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 男がある日、いつものように手入れのため山に入ると水に満ちた泉に出会った。勝手知ったる土地にこんな開けた場所があったのかと男は疑問に思う間もなく、泉の真ん中で水を浴びる女が目についた。

 一切の汚れがない白絹のような肌を透き通った清水が滑って、水面にぶつかって厳かな音を立てる。女は目を瞑って、その感触を楽しんでいるようだった。

 男は茂みで息を潜めながらも、熱心に固唾を飲んで見つめていた。山のふもとの村では見かけない顔だった。もし村の住民なら、領主がなんとしてでも手元に置こうとする容姿の持ち物だ。

 ふと、男は頭上の枝に黒色の生地が掛かっているのを見つけた。見たこともないそれは風に揺れて、太陽の光を受けて艶めかしく輝いていた。

 考える間もなく男は手に取ってそれを間近に見た。ちょうど人の体に形を合わせた袋になっているが、必要な縫い目はなくまるきり一枚から作られている。

 天女が着る羽衣には縫い目がないという。そうして男は泉にいる女が天女で、手に持つそれが羽衣だと察した。

 肌触りはいつか河口に出たときに触れた海月のようで水はおろか息すらも通しそうにない。そのためか内側はじっとりと湿って、甘いようで刺激的な香りが彼の鼻をくすぐる。

 売り払ったら物珍しさから相当な値が付くに違いないと、露見する前にその場を離れようと思った。しかし羽衣の吸い込まれるような黒色に、あの天女の白い素肌がまるきり隠れるとか思うと言い知れぬ劣情が彼の中に持ち上がった。

 開いてるのは首を出す一カ所だけで、着るときは狭い口に足から体を通すに違いない。そのぶん木綿と違ってずっと良く伸び縮みする。

 黒くありながら光を放つそれを自分も着てみたいと彼は思った。大きさには余裕があって男でも辛うじて着ることができそうだった。

 泉から離れて天女が見えなくなると、男はその場で綿の服を脱ぎ捨てて全裸になった。そして慎重に足先を唯一の開口部に通す。湿っているだけあって内側に触れるといくらか冷たく感じた。

 そのまま滑らかに足は袋小路で行き止まりになる。そのまま腰へ胸へと、黒色が体を這い上がる。腕を袖に通すときは硬い肩を回していくらか苦労したが、やがて襟口が首に辿り着いた。

 彼が思っていたよりも胴回りに余裕があった。しかしそれもつかの間に、羽衣も着用者の体に沿うように縮みだした。そのときに熱を発して彼の体をいやに温めた。

 足の指までくっきり分かれ、股の下にこんもりとした山型の膨らみが露わになる。張り付くようになってなおも縮小は止まらず、体の形そのものを凄まじい力で変えようとしていた。

 あったはずの男根はなにか食い込むような感覚の後で平らに均され、山を二つ作るように谷を刻まれる。体を支える肉は削がれたように細まっていき、その虫食まれる感覚に彼は膝を突いて体を折った。

 その一方で、縮むどころか膨らむ箇所があった。肩や腰の男らしい角が落とされて丸みを帯びる。特に胸と尻は鞠を入れたかのようだった。

 ひとしきり体が作り替えられた後でやっと、彼は顔を上げることができた。するとうなじに撫でるような感覚が走る。慌ててそれを掴んで目の前に引っ張った。それは長く真っ直ぐとした女のような髪だった。連動してほのかな痛みを放つ頭皮が、その髪の毛の持ち主を如実に語っている。

 黒色に覆われた手で自らの顔を触れる。鼻の尖りから額の形まで、何をとっても違和感だけだった。

 しっぽを巻いて彼は泉のほとりまで戻った。そして水面を覗いて自分を確かめる。

 その中に男の姿はない。鏡合わせになったのはあの天女と似た美しい女だ。

「あらあら、着てしまわれたのですね」

 声が聞こえたかと思えば、すぐそばに天女が立ちはだかっていた。

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