短編小説Episode of Amatelast #4 (Pixiv Fanbox)
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【第四話】
―X年前 春―
S-river Stationの構内を歩く、2人の男。
常日頃からマスクを装着し表情を見せない、アダム。
目つきがすごく悪く、歩き方も足早で、見るからに不機嫌そうだ。
ルンルンとした表情で、軽やかに隣を歩くのは、イヴ。
成人ミューモンの平均身長を遙かに上回る長身、足先まで届くほどの銀髪。
S-river Stationの長い長い回廊の反対側からでも一目で判るほどに、周囲の一般ミューモンとは異質で、個性的な2人だった。
「アダム見て〜、あれが雑誌にのってたアメちゃん屋さんだよね」
「アメなんか、どこでも買えるだろ……なんでわざわざS-riverなんだ?」
「まあまあ、たまには違うトコに来るのもいいじゃない?」
イラつくアダムと、ニコニコのイヴ。
対照的な2人だけど、似てない者同士だからこそなのか、
不思議と2人はウマがあった。
「ねえアダム、あそこにミューモンがたくさん集まってるけど、何してるのかな? 行ってみようよ」
「は? アメ買うんじゃないのか?」
「いいからいいから〜〜」
「おい、イヴ!? ……ったく!」
★ ★
S-river Stationの長い回廊の中央あたり、そこには簡易ステージが設置されていた。運営スタッフと思われるミューモン達が、せっせとアンプ等の機材を運び、設置作業を進めている。
【S-riverバンババン!アマチュアバンドコンテスト】
ノリで決めたであろうコンテスト名が、堂々と書かれたフラッグ。
『バンババン』の文字を見つめ、おそらく参加者の身内であろうミューモンや、他にもまばらに見物客がおり、コンテストの始まりを今か今かと待っているようだった。
「バンドコンテストだって。ボクたちも参加してみない?」
「はぁ!? いきなり何言ってんだ、飛び込み参加なんてできるわけないだろ!? だいたい楽器はどうするんだよ? 今は持ってないだろうが」
「楽器なら……ほら!」
イヴはそう言って、ロッカーの鍵をアダムに見せた。
そしてすぐ近くのコインロッカーから、使い古されたギターとベースをえいやと取り出してきて、ニコリとギターを差し出した。
「はぁ〜〜〜…………」
深いため息をつきながら、アダムは理解した。
イヴは最初からこのバンドコンテストへの参加が目的で、S-riverに自分を連れてきたのだと……
AmeSide商店街の菓子店バイトで知り合ったアダムとイヴは、音楽(特にV系)好きがキッカケでよく話すようになった。
お互い楽器経験があったから、バイトの休憩中、適当に楽器を鳴らして遊んだり、流行りの曲を替え歌しあったり、即興早弾きバトルをしてみたり。
音楽都市MIDICITYの菓子店には、ロッカールームに当たり前のようにギターやベースが置かれていたわけで。2人はバンドやユニットではなかったし、何か夢や目的があったワケでは無かったけれど、なんとなく楽しいから、休み時間に楽器を鳴らす……それが2人の習慣だった。
いつからか、AmeSideにもV系ブームに影響されたバンドマンがたくさん現れるようになってきて。アダムとイヴも古着屋でそれっぽい服を買ってみたり、AmeSide商店街の怪しい店でエッジの効いたシルバーアクセを物色してみたり。
そうこうしているうちに、イヴはなんとなくだけど、
アダムはバンドに興味があるんじゃないか?
バンドをやりたいんじゃないか?
そう思うようになっていた。
実際アダムはバンドに興味があったものの、それを素直に言い出せない天邪鬼で。目つきの悪さや意地っ張りな性格も災いして、他人から誤解されてしまう事が多く、自分からバンドをやりたいなんて、言える勇気がなかった。
イヴは確信があったワケではなかったけど、アダムの背中を押すきっかけになればと、今回のコンテスト参加を計画した。そして事前に、バイト先からギターとベースを運び出し、S-riverのコインロッカーへと収納していたのだ。少々強引で詰めの甘い運びではあったけど、イヴなりに考えての行動だった。
「……………なのか?」
「アダム?」
「………………飛び込み参加はダメなんじゃないのか?」
「飛び込みじゃないよ、ちゃんと参加しますって紙に書いて出したもの」
「お前……! はぁ………もういい。で、曲は?」
アダムは観念し、いつもコピーしている人気V系バンドの曲を2人でやる事にした。もちろんオッケー、という表情でニヤリと笑うイヴ。最初からそのつもりだったようだ。
「ボクらの出番まで時間あるけど……あ、始まるみたいだよ?」
「どうせ素人バンドだろ?」
「まあまあ、見てみようよ〜」
「くだらない! 出番までそのへんで時間潰すぞ」
「え〜っ、待ってってば〜〜」
ステージから離れようとするアダム達を余所に、
S-riverバンババン!アマチュアバンドコンテストが始まろうとしていた。
★ ★
『ではトップバッター、【S&R】のお二人です!
曲はTwilight黒光で、「絶叫∞Invitation」!はりきってどうぞ〜♪』
町内会のカラオケ大会のようなノリで紹介された、2人組の男がステージ上に現れ、おもむろに演奏を始める。
艶のある黒髪を揺らしギターを激しく鳴らす細身の男と、
力強くガムシャラにドラムを叩きまくる筋肉質の男。
愁とロムの2人だ。
明らかに不機嫌そうにギターを奏でる愁と、
その後ろで力いっぱいドラムを叩くロム。
ベースが不在、Gt+VoとDrの2人組、音源混ざりのプレイ。
長めのイントロを終え、見るからに不機嫌最絶頂の愁が歌い出す。
荒々しくも艶のあるボーカルで、周囲のミューモン達は一瞬で彼の音に引き込まれそうになる……
のだが。
突然、愁はギターを力一杯振り上げ、
そのまま力任せに、
ステージへ叩きつけた。
S-river Stationに悲鳴にも似た衝撃音が響き渡る。
ギターのネックはへし折れ、
6本の弦はバラバラに踊り、
アンプから虚しい残響音が響き渡る。
そして周囲がザワつくよりも前に、
愁が口火を切った。
「このヘタクソが……! ……償えよ!」
「ふざけんなシュウ!! 店長のギターだぞ!! 償うのはテメエのほうだ!!」
「黙れ……! お前、脳ミソも筋肉か? なんだそのクソドラムは? 勝手にお笑い芸人みたいな名前でエントリーした挙げ句、練習の半分も出来てねえクソドラム浴びせやがって!」
「しょ、しょうがねえだろうが! 緊張してんだよ!」
「……絶対に○す!」
愁とロムは、慌てるスタッフの制止も聞かず口論を繰り広げた。
★ ★
ステージから少し離れたところにいたアダムとイヴにも、
その騒動はハッキリと聞こえていた。
「あれ〜? イイかんじのボーカルだったのに、ケンカ始めちゃったね。ざんねん。」
「……あいつ」
呆れるイヴを余所に、アダムはステージ上の黒髪の男を食い入るように睨んでいた。いや、目を離すことができなかった。
愁が歌ったのは、アダム達もやろうとしていた曲だ。
ワンフレーズにも満たない、ほんの一瞬だったけど、今までアダムが何度もイメージしてきた理想像とする歌唱イメージに、愁のボーカルはピッタリとハマっていた。生まれて初めて「自分には無い才能・可能性を持つ者」を目の当たりにしたアダム。驚きと、感動と……嫉妬すらも抱いた複雑な感情が、アダムの胸のメロディシアンをザワザワとかき乱した。それからしばらく、アダムはステージの愁を睨み続ける事しか出来なかった。
この時から……愁の”才能”に魅入られていた事にアダム自身が気づくのは、
これからずっと、ずっと先の事だ。
★ ★
「だいたいテメエは! いつも滅茶苦茶にしやがって!!」
「黙れ筋肉バカが……Sinを償え!」
あたふたするスタッフ達を余所に、口論から取っ組み合いにヒートアップしていく愁とロム。
あの冬の日以来、なんとなくロムが働くカフェに寄りつくようになった愁は、なんとなくV系を聞くようになり、なんとなくギターに触れるようになり、なんとなく独特の世界観を構築しはじめ、いつからか「愁」と名乗るようになっていた。
相変わらず「バンドやろうぜ」と誘うロムに対しては断固拒否していたものの、世話になっていたカフェ店長の後押しもあって、しぶしぶコンテストに参加してみたのだが。【S&R】という、とりあえず決めました感満載のダサい名前はロムが勝手にエントリー書類に記入したものだった。
当時の愁は傲慢で無愛想で短気でキッズだったし、愁なりのこだわりも生まれ初めていたから、熱量と勢いだけで勝手に事を進めるものの後先を考えていない、ロムの短絡さが許せなかった。
ロムもまた、自分には無い才能がありV系に興味アリアリの愁を、本気にさせたくてコンテストに参加したのに、よりにもよって世話になっている店長から借りた大事なギターをへし折った愁の傲慢さが許せなかった。
騒然とする見物客たち。
「もっとやれ!」とはやし立てる野次馬ミューモンまで寄ってきている始末。収集がつかなくなったバンドコンテストのステージに、さらに招かれざる客が訪れる。丈を改造した変形学ランに身を包み、コテコテのリーゼントヘアや派手なカラーヘアでキメにキメた、都立東MIDI工業高校のやんちゃミューモン集団、総勢69名御一行様だ。
【都立東MIDI工業高校】
X年前当時はバイクで校内を爆走したり、発売日前の週刊少年マンガ誌をフラゲしてネタバレを吹聴しちゃうような荒くれ者がたくさんいた学校で、界隈でその悪名を轟かせていた。(※それからX年後に校長が変わってからは、荒廃していた校風も穏やかになり、【ドロップアウト先生】という恋に燃える熱いサウンドを爆発させるバンドも輩出している。ちなみに同バンドのVo+Gt、クワガタツヤ君は近隣にある【聖MIDI女学園高等部】の女生徒の事が気になっているらしい………)
愁は傲慢で目つきも態度も悪く、なおかつ誰もが目をとめてしまうほどに美形だったから、S-riverの街を歩くだけで同校のやんちゃミューモン達に絡まれる事が多かった。しかし、幼少時に極東式が源流の護身術を身につけていた愁が、有象無象のやんちゃミューモンに負けるはずも無く。絡まれる度にすべて返り討ちにしていた。愁への恨みを募らせたやんちゃミューモン達はタイマンで敵わないならば集団でと、恥を承知で総勢69名の徒党を組み、復讐の機会を窺っていたのだ。
憤るやんちゃミューモン達と野次馬ミューモン達に取り囲まれたステージ。異常を察知したスタッフ達は逃げ出したのか駅員を呼びにいったのか、姿が見えない。もはやコンテストどころではない、抜き差しならない状態となってしまった。当の愁は、それに気づかずロムとの言い争いを続けていたのだが。
「やだな〜、せっかく楽しみにしてきたのに……」
イヴはそうつぶやきながら、一歩踏み出した。
「おいイヴ! やめとけって」
「だいじょ〜ぶ、ちょっと話してくるだけだから」
「まったく、どうなっても知らねえぞ………あのミューモン集団」
アダムは知っていた。
普段は穏やかなイヴだけど、彼にはもうひとつの顔があることを。
「…………フゥゥゥ」
イヴはゆっくりと息を吐き出しながら、ステージへぬらりと歩を進める。
先程まで穏やかだった表情が瞬く間に豹変していく。
その横顔は凍てつく氷のように冷たく、闇夜の悪魔のように恐ろしく、
狂いそうなほどに美しかった。
(つづく)
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