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数日後の夜、一台のパトカーがパトロールを行っていた。 「この道路にしては珍しく車がいませんね」 「そうだな……」 街の大通りには、パトカー以外、人っ子一人いない。24時間営業の店にすら客も、店員でさえもいないように思えた。 「不気味だなぁ……」 巡査二人、一人は男性で年上の三鷹、もう一人は女性の中野で、三鷹が運転をしていた。 「なんだか、俺たちがこの道路にいちゃいけないように思えてきた……」 「そ、そうですね……」 三鷹は、住宅街の中へとハンドルを切り、大通りから外れた。やはりそこにも誰一人として歩いていなかったのだが、数百メートル走ったところで突如として一人の上半身裸の少年が現れた。 「うおっと……びっくりした……」 「私もです……とにかく補導しないと……」 「そうだな、こんな夜に暗い道をあんな姿で一人で歩くなんて……このごろ失踪事件が多いんだから」 小学生らしきその少年の手前で、パトカーを停める。中野は、気に留めずに歩き続ける少年に声をかけた。 「きみ、大丈夫?一人でこんなところ歩いてちゃダメでしょ?なんで服を着てないの?」 それでも止まろうとしない少年。中野はその肩を持ち、引き止める。 「ちょっと、聞いてるの?」 「だ……め……一人に……して……」 たどたどしく、少年は言葉を紡いだ。もう、説得するだけではどうしようもないと考えた中野は、その体を抱き上げ、パトカーの後部座席に無理やり押し込んだ。 「こら、そんな乱暴にしちゃだめだろ……」 「いいんです、ほら、交番に行きましょう」 三鷹はため息を付き、サイドブレーキを緩めてアクセルを踏もうとした。その時だった。 「だめって、言ったわよねぇ……?」 「え?」 不意に、水商売のような口調の言葉が、しかし少年の声で発せられた。 「まぁ、また大きくなれるから、私はいいんだけど?」 三鷹は恐る恐る後ろを向いた。そこには、少年の泣き顔があった。その顔が、ゆっくりと持ち上がっていく。よく見ると、体が徐々に大きくなり、胸には乳房のような膨らみが付き始めていた。三鷹はぎょっとして、プルプル揺れながら膨らんでいく2つの膨らみを凝視した。 「男の子だと思った?残念……」 大粒の涙が出ているのに、その口からは余裕たっぷりの声が出てくる。まるで、口とそれ以外の体全体が違う人物のようだった。 「なんだ……おまえは……」 短めに切ってある髪が、一気に伸びていく。と同時に、胸の膨らみ方が速くなり、少年はそれを手で抑えようとする。 「こんなに大きなおっぱい、見たことないでしょ……?」 表情からは、『大きくならないで!』という叫びが伝わってきそうだが、その真逆の発言をしている。三鷹は、ただの子供だと思っていた子の急激な成長と、そのギャップに頭がおかしくなりそうだった。 「あら、ごめんなさいねぇ?この器の感情が、体の動きに出てるみたいね……?そろそろそれもなくなるわ」 三鷹の困惑に答えるその声とともに、髪と瞳が赤に染まっていく。表情が一瞬うつろになったと思うと、今度は歪んだ笑顔に変わった。これまでの発言とマッチするような、悪女の笑顔に。 「ふぅ、これで変身も済んだことだし……ねぇ、あなた?」 「ひぃっ!?」 放心状態になっていた中野に、少年……だった、女性が振り向いた。すっかり腰が抜けた中野は、悲鳴を上げた。 「あなたもみんなと同じにしてあげる……」 「い、いやぁっ……!」 --- 時は戻って、少年が運び込まれた駅の事務室。体を完全に乗っ取られ、髪も瞳も紅に染まった少年は、ニヤァと口を歪ませ、女性駅員の方を向いた。 「もう遅かったわね……あなたの情報通り、薬を飲みすぎた奴は、4回目の変身で、私が表に出てくるのよ」 「あなた……」 「私は、人間界ではサキュバス……夢魔と呼ばれる悪魔よ。名前は……カトラスタ、でいいかしら」 明らかに本名を名乗っていないその『サキュバス』は、駅員を舌なめずりしながら見つめた。その動かない、赤い瞳に、駅員の心は揺れた。 「ふふ、いい顔ね……そこでかわいく見てなさい」 カトラスタは、呆気にとられている男性職員に近づいた。 「現実世界で見る男も、いいものね……私は、夢の中の悪魔。夢の中でしか男を見たことないもの」 「な、なにいって……悪魔、なんて……いるはずが……」 「あら、この子から変身したのを見てもそう言えるの?」 「う、うぅ……」 悪魔の正論に、駅員は口を閉じてしまう。 「あの薬は、私が薬剤師を誘惑して作らせた私の一部が入った薬。10錠でも飲めば体の中に『私』が溜まって、そのまま乗っ取っちゃう薬なのよ。それをこの子は……」 大きく実った乳房を吟味するように、揉みしだく。 「あぁっ……いい感じ……さて、と……ねぇ、この体、堪能してみたい……?」 ゴクリとつばを飲み込む駅員。眼の前の女性が悪魔と知らなければ、迷わず自分から近づいていっただろう。そして、知った今でも、無意識に手が伸びてしまっていた。 「でも、残念。私にはそんなことする意味がないわ。あいにく、今は急いでるしね?そのかわり……」 カトラスタは、男性駅員の腕をぎゅっと握った。 「すぐにあなたのパワーを吸い出してあげる」 ニコッと微笑むと、赤い瞳が強く光りだし、同時に男性駅員の体が干からびはじめた。 「な、やめ……ろ……」 「あぁん、あなたのパワーって思ったよりすごいのね……?」 逆に、カトラスタの体はムチムチと大きくなっていき、胸も尻も腿も、さらに肉感を増していく。腕を通じて、駅員の『パワー』を吸い上げているのだった。 「に……げ……、」 男性駅員は最後の力を振り絞って、女性駅員に逃げるよう促そうとしたが、無駄だ。彼女はカトラスタに幻惑を受け動けなくなっていたのだ。 「ごちそうさま、と。じゃあ、次はあなたね」 骨と皮ばかりになってしまった駅員の腕を放し、女性駅員に振り返るカトラスタ。先ほどよりもサイズアップした胸の膨らみを持ち上げ、満足げな顔で近づいていく。 「あなたには、私と同じ力をあげる。その代わり、私の眷属になってもらうわよ」 「けん……、ぞく……」 カトラスタは一歩、また一歩と近づいていくが、女性駅員は、やはり動けない。 「そ、私のしもべ、奴隷ってことよ。じゃあ、いくわよ」 「ん……」 そして夢魔は、不意に口づけをした。その瞳がまた光り始める。 「ん、んっ!!?」 ようやく幻惑が解けた女性駅員だが、時すでに遅し。無理やりねじ込まれてくる舌から、カトラスタの力が流し込まれる。 「ん〜っ!!!」 最近気になり始めていた小じわが全て消え、残業で傷んでいた髪は潤いを取り戻す。肌のくすみが消えると、全体的に色白となって…… 《ギチギチギチッ!!》 急に制服が悲鳴を上げ始めた。特に旨の部分は大きく押し上げられているが、彼女の体全体が大きくなっていた。 「んふふっ……」 カトラスタは、駅員の変貌を見ながら、口づけを続ける。彼女自身の体は元に戻りつつあった。といっても元の少年のものではなく、変身後の彼の体に戻っていたのだった。 変身が終わると、女性駅員の体は一回り大きくなり、それ以上に胸が巨大化していた。 「さ、この男を収容してちょうだい。場所はわかるはずよ。あと、あの『薬』も作れるようになってるはずだから、大量にばらまいてちょうだいね?」 「はい、ご主人様……」 女性駅員だったカトラスタの眷属は、男性駅員を腕に抱えると、虚空へと消え去った。 「さて、私は新しい獲物でも見つけましょうね」 カトラスタがそう言うと、彼女の体はシュルシュルと元に戻った。 「男の……人、探さ……なきゃ……」 駅員とは別の形で眷属となった少年は、ふらふらと部屋を出ていった。 --- 「あ、悪魔め……!」 三鷹は、カトラスタと、なすすべもなくカトラスタの眷属になった中野を睨んだ。 「俺は、何をされようとも屈しないぞ!!」 ホルスターから拳銃を取り出してみせるが、すかさず銃口が眷属の手で塞がれる。 「先輩、まさか私のこと撃てるはずないですよね?」 「ざーんねんでした、あとは任せたわ、かわいい眷属ちゃん」 パトカーの扉を開け、カトラスタは暗闇の中へと消えていった。 「まてぇっ!!」 シートベルトを外そうとする手を、だが、眷属の手が抑えた。 「せんぱぁい、いいことしましょうよぉ!」 「邪魔だ、どけ!」 何とかベルトを外し、パトカーの外に飛び出す。悪魔の姿は遠くに、だが確実に見えた。 「元陸上部の俺から逃げられると思うなよ!」 そして駆け出した彼の進路は、一瞬で何かに阻まれた。 「先輩、後輩をおいてどこに行くんですかぁ?」 「……っ、中野ォッ!目を覚ませぇっ!」 それが中野だとわかると、平手打ちで正気を取り戻そうとした。 「やっとご自分から手を差し伸べてくれましたね!」 「なっ……!?」 頬を打つはずのその手は、巨大化した眷属の胸をもんでいた。一瞬の戸惑った三鷹の視界は、次の瞬間あられもない方向を向いていた。 「先輩も一緒に楽しみましょ?」 三鷹は、路面に押し倒されていたのだった。女性であるはずの中野の力に、なぜかどうしてもかなわない。 「くっ……俺にはどうすることもできないってのか……!いっそのこと、もう殺してくれ!」 中野はその言葉に……満面の笑みを浮かべた。 「はい!人間の人生は終わらせて、一緒に悪魔になりましょう!」 「んっ……!?」 中野は、三鷹に口づけをした。そして、何かを三鷹の中に流し入れた。 「ふぅっ、先輩とこんなところでキスするなんて、思っても見ませんでした!」 中野は立ち上がり、 パトカーの中からカメラを取り出した。三鷹は、流し込まれた何かが、自分の全身を食い殺していくかのような痛みを感じていた。 「せんぱぁい、体の具合はどうですか?」 「全身が……痛い……!」 それは、悪魔の力が人間の構造を破壊していく痛みだった。三鷹の骨格、筋肉、そして脳を含めた神経全てが、別のものに書き換えられていく。 《グギギッ!!》 軋むような音がすると、腰がグイッと太くなり、逆に手足や身長は縮んだ。 《グチュッ!グジュッ!》 心臓が血液を送り出すたび、筋肉が脂肪に置き換えられ、その位置を徐々に変えていき、三鷹のシルエットが女性のものになっていく。 《メキメキ……》 顔は魅惑的な女性のものに変形し、髪が伸びる。 「あはっ!先輩が眷属になってく!!」 「そんな!俺は……!」 その声も、女性のハスキーボイスに変わる。 大きくせり出した胸がボタンをぶち破り、それが女性の象徴であることを主張するようにブルンブルンと揺れた。痛みはそこで収まり、変身が終わった。 「先輩、眷属になった気分はどうですか?」 中野はパシャッと写真をとり、三鷹に再生画面を見せた。 「お、俺は……ぁ……」 三鷹は戸惑いの表情を見せたが、口を歪ませ「最高の気分ね……」と笑い始めた。 「先輩!もっと私達と遊べる人たちを増やしに行きましょ!」 「『人』って、私達は『眷属』よ、間違えちゃ、だめっ!」 二人は、少しの間笑いあったあとフッと姿を消し、そこにはライトとエンジンがついたままのパトカーだけが、帰ることのない運転手を待ち続けていた。

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