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 寝苦しい夜が続いている。

梅雨明けが宣言された翌日に土砂降りをもってくる自然はやはり、人間よりもはるかに高次の存在を示す可能性として、私たちを鼻で嗤っているのかもしれない。雨は良い、夏も良い。だが我が国は温暖湿潤気候。湿度がとんでもなく高くなるのだ。ササッと降ってカラッと晴れる、ギリシャやミコノス島のようにはいかない。私はこの時期の、髪と肌と服がすべてひとつになって変質してしまうような、湿気の多い環境が大嫌いだ。憎しみの感情すら、そこへ見出すほどに。癇癪持ちと知らずその人を刺激してしまったような土砂降りの中、電車を乗り継いで向かった仕事を終え、西陽がハイコントラストな現代アートを作らんと私の顔を真横から照らす帰り路、私は、さながら夜叉の面持ちで、ほとんど蒸気に近くなった外気で、なんとか生命活動を維持していた。こんな最悪な日に死ぬわけにはいかない。私を起立させ続け、開脚やら前後運動やらで酷使した下半身の歩みを止めさせないのは、大嫌いな天候へのレジスタンス、ただそれだけなのだった。

 私は究極のソリューションを引っ張り出す: 煙草を吸おう。

古い友人知人はご存知のことと思うが、私は元ヘヴィースモーカー。禁煙5年選手だ。美容だの健康だのと、理由なんて後付けでいくらでも、もっともらしく美しい能書きを並べられるが、結局のところ「喫煙する習慣」が日常のキャパシティからはみ出てしまった。ただそれだけのことである。持っていない、買おうと思えば買える、買うとしたらこの銘柄、酒の回りが思ったより早かったら1本吸うか吸わないか。私にとってはこの距離感がいちばん、継続して吸わない選択をし続けていられる。感じが出ると思って白痴のような顔で何カートンも燃やしてきた人間が、ようやく煙草との、喫煙という文化との、折り合いをつけたのだ。ある少数部族では成人の儀式に幻覚剤が用いられるが、嗜好品やドラッグには、本来、先達者の導きがあるべきなのだ。私は手探りで見つけて、ひとりで納得してしまったけれど。

 ひさびさに、酒も入っていない状態で吸うメンソールは、鬱屈とした忌々しい湿気を、渇いた冷涼感で相殺した。(この私が!)1本吸いきれず、途中で消した。そこからが美味しいのに、という長さで消される煙草は、線香花火に似たさみしさがあるように感じられたが、そして同じように、さわやかなさみしさは気持ちの良いものだとも思った。ネチネチと求愛のしつこい男を吹っ切るときのような気分がしてスカッとする。

 そんなこんなで、この日は仕事の達成感やら、それに見合わない天候やらで、私は不機嫌になって、その解決策を模索し、見事に己を上機嫌にさせることに成功した。私はこのプロセスに他人を巻き込むような愚かな真似はしない。我が身の快・不快は己でなんとかする。そこだけは、私という人格の良い側面として認識していただいて構わない。

 普段程度の寝苦しさであればちょっとした香や、氷菓、冷やした炭酸水、洗顔、バカ高い美容クリーム、脚をわざと攣らせるストレッチなどなど、方略はいくつも持っているが、ひさびさに、本当にひさびさに、白昼堂々銘柄を指定して煙草を買い喫煙したことに、そしてそれが在りし日の再現・喫煙習慣の復活に繋がらなかったことに驚きと喜びを感じ、思わず書き留めてしまった次第である。

 シン・エヴァンゲリオンでのアスカのつぶやきがオーバーラップする: 私のほうが先に大人になっちゃった。

シンジに対してああ言うしかなかったアスカの心を思うと、私はさみしく、そして嬉しい。

 静かに、さみしさに似た喜びが胸を打つ。

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kkkko

🚬❤️👏