短編小説 Episode of Amatelast #3 (Pixiv Fanbox)
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【第三話】
☆☆☆
ジューダス事務所7番会議室
「魚肉ソーセージ、とってもドリーミングにヘルシーで、美味しかったなっ☆」
「ちょ、ちょっと待ってください! シュウ☆ゾー君!」
「おや? リクは魚肉ソーセージ、キライ?」
「好きですけど、そうじゃなくて! つまりシュウ☆ゾー君は……昔は【愁】さん、と名乗っていて、あのシンガンのロムさんと、それにアダムさん、イヴさんの4人でAmatelast(アマテラスト)というバンドをやっていた……という事までは判りました。でも、話が……なんというか、ぶっとびすぎてて……シュウ☆ゾー君が……ザクロ水産でカンパイして、あ、あ、朝までオールしてただなんて、ちょっとまだ信じられなくて………ごめんなさい」
シュウ☆ゾー君があまりにも自然に、まるで昨日の出来事だったかのように、X年前当時の、ザクロ水産での打ち上げエピソードを打ち明けてくれた。けれど、僕にはあまりにも突然すぎて、理解が追いつかなかった。兄さんに至っては、目を白黒して開いた口が塞がらないままでいる。この際、兄さんの事はあとにしよう。
「ごめんよ、やっぱり突然すぎたよね。何から話すのがいいだろう……☆」
シュウ☆ゾー君はしばらく(流れ星が夜空を颯爽と横切るくらいのあいだ)考えたのちに、指をキラッ☆パッチンっ☆〜!と鳴らしてから、こう切り出した。
「じゃあ、ボクと彼等の出会いから話してイこうかなっ☆ それならOKかい?」
「は、はい。おねがいします……」
「うん☆ それじゃ、イってみようかっ」
★
―XX年前 はじまりの冬―
「この世界は、不平等だ」
当時のシュウの口癖。ことある度に口から吐き出されていた言葉。
※のちに彼は「愁」と名乗ることになるのだけれど……今は割愛しよう。
傲慢で、無愛想で、短気だったシュウ。
暴力沙汰に巻き込まれ音大を中退し、ピアニストへの夢を断たれ、実家を飛び出し、音楽からも距離を置き……夢と目的を失い、行く宛もなくMIDICITY中を転々としていた。
思えば学内での暴力沙汰も、相手は財界のひとり息子で、シュウの音楽センスを嫉んでの、仕組まれた事件だったのかもしれない。学内でのシュウは、周囲の羨望を一身に集めるほどの独創的な音楽センスを発揮し、他者にはない『冷たくも艶やかな華やかさと、鋭利な刃物のように研ぎ澄まされた繊細さ』を併せ持ち、誰もが将来を期待するアーティストとしての魅力があった。
だがそれも、今となってはどうでもいいことだ。
音楽生命体であるミューモンにとって、音楽への情熱や夢を失うことは「心の喪失」と同義だ。この時のシュウは、使い古されたボロ雑巾のようにやつれ、ただただ音楽都市の片隅で息をするだけの、心の無い人形のようだった。
「もう……どうでもいい……何もかも」
冬の雨に打たれ独りごちながら、コンクリートのビルが立ち並ぶS-riverの街を、ひとり彷徨っていた。
【S-river Station(エスリバー駅)】。
毎日20万以上のミューモンが電車を乗り降りする、巨大ターミナル駅。
同じ【M-hand線】の(当時)2つ隣にあるBigsaki-Stationとは随分様相が違い、駅の周りには大きなオフィスビルが何百と立ち並び、周囲の繁華街はとても賑やかだ。駅構内のコンコースには誰でも自由に演奏できるピアノが設置されており、きまぐれな音楽家がふらりと現れては、あるがままにわがままに演奏を繰り広げていた。この当時はまだ、ミューチューブみたいなNETの動画配信も一般的ではなかったから、たまたま通りすがりに音楽家達の演奏を目撃できればラッキーで。けれど、駅構内は忙しいビジネスマンがほとんどだから、名も知らぬ音楽家の演奏に足を止めるミューモンは少なかった。
そんな駅で、彼等は出会う。
まだ若く、怖い者なんか何も無かった彼等の、はじまりの冬。
★ ★
770サウンドル。
当時【ロム】がバイトしていたカフェの時給。
朝5時には入店して、早朝から駅を利用するビジネスマン達にコーヒーを提供する。それがロムの朝イチの仕事だ。S-riverは長距離高速鉄道が複数乗り入れている巨大ターミナル駅でもあるから、出張前の時間調整でカフェに訪れる客が多い。その中に、見るからにビジネスマンとは程遠い風貌のミューモングループが訪れていた。ステッカーがたくさん貼られたギターケースを背負い、色とりどりの長髪をなびかせ、楽しげに会話する若いミューモン達。
どうやらバンドのようだ。
「あれ、【Twilight黒光】だよな……やべえ、ホンモノ見ちまったぜ。明後日から6大都市ツアーだって、V69に載ってやがったもんな……クソッ」
Twilight黒光とは、当時MIDICITYで大ブームとなっていたV系バンド群の中でも、6本の指に入る人気バンドだった。ロムはカフェにある音楽雑誌のV系記事をくまなくチェックしていたこともあり、メンバーの風貌からすぐに”彼等”だと判った。いつかあの人気V系バンド達と肩を並べて、自分も頂点のステージに立ちたい。それがロムの口癖だった。
「いいなあ……オレもライブしてえ……
ま、そのまえにメンバー集めるのが先だけどな」
カフェのキッチンで、低い天井を見つめながら、ロムはひとり呟いた。
上背があり、体格に恵まれたロムだったが、残念ながら音楽の才能には恵まれなかった。バンドをやりたいという気持ちと熱意だけは誰よりも強かったけれど、そんなロムと”ソリ”の合う仲間とは巡り会う事ができず、いつも衝突ばかり。実力はなく熱意と大きな夢だけは誰にも負けないロム、対してバンドを楽しみたいだけのメンバー達。その温度感が合うこともなく。
これまでロムは、まともなバンド活動を続けられた事がなかった。半ば強引にバイト仲間で組んだ、”なんちゃってバンド”も、つい先日解散したばかりだったのだ。
「ロム、ピーク終わったから買い出し行ってきてくれ」
「あ、はい!」
「寄り道すんなよ?」
「わかってますって、店長。行ってきます!」
体力バカで、根が真面目なロムは仕事が好きだった。
いつかロムが言っていた言葉、
『オレはバンドよりも仕事のほうが向いてるのかもしれねえ。けどな、いつか絶対に音楽で、頂点のステージに立ちたいんだ。それがミューモンとして生まれたオレの、生きた証だからな』
経験やセンスは無くても熱意だけは誰にも負けない、どんな壁があろうが乗り越えてみせる、そうやって自分を鼓舞し続ける。
当時からロムはそんなヤツだった。
★
S-riverの駅構内、長い回廊のような通路をぬけたシュウは、目の前にある物体に気づき……立ち止まった。
ピアノ。
自分を縛り続け、1度は夢を抱いたもの。
くだらない悪意から夢は儚くも打ち砕かれ、
不平等な世界を思い知らされた、元凶となったもの。
今、最も見たくないもの。
破壊したいもの。
恨むべきもの。
嫌いなもの。
だけど、
尊いもの。
愛しいもの。
これまでの自分の形を、音楽を、育んできたもの。
何故かは判らない。
シュウは無意識に、思うままに、感じるままに、己の内に抑圧された衝動を解放し吐き出すかのように、鍵盤にその想いを叩きつけるかのように、旋律を奏でた。呼吸が荒くなる反面、指先から全身へ、ドス黒い電撃が走るように神経が研ぎ澄まされていく。心の奥底で腐りかけていた己のメロディシアンが、マグマのように熱くなるのが判る。
何を言ったかは覚えていないけれど、心を、感情を、衝動を、旋律にのせて、己の口から穿つように、声を放った。
その言霊が、耳と骨と、魂へと共鳴し、シュウの心を奮い立たせる。
今この瞬間だけは、生きていると実感できる。
『ああ……そうだ……俺は好きだったんだ…………音楽が……』
そう思えた。
★ ★
シュウが演奏に没頭している最中、聞き知らぬ男の声が演奏を遮った。
「お前……オレとバンドやらねえか?」
突然のノイズ。
シュウは我に返り、男の顔を見上げた。
『バンド?
何を言ってやがる?
誰だお前?
何でパン持ってやがる?
背デカすぎだろ?
名札……ロム?
クソが……邪魔しやがって……!!』
この間、0.06669秒。
シュウの心は一瞬で現実に引き戻された。
「何…見てやがる? ○○すぞ……」
演奏を邪魔された怒りに満ち、腹の底から湧き出る黒い感情と、敵意むき出しの言葉をシュウは放った。
けれど目の前の男、ロムにその言葉の真意は届いていない。
ロムはシュウが放っていた音楽の力に、釘付けになっていた。
『コイツとなら目指せるかもしれねェ……頂点を!!』
ロムのメロディシアンが、ドクンと音を立てながら高鳴る。
数秒、無言のまま対峙する2人。
ロムが口火を切る。
「お前、すげーピアノだな! 歌もキレッキレだしよ! お前さ、オレとV系バンドやらねーか?」
「V系……?」
V系。言葉としては聞いたことがある。
流行りの音楽ジャンル、Visual系のことだ。
ピアニストを目指していたシュウにとっては、遠い世界の出来事だと思っていた。
だが、その言葉の持つ響きが、己のメロディシアンの琴線に触れていたことを、この時のシュウはまだ気づいていなかった。
「オレ、ロムってんだ。お前は?」
遠慮も躊躇もなく、グイグイと話しかけてくる目の前の男はロムと名乗った。
これまで出会った事のないタイプ、シュウにとっては未知の宇宙から来た、得体の知れないミューモンのように感じた。
何よりも、自分の演奏を遮られた事が腹立たしかった。
当時のシュウは、キレやすく、精神的にキッズなところがあったから。
「黙れ……バカがうつる」
言い放ちながら、シュウはその場を離れようとする。
「お、おい待てよ! オレ、この駅のカフェでバイトしてんだ、
コーヒー奢るからよ、いつでも顔だせよな!」
「…………」
ロムを背に、黙って歩く。
「お前イイもん持ってるぜ! 絶対バンドで頂点めざせるぜ! 待ってるからなー!!」
「うるせえな……筋肉バカが」
悪態をつぶやきながらも。
己の情熱は失われていなかった。
それに気づくことができたシュウはこの時、
不思議と悪い気はしていなかった。
シュウにとっては最悪なタイミングでの出会い。
ロムにとっては最高のタイミングでの出会い。
シュウとロム。
2人の、はじまりの冬だった。
冬の雨は次第に弱まり、雲の隙間からは微かに光が差し込んでいた。
★ ★
ーX年前 春ー
S-riverの街並には、桜が舞い散っている。
「イヴ! なんでS-riverなんだよ? 菓子ならバイト先でいくらだって社割きくだろが」
「ボクらはお菓子の問屋さんでしょ。S-riverの駅ビルになら、おしゃれ〜なお菓子とかアメちゃんが、い〜っぱいあるらしいよ」
「またアメかよ!?」
アダムとイヴ。
AmeSide商店街の菓子店バイトで知り合った2人は、不思議とソリが合った。
バイトが休みの日もよくつるんでいたのだが。
この日、彼等2人の人生に大きな影響を与える、
事件が起こった。
(つづく)
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