Home Artists Posts Import Register

Content


fanbox post: creator/12818930/post/1764118

▲前編



ガタン。

タイヤが瓦礫の上を乗り上げたようだ。大きく車体が上部に動き、下がる。この辺りは崩壊した建物が多く、何度も車体がガタガタと揺れた。通算65回。こんなくだらないことを数えてしまうくらいには、ここにはなにもない。密閉シェルターの壁と床は病的に白く塗りつぶされ、置かれている椅子と机も同じように真っ白。反吐が出る。

私は、あの灰色の長髪で目が死んだ女とピンク髪のエプロンドレス女に敗北した。それで彼女らの所属する組織「白木」に輸送されている途中……数刻前に白木の職員が私用の食事を持って来た際に質問をしにきたが、私はなにも答えなかった。答えることができなかった。私にはここ1ヶ月間の記憶を除いて過去の記憶が一切ないから……居場所も、やるべきことも、したいことも、自分自身が何者ですらもわからない私にとっては、ある意味白木に保護されることは都合がいいのかもしれない。聞けば白木は黒い怪物の研究を最前線で行う国直属の組織で、黒い怪物に対抗できる武器を開発し、それを利用して黒い怪物と戦っているようだ。まだ全てを信用したわけではないが、あのまま廃墟を彷徨い歩いて飢え死ぬよりよっぽどいい。さっきは力が暴走してその所為で多くの白木職員を傷つけてしまったけれど……もう少し素直になれたらよかったのにな。

ガタン。またタイヤが瓦礫に乗り上げた。これで66回目。一体いつまでこんな箱に入れさせておくつもりなのだろうか。早くクラスノヤルスクにあるという白木本部に到着して欲しいところだ。ここはイルクーツクだから、地図を見るにそう遠くはない。あと数日で本部につけるはずだ。そんなことを考えていると、車両の動きが止まった。遮断されていて音が聞き取りづらいが、私は人間ではないようで、五感が鋭い。耳をすませばだんだんと外界の音が聞こえてきた。

「前方100m先に黒きものを数体確認‪───大きさはおよそ‪───‬消耗した今の人員では‪───‬」

なるほどね。例の怪物のお出ましってわけか。この街周辺を放浪する中で私も何度も奴らを見かけてきた。黒い体色に骨格が浮き彫りになった肢体。初めて奴らを見た時はそのおぞましさに少し震えた。戦ったこともある。運良く勝つことはできてきたが、毎回ギリギリでの勝利だった。奴らの恐ろしさは1体現れるともう1体、更にもう1体とどこからともなく現れる点だ。夢中で戦っていたら包囲されていたなんてことはザラ。真正面で1人で戦うのは危険すぎる。まして、人より強化された肉体と五感を持つ私ですら手こずるというのに、普通の人間などあいつらに到底かないはしないだろう。そして今、そんな奴らが外にうじゃうじゃといるらしい。少し血が沸き立つのを感じた。にしても、どう切り抜けるのかしら。あの灰色の髪の女は。どうやらあの人がこの小隊での一番上の位の人間でこの作戦の指揮官のようだし。

「失礼」



突如ドアが開いた。話をすればやってきたのは例の灰色の髪の女。名前は確か……

「自己紹介がまだだったな。私の名前はゾーヤ・ペトローヴナ・ヴェチェスロヴァ。階級は大尉。お前に話がある」

「こんにちは、ゾーヤ大尉。こんな白すぎる部屋に詰め込まれて気が狂いそうだわ。でもまだ旅は続きそうね?」

「そんな口が利ける程度には回復したようだな。なにより。それに今私たちが置かれている状況もわかっているようだ」

私の皮肉に眉ひとつ動かすことなくゾーヤ大尉は話を続けた。この人、本当に人間なの?感情というものを一切感じ取れない。なによりその灰色の瞳は私を見透かしているようだわ……それにさっきの戦いでも人間離れした戦いぶりを見せつけられた。正確な制圧射撃にまんまと私はハマってしまったし。何者なのよ……

「ゾーヤ大尉、あなたがここに来た理由はわかるわ。私にあなたたちと戦ってほしい……そう言いに来たのよね」

「そうだ。できるか?」

開かれた扉から氷点下の空気が流れ込んでくる。外では慌ただしく白木の職員たちが歩き回っていた。

「できるもなにも……白木って随分と軽いのね?得体の知れない、しかもさっきまで敵対していた私と共闘しろだなんて。それに私、多分まだ子供よね。私と戦ったあのピンク髪エプロンドレス女も子供だったけど。子供に戦わせるくらい白木は黒きものに追い込まれているの?」

「ああ。それくらいに事態は逼迫している。だが、敵対していたのはお前の本意ではないだろう?それにお前が子供と言ったか……確かに倫理的に考えれば問題はあるだろうな。だが戦う意思があるのなら誰だって戦場に立てると私は考えている。あの女の子、ヤナは戦う意思を持ち、戦える力を持っている。だから戦場に立っている」

「信じているのね……ヤナのこと」

「ヤニーニャだ。彼女のことはそう呼べ」

ゾーヤ大尉は声色を変えず、私に歩み寄ってきた。灰色の瞳が真っ直ぐと私を捉える。

「戦える力を持っているというのになぜ戦わない?恐ろしいのか?いや、違うな。お前は戦える。戦う意思がある。子供みたいな感情に振り回されるのはやめろ。お前はもっと賢いはずだ」

やっぱりこの人苦手だ。

「わかったわよ……こんな狭い箱にずっといたから体を動かしたかったの。いいわ。力を貸してあげる。でも私が戦いの最中、あなたたちを置いて逃げたらどうするつもり?」

「手は打ってある。だが……私はお前を信頼している」

何を言っているの?出会って2時間も経っていない相手を信じるって?

「私、信頼とかそういうの嫌いなのよね。勝手に期待されても困るんですけど」

「それもそうだな。じゃあほどほどに信じている。またお前と話したいからな」

な……

「作戦会議はこの後5分から。場所は指令車で行う。職員がお前を迎えに行くよう手配してあるから迷子に関しては心配するな。それじゃ」

ゾーヤ大尉はそう言うとさっさとシェルターから出て行ってしまった。なんだったの……もう……


ゾーヤ大尉の作戦は目を見張るものだった。これなら少数部隊でも黒きものを倒せるかもしれない。それに足止めに成功すればギリギリ増援部隊も間に合うようで、勝算が見えてきた。

「久々の外の空気はおいしいだろう」

「ゾーヤ大尉」

外の空気を吸っていると、ゾーヤ大尉が近寄ってきた。

「あの……さっきは……すみません……でした」

私にとっての精一杯の謝罪だった。けれど言葉はしどろもどろで最後になるにつれて声は小さくなったし、ゾーヤ大尉の顔を見られなかった。

「気にしなくていい。今は不安かもしれないが、力を貸してくれ」

「はい……」

ゾーヤ大尉の真っ直ぐな言葉に私は頷くことしかできなかった。

「そうだ。ここに来たのはこれを渡すために来たのだった」

そう言うとゾーヤ大尉は1つのサブマシンガンとマガジン、通信機を手渡してきた。銃は私が廃墟の街を放浪する上でかっぱらってきたpp19bizonだった。

「本当は最新の銃を渡してやりたいところなのだが、十分な数がなくてな。塗装の禿げ具合や傷を見るに相当愛用してきていたようだし、一応。弾は黒きものに効く特別な弾薬を装填しておいた。幾分戦いやすくなるはずだ」

「ありがとう……ございます……」

それらを受け取るとゾーヤ大尉は私の顔をまじまじと見つめ、はっとした表情をした。

「そういえば作戦を行う上でお前に名前が必要だな。何がいい?」

「えっ……なんでもいいですけど……」

そういえば名前、名前すら私思い出せないんだ……私には本当に何もないんだな。

「そうか?じゃあエーヴァにしよう。イヴ、これからよろしく」

「は、はい。大尉」

この人はいとも容易く私に私を与えてくれるのね。



身を潜めるにも手頃な廃墟があったため、そこに白木の戦闘員・職員によって塹壕が作られ、地雷も設置された。私は第一分隊に仮配属され、ゾーヤ大尉とヤニーニャと行動を共にすることになった。

「目標確認!撃て!」

黒きものは予定通りの時刻に目標ポイントに現れた。鍛えられた戦闘員が多く、的確な射撃で次々と黒きものを倒していく。事前に作って置いた塹壕と地雷がうまい具合に機能している。硝煙と灰の混じった臭いがあたりに充満する。もしかしたら、増援が来る前に倒し切れてしまうかも知れないと思った矢先、警戒部隊からの通信が入った。

「500m12時の方向に30mの黒きものを1体確認!」

「でかいな」

ゾーヤ大尉は相変わらず表情1つ変えずにぽつりと呟いた。どうやら移動速度は遅いようで、増援部隊の到着には間に合うようだった。しかし油断はできない。

「ゾーヤさん、どうしましょうか。もう少しで小型の黒きものは殲滅できますし、殲滅し終わってから総力を上げて包囲してもいいかもしれないですね」

ヤニーニャが落ち着いた声色でゾーヤ大尉に話しかけた。ゾーヤ大尉も落ち着いている。想定外の黒きものの登場はよくあることのようだ。

「そうだな。いろいろと考える必要がある。目標がその地点に到達するのは20分後か……」

ゾーヤ大尉はしばらく考えた後、すぐさま通信機を用いて30mの黒きものを攻略する戦略を戦闘員・職員に伝えた。第一分隊と第三部隊で黒きものを包囲し、一斉に攻撃する作戦を取った。私達は小型の黒きものを殲滅した後、すぐさま目的地へと向かった。

私は今まで15mより大きいの黒きものと戦ったことはない。2倍の大きさか……少し手が震えた。雪と灰の混じった物体は、踏みしめるたびに不快な音を出した。


「いました……!」

ヤニーニャが声を上げる。私の目からも確認できた。30mの黒きものは大量の灰霧を放出しながらゆっくりと歩いている。

「灰霧の濃度が1493μg/m3……1684μg/m3……どんどん上がっていきます……ゾーヤさん、フィルターの残量にお気をつけてくださいね。いざとなったらヤナ1人でも戦えますから……」

「ありがとうヤナ、でもヤナを1人きりで戦わせるわけにはいかない。ギリギリまでそばにいる」

「はい……ありがとうございます……」

ヤニーニャに対してなにかゾーヤ大尉から執着みたいなものを感じるな……ヤニーニャもヤニーニャで口を開けばゾーヤさんゾーヤさんだし。食事の時も何をするにもずっと一緒だし。まあいいや。今は目の前の戦いに集中しよう。目標ポイントに到達した黒きものに向かって一斉に射撃を行う。事前に配置した地雷は見事黒きものに直撃した。けれどそれでもまだ黒きものはうんともすんとも言わない。

激しい爆音が耳をつんざいた。黒きものの腕が建物を薙ぎ倒したのだ。瓦礫がこちらに飛んできて、近くにあった廃墟にぶつかり廃墟が一気に崩落した。もう少し廃墟のそばにいたら瓦礫の下敷きになっていただろう。

「ゲホ……ゲホ……」

「大丈夫かイヴ」

ゾーヤ大尉とヤニーニャが駆け寄ってきた。

「問題ありません、大尉……射撃を続けます!」

私は銃を持ち直し、黒きものへと照準を合わせた。その瞬間だった。黒きものの腕が一気に伸び、私を掴み上げたのだ。

「きゃ……な、離しなさい……!く……」

「イヴ!」

「イヴさん!」

ものすごい握力だ。一気に潰されてしまいそう。それにしても黒きものって腕伸びるの?今まで戦った奴はそんなのいなかったわよ。どんな体の構造しているのよ。身をよじってゾーヤ大尉の表情をみた。若干の焦りが見える。大尉も想定外のことだったみたいだ。黒きものは日々進化しているのかもね……

「‪███……████…………██」



黒きものが異様な音を出した。耳に残る不快な音。すると突然視界が急速に動いた。少し経って分かったのは私は投げ飛ばされたということだった。風が体を切り刺すように吹き付けてくる。体に衝撃が走った。廃墟にぶつかったのだ……激しく体を打ち付けられ、私の意識は途絶えた。


何もない草原を歩いている。これはきっと夢だ。目の前には優しいお母さんがいる。私は笑顔で母に駆け寄った。優しい優しいお母さん……世界でたった1人のお母さん……母は私と目があうと優しく微笑んだ。同時に顔の表面の皮が一気に爛れ落ち、その中から黒きものの顔が現れた。

「‪───‬ッ!」

声にならない悲鳴を上げて起き上がった。ひどい頭痛に見舞われ、心臓は激しく脈打ち、冷や汗は止まらない……何だったの今の夢は……そもそも私にお母さんなんて……

「あらぁ、だめよ。急に起きたら」

突如背後から聞こえた聞き慣れない声に私は思わず振り向いた。するとさらに頭がズキズキと痛んで、思わず俯いてしまった。

「う……痛い……」

「あなた脳震盪を起こしたのよ……でも、どうやら軽症のようだしよかったわ、うふふ」

痛みが引いてきたので顔を上げるとそこにいたのは真っ白な衣服を身にまとい、同じく真っ白な灰霧用マスクを着用した少女だった。マスク越しでもわかるその青い瞳はとてもきれいだった。たおやかな雰囲気とは裏腹に少女のそばにはライフルが立てかけられていた。

「それ……あなたの?」

「ええ、そうよ」

「見かけによらないのね」

「よく言われるわ。でもあなたも、素敵な銃を持っているのね」

少女はpp19bizonを指出しながら微笑むと立ち上がり、ライフルを持ち上げた。


「私は行くわね。あなたはもう少し休んでいなさいな。マップに現在位置をマークしておいたから、迷子にはならないと思うわ」

「私も……行く……」

私はよろよろと立ち上がった。思った以上に体がいうことを聞かなくて驚いた。特に頭痛がひどい。

「もう無茶しないで……あなたの代わりに戦うために私は来たのだから」

「あなた……誰?」

少女は笑顔を崩さず、ドレスの裾を掴むと一礼した。

「レナータ・アレクセーエヴナ・ツヴェターエワよ。白木に所属しているの。本来は戦闘員ではないのだけど、今回はお父様から許可をいただいてこうして来たの。よろしくね。新しい白い神さま」

少女の1つ1つの所作が洗礼されていて、思わず見入ってしまった。声を出すにしても、その音1つ1つが丁寧に作られた心地の良い音だった。

「私は……エーヴァ。イヴでいい。それと助けてくれてありがと」

「いいのよ。私は医療関係に興味があるから……その知識が少しでも役立ったなら幸いだわ……じゃあね、イヴ」

レナータはそう言うと踵を返して廃墟から出て行った。その歩いていく様もまるで芸術作品のようだった。レナータとの時間はあっという間だったけれど、まるで永遠のように感じられた。思わずぼんやりしていたが、私ははっとして、銃を携えて彼女の後を追った。けれど、もう彼女の姿はもうどこにもなかった。


なるべく早歩きで現場に戻る。辺りは瓦礫だらけで歩行が困難だった。軽くジャンプをしながら瓦礫の山を越えていく。私の脚力にかかればこの程度の高さの物なら飛び越えられる。しかし先程の少女はマスクをしていることから人間のようだった。彼女はどのようにして歩いて行ったのだろうか。それにあの雰囲気からして激しい動きをするようにも見えないし……そういえば銃を持っていた。戦うとも言っていた。何故か彼女のことが妙に引っかかった。

数分歩いていると現場が見えてきた。どうやらまだ交戦中のようだ。私も急いで加勢しないと。ふと視界に入った建物の上に、先程の少女が銃を構えて立っていた。

「レナータ……」

少女は黒きものに照準を定め、発砲した。その弾が黒きものに命中すると、黒きものはあっという間に灰となり崩れ去った。

「一撃で……」

「びっくりね」

気付くと隣にレナータが立っていた。

「ゾーヤ大尉が開けて下さった穴から露出したコアを私が撃ち抜いたから黒きものは即死したの。ふぅ……初めてだったけれど初陣はうまくいってよかったわ」

「そうなんだ」

私はレナータの妙に落ち着いた戦いぶりに少し唖然としていた。こんな根っからのお嬢様と言うにふさわしい人物が。あの巨大な怪物を倒したのか……

「私が撃つ弾はね……人や白い神が撃つ弾よりも威力が高いのよ。だから倒せたというのもあるのかもしれないわね」

「なにそれ……非科学的だわ……」

「あなたは黒きものを科学的に証明できる?」

私は思わず口ごもってしまった。

「黒きものがこの世界にやってきた時に、現代の科学では証明できない物質や法則が流れ込んできたのかもね」

レナータは遠くの方を見やるとぽつりと呟いた。西日にレナータのマスクがオレンジに照されて、その横顔があまりにも美しくて見惚れている自分がいた。

「イヴ、無事だったか」

「ゾーヤ大尉」

ゾーヤ大尉とヤニーニャがこちらに歩み寄ってきた。

「すまなかったな……」

「大尉が謝ることじゃないです。私は無事ですし」

私は軽くその場で跳ねてみた。大尉はその様子を見て頷いた。

「外傷もなさそうでよかったです!でも帰ったら精密検査をしなきゃですね」

私はヤナの言葉に頷くと改めてレナータの方を向いた。ヤニーニャは白い神なのでこの場にいることに納得できるが、やはりレナータの存在はこの場で異質に感じた。

「レーナ様もご無事で何より。見事な射撃でした」

レナータはゾーヤ大尉が敬語……?大尉よりも上の位の人なのかしら。

「はい!すごかったです!びゅーっと弾が飛んでギュインと黒きものに弾が吸い込まれていくようでした」

ヤニーニャは手や腕を大きく動かしながら不思議な動きをした。それを見てゾーヤ大尉とレナータは笑った。

「イヴは初めて会うよな。このお方は白木の総司令官アレクセイ・ツヴェターエフの御子息、レーナ様だ。今回は特例でこの作戦の増援部隊の指揮官としていらっしゃった」

ゾーヤ大尉の説明が終わると、レナータはお辞儀をして私に優しく微笑みかけた。

「は、あ……よろしく……お願いします……?」

「もうイヴったら……さっきのような話し方でいいわよ……ゾーヤ大尉も、私に様は要らないわ……」

レーナはどこか寂しそうな顔をした。それの顔が何故か忘れられなかった。



「で……」

「で?」

「どうしてあなたはシェルター車に乗っているのよ!あなたは立場上司令車に乗るんじゃないの!?それに私は一時とはいえ白木と敵対していたのよ」

レナータは呆けた顔をした。その顔を見ていたら怒るのも馬鹿らしく感じてきた。

あれから私たちは解散し、再び車両に乗り白木本部へ戻るべく移動していた。そして何を考えたのかはわからないが、この女レナータは私が乗る車両に乗りたいなどと申し出て、自らシェルター車へと乗り込んだのだ……

「だってイヴとお話したかったのだもの〜新しい白い神さまなのでしょう?よろしくね〜イヴ〜」

レナータは無理矢理私と握手をした。レナータの指は細かった。

「ふん……それで、どうして私と話したいわけ?さっき助けたお礼が欲しいのかしら?お生憎様だけど私、お嬢様が好むようなものなんて何も持ち合わせていないわよ」

「あるわよ、うふふ」

レナータは不敵に笑った。そのいたずらっ子のような顔がかわいいだなんて思っていない。多分。

「お友達になって」

「は?」

私は思わず聞き返してしまった。レナータはそんな私を気にも留めずに話を続けた。

「報告書によると〜あなたは牛乳を街からよく盗んでいたそうね?」

その通りだ。私は人ではないとはいえ、お腹はどうも空くらしく、灰霧の充満した廃墟区と市街地を隔てる「壁」【ゲート】を越えては人が住む市街地に入り窃盗を働き、食物を得ていた。中でも牛乳はおいしく感じて見つけては優先的に盗んでいた。

「私とお友達になれば毎日牛乳をあげるわ!なのでお友達になりましょうね!」

「……」

思わず言葉が出なかった。同じ言葉を話す者同士とは思えないくらいレナータの言葉が理解できなかった。

「嬉しくて言葉も出ないかしら?」

レナータは満足げに鼻を鳴らすと、背負っていた鞄からペットボトルを取り出した。牛乳だった。



「じゃーん!持ってきたのよ、さぁどうぞイヴ」

「……」

私は流されるままに牛乳を受け取った……

「これでお友達ね!よろしくねイヴ!」

「そんなわけあるか!!」

私は思わず椅子から立ち上がり机を両手で叩いた。

「まぁ、大きな声」

「そんなの全然友達って言わないわよ……。ええ、百歩譲ってあなたが友達を欲しがっていて、私がその友達になりたい人に選ばれたのまではまだわかるわ」

「わかってくれるのね!イヴ!嬉しいわあ」

わからないわよ!私は思わず強い口調で言ってしまった。思わずハッとしたけれど、レナータは気にしていない様子で、「どうしてなのかしらあ?」と聞いてくるだけだった。

「とにもかくにも、友達になるために貢物が必要だなんてあり得ないわ……友達っていうのは……」

「友達というのは……?」

そういえば友達ってどうやってなるんだっけ……?私は長い間記憶喪失で、しかもずっと放浪していた身だ。友達という単語とその意味を理解してはいるけれど、改めて考えてみると、どうやったら誰かと友達になれるのかわからなかった。

「とにかくこの牛乳は要らないわ」

「そんなあ。あなたと友達になりたくて持ってきたのに……でもイヴがそう言うのなら仕方がないわね。持ち帰るわ」

そう言うとレナータは残念そうに鞄に牛乳をしまった。

「聞くけど……あなた友達をなんだと思っているの?」

私の問いかけにレナータはきょとんとしつつ、目線を上にして何やら考え始めた。

「え……?お話してくれて……遊んでくれて……」

そうそう。私の思い描く友達という概念と一致するわ。なんだわかっているじゃない。

「その対価に私が持っているものを欲しがる存在?」

「みんなお金を欲しがるのよ、あとは地位とか……名誉!あぁ……わかったわ。イヴはお金が欲しかったのね!」

「要らない……!お金なんて要らないわ!」

あらそう、と言うとレナータはしゅんと肩をすぼめた。

狂っている……私はそう確信した。感覚が微妙に……いや大幅にずれていて、彼女が何を考えているのか一切わからない……彼女の頓珍漢な話を私はそれから4時間ほど聞かされる羽目になったのだった。



このシェルター車には窓がないので外の様子はわからないが、ゾーヤ大尉からもらった時計を見るにもう夜のようだった。今日も車内で夜を過ごす。だけど今日は……

「イヴ!イヴは今日どんな夢を見たいかしら?私は~雲の上に乗ってその雲を食べる夢よ」

この女がいる……

「私もう寝るから……あなたもさっさと寝なさいよ。まあお嬢様のあなたにとってはその安易ベッドじゃ物足りないでしょうけど」

私はレナータを背にして布団を頭までかぶり丸くなった。レナータの気配が背後から消えたのを確認すると目を閉じた。まったく今日は散々だ。せっかくゾーヤ大尉とまともに話せるようになれたし、白木に所属することに少しは期待していたというのに、こんな厄介な女にしつこく絡まれるようになるなんて……最初こそはレナータが神秘的な存在に思えて、私が彼女に関わらることが憚られたし、彼女自身も私を避けているように感じたけれど、今ではこれだ。5分ごとに話しかけてくるし、何かと牛乳を渡して私を懐柔しようとしてくるし。面倒でしかない。私は一人が好き……だってそうすれば誰からも嫌われることも、裏切られることもないから。人に好かれることがなくても。孤独には慣れた。寂しいと感じることはない。私は口を開けば本音とは裏腹の言葉ばかり出てくる。その所為か本音などもうわからなくなった。こんな私を好いてくれる人なんていないに決まっている。まして人でもない私が……レナータは私の言葉を気にも留めていないけれど、きっとそのうち私に飽きてどっかへ行ってしまうに違いないわ。だってレナータはお嬢様だし。きっと友達にも人望にも困ることはないでしょう。でも、そういえばレナータに言い寄ってくる人たちは皆、レナータの所持しているお金や権威が目当ての人ばかりだと彼女は言っていた……思わずため息が出そうになる。記憶を失う前の私は、もっと素直だったのかな。

だんだんと意識が遠のいていくその瞬間、背中に何やら柔らかくて温かい感触が伝わってきた。



「ねぇイヴ。あなたの言ったとおりだったわ。私にはこのベッドは硬すぎるみたい」

「そう……」

「イヴ……あなたは温かいのね……何も言わないで背中を貸してくれて優しい……」

だってレナータ泣いているじゃん。ここで突き放すほど私も人でなしじゃないわよ……

「今日初めて戦って怖かったの。今でも手が震えている。だからあなたに散々甘えてしまったわ……ごめんなさいね」

先ほどの様子とは打って変わって、レナータの声は弱々しかった。

「私が出撃すると聞いたとき、白木の職員たちはみな反対したわ……でもお父様は許してくださったの。多分きっと試したかったのでしょうね。私が使用する弾薬の威力を」

「お父様の言いなりがあなたの趣味ってわけ?」

「違うわ……私は灰霧と灰骸化の研究をしているの。灰骸化っていうのは灰霧を有機物が体内に取り込んだときに起きる現象の名前よ。それでそのサンプルが欲しかったのよ……それに私たちの代わりに戦っている白い神たちの気持ちも知りたかった……」

レナータの込める腕の力が少し強くなった。

「ゾーヤ大尉から聞いた話によると、白木では灰霧の影響を受けず、ヒトの何倍も五感や思考処理、筋力が優れている新人類の白い神を生み出していると聞いたわ」

「その通りよ。量産も成功して、派遣部隊に優秀な成績のある白い神を1、2人編成して試験運用中なの。今では彼女たちを効率よく養育するための学校も白木本部の敷地内にできたわ。私は人間だけど、そこに特別な許可を得て通っていてね……きっとイヴもその学校に通うことになるわ。今から楽しみね」

そうね……私は適当にはぐらかした。レナータはもう泣いていなかった。私が思う以上にレナータは強い人だと思った。

「白い神が白木で造られているのなら、自分はどこからやってきたんだろうって思ったでしょ」

レナータの言葉に思わず体がびくりと反応する。

「ヤニーニャちゃん……あのピンク髪のかわいい女の子は白い神だけれど白木産まれの白い神ではないのよ」

「そうなんだ……」

「彼女の父親であり、科学者でもあったファリド氏によって、この世で初めて生み出された白い神なの……そして我々白木はヤニーニャちゃんをベースに白い神を量産しているというわけね。もしかしたらイヴも、どこかの科学者によって生み出されたのかもしれない」

レナータは淡々と言葉を続けていく。その話し方は初めて彼女と出会った時のことを思い出させた。

「でもね……イヴ。自分の親がだれで、自分の身分や立場がなんであれ、あなたはあなたよ……もしあなたが自分には何もないって思っているのなら……私の中のイヴをあなたに教えてあげたいわ……」

「レナータ」

「意地悪で……素直じゃなくてつんけんしているけど……芯が強くて一人でもがんばれて、優しい…………」

レナータは最後まで言葉を言い切らずに眠ってしまった。




白木の本部は透明なガラスと白い壁によって構成された箱のような建物だった。これから始まるんだ……私の新しい生活が……門をくぐることをためらっていると、隣にレナータが立っていた。

「一緒に行きましょう。私もこれからがんばるから」

私は頷くとレナータと歩幅を合わせてゲートを開いた。



おわり


(Fanbox)


Files

Comments

瀝青

「ヤニーニャだ。彼女のことはそう呼べ」草。 主要メンバーの性格がよくわかって面白いです。