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「うーん、もっと股開いた方がええんとちゃう? チャイカはその二割増しで開いとったで」 「これ以上開くと股関節脱臼するわ。デスクワークで養った体の固さ舐めんな」  社築は関節がギシギシ呻くほど大股を開き、嫌な汗を滲ませていた。ツイスターゲーム序盤の花畑チャイカ、または惑星併呑希望おじさんの風刺画を越えるレベルの開脚だった。あと少し股を開くだけで、柔軟運動中の範馬勇次郎に匹敵するほどである。  笹木咲はそんな社をパシャパシャ撮りながら、楽しそうに笑っていた。八重歯がひっきりなしに覗き、目尻はパンダのように垂れている。可笑しくてたまらないといった表情だ。  何だか馬鹿にされている気もしたが、社は大人しく股を開き続けた。これはレバガチャダイパンで映える面白ポーズの研究という、至極真っ当な目的を擁した撮影会なのだ。目的があるのだから恥じることはない。  もっともポーズ研究が主目的なので、女装を続ける必要もないのだろうが。 「なあ、笹木。俺、いつまでスカート履いてればいいんだ? もうかれこれ一時間は写真撮ってんだし、そろそろズボンに戻したいんだけど」 「まだ駄目~。撮影会終わるまで、ずっと履いててもらうやよ」  笹木が飄々と言う。納得できない。納得できないが、しかし女装写真を既に何十枚も取られている身としては、反論する訳にもいかなかった。撮られた写真がイコールで人質だ。少しでも彼女の機嫌を損ねれば、家族会議待ったなしである。  だから、社は笹木の命令に従い続けていた。彼女の言葉通りに四肢を投げ出し、関節をくねらせた。そうして象られるポーズは全てが奇妙奇天烈で、笹木は笑っていた。とても楽しそうだった。 「にしても、やしきずのマジの女装見るんはうちが初めてちゃうか? 新種の元素や虫みたく、第一発見者のうちがやしきずのスカート姿に名前つけていい? ササキニア・ササキとか」 「ほざきやがれ。何が悲しくて俺の新形態にお前の名を使わなければならんのだ。遺志でも継いでんのか」  呆れたように返す社に、彼女は少しだけ沈黙した。それから口を開いた。 「……やしきず。それ以上足開くのがきついなら、もっと腰落としてや。お尻、床につけてもええから」 「えー、そんなの絶対パンツ見えるじゃん。笹木のスケベ」  社は現在、笹木のネクタイで両腕を後ろ手に縛られている。お陰でスカートを押さえることができないため、容易に下着が見えてしまう。  彼女は呆れたように返した。 「オタクくんのパンツが見えたところで何ともないやろ。減るもんじゃなし、早く言う通りにしろや」  まあ、確かにその通りだ。だが、流石にパンツの見えている写真を撮られるのはいかがなものか。社が逡巡していると、彼女は溜め息を吐いて近づいてきた。  そして、社のスカートを捲った。 「なんや、ボクサーパンツか。男くさい下着やなぁ。しかもこの柄、昨日も同じやなかったか? ばっちぃ」 「女物の下着持ってねえんだから仕方ねえだろ。あと、柄が同じなだけで違うパンツだから安心しろ。てか、お前何で俺のパンツ事情知ってんだ。チャイカか? バー経営者特有の情報網か?」 「やしきずのパンツ事情とか、どうでもよすぎてチャイカも知らんやろ。知る訳がないやん。……それより、オタクくん女装への意識低すぎひん? どうせやるなら、ちゃんと一式纏えや。せめてパンティぐらい必須やろ」 「チッ、うっせーな。反省してまーす」  全く心の籠らない謝罪をして、社はスカートを抓む笹木の手から逃れようと腰を引いた。 「てか、いつまでスカート捲りしてんだ。これ以上は金取るぞ」 「なーに言ってるんやこの陰キャ。むしろうちがお金貰ってもええぐらいやろ。こんな可愛いJKにスカート捲りしてもらえるおっさんなんて、中々おらんよ? いやあ、うちは優しいなー。こんなオタクくんに構ってあげるJKなんて、うちぐらいやろー」  ほれほれと、笹木がスカートをピラピラめくる。その度に欠片も色気のないボクサーパンツが見え隠れする。そんなことして何が楽しいのか分からないが、確かに異性に下着を見られる機会などあまりない。だからどうしたという話だが、ともかく女性経験皆無の社はそう思った。  同時に、年端もいかぬ少女に下着を見られている現在の状況が、あまりよろしくないものだと感じた。 「……ほら、笹木。そろそろ次のポーズ探そうぜ。スカートの中に良いアイディアなんて見つけられないだろ」 「うわ、何や? 恥ずかしいんかやしきず? パンツみられるの恥ずかしいんかやしきず?」  からかうような笑みを浮かべる笹木。心の底から楽しそうだった。 「恥ずかしいに決まってんだろ。ほら、とっとと離せ」 「嫌でーす。てか、もっと楽しそうにやろや。活き活きしとらんと良いもんは出来ひんで? ほら、スマイルスマイル」 「あのなぁ」  社は溜め息を吐くが、笹木はどこ吹く風だ。彼のスカートを力任せに捲り、パンツを何度も露わにさせる。新しいおもちゃを見つけたような、とても活き活きした表情を浮かべて。  こうなってくると、成す術がない。社は諦めて、笹木に身を委ねることにした。  その時である。 「ふひゃっ!?」  自分でも驚くほど、素っ頓狂な声が出た。  バッと、笹木の方を見る。彼女はニヤニヤしながら、 「お、どしたん?」  と聞いてきた。 「どしたんじゃねえよ。何やってんだよ」 「やしきずの脇腹がガラ空きなのが悪いんやよー」  笹木はしれっとした顔で、社の脇腹をちょんちょん突いていた。 くすぐったさが這い上る。縛られているので、身を捩るしかできない。満足に抵抗できないという事実が、いっそう肌感覚を鋭くしているようだった。 「にしても、良い反応やなあ。やしきずがここまでくすぐったがりだなんて、チャイカやドーラでも知らんのやない? ほれ、コチョコチョ─」 「ちょっ、ふふっ、笹木……くひっ、や、やめろ! あひゃひゃっ……!」 「やめませーん。これはやしきずをリラックスさせるためのコチョコチョなんで。正義はうちにあるやよー」  いけしゃあしゃあと言ってのけながら、笹木はスマホで写真を撮り続ける。彼女の手から逃れようとじたばたする社の姿が、どんどんフォルダーに溜まっていく。 「ここかあ? ここがええんかあ?」  笹木の白い五指が蛇のようにくねり、社の横腹で踊った。ただ撫でられているだけなのに、こそばゆさが束になって脳まで駆け上る。 「て、てめっ! 抵抗できないのを良いことに、好き放題すんな!」 「うっさいうっさい。ほれ、もっと悶えろ。うちを楽しませろ」 「魔王かお前は! ぎゃひひ!! ふぎっ! かはっ……!」  あまりにも笑いすぎて、だんだんとむせてくる。たまらず蹲り、身を縮めて笹木の魔の手から逃れようとするが、そうは問屋が卸さない。彼女は床に寝転がる社の傍にしゃがむと、スマホを置いて、今度は両手で弄り始めた。 「……あっ! は……ぁ……! くぅ……!」 「喘ぐなやしきず」 「あ……喘いでなんか……ひいっ!」  社は腕に力を込めるが、手首に結ばれた笹木のネクタイは、硬くてほどけない。可動部位が少ないほど、体内に溜まるくすぐったさが発散できず、密度を高めていくような気がした。  何とかして、笹木に止めさせなければいけない。そうしないと、最悪失禁する。 「ま、まじで止めろって笹木! 女の子が気安くおっさんの体触るんじゃありません!」  ぴたっと、笹木の手が止まった。これでいい。自分のやっている行為を客観的に見れば、随分酷い絵面ということに気付けるだろう。  さて、そろそろ羞恥と嫌悪に顔を顰めた笹木が、罵詈雑言を投げかけてくる頃合いだ。キショイとかキモイとか、そんな類の。 そこに暴力が付随しても良いよう、社は体を丸くしながら身構えた。 「……やしきず、うちのこと女の子として見てるん?」  しかし、意外にも降ってきた笹木の言葉は静かだった。いつもの台パン間際の叫喚とは違う。ちらりと彼女のほうを見ると、ピンク色の瞳と目があった。笹木はじっと、社を見つめていた。  どこか恐れの混じった、真剣な眼差しだった。  どんな状況だ、これは。  想定していたどんな反応とも異なる。もしかして、本気で気味悪がらせてしまっただろうか。あるいは、不安にさせてしまったか。  ただの同僚が、それも齢の離れた男が、自分のことを異性として見てる。確かに、逆の立場で考えてみると割と気まずくて、ちょっと怖い。  これはバッドコミュニケーションである。何とかせねば。 「……い、いや! そんな訳ないだろ。俺が言ってんのは一般論! 世間では、女の子がおっさんにベタベタ触るのはやめるべきってこと! お前は世間一般的にJKで、俺が世間一般的におっさんだから、その絵面はよろしくないってこと! 俺がお前を女の子として見てる訳じゃねえよ! 俺はお前のことなんて、何とも思ってないっつーの!」  これで弁明できたか。社は彼女の顔色を窺う。  心臓の縮み上がる思いをした。  彼女はどちらかといえば、表情のくるくる変わる人物だ。小生意気に片眉を上げたり、歯を見せて笑ってみたり。名前の通り、花の咲くような百面相を見せてくれる少女だった。  そんな笹木が、虚無さえ感じさせるほどの無表情を浮かべ、こちらを見下ろしていた。  人間はどれほど激高しても、どれほど憎悪を募らせても、ここまで無機質な表情はできない。社にそう思わせるほど、何も読み取れない顔だった。  言葉が鉛になったように、喉の奥で凝って出てこない。そんな社を二秒ほど見据えてから、笹木は「ふぅん」とつまらなそうに呟いた。 「……ま、そこまで言うなら止めたるわ。ほら、やしきず。写真撮影の続きいくで」 「え? あ、ああ」  まるで何事もなかったかのようだ。社は笹木の切り替えの早さに戸惑う。 しかし、何事もないように振る舞ってくれるなら、願ってもないことだ。彼女の気が変わらないうちに、立ち上がることにした。 「ど、どんなポーズしたらいい?」 「……ほな、あれやってよ。VtL歌う時の社長のモノマネ」  ホッとする。どんな悪逆非道な無理難題を押しつけられるのか戦々恐々としていたが、蓋を開けてみれば同僚の物まねだ。  先程の無表情は、もしかしたら特に意味のないものだったのかもしれない。 「まだ擦り続けるのかよ。いや、別にいいけどさ」  社は左ひざを曲げ、右ひざを寝かせるように床につけた。今は手首が縛られているので無理だが、その状態で右手を地面につけば、あっという間に加賀美社長である。 「でも、このポーズ前にもやったろ? ほら、チャイカ達が俺んち来た時にさ。目新しさはないし、撮影する必要もないんじゃない?」 「あの時、やしきずはスーツやったやん。今みたくパンツ丸出しではなかったやろ? だから撮る意味はあるやよ」  社は苦笑した。 「それじゃあ、まるで俺のパンツを撮影するためみたいじゃねえか」 「そうやよ?」 「え?」  呆気にとられる彼に、笹木は微笑んだ。 「うち、やしきずの恥ずかしい恰好撮りたいねん。うちのこと女の子やと思ってないなら、平気やろ?」  一体、こいつは何を言ってるのだ。 笹木が何を考えているのか、社には全く分からなかった。分からなかったが、言う通りにした。  いつも煽ってくる時とは、笹木の雰囲気が違っていた。どうにも、肌に絡み付く威圧感があった。  少し、怖いような。 「やしきずって結構、太腿の筋肉引き締まっとんなぁ」  笹木の視線が、露わになった腿に刺さるのを感じる。突然、何の話をしているのだろう。 「え? あ、ああ。いや、たまにリングフィットとかしてるしな」  若干しどろもどろになりながら答える。自分でも分かるほど、目が泳いでいた。  だから、笹木が近づいてくるのにも、気付けなかった。  そっと、指が腿に触れた。 「ちょ、笹木?」 「結構きつい体勢なんやな、これ。付け根に向かって、血管浮き出とるよ」  つつ、と彼女の指先が足をなぞる。見れば、その軌道の上に青筋が走っていた。 脇腹の時のように、くすぐったくはない。それでも、何だかその触り方は背筋がぞくぞくするようで、不味いように感じた。 「笹木……。ボディタッチやめろっつったろ」 「脈をなぞっとるだけやん。そんなに目くじら立てんなや。うちのこと、女の子として見とらんのやろ? ……何とも思ってないんやろ? じゃあ我慢できるんと違うの?」 「いや、その。……だから、俺は一般論として、ひゃっ!?」  社は甲高い声を上げた。反射的に、自分の足を見る。笹木の掌が、太腿辺りを擦っていた。  彼女のクリクリした大きな瞳が、愉快そうに細められていた。 「どうしたん? 女の子みたいな声出して」 「び、びっくりしただけだっつーの! うぁっ!?」  上擦った声が漏れる。恥ずかしくなり、唇を噛み締める。本当は口元を抑えたかったのだが、手首が縛られているので、それもできない。 「ええ声になってきたな。ここ、弱いん? 太腿、感じるん?」  感じる。その言葉が、どうしても卑猥に聞こえてしまい、罪悪感が鎌首をもたげる。笹木はそんなことを言うキャラではない。  それなのに、彼女は楽しそうに続けた。 「ここ摩り続けてたら、やしきず……勃つ?」 「お、お前! 何言って……!」  反射的に、立ち上がろうとする。だが、それを笹木の掌が制した。彼女の小さくて白い手が胸を押したのだ。不安定な体勢だったこともあり、社は倒れてしまった。手首が縛られているため、とっさに起き上がれない。  もがく社に止めを刺すように、笹木がのしかかってきた。太腿に指を添え、床に押さえつけてくる。それだけで、動けなくなる。力が込めにくいから、だけではない。密着しているため、不用意に動けば彼女を突き飛ばしてしまうと思ったのだ。  一体、どうしてしまったのだろう。笹木の常とは違う様子に、社は恐怖すら感じた。 「……いい加減、本気で怒るぞ」  湧き上がる恐怖を追い払うように、精一杯の低い声を出す。笹木に対して、今まで聞かせたこともないような、怖い声。威嚇だった。彼女は結構臆病な面もある。だから、凄めば怯むと考えたのだ。  それなのに、笹木は馬乗りになったまま、目を細めて笑っていた。 「……最初は、こちょこちょだけで満足しようと思ってたんやけどなぁ」  するりと、彼女の手が脚を撫でた。指で、掌で、指球で、舐めるように。  うなじの産毛が逆立つ。恥じらいで血が煮えてくる。心臓が不健康なほど跳ね、脳味噌がぼんやりと白んでくる。  そのくせ、身体の感覚はくっきりとしていた。笹木の手が、指紋まで感じられる。彼女の指の皺が太腿を擦り上げ、じくじくと内側から炙る。 「心臓の音、血管通して伝わってくるで。とくん、とくん。ふふ、やしきず、興奮しとるん?」  指から伝わる弱い刺激まで、甘くて濃い毒に変わってしまったような。彼女の言葉のせいだ。反射的に耳を塞ごうとする。しかし手首が縛られているので、音は遮られることなく、余すことなく鼓膜を揺らす。  無防備な耳に、笹木が囁いた。 「ところで、この辺りの動脈ってどこに血を運んどるんや? 心臓から吐き出されて、太腿通って、ふくらはぎ通って、それで? 浮いてる筋辿れば、分かるんかなぁ」  指の腹が血管をなぞる。ふくらはぎ、膝、太腿。どんどん上に。  そして、ボクサーパンツの中へ。 「だ、駄目だ!」  社は芋虫のようにもがき、彼女の手から離れた。幸いにも、笹木はそこで手を引いた。楽しげに微笑み、ことりと首を傾げる。 「駄目って、何で? ……あ。んふふっ、もしかして」  彼女のピンクの瞳が、ねっとりと社の全身を見回して、ある一点で止まった。 その視線につられるように、己の体を見る。  女装が見つかった瞬間よりも、密度の濃い絶望が襲ってきた。 「やらしい気分になったん?」  社の股間が僅かに、しかし確実に盛り上がっていた。  ぱしゃり、と音が聞こえた。ハッとしてそちらを見れば、笹木がスマートフォンを向けていた。スカート越しに勃起している、社のあられもない姿に。  彼女は穏やかに笑って、噛んで含めるように言った。 「……そろそろ、衣装替えしよか」 「衣装……替え……?」  うわごとのように、笹木の言葉を繰り返す。そんな社に「ちょっと待っとってな」と言い、彼女は自分の持ってきた鞄を漁ると、白い布を取り出した。 「泊まるつもりで来たからな。念のため、多めに持ってきといて良かったわ。ほら、これに穿き替えるやよ」  そんな言葉と共に、放られる布。ぱさりと社の脚に落ち、輪郭をはっきりさせる。  それは、パンティーだった。  社は衝撃で我に帰った。目を白黒させて笹木の方を見る。彼女は笑みを崩すことなく言った。 「言ったやろ? 女装するならパンティーぐらい用意しろって。うちの貸してやるから、それ穿くやよー」 「な、何言って」 「穿けや。写真、ドーラ達に見られたいん?」  笹木の全身から威圧感が漏れ出る。社は押し黙った。氷の粒を背骨に埋め込まれたみたいだった。 「……ド葛本社の名前出したら、大人しくなるんやな。そんなにあのグループが大事なん?」  あまりにも冷たい声。咄嗟に、肩がびくつく。怖くて、笹木の眼が見れなくなる。視線を逸らしたまま、言い訳がましく声を出す。 「そ、そりゃ大事に決まってんだろ。だから、こんな情けない写真見られたくないし。……で、でもパンティー穿くのは無理だろ! 今の俺、手が使えないんだぞ!」 「せやな。だから、うちが穿かせたるよ」  抵抗する間もなく、笹木はスカート越しにボクサーパンズを脱がせた。社は身動き一つ取れなかった。下手に動いたら、スカートがめくれてしまうと思った。そうなれば、露わになってしまう。 「おやおやぁ? ちょっと引っかかるやんね」  ようやく顔を綻ばせて、くすくす笑いながら、笹木はゆっくりとパンティーを潜らせる。すべすべした布が焦らすように陰茎に擦れて、社は首根っこまで赤く染まった。早く穿き終わらせてくれ。目をぎゅっとつぶって強く念じる。  だが、大柄な社の尻は、小柄な笹木のパンティーには収まりきらなかった。布が食い込むのを感じ、あらゆるものがはみ出ているのを理解する。それは尻たぶだったり、陰毛だったり、さらに固くなった陰茎だったりした。 「よし、と。これでちょっとは色気が出たやんね」  笹木がニタニタ笑いを浮かべる。そんな彼女から顔を逸らし、社は股でスカートの前側の布を挟み込んだ。絶対に、中を見られるわけにはいかない。ボクサーパンツと違い、パンティーは何も隠してくれていないのだから。  しかし、そんなことをすればスカートは、下腹部にぴったりと張り付いてしまって。 「あはは、やしきずぅ。どうしたん? アソコの形、くっきりしとるで? 何のアピール?」  笹木が笑いながら、じっと股間を見つめてくる。スカート越しに浮き上がる陰茎の形を、視線でなぶってくる。  社は唇を強く噛んだ。痛みで萎えるのではないかと期待した。しかし、血の味がするばかりで、ほとんど何も感じなかった。脳味噌が無節操にアドレナリンを迸らせているせいだ。そうしている間にも、彼の陰茎はどんどん硬度を増していった。 「あーあー、そんな強く噛んで。血が出るからやめとき?」  笹木の指が社の唇を割って入った。歯を立てる訳にもいかず、口を開けてしまう。唾液が粘り、ぐちゅりと水音を立てた。  細い感触が歯列、口蓋を撫でていく。舌だけでも逃がそうと動かすが、その度に彼女の中指と人差し指は追いすがり、かえってねぶるような形になった。  十数秒たっぷりと口内を凌辱し、笹木は満足げな表情で指を抜いた。 「見て、やしきず。ねっとねとやよー」  彼女が指を付けたり離したりすれば、太さの様々な透明な糸が引き、粘性を誇示した。その一本一本が自らの昂ぶりを証明しているようで、社はいっそうの羞恥に苛まれた。  だが、羞恥はそれで終わりではなかった。  笹木はおもむろに、社の服をめくり上げた。寝転がっているために、シャツがそのまま顔に被さり、視界が奪われる。  咄嗟のことで反応できないでいると、胸のあたりに温い潤みが触れた。唾液でぬめる彼女の指だった。 「やしきずって、胸筋もそれなりにあるなぁ。うちより大きいんちゃう? むかつくわ~」  拗ねたような笹木の口調。耳に入る声だけは子どものようで、社は薄暗い罪悪感で息苦しくなる。そんな胸の内ごと愛撫するように、彼女の指の腹がゆっくりと円を描く。  その円がだんだんと狭まっていき、乳首を擦った。  ぴくんと、社の肩が小さく跳ねた。  笹木の口角が吊り上がった。 「……へぇ。男も、胸で感じるんやね」  掌をやや浮かせて、触れるか触れないかギリギリのところで、胸の上を擦る。乳首の先端にくすぐったさが生じ、積み重なり、快楽へと変じていく。  視界が奪われている分、より彼女の存在が濃ゆくなっていた。 「にしても、おかしいなぁ」  囁くような声が聞こえてくる。同時に、唇のあたりが温かくなる。吐息がかかるほど、顔を近づけているらしかった。ねっとりと熱い呼気と共に、笹木が語りかけてくる。 「乳首って、開発せんと気持ちよくないんよ。もしかして、やしきず」  彼女の指先が、ぴんと乳首を弾いた。刹那、痒みのような快感が溢れ出た。 「オナる時、おっぱい弄ってるん?」  社は理解した。  今、笹木は笑っている。  こちらの自慰事情を見透かして、楽しげに笑っている。 「あ、乳首プックリしてきた。気持ちええ? 気持ちええな? ちょっと、気持ちええ顔みせてや」  乳首を弄りながら、彼女はシャツを少しだけ元に戻したらしい。視界が開け、笹木と視線が合う。たまらず、顔をそむける。 「逃げんな」  頬に手を添えられ、強引に彼女の方を向かされた。ぼやけた視界の中、一瞬だけピンクの瞳が獣のようにギラつく。しかし、焦点が合う頃には今までのようなニヤニヤ笑いが浮いていた。 「うわ、あっつぅ。やしきず、顔熱いでぇ。大興奮やなあ。……隙あり」  刹那、笹木の両手が左右の乳首を強く抓んだ。 「ぐ……がっ……」  痛みを焼き潰すほどの快感が、社を溺れさせた。足を指先までピンと伸ばし、のけぞる。そのせいで、今までスカートを挟んでいた股が開いてしまう。  跳ね上がるようにして、完全に勃起した陰茎が露わになった。 「……えっぐ。結構、グロイやんね。……何か垂れとるし。これが我慢汁ってやつ?」 「……もう、いいだろ。笹木」  社は息も絶え絶えになりながら言った。これ以上はまずい。乳首を弄られることだって、パンティーを穿かされることだって無論まずい。それでも陰茎を触られることは、明確に自分たちの関係を変えてしまうように感じた。  昂ぶりでざらつく呼気を吐きながら、笹木を見上げる。目と目が合う。  視線がぶつかった時、彼女は僅かに笑みを弱めた。手も止める。こちらの話を聞く気になったのか。  社は少しだけホッとしながら、出来るだけ言葉を選んだ。 「お、俺さ。……お前とのコラボ配信も、レバガチャダイパンも、好きなんだよ。……これからも、好きでいたいんだよ。……だから」 「好き? へえ、そうなんや」  遮るように、笹木が言った。 「レバガチャイカで、笑っとったのに?」  軽い声だった。表情もへらへらとした笑顔だった。 それなのに、心臓を潰すような圧が漏れ出ていた。 「……さ、さき?」  不安の色が社の眼に浮かぶ。だが、笹木は構うことなく続けた。 「この前のレバガチャでさ。チャイカがうちに取って代わるってなった時、やしきず、笑ってたやんな。あれ、何でなん? うちと組むのが、嫌になったん? オタク弄りしてくるうちのこと、鬱陶しくなったん? チャイカと一緒に組めるかもって、嬉しくなったんか?」  口調は穏やかだ。しかし、泣き黒子のある目元が時折ひくつき、彼女の胸の内で何かが渦巻いているのを感じさせる。 「もちろん、レギュラー交代が冗談だってのは知ってたやよ。でも、ちょっと怖かったなぁ。うち、いよいよ愛想尽かされたかと思ったわ」  彼女は微笑みながら小首を傾げた。視線は社から一瞬たりとも外れなかった。 「そりゃあ口の悪いうちなんかより、気心の知れた男友達のほうがええよなぁ。アニメとかゲームとか、いろんなサブカルネタでも通じ合えるし。……うちだって、やしきずの配信見て、勉強しとるんやけどなぁ」 「笹木……ひぎっ!?」  話しかけようとした瞬間、再び乳首に電流が走った。笹木は今までよりも執拗に、胸を弄りはじめた。乳輪。乳首の芯。先端。気持ちよさが滞り、脳味噌の動きを鈍くしていく。 「そういえば、あの日はひまちゃんも来とったなぁ。ド葛本社、かぁ。ええよなぁ、ドーラは。奥さんやなんて。……それが本当の夫婦やないとしても」  コリコリと音が聞こえてきそうなほど、強い愛撫。歯を食いしばり耐えようとするが、濁流のような快楽は際限なく増幅し、正常な判断力を削り取っていく。いまや社のペニスはヘソを隠すほどに怒張し、先走りでぬるぬるとしていた。 「なあ、やしきず」  地獄のような悦楽に、笹木の言葉がぽとりと落ちる。  僅かに、沈んだ声だった。 「うちな、不安なんよ。やしきずは、ド葛本社しかり、OTN組しかり、大切な居場所が沢山ある。……うちとのコンビも、ちゃんとその中に入っとる? ……相棒だとか、仲間だとか、大切な人だとか聞いて……ちゃんと、うちも思い浮かぶ?」  ああ、そうか。 快楽で蕩けゆく脳味噌で、それでも社は理解した。  何故かは知らないが、笹木は今、苦しんでいる。  思い浮かぶよ。  お前は仲間だよ。  大切な仲間だよ、笹木。  胸の中でいくつもの声が浮かぶ。だが、舌がひくついてしまい言葉にならない。こんな状況なのに、浅ましく快楽を生み続ける自らの乳首を、心の底から疎ましく思う。  何も答えられずにいる社に、笹木は微笑んだ。 「うちもな? 椎名とか、りりむとか、ベルさんとか、リゼアンとか……大事な人、沢山おるねん。でも、やしきずは。……大事だけど、ちょっと違うんよ。」  笹木はそこで言葉を切る。  彼女の目に、薄く涙が張っていた。 「うち、やしきずのこと、好きなんよ」  思考停止。数秒後、それが愛の告白であることに気付いた。社は息を呑んだ。彼女がそのような素振りを見せたことはなかったからだ。少なくとも、彼はそう思っていた。  だが、今の告白が本心からのものだとして。  では、この笹木の豹変ぶりは。 「うちな。ずっと考えてたんよ。やしきずにうちを強く意識させるには、どうしたらええか。OTN組よりもド葛本社よりも、うちのことを思い浮かべてもらうためには、どうしたらええか」  ぴん、ぴん。乳首を爪で弾かれ、その度に鈴口が潤む。そんな彼の反応を逐一観察するように、笹木の瞳が焦点を合わせてくる。 涙で濡れているのに、獰猛な光を放っていた。 「うちには、チャイカみたいにやしきずと意気投合することはできひん。ドーラみたいに、夫婦っていう体で交流して、仲を深めることもできひん。……うちだけが持ってる強みは何なのか、考えたんよ。それでな、分かったんや。うちの強みは、やしきずの家に何度も来れることやって。……レバガチャ様様やなぁ」  一体、どういう意味だ。頻繁に家に上がり込めるから、何だというのか。社は上手く働かない脳味噌の片隅で、そんなことを思う。 「やしきずはさぁ。うちが女装中に入ってきたの、偶然だと思っとる?」 「……え?」 「ごめんな、やしきず。うち、本当は全部知ってたんよ。やしきずが女装に興味があるのも、今日チャイカのメイド服着てたことも、パンツ事情も……乳首でオナニーしとることも、全部」 「な、んで」  辛うじて絞り出した声は、粘る唾液が絡んでとても不明瞭だった。そんな彼の呻きに、笹木は笑った。 「うちな。この家の色んな所に、カメラやマイク仕掛けとるんよ。天井や壁の傷にばっか気ィ取られて、分からんかったやろ?」  ぞくりと、背筋が粟立った。 「どう、して」  そんなことを。驚愕で目を見開く社に、笹木は微笑みながらつぶやいた。 「チャイカやドーラは、やしきずと長い間おんなじグループにおるから、うちの知らんやしきずを沢山知っとる。ずるいやんか、そんなの。だけど、やしきずの配信を全部見たって、飲み友と同じぐらいのことしか分からん。だから、レバガチャの収録終わりとかに……な?」  社は息を呑んだ。異常だ。普通の人間は恋愛感情を抱いていたのだとしても、そのような行為には出ない。盗撮は立派な犯罪行為だ。刑罰への恐怖に良心の呵責、常人を押しとどめる要素は山ほどある。  笹木は、それでは止まれなかった。  まさしく狂気だ。社はぼんやりと思う。  彼女は昔、一度Vtuberを引退しかけたことがある。その際に、随分と追い込まれたと言っていた。人間不信にさえなったと聞いたこともある。  あるいはそのときの経験が、交流の深い人間への執着につながっているのだろうか。  その執着が、恋愛感情にすり替わってしまったのか。 「ほんとはな? 今日は、写真撮影だけで済まそうと思ってたんやよ。二人だけでポーズ研究して、たまーにちょっかい掛けて、満足したら一緒にゲームやって、チャイカみたくお風呂借りて。……でも、やしきずが。うちのこと、何とも思ってないって言うから」  社はようやく、自分の発言の重大さを理解した。彼自身は先程の言葉を、『女の子として何とも思っていない』という意味で使った。 しかし、笹木はその裏に別の文脈も読み取ってしまったのだ。  仲間として、何とも思っていない。  大切な存在として、何とも思っていない。  そう受け取ってしまう程に、レバガチャイカのことが不安だったのか。  あれぐらいのことで不安になるほどに、自分に執着しているのか。 「ね、やしきず。うち、言ったやろ? やしきずに、うちのこと思い浮かべて欲しいって。……今、うちのこと何とも思ってないなら、刻みつけるしかないやん。こんな風に」  そう言って、笹木は社の乳首に吸い付いた。彼女も相当に昂っていたのか、口から溢れる唾液はどろどろに熱い。ぬるぬるした舌が生き物のように動き、先端を執拗にねぶる。かと思えば今度は甘く噛み、吸い付いて、快楽を引きずり出す。 「ん……ふふ。やしきず、乳首弄るときはいっつも指やからなぁ。ベロとか、初めてやろ? どう? 気持ちええ? イキそう?」  社は浅い呼吸を繰り返す。どうにかして股間から意識を逸らそうとする。だが、我慢汁はダラダラと溢れ、今にも白旗を噴き上げようとしていた。  そんな彼の内心を知ってか知らずか、笹木は口を離した。透明な線が乳首と彼女の唇を繋ぎ、ぷつりと途切れる。 そのピンクの瞳には、まだ涙が滲んでいる。揺らぐ虹彩のまま、軽薄に笑う。 「うーん、でもオタクくん、まだまだ鍛えが足りてないやんね。アソコ触らんとイケんのやろ。いや、でも分かるで。うちもオナる時、乳首だけじゃきついしなー」  神経に絡み付いてくる快楽に、社の理性はいよいよ引き裂かれかけていた。だからこそ、彼の耳は笹木の口から紡がれた言葉をそのまま拾い上げ、あろうことか想像してしまった。彼女が乳首で自慰に耽る姿を。  それが、何より彼の心臓を跳ね上げた。  そして、そんな社の高鳴りを笹木は感じ取ったようだった。じっと顔を近づけ、視界一杯に笑みを映す。 「やしきず、うちのオナニー想像したん? スケベやなぁ。でも、ええよ。うちも、やしきずのオナニー、よくオカズにしとるし。んふふ、結構お似合いやんね、うちら」  嬉しそうに笑いながら、笹木は自らの服のボタンを外した。既にリボンは解けていたので、すぐに胸元がはだけた。髪と同じ色をしたブラジャーが顔を出す。 「なに、する気だ……」  息も絶え絶えに問いかければ、彼女は怪訝そうな顔をした。 「何って、予想ついとるやろ。今更かまととぶんな」  笹木のいう通りだった。社はこれから何が起ころうとしているのか、予想していた。ただ、その予想は外れて欲しかった。だから、一縷の望みをかけて、尋ねたのだ。 「うちのこと、刻みつけるって言ったやん。じゃあ、もう初めて奪うしかないやろ。オタクくん、童貞やんね? うちら、初めて同士やんね? ……まさか、ドーラと関係持ったりしとらんやろな?」 「そ、そんなわけっ……!」  ドーラの豊満な肢体に心臓を高鳴らせたことはある。だが、彼女は大切な仲間だ。いくら魅力的だからといって、劣情を催したのが一度や二度ではないからといって、肉体関係を持ちたいとは思わない。そんなことをしたのでは、今まで通り楽しくド葛本社で夫婦役を組むことはできなくなる。  それは、笹木に対しても同じだった。仮にここで関係を持ったのでは、今後のレバガチャダイパンに支障をきたすことは必至だ。少なくとも社は、性交渉をした相手と何食わぬ顔で仕事ができるほど、器用な人間ではなかった。きっと、どこかでボロが出るに決まっている。  ふと、腹に湿り気を感じた。笹木の馬乗りになっているあたりだ。  駄目だ。それだけは、してはならない。社は渾身の力を込めて体を捩ろうとする。だがそんなことはお見通しだとばかりに、笹木が乳首を抓る。四肢に漲る筈だった力が霧散し、快楽となって脳味噌をぐしょぐしょにする。  怖かった。社は彼女に対して、恐怖を感じていた。暴力的なほどの快楽を注がれながら、彼は一刻も早くここから逃げたいと思った。 「逃げんな、やしきず」  しかし、それを笹木が許してくれるはずもなく。その小さく白い掌で、胸のあたりを押さえつけられる。衣服の擦れる音と共に体重がかかる。彼女はそのまま、覆いかぶさるように全身を預けてきた。少女の柔らかく、暖かな体温が浸透してくる。  互いの肩から顔が覗くような体勢になる。力いっぱい、互いを抱きしめた時のような。  耳元で、笹木の声がした。 「逃げんでよ、お願いやから」  社の身を捩る動きが弱まった。  笹木が、震えていた。  その事実を知った途端、彼は昂ぶりでガンガンする頭に、氷水が染み渡るのを感じた。 彼女は今、揺れている。ここまでやって尚、揺れている。  まだ、引き返せるのかもしれなかった。 「笹木。……なあ、笹木」  語り掛ける。息が荒くなっていて、喋ることも容易でなかったが、それでも可能な限り穏やかな声を出した。怖い声を出すよりも、容易だった。彼女と普段話す時と、同じような調子で話せばいいのだから。  ゆっくりと、彼女が顔を上げる。赤く充血した瞳が、こちらを見下ろした。  恐れの入り混じった眼だ。ただの少女の眼。 「大丈夫だ、笹木。大丈夫だから。そんなに、切羽詰まった顔すんなよ」  瞳を見て、伝える。届くかは分からない。相手は狂気に片足を突っ込んでいるし、自分はスカート姿に陰茎を露出しているというふざけた格好だ。 「俺、俺さ。こんな格好で言うのも、妙だけどさ。でも、俺さ。ちゃんと、お前のこと大事だよ」  それでも、社はゆっくりと本心を言った。  心底、届いてほしいと思ったからだ。  社築にとって笹木咲とは、何やかんやでそういう少女なのだ。 「……ほんとに?」  不安げに、彼女が尋ねてくる。はだけた服も、覗くブラジャーも、全てが頼りなく震えていた。ああ、まだ子供なのだ。社はそう思って、だからこそ安心させるため、笑みを浮かべた。眉を八の字にしながら、続ける。 「当たり前だろ。そうじゃなきゃ、一緒に番組なんてやれないよ。嫌な奴と仕事して神経すり減らすなんて、社畜生活の中だけで十分だしな」  OTN組も、ド葛本社も、そこにいるメンバー全てが社にとっては大切だった。  それと同じくらい、笹木のことも大切なのだった。  桃色の視線が、社に注がれる。たっぷり、十秒。何も言わないまま、笹木は彼を見つめた。表情、動作、呼吸音の一つに至るまで、注意深く観察しているようだった。  その果てに。 「……そっか」  彼女はクシクシと鼻を擦り、すん、と鳴らした。少しだけ、落ち着きを取り戻してきたようだった。 社は内心ホッとする。思いとどまってくれて良かった。あのままでは、自分たちの関係が崩れてしまうところであった。  息を整えていると、笹木が胸に額を擦りつけてきた。子猫のような挙動だ。先ほどまでの気迫が嘘みたいである。そうして顔を伏せたまま、彼女は言った。 「やしきず、うちのこと好き?」 「……ああ、好きだよ。お前と一緒にいると楽しい。お前が笑ってると嬉しい。お前が傷ついてたら悲しい。……大切な仲間だよ、お前は」  これで腕が使えたら、抱きしめて頭でも撫でてやれるのに。人間というのは不安になっている時、そんな温もりが驚くほど染みる生き物なのだ。社はそんなことを思いながら、モゾモゾと体を動かす。ネクタイによる拘束は、まだ緩んでいないようだ。 「あのさ、笹木。そろそろ、手首のやつ外してくんない? 俺、足だけで生活できるほど器用じゃないんだよな」 「その前に」 「え?」  笹木が顔を上げた。 「その前に、キスしてや」  その表情が、恋する乙女のものだったら良かった。頬を赤く染めて、恥ずかしそうにねだってきたならば、まだ良かった。  なのに、笹木は。 「好きだったら、出来るやろ?」  詰問でもするような、薄暗い表情をしていた。 「笹木?」 「早く。なあ、うちのこと好きなんやろ? 愛しとるんやろ? ほな、ええやん。やろ? やろうや、やしきず」  社はまた、嫌な予感が這いずるのを感じた。肌が尖り、冷や汗が湧いてくる。 「出来ないん? 何で?」  笹木は首を傾げた。口元にはまた笑みが湧いていた。じっとりとした、怖い笑み。 「なあ、やしきず」  それでも、彼女の瞳は笑ってなくて。  もう、涙さえ浮かんでいなくて。 「大切な仲間って、何?」  一切揺らがない深淵のような眼で、そう言った。 「やしきず、うちの好きの意味、分かっとるやんな? その上で、好きって返したやんな。なのに、どうして『大切な仲間』なんて表現に逃げるん?」 「え……いや……でも……お前、不安だったんだろ? その……自分が、大切な仲間と思われてるか、どうか」  すると、笹木は唇だけの笑みを深くした。 「ああ、そういうこと。せやね。確かに、言ったなぁ。仲間として、うちのことが思い浮かぶかどうかって。なるほど、そっか。それを聞いて、やしきずはこう思ったわけや。クソザコメンタルな笹木がメンヘラ起こして、暴走してる。よりにもよって肉体関係で繋ぎとめようとしてる。これは不味い。でも、きっと一時的なもんやから、適当に宥めすかしとけば事なきを得れる。……合点がいったわ。どおりで言葉が軽いわけや。『大切な仲間』とか、出まかせやろ? それ」 「そ、そんな訳っ」 「あとな」  遮るように、笹木はニコニコと口を開く。 「うちはな、やしきずの『大切な仲間』で終わりたくないんよ。やしきずの一番になりたいんよ。やしきずに、チャイカよりも、ドーラよりも、ひまちゃんよりも葛葉よりも緑仙よりもアンジュよりも社長よりもエクスよりもフレンよりもでびるよりも、アズマよりも、うちのこと想ってて欲しいんよ。……何遍も言っとるけど、やしきずのこと好きなんよ。キスしたい。触れたい。そういう、好きなんよ」  ドロドロと、笑う。凪ぐ前よりも深く、暗く、穏やかな笑み。優しく、静かで、この上なく恐ろしい笑み。  社は覚悟を決めた。 「……笹木。悪いけど、聞いてくれ」 「何?」  笹木は微笑みながら、問うてくる。目を細めて、慈しむように。 「お前のそれは……恋愛感情じゃないよ」 「……んふふ、何なんそれ」  くすくすと笑う彼女に、社は真剣な顔で言った。 「笹木。お前が、昔のごたごたの時に、追い詰められたことは知ってる。その時に、ちょっと人間不信になったことだって知ってる。そういうことがあるとさ。心を許した人間に対して、ずっと一緒にいたいと思うもんだ。……でも、それは恋じゃない。執着だ。お前はこれから先、もっと他に心を許せる奴が出てくる。そうなった時に、だんだんと薄らいでいくものだ。……だから」  笹木は沈黙している。沈黙して、こちらを見つめている。笑みを浮かべながら。  背筋に冷たいものが走る。それでも、続けた。 「だからさ、笹木。一度、落ち着いてゆっくり考えてみろ。お前の感情は、本当に恋なのか。仮に恋だとして、本当に俺じゃなきゃいけないのか。……こんなことを言うのも何だが、俺はおっさんでお前は女子高生だ。さらに同じ職場の同僚だ。……惚れた腫れたには、壁が多い。だから」  そこから先は、言葉にならなかった。  笹木の唇に、塞がれた。  虚を突くようなキス。一拍遅れて逃れようとするが、彼女の左手が髪の毛を掴み、動きを封じてくる。呼吸が間断なく交換され、その度に酸素が薄れ、頭がぼんやりとしてくる。  このままではまずい。脳味噌の片隅で、そう感じた刹那。  柔らかい感触が、陰茎に被さった。  笹木の右手が、社のペニスを緩く擦り始めた。  たまらない快楽。先ほどの乳首攻めで、湯気が立つほどに昂っていた男根が、これまで以上に白濁した先走りを吐き出す。思わず腰を引こうとするが、馬乗りの状態で床に押さえつけられているため、満足に身動きが取れない。  たまらず嬌声を上げそうになるが、それも叶わなかった。喘ぎ声すら貪るかのように、笹木が舌をねじ込んできた。水音が口内を通じて頭蓋に響く。社の意識が二人の唾液に溺れていく。世界が歪み、下半身の熱にとろけてゆく。  もう、限界はすぐそこまで迫っていた。 「……ぷはっ」  ひゅう、と喉笛が鳴り、笹木が唇を離した。社は酸素を取り込もうと口を開くが、その瞬間に快楽の大波にさらわれそうになり、咄嗟に歯を食いしばる。その様子を見て、彼女は微笑んだ。 「なんや、適当にしごいとるだけなのに、もうイキそうなんか。やしきずはチョロいなぁ」  何も答えられない。ただ、せり上がる睾丸に耐えることしかできない。ゼラチンでも入れたかのように、抓めそうなほど濃い我慢汁が泡を噴く。 「こんなチョロいのに、よくもうちに意見できたもんやなあ」  笹木の笑みが歪む。眉間に僅かに皺が寄り、目元が痙攣し、口角が吊り上がる。  怒りの形相だった。 「うちの想いが恋愛感情やない? 執着だから、だんだんと薄らいでくる? ふざけんなや。ふざけんなや……! うちがいっつも、どんな思いで隣にいると思っとるんや。うちが一番やしきずのこと理解しとるのに、うちが一番やしきずのこと好きやのに、やしきずはうちのこと全然意識しとらん。うち以外のやつとコラボして、楽しそうにヘラヘラして……だから、だから……!」  笹木の手が早くなる。ぎこちない、熱に浮かされたような、勢いだけの擦り切れるような扱き。その痛みさえも、快楽と変じて。 「ぐっ……ん……あっ……! あぁ……!!」 「……好きや。好きやよ、やしきず。ごめんな。好きでごめんな。でも、やしきずも悪いんやよ。うちなんかに、優しくしてくれるから。一緒に楽しそうにゲームしてくれるから。どんなに煽っても、最後には笑ってくれるから。……だから、もう限界なんやよ。許してな。今だけは、イクところ見せてくれるだけで、満足するから。本番は、まだ我慢するから。……出して。出るところ、うちだけに見せて。イって。イケや。ほら、ほら!」  笹木の手が絞り上げるように加速する。陰茎がポンプ運動を強める。尿道を溶岩のようなものが通過していく。満身の力を込めて堪えようとするが、それを白濁の流動が嘲笑うように抉じ開けていく。  気持ちいい。イキそうだ。イキたくない。駄目だ。汚したくない。でもイキたい。達したい。絶頂したい。出す。出す。出す。  快楽。罪悪感。性衝動。その全てが混ざり合い、火花が散り、粘性を強めて一塊になり。  一瞬だけ、脳裏に笹木の無邪気な笑みが浮かんで。  鈴口から、泥のような精液が顔を出した。  噴き上がった白は、一連なりになり宙を舞う。一拍の後、社と笹木に降り注ぐ。気の遠くなるような我慢の果てに練られた精液は、気泡とダマが大量に交じり、砂利のようだった。湯気と共に、咽るような強烈な栗の花の匂いが立ち込める。  笹木が深呼吸をした。それから、己のピンク色の髪にへばりついた白を指で掬い、口に含んだ。 「……匂いも味も、うちだけのもんや」  小さく呟き、薄く微笑み、社に視線を投げかける。そして、僅かに瞳を揺らした。 「何で、泣いとるん?」  社はしゃくり上げていた。目を強くつぶり、歯を食いしばって、耐えるように、悔いるように。 「ごめん……ごめんなぁ……笹木……」  途切れ途切れに、押し殺すように、溢す。  どうして、こんなことになってしまったのか。  自分は、どこで選択を間違えてしまったのか。  胸に流れ込む罪悪感と共に、堂々巡りの思考をする。答えなど、出るはずもないのに。  その姿を数秒ほど眺めてから、笹木はそっと社の頭を抱いた。その黒髪に鼻先を埋めるようにして、愛しげに抱きしめた。 「ああ、幸せやなぁ」  そう零す彼女は、満ち足りた笑みを浮かべていた。  その小さな体が、まるで産着のように暖かくて、社はまた泣いた。

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