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コレは供養




 城の北側、日当たりの悪い場所に収容所は設けられている。王室の所在地に近いだけあって、檻に収められるだけにもそれ相応の身分を必要とした。誰もが王族や貴族、将官であった。

 警備は厳重で、昼夜を問わず兵士が複数人で巡回する。その中に紛れて一人だけ豪勢なドレスに身を包んだ少女がいた。磁器らしい白い仮面で顔を隠した彼女は兵士に付き添われて、ある檻の前で立ち止まる。

「これが、その?」

「はい、一昨日来た長耳族、または森人族です」

 鉄の格子の中には裸に剥かれて首輪に手枷足枷と拘束された女がへたり込んでいた。彼女の耳輪は先細って伸びていて、地上に跋扈する人間とは違う種族だと主張していた。

「後は刑務所に送られるだけ?」

「はい。そうなります」

 王宮での最終的な取り調べと判決の後で彼女は戦争犯罪人の扱いだ。戦争の首謀者でないから極刑こそ免れたが、二度と日の当たるところを歩くことはなくなる。

「うん……やっぱりオルデンを呼んで頂戴。人払いもお願い」

「かしこまりました、ルイーズ王女殿下」

 ルイーズは王位継承権第三位の王女であった。捕虜として面白い種族が捕まったと聞いた彼女は興味本位で面会に来た。

 オルデンは城の警護に携わる兵士を取り仕切る将官、親衛隊の長である。本来なら彼がルイーズを案内すべきだが、非番だったところを無理に呼び出すつもりがなく、そこら辺の兵士で済ませてしまった。

 やがてひどく息を切らしたオルデンが現れるとルイーズは堪らず笑い出した。

「ごめんね、お休みなのに」

「滅相もない。それで、何用でしょうか。まさかこの長耳娘を玩びたいなどと言いませんよね」

 その通りだった。オルデンは気乗りしない様子だが王の子女の願いとあれば断りはしない。檻が開き、枷の固定が外される。

 その瞬間に長耳族は叫びながら体を跳ねさせる。一直線に両腕がルイーズの首元を目指した。

 しかしその一閃はオルデンがはたき落として届かない。あまりにも高威力の拳は彼女の腕を払うだけで済まず、そのまま中空でへし折った。そのまま組み伏せて捕縛する。

 今でこそ一線を退いたオルデンだが、元は一兵卒から腕力だけで上り詰めた筋金入りの叩き上げだった。

 長耳族は魔物よろしく人間の言葉を解すことがなければ話すこともない。だから、それこそ言葉にならない声で喚く。

「こんな小娘でもたった一人でしんがりを務めたと聞いてます」

 領地に攻め入られ、魔物たちの敗走の際に彼女がたった一人で人間の一個師団を食い止めたという。噂に尾ひれ背びれはついただろうが、火のない所に煙は立たない。

「私も聞いた。それはそれは期待できる、じゃない?」

 オルデンは立ち上がる様子を見せない女をそのまま引きずって、廊下に出た。その後をルイーズがついていき、警備兵と入れ替わる。

「あ、殺してやるって言ってる。必ず、死ね、臭いヒト風情が、だって」

 ルイーズは魔物が話す言葉を学んでいた。だから長耳族がまくし立てる罵詈雑言を理解した。オルデンは心の底から呆れたようにルイーズを一瞥した。

「またどこでそれを」

「情報分析官から。聞き取りはそれなりに……そんなに臭うかな」

 肉も草も魚も胃に収める悪食のヒトは特有の臭いを放つ。ただし臭っている本人らは麻痺して嗅覚が感じる閾値が高いだけだ。

「それで、どうするんですか」

 二人は階段を降りる。王城の長い歴史の中で久しく改築が行われない区画にわざわざ出入りして使っているのはルイーズくらいだ。

 ほこり臭い半地下の空間は鹵獲品の置き場や強度の尋問を実施できる部屋、そして古書を収める図書室として使われている。そのうち一画は剣を振るえるだけの広さがあった。

「もちろん、決闘する」

「何がもちろんだか。感心しませんよ」

「立たせて」

 オルデンが彼女を引っ立てる。恨みを込めて、彼女はルイーズを睨んだ。わずかな隙間から差し込む日の光に涙がきらめく。

「初めまして、名前、教えて?」

 答えはない。オルデンが赤紫色に腫れ上がった右腕を握って促した。むしろ逆効果で、彼女は歯を食いしばった。それでも声は漏れる。

「まあいいや。えーっと、お前、私と、決闘、勝つ、解放。伝わるかな」

 ルイーズは倉庫に捨て置かれた剣を二振り持ち出した。そのうち片方を彼女に差し出すと、長耳族は素っ頓狂な表情を浮かべる。それは予想外の提案だった。

「……本当か」

「お、反応した。本当、武器、剣、お前、勝つ、解放、負ける、一生奴隷、いいか」

 選択肢を与えているようで、選択の余地は与えていない。彼女はどうしたって剣を掴んで王女と戦う必要がある。

「決闘」

「そう、決闘。オルデン、離してやって」

 王女の命令でオルデンは彼女の拘束を解除する。身体の自由を得るなり早々と、彼女は片手で剣を構える。途端にオルデンは身を強張らせた。同じくルイーズも、しかしゆっくりとした動きで剣を構える。

「どう? やる?」

「やる。でも、血の契約」

「王女に命令する? まあ格式は大切かな。分かった」

 ルイーズは剣で手のひらに一文字の傷をつける。ほとばしる血を目の当たりにしてオルデンは何をするつもりなのか理解した。

「それは、だめですよ。本当に」

「立会人よろしく」

 決闘の決着で約束を守らせるために、その血を以て契約を交わす呪術的な方法ある。二人だけの取り決めであればそこまで強くはないが、立会人を置いたなら契約違反は命に関わる。

 だからオルデンはやりたくなかった。しかし、その一方でルイーズが決闘に負けるとは全く思っていない。

「……カリナ、それが私の名だ」

「そう、私はルイーズ。よろしくね」

 カリナも右手の平を切る。手と手を重ねるとオルデンのその上から抑える。誓いを促すと、交互に勝ったときに相手に押し付ける内容を唱えた。

「身も心も捧げて、死ぬまで私に仕えなさい」

「死んで私を解放しろ」

 成立と共に生傷は消えて無くなった。

「さ、お膳立ても済んだところで。闘りましょうか……の前に、私の腕、どっち、潰す?」

 ルイーズは尋ねる。カリナの右腕が腫れ上がっていることに対するハンデだった。

「両方だ」

 イラつきから過大な要求をした。とても通るとはカリナは思っていなかった。

「欲張りだこと。オルデン、私の腕潰して」

「両方ですか?」

「そこは躊躇しないんだ」

 テーブルに置いたルイーズの腕にオルデンは棒きれを振り下ろした。鈍い音が二回響いて腕が潰れた。皮下の出血は外に広がらない代わりに、二倍か三倍にも彼女の腕の直径を膨らませた。

 仮面の下で表情を窺い知ることはできない。しかし彼女は痛みを感じていないようだった。平然と、確かめるように右手に力を入れようとして、ルイーズは利き手で剣を握れないことに気付いた。

「筋まで切れてるんだけど。なに私の方は本気出してるの」

「いや事故ですって! 置いたら挟まって威力二倍ですよ」

「はあ……まあいいや。来い!」

 剣を持ち替えて、ルイーズが叫ぶ。目の前で起きた暴力事件でカリナは呆気に取られていたが、その声で置かれた立場と次に何をすべきかを思い出した。両手で握り直して、ルイーズに飛びかかる。

 鋭くはあるものの大振りな袈裟切りだった。避けようと思えば避けようはあったが、ルイーズはしない。甘んじて斬撃を受ける。白いドレスを裂いて、赤いシミが広がる。

「……本気で、切らなかったの後悔するよ」

 見た目こそ派手な傷だが骨にすら達していない。だから致命的にはならなかった。

 そしてカリナにとってもその命中は想定外だった。大振りだから避けるとは言わないまでも、反射的に防御動作を取るはずだ。その前提が彼女の刃を鈍らせた。

 今度はルイーズの番だ。利かない右手の代わりを担うも、左手は動きが十分とは言えない。だから柄を指で挟むようにして拳を作り、剣を落とさないようにした。

 左腕が動く。タイミングを合わせて守りの構えを取ったつもりのカリナはいつまで経っても来ない斬撃に戸惑った。剣はルイーズの背中まで回って、腕が鞭のようにしなって振るわれる。

 その動きは流れる水のように予測が難しく、両手でしっかりと握り、守りの構えを取っていながらも切っ先がカリナの右手首に食い込んだ。

 そのまま骨すら両断して手先を切り飛ばす。剣も宙を舞って床に転がった。赤白黄色の切り口から血が吹き出して、彼女は苦悶の声と共に石の床にうずくまる。

「期待外れかな」

 体勢を崩したカリナの横っ腹に蹴りを入れた。つま先で突くようにすると肋骨を何本か折って、肺にその破片が突き刺さる。咳き込むと同時に鮮血を吹き出した。

「ハンデまであげたのに、このザマ?」

 すぐにはトドメを刺そうとはしない。血を振り撒きながらも、剣を再び拾って支えにしながら立つのを待った。

「根性は認めても良いかもね」

 一転して、いくらかルイーズの期待に応える部分はあった。それに返礼するためか彼女は自分から、右手首の先から叩くように切り落とした。吐出される血液は制限時間を確実にする。

 再びルイーズはカリナに先手を譲った。左右こそ変わったが先ほどの袈裟切りと同じ動きに見えて、一太刀を甘んじて受けようと抱擁を受け止めるように手を広げる。

 しかし途中でカリナはなくなった右手を振るった。血飛沫をルイーズの顔に向かって振りまいて、視界を奪った。その間に構えを変えて剣先を向ける。

 切るのではなく突くことにした。勢いのまま押し倒すと衝撃で仮面が外れて、床に転がる間もなく割れた。仮面の下から現れたのは体躯に見合った可愛らしい少女の顔だった。プラチナブロンドの目立つ髪色とは相対的に、目の色はオリーブ色でありふれたものだ。

 それは一瞬だけカリナを戸惑わせた。カリナより幾分か幼げな少女に刃を突き立てた。耳の形こそ違うが、他はおよそ変わらない。

 それでも意を決して、体重をかけると胸骨を砕きつつ刃を侵入させる。腔内を満たすようにせり上がった体液がルイーズの口から漏れる。

 これで仕留めた、勝ったとカリナは思った途端に首を掴まれる。胸に剣を差し込まれてなおルイーズは生きていた。

「……心臓を外れてる。首を狙うべきかな」

 喉の軟骨が指先三本で潰されると、もはや器質的に濁った声が漏れる。パニック紛いに逃れようとするカリナをむしろ引き寄せている膂力は華奢な二の腕に見合うものではない。

「落とされた腕の使い方は見事ね。でも、こんな使い方もある」

 軽くテイクバックして右腕が放たれる。それは一突きで眼窩骨もろとも左目を破裂させた。衝撃は脳に響き、そのままカリナの意識を消し飛ばした。

 威力が上がれば上がるほど、拳は却ってクッションの役割を持ちはじめる。それがもし、物理的になくなったならば威力が高まる。

 くずおれたカリナの腰にルイーズは手を回して、今度こそ本当に抱擁をした。優しげに背中を摩る。

「ごめんなさいね。最初から、勝ち目はないの」

 謝罪の後で別に、短く、ルイーズは言葉を唱える。その途端にカリナの潰れた顔の半分が時間でも巻き戻したように修復された。

 ルイーズはカリナを自分の上からどかして、立ち上がるとドレスの埃を払った。そして、自分が王室の由緒正しい服で剣を振るっていたことに気がついた。

「ドレス、どうしよ」

「いつ言おうか迷ってました」

 観戦していたオルデンが口を開く。

「言いなさいよ。物は直せないのに」

 乱暴に胸から生えた剣を抜き捨てると血が噴き出した。だけど瞬く間に傷は塞がって、跡形もなく絹のようにきめ細やかな肌がドレスの切れ間から覗く。

「こっち私の手だっけ」

 そう言ってルイーズは床に転がる二つの右手のうち一つを拾い上げる。

「違います」

 ルイーズは手を離した。

「じゃあこれか」

 改めて拾って切断面を合わせてみるも、殴った衝撃で滅茶苦茶になってうまく接合できなかった。仕方なく、ルイーズは人間が理解できない言葉を唱える。幾分か長いそれを終えると、傷口からピンク色の肉芽が膨らんで手が生えた。

 握り開いて動作を確認すると再びカリナの処置に戻る。カリナの方は切断面を合わせるとうまく接着した。しかしただ繋がっただけで、一般なら正常に動かせるようになるまで時間が必要だ。

「まあ、こんなもんかな。床の掃除は頼むとして――」

「また噂広がりますよ」

「いいじゃない。仮面で顔を隠した血塗れの王女。怪しくて。だいたい王権は弟が相続するんだし」

「ぜーったい後悔しますよ」

「私に武術教えておいて何言ってんだが」

「教えたかったのは武道、です。だいたいこんなの武術でもなんでもなくただの暴力ですからね」

 手首を掴んで脈を確認する。その触感でカリナは目を覚ました。

「おはよう。よく眠れた?」

「わた、わたし、いま」

 死の淵から引き戻された彼女は再開した現実に戸惑った。ルイーズは優しく、それでも支配的にカリナを押さえつける。

「頭を吹っ飛ばされた。覚えてる? まだやる? やるならいいけど」

「なんで――」

「治した。筋の動かし方は赤子からやり直しね」

 その通り、カリナは右手を動かそうとして、感覚だけが返ってくるばかりだ。

「……殺してくれ」

 血の盟約を交わしている。だからカリナは生きている限りルイーズに対して絶対的に従わなくてはならない。それくらいならば誇り高く死んだ方がマシだった。

「それが本当の望みならしてあげるけど。その根源は解放でしょ? それが望みならそうする。ただ、金輪際戦争に関わらないで慎ましく暮らして頂戴。また捕虜で捕まったから私の首が飛ぶから」

「だったらどうして、こんな」

「興味があって戦いたかっただけ。ソレが済んだから私はもうどうでもいい」

 カリナが起き上がる。そしてまじまじとルイーズの顔を見る。

「お前の傷は」

「治した。あなたと同じ」

「自分で自分に回復魔法を?」

「珍しいでしょ。王族だからかな」

 途端にカリナは自分の手で、さっき治したばかりの左目をえぐり取った。

「……それも治すけど」

 やがて広げた血塗れの手の平の中に眼球が収っている。

「治すな。この目はお前にくれてやる」

「貰っても嬉しくないのだけど」

「うるさい。盟約の通り仕えるって言ってるんだ」

「あら……ああ……それは、ちょっと、面倒かも」

 話半分のつもりだった。だから席を作っている訳がなかった。彼女は従者が嫌いで、身の回りにそういった存在を置いていない。

「なにか他に目的が?」

「逃がした妹に会いたい」

「なるほどねえ……分かった。私の部下としてなら動きやすいか。いいよ」


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