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9:Cー2倉庫へ ――シャーーーーーッ……  人間を物のように扱う非情な発電所に置いて、この日に二度浴びる事を許されているシャワータイムは、絶望の日々を送り続けている我々Fuelにとって唯一のオアシスだと言っても過言ではない。  食事は生きるために必要な栄養素を適当にミキサーに掛けて作ったであろう美味しくも何ともない薬の様なスープが出るだけだし、部屋に設置されているベッドもマットレスが硬く快適に眠れたためしがない。そんな発電以外の部分でも不満ばかりが募る生活環境に置かれている私達からしてみたら、ちゃんと熱いお湯が勢いよく出て体の汚れと共に疲れまでも洗い流してくれるこのシャワーの時間は数少ない楽しみである事は疑いようが無い。  どんなに辛い一日を送ってきた者であってもこの熱いシャワーをひとたび浴びれば、思わず幸せな溜息が零れてしまう程に癒してくれる。  まぁ、機械達からしてみたら、我々Fuelの衛生状態を良好に保つ事が発電の効率化に繋がると踏んでコレを提供しているのだろうけど……このシャワーの時間があるのと無いのとでは心の病みようは段違いに差が出来ていた事だろう。  とにかく……私達にとって唯一の癒し時間がこの時であり、発電の過酷な最中にあっても“シャワーを浴びる為にも頑張ろう”と思わせる程の心の支えでもあったりする。 ――キュッ。ポタポタ……  シャワーを浴びれる時間は一人当たり10分と決められている。  時間が来ると自動的にお湯の勢いは弱まっていき、浴びていた人間が交代しない限りはそこのシャワーからは一切お湯は出ないという仕組みになっている。  だからシャワーが止まれば強制的に浴びる者が入れ替わり、浴び終わった者は脱衣所にて着替えを済ませ、脱衣所の向かいにある待機部屋にて誘導を行うロボットが来るまで待機させられる。  クラリスさんいわく、着替えが終わり待機所へと向かうその時が抜け出すチャンスであり、倉庫へ向かう絶好のタイミングなのだそうだ。  機械は水に濡れる事を極端に嫌う……  それは機械の精密部品に水が掛かるとショートしてしまうのを恐れているからであり、そのせいでシャワー室と続きになっている脱衣所の近辺にも近寄ろうとはしない。  だから、脱衣所の外の廊下には見張りのロボットは配置されていないのだ。  そして、私達にとって追い風となる事象のもう一つに“シャワータイム中は首輪の探知が緩く設定される”というものがある。  これは簡単な話……さっきも言った通りシャワーの時間がこの施設での唯一の癒し時間になっているという部分に起因している。  首輪は不安や恐れなどの感情は探知しないが、過度な期待や反抗の兆候……その環境にそぐわないプラスの気持ちなどは敏感に感知する。だから、誰しもが楽しみにしているであろう唯一の癒しであるシャワーの時間は相対的に喜楽の感情が高まる傾向にある。  それはそうだ……人間であれば疲れを癒してくれてる熱いお湯を浴びて、多幸の息の一つも零さない者などいない。そのような人間を取り締まるのは意味のない行為であるし……そもそもロボットはどのみち水気のある場所には入る事も出来ない。だから首輪の探知能力を緩めない訳にはいかないのだ。そうでなければ、毎度警報が鳴り続け脱衣所の回りをサイレンを鳴らしたロボット達が徘徊するだけというカオスを生み出してしまう事になるのだから…… ――ガラガラガラ……。スタスタスタ……ガチャ!  警備の目が緩く、首輪の探知能力も下げられている……まるで“この時を狙ってくれ”と言わんばかりの完璧な隙がこのタイミングには存在しているが、勿論脱衣所の外の廊下が全くの無防備であるという訳ではない。  水場の近くに監視がないだけで、少し離れた場所には普通に警備のロボットが待機しているし、ロボットと直接情報を共有できる監視カメラも複数備え付けられている。  それ故いざ計画を実行するとなれば……すぐに見つかる事になるし追いかけられる事になるのは覚悟しなくてはならない。  万が一捕まってしまうような事態になってしまえば……作戦は失敗に終わるのは勿論、私達は博士同様……廃棄処分に掛けられるという結末だって考え得る。  しかし、今日が6日目である以上……リスクが高いとはいえやってみなくてはならない。  7日目の23時までに何かを成し遂げないと……私がココへと入った意味が無くなってしまうのだから……。  具体的に何をするのかはまだ思い出せてはいない……。思い出す為には、きっと2階のトイレへ行かなくてはならないのだろうが……もしもそこで何も思い出せなかったら……詰んでしまう事になる。  例え首輪を外す事に成功したとしても……この機械によってシステム化された施設の中で逃げ続ける事など出来るはずも無いのだから…… 「服は着ましたか? 心の準備は……整ってます?」  それぞれの脱衣ロッカーに用意されていた、部屋で普段着として着用するための紙製のシャツに紙製の短パン……  簡易的ですぐに破けてしまう消耗品の服ではあるが、どうせすぐに発電の為に発電衣に着替える事になるのを考えると無いよりはマシと言えなくはない。  私はそれらを身体に纏い、ロッカー越しに声を掛けて来てくれたクラリスさんに「大丈夫です」という返事を返す。 「じゃあ……スリッパは履かずに、廊下の扉を開けたら……来た道とは逆の方を目指して一気に駆け抜けますよ。私の後ろをしっかりついてきてくださいね?」  クラリスさんの言葉に「分かりました」と返し、私は脱衣所の扉の方へと歩を進めていく。  ロッカーの切れ目に差し掛かった時、丁度横にはクラリスさんの横顔が歩いていて……私達は同時に脱衣所の扉へと辿り着く。  部屋以外で履く事を許されたゴム製のスリッパがFuelの番号順に並べて置かれてあるが、私達はそれを無視し素足のままで脱衣所の扉の前へ立つ。  そして…… 「……行きます!」  と、短い言葉で顔を引き締めたクラリスさんはその勢いのまま扉を力強く開け放って躊躇なく外へと飛び出していった。  それを見た私も彼女に遅れを取るまいと素早く身を脱衣所から投げ覚悟を決めるかのように力強く床を蹴って駆けだし始めた。 ――ビィィィィッッ!! ウゥゥーーーーッ! ウゥゥーーーーーッ!!  廊下を走り出して間もなくして廊下の天井に備え付けられていた監視カメラから警告音がけたたましく鳴り始める。そしてその音が鳴ったと同時に廊下の手前で待機していた2台の警備ロボットが突然スイッチを切り替える様に警告灯を赤く光らせながら私達の後を追うように追跡が開始された。 「ハァハァ! 後ろを、振りむいちゃ、ダメですっ! 一気に、走り、抜けましょうっ!!」  後ろから猛スピードで追跡を開始したロボットを見てしまった私に、クラリスさんは息を切らせながらも走る事に集中するよう私に促しを入れてくれる。その言葉に私はハッとなってすぐに顔を前に向けなおし「はい!」と返事をし、少し離れてしまった彼女の後ろ姿に懸命に追いつこうと足に力を込める。  普段はスリッパ越しである為廊下の感触など気にも留めた事はなかったが、素足で踏みしめる硬い床の感触は走りが早くなればなる程に足裏の皮が引っ張られるかのようなツッパリ感と痛みを私に与え、その痛みに耐えきれず思わず足を止めてしまいたくなる衝動が沸き上がってきてしまう。  しかし、時間と共に確実に距離を詰めてきている機械達の気配を背後に感じ私はその痛みを我慢しつつ懸命に足の回転を速くし続けた。 『スグニ足ヲ止メナサイ! サモナクバ、電磁銃ノ使用ニヨリ強制的ニ意識ヲ奪イマス!』  気付けば私の後方数メートルの所まで警備ロボットが迫っている気配がする。ロボット達は足を止めようとしない私達に向けて最終警告的な言葉を言い放ち、銃型の手を前方へ向け私の背中に照準を合わせ始めたようだ。 「はぁ、はぁ……あと少し! あの角を曲がったすぐです!」  長い廊下を全力疾走したクラリスさんは、息も絶え絶えになりながらも走る速度を落とさず突き当りのT字路に向けて走り込みを続けた。  そのすぐ後ろを走っている私も、急な激しい走り込みに足がついていかず何度も足がもつれそうになるのを我慢しながらも必死に彼女の後ろを付いていく。   『コレガ最後ノ警告デス! 今スグ止マリナサイ! 止マル意思ガ無イノデアレバ、直チニ電磁銃ヲ使用シマス!』  クラリスさんが廊下の突き当りであるT字路へと辿り着き、左右の分岐路から迷わず左の道を選んで駆け抜けていくのを後ろから見る。  私もそれに続けと言わんばかりに、来るべきT字路に備え身体の重心を左に傾けようと試みるが……慣れない全力疾走に加え、突然の重心の傾きに私の脚がすぐには対応できず、身体のバランスが一気に崩れてしまう。  足の重心が片方に向いてしまった事で、今まで絡まりそうで絡んでいなかった足がこの大事な場面で僅かに絡んでしまい大きく体制を崩してしまう事態に陥ってしまったのだ。  すぐ後ろからは銃を構えたロボットが猛スピードで迫ってくる。  私は膝から崩れそうになるのをどうにか堪え、まだ走ってきた勢いが残っている内にと地面を大きく蹴って身体をT字路の壁に向けて飛ばし、壁に正面から突進するかのように身体を宙に投げ出した。  そして壁に身体が正面衝突する直前で手と足を壁につき、壁に張り付く蜘蛛男のような格好になった私は走ってきたスピードの慣性を手足の筋肉のバネに吸収させるイメージで曲げ、顔が壁に触れるギリギリの所まで勢いを溜め込むと一気に廊下の左の方に飛ぶように力を解き放った。    華奢な身体と軽い体重、そして手足の意外に頑丈だった筋力が幸いして手足をバネのように使って三角飛びをするかのように角を曲がる事にいちお成功はしたが、思った以上に走りの勢いが強すぎたせいもあり着地にて体勢を崩し廊下の壁に思いっきり肩と背中を強打してしまった私……。それにより一瞬走りが思わずストップしてしまうが、すぐ真後ろまで迫っていた警備ロボの1台は私と同じくらいの勢いで走り込んでいた為T字路を曲がり切れず、私が跳ねた直後にその身体を壁に打ち付け盛大にクラッシュしてしまった。 「カハッッ! はぁ、はぁ……痛っっ!! くぅっっ!!」  私はすぐに身体を壁から離し、ヨロヨロとなりながらも少しずつ走りを回復させクラリスさんの後を追う。  1台目のロボットは壁に激突する形で運よく躱すことは出来たが、追いかけて来ていたロボットはもう1台居る。  そのロボットは最初のロボットとは違い、しっかりと減速して角を曲がってきた為当然無傷である。そして、そのロボットの後ろからは次々にロボット達が集まってきているのが分かる程に警告の音声とサイレンが複数鳴り重なって聞こえ始める。 『追いつかれたら終わりだ……』  私はそのように心に言い聞かせ、強打した肩と背中の痛みを我慢しつつクラリスさんの後を追う。 「急いで! ミシャさんっ!! ロボット達が銃を構えています!」  クラリスさんは先に目的の場所に着けたようで、扉を開け身体を半分その部屋に入れてつつ、私の後ろに居るロボットの様子を見て慌てながらもそのように私に告げた。  銃を構えているという事は……今すぐにでもそれを撃つ準備が整っているという事……  クラリスさんとの距離はざっと10m程……  すぐ背後には角を曲がり終えたロボットが走る速度を上げて迫ってきている音が聞こえて来る。  もっと速く走りたい……だけど、強打した身体が思うように動いてくれずフラフラとしか走ることが出来ない。  急がなきゃ……だけど足がついていかない……  でももっと急がなきゃ!  はやる気持ちは持てど言う事を聞かない身体にその意志は上手くは伝わらない。  無理に急いて足に無理をさせるとそれはかえって悪手となり…… ――ガッ! ガツッ! 「っはっ!? しまっ!!?」  前に出そうとした足が逆の足に当たってしまい今度こそ完全に身体が宙に浮いてしまう程に体勢が崩れてしまう。  私の身体がナナメに浮きそのまま前のめりに地面へと突っ伏して転んでしまいそう……。その光景がスローモーションのように映り私の認知感覚を鈍らせていく。  このまま転んでしまえば確実にロボット達に追いつかれてしまう……  ……が、この転びそうになる態勢が功を奏したのか、ロボットが発射した一筋の閃光を私は運よくギリギリの所で回避できた。 ――バシュッ!!  ロボットの構えた電磁銃……それが私が転ぶ直前に発射されていたのだ。 ――シュンッ!!  閃光は私の首裏を掠るように通り過ぎ、廊下の奥まで閃光を伸ばしていった。  もしも普通に走っていたなら……あの閃光は間違いなく私の背中に命中していた。  そうならなかったのは……足がもつれてくれたおかげ……  足がもつれ身体が前傾姿勢になり宙に投げ出されたためにその閃光は辛うじて私の背中には当たらず首裏や後頭部を通り過ぎる結果となった。  しかし、私の身体はすぐに床へと落ちてしまう。  倒れれば体を起こすまでに数秒は掛かる。その数秒のうちにロボット達が距離を詰めて来るのは明白だ。距離が詰まらなくても……またあの銃を撃たれればどのみち終わり……  っと、その一瞬の間に走馬灯のようにあれこれ考えが過ったが、私の身体は床に落ちきる前に何かしらの力でその動きを止められる事となる。 ――ガシッ!!  倒れかかった私の肩を掴み込んで支えた力強い手の感触!  その強い力によって、私の身体は床に打ち付けられる前に支えられる形となった。 「もう大丈夫ですっ! 今引っ張り込みますからっ!」  私の身体を支えてくれたのはクラリスさんの両手だった。  彼女は、私に何かあった時は身体を引っ張り込もうと考えていたのか、部屋から身を乗り出して手を前に伸ばしてくれていた。  宙を舞った私の身体はその両手に拾われ身体を預ける事となり転倒するしかなかった未来を回避する事となる。彼女の両手は、私のコケる瞬間に思わず伸ばした手をしっかりと掴み私が床に倒れ込むのをギリギリで防いでくれた。そして体制を起こし切れていない私の身体を彼女が力の限り引っ張り、私は引き摺られるように彼女の開けた倉庫の扉の中へと入れてくれた。 「はぁはぁはぁ……」 ――ガチャン!!  私の身体を引っ張って部屋の中へと入れ切ったクラリスさんはそのまますぐさま私の身体を床に置き、金属製の扉を勢いよく閉め、ドアの取っ手の部分に木の棒を差し込んで簡易的なロックを行ってくれた。この素早い処置によりロボット達の追撃から一旦は免れる事となる。 「はぁはぁ……ミシャさん……大丈夫ですか? 手荒になってしまって……申し訳ありません……」  部屋に入れられるなり放り出されるように手を放されてしまった為床に再び身体を強打して悶えてしまった私だが、扉を閉めるのが遅れるとロボット達に入り込まれてしまっていただろうから……この判断に文句は言えない。むしろ……倒れそうになってしまった私を助けてくれたのだから感謝しなくてはならないくらいだ。 「ハァハァ……い、いえ……大丈夫です。すいません……私が足を引っ張ってしまいました……」  足がもつれ倒れそうになってしまったのは私の冷静さが足りなかったミスではあるが……あの時倒れそうになっていなければ正確無比に放たれたあの電撃を避けることは出来なかったと思うと……複雑な心境に陥る。  偶然が重なって運よくこの部屋に辿り着けたが……逆に言うと偶然が重ならなければそもそもこの部屋には辿り着けていなかったとも言える。  やはり……この計画は無謀であったのだと……今更ながら後悔と不安の感情が交錯する。 ――ドンドン! ガンガン!!  しかし、始めてしまったものはもう後戻りは出来ない。一度抵抗の意思を見せてしまった私達は、この施設に居る限り延々とロボット達に追われ続ける事になるのだ。 ――ズン! ゴンゴンゴン! ガンガン!!  扉を金属の何かで叩く音……ロボット達の重なり合う警告音声……  金属製の扉は派手な音と共に少しずつ隙間を見せ始め今にも木の棒の簡易的な施錠を破壊して開いてしまいそうだ。  すぐに次の手を考えなくてはならない……  そう思っていると、クラリスさんが天井の端に指をかざし私の代わりに次の道しるべを立ててくれた。 「あそこがそうです! あれが以前ここで見つけた空気循環ダクトです!」  部屋の隅には、目の粗い金網で蓋が閉じられた、丁度人が一人ほど入れそうなダクトの入り口が見受けられる。  ……その入り口の蓋となっている金網の横には『循環式エアダクト』という表記の金属プレートが備え付けられており、彼女はそれを見てそのダクトを“空気循環ダクト”と詳細に語っていたのだという事実に辿り着く事が出来る。 「以前……アレッサさんの話はしましたよね?」  クラリスさんはボソリとそのように呟くと、壁際に設置してあった金属製の棚の最下段に置いてある複数の木箱の中から一つを選んでその蓋を開け始める。 「え、えぇ……確か……クラリスさんの元同室の方で……私が入ってきたその日に……逃げようとして捕まって……廃棄処分された方……でしたよね?」  彼女はその箱の中からマイナスドライバーを探し当て、それを私に掲げて見せた。 「その彼女が公開廃棄処分を受けた時……それを見ていた複数の女子たちは、あの時と同じように……マリア博士の時と同じように、感情が不安定になってしまって首輪の探知に引っ掛かる自体が起きました……」  マイナスドライバーを見せたクラリスさんはそのまま棚の上によじ登り棚の天井をつたってダクトの入り口である金網の蓋の真下へと移動し、そのマイナスドライバーを使って蓋の四方についている留めネジを外しにかかる。 「警告音が集団で複数鳴れば、首輪の探知能力は下げられる……。私はそれを知っていたから、それが起きた瞬間……以前から気になっていたこの“脱衣所の奥の部屋”が何なのかを調べようと思ってました……」  ドライバーの回り具合が早くなり最初のネジが蓋から外れる。クラリスさんは話しを続けながら二つ目のネジを外す為にドライバーを移動させる。 「自分でも酷い女だって理解しています。同室の……同じ立場の女性が酷い目に合っているのを目の当たりにしているのに……隙あらば自分の脱出の為の情報集めに利用してやろうと考えていたんですから……」  二本目のネジもすぐに外れ、次は三本目のネジに取り掛かる。  っと、その時……扉を力で押し開けようとしているロボット達の力に、簡易的に付けた木の棒はいよいよ耐えられなくなった様子でミシミシと音を立て始め真ん中から僅かな亀裂を発し始める。  私はドアの限界を悟り、万が一に備え自分も棚の上に登ろうとよじ登りを開始する。 「でも、どうしてもこの部屋の事は調べておきたかった……。この部屋だけは電子ロックも鍵も何も掛かっていない部屋でしたし、私達が鍵無しで出入りできる部屋はこの部屋しかありませんでしたから……」 ――メキ! メキメキ……ビキッ!  扉を支えてくれている木の棒が音を立て亀裂を深いモノへと変えていく。もう一時の猶予もない……数秒の後にあの扉は破られ、開いた扉からは終結したであろう複数のロボットが雪崩れ込んでくる…… 「私はこの部屋でこのダクトを見つけました。こんな風に入り口はネジで止められていますが……ココが倉庫ならそれを外す道具くらいあるだろうと……置いてある箱を片っ端から探りました……。そしてこのマイナスドライバーを見つけたんです……」  3つ目のネジが蓋から外れる。残りはあと一つだ。  しかし、扉の方はもう限界だ。比較的太い棒ではあったが、ロボット達の力の前では耐えうることが出来なかったらしく……完全に真ん中から切れ目が入り今にもそこから裂けてしまいそうな様相を見せ始める。 「ドライバーを見つけ……いざ中を探索しようとした矢先……私の首輪のランプが黄色に変わってしまいました。それはすなわち……探知機能が戻りつつあるという知らせであり、このまま策もなく入るのは危険だという事にその時は思い至りました……」 ――バキバキッ! グシャッ!!  四つ目のネジが半分ほど巻き取られ、あと少しとなった段でとうとう扉のつっかえ棒は完全に真ん中から砕け施錠の役を担えなくなってしまう。  次のドアへの衝撃はもう耐えられない。いよいよその時が来てしまった。  私はどうにか棚を這いあがりクラリスさんの元へと身を寄せるまでに至った。後はこのダクトの蓋が素直に開いてくれれば…… 「このダクトが何処に通じているか分からない……そもそもこれが本当に外と繋がっているのかも判断できない……。このままダクトの中を探索して、お尋ね者になりつつワンチャンに賭けてみるか……それとも部屋に戻ってまた機を伺う生活に戻るか……私はその2つの選択肢から結局……後者を選ぶ事になります」 ――ドンッ! ガタン!!  一際大きな殴打の音が扉に伝わり、金属の扉は勢いよく内側に開かれる!  取っ手に挟んであったロック代わりの棒は、真っ二つに裂かれ無残にも床に転がり落ちている。  そして暗がりの倉庫の中に廊下の光とロボットの警告灯の赤色が同時に差し込まれる。 「あの時は……アレッサさんが処刑されていくシーンを思い出して怖いと思ったから引き返す事を選んでしまいましたが……その時の選択……間違ってはいなかったようです!」 「く、クラリスさん! ドアが……!!」 「私が逃げるだけでしたら私しか助かりませんが……貴女の使命はきっと私なんかの独りよがりとは全然違う! 私なんかよりもっと大勢の人間を救う事になる筈です! だから……」 ――ッッ! ガシャン!  ロボット達が倉庫の中へ入ってくる直前にクラリスさんが最後のネジを外し終える。  すると、金網で出来たダクトの蓋は溜まっていた埃を撒き散らしながら自重で枠から外れ落ち、ダクトの入り口を私達の前に開いて見せた。 「アレッサさんをダシに使ってまで得たこの知識……貴女の為に使わせてください。それが……酷い女である私にできる唯一の贖罪です」  外したダクトの蓋をロボットめがけて投げつけ、僅かな時間稼ぎを計ったクラリスさんは、その様にニコリと笑顔を私に向けるとすぐさまダクトの縁に手を付き顔だけをダクトに入れを中を確認する。 『抵抗セズ投降シナサイ! サモナクバ、電磁銃ヲ使用シ身体ヲ拘束シマス!!』  投げた金網の蓋は見事に最初に入ってきたロボットの頭部に命中しそのロボはバランスを崩してふらつきを見せるが、すぐに体勢を立て直し改めて警告を述べ銃型の手を構え始める。  その間にクラリスさんは開いたダクトの中へ素早く身を入れ、すぐさま私が入れるようダクトの奥へと進んでくれた。  私も続いてダクトの縁に手を掛ける。  続々と部屋の中に入ってくるロボット達は、皆一様に同じ警告を発しつつ逃げようとする私に銃口を構え安全装置を外す音を次々に立て始める。   『抵抗ノ意思アリトミナシ、電磁銃ヲ使用シマス!』 『電磁銃ノ発射ヲ許可! 発射用意!』 「急いでっ! ミシャさんっっ!!」  私の身体が半分ダクトの中に入る。後は下半身を入れるだけ…… 『発射ッ!!』 ――バシュッ!!  しかしロボットも黙っている事はなく構えていた銃口から躊躇なく稲妻の閃光を私めがけて放ってくる!  背中にロックオンして放たれたそれは一直線に私の背中めがけて迫ってくるが…… ――ジュバッッ!!  間一髪、私の背中はダクトの中に納まり電撃は残されていた脚の横を掠るように外れていき壁に当たって飛散した。  すぐさま第二第三の電撃が次々に放たれるが、その頃には脚もどうにかダクトの中へと納まり電撃に貫かれる事なくこの危機を脱することが出来た。 「はぁはぁはぁ……」 「大丈夫ですか? 撃たれてませんよね?」 「……え、え、えぇ……危なかったですが……どうにか……」  狭いダクトの中後ろさえ振り向けない状態である為私の安否を確認する事が出来ないクラリスさんは、私の声を聞くことが出来ホッと胸を撫で降ろす様子を仕草で見せた。 「良かった……ここまではロボット達も追っては来れませんから……とりあえず一安心といったところです……」  ダクトの下では未だ警備ロボット達のガチャガチャした機械音が聞こえ続けているが、いかに最新鋭のロボットだとしてもダクトに潜った人間を追跡できるような技術は併せ持っていないらしく……ダクトの中を進む私達の気配を追いかけては来るがこの中へと這いあがってくる気配は見られない。  ひとまずこの中に居れば機械達の追跡からは逃れられる事は分かり私もホッと安堵の息を零す。  クラリスさんはそんな私の安堵の息を聞きつつ、ダクトの奥へと進むために肘を使った匍匐前進を始め先へと進み始める。  私もそのその姿を見つつ追従するように匍匐を行い、彼女からなるべく離れないようにと床に視線目を落としながらも後を追い始めた。 「さて……ココからはミシャさんの記憶が頼りとなる場面です。記憶の中で見たというその設計図……それを思い出して2階への誘導をお願いします」  手と膝を使って少しずつ前へ進むクラリスさんを下からふと見上げると、ダクトの床を足の指で必死に踏ん張って力を込めている彼女の大きな足裏が私の視界に映った。  同性であってもこのような特殊な状況でない限りは見る事は叶わないであろう他人の足の裏……特に知的でお姉さん属性が強いクラリスさんの足裏をこんなに間近で見る事になるとは……私にとっては思いがけない出来事であり、思わず見入ってしまう程にそれが魅力的に映ってしまった。 「あれ? ミシャさん? どうかしましたか? 黙ってしまってますけど……」  私の目の前に広がるこの特殊な光景に目を奪われ意識まで奪われていると、クラリスさんが心配そうな声を上げて私に気遣いの言葉を送ってくれる。  私はその言葉にやましい心持がバレた時の様にギクリと顔を強張らせ胡麻化すような返事を返す。 「へ? あ、いや! アハハ……大丈夫です! ちょっとボーっとしてただけです……」  私なんかよりも大人っぽくて堀の深い……大きな足裏……  普通の人間だったら見たところで気にも留めないであろうその身体の部位だが、毎日あのような発電(くすぐり)行為に晒されている私達からすれば、そういう弱点となる箇所は何か特別な部位であるかのように感じられてしまうモノである。   「そうですか? 私はさっき……ああは言いましたが……あまり気負いしないで下さいね? 私は協力したくて協力していると……言いたかっただけですので……」 「え、えぇ? あ、はい……。了解です♥」 「……? 何か気になりますが……まぁ、大丈夫であれば先へ進みますよ? 良いですか?」 「はぁ~~い。このままついていきま~す♥」 「……??」  私の態度に何やら腑に落ちないといった態度で頭を横に傾げるクラリスさんだが、私の意識はやはり彼女の無防備に晒してくれているこの足の裏に集まってしまい勝手な妄想を繰り広げてしまう。 『……発電の時って……やっぱりこの足の裏もくすぐられている筈だよねぇ? なんか……想像できないけど……やっぱり触られればくすぐったく感じちゃうものかなぁ? 私と同じみたいに……』  床を踏みしめる度に皮膚や筋肉の筋が伸ばされていくが分かる彼女の美しい足の裏。それを間近に見ながら、この部位が日々機械達の手によっていじくられ、その刺激によって笑わされているであろう彼女の姿を妄想すると、こんな非常時に浮かべていてはいけないであろう感情が下腹部から沸々と湧き上がってくるのを感じてしまう。  この緊張と不安が張り詰めた状況で、よくもまぁ他人の足裏を見て欲情できたものだと自分でも呆れてしまうが、こういう緊迫した状況だからこそ普通にその部位を見るよりも魅力的に見えてしまうのは動物的な本能が強く働くからなのだろう。  人間は追い込まれた状況に陥れば……子孫を残したいと願う動物である。  その本能がエロスを感じる脳を敏感にさせていると考えるならば……例え同性であっても、不意に見る事の出来たこのギャップある大きな足裏を間近で見てしまえば性的エロスを感じずにはいられない。  きっと子孫繁栄に繋がるよなエロスではないのは確かなのだけど……私自体はこの目の前に見せつけられている足裏を“エロい”と見てしまったのだから本能が疼いてしまうのは仕方がないことだ。  だって……  こんな状況にありながらも私と言う愚かな人間は……彼女の足裏を触ってみたいという欲求を膨らませてしまっているのだから…… 「っと……やっと分岐路に出ましたね……。ミシャさん? ココはどっちに進めばいいか……思い出せますか?」  こんな状況にあっても落ち着いたトーンを崩さない冷静なクラリスさんの声……  紙製の短パンは先程の走り込みや動き回りのせいで所々が破けていて……その破けた隙間から彼女の透き通るような白いお尻の肌が見え隠れしている。  それだけでも十分に性的でエロスを存分に感じてしまうものだが……  やはり私の視線は彼女の足裏に注がれてしまう。  触れば悲鳴を上げてくれそうなほど敏感そうなその足裏……伸びきった土踏まずの皮膚を……指先でコチョコチョっと触って悪戯してみたい……。大人っぽい彼女がどんな悲鳴を上げてくれるか……見てみたい。  この狭いダクトの中……私に触られても足を逃がす事も出来ないクラリスさんは……私が触り続けたら……どうなってしまうのだろう?  我慢できなくなって……笑ってくれるだろうか? それとも……怒っちゃう? こんな真面目な状況で何をしているんですかッ! って…… 「あの……聞いてます? ミシャさん?」  逃げられないのは分かっているけど、そこは敢えて彼女の足首を掴んでさらに動きを封じて……  右手の爪でガリガリガリ~って引っ掻いて、怒っている彼女を……無理やり笑わせてみたい……  きっと……イメージとは違うギャップが見られて……増々エッチな感情が高まってしまうだろうなぁ…… 「ミ~シャ~さん! ミシャさんっ!!」 「はっ!? ひゃ、ひゃい! あ、あのごめんなさいっっ!? 冗談です! そんな事はしませんっっ!! しませんから絶対にィ!」 「……はい? しないって……何を……です?」 「はへ? あ、いや……その……ごめんなさい……か、カ、考え事しちゃってて……エヘヘ……」 「さっきから本当に大丈夫ですか? 少し休んでいきます?」 「い、いえ! もう大丈夫ッ! もう意識したりしませんからッ!!」   「……? そう……ですか……?(意識って……何の事でしょう?)」 「えぇ……大丈夫。っで、なんでしたっけ? この先の道……でしたっけ?」 「え、えぇ……最初の分岐路が目の前に現れたのですが……どちらに進むのが正解なのでしょうか?」 「あ、あぁ……分岐路に……出たんですね? ちょっと待ってください……」  私は妄想で一杯になっていた脳内を一旦リセットし、彼女の足裏から視線を外してあの時の記憶を再び思い起こし直した。  つい数日前まで何一つ思い出すことが出来なかった記憶達も、一度復元された内容に関しては今では会話の詳細まで鮮明に思い出すことが出来るようになっている。  その記憶を辿り……あの線画の様な設計図の詳細を思い出す。  思い出すとはいえ、しっかりと見ていない部分は記憶にもない為映像として復元は出来ないのだけど……  このダクトのルートだけはしっかりと覚えている。  あの時私は……こう考えていたのだから…… 『もしも……私が2階ではなく……1階に入れられる事になったら…………このルートを辿って二階へ行こう……』と。 「思い出しました。その突き当りは……右です……」 「右ね? 了解……」 「そのまま先に進むと十字路が3つ出て来るんですが……2つは無視して真っすぐ前進してください。最後の3つ目の分岐路を今度は左です……」 「……OK。そのように進むわ……」  指示を出し終えた後、真面目モードになった私はなるべく彼女の足裏を見ないよう顔を横に向けつつ彼女の後をついてダクトの中を這っていった。  まるで禁欲を自分で課すように、意識すまいと頑張って視線を外すよう心掛けてはいたが……欲を抑え込もうとすればするほど不意にチラ見えしてしまった時の悶々とした憤りが私を責め立て、もうそれだけで自制心を保とうと力を使ってしまい、目的の出口につく頃には無用な気疲れを負う結果と成り果ててしまっていた。 「着きましたね……。ここが2階の倉庫……ですか……」  辿り着いたその部屋は1階の倉庫の丁度真上に位置する同じような倉庫の部屋で……クラリスさんはその部屋にロボット達の気配がないかを確認しつつ鉄格子の隙間から手を入れて器用に天井に固定されてあったであろう止めネジを持参していたマイナスドライバーで外しにかかった。  首輪のランプの赤点灯とピーピーと鳴り続ける警告音は相変わらずであるため、この場に居座ればいずれロボット達が駆けつけに来るのは明白だ。  今は通常の地図には載っていないダクトの中を彷徨っていた為居場所が特定できていなかっただろうが、この倉庫に降り立てば話は変わってくる。  地図にある部屋に居れば必ず追跡装置を頼りにロボット達が集まってくる。  だから、ココからはまた……時間との戦いだ。  不謹慎極まりないあのような妄想に耽る時間は今からはなくなる。  首輪を外し……2階トイレへと駆け込み……そこで記憶を取り戻し……次の目的の為に行動を起こす。  やる事はそれだけだが……きっとそれに至る過程は先程よりもシビアになるに違いない。  成功確率の低い……分の悪い賭けを行うかのような厳しさだ。  首輪を外すのもそうだが、お尋ね者になっている状態でトイレに向かうというのもハードルが高い。  上手くいく保証はどこにもない。今度ばかりは運だけでは切り抜けられないかもしれない。  でも……やらなくてはならない。  今の私は怖くて堪らない気持ちで一杯だが……私の本能はそれを成し遂げないといけないと、勝手に私の意思を鼓舞してくる。  この本能は……きっと、私の失った記憶の中に埋もれた……本当の私の気持ちの表れなのだろう。  私の本心は……理由を知らずとも、この作戦を成し遂げたいと願っている。  だから私は……戦わなくてはならない。  まだ思い出せもしていない……自分の命を投げ出すほどに覚悟した……私の本当の意思を……知るために……

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