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 鷹丸たちが宿泊しているペンションには九つの客室がある。しかしそのうちの一つ、204号室は使用不能で実際に使えるの八室だけだ。

 詳細は分からない。鍵穴には接着剤が詰め込まれ、窓はカーテンが締め切られ内部の様子を確認できなかった。

 中に何があるのか、ニーナを除いた四人の間で議論になる。仲介したマリーも詳細を知らず、購入したミサも同じだ。

「ここら辺、九尾の狐伝説だよね」

 ユリカが一升瓶から酒をマグカップ注ぐ。米を原料にした酒で、銘柄は「ないんている」だ。三人が買い出しに行った先で出張販売をしていた。

「キツネ? だったら厄介だな」

 ミサはキツネが嫌いだった。人を食い物にするのが得意な連中ばかりで、賭け事で辛酸を舐めさせられてきたという。

 しかし明日に会う予定だ。「ないんている」を醸している蔵元と話が弾んで、帰りがけ見学をさせてもらう予定になった。

「特急の呪物があったりして」

 分かるほど酔っているユキを見たのは鷹丸にとってこれが初めてだった。

「隣はニーナさんですよね」

 なにかの儀式が進んでいる、呪物が置いてある、死体遺棄、実は何もない。話が煮詰まるとついに侵入するという話になった。

「ニーナを起こそう」

 四人揃って談話室を出て、ミサがニーナの部屋を蹴る。眠い目を擦って出てきた彼女はネグリジェを着てナイトキャップをしていた。

「なに……」

 夕食の後で本当に寝ていたらしい。ドアチェーンはかけっぱなしだ。

「サキュバスが夜寝るなよ。隣の開かずの部屋に入るぞ」

「ニーナはパス」

 ドアが閉められる。突撃するのは四人だけになった。

「どうしよっか」

 上機嫌のユキが開かずのドアを確認する。本当にドアを破る気らしい。

 鍵穴が潰されてはピッキングもできない。サムターンも回りそうもなく、強行突破は確約されたようなものだ。

「フロントに工具がありそうじゃない?」

 誰も建物の全容を把握していない。家族経営の宿でフロントの裏から管理人室に繋がっているが、誰も入らなかった。

「ミサ、ここ本当に大丈夫なの?」

 ユリカがフロントから紙を取り上げる。宿泊の予定表で、昨日の夜に男性が一名来る予定だ。ただし、今日いままでそれらしい人は見えていない。

「ノーショウだから全額請求な」

 気ままにミサは言う。ユキはバックヤードのドアを開いた。奥は畳の間なのに、土足の足跡がいくつもついている。

 もちろんマリー達は金貸しをしている。ユリカもお世話を受けたところで、ほどほどに暴利だから負債者が夜逃げしてしまうこともある。ただ今回はミサが買い取ったから貸付残高はなくなった。

「ガンロッカーだ」

 真っ先にユキが気がつき、戸を開こうとする。施錠されていることを確認すると懐から自宅とバーの鍵束を取り出した。その一本を刺すと衝撃を与えて回してしまう。

 中から散弾銃とライフルが現れる。ユキは一挺を慎重に取り出した。中折れ上下二連散弾銃で、レバーで開くと緑色のプラスチックシェルが弾かれる。一つは空ケースで、もう一つは実包だった。

「これいいんですか」

 鷹丸は尋ねた。ユキは首を横に振る。

「ダメだね。ここにもう二挺あるはずなんだ」

 彼女が指差した先、二つのラックが空きになっている。埃の具合から棒状のなにかが立て掛けられていたのは確かだ。

「マリーに聞くか」

 ミサが携帯電話をユリカに渡す。IP電話のアプリを立ち上げて、連絡先からマリーを選ぶ。

「もしもし? お楽しみ中でなくて?」

「鉄砲出てきたぞ」

 初っぱなからのミサの一言で空気が固まった。

「聞いてないな」

「前の持ち主は飛びだろ? 銃二挺持っていってるぞ」

「……実は違うって言ったら怒るか?」

「怒る」

 マリーは構わない。

「回収してるから飛びじゃないんだよね。利息分は家の権利書でってことだけど。グレーゾーン金利だから詰めにくいし」

「二重取りしたのか。金返せ」

 結構な額なのにあまりミサは怒った様子を見せなかった。

「バレれちゃ仕方ないから半分返すわ。ただ状況は変で、返済滞って詰めに行ったら現ナマと権利書ぶつけられてもう来るなだとさ」

 ガンロッカーの下に南京鉋の施錠がされた箱が固定されている。レンチ二本を使ってこじ開けると弾薬の紙箱がいくつも見つかった。

 ユキは薬室に何も入れず閉鎖して引き金を二回引いた。カチカチと撃鉄が落ちることを確認するとダブルオーバックとある箱から二発込める。

「ユキさん?」

 彼女は左目をずっと閉じていた。発射可能な散弾銃を携えて深呼吸をする。銃口は誰もいない床に向けられる。

「足跡、一つしかない」

 踏み荒らされているが足跡の種類はひとつだった。ともすれば、その持ち主が銃火器を携行している可能性が高い。

「マリー、助けが要る」

「その関わりするのマズいな」

「後始末は要る」

「ウチのモンに待機はさせとく」

 電話が切られた。ユキはライフル銃も装填する。ウィンチェスター社製のボルトアクションで、薬室も合わせると合計六発が装填できた。三十口径180グレイン、ポインテッドソフトポイントとある。

 その手つきからしてユキは銃の取り扱いに慣れていた。それがなぜなのか鷹丸は聞こうに聞けなかった。

「念のため説明しますね」

 鷹丸とユリカのためだ。銃は常に装填されているものとして銃口は人がいない方向に向ける。安全装置があって、撃つ前にスイッチを変えなければならない。ただ撃鉄を止める機構はないから、暴発の恐れが常にある。

「撃つのはおろか、触るのもよっぽどの時だけです。基本的にボクがしますから――」

「ガソリンの臭いがする」

 真っ先にミサが異常に気付いた。その後でユリカ、ユキと感知する。この辺りでガソリンを使うのは車だけだった。

「ユリカさん、今すぐマリーに電話を」

「……接続なしになってます」

 鷹丸もスマートフォンを出す。同じく無線LANの電波は拾えているがインターネット通信に失敗してしまう。モデムまでは健全で、そこから先に障害が起きている。

 元々、電波が届かず携帯電話は不通だ。インターネットは電話回線を使ったものに頼っている。インターネットが不通ということは固定電話も同じだ。

 途端にラウンジのガラスが大きな音を立てて割れる。ミサが鷹丸の、ユキがユリカの頭を抑えて下げさせた。

 立て続けに、今度は爆発音だけが聞こえる。ユキがハッと顔を上げる。

「……ニーナだ」

 ホテルには内線設備がある。ユキは背を低くしたままフロントのカウンターの下まで潜った。そしてニーナの号数を叩く。

 なかなか電話は繋がらなかったが、最終的には受話器が取られた。

「大丈夫か?」

 ユキが尋ねる。荒っぽい呼吸だけが聞こえる。

「深呼吸して。歩ける?」

「う……あ、ある、歩け……」

 近く、上階から済んだ破裂音がして電話口からニーナが消えた。ユキは内線電話を手放す。数十秒後にまた上から発砲音が聞こえた。ライフル銃を持った誰かが侵入している。

「ミサ、合図で二人を引っ張ってきて」

 この極限状態で震えず動けるのは他にミサだけだ。ユキは体を覗かせる。途端にラウンジのガラスが割れた。続けて離れた爆発音と同時にカウンターの一部が吹き飛ぶ。

 ガンロッカーに収まる散弾銃はどんなに多くとも三発以上は立て続けに撃てない。ユキは両脇に銃を抱えて階段に向かって駆けた。無事に渡りきると、相手の再装填の時間を計測する。

 わざと体の一部を露呈させていたユキに撃ちかけられる。四十秒だった。

 遂にユキも銃口を角から出して引き金を引いた。暗がりに向けての闇雲な射撃だったが、相手に反射的な応戦を強いて二発目を引き出した。

 それを受けてもう一度射撃したが、今度は返ってこない。ポンプアクションは射撃間隔から考えにくかった。半自動ならもっと早く再装填できる。同じ中折れとユキは考えた。

「来て!」

 ユキが叫ぶ。ミサは二人を翼で抱えると渾身の力で跳ねた。ユリカもまだ体が動いたから、荷物になった鷹丸の服を掴んで体を支える。

 しかし途中で鷹丸は足を止めた。引っかかってつんのめって、三人揃って転ぶ。

 そこに三発目の発砲音が響く。ミサの頭に狙いを付けた鉛玉は転んだせいで外れた。ユキはその反撃で撃った。

 体勢を立て直して、無事に三人とも階段に転がる。誰もが肩を上げて酸素を取り込んだ。

 判断ミスを悔いることなく、リロードを済ませたユキが先陣を切って二階に上がる。侵入者の姿を捉えることができたが即座に発砲された。それはライフルで、一点の深々とした弾痕を壁に残す。

「止まれ!」

 サキュバスの魅了を含んだ怒声だ。しかしフードを被って口元をバンダナで覆った誰かは、尻尾を巻いて非常階段へ走る。

 仕方がなくユキは散弾銃を撃った。脇に逸れて命中した様子はなく、まんまと逃げられた。

「カバーする。先進んで」

 他三人をニーナの部屋前まで進ませる。ユキが後を追う。

 ミサが呼びかけると即座にニーナが出てきた。彼女の身に何が起きたのかは、ネグリジェにできた黄色いシミが十分に物語っていた。

 ニーナは切り傷だらけの体で、ミサの胸に顔を埋める。ミサも翼を広げて彼女を包んだ。

 ユキは正反対の二つの方角を警戒しなければならなかった。非常階段に散弾銃を向け続けて、意識は階段も見ている。

「ユリカさん、ボクのポケットから鍵を取って開けてください」

 言われた通りに彼女はユキの部屋を開く。ミサがニーナを連れて、最後にユキが鷹丸を連れて転がり込む。

 窓の風景は見晴らしが悪く景観の悪い部屋だ。しかし今はそれがプラスに働いた。照明を点けてユキはライフルを置いて散弾銃に再装填する。

 冷蔵庫を開けると中にはペットボトル入りの水が入っていた。ニーナ、鷹丸、ユリカ、ミサ、ユキの順で口を濡らした。

「襲撃者は二人以上、一人はおそらく女性、ライフルとオートの散弾銃を所持。目的は……」

 殺す気だ。ユキにはそれが分かった。だけど怖じ気づいて摩耗した三人の前で言い出せなかった。

「思ったよりニーナが壊れてる」

 ミサとユキで作戦会議が始まる。ニーナも相応の修羅場を掻い潜ってきたはずだった。ただ、実際に銃を向けて撃たれたのはこれが初めてだ。

 彼女は窓の外に炎の揺らめきを感じて顔を出した瞬間に撃たれた。車が燃やされたのは確かなようだ。

 マリーのことだから再度電話をして繋がらない時点で、現地に確認の指示は出すだろう。それまで籠城して耐えなければならない。

 ユキが選んだ客室は比較的安全だった。窓は覆い茂った木々で遮蔽され、侵入経路も廊下の両端と限られる。

「彼ら何者だろう」

「ここの元々の経営者かも」

 ともすれば夫婦だった。外で散弾銃を放ったのが夫、ライフルでニーナを強襲したのが妻だと考えられる。

「開かない部屋との関係は?」

「分からない」

 向かいの部屋だ。しかし今の混乱の中では確認できない。

「ミサさん」

 気弱に鷹丸が呼ぶ。

「大丈夫、なんとかするから」

「いや、スマホがなくて」

 さっきまで持っていたが今は見当たらない。ラウンジを抜けるときのドタバタで遺失したと考えるのが自然だ。

「スマホだけ?」

「……運転免許証も」

 スマートフォンであればロックされているが免許証は容易に閲覧して個人情報を得ることができる。それが手元になく、正体不明の危険な襲撃者がいる。

 探して回収するとなると守りが手薄になる。銃を取り扱って応戦できるのはユキだけだ。

「まだユリカが動ける」

 ニーナ、鷹丸、ユリカの三人であればユリカが最も冷静さを取り戻していた。

「それは……」

 未だユキにとってユリカは堅気の範疇だから、一線を越えてしまう恐れがあるところに立たせたくない。

「私にできることがあれば」

 ユリカが志願すると、ユキは無下にできず散弾銃を渡した。スプレーのように散弾が広がる訳ではないが、それでもライフルよりは当てやすい。

「射撃はミサの指示でお願いします」

 安全装置をはじめとして一般的な扱いについて説明するとユキはライフルを携えた。スニーカーに履き替え、ミサに合言葉を伝えると廊下に出る。廊下を渡りきるまでミサに背後を頼んだ。

 階段を降りた先のラウンジはひどい有様で、そこらにガラスのかけらが飛び散っている。見た限りではスマートフォンは落ちていない。代わりに泥の足跡が増えていた。歩幅と足つきからそれなりに大柄な男性だと判定する。

 自分たちだけだと思って玄関は施錠されていなかった。足跡はダイニング、温泉の方に伸びている。その先に暗闇が広がっていている。

 ライフルのセーフティを解除する。前に進んで体が暗闇に包まれるとやっと左目を開く。長年培った習性だが、サキュバスの体には不要だった。

 何もないことを確認してユキは階段を上る。いくらか緊張も解けて、非常階段ドアを閉じようと前に出る。しかし、ドア枠から銃口が飛び出してきて閃光が飛ぶ。

 ライフル弾は命中せずユキのすぐ側を通過した。体を壁に押し付けるようにして被弾面積を絞り、素早く銃床を肩に当てて引き金を引く。弾丸は闇に消える。

 それから静かになった。ボルトハンドルを操作して空薬莢を弾き飛ばす。

 銃口を向けたまま非常階段を覗く。その先で女性が事切れていた。弾丸は頭蓋骨を叩き割って内部に侵入し、軟組織をかき回した。正常に動作したホローポイントの威力は絶大で、ジャムのような脳漿が開口部から垂れた。

 彼女は手足を折り畳む。それは意識的なものではなく、乱れた電気信号のノイズでしかない。

 銃は見当たらない。誰かが一緒にいて持ち去ったようだ。

 襲撃者の一人を排除した。ユキはどちらといえば、安堵した表情を浮かべていた。

「パイナップル」

「ピザ」

 合言葉を照合するとドアが開く。廊下で起きた銃撃戦のせいで、ミサを除いて縮こまっていた。

「どうだった?」

「大丈夫だよ」

 それからしばらくして、いくぶん離れた所から銃声が何回も聞こえて来た。また間を置いて、建物の前からクラクションが何度か鳴らされる。

「マリーさんに呼ばれてきました」

 ラフな格好をした男たちがズカズカと上がってくる。ミサは彼らと面識があるわけではないが、マリーの名前を出したことで信頼した。

「皆、荷物をまとめて」

 ミサの指示で各々部屋に戻って迅速に帰り支度をした。ここからいくらか離れたところ、市街地の方にあるホテルに宿を振り替えることになる。

 ペンションの前につけられた車のフロントガラスには弾痕が残っていた。防弾仕様で抜かれてはいないが、全体的に白濁して途中で乗り換える必要がある。

「なにかありました? 散弾みたいですけど」

 ユキは近くの男に尋ねる。

「それが、銃持った輩に遭いまして」

 彼らはその男を捕まえたらしい。無事というわけにもいかず、拳銃で肩を撃ち抜かれている。結束バンドを使って強引に止血を施されていた。

「その人の身体検査を願いしていいですか? 多分スマホ持っていると思うので」

「了解っす」

 三人にはミサが付き添うことになった。ホテルに向けていなくなると、後始末のため残ったユキは開かずの部屋に立つ。

 スラグ弾に入れ替えると、銃口をドアと枠の間に合わせる。ドアに対し四五度の角度をつけて引き金を引いた。

 ドアをこじ開けた瞬間にすえた臭いが漏れる。スイッチで明かりをつけることはできた。子供が二人いた。

 排泄物が散らばっている。ヒーターと手錠で繋がれていて、その場を離れられなかった。

 かける言葉を見つけられなかった。十五歳程度の少年はまだ息があってユキを見た、そしてもう一人の十歳にも満たないだろう少女は死体として損壊されていた。

 それなりの時間をここで過ごしたらしい。手錠が通る手首は肉がそげ落ちて、抜けそうなほど細まっている。その中で片方が生き残った理由を理解した。

「どしたんすか……うえっ」

 銃声を聞きつけてやって来た男は中を見てすぐ目を背けた。ボルトカッターを持ってきてもらって手錠を外す。

「もう大丈夫」

 ユキは声を掛ける。人の言葉を忘れていても不思議ではない風貌をしていた。髪の毛は伸びて脂にまみれだ。

「スポドリ持ってきますか」

「お願いします」

 彼女はペットボトルを受け取り、コップに移して限られた量を渡した。そこからは真水を与える。いきなり全量を与えても弱った胃腸では吸収されないどころか、命の危険がありえた。

 少年が極度の栄養失調にあることをユキは見ていた。スポーツドリンクの消化性の良い糖分で糖代謝が始まると電解質異常が起きる。かつてユキが幸雄だった頃に訪れた難民キャンプで何度も目の当たりにした死因だ。

 少年の取り扱いを伝えて任せると一階に降りる。男の身体検査の結果、スマートフォンは見つかった。鷹丸の運転免許証も一緒だった。

 男はだんまりだ。跪いて、ユキを見上げる。

「204号室の子ども二人について何か知っているか?」

 彼が質問に答えないでいると、ユキは生傷を抉るために肩に蹴りを入れた。痛みで答えを引き出すつもりはない。ただの当てつけだ。

「答えろ」

 命令形になるとサキュバスの能力が働く。二人は男の子どもではなかった。二階の非常階段で死んだ女とその夫の間にできた子だ。その夫は妻に殺されて、森の中に埋まっている。

 ここにいる男は血縁関係がない。きっかけは女とバーで知り合ってからで、家族を身体的、精神的に追い詰めて宿を乗っ取ろうとした。それには子どもだろうと容赦がない。

 野望が狂いだしたのは取り立てがあったことだ。夫は宿そのものを差し出して、この状態を発見させようとした。殺されたのはそのせいだ。

 マリーの内見までに子どもを閉じ込めて即時放棄した。そのまま様子を見て後始末をしようとしていたが、ミサの旅行と重なってしまった。

 本当に五人全員を殺して証拠を隠滅するつもりだったらしい。話し終えたところに、少年が抱えられてやってくる。

 男を見つけた瞬間に、暴れて飛び掛かろうとした。弱っていたから簡単に押さえられる。それを見て男はほくそ笑んだ。

 ユキは少年にライフル銃を持たせる。重量を支えられなかったから手伝いつつも、引き金は少年のものだ。

 誰もが男の抗議を無視した。ここに警察はいない。

「よく狙って」

 引き金が引かれる。見事にみぞおちの下に命中した。大動脈を吹き飛ばし、確実な死を呼びつつ激痛をもたらす。

 救命活動は行われない。血は流れるままにされて、やがて男の罵詈雑言も止まる。

 少年は死にゆく男をみつめていた。その目にはあらゆる憎しみが含まれていた。

「よくやった」

 ユキは声を掛けた。そして助けに来た男たちに向き直る。

「警察を呼びます」

 このまま放っておいて、後になって警察が介入すると詮索が多くなる。ただし救援にやってきた男らはいるだけで不利になる。

 だからユキだけで、泊まりに来て惨事を目の当たりにした被害者の立ち位置に入ることにした。不利な証拠を抹消し、死にかけの少年を含め生者は麓まで車で下る。

 置き去りにされて十分離れた後でユキは警察に連絡した。いくらか慌てた様子を気取って、必要事項を伝えると静かになる。

「君の母はボクが撃って殺した」

 緊急回避で仕方ない状況だったとして、彼が父のみならず母まで失った事実は変わらない。少年は黙ったままだった。

「すまない」

 ユキは短く謝った。

「……よかった」

 すると漏れてきたのは安堵の声だった。やがて遠くから唸るようなサイレンが聞こえる。林間から見え隠れする赤いランプを二人は眺めた。


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