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5年賀はがきは出していないけど     神護(じんご)がシャワーを浴び終え腰にバスタオル姿で部屋に戻ると、髪の青いホスト風イケメンが神護の足元に這いつくばった。 「あっ! 神護の兄(あに)さぁんっ! どうか俺もここに置いてくださいっ! この通りっす! お願いですぅ!」 一生の内、誰かから土下座される事など何回あるのだろうか?  人によってはあるかないかの貴重な「一回」を今、自分は経験しているのではなかろうか、と妙な思いを巡らせながら神護は頭を床に擦りつける男を見下ろした。 「で? 君は誰? やっぱ引間かクロくんの仲間?」 土下座なんてしなくて良いから、と青髪男を引き起こし神護は尋ねた。 その一方で引間とクロはベッドの端に正座して微動だにせず神護の様子を窺っている。 「……絶対に余計な事を言うんじゃねぇぞ、クロ」 「分かってるっす。……引間の兄貴こそ出しゃばっちゃダメっすからね」 ひそひそと話していると神護の視線を感じ、慌ててビシッと背を伸ばして姿勢を正す。 「俺っちは神器。蒼庫(あおくら)でーす! 種類としては黒檻(くろおり)と同族なんすけど仲間か、と言われたら微妙でっすねぇ~。 どちらかと言うと商売敵っつーか、ライバルっつーか?」 「ふぅん? じゃぁ仲は良くないんだ?」 「今まではそうでした~。神護兄ぃの運気をパクつきに来る時は互いに被らない様、曜日や時間を変えてましたっすから。ええ、譲り合って順番に、って感じで」 俺って凶霊ってやつらにとっては座席の少ない人気ラーメン店的な存在なんだな、と思いつつ控えているクロに「そうなの?」と確かめると大きな肯きを神護に返した。 「それで? 今は?」 「今は引間兄ぃのお陰で神器に転じましたんで、引間兄ぃや黒檻と共に神護兄ぃをお護りしますよー! だから――」 またがばっと両手を突いて頭を下げる蒼庫に神護は深いため息を漏らした。 「どうか俺もここに置いて下さい! 神護兄ぃ!」 「……これからずっと、ってのは困るけどしばらくなら、もう好きにして。そんでもって朝っぱらからセックスして騒がないでね。……ご近所迷惑だし」 「あ、あ、あ、ありがとう! 神護兄ぃ~! 恩に着るぜ~! イエ~イ!」 両手を上げガッツポーズと華やかな笑顔を神護に向ける。美形の笑顔は眩しいぜ、と神護は目を細めた。 「クロくんにも言ったけど『兄貴』とか『兄ぃ』ってのは止めてよ。俺もアオくんも見た目年齢は変わりなさそうだし、単に神護、で良いから」 「イエッス! 了解っす! 神護! ……ん? 俺のこと今、『アオくん』って? うおおおお! やったぁ! 俺っちと神護ってマブダチ超えて、もう相思相愛の超ラブラブじゃん! 最強のベストカッポーただ今爆誕っ! イエイッ!」 テンションの高いアオに対し神護はチベットスナギツネのような表情にて蒼庫の発言を否定した。 「……違いますから」 ◇  神護は深いため息を吐いた。   6畳の和室に3畳ほどのキッチン、そして風呂とトイレ。 置いている家具は少ないとは言えベッドやチェスト、ハンガーラックに食事の時やノートパソコンの台としても利用するミニテーブル。 さらにテレビとテレビを置く低いローボードなどがある。 暖房は主にエアコンなので邪魔にならないが、それでも残りのスペースは広くない。 そんな、神護が生活する部屋の中にガタイの逞しい男が今や三人。そして、神護もまたそれなりにしっかりとした体格だ。 「……困った」 神護の呟きに気付いたアオ(蒼庫)がシュッと神護の前に座った。 「なになに? 何が困ったの~? 神護~」 アオが何故か子犬とダブってしまって神護は目をぐしぐしこすった。 「……いや、さすがにこの部屋に四人はきっついな、って」 「きっつい?」 「だ、だって、ちょっとトイレに行こうとするだけでも誰かを跨いだりどいてもらったりしないと行けないじゃん。 食事の時もテーブルに置ききれない、ってか近すぎて嫌でしょ?」 ミニテーブルに四人が向かい合って座れば、箸を上げ下げするだけでも手がぶつかりそうなのは朝食の時に確認済みであった。 ちなみに、朝食は昨夜の雑煮の残り、である。 「いいじゃない~。いつも神護の匂いや体温を感じられる距離で暮らせるなんてサイコーだ~」 アオが神護の太ももに顔を乗せぐりぐり擦りつける。 「アオ! 神護が嫌がってるっすよ! そんなくっついちゃダメっす!」 クロ参戦。 神護が「またか」と天井を仰いだ。 「ええ~? 嫌がってなんかないっしょぉ? 神護は俺のこと大好きだもんねぇ?」 「何言ってんすか! 神護とアオはまだ他人っす! 俺と神護の仲に比べたら箱ティッシュとヘアピンくらい差があるっすよ!」 「意味わかんねー。でもクロの喩え微妙にウケる~。バカっぽさが極まって逆に天才っぽくなっちゃう、みたいな?」 「俺にはアオの言ってる事の方が分かんねっす」 「まぁ、分からなくってもいいよぉ? 神護は分かるっしょぉ?」 「…………」 どう反応したらよいのだろうか、と考える神護。 「ほらぁ! 神護も分からないから困って黙っちゃったっす! いい加減アオは神護から離れて壁の染みでも数えてるのがいいっすよ!」 「なぁんだ? クロってば俺と神護がいちゃついてるのが嫌なだけっしょ? ラブリームーブを見せつけられてたじろぎのフィーリンってやつ~?」 「むむむ! またそうやって俺をバカにしてるっすか? だったら俺も神護と仲良しだってのを教えてやるっす!」 クロがぐいぐいとアオを押し退けると座る神護の股間に顔をうずめ、ゴロゴロと甘えるネコのように咽喉を鳴らす。 いや、実際には鳴ってはいないのだが神護にはそんな音が聞こえてしまうのだ。 「くっそぉ~。クロには負けないぞ! 俺だってぇ~」 アオが神護の真横に並び、神護の右腕を自分の肩へ回してもたれかかる。 もはや身動きが取れない神護。 「……引間、俺、どうすればいいんだ?」 朝からこれで四度目である。 クロとアオが神護を奪い合って、結局はアオもクロも神護にぴったりとくっつく。 「ん~、じきに落ち着くだろ? それまで好きにやらせておけよ」 「またそれ? いやね、何も引間を責めてる訳じゃないんだけどさ、ここまでぴったりくっつかれている身にもなってよ。 神器は主人を慕うって設定もさっき聞いたけどさ、もう少し距離感って言うの? パーソナルスペースってのを意識させて欲しいんだけど?」 「う~ん……」 「いや、う~んじゃなくってさぁ」 引間はと言うと神護の追及をのらりくらりと躱し、ベッドに横たわって背を向けている。 朝食を食べてからアオとクロによる「過剰なくっつき」と、それに対して引間への苦言。 さすがに引間の返事が気の抜けたものばかりでムカついた神護は、「ちゃんとこっち見て考えてくれよ!」とベッドに寝転ぶ引間をゴロンと返して自分の方に向けた。 「あれ? それって――」 ひっくり返した引間が持っていたモノ。それはチンポそっくりなおみくじ――「珍宝おみくじ」だった。 引間はチンポ型おみくじを神護に渡した。 「ベッドのはじに転がってたぞ。で、ここを見てみろ」 亀頭とは反対側の根元部分を見れば小さな穴が開いている。その穴には初めて引いた時に「大大凶」という不吉極まりないおみくじの紙片が入っていたのだ。 「おかしいな……。戻した覚えはないんだけど」 神護が言わんとしているのは、チンポの穴におみくじを戻した覚えがない、と言う意味だ。 神社の木の枝に結び付けて来た訳でも無いので部屋には持って帰っている筈。 べったりくっつくクロとアオを振り落として立ち上がった神護は引魔社に寄った時に来ていたジャケットのポケットをまさぐった。 「――――ん~と、うん? あ、あった」 指先にカサリと引っかかった紙片をポケットから引っ張り出してみれば、案の定それは「大大凶」の神託を記したあのお御籤だった。 「ここにあの時のお御籤がある、ってことは?」 引間を、そして手元のチンポ、いや、おみくじを孕んだチンポ型の縁起物を見つめた。 「ひとまず抜いて読んでみろ」 紙片を摘まみ出し巻き紙を引きのばして内容を読む。 【大大大凶 『我が道は 七重八重にぞ 閉ざされて 果てなく暗し 照る月も無し』(詠み人知らず)  この御籤(みくじ)に当る者は甚だ危き中に在ると心得るべし。健康、商売、家移り、学問、旅行、方位、すべて悪し】 「大大大凶!? 前よりも悪いじゃん! ど、どどど、どうしてこんな酷いお御籤が!?」 「神護の運気、さらにダウン? ほへぇ~? どしてどしてぇ~?」 「むむむ? 聞いた感じじゃまたも不吉なお御籤を引いちゃったっぽい? どうなっちゃってんすかね?」 引間が神護の手からお御籤とチンポもどきを掴んだ。 「邪悪な気は感じられない。とするとコイツは神護に対するちゃんとしたご神託だ」 「? ご神託? 引間の作った?」 引間は首を左右に振った。 「いや、俺はお御籤の内容には一切関わって無ぇ。ついでに言うと、このチンポもどきも俺が作ったり手を貸した訳じゃ無ぇ。 コイツを通って顕現できるな、とはすぐに理解したが、コイツの正体については俺も詳しくは分かっちゃいねぇんだ」 「引間の神社のおみくじ、なのに?」 「ホラ、あれだ、えーと、買った車やパソコンの使い方は分かるが、どう言う仕組みか、とか、どんな原理なのか、とかは分からないってのと一緒だ」 神護は念のためクロとアオにも聞いてみたが、二人とも「ちんぷんかんぷんっす!」「超謎でーす~!」という答えだった。 「……なぁ、神護」 引間がショックを隠せずにいる神護の目をじっと見つめた。 「な、なんだよ……」 「きちんと話していなかったから改めて言っとくが――」 神護の咽喉がゴクリと鳴った。 「俺が顕現して神護のそばに居るのは、お前の本来の運気を吸い取る凶霊を祓い、元通りの運気に戻すためだ。 なので、黒檻や蒼庫みたいな凶霊の中でも特にタチの悪いヤツを順に掴まえて神器に変えていきゃそれでいい、と思っていた。 並みの凶霊じゃお前の福運の強さに手も足も出ねぇからな。……だが」 引間は『大大大凶』の御籤を神護の目の前に広げて見せる。 「新たにこのご神託を授かった。今までの俺のやり方ではお前の運気を元通りにはできない、って意味だ。ならばどうするか」 「どうするの? どうすればいい?」 引間が苦笑した。 「俺も分からない」 「ええっ!?」 「具体的にどうすりゃいいのか、俺も知らなくってな、だから俺も、俺にも御籤が必要だ。俺に対する神託を得ねばならん」 「神様の引間が別の神様から神託を?」 引間は大きくうなずいた。 「迷う時、道を見失った時、手探りで見通しが立たない時、そう言う時にこそお御籤ってのは在る。なので、今から俺はお御籤を引きに行く」 「引間の兄貴! すぐに帰ってくるんすよね?」 クロが不安を声にした。 「いつ戻れるかは分からん。数時間で済むか、数日かかるか、あるいはもっとか」 「他の凶霊はどうすんですか? 神護から直で運気をちゅるちゅるしちゃってるヤツはまだ残ってるんですよね?」 アオも戸惑いを隠せずにいた。 「ああ、いるな。まだ神護につきまとう凶霊は残っている。が、今まで通りにやったって神護の運気は回復しない、ってのが神護へのおみくじで出ちまった。 だから、俺は俺へ向けてのおみくじを受けねばならない」 覚悟を決めた目で神器の二人を見返す。 「……分かったっす。俺とアオでできるだけ神護をお護りするっす。だから引間の兄貴は大急ぎで授かって帰って来て欲しいっす」 「非常に残念ですけど、引間兄ぃの気持ちはもう決まったっぽいですねぇ。だとするともはや何も言う事はナッシングです。 クロと同じってのが癪だけど、できるだけ大至急戻って来て下さいよ?」 「? え? 何で三人ともそんな悲壮感漂うの? 引魔社でおみくじゲットするだけでしょ?」 クロとアオがチラッと引間を見た。 しゃべっても良いのかどうか、アイコンタクトで尋ねるかのように。 「……ほどほどに、な?」 引間の許しをもらったクロとアオが「ほどほどに」俺の疑問に答えた。 「ヒトがおみくじを授かる時には決められた料金を渡すじゃないすか? それと同じで引間の兄貴も応じてくれる神様の求めに従って大事なモノを進呈しなきゃならないんすよ」 クロの後を引き継いでアオも答える。 「命までは求められなくとも、かなーりキッツイ要求をされる可能性が大なんです。帰ってきたら腕の一本や二本無くなっててもおかしくないって言うか~」 「バカヤロウ。神護を怯えさせてどうすんだ。不安や恐怖ってのは凶霊にとっちゃ甘露って知ってんだろう? これ以上『ご自由にお召し上がりください』を加速させようとしてどうするんだよ」 話し合っている最中に玄関からコトンと物音が聞こえた。 「む? ねぇ神護~、郵便か何か届いたようだけど~? 年賀状かなぁ?」 「こんな遅れてくるはずないっす。アオは常識ってモンが無いっすね!」 「なにおう?」 「へっへへ、やるっすかぁ?」 「はい、そこまで。ストップ」 神護は二人の口論が始まる前に腰を上げ玄関に向かった。 ドアポストを開け中の物を取り出す。 「えっと、……まさかの、年賀はがき……、なんだけど?」

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