのではないか、そんな静かな恐怖に蝕まれる日々だった。なので、私はなるべく彼女のことを気にしないよう努めた。せっかくの高校生活なんだから、切り替えて楽しまないと。 と思っていたのに、ある日彼女の方から私に話しかけてきた。 「おはよう。羽鳥さん……だったわよね」 「えっ、ああ、うん、おはよう……」 私はビックリして、彼女の方を向いたまま次の言葉が出てこなかった。えっ、何? いきなり。 「ねえ、私のこの帽子、どう思う?」 「えっ? ええっと……」 ど、どうしよう。どう答えるのが正解? というか何で私に訊いてきたの? 私は誰か助けてくれないか、左右に目を走らせたが、まだあまり人が来ていない。 「似合ってる……んじゃない? かな?」 少し声が震えてしまった。汗も流れた。彼女はそれを見逃さなかったらしく、 「えー、やだぁー、そんな緊張しないでよー」 と言って笑った。次はローブについて訊かれ、私は周りの反応に合わせて、とりあえず肯定しておいた……が、他の人たちほど自然な受け答えはできなかった。 「ふーん……ありがとね」 レベッカさんはそれだけ言って、自分の席に戻った。な、なんだったの一体? ……ひょっとしたら、私だけ彼女の服装を気にしている素振りを見せていたからかな? 以後気をつけようっと……。 だが、その日から彼女は嫌がらせというか、明らかに私の反応を見て楽しむ遊びを始めた。教室に生きた蛙を持ち込んできたり、授業中にいきなりデカい杖を振り回してみたり……。どうしたって完全な無視なんかできない。蛙が私の足元に来た時は叫ばずにいられなかった。が、笑われて注意受けたのは私一人。誰も犯人であるレベッカさんには何も言わない。犯人だと知られていないわけじゃない。彼女が蛙を持ち込んだとわかった上で、誰も責めない。こんなの絶対おかしいよ。友達に確認しても、 「えっ!? まあ別に……なんか変?」「羽鳥さん大丈夫?」「別に普通じゃん?」 と一事が万事この調子だ。彼女が何をしても、先生方は咎めない。何事もなかったかのように授業を進めるだけ。誰も彼女のおかしな言動に注意しないし、引きもしないし、笑いもしない。ただ普通の、何でもないことのように受け止めてしまっている。私だけが正気だった。 (いや……私がおかしい……? いやいや、私が普通だよ! 絶対みんながおかしいって!) 家に帰って親に報告しても、理解してくれないどころか、クラスの皆と同じ反応を示してくるので、私は時折自信が揺らいだ。教室に蛙を持ち込んだり、ドレスで登校したりするのは普通で、そんなことで騒ぐ私がおかしいんじゃないか。だってクラスの誰も、先生も、お母さんにお父さんだってそう思ってるじゃない。だったら……いや! 私が正しい! ていうか普通! 周りが、あの子がおかしいに決まってる! でも何でだろう。どうして皆あの子の奇行に反応しないんだろう。別に見えてないってわけじゃなく、奇行そのものは認識しているのに。ひょっとして、あの子は魔女か何かなんだろうか。そう言えばそれっぽい服装してる……。黒魔術が趣味とか言ってたっけ……。ひょっとして黒魔術とやらでみんなをおかしく……いやいや、なんで会ったこともないウチの親までそれ食らってんのさ。第一、魔法だの黒魔術だの、そんなのあるわけないじゃない……。 当の本人は、私が慌てふためいたり、明らかに動揺しているのにそれを必死に隠して取り繕ったりするのを眺めて楽しんでいるようだった。何かするたびにこっちを見て悪戯っぽい笑みを浮かべている。たまにプフッと噴き出したり。それがたまらなく不愉快で、イライラさせられた。 「私ねー、魔法が使えるの。あでも、超能力……って言った方がいいかな? まあそんな感じの」 「へ……へぇー」 私が目の下に隈を作り始めた頃、レベッカさんは私を呼び出し、語りだした。 「よく見ててね」 彼女が目の前を通る男子を指さすと、ポンっという軽い破裂音と共に、白い煙が彼を包んだ。次の瞬間に煙は跡形も残さず消え去り、中から現れた彼の服は、なんとセーラー服に変わっていたのだ! 「えっ? えっ?」 「どう? すごいでしょ?」 信じられない。示し合わせての早着替えではない。彼はただ歩いて通り過ぎようとしていただけだった。一瞬の間に服が変わった。え、でも……嘘……。 「なに?」 私が目を見開いて見つめていたからだろう、男子が嫌そうな顔でそう言った。私が返事するより先に、彼は破裂音と共に、再び白い煙に飲まれてしまった。 煙が晴れると、そこに「彼」はいなかった。代わりにひと回り小柄な、面影のある女の子が突っ立っている。 「なに? 俺の顔なんかついてる?」 「えっ、あっ、いや……大丈夫なの? じゃなくて、えーと……」 「はぁ? 何が?」 「いやその、服、ていうか、体……?」 「は?」 さっきより甲高い声。女子の声だった。喉仏もない。顔つきはさっきの男子によく似ているけど、丸っこい女子の顔だ。でも口調は同じ……。しかし体型は完全に女子。私はひきつった顔でレベッカさんの方を見た。得意気に笑っている。え、えー、マジで……魔法……? 黒魔術……? 元男子は、不機嫌そうに立ち去った。廊下にいる他に人は、誰も彼の変化に気がつかない。元々女子であったかのような反応……。これまでと同じだ。じゃあ、本当に、マジックとかじゃなく、マジで……!? 「んんー、その顔! それが見たかったのよー!」 レベッカさんは大袈裟に体をくねらせ、叫んだ。 「私はねー、なんにでも物を変えられるのよ」 幼児のようなドヤ顔で、彼女は誇らしそうに言った。 「じゃ、じゃあ、あの子、本当に女の子になっちゃったの?」 「そうよー、どうどう? すごい? すごいよね? すごいでしょ?」 「あ、う、うん……」 前々から薄々察してはいた。ただ、常識と自己保身が理解を拒んでいただけで。彼女が何か、異様な存在であることは……。 「で、でも、可哀想だよ。元に戻してあげてよ」 「なんでー? いいじゃない。可愛くできたし」 「いやでも、いきなり性別変わったら困るでしょ、ほら、いろいろ……」 「へーきへーき、最初から女子だったことになってるから」 確かに、誰も騒いでないけどさ。ていうかあの子、口調はそのままだったけど、そこも不思議に思われないんだろうか? 仮に……仮にこれから女として生きていくんだとしても……。高校生になって俺っ子って、大丈夫かな……。 「いやーでも、良かったー、こうしてわかってくれる子がいてさー」 「え、何が?」 「私の力! 決まってるでしょー」 「いや、そんなの、誰だって驚くっていうか、目の前で見せればわかるでしょ。レベッカさんが周囲の反応合わせなければ」 「あー、それがさー、違うのよねー」 「?」 レベッカさんは、自身の持つ「力」とやらの問題点を、腕を組みながら語った。基本どんなものでも何にでも変えられるけど、その変化を周囲が認識してくれることはなく、当然のこと、前からそうだったかのように受け止めてしまう。だから、今まで何をやっても、自分がすごい力を持っていることも、それに驚いてもらえることも全然なかったのだとか。 (それで、みんな反応しなかったんだ……) でも、人間も好き勝手変化させられるって怖くない? さっきの男子、自分が男だったということも忘れて、女子として生きていくことになるの? 想像するとゾッとする。気づかない間に自分が自分でなくなっているかもしれないなんて……。 「だからぁ、羽鳥さんが驚いてくれた時、本当に嬉しかったの~!」 レベッカさんは私に抱き着き、わざとらしくオーバーな演技で泣きだした。 「ちょ、ちょっとちょっと、わかった、わかったから! 離れて!」 あーもう、知ってしまうとますます怖い。これ以上近寄りたくない。けど、そういうわけにもいかないんだろうな……。唯一のリアクション役として、今後ずっと引きずりまわされるのかも。うわっ、やだー。 (あれっ、でも……) 「ね、ねえレベッカさん。なんで私はあなたの力を認識できるの? 前後で『変わった』ことがわかるの?」 「ん? んー、何でだろうねえ。あっ、ひょっとして羽鳥さんも力があるの?」 「いや、ないし」 「なんだー」 何だろう。何でだろう。私は魔法なんて一切使えない。ただ耐性みたいなのがあるだけ? だとしたら、ぶっちゃけ要らなかった……。こんな面倒事に巻き込まれるぐらいなら。ひっそりと目をつけられずに、この子にとってのモブでいたかったよ。 「じゃー、ちょっと試してみよっか」 「へ? 試すって」 ポン! と発砲音が鳴り響き、私の視界が真っ白になった。すぐに煙は消えて、視界は戻ったが、景色は一変していた。 「えっ!? 何これ……え、どこここ? あっ、あー……」 突如目の前に現れた巨大な足。大通りのように広がった廊下。恐る恐る顔を上に向けると、私は何をされたのか理解した。……小さくされてしまった。今や見上げるしかない巨人となったレベッカの膝に届くか届かないか……。30センチぐらい? 「ちょ、ちょっと、やめて! 元に戻して!」 「ふおおお」 当然、私は憤慨した。が、彼女は目を輝かせて私を見つめるばかり。最も恐れていたことが起きてしまった。冗談じゃない。こんなサイズにされたんじゃ、まともに生きていくこともできやしない。周りからも普通じゃあり得ない小人として奇異の目で見られ……あれ。なんか無視されてるような。いきなり人が縮んだり、廊下に小人がいたりしたら普通もっと……ああ。この子の力は異常なことだと認識されないんだっけ。 (……って、困るよ! 誰も助けてくれないってことじゃん!) 「やーん、かわいいー」 「うわっ、ちょっ……!?」 レベッカは私を人形のように掴み上げ、巨大なほっぺたを摺り寄せてきた。 「痛い痛い、怖いから! 離して!」 髪をクシャクシャにされてから、私はようやく床に下ろされた。自分の数倍はある巨人に捕まれるのは、本当に恐ろしい体験だった。ていうか、それ以前に、こんな簡単に小人に変えられてしまったことも大概恐ろしいんだけど、余りにもあり得なさ過ぎて、そっちの方は中々実感が湧かない。巨人に至近距離から見下ろされていることに対する本能的屈服、恐怖の方がハッキリと強かった。 「わかった、もうあなたの力はわかったから! 元に戻してよ!」 大声で叫んでも、彼女は動じない。まるで子猫の動画でも眺めているかのように、顔がだらしなく緩んでいる。くそう。 「ねえ、羽鳥さんって下の名前なんだっけ」 「陽子だけど」 「じゃあ陽子ちゃん、あなたって、元々どんな大きさだったかしら?」 「あなたと同じぐらいよ! いいから早く!」 私はピョンピョン跳ねて抗議したが、小動物感を増すだけだったかもしれない。 「やっぱりすごいわ! 陽子ちゃん、自分が小さくされたってことがわかるのね!」 「はぁ? 当たり前でしょ、いいから元に」 その時、彼女の心底嬉しそうな眩い笑顔を見て、さっきの話を思い出した。そっか、普通ならわからないんだ。さっきの男子みたいに。同時に肝が冷える。もしも私に耐性? がなければ、私は昔からずっと30センチだったと認識して、何事もなかったかのようにこの体のまま生きていたのかと思うと。 (こ、この子、やっぱり怖い……) 本当に恐ろしい力。やりたい放題じゃない。 「ホント、嬉しいわー。明日からもよろしくねー」 「え? あ、ちょっと待って! 元に戻してよ!」 縮んだ今の私には到底追いつけなかった。彼女はズンズンとすごいスピードで歩き去り、私は道路みたいに広く長い廊下の端っこに放置された。 「う、うそぉ……。私このまま? 元に戻してくれないの……?」 ど、どうしよう。廊下を行き交う同級生も、先生も、誰一人として私を助けてくれない。挨拶したり、話しかけてきたりはするが、私のサイズに関しては無視し続けた。 「ねえちょっと、助けてよー! 私、レベッカさんに小さくされちゃったの!」 と訴えても、「あははは」と笑われるばかり。持ち前のジョークみたいな扱いだった。やはり、私以外は認識していない。私が30センチの小人であることは普通で常識なのだと、誰もが疑問に思っていない。さっきまで同じサイズだったことを誰も覚えていない。 (わ、私、どうすればいいの……) そうだ、とりあえずお母さんに……。巨人たちに踏まれたり蹴り飛ばされないよう注意しながら、私は教室に戻った。まるで車道を横断するような感覚だった。これだけで、自分が違う世界の住人にされてしまったことは嫌というほど痛感させられる。早く元に戻してもらわないと……。 友人に頼んで鞄からスマホを出してもらい、お母さんに迎えに来てもらうことにした。こんな体じゃ鞄なんか運べないし、危険すぎるよ。しかし普段片手で使っているスマホが椅子ぐらいデカいのにはわかっていても動揺せざるを得なかった。改めて自分が小さくされたことを否応なく実感させられる。酷い……。 「おはよー。あーん、やっぱ可愛いー」 「おはよう……。早く元に戻してよ」 翌日、私は改めてレベッカに元に戻すよう訴えた。昨日はホント大変だったんだから。トイレ行くのもお風呂入るのも一苦労なんてもんじゃなかったし。替えの下着もないから、一緒に縮んだ昨日の奴を二日連続で着ざるを得なかったし。当然、服は全部が通常サイズで、30センチ人間用の服は私の部屋に一着もない。なのにお母さんったら「あらー、そういやそうねー」だけで済ますんだもん。かといってノーブラノーパンで学校来るわけにもいかないから、急いで洗って乾燥させた昨日のやつだ。気持ち悪い。この年になって親に車で高校に送ってもらうのも超恥ずかしかったし。 「あー、そっかー、なるほどー。確かに大変ねー」 私が小さくされたままほっぽかれたことで、昨日どれほど大変だったか涙ながらに訴えると、彼女は茶化すような仕草と口調でそう言って、 「でもー、ちっちゃい方がとっても可愛いわよ。お人形さんみたいで」 などと返してくる始末。冗談じゃない。一生小人のままだなんて。 「もー、いい加減にしてよ。これから一生このままで暮らせっていうの!?」 「あっ、そうだ。とっても良いこと考えたわ。そらっ」 ポンっと音がして、私は白煙に包まれた。 (元に戻してくれたの!?) 淡い期待は煙と共に消えた。目の前には、いまだ巨人たちが闊歩する公園みたいに広い教室があり、私は倉庫並みに大きな机の上に立っているままだった。 「ほら、飛んでみて!」 「は? 飛ぶって……」 その瞬間、直観的にわかってしまった。本能が理解している。いつの間にか身についている。手足を動かすが如く。 「……っ」 私はゆっくりと、背中の羽を動かした。軽く一回羽ばたくだけで、ふわりと体が宙に浮きあがる。数度のはためきで、私は彼女の目線まで上昇できた。そこからは何度か羽を動かすだけで、その高度にホバリングできた。さっきまで存在しなかったはずの部位なのに、扱い方がわかる。わかっちゃう――。悔しくって目に涙が滲んだ。 振り向くと、私の背中から、蝶のような形をした、綺麗な羽が伸びていた。常識で考えれば絶対に得られないだろう揚力が実に簡単に得られてしまう。それどころか、前後左右にも手軽に移動することができてしまう。私は妖精に変えられてしまったのだ。 「ねっ、それなら楽に暮らせるでしょ? 私ってばあったまイイー」 「ふざけないでよぉ! 元に戻してって言ってるの!」 いらないいらない、こんな羽。私は虫じゃない! それに恥ずかしいよ! こんな大きな羽つけて教室を飛び回ったら、そりゃもう……もう……。誰も見てない。いや、見ることには見てる人いるけど、「話盛り上がってんなー」くらいの態度。私の羽、常識になってる……。私が妖精なの、当たり前だと思われちゃってる……。 「これならトイレも一人でいけるでしょ?」 「行きたかないっ、こんな……だから、元に戻してくれればそれでっ……」 「えー、トイレ行きたくないの? 陽子ちゃん、ものぐさじゃなーい?」 「そういう意味じゃなくて」 「でも陽子ちゃん可愛いからサービス! じゃあ、はいっ」 私は再び煙に包まれた。元に……戻ってない。私は机上で羽をパタパタさせてホバリングしているままだ。何? 今度は何をしたの? 「確かにー、こんな可愛い妖精さんがトイレなんかいってたらイメージ違うよねー。ってなわけでー、陽子ちゃんはトイレ行かなくていいようにしてあげたから!」 「は……はぁ!?」 違う! なんでそんな斜め上のやり方で解決しようとするの! 元に戻してくれれば終わりなのに! 何なのもう! 遊んでるの!? ……遊んでるんだろうな。初めて、自分の力に真面なリアクション返してくれる人に会っちゃって……。じゃあ無視して気にしない風にした方がいいのかな? いや無理。こんなの気にするなって無理! 「でも、それだとつまんないから、陽子ちゃんには新しい生理反応をつけてあげたわ。妖精さんらしい、とっても清潔な」 「だから、元に……っ!?」 その時、体に異変が生じた。手足……いや全身が、芯の方から鈍くなってきた。段々動きが鈍く……動かせな……固い、体が……固まって……。 羽もピンと張ったままカチコチになっていく。手足が中心から次第に硬化していく。 「やめ……て」 顔も腰も動かせなくなり、私は声も出せなくなった。パキン、と乾いた音が鳴ると同時に、私は指一本動かせないぐらい、全身がカチンコチンに固まってしまった。 復活した重力が私を引っ張り、受け身もままならないまま、机上に落下。カーンという音と共に、私は足首を強打した。 (っいったぁー!) 痛い。足痛い。仰向けに転がったまま動けない。うめき声も出せない。……ていうか、さっき落ちた時の音、おかしくなかった? まるで何か、軽くて硬い物……人形でもぶつかったみたいな乾いた音だった。ま、まさか……。 (わ、私、人形にされちゃったの!?) 視界に大きな顔が現れた。レベッカだ。 「どう? 今日からはそれがトイレの代わりよ。ラクチンで清潔でいいでしょう?」 (ど、どういうこと!?) 「これからは不定期に、体がカチンコチンのお人形になるの。大丈夫、数分すれば元通りだから」 意味が分からな過ぎて、私は混乱した。 (なっ……なんでそんなことするのよー!) しかし、声は出せないし、体もピクリともしない。私は間抜け面を晒したまま、机上で人形になっているしかなかった。 数分後、体が端の方から次第に柔らかくほぐれ、また動けるようになった。ゆっくりと起き上がり、手足の感触を確かめた後、私はレベッカを睨みつけた。こいつ……この子は私を玩具にして遊んでるんだ。だったら、反応してやらないのが正解……きっと、多分……。 そうこうしているうちにホームルームが始まった。近くにこれだけ、30人近くの人がいたのに、だーれも私を助けてくれない。今の私と彼女のやり取りを不審に思う人もない。30センチの同級生が急に羽を生やしても、カチンコチンに固まっても、まるでいつものことのように流している。惨めだった。世界から私だけが切り離されているみたいで。 授業中にレベッカの方を何度か見たが、まるで「お礼はいいのよ」とでも言いたげな腹立つウィンクをかまされるだけで、すんなりとは元に戻してくれそうにない。どうしよう……どうするのが正解? 飽きるまで付き合う!? でもいつまで? 飽きた後、わざわざ元に戻してくれたりはしないかも。これからの高校生活、ずっと妖精のままなの? しかも、突発的に人形になっちゃう「生理反応」つきで。ひょっとしたら一生……。 不安と絶望で、授業何て全く耳に入らない。最悪、最悪、さいあく……。 体育の時間、私は当然のように見学するつもりだったが、友人たちは「どしたのー?」「着替えないの?」と本当に、何も起きていないがの如く、私に参加するよう促した。こんな体で出られるわけないでしょ! 合う体操服もないのに! 万が一男子のボールでも当たったら潰れて死んじゃうってわかるでしょ!? 「わ、私、今日は見学するから……」 「こらこらー、ずる休みはいかんぞー」 が、私は友人の一人に掴まれてしまい、更衣室へ強制連行される羽目になった。30センチじゃ歯が立たない。 更衣室で解放された私は、みんなの目線まで上昇して抗議した。いや、しようとした。 「もー、だからっ、私、この体……あ、あ……」 口をパクパク開閉しても、声が出てこない。手足も、胸も、その中心から段々硬くなってきて、動かせなくなっていく。それでも懸命に飛びながら助けを求めようとしたが、朝と同様、パキッという音と共に、私は足のつま先から髪の毛にいたるまで石のように固まり、床に落下した。 (あー!) だが、今度は固い床と衝突することなく、途中で誰かがキャッチしてくれた。 (あっ、ありが……う) 私を受け止めたのはレベッカだった。よりにもよってこの子に助けられるなんて。そして、私が突然人形のように動かなくなっても、友人たちは意にも介さない。 「じゃーお先ー」 と言って、更衣室から出ていく。ほ、ほんとにだれもおかしいと思わないの!? 最終的にレベッカと私だけになると、彼女は私をそっと台の上に置いた。 「もー、駄目じゃない、陽子ちゃん。尿意を感じたらトイレに行くでしょ? 同じように、固まりだしたらちゃんとどこかに降りなくっちゃ」 (ううっ……) あなたが変な体にしたのが悪いんじゃない。そう言いたくっても、反論できない。私はカチコチの人形のままだ。 「いい? これはあなたの新しいおしっこなんだから。ね?」 私は煙につつまれた。服が緩く軽い。体操服にされたらしい……。レベッカは更衣室から出ていき、後には私だけが残された。 (んっ……んんっ、駄目っ、やっぱ無理……) その間、どうにかして動けないかと試してみたけど、結果はわかりきったもの。全身が完全に硬化していて、力を込めるという行為すら封じられている。私の体には元々筋肉なんて存在していなかったんじゃないか、単一の石から彫りだされた石像だったのではないかと疑ってしまうほどだった。 (こ、これから、これがトイレの代わりにあるわけ? ずっと? うそぉ……) そして、この「生理現象」がトイレの代わりだとしたら……。 (ちょ、ちょっと待って。まっまさか私、みんなの前で、更衣室で、おしっこしちゃった……てこと……?) 私は耳まで真っ赤に染めながら、静まり返った更衣室で絶叫した。 放課後になっても、レベッカは私を元に戻してくれなかった。飛べても鞄は運べない、帰れないと文句を言っても、「置き勉すれば?」でバッサリ。このまま帰るしかないの? また明日も妖精のまま? そのまた明日も? 「じゃ、じゃあ、これだけ教えてよ。私、いつまで……よ、妖精でいればいいの」 「んー?」 レベッカは私を愛でるようにツンツン突きながら、優しく囁いた。 「可愛くなったらね」 「なにそれ、どういう……」 「お家に帰ったらわかるわ」 彼女はそう言って、さっさと教室から出ていってしまった。今なら飛んで追うことも可能だったろうけど、そんな気もわかなかった。追いかけたところで、だ。結局、彼女の気分次第なんだもの。 (でも、可愛くなったら……って一体なに?) 媚びろってこと? 明日から、妖精っぽく振舞って見せろってこと? それは……ヤダなぁ。恥ずかしすぎて死んじゃう……。 結局、親に迎えに来てもらって帰宅すると、自室に大きな……いや、小さなクローゼットが新設されていた。中を開けてみると、今の私にピッタリの服がたくさん収められている。 「お、おかあさーん! これ何!?」 「何が?」 「だからコレ! この服!」 「……?」 あ、前からあったことになってるのね。じゃあ、これは……。スマホが鳴った。ラインにメッセージが来ている。レベッカからだ。教えてないのに。体育の間に交換されてたのかな? まあいいや、そこは。 挨拶と共に、彼女からの指令が届いていた。これから毎晩、可愛い自撮りを送ること。そうしたら、そのうち元に戻してあげる……という内容だった。 「ふっ……ふざけんな!」 私はスマホを蹴りつけ、寝転がった。……羽が潰れていたい……。これから仰向けで寝ないといけないのかな……。明日レベッカになんとかしてもらおうかな……っていや、何でアテにしてんの私! 元に戻してもらわないといけないんでしょ! そのためには……えっと、自撮り……ええ~? (可愛くなったら、ってこういう意味……) くだらない。なんで私がそんな恥ずかしい真似をしなくちゃいけないわけ? ……でも、元に戻るためにはしょうがないか……。今んとこそれしかないし……。でも本当に約束守ってくれるかな? そのうちとか書いてるし。 とりあえず用意されている服を一通り確認した。下着類は助かる。良かった……。365日同じ下着を着続けないといけないかと思ってた。この点は感謝。いや全部あの子のせいじゃん。マッチポンプだ。それより、問題は服。これがまた酷い趣味で、派手なアイドル衣装、フリフリな幼い衣装、ドレス、メイドやらバニーやらのコス衣装、そんなのばっかりで、真面な服が一着もない。 (私を着せ替え人形にして遊ぶ気ね……) こんな格好したうえで、諸悪の根源に自撮り……それも可愛く撮って送らないといけないなんて……。それなんて拷問? (嫌だって言ったらどうなるかな……) そう思った瞬間、またスマホが鳴った。早く送れ、さもないとウチのペットにしちゃうから……という内容の文面が、冗談めかして書いてあった。私は真っ青になって、慌てて近くにあったメイド服をもぎ取った。冗談じゃない、嫌だ嫌だイヤ、それだけは絶対に。魔女の家で鳥かごに囚われている自分の姿を想像すると、背筋がゾワッとする。 服はご丁寧に背中に穴が開いていて、羽が通せるようにしてあった。メイド妖精……そんな自撮り残したくないけど、しょうがない。 フリルとリボン満載のミニスカメイド服を着て、白いリボンカチューシャをつけた後、スマホを鏡のように立てかけ、自分を写した。 「……うぇ」 心底嫌そうな表情を浮かべる、メイドの私。後ろには透き通るような蝶の羽がくっついている。まるでコスプレだ。恥ずかしいけど、仕方がない。送ろう……。 すぐに返事が来た。お叱り報告だった。可愛くない、というのだ。私はムッとした。人が恥を忍んでコスプレ自撮り送ってあげたのに、何さその言い方!? 大体脅迫じゃん。ブツブツ……。 でも写真を見直すと、まあ、わかる。表情。心底嫌そうな顔。流石にこれだと気分を悪くするのは当然か。いや、なんで私ちょっと自分が悪いみたいに思ってんの!? 向こうが悪いんじゃん全部。 でもこれだと多分きっと元に戻してもらえないだろう。嫌々ながらも、私は重い腰を上げ、再撮影に臨んだ。 (笑った方がいいよねー、やっぱり) 何度が撮ってみても、笑顔が硬い。次第に、体も動きがないことに気づいた。ぼっ立ち。もうちょっと可愛く……。でもあんまり媚びたポーズは撮りたくない、心情的に。 試行錯誤している間にお母さんに発見され、ひとしきりからかわれた後、お母さんが言った。 「可愛く撮る方法、あるわよ~」 「ホント? どうやって……って、あ、あはは、ははは、やめ、やめて、ちょっと!」 お母さんは急に私をくすぐり始めた。圧倒的体格差の前に逃げることもできず、私は一方的に慰み者にされるのだった。 「ひー、ひー」 真っ赤になって、ちょっと涙もにじませたまま、私は机の上に座り込んでいた。パシャっと音が鳴り、お母さんがスマホを私に見せた。頬を赤く染め、泣き笑いしながらカメラを見ているメイドの妖精が映っている。 「可愛いー。お母さんにも頂戴ね」 「あ……あは……」 とりあえずその日は、レベッカはそれで大いに満足してくれたようだった。 翌朝は針の筵だった。レベッカときたら、私の写真を待ち受けにして本人の前で褒めちぎり、それを教室中に見せて回ったのだ。 「可愛い~」「おっ、こりゃ……」「えーこれ羽鳥さん? うっそー可愛いー」 私は真っ赤になって俯いたまま、一言もまともに言葉を発せられなかった。 昼休みに改めて彼女に話しかけても、だらしなくニヤケながら「今晩も可愛い自撮り、送ってね~」と言うばかり。元に戻してと懇願しても、「また今度」「可愛い自撮りいっぱい送ってくれたら戻したげる」とかわす。 (ほんとに戻してくれる気、あるの……?) 悔しいやら恥ずかしいやら、そして認めたくないものの、可愛い可愛いと言われることへの嬉しさで、私は午後の間ずっと考えがまとまらなかった。 (でも……とにかく、やるしかない感じだよね……) このまま続けて気分がよくなれば、そのうち元に戻してくれるかもしれない。私は大きな鏡を部屋に置いてもらって、可愛く見える表情とポーズを研究するようになった。 今日はキラキラのアイドル衣装。羽が上手くデザインとマッチしていて、とっても可愛い……かどうか知らないけど! マッチはしている。多分。 (せっかく妖精なんだから、飛んでるところもいいかなー) 色々試してみた末、空中で可愛くキメたところを写真に収めることにした。ちょっと心配だったけど、上手くブレずに撮れた。 (よかったぁ~) 改めて自分の写真を見てみる。うん、バッチリ可愛く撮れてる。自分で言うのもなんだけど、とっても可愛く仕上がって……ってあーもー! 何やってんの私は! 毎日毎晩! 勉強もせずに! あの日からずっとこんな調子だ。最近は日中でも、今晩はどの服を着ようか、どうすれば可愛く撮れるかな、なんてことを考えてしまう。気を……気をしっかりもたないと。私は妖精でも自撮りマシーンでも着せ替え人形でもないんだからっ! しかし、私のスマホの中身は、可愛くなることを追求した私の自撮りで埋め尽くされようとしている。しかも半分は送ってないやつで。 (これはっ……研究……元に戻してもらうための……) しかし、いくら自分に言い訳したところで、スマホの中では無数の私がにこやかな笑顔で、あざとい上目遣いで、可愛い衣装を纏ってこっちを見続けている。ノリノリにしか見えない。 (ち、違うもん……私はそんなそこまで可愛いなんて思ってないし、元に戻るためだし……) まだ時間あるし、送る前にもう二、三回撮ってから決めようかな。私はまたアイドル衣装を翻し、ポージングを決めた。……が、その時だった。 (あっ、『トイレ』が……) パキパキと体が硬化し、私は笑顔で可愛くポーズしたまま動けなくなってしまった。数分はこのままだ。ちょうどスマホの方を向いていたので、今の自分の姿が否応なく視界に入る。 (うわーん、やだぁ~) 可愛くしたまま固まってしまうのはもう初めてじゃないけど、写真とはまた違う気恥ずかしさと気まずさがあった。こんな格好で固まっていると、本当に人形みたいだ。 「陽子ー、お風呂沸いたわよー」 (あっダメ、今はっ!) 最悪のタイミングでお母さんが部屋に入ってきた。アイドル衣装を決めてスマホの前でポージングしたまま固まっている姿を……見られてしまった。 「あっ? あら、ふふっ……」 お母さんは静かに部屋から出ていった。その後動けるようになった私は、羞恥のあまり布団に突っ伏して泣き叫ばずにはいられなかった。 こうして四月も終わらないうちに、私の高校生活は妖精生活としてのスタートを切った。いつ人間の高校生に戻れるのか、私には知りようがない。それはあのレベッカしか知らないのだ。その日が来るまで私は、可愛いコスプレ妖精としての自撮りを、延々と彼女に送り続けなければならない……。

Comments

Anonymous

すごいです! 可愛らしさと恥ずかしさが詰まった奇妙な物語!このような超能力は素晴らしいです,被害者本人だけが自分の被害状況を知っているのも素晴らしいです。思わずヒロインを応援してしまいます (///ω///)

Anonymous

このお話、凄く好きです。相手を好き勝手に変えて楽しんでいるレベッカも、生理現象を捻じ曲げられて困っている陽子も読んでてニヤニヤしてしまいます。クラスメイト達が硬化をどう受け取っているのかってのも気になりますね。

sengen

とても面白かったです。 レベッカの不思議な力は、もし望むならやりたい放題であり、流石にそこまでしなくても羽鳥にとってはどんな変化をさせられるかわからない怖さを抱えてるというのが楽しかったです。しかも妖精という想像上の生物に変身されながらも、誰も変に思われないおかげもあり、日常生活も苦労しながらも何とか送れてしまうのが斬新でした。そのことがかえって皆から可愛がられたり、妖精になってることを余計に意識させられたりするのが素敵です。 嫌々理由をとってつけながらも可愛くなったり褒められるのは嫌じゃないので、つい撮影するのに夢中になってしまう事も中々可愛いと思います。 羽鳥が女子高生の濃厚な三年間を妖精として過ごせば、人間とは違うより特別な青春になってしまうし、きっとこのままでは済まないでしょう。羽鳥とレベッカがこれからどんな思春期の思い出を残していくのか、今後がとても楽しみになるような内容でした。

opq

感想ありがとうございます。楽しんでいただけたのなら嬉しいですね。

opq

コメントありがとうございます。周囲は硬化はそういうものだと認識して気にしていません。

opq

読んでいただきありがとうございます。気に入っていただけたようで何よりです。