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トワが王の子を身籠ってからおよそ8ヶ月。

すっかりお腹も大きくなり、安定期を迎えていた。

時々こうしてプールに来て、マタニティスイミングで運動をするように心がけている。

今日はセツナがその付き添いで来ていた。


「いやー!改めて見ると大きくなったねぇ。重くない?」

「そんな太ったみたいに言わないでください。重いですけど、水に入ると少し楽になります。」

「経過は順調なの?」

「最近は中から蹴るのがわかるようになってきたんですよ。もう、やんちゃな子で。」

「男の子?女の子?」

「まだわからないみたいです。女の子かもしれないって言ってましたが。」

「そんなもんかー。トワももうすっかり表情がお母さんだね。」

「そうですか?」

「そうそう、慈愛に満ちた顔っていうかさー。元々素質はあったと思うけど。」

「そういうものでしょうか。」

トワはふわっと笑う。それを見たセツナが、セツナらしくない、神妙な顔をしていた。


「あのさ、トワはさ、今幸せ?」

「どうしてですか?」

「いや、なんとなくね。不安とか、ないの?」

「そうですね……。」


もちろん不安がないわけではない。

無事この子が生まれてくるか。そしてそのあと育てていくことができるか。これから何が起きるのか見当もつかない。

それにトワの場合は通常とは少し違う環境だった。


父親はあの闇の王、それははっきりしている。

そして認知もしてもらい、生まれた暁には正式にあの人の子供になるはずだ。

だがトワにとっては初めての子でも、あの人にとっては第三子になる。

そしてあの人にはアイリスという正妻がいるので、トワの立場は側室〈ロイヤルミストレス〉ということになる。

しかもトワで3人目の側室だ。


なので正式に結婚式を挙げたわけでもない。だが大概的な立場としては既に自分はあの人のものということになっている。

トワの実家は反対するかと思ったら、王に嫁ぐということに大喜びで歓迎してくれた。クジョウの島は、まだまだ自由恋愛よりも家柄が重視される風潮が強い。


あの人の事は旦那様として慕っているが、それ以上の感情はない。

一方的に求愛を受け、何度か逢瀬を重ねるうちに、その報いとして身籠った。

そしてあの人は今頃、また別の女の子に新しい子を仕込んでいることだろう。トワが妊娠したこともあって、もう半年以上同衾していない。だからそれは致し方ないことだ。

寂しくないかといえば嘘になるが、こうしてセツナが親身に世話してくれるので、一人ぼっちには感じなかった。


「あたしさ、今度お見合いすることになったんだ。」

セツナがぽつりと呟いた。

「ええ!?セツナ、結婚するんですか!?」

「まだ早いよ!でもまあ、親はそれを望んでるんだろうけどねー」

クジョウの島では女の子は15歳~16歳くらいで嫁ぐのが普通である。遅くても18歳までには結婚しなくてはならず、それを過ぎると行き遅れと見做されてしまう。だから既に16歳のセツナにお鉢が回ってくるのも当然の事だった。

「で、そのお相手の方はどんな方なんですか?」

「知らないよ。写真見ただけ。絶対好きにはなれないタイプだったね。」

「そうなんですか……」

「でも親はもうその気になっちゃってさ~。勝手に親同士で仲良くなってるみたい。勘弁してよね~」

「それは困りましたね……。セツナは、その、どうするんですか。あるいは別に結婚したい方がいるとか。」

「居ないよー。そんなの知ってるでしょ。」

「そうですね……」

セツナの事は誰よりもよく知っているつもりだった。これからもずっと一緒に居て、いつまでも友達のつもりだった。

だが自分が王の子をもうけ、セツナもどこかの家に嫁いだとしたら、今までのような関係を続けるのは難しくなるだろう。会う機会は極端に減り、年に数回、いや、気がつけば全く会わない赤の他人の関係になるかもしれない。人生とは往々にしてそういうものだ。

しかしそれはあまりに寂しい。まるで自分の身体の半分が欠けてしまうかのように感じる。


「でさ、あたしさ、いいこと思いついたんだ!」

暗く沈むトワの顔を励ますかのように、セツナが明るく手を広げる。

「あたしも、あいつに子供を授けてもらえばいいんじゃないかって。」

「ええっ!?」

それは突拍子もない考えだった。

だが確かに言われてみればそうである。セツナもあの人の子を孕んで王の側室として認められれば、市井の男とのお見合いも婚約も当然破棄になるだろう。そしてそれ以上縁談が回ってくることもない。

セツナは一生あの人のものになるわけで、そうなればトワと同じ立場になる。あの人はどうせ一人ひとりにそこまで関心を払わないだろうから、その代わりに自分が手を繋げばいい。女同士で結婚することはできないが、擬似的にそれに近い関係になることができるだろう。


「それは……確かに、妙案ですね。」

「でしょ!?だからさ、あたしをあいつに引き合わせて欲しいんだ。トワならきっとできるよね?」

「それはたぶん、できるとは思いますが、でも……。」


(でも、あなたはそれで本当にいいのですか?セツナ)

そう言いかけた言葉を、ぐっと深く飲み込んだ。

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