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ヴィーヴル。

それは上半身を人間とし、下半身を蛇とするラミアのような種族である。

ラミアと異なる点があるとすれば、翼を有していること。最も特徴的なのは額に埋め込まれた宝石と、宝石の瞳を持っていることである。


しかしこれは一般的に、という話だ。

物事には時にイレギュラーが存在する。


とある洞窟に、そのイレギュラーは存在した。

彼女はヴィーヴルだった。しかし普通のヴィーヴルではない。


彼女は上半身も下半身も竜のような姿をしていたのだ。

濃紫の鱗を身に纏い、額に紅の宝石が埋め込まれ、翠色に輝く瞳を有するヴィーヴル。

それが彼女——ヴィヴリアだった。


ヴィヴリアは住みやすいように整備された洞窟を蛇のような胴体で這い、檻の前に佇む。

その中には、完全に怯えきった女性がいた。

そんな彼女に対して、ヴィヴリアは口を開く。


「実験のお時間がやって参りました。次はあなたの番です」

彼女はそう言うと、檻の鍵を開けた。人間の女性は壁に背中を押し付け、無意味ながらもヴィヴリアと距離を取ろうとする。


「ひっ……! やめて……お願い……食べないで……っ!」

喉から絞り出すように発せられた声は、とてもか弱いものだった。

しかしそんな訴えはヴィヴリアには届かず、彼女は人間の女性に近づく。


「……それはできない相談ですね。あなたには私の実験に協力していただかないといけませんから」


ヴィヴリアの実験。

それは、「普通のヴィーヴルになる」ことだった。

上半身も下半身も竜である彼女は、同じヴィーヴルからも忌み嫌われていた。

醜い化け物だと忌避されていた。

故に彼女は、自分に何が足りないのかを考えた。

考えに考えて、たどり着いた答え。


それは『自分には人間の要素が足りない』とのことだった。

では、人間の要素を自身に取り入れるにはどうすれば良い?


答えは簡単だ。「人間を喰らえば良い」

とても都合が良いことに、ヴィーヴルの宝石を狙う人間は一定数いた。

つまりわざわざ狩りに行かなくとも、被検体から自分の元に来てくれるわけだ。


そして今捕えられている人間の女性も、ヴィーヴルの宝石を狙う狩人だった。


狩人は咽び泣く。

「どうして⁉︎ この前だって……! 私の……アランを食べたじゃない! 生きたまま、私の目の前で丸呑みにして……っ! 実験とか言って人間を食べてまわってるただの化け物よアンタは……!」

「アラン……ああ、あなたの相方でしたね。彼は完全に消化されて、私の身体の一部になりました。ですが、まだ普通のヴィーヴルになるには足りないようです。『人間』という成分が」

ゆっくりと彼女は狩人に迫る。


「あと、化け物に化け物という言葉を投げられても、少々反応に困ります。あなたも「人間」を罵倒の意味で使われたら、どう反応したら良いかわからないでしょう?」


狩人は部屋の隅にへばりつく。

逃げ場なんてない。この空間を支配しているのは、間違いなくヴィヴリアだった。


「確かあなたのお名前は……リリィ、でしたっけ? アランが言ってましたね。『俺を食べるならリリィを逃してやってくれ』と」

「そ、そうよ……なのにアンタはなんで……私を食べようとしてるの!? 『わかった』って頷いてたじゃない……」


「ああ、そのことですか」

ヴィヴリアは笑みを浮かべながら言う。


「私は彼の言い分に理解を示しただけです。その後実行に移すかどうかは、別の話ですよ?」

「そ、そんな……」


ヴィヴリアの尻尾が、ゆっくりと狩人の身体に巻き付いていく。


「い、嫌……っ! はなして……っ!」

「安心してください。今まで実験に協力してくれた方の名前は全て覚えています。もちろん、あなたのことも忘れるつもりはありません」

彼女は自由を奪われた狩人にそっと囁く。


「それに、私に加虐趣味はありません。痛くはしませんよ」

そう言うと、ヴィヴリアは大きな口を開けた。


唾液が糸を引き、青色の口内が狩人の視界に広がる。

狩人は必死に抵抗しようとするが、ヴィヴリアの力はとても強く、振りほどける気配はない。


そして——


ばくん。


彼女の上半身は、ヴィヴリアの口内に包まれた。


「ーーーー! ーーーーーーっ!!!」

言葉にならない悲鳴をあげながら、彼女は虚しい抵抗を試みる。

口内は熱苦しく、舌や唾液で呼吸を遮られ、まともに息をすることができない。

彼女の身体は徐々に徐々に、ヴィヴリアの喉に押し込まれてゆく。

頭が喉に到達する。狭くて暗くて、ただでさえ溢れていた恐怖が爆発する。

ヴィヴリアは蛇のように狩人を呑み込んでゆく。ずるり、ずるりと腰の近くまで呑み込んで、彼女の喉は人の形に膨らんでゆく。

呑み込まれまいと狩人は抵抗するが、柔らかい消化器官には全く効果がない。

ヴィヴリアは首をもたげ、重力で狩人を食道に押し込んでゆく。

狩人は自重で食道の奥へ肉壁を掻き分けていく。暴れれば暴れるほど奥に誘われていく。

そして——


ゴキュリ。


鈍い音と共に、狩人の身体は全てヴィヴリアに呑み込まれた。

ヴィヴリアの喉の膨らみがゆっくりと、胴体を掻き分けお腹のほうに降りてゆく。

狭い肉壁が狩人を揉み込み、暗闇の奥へと引き摺り込む。

未だ抵抗し続けるが、暴れる手足の衝撃をヴィヴリアの消化器官は容易く吸収してしまう。

ついにはヴィヴリアの胴体のある位置に、狩人の身体は収められてしまった。


そこはヴィヴリアの胃袋。幾多の人間をここに誘い、閉じ込め、消化してきた死の肉壁。


抵抗を無意味と悟ったのか、狩人は手足を動かすのをやめて、ただ咽び泣く。


「あつい……くるしい……どうして、どうしてこんな目にあわなきゃならないの……いや……死にたくない……っ」


ヴィヴリアは大きく膨れたお腹を撫でながら、そこから聞こえてくる声に耳を傾ける。

「——ふぅ、やはり生きたままというのは、呑み込む時に体力を使いますね。でも私の目的のためには、あなたがたがなるべく新鮮である必要があるのです。死に体よりも生者を食べた方が、より効果的だと思いましたので」

いとも容易く、残酷なことを腹の中の獲物に伝える。

獲物はか弱い声で助けを求める。


「死にたくない……助けて……ここから、出して……」

「できません。あなたには私の一部になってもらわないと困りますので」


腹の中からの訴えに、ヴィヴリアは律儀に返事をする。

胃袋の中の獲物は食べ物ではあるが、大切な協力者でもある。彼女は心の底から、狩人に感謝をしていた。

故に、獲物からの訴えには耳を傾ける。

故に、獲物の声を受け止める。

その上で彼女は人を喰らうのだ。


ついに、狩人にあの時がやってきた。

狩人は自分の肌に、ピリピリとした痛みを感じていた。それは徐々に強くなり、次第に焼けるような痛みへと変化して……


「……っ、いたい、いたいいたいいたいいたい……っ! や、だ……あづい……! あああああああっ‼︎」

今までで最も大きな声が、胃袋の中に響き渡る。


そう——消化が始まったのだ。

胃袋の壁から強力な胃酸が分泌され、狩人を、彼女の身体にまとわりついていく。

そして少しずつ、彼女の身体を溶かしてゆく。

まるで表面を少しずつ削るように——


あまりの痛みに彼女は暴れ狂う。しかし胃液から逃れることはできない。

ヴィヴリアの腹部は激しく変形していた。助けを求める獲物の、最後の断末魔である。


しかしそんな抵抗も虚しいもの。

ヴィヴリアが思うことはただ一つ。


『——今回の人間は元気ですね』


ただそれだけだ。

地獄の最中にいる狩人をよそに、彼女は優雅に本を読みながら、自身の研究への理解を深める。


しばらくすると、お腹の動きも静かになった。

疲れ果てたのか。抵抗するのをやめたのか。

それとも力尽きたのか。

まぁ、細かいことはどうでも良いのだ。

動かなくなったお腹に視線をちらりとむけると、再び本に目を落とす。


彼女は普通のヴィーヴルになるために、ただひたすらに人間を喰らい続ける。


本当に人間を喰い続ければ、普通のヴィーヴルになれるのか?

そんなの、やってみなければわからない。

故にヴィヴリアは人間をくらい続ける。

人間だけを喰らい続ける。


それが彼女の——目指した「夢」なのだから。

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Comments

Anonymous

good stuff but u need to do more digestion and more detailed then 10/10