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1三ヶ日はとっくに過ぎてるけど  「超静かだ。時期をずらせばヒトっ子一人いないんだな」 大鳥居をくぐり雪の積もる杉並木の参道を独り進むのは「御手洗 神護(みたらい じんご)」26歳。 防寒ジャケットのフードを頭に被り、厚手の手袋ごしに指をこするものの凍えてくるのはこの冬一番の冷え込みだからだろう。 森閑とした玉砂利の道の途中、羽音に顔を上げれば紅い南天の実を小鳥がついばんで飛び去るのが見えた。 「小鳥でさえ必死に頑張ってんのに、……俺は、何にもしてないな」 神護は昨年の夏から絶賛求職中。つまりは無職の日々を謳歌している。いや、謳歌と言うより日ごとに凹み意気消沈していると言うのが正しい。 拝殿前まで来ると手水舎で口や手を清めてから賽銭箱にお賽銭を入れ、二礼二拍手さらに一礼して神様に新年の挨拶と今年こそは幸多からんことを切に祈る。 そして、脇にある社務所兼お守り授与のコーナーを見ればそこには誰もいなかった。 「せめて、おみくじくらいは引きたかったな……」 神職や巫女の一人くらいは常に居る大きな神社なのに全く人影が無いのは三が日でもない平日だから、と言うよりも時刻の問題だろう。 スマホの時計を見れば16時をとっくに過ぎ、空はすっかり黄昏の色を見せている。 「仕方無い。一応は参拝はできたしこれで帰るしかない、か、――うん?」 暗くなりゆく境内の外れにひっそりと提灯が灯った。よくよく目を凝らせばその提灯は小振りな鳥居の柱に掛けられているようだ。 あそこにも別の神社があったのか、と気付いた神護はこれもご縁とばかりに立ち寄って参拝する事にした。 樹々に隠れるように建っているお社の名は「引魔社」とある。読みは「ひきましゃ」、で良いそうだ。 傍らにある看板の由緒にはこう書かれている。 『古昔、この地に疫病が広まり村中の男が子を成せなくなった。その時、引魔(ひきま)の神が現れ疫病を鎮めると共に男たちに精気を与え再び子を成せるようにされた。以来、男の守り神として当地に社を建立しお祀りする事となった』 そして続きの文言には、『男たちから災厄病魔を引き抜き謎の疫病を退散せしめたご神徳によりご神名を「引魔大神」と称する』とも付記されている。 「へぇ~、歴史に詳しい訳じゃないけど聞いた事の無い名前の神様だな。けど、男の守り神か。俺もご利益をいっぱい授けて欲しいな」 大人ならば二人以上は並んで通れないほど小さい鳥居を抜け、神護の背丈より高い寒椿の参道を奥へ入るとすぐに二間四方の小ぶりな本殿が見えた。 古色蒼然とした侘びた佇まいながら手入れが行き届いているのは一目瞭然で荒れた部分は見当たらない。 横に並んで社務所があり、三が日や祭日には朱印やお守りなどを授与しているようだが、先ほどの神社と同じく窓は板で閉じられ人の気配は感じられない。 ともあれ、参拝の作法に従い手袋を再び外してこちらでもお賽銭を投入し二礼二拍手、そして一礼。 今年こそ良い運気に恵まれますように、と念を込めて強く祈る。 遅い初詣にはなったが来ないよりはマシだろう、とそれなりに満足して帰ろうと振り向いた時、入る時には気付かなかったが寒椿の木に隠れるようにしてお守りやおみくじの自動販売機が有る事に気付いた。 日が落ちてきて暗くなって来たため販売機の光が目に留まったが昼間であれば素通りしてしまうだろう。 「こんな目立たないところに? 儲け主義っぽくないのは好感が持てるけど、これじゃまるで売る気がないみたいだ。 ほとんどの人は気が付かないんじゃないか? まぁそれでも、おみくじができるだけありがたい」 一年の計はおみくじに在り、なんてな、と呟きながら神護は財布から百円玉二枚を料金投入口に入れ、おみくじ購入ボタンを押す。 ゴトン、とやけに重い音が鳴った。 取り出し口から引っ張り出す。 「うわ!? なんだこりゃ? これがおみくじって!?」 あまりにも男のシンボルな形状に神護は驚いた。 自動販売機をもう一度確かめてみると『珍宝おみくじ』との表記が。 「いやいや、珍宝じゃなくてチンポじゃんコレ。普通は小判とか打出の小づちとか米俵とか、縁起物ってそう言うのでしょ?」 堅い弾力となめらかな表面、材質はよく分からないもののしっとりと手に馴染む男根のカタチのそれは、まるで勃起した生々しいチンポのような感触だ。 うねうねと浮き出る血管、くびれたカリとご丁寧に鈴口まで再現された亀頭。 思わず咽喉がゴクリと鳴った。 「……そういや、就職してから一度もヤれてなかったな」 神護は思い出した。 四年も前、最後にベッドを共にした後、二度と連絡が取れなくなった相手の男を。 顔はすでにおぼろげになっていたものの、コックリングを着けた立派なチンポだけは記憶に残っている。 「まだ俺、二十代なのに四年もご無沙汰って……、どんだけ男日照りだったんだよ」 大学を出て就職してから必死に頑張っていた日々とその頑張りを吸い上げるだけ吸って容赦なく切り捨てた会社の記憶も甦って来た。 苦々しさのあまり思わず顔をしかめる。 せめて仕事のストレスをセックスで発散してやろうと貴重な休日を費やして出会いを求めたものの全て空振り。 リアルは元よりネットでも会う約束はことごとく反故にされ、ならばとハッテン場に行くと「定休日」「全館清掃作業中」、足を伸ばして期待を込めて行くと「移転しました」「◯月×日をもって閉店いたしました」のオンパレード。 念入りに下調べをし直前に電話で営業状態を確認してから最寄り駅に向かえば、今度は「架線異常に寄り運休。運行再開の見込みは立っておりません」 ここまで来るともはや、この先ずっと恋人はおろかセックスも二度とできないのでは? と思い始めるのもやむを得ない。 人並みながら溜まる性欲は文字通り一人空しく自らが慰めるばかりであった。 「――っと、初詣で運気を上げようってのにずっと凹んでいたら運も縁も逃げられちまいそうだ。ダメだダメだ! 気持ちを切り替えて行かないと! でないと、でないと、俺は……」 神護は基本的には明るくポジティブな陽キャであり、コミュ力も高く容姿だってイケメンと呼ばれるにふさわしい見た目の持ち主だ。 それ故、学生の頃は求めずとも相手が向こうから近づいてくるので友達も彼氏も、さらにはセクフレさえも、常に誰かが神護のそばに居て人付き合いに苦労はしなかった。 しかし、周囲がうらやむほど早く、大企業への就職が決まって上京して気が付くと神護は独りきりになっていた。 退職してからもそれは変わらず、スマホに登録した連絡先は実家の両親しか残っていなかった。 枝先から落ちた雪が神護の額にかかり目頭で溶け涙と一緒になって頬を伝った。 「……って、初詣先で何泣いてんだよ俺は。切り替え失敗してどうすんだバカ」 手の甲で拭ってからまとわりつく過去を振り払うように頭を振り、もう一度手にした「チンポ」そっくりのおみくじを見つめる。 本物のような質感と見た目に改めて感心しつつ逆さまにしてみれば、根元に巻紙が挿し込まれているのを発見。 摘まんで引き抜く時にビクンと反応したように感じたが、生き物でもあるまいし気のせいだろう。 巻紙をくるくると拡げれば、それがおみくじの紙片だった。 「ううっ! 最悪だ…………。大大凶とか、そんなのアリか?」 【大大凶 『長き夜を 人待ちかねて 嘆けども 知る人ぞ無く 袖濡らしける』(詠み人知らず)  この御籤(みくじ)に当る者はよろづ整わず危き渦中に在ると心得るべし。健康、商売、家移り、学問、旅行、方位、すべて悪し】 何度読み返しても意味は変わらない。 運勢最悪、何をやってもダメ、としか書かれていない。 「新年早々なんでおみくじにまで見離されてんだよ俺……。一体どうしたら良いんだ……」 『そいつはやっぱ、神に縋るしかないんじゃね?』 「えっ!?」 唐突に聞こえた男の声。もちろん自分のモノではない。 周囲を見渡すも自分だけしかいない。近い位置で聞こえたのに。 まさか、幽霊? ――神護の背がゾクリとした。 『怖がんなって。取りあえず持ってるそいつをシコって一発ぶっ放してくんねぇ? したらお前の大大凶を俺が祓ってやっからよ』 耳にではなく直接頭の中に声が届いているようにも聞こえる。 悪霊とか怨霊ってやつだろうか? だが、それにしては声色から嫌な感じは全然しない。 戸惑っていると握り締めたおみくじがビクビク蠢いた。 「き、気のせいじゃない……、コイツ、やっぱ生きてる?」 『なぁなぁ、あんま焦らさず早くシコってくれぇ~! 生殺しプレイってのもたまには良いけど、今はまず溜まってんのを射精してぇんだよ~!』 もうどうにでもなれ! と神護は声の言う通りおみくじ「チンポ」を扱いてみた。 握り締めていたせいかおみくじ「チンポ」も生暖かくなっている。 こんな場所で何やってんだろ? と言う虚無は、シコシコと扱けばさらに大きく硬く「勃起」するおみくじ「ちんぽ」への驚きと興奮でかき消された。 ほどなく、鈴口からタラリと透明な先走りが溢れ出したかと思うとビクッビクッと震えてドビュルと白い粘液が発射され始めた!! 『あっ! あ゛っ! イグゥッ! イグッ! ひぎもぢぃっ! 久しぶりで、やっべ! 超ぎもぢぃぃーーっ!』 脳内に響く声がイヤラシく喘いでいる。 つられて神護も勃起してしまう。 その間もおみくじ「チンポ」は延々と精液を吐き出し続けている。 勢いよく放物線を描いて噴き出て行く白濁液は溶けたゴムのように濃厚で地面に落ちても浸み込まず溜まるばかりだ。 ビュルル! ビュルル! と強弱をつけとてつもなく大量の精液が射精され続けていたが、長い長い射精がようやく終わりを迎えると、今度は精液でできた水たまりが飛び散った白い雫を引き寄せグニュグニュと盛り上がり、見る間にヒトのカタチを取った! 「うえ!? こ、今度は何だ!?」 ヒト型になった塊の表面でニュルニュル這い回る白い精液が動きを止めるとピンと張った褐色の肌になり、頭部には黒く逆立つ短い髪が、顔には凛々しく引かれた左右の眉の下にひと筋短い線が入って瞼が生じていく。 その後、鼻梁がまっすぐに伸び唇が艶めかしい赤みを帯びると頭部は神護と年齢の近い端正な容姿の若い男として完成した。 驚き過ぎて固唾を飲む神護の前で今度は首から下の筋肉をメキメキと盛り上げ形を整え、チンポの先から垂れていた精液をジュルルと引き戻した「男」は間もなく立派な肉体美を見せつけるセクシーマッスルボディに仕上がった。 「よぉ! 明けましておめでとう! 大大凶を引いた超不運なお前!」 瞼が開くと紫に光る瞳が覗いた。二カッと笑う口許には牙のように目立つ八重歯が見えた。 全裸かと思いきやいつの間にか頭の上に虎の耳、股間には尻尾付きの虎縞パンツを穿いている。 どこから現われたんだ? 精液が人間に変化するとか有り得ないだろ! 神護の顔にはそう書いてある。 目の前の「現実」とこれまでの人生で得た「常識」とが神護の脳内で議論を闘わせているが、常識サイドが劣勢になっていた。 「おい? 大丈夫か? 起きたまま寝てんのか? せっかく干支の寅年にちなんだ格好して出てきてやったのに反応薄すぎじゃねぇ?」 少しむくれた表情をすると少年ぽくなる全身の筋肉がバキバキの逞しい肉体に少し濃い目な顔のイケメン。 だが、喜んではいけない。最強寒波で極寒の夕暮れにこの恰好。 常識的に考えてあり得ない。イケメンだけど絶対に普通じゃない。 となると答えは――「へ、変態……、さん?」 「おい待て。いきなり変態呼ばわりとか不敬にも程があるぞ?」 「……いや、でも、そんな恰好じゃそうとしか思えないし」 「っかー! こうして顕現してやったのに何その言い草! お前、見た目だけで判断してっと損するぞ?」 「顕現? いや、あんたこそ何言ってるんだ? つか、おみくじに書いてたまんまいきなり不運に見舞われて最悪オブ最悪じゃん俺」 「神に向かってますます無礼だぞお前……と、そう言えば自己紹介をしてなかったか」 「神?」 神護の心の中の警報が一段と大きくなった。 「ああ。俺はここに祀られている神。引魔大神(ひきまおおかみ)様だぜ!」 ボンッ! と言う音とともに白い煙が立ち昇り虎コス変態イケメンの衣装が変わった。 「――って! ほぼ一緒じゃん! 虎パンツが黒ビキニになって虎耳が取れただけで!」 「ツッコミサンキュな。でも一緒じゃないぞ? ほら、背には翼もあるし尻尾もこれこの通りだ!」 背には蝙蝠のような膜の翼、そして虎尻尾は黒い蛇のようにのたうっている。 神護の脳内で「常識」がダウンした。何者なのかを考えても無駄だと辞世の言葉を残して。 「でも露出面積は同じじゃないか? つか、どうやって着替えたんだ? 手品?」 「手品じゃねぇ。神だからこれぐらい朝飯前だっての」 「神様? そう言えばさっきもこの神社の引魔大神だー、とか言っていたような?」 むしろ見た目的には逆の存在じゃないか、と神護は言いそうになる。 「いたような、じゃねぇ。ちゃんと聞きやがれ。俺はここの主祭神である引魔の神だ。まぁ、元はこの村の男にちょっかいを掛けてみたら逆にありがたがられて神様にされちまった淫魔だけどな」 「淫魔?」 「そう。元は淫魔。だが人間の祈りっつうか呪いっつうか、まぁ、強い願いのパワーを浴びて淫魔ながら神になっちまったがな。神仏習合ならぬ神魔習合、みたいな?」 「いやもう、ちっとも理解できない。もしかして俺、頭がおかしくなってる?」 「落ち着け。お前はちっともおかしくなっちゃいねぇ。しっかし、状況の把握に時間がかかるのは昔の男も今の男も変わんねぇなぁ」 落ち着けと言われたから落ち着いてきた訳では無いものの人気のない神社の中で変態露出野郎との一対一はさすがにヤバイ。 ヤバイって言うか大ピンチだ。いくらイケメンとは言えどんな暴行を加えられるか分かったもんじゃない。 恐怖が込み上げ来る。一刻も早く警察に通報するしかない、と神護は思い始めた。 が、通報するにしたって逃げて距離を取らねばならない。 神護は脱兎の如く境内を駆けだした。 「おい! どこに行く!? まだ話の途中だろうが! いや、待て! 待てっておい!」 待てと言われて待つ者などいない。 隣の神社の大鳥居を抜ければ民家のある市街地だ。車やバスも通る道路が目の前なので他の人に助けを呼ぶ事ができる。 もっと早く走れ! もっと! 少しでも早く!   静謐な社叢の中で自分の心臓の鼓動だけが大きく耳を打つ。 冷たい空気が肺まで満たせばたちまち白い息となって吐き出される。 もつれそうな両脚をひたすら前後に運んで背後から追いかける者と距離を取ろうともがく。 不意を付いたおかげでかなり引き離す事ができている。紅い実を着ける南天の木が傍らを駆ける神護が起こした風に揺れた。 社会に出てからすっかりスポーツとは縁遠くなったとは言えまだまだ脚力は落ちていないようだ。 なら、このまま―― 「待てって言ってるだろうが!」 「のわぁぁぁ!?」 大鳥居を抜けようとした瞬間、神護のカラダが見えない縄でギュンッ! と引き戻された。 直後、大鳥居の先で異様な音が聞こえた。 ドゴンッ! バキバキ! メキィッ!  反対車線を走っていた車が何故かセンターラインを超え、歩道の縁石をも乗り越え神社の垣根に飛び込んで来た! 神護がもしもあと一歩でも大鳥居の外に出ていたら確実に車と接触して事故に遭っていたタイミングだ。 「うわぁっ!? え? く、車がなんで?」 「間に合って良かったぜ! せっかくおみくじで警告してやってんのに何で無視して動きだすんだよお前は!」 「え? 警告? と、ともかく、あの、助かったよ、マジで、ありが、とう……」 車から降りて来た男は大きく凹んだフロントバンパーを一瞥して舌打ちをすると、神護たちに目もくれず車に戻り何事も無かったかのように走り去ってしまった。 もしかして酔っぱらっているのか? 次こそ誰かを巻き込む事故を起こすんじゃないか? 車が去った方角を不安に見ていた神護へ男が慰めるように声を掛けた。 「もう放っておこうぜ。あのドライバーは俺から罰を与えてなくたってすぐに捕まる。なんせあそこの角にゃ監視カメラがあるし向こうでは警察が検問をやっているしな」 安堵したのも束の間、男の口から警察という単語を聞いた瞬間、神護は自分が危険人物と一緒にいるのだとハッとした。 ――が、しかし、 「あれ? 服、着てる。裸じゃなくなってる」 「たりめーだ。他の奴が居るかも知んねぇ場所で淫魔の姿を見せられる訳ねぇだろ」 尻尾は元より背にも翼は見えず、黒いダウンジャケットにカーキ色のチノパン、そして有名なブランドのロゴが入ったスニーカーを穿いている。 今風の冬コーデに身を包んだ着た同世代の男。むしろ、厚着をしてもスタイルの良さが際立つオシャレな伊達男だと言える。 「ともかく、お前が無事で良かったぜ。せっかく見つけた恰好の獲物……、じゃねぇ、俺の加護を与えてやろうと思った奴が、いきなり目の前で死なれちまったらこっちも寝ざめが悪いからな」 「あ、うん、改めて、助かったよ。君はえっと神様? 淫魔? なんだっけ?」 「元淫魔で現『神』の引魔大神だ。ややこしくって混乱するってんなら単に『引間(ひきま)』とでも呼べばいい」 「分かった。引間……君、本当にありがとう」

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