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――ひどく悪い夢をみていた気がする……  重い瞼を開いたときには、その内容は霧散して覚えていなかった。ただ、泣きたくなるほど胸が締めつけられる残滓が残されているだけだった。 「……ふーぅ……」  乾いて、はりついていた唇をひき剥がし、その悲しみを振り払うように息を吐き出した俺は、今いる場所に注意を払う。  記憶にない場所だ。照明が落とされて薄暗い部屋には、俺が横になったベッドを囲むように様々な器具が並んでいる。  機器が奏でる音が、俺の心拍と同期しているのに気づき、よくドラマにある病院のシーンで見かけるアレだと理解した。  どうやら、ここは医療施設の個室のようだ。しかも、部屋の広さと調度品の豪華さから察するに、かなりお高いランクのもので、シーンでいえば社長や政治家などのVIP相手に使われている部屋を連想する。  広々としたベッドは俺のぼろアパートにある愛用品とは雲泥の差な寝心地で、やはり良い品というのは自分が偉くなったかのような気分にさせてくれる。  口元に固定されていた空気吸入器のマスクを外すと、微かに甘くいい匂いが鼻腔をくすぐる。  その香りの元を辿れば、そこにはスースーっと可愛い寝息をたてる玲央奈の寝顔があった。  ベッド脇に置いた椅子に座って看病してくれていたのだろう。普段は大人びて見える少女が無防備に見せるあどけない寝顔に、思わず笑みが浮かんでしまう。  右手をあげて頬にはりついていた乱れ髪を取ってやるが、その僅かな動きすらも今の俺にはキツいようだ。 (いったい、どれだけ寝ていたんだろうか……)  身体の衰えを感じながら、視線を左腕へと変える。刺さっている点滴の針や計測機器を眺めながら、手首にはめられたままの鉄輪を確認する。すると、記憶を刺激されて意識の覚醒をうながされていく。 (そうだ、俺は……)  あの夜の出来事が次々と脳裏に浮かび、ジグソーパズルのピースのように組み合わさっていった。 「紫堂と対決して……そして……」   彼と拳銃での撃ち合いになり、その結果として大怪我を負わされた。恐らく、その出血によって気を失ったのだろう。銃弾をうけた太ももや左腕には、まだ痛みが走る。  そして、最後の光景は紫堂とともに燃え盛るクラブハウスへと消えていく涼子さんの姿だった。 「助けられなかった……」  狗面の大男の巨体の括りつけられた彼女が涙を流して、口枷の下でなにかを叫んでいた。  こみ上げる哀しみに右手で顔を覆うと、あふれ出す涙で頬を濡らしながら、嗚咽する俺は肩を震わせていた。  胸で渦巻くのは彼女を助けられなかった哀しみや後悔、そして力のない自分に対する激しい怒りだ。 「いつもそうだ、肝心なところで俺は失敗をする……」  紫堂へと銃口を向けながらも、俺は内心ではビビってしまっていた。人を殺す覚悟がないままに対峙して、どこか兄貴に似た彼に甘えを抱いてしまっていたのが今ならわかる。 「 実際には相手を殺すことは俺にはできなかった……ただ頑張れば相手が譲歩してくれる。それを俺はどこか期待していた……」  勘の鋭い紫堂ならば、俺の本心なんて容易に見透かしていただろう。そうでなければ、すべての銃弾を使い切るまでのリミットなど設けなどしない。 「まだ、試されている段階なのか……」  強運をもつ彼が望むのはスリリングな命の駆け引き、それを実現しうる横に並ぶ者を期待しているようだった。  その条件をすでに俺が満たせているのならば、対峙した際に、彼は確実に俺の命を取ろうと一発で勝負を決めていたはずだ。  彼の射撃の腕ならそれも可能なはずで、そうしない時点で、彼の望むの領域まで俺が達していないのを物語っていた。  そんな彼が、逃げるのに窮して燃え盛る建物へと身を投げてしまったとは考えられない。なにか考えのあっての行動だろう。 (彼は生きている、そして、一緒にいた涼子さんも……)  その夜からの情報をなにも得られていない情況だが、それだけは確信していた。 「……えッ……ご主人さま……」  突然の声に、右手で涙を拭って顔を上げれば、いつの間にか玲央奈が目を覚ましていた。  随分と憔悴した様子で、金糸のような光沢のある髪を乱したまま、目の下には濃い隈までつくっている。そんな彼女が驚きで目を見開き、ワナワナと唇を震わせている。 「えッ、ちょっと、どうした……」  すぐに蒼い瞳を潤ませて、大粒の涙をポロポロとこぼし始めた玲央奈に慌てる俺だが、返答の代わりに玲央奈が胸に飛び込んできた。  それを受け止めると、その頭を優しく撫でてやる。 「どうしたじゃないよ、どんだけ心配したと……思って……」 「ごめん、心配をかけたね」  俺の胸を涙で濡らしながら、落ち着いてきた彼女は少しずつ状況を教えてくれた。  あの秘密倶楽部での一夜、大量の出血で気を失った俺は上空で待機していた軍用ヘリによって医療施設に空輸されていた。  それでも、一時は本当に危なかったらしく、二週間も意識が戻らなかったのだ。  そして、ここは在日米軍基地にある医療施設で、周囲は武装した兵士に二十四時間、守られているので安心だという。  軍用機まで投入していた紫堂だが、流石に正規軍を相手に正面切って攻めてくる愚行もしないだろうといことだ。 (あの場に真っ先に来たのが警察でも自衛軍でもなく米軍だった。それを引き連れていた犯罪組織には無理だと思っていたが、政財界に太いパイプを築けているのなら可能だろう。ナナさんはやはり、その関係者と考えるべきか……)  俺が目を覚ましたら、真っ先に、状況を説明できるように準備してくれていたのだろう。玲央奈の報告は実に整理されており、分かりやすかった。  それを黙って聞きながら、不確定だったピースをはめて情報を整理していった。  紫堂が属する犯罪組織による影響は、この国のよりも米国の方が深刻らしく、諜報機関は長期にわたって組織を調査していたらしい。  ナナさんのそれに関わった一人で、潜入捜査の結果、紫堂の信頼を得るに至ったのだろう。  前身である麻薬組織が地元政府によって根絶させられ、それに入れ替わるようにして現れたのが今の組織だ。いろいろと謎が多く、ボスの正体はおろか組織の規模も把握できていないようだ。 (ナナさんも何年もかかったと言っていたな……)  だが、ナナさんの話では、紫堂は彼女正体に気付いているようだった。その上で、彼女がいつ裏切るのか愉しみにしていたのだから大概だ。  ナナさんの方も、いつ処分されるかもわからない状況でありながら、秘書として彼の脇で笑顔を浮かべていたのだから恐れ入る。どんなメンタルなら、そんな状況に耐えられるのか想像もできない。俺なら一ヶ月と保たずに胃に穴が開いてしまうだろう。  そんなナナさんだが、俺がヘリで運ばれるのを見送ったあとは姿を見せていないようだ。 (俺を心配してくれないのかと思うのは違うな……)  彼女のことだから、単身でなにかを調べているに違いないと考えることにした。  そうして一通り話終えた玲央奈なのだが、そのまま不思議そうに俺を見上げてくる。 「どうした?」 「いえ……こう言ってはなんですけど、凄く落ち着いていますよね?」  目覚めた俺が、真っ先に涼子さんの安否を尋ねると思っていたようだ。だが、予想に反して俺は取り乱すこともなく、ただ淡々と状況収集につとめているものだから、疑問に思うのも当然だろう。  確かに以前の俺ならば、間違いなくそうしていただろう。秘密倶楽部での数々の出来事が、予想以上に俺を変えてしまったようだ。常に頭の一部が醒めた状態で状況を見守っているのが原因だった。 (客観的にみて、冷徹過ぎるのかもな)  あれだけ想っていると言っていた涼子さんの安否を確認もしない俺は、傍からみれば冷たく見えて当然だろう。それを口にすると玲央奈は慌てた様子で弁解してきた。 「あ、いえ、そういう訳ではなく……というか、その目で見つめられると、こちらが落ち着かないというか……」  そう言った玲央奈はモジモジして、先ほどから様子が変だった。俺を見上げていた瞳をさらに潤ませて、ハァハァと息も妙に荒い。  そんな彼女の蒼い瞳に映る俺は、ひどく冷たい――まるでモノでも見るような目をしていた。  その視線を浴びてゾクゾクと背筋を震わせた玲央奈は、悩ましく熱い息を吐き出し、火照った白い肌をピンク色に染めあげていった。  乾いた唇を湿らすように舌で舐めあげた彼女が、ベットの上に乗り上げて俺の身体を跨いでくる。  そのまま、俺の頬へと手を添えた彼女は、グッと顔を近づけて唇を重ねようとしてくるのだった。  突然で積極的なアプローチに驚かされたが、それを拒むほど野暮でもない。  だが、今、まさに唇が触れ合う瞬間に、個室の扉が荒々しく開け放たれて邪魔をされてしまう。 「失礼、お邪魔するよ」  気まずそうに咳払いしてきたのは白髪の老医師だ。二人の女看護師を引き連れて入室してきた彼は、慌ててベッドから降りた玲央奈と入れ替わるようにして俺に触診していく。  若い娘のしなやかな指先に代わり、乾いた皮膚の節だった指が俺の顔をまさぐる。瞳を覗き込み、舌をつまみ上げて健康状態をチェックしていった。  その横では連れてきた看護師たちが、設置されていた機器をなにやら操作して確認していた。 「これなら、もう外しても問題ないだろうね」    老医師からのお墨付きをもらって、左腕に繋がれていた点滴やら計測器具の類が外されていった。 「食事は胃が弱ってるから軽いものから徐々に慣らしていこうか、当面は激しい運動は控えるようにね」  柔な口調で告げると玲央奈に目配せしながらウィンクしてみせる。おどけた態度の医師なのだが看護師たちからは尊敬の気配を感じる。恐らく偉い立場なのだろうけど、それを感じさせない気さくな人物だった。  曖昧な笑みを返した俺だったけど、遠回しに釘を刺された玲央奈の方は、積極的に迫ってきた先ほどとは打って変わって、顔から火がでんばかりに赤面して下を俯いていた。 「それじゃ、邪魔者はこれで失礼するよ。すまないね、急かす野暮な大人が多くってね」  機器を引き上げていった看護師たちに続いて、苦笑いを浮かべた医師も退室していくと、それと入れ替わるようにして二人の人物が入ってきた。  青い迷彩服姿の大男を背後に従えたスーツ姿の黒人だ。丸々と太り、スーツが弾けんばかりで、二重顎の首元は胴体に埋もれてしまっている。  迷彩服の軍人は、逆に鍛え抜かれた鋼のような肉体の持ち主の白人男性で、袖をめくり上げた両腕に刻まれた傷の数々に、歴戦の猛者をうかがわせている将官だ。  立派な口ひげを生やし、俺よりも随分と年上のような彼は、蒼い目でジッと俺をみたかと思うと、その視線を玲央奈へと向けていた。なにやら先ほど以上に気まずい雰囲気が室内に漂っている。  だが、その空気を読んでいないかのように、スーツの黒人男性はマイペースに口を開いてきた。 「いやぁ、ようやく目覚めたね」  キャッチャグローのような肉厚で大きな手を差し出して握手を求めてきた男は、ボブ=ホワイトと名乗り!、にこやかな笑みを浮かべてくる。  先ほどの朗らかな老医師の笑みとは違い、どうにも暑苦しく、胡散臭い笑い顔に感じた。  それでも、つい愛想笑いを返してしまうのは、日頃の営業でつけられた癖のようなものだ。 (この体格では軍人ではないな。でも、後ろの将校よりは上の立場の人間か……)  信用ならないタイプを前にして、笑顔を浮かべながらも用心を深めた。そんな俺の内心など理解しているのだろう。彼は言葉を重ねてくる。 「あぁ、警戒するのはわかる。こう見えても、情報畑の人間だからね。まぁ、ナナと呼ばれていた女の上司といった方が、そちらには受け入れやすいかな?」  玲央奈が入手しておいてくれた情報通り、やはりナナさんは諜報機関に所属するエージェントだった。  ただ、正規の職員ではなく、雇われた非合法な人間らしい。高額な報酬を得られる代わりに、いざとなったら切り捨てられる、そんな立場なのだ。  そんな後ろ盾もない不安定な立場で、紫堂のそばに何年もいた彼女のメンタルに改めて恐れ入ってしまう。 「それで彼女……ナナさんは、どうしてますか?」  彼女の機転で何度も窮地から救ってもらっている身だ。ヘリでの搬送がなければ、こうして生きてもいなかっただろう。  改めて、お礼を言いたいのと、彼女が口にしていた報酬についても相談したいと思っていたところだ。  だが、彼女の上司だというわりに明瞭な答えは返ってはこなかった。 「あぁ、それなんだが、ボクの方でも実は連絡が取れなくってね。キミなら、なにか連絡手段を知っているのではと、こうして待ってた次第なんだよ」  ナナさんは混乱に乗じて倶楽部施設の最深部から機密情報を抜き出すことに成功したらしい。その知らせを受けて、ボブ=ホワイトはかねてから待機させていた海兵隊の部隊を回収に向かわせたのが、今回の裏の事情だったようだ。  本来ならナナさんの身柄と機密情報の回収を最優先として、速やかに立ち去る予定だったのだが、紫堂の身柄を抑えるチャンスとの彼女の上申で、あのような介入となったらしい。  当然のごとく、この国の政府からの承認など受けてはいない行動だ。そうでなければ、政財界にも耳のある連中が事前に気付いていないはずもない。 (そうなると、俺の身柄がここあるのも、警察も知らないってことか……)  発振器の反応を受けて突入する予定だった駿河さんも結局は現れなかった。恐らくは麓での機銃掃射による妨害で動けなかったのだろう。  少し話してわかったことだが、どうやらナナさんは俺を紫堂に繋がるキーパーソンとして上司に報告していたようだ。これで隠密行動を切り替えて騎兵隊のように現れた部隊に動きと、ヘリによる緊急搬送と手厚い看護を受けた理由に納得がいく。 (同時に、紫堂に対する大事な手札として、この身が秘匿されてるわけだ)  病室の入口には屈強な兵士が両脇を固めているのが見える。これでは、自宅に帰るどころか、この施設から出るのも容易ではないだろう。  そんな俺の心中を知ってか知らずなのか、ボブ=ホワイトは相変わらず笑みを浮かべているだけで、それ以上は事件に関する重要な情報を漏らしたりはしなかった。 「残念ですが……」 「あぁ、気にしなくて結構、こちらから連絡が取れないのは、いつものことさ」  潜入任務の特性上、足のつきやすい提示連絡が難しいらしい。いつもは様々なアンテナを張り巡らせて、彼女からの突然の連絡に備えるのが常なのだとか。  笑いながら語る彼から、ナナさんの実力を高く買っているのがうかがえる。 「とはいえ、潜入中の彼女に対する客観的な情報も上司としては、ぜひ抑えておきたいからね。体調が回復したらランチでも一緒にどうだい?」  基地自慢の和牛ビーフを使ったバーガーが絶品でねっと、突き出た腹を揺すりながらボブ=ホワイトは笑う。体格通りに大食漢らしく、医師から食事制限を受けているのだと不満そうに語ると彼は病室を出ていった。 「えーと……」  てっきり一緒に退室するかと思われた海兵隊将校は、不動の姿勢で立ったまま残っていた。  まるで仁王像のように厳つい顔でこちらを見つめてくる彼は、静かなる威圧をかけてくる。だが、支配人たちが向けてきたものに比べれば、そよ風みたいなものだった。  相手からの視線を正面から受け止めてみせ、静かなる攻防が病室内で繰り広げられた。  それを止めたのは玲央奈の一声だった。 「もぅ、ごしゅ……んんッ、あ、相手はさっきまで意識のなかった怪我人なんだからねぇ。泣く子も黙る海兵隊の指揮官が大人気ないよ、パパッ」  その言葉に、まるでライオンのように無言で威圧かけていた大男の表情がグニャリと歪むと、玲央奈へと顔を向けられる。 「だ、だがなぁ、コイツは玲央奈の……」 「また、その話ぃ? その前に、分かってるよねぇ、アタシにとっては命の恩人なんだよぉ?」  椅子から立ち上がり詰め寄ってきた玲央奈を前にして、屈強な軍人がタジタジになっている。どうやら父娘だというのは本当らしい。怒られながらも、どこかうれしそうにしている彼は愛娘を大自二しているのがわかる。幸せな父娘のやり取りに、つい口元が綻んでしまう俺だった。  それを目敏く見つけた彼は、再びギロリと睨みつけてきては、玲央奈にポカポカと殴られるのだった。 「あーッ、順序が逆になったが……オホンッ、娘の玲央奈を守ってくれたことに感謝する」  椅子に座り、深々と頭を下げてきた玲央奈の父親、ロイ=スペンサー中佐は感謝を示しつつも複雑な表情をしていた。  俺が意識不明の間に玲央奈は調書を取られて、彼女の身に起きた出来事を詳細に知られていたようだ。  ライブを終えた玲央奈は、その場で拐われて音楽機材のコンテナに紛れて身柄を運び出されてしまった。  そして、その後は倶楽部の施設に身柄を移されて、首謀者であるカネキこと兼城 憲蔵(かねき けんぞう)によって、その身を穢されそうになった次第だ。  俺が遭遇した場面は、その直後という訳で、俺によって保護されていたことになっているようだ。  父親の反応は、その弱みにつけ込んで処女を奪ったと思ってのことだろうか。感謝しつつも心穏ではないっといった様子だ。  ここで俺が玲央奈を恋人にして大事にするとでも言えれば少しは心象も良いのだろうが、涼子さんへの想いも含めて知られているのだろうから軽はずみなことは口にできない。  玲央奈の方は、父親に対して真実を隠す気もないようだ。俺のそばに張り付いて離れようとはしない。  俺のことをご主人さま呼びするのも変わらずで、どうやら彼女が見せていた好意は脱出するための演技ではなく、本物だったようだ。 (まいったな……)  俺の涼子さんへの想いを理解した上で、意識のない間、ずっと献身的に看病してくれていたらしい。そんな玲央奈に対して、どう応えるべきなのか、俺は答えを出せずにいた。  そんな中途半端な状態なのだから、玲央奈の父親が歯痒く思っているのも理解できてしまう。 「怪我人でなければ、一発殴っているところだが……」  鍛え抜かれた彼の太腕で殴られでもしたら、俺の退院はさらに伸びていたことだろう。彼の理性の強さには感謝するしかない。  そんな彼の部下たちが、今後は俺と玲央奈の警護をつとめるらしく、数々の戦地をまわり実践経験も豊富らしい屈強な兵士らに囲まれる生活がはじまった。  そんな精鋭な兵士である彼らも、上官の目が届かないところではアイドルである玲央奈にサインを求めたり、ツーショットでの写真に狂喜しているのだから可愛いものだ。  ちょっと前の俺をみているようで、なにやら優越感を得てしまう。 (さて、安全なのは良いが、どうしたものか。軟禁状態では、外部の情報はろくに手に入らないし……)  ニュースなど一般の情報には触れられたが、外部との連絡は禁止されていた。  諜報機関に所属するボブ=ホワイトならば、なにか新しい情報を掴んでいるかもしれないが、目覚めた初日に顔を合わせた以降は姿を見せてはいない。  体調もさらに回復した俺は、すでに食事も普通に取れるようになっていた。リハビリも兼ねてジム施設に通って体力の回復につとめた。玲央奈と一緒にトレーニングを続けた結果、以前よりも脂肪を落として筋肉がついたぐらいだ。  そのついでに、銃の手ほどきを受けてみることにした。国内にいながらに本格的な射撃訓練を受けれるチャンスは他ではないだろう。  それに、なにかに没頭することで、もしもの不安を忘れることができたからだ。 (いや、不安になるな。必ず涼子さんは無事だ。きっと紫堂の方から何らかの手段で接触してくるはずだ)  焦りそうになる心を押し殺すように、訓練に集中していったお陰で玲央奈や指導役である軍曹も驚くほどの上達をみせていた。 (次は、外さないぞ)  人型の標的に向けてトリガーを引き、頭と胸の部分に銃弾を集中させる。そうして、着実に牙を研いでいくのだった。 ーーすでに事件のあった日から一ヶ月が経過していた……  秘密倶楽部の施設があったゴルフ場の炎上やティルトローター機による機銃掃射は、見事なほどに隠蔽されて事故として強引に処理されていた。 (規模は違うけど、兄貴の死亡事件同じ気配がするな……)  上層部からの介入によって捜査は打ち切られ、ニュースでは捻じ曲げられた情報がまことしやかに報道されていった。  そして、次々と起こる事件や事故によって世間の関心も他へと移っていくのだ。  それに異論がある者は弾かれ、しばらくして姿をくらましていくことになるはずだ。  倶楽部の施設で出会った、仮面を被り、欲望のままに過ごしていた会員たち。その中でもVIP待遇を受けていた者たちの多くは政財界の重鎮であり、犯罪組織には無理だと思っていたことも、彼らの力を使えば可能となる。 (駿河さん兄貴が懸念していた通りだな……)  いまや警察も信用しきれない状況だ。それでも、涼子さんを取り戻すための選択肢を少しでも増やすために俺は足掻くしかない。  それから暫くして、俺が期待していた通りに、紫堂からの使者が接触してきたのだった。  

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Comments

くすお

主人公の成長、船戸与一先生の初期作品のテイストですね。 さすがに紫堂とタイマンはれるまでになったらストーリーが破城するかな

久遠 真人

怪我と不摂生でマイナスだった肉体が、少しプラスになったぐらいでしょうね。とはいえ、彼とゲームをするにも、手札は多い方がよいでしょうけどね(^^;)

わか

本来の涼子の凌辱シーンが待ち遠しいです。 この後の調教により替えられた涼子との再会とか本物のマゾ奴隷に堕ちた涼子とか見てみたいです。 今後の展開が楽しみですね。

久遠 真人

楽しみにしていただき、ありがとうございます。 次回ぐらいに涼子さんの現状が少し覗き見れるかと思います。

大笑的猴子

今月ももう一話投稿しますか?

久遠 真人

はい、月末ギリギリになってしまうとは思いますが、もう一話を投稿するつもりでいます。