Dの手記 (Pixiv Fanbox)
Content
《1》
トムと出会ったのは私が11歳、トムがおそらく9歳の時だった。
「おそらく」と濁さざるを得ないのは、トムのそれまでの人生は、年を数える事とは余りに無縁だったからだ。
都心から離れたスラムで保護されたトムは、私たちの施設に来た時、言葉すらまともに知らなかった。
「グリスリー孤児院」
ここはそんなスラムの片隅に掃き捨てられた人間の集まりだった。
案の定、私もそんな孤児の1人。
《2》
トムは手先が器用だった。
ギャングの下働きをさせられていた彼は大柄な身体の割に気が弱く、抗争に参加しても戦力にならなかったらしい。
そんな彼はもっぱら銃や車なんかの改造・修理をさせられていたのだ。
彼は施設に来てからも、故障した草刈り機をものの五分ばかりで直してみせたり、鉄クズを組み合わせて手製でバイクのエンジンを拵えたりと、周囲を驚かせた。
ただ、彼のこの高い技術は彼の生きる為の手段だったのだろうと、私は鉄クズをイジる彼の背中を見て思っていた。
ギャングの下働きの中で彼が生き延びるには、言葉を覚える暇すらなかったのかもしれない。
周囲の驚きや、賞賛の中にいる彼を私は何処と無く切なさと同情の目で見ていた。
手放しで褒め称える孤児院の人々とは違う、
おそらく、彼もそんな視線に気づいていたんだろう。
《3》
「…D」
彼が施設に来て、最初に口にしたのは私の名前だった。
トムが私の名前を呼んだとき、周囲は彼が鉄クズイジリをする時よりも大きな歓声をあげていた。
その時ばかりは私も嬉しくて、なんだか温かい気持ちになった。
施設に来てから、なんとなく周囲に溶け込めなかった私だったがトムとだけは不思議と気が合った。
トムは拙いながらも言葉を覚え、話せるようになっていった。
多くの時間を過ごす内に
次第に彼が私に好意を持ってきたのがよく分かった。
会う度に彼は言った
「Dの事を1番好きなのはおれだ。」
それが彼の口癖だった。
毎日のように言ってくるので、私は彼をからかった。
「私が宇宙侵略軍の総長だとしても?」
彼にとっては難しい言葉で彼に揺さぶりをかけてやるんだ。
「…?う、ちゅ、…なに?」
毎回自分の知らない言葉を投げかけられて戸惑う彼を見て、私はほくそ笑んでいた。
私にからかわれると彼は私の言った言葉を調べる為図書館に籠る。それがいつものパターンだった。
これで、数時間ばかりは静かになる
ただどんなに難しい言葉を使っても彼の答えはいつも一緒で
「好き。」
図書館から戻ってきた彼はまた、私にいってくる。
《4》
トムが来てから約8カ月。彼に引き取り手が現れた。
引き取り手が現れる事自体稀な為若干気がかりだったが、施設にたんまり金を払ってトムは晴れて引き取られる手筈になった。
孤児院を後にする約一週間前、彼は私を裏庭に呼び出した。
「プレゼントしたいものがある」
そういって彼は布に包んだ塊を手渡した、中に入っていたのは
鉄クズを寄せ集めて作った手製のマシンガンだった。
想像していたプレゼントとあまりに違ったからだろう、私は正直上手くリアクション出来なかった。
ただ、今思えば、あの時すでにトムは自分がこの後どうなるのか、よく分かっていたんだろう。
《5》
トムの続報を聞いたのは彼と別れてから10年経ってからだ。
彼は今監禁されているらしい。
あの時引き取られた先は案の定、彼が昔、下働きをしていたギャングの仲間だった。
あの日以来彼は前以上に過酷な生活を余儀なくされているとの事だ。
その事を吐いたのが道で偶然会った孤児院の元職員だったから、皮肉なもんだ。
道で会ったと言っても、すれ違ったわけじゃない、
道で寝ていた元職員に声をかけられた。
私は13で働きはじめ、施設を出ていたから知らなかったが、孤児院はトムが出ていってから約5年で閉鎖。
立ち行かなくなった職員たちは当時の孤児達と同じ様に、このスラムの掃き溜めの一員に成り下がっていた。
私はその話を聞いて真っ先にアパートに帰った。そしてベッドの下から丁寧に包まれた布の塊を取り出して膝に置いた。
恥ずかしながら少し考えた、命をかけるほどの相手だろうかと、聞かなかった事にすれば、良いのではないかと、
でも、よくよく考えたらそんな事はどうでも良かった。
私は彼の手製のマシンガンを手にアパートを飛び出した。
外は相変わらずの曇り空、夜に向かってあたりが刻々と暗く沈んでいく中で、私は足を進めた。
友情だ、愛情だ、ロマンスだのと御託は最早、私たち2人には邪魔な気がした。
それよりもなによりも
私は彼の口癖が久し振りに聞きたかったんだ。