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5:博士  ……その日は朝から騒然となった。 『繰リ返シマス! Fuelナンバー3544ハ、タダチニ両手ヲ上ゲ、部屋カラ出テ投降シナサイ! 抵抗ノ意思ガ見ラレル場合ハ、Fuel管理規約第15条ニ則リ、電磁銃ノ使用ガ許可サレマス……』  居住区全体になく鳴り響く機械音声による警告と警察を模したかのようなサイレン……  そして複数の警備ロボたちが集結しているであろう2階の居住区付近の天井から漏れ聞こえる多数の機械達の駆動音。  それらが、午前中の発電作業へ行く前の陰鬱とした私達の耳に差し込まれてきて、驚くと同時に住民達の心をザワつかせていった。 「上(2階)で何か……事件でも起きたのかしら?」  クラリスさんは、機械が動くたびに軋む天井を見上げながらポツリとそのように零す。 「なんか……ヤバそうな雰囲気ですね……。ロボットもいっぱい集まっているみたいだし……」  鋼鉄製の天井板が軋むほどの量のロボットたちが一か所に集結し、電磁銃が何だのと言う物騒な警告を繰り返している様子を下から見上げている私も、その只ならぬ物々しさに表情を曇らせてしまう。 「こんな警告をして部屋から出るように促しているって事は……相当な事をしでかした人が2階に居るという事になりますね……。今までここまで大掛かりにロボットたちが集まる事はなかったですから……かなりマズい事をしでかしちゃったんじゃないでしょうか……」  青みがかった黒髪を落ち着かない様子で撫で下ろす仕草を見せながら、クラリスさんは冷や汗を滲ませつつ私にそのように零す。  その間にもロボットの警告は繰り返され、事態は刻々と嫌な流れになりかねない緊張を私達に音声だけで伝えてきた。 「電磁銃って……なんです? ロボットに搭載されてる武器か何か……ですか?」 「えぇ。過去に一度だけ……無計画に逃亡を図った女子にそれを放ったシーンを見た事があるのだけど……それはまさに雷を横に射出するかのような銃でした……」 「雷を……射出する……銃? それってかなりヤバい銃なんじゃ……」 「実際は雷よりも電圧は下げられているとは思いますが、それを撃たれた女子は一瞬で気を失って……三日三晩は意識が回復しなかったそうです……」 「そ、そうですか……いちお、生きては……いたんですね?」 「……生きてはいましたが……もしかしたら、それによってショック死した方が……良かったんじゃないかと思える仕打ちをその後受ける事になりました……」 「……え?」 「逃亡しようとした罪に加え、その様に企てた思考の罪、更には警告を無視した罪なんかを合算され彼女には4回分の懲罰発電が申し渡されました……」 「よ、よ、4回分っ!? あ、アレをッ!?」 「それだけではありません。三日三晩意識を失っていたというのを機械達は“発電をサボった”とみなす為……それぞれサボった回数かける2回ずつを加算され……12回分が上乗せで追加されて……」 「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 4回分罰を受けるだけじゃなく……更に意識を失っていた間も罰が増え続けていたって事ですかっ!?」 「そう……合計にして16回……。それを……彼女は課せられたけれど……」 「……けれど?」 「それを全うする事無く彼女は壊れてしまいました……」 「壊……レタ?」 「ただでさえ精神のギリギリまで疲弊させられる1時間の発電を……彼女はその倍……そしてそれを日に二回、休まず連続で行われたんです……。元々限界だった彼女の心は……すぐに壊され……使えなくなったと判断した機械達は、彼女を廃棄処分するという結論に至りました……」 「廃棄処分……」 「貴女も……ココに入った初日に彼女のソレを見たでしょう?」 「……っ!? 彼女のソレって……あ、あれは……その人……だったんですか!?」 「そう……私のもと同室の……アレッサさん……。あの時処分されたのは……彼女だったんです……」  クラリスさんからは私が入る前に同室だった女性がいた事は聞いていた。  その時は“とある理由で居なくなってしまった”という濁した説明がなされていたのだけど……まさかその女性が私が入所してきた初日にいきなり見た……あの壮絶な“公開処刑”のシーンだとは思ってもみなかった。  衣服など何も着せられず……一糸纏わぬ裸体を完全拘束された姿を映し出したその画面には、彼女の身体を埋め尽くさんとする程群がった無数の小さな手によりくすぐられ続けるという悲惨な光景が彼女が事切れるまで放送された……。  実際にその後絶命したかどうかはそこで放送が終了してしまった裏の事は知りようが無いため分からないけれど……意識を失っても電撃によって強制的に何度も起こされ……朝昼夜関係なく笑わせ続けた挙句、こと切れて放送が終了したものだから……まぁ、無事で済んでいる筈はないと予想できてしまう。  私は……その犠牲になった彼女と入れ替わりでこの部屋に入る事となり、そんな壮絶な瞬間を目の当たりにしてから初めての発電へと向かわされたのだ……  記憶が戻ってもいない……。ましてや意識もぼんやりとしている最中にそんなものを見せられ……同じような苦行を受ける事となった私の絶望がどれ程のものだったか……誰が見ても表情を見て容易に想像できたに違いない。  そんな私の絶望を支えてくれたのがクラリスさんだった…… 「このまま電磁銃を使われたら……上の階の誰かしらは……彼女と……同じ道を辿ってしまうかもしれませんね……」  クラリスさんの支えが無くては……私など、とっくに絶望の底に身を落とす事になって……彼女と同じ末路を辿っていたかもしれない。  きっとクラリスさんもそれを懸念して私を支えてくれたに違いない。 「逃げようとすれば……死ぬより過酷な……罰が下る……という事……ですか……」  過剰な希望を持つ事は許されない……  なぜならば、希望を抱く事は……この首輪の検知機能によって抑制されているのだから……  だから、持っていいのは希望ではなく“諦め”の感情であり、不安や恐怖……そういう負の感情だけ……  クラリスさんはその事実を怖がる私に丁寧に説いて教えてくれた。  そして現実を知り……この施設でどうやったら“生き延びられるか”という事実だけを教え込まれた。  恐怖、諦め、服従……  それが機械達に本心を悟られない唯一の生存思考……  それを強く思い浮かべつつ自分の本心を隠し通す事こそが、ココでの生存時間を長引かせ……この施設の様々な情報を蓄える事にも繋がる。  首輪にさえ検知されなければ……希望を持つ事は可能だ……。  クラリスさんは恐怖に怯える私にそう告げ、首輪の仕組みとこの施設の仕組みを詳しく教えてくれた。  ポジティブな感情をどれくらい持てば検知されるか……その検知された量によるロボたちの対応の違い……そして罰に抵触するボーダーライン……  それらを知る事で……私はこの施設での振る舞いをいかにすべきかを学んだ。  決して期待や希望を持ってはいけない……でも、生き永らえれば……何か変化があるかもしれない。  特に私の記憶の失い方にも……謎が多すぎる点も、私は生きていなくては駄目なんだと思わせる。  これは……希望とかではなく使命なのだ……  何者かによる……使命……だと思っている。  だから、せめて……記憶が戻るまでは従順に従っていようと心に決めた……。従順に従っていれば……記憶も戻ってくるだろうと思ってこの5日間を過ごしてきたのだけど…… 「動揺する事は許されてる筈だから包み隠さず警告させてもらいますけど……この隙に逃げようとしたりは考えないようにしてくださいね? 大抵……こういう“大きな出来事”が起きた時は……首輪の感知能力を上げて、より感知しやすい設定に切り替えてあるはずですから……」 「感知の能力を上げるような事も……出来るんですか?」 「えぇ。私の知る限りは……倍以上位までは上げる事が出来てしまいます。だから……“ロボットが上に集まっているから逃げ出せるかもしれない……”などという夢物語は抱かないよう気を付けてください。そういう感情はいつも以上に感知されやすいんだと思っておいた方が身の為です……」 「……は、はい……」  運命は薄情なもので……私の記憶上重要と思われている“7日目の23時丁度”という日時は、私の焦りとは裏腹に刻々と迫ってきており、この何の成果も得られないまま過ごしてしまった3日間が無駄だったのではないか? と思える程の後悔を私は持ちつつあるのだけど…… クラリスさんはそんな私にも優しく元気付けてくれている。  彼女も彼女で何かしらを裏でやっているとは言っているのだけど……今は私の記憶の方が優先すべきだと、その裏でやっていた事も中断してくれているのだという。それを考えると、記憶が戻らず申し訳ないと思ってしまうし、早く戻ってくれと焦りの感情も浮かんできてしまう。  これが、誰にも迷惑の掛からない私だけの記憶喪失であれば気に病むことも無いのだけど……  実は大きな計画の一部を担っているとかの類であれば……責任は重大だ。  だから、気が気ではない。  今日だって、何かしらのキッカケが転がっていないかと、上に下に左に右にと落ち着きなく顔を動かして記憶が蘇るきっかけを探そうとするのだけど……初日に味わったような電気が走る程の記憶の蘇りは未だ私に訪れてはくれない。  それが良いことなのか悪い事なのか……それすらも分かっていない私は、上の事件の結末を知ることなく朝の発電へと召集される事となるのだが、いざ誘導が始まるとその列を監視するべき警備ロボの数が明らかに少なくなっていることにすぐに気付かされる。  いつもは、最後尾に居る私の後ろに警備ロボが付いて見張っているのだけど……今日は付いておらず、廊下の角に差し掛かれば容易に走り出して逃げる事も可能だろうと思わせさえもする……  可能だろうけど……きっと、無計画に逃げ出せば……すぐに捕獲されてしまうだろう。なにせ、相手には捕獲用の電撃銃まで装備されているというのだから……  確かに、クラリスさんが忠告してくれなければ、安易な行動を思いついていたかもしれない。  行動を起こしていないにしても、感度の上がった首輪の読み取りが……その様に逃げる妄想をしただけで警備のロボが駆けつけてしまっていた事だろう……  今みたいに……諦めの感情を浮かべながら思考を巡らしていなければ……勝手にチャンスだと思い込んで逃げる計画を立ててしまっていたかもしれない……  あのクラリスさんの忠告が無ければ……この苦痛から逃れたいがために私は…… 『発電開始マデ、2分ヲ切リマシタ。Fuelハ速ヤカニ所定ノ“発電カプセル”ノ前ニ立チ、履物ヲ全テ脱ギ素足トナリ、床ニ描カレタ白イ足型ニ両足を収メテ、待機シテイテ下サイ』  発電部屋にはいつもと変わり映えのしないあのカプセルが目の前に並んでいる。  また……今日の発電が始められてしまう……  このカプセルを見た瞬間、私は今朝のあの大掛かりな出来事などすっかり頭から抜け落ちてしまうのだけど……  発電が終わり部屋へと戻ろうとした時に……その事件の事は鮮明に思い出させれる事となる。  居住区画前の大広場……  そこの壁に掛けられている超大型のモニター……  いつもは電源が切られていて何も映っていないそのモニターに……一人の女性が映し出されたのだ。  その姿は……私が初日に見せられた……あの映像と同じで……  衣服など何一つ着せられていない……裸の格好……。  手は千切れんばかりに頭上一杯に伸ばされ……手首、腕、二の腕と厳重に拘束が成され……  肩幅に開かされた脚も、太腿、膝、脛、足首と各部位を固定するようにベルトの枷が巻かれている。  腹部にもベルト、胸の下にもベルト、首にはあのいつも付けている思考読み取りをそのまま利用した拘束を行っており、上半身の動きもそれらによって完全に抑え込まれてしまっている。  まるでベルト状の服を着せているのではないか思える程徹底的にベルトによって身体の拘束を施された女性がそのモニターには映し出されていたのだが……私はその女性の姿を見て拘束された身体よりも先に、彼女の髪に既視感を覚えそちらの方に目をやってしまう。 「あ……あの髪……金髪のあの髪って……も、もしかして……」  アイマスクによって顔を隠されているため、どのような女性なのかを想像することは出来ないが、彼女の持つ腰まで届くブロンズの髪は見覚えがあった。  アレは、私の蘇っていた記憶の一つ……  私が背後から『博士!』と呼び掛けていた人物のそれに違いなかった。 「クラリスさん! あの人です! 私の記憶の中に出てきていた金髪の女性の後ろ姿は、多分あの人で間違いないです!」  私がそのように興奮気味にクラリスさんの方を振り返ると、私以上に驚愕めいた表情を浮かべるクラリスさんがそこにおり、口をガクガクと震わせてそのモニターの女性の事を見つめつつうわ言の様に言葉を零し始めた。 「やっぱり……博士も入っていらしたんですね……。貴女の話を聞いて……もしかしたらとは思っていましたが……」 「クラリスさん!? ま、まさか……知ってる方……なんですか?」 「えぇ……彼女は……かつての私の上司であり……この首輪の開発者でもある……マリア=ウィッドマン博士――」  マリア=ウィッドマン博士……その名を聞いた瞬間、私の脳裏に電撃の様な閃光が走り、記憶の一部に僅かな変化が訪れる。  いや、変化と言うより……“続き”が加えられたと表現した方が正しいか……  とにかく、その名前を聞いて私は思い出すこととなったのだ。あの私が博士を呼び止めるシーンの続きを…… ―――― ―― 『博士っ! ウィッドマン博士! この計画は危険です! 貴女まで私と入る事はありません! どうかお考え直しを!』  私の『博士』と呼び止めるセリフの続きにはこのような言葉が続いていた……  どうやら私は……彼女を止めうよと声を掛けたかのようだ。  そして、私の呼びかけに振り返った博士は…… 『ミシャさん……心配してくださってありがとうございます。しかし、この計画にはやはり……私が関わらなくては駄目だと思うんです……。この計画は失敗する事が出来ないのですから……』  と、言葉を返し私にニコリと優しい笑顔を浮かべる様子を見せた。 『しかし! 貴女はあの首輪を外すプログラムを作れる唯一の人間なんですよ? 博士に万が一の事が起これば……私は……』  この時の私の感情は……戸惑い、焦り、不安……が渦巻いており、例え記憶の中の映像だったとしてもその感情はリアルに今の私にも訴えかけて来るものがある。  この時の私は……恐らく予見していたのだろう……  博士に万が一の事が本当に起こってしまうであろう事を……。だから、真剣に止めようと努力している感覚が蘇ってくる。 『どちらにしても……発電所の中で貴女の首輪を外す人間が必要になるのでしょう? だったら……私がその役に適任だとは思いませんか?』 『適任も何も、解除自体はカードキーがあれば誰でも出来ますし事足ります! しかし、その役を引き受けるという事は……どういう事になるのか分かっているのでしょう? あのカードを使用すれば必ず……』 『分かっています。あぁ、でも安心してください? 解除キーのバックアップはしっかりとってありますし、複製するプロセスは全てPCに記録として残してます。私に何かあっても……組織の誰かが跡を継いでくれるはずです』  彼女の言葉から……私達の居た場所が何処かの“組織”に属している様子が伺える。 『例えそうでも……危険すぎます! 助け出せる可能性は……ゼロに近いんですよ?』  そして組織という言葉に疑問を持たないという事は……私も、その組織に関わっていた人間だという事が分かる。どんな組織なのかは……この情報では伺い知れないが…… 『危険は百も承知です……。あの施設で何が行われているのかは……嫌になるほど教え込まれましたから……』  施設とはやはりココの事……。そして、この施設の内情は外に居た時もある程度知っていたかのような口ぶりだ…… 『今回の計画は……かなり無謀を極めているんです。だから命の保証は……出来ないのです。何が起こるかも全く予想がつかないのですから……』  そして自分が記憶を失う事を……自分自身で語っている……。それはつまり……記憶を失う前提で何かが進行していたという事に他ならない。 『そのようね。上の人間も諦め半分の作戦だと口に出していたから……成功率も相当低いと考えているのでしょう……』 『行けば……死ぬ事を覚悟しなくちゃならないのですよ? それでも……行くと?』 『行くわ。貴女の相棒は……私が立派に勤めてみせる……』 『どうしてそこまで……あの施設にこだわるのですか! なぜ博士は……』 『フフフ……それは貴女と同じ“罪悪感”が多少はあるから……ですよ』 『私と同じ……罪悪感?』 『それに……私はあの中で探したい人物が一人居るのです』 『……えっ? 探したい……人物??』 『えぇ……。まだ生きているかどうかは分かりませんが……』 『……友人とか……家族とか……ですか?』 『フフフ……まぁ、そのようなものよ♥ でも私にはかけがえのない存在でね……』  この時の博士の視線は……何処か懐かしむ様な……遠い目をしていたのをハッキリと覚えている。 『先ほども言ったように……入るという事は……記憶を消す事になるんです! 誰かを探したいと思われていたとしても……その方の事……思い出せるかどうか……』 『そうね……思い出す事も出来なくなるかもしれないわね……』 『計画遂行の為には順を追って記憶を戻していく事が必須です。だから……計画に必要ないその誰かの記憶は多分……』 『戻らないかも……か……。まぁ、それは仕方がない事ですものね……。なにせ……計画達成こそが……全てなのですから……』 『それでも……行くと言い張るつもりですか? 中に入れば……最悪……記憶すらも戻らず……空振りになる可能性だってあるんですよ? むしろ……イレギュラーな事態が起こればその可能性の方が……』 『えぇ……それでも行くわ。私は……あの首輪を作ったという……責任があるのだから……』  最後に再び覚悟を決めたかのような微笑みを私に向けたウィッドマン博士の顔を思い出し、私の記憶の復元は終わりを迎える…… ―― ―――― 「ッっ!!? はっ!?」  蘇った記憶はそこまでだった。  私が……博士と……どこかしらの廊下で話をした……その記憶が蘇る事となった。  正直……これが何を意味する記憶なのか……はっきりした核心には届かなかったのだけど……  しかしこれで、少なくとも自分が何かの組織に属していて、何かしらの使命を帯びてこの施設に記憶を消して博士と共に入った……という事実だけは確認できた。  きっと……自分はココに入る事を……自分で決めたのだ。それだけは会話中の雰囲気や意志の強さを思い出す事で確認できる。  私の口から出たウィッドマン博士と言いう言葉と……彼女が最後に零した“首輪を作った”と言う言葉から見ても記憶の中の白衣姿の金髪女性は間違いなくマリア=ウィッドマン博士で相違ないと思う。  そして、彼女が首輪を作った博士だとするなら……その博士のもとで一緒に開発を手伝ったのは…… 「博士……なぜです? なぜ貴女までココに……。あの時確かに逃がしたハズなのに。なのに……なぜ!!」  クラリスさんはマリア博士のあられもない姿を目にし、徐々に語気に力を込めて憤る気持ちを吐き出し始める。  しかし、彼女の憤りの気持ちにマリア博士は応えを返す事は出来ない。モニター越しの彼女は……もうすでにこの施設の3階にある“廃棄処理専用区画”へと連れていかれた後であり……この映像も、その区画からの放送なのだろうから、私達が声を上げても届くはずがない。 ――ピィィ! ガガガ……  モニターに映る拘束された博士の姿をしばらく見ていると、部屋の四隅の天井付近に設置されていたスピーカーから機械の音声がノイズ交じりに聞こえ始める。 『コノ者ハ、首輪ノ解除ヲ行ッタ罪ニヨリ“廃棄処分”ニ処ス事ガ決定シマシタ。コレヨリ、ソノ処分ノ実践ヲ一部始流シマスノデ、皆様ハ、今後コノ様ナ謀反ヲ起コソウナドト思ワナイヨウ心ニ命ジテクダサイ。繰リ返シマス……コノ者ハ……』  首輪の解除を行った罪により廃棄処分……その様に機械は言っている。  っという事は……彼女はこの施設に入った後……何かしらのきかっけで記憶を取り戻して自分の役割を全うしようとした……という事だろう。  首輪の開錠を行うにはあの黄色のカードキーが必要だ……  彼女はそれをこの施設に持ち込んでいたのだろう……  そのカードキーを使って自分の首輪を外しにかかったけど……何かの手違が起きたようでその事がロボットたちにバレてしまい、それで……あの朝の顛末に至ってしまった……大筋はそんな感じだろうか?  私は蘇った記憶と共にそのように考察を広げ……隣で睨むようにモニターを見入っているクラリスさんに自分に変化が訪れた旨を話した。 「クラリスさん……私……彼女の名前を聞いて……記憶が一部……蘇ったみたいです……」  手を震わせて納得いかない表情を浮かべていたクラリスさんに、私はゆっくりとそのように零す。 するとクラリスさんは、目の力を変えずに私の方を向き直し…… 「蘇った? と言う事は……やっぱり……博士がキーマンだった……って事ですか?」  と、私に聞き返した。 「はい。彼女の名前を聞いただけで……一部の記憶が追加で蘇った感じになりました……。全部蘇った訳ではありませんけど……恐らく彼女がココに入った経緯は私の何かしらの目的と関係してます」 「博士も……計画の一部としてこの施設に入った……という事になるんですね?」 「具体的な内容はまだ分かってませんが……どうやら私と博士は……とある組織に属していてその組織から出された計画を遂行するために“自らの意思”でココへ入ったようです」 「とある組織? 外で組織があると言えば……多分アレしかないはずだから……やっぱり、博士はあの後無事に逃げ切ってそこに身を寄せたのね……」 「外の……組織?」 「ううん、何でもないわ。それよりも! 自分の意思でって言った? ココに入るきっかけは……自分の意思で入る事を決めたって言わなかった?」 「えぇ。私の方はある程度目的を理解していて覚悟を決めていたようですが……博士の方は計画とは別に他の目的のようなものがあったようでして……」 「他の目的?」 「記憶の中での私は……博士を止めようとしたみたいですが……博士は“探したい人物が居る”とかなんとかで……」 「探したい……人物?」 「詳しくは濁されたので記憶に残ってはなかったんですが……その人物って言うのは彼女にとって家族に等しい人間だったようです」 「家族に等しい……か……」 「私は今にして思えば……多分……それはクラリスさんの事だったんじゃないかって思ってます……」 「……私……ですか?」 「ハッキリとは分かりませんが、開発を一緒に行った仲でしたら……きっと博士にとっての家族の様なものだと思うし……」 「…………………………」  断片的に思い出せた記憶の中から私が辿り着いた結論は、博士はクラリスさんを探す為にこの施設に入った……という結論だった。  まだ全体像が掴めていない為、予測の域を出る事はないのだが……クラリスさんを“家族”の様に大事に思っているのだったら探しに行くと言ったのにも納得がいく……  もしかしたら、クラリスさんだけは自分の手で助けたいと思って危険を承知でココへ入ったのではないのだろうか……と私は予測したのだけど…… 「いえ……待ってください。どうやら……それを想像するには……まだ情報が足りていない可能性が……有ります……」  クラリスさんはそんな私の予測を無視するかのように鋭い目でモニターを凝視し、指を差して私にも彼女を見るよう言葉を返した。 「……え? なぜです? って言うか……博士の顔がどうかしたんですか?」  彼女の指は博士の上半身に向けて差されていた。 「顔じゃなくてその少し下……彼女の首元……」 「首元??」 「彼女の姿を見て……気付きませんか?」 「え? 何を……ですか?」 「違和感と言うか……矛盾です……」 「矛盾??」  突然のクラリスさんの指摘に私は思わず視線を博士の首元へと移し周りを確認する。  しかし、彼女の言う矛盾が何を意味しているのか理解できず首を横に振って分からない旨を伝える事しか出来ない。 「確か……放送では……さっきこう言っていましたよね?」 「……え?」 「“首輪の解除を行った”……と」 「……は、はぁ……」 「だったら……なぜ彼女は……首輪をつけたままなのです?」 「……えっ!?」 「自分のを外したのであれば……彼女は今付けていないはずですよね? 首輪……」  そのように指摘され改めて映像の彼女を見ると……確かにあの思考読み取り装置の首輪をつけたままにはなっている。 「い、いや……もしかしたら……また付けなおされただけ……という事では?」 「それはあり得ないんです」 「えっ!?」 「あの首輪は解除すると……また生体情報を一から登録し直さなくてはならなくなります……。それがどれだけ時間の掛かる事なのかは……貴女だって経験したはずでしょ?」 「いえ……私は首輪を嵌められた後からしか記憶が無いもので……」 「とにかく時間がそれには掛かるものなの。だから、効率化を計っているロボットたちが、わざわざ処刑の為に首輪の再登録をしたとは思えないんです……。普通だったら……首輪の代用品か何かで首を拘束する筈ですから……」 「……えっと……つまり……どういう事ですか?」 「多分……博士は……自分以外の“誰か”の首輪を外して……捕まってしまったと考えるべきじゃないでしょうか……」 「えっ!? 自分じゃない……誰か?」 「それが……貴女が言っていた、探していた人物なのかどうかは定かではありませんが……とにかく、彼女は自分以外の誰かの首輪を外しています……」 「それは……どういう事に……なります?」 「分かりません。その行動に何の意味があったのかは想像だに出来ませんが……」 「………………」 「何かしらの理由が有って誰かの首輪を外したのだと思います。もしくは何かのトラブルが発生していて……苦肉の策としてそのようにする事になったのか……」 「……えっ!? トラブル!?」 「何かしらのトラブルがあったと仮定するなら……そのトラブルにはどうやら貴女の記憶が戻らない原因と繋がっていそうな気もします……」 「私の戻らない記憶と繋がっている!?」 「貴女と博士は同じ目的を持ってココに入ってきたはずです……でも、貴女に記憶が戻らないという事は……」 「そ、そうか……私に記憶が戻らないという事自体が……トラブルである可能性がある……って事ですね?」 「……それが考えられるわ。でもそれが確定したわけではない……」 「だったら……私は……」 「……………………」 「…………………………」  思わず口を閉じてしまうクラリスさん……それに続いて言葉を失ってしまう私……  しばしの気まずい沈黙が訪れた後、私の顔を見返したクラリスさんがゆっくりと口を開く。 「どうやら……貴女の記憶の底に眠っている“計画”とやらを……もっと詳しく知らなくてはならなくなったようですね……」 「……………………」  私を見るクラリスさんの顔は真剣そのもので……私にはその視線が 恐ろしい程の重圧に感じられた。  記憶の底に眠る“計画”の概要……  それを私が思い出さなくては、私も博士も博士が助けたであろう誰かも無駄に命を散らしてしまう事になりかねない。  でも、私の記憶はまだ肝心な部分を思い出せていない。  もう6日目の午後だというのに……思い出せたのは、なにやら計画を遂行するためにココへ自ら入ったんだという真相と……私の名前が“ミシャ”と言う名前だった……という事と……博士というのが首輪の開発者の事であり……彼女の名前はマリア=ウィッドマンであるという事だけ。  なぜ彼女と知り合いだったのか……そもそもなぜ首輪の開発者が自分の近くにいたのかなど謎は多くなる一方だが……  そんな謎を解くカギである博士は……既にモニターの中でしか姿を見ることが出来なくなてしまっている。  少しでも話が出来たなら……記憶の復活も容易であっただろうに……  残念な事ではあるが、私が彼女に直接会いに行くというチャンスは……現時刻を持って不可能となってしまった。  彼女の命を奪うべく……あの機械達が……  無情にも……気絶させられた彼女の意識が戻る前に……稼働を開始してしまったのだから……

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