『隷属の交換契約』 第14話 (Pixiv Fanbox)
Published:
2023-10-27 18:41:54
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2024-05
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再び映った映像には夜の街を歩くミカ姉の姿があった。
カツカツと高いヒールを打ち鳴らして歩く彼女は、あの真紅のコートを羽織っている。黒髪を下ろしてサングラスをかけ、濃い化粧をしていると随分と大人びて見えるのは相変わらずだった。
冬だというのにコートの胸元は大きく開き、胸の谷間がしっかり見える。モンローウォークで腰を振りながら歩けば、ナンパしてそのままホテルへと連れ込もうと考えている連中があとを絶たずに声をかけてくる。
そんな連中を、彼女の周囲にいた不良少年の三人組が睨みを利かせるとスゴスゴと去っていくのが大半だ。
それでも、中には諦めずに絡んでくる連中もいる。大抵は腕っぷしに自信がありそうな連中だ。悪ぶってみせての所詮は悪ガキにしか見えない南波らを恐れもしない。
拳を突き出して女を寄こせと凄んでくる奴らを前にすると、南波は面倒くさそうに溜息をついて首に下げていたものをシャツの下から取り出してみせる。
(なんなんだ、あれは?)
それは髑髏を模した銀の指輪だ。両目には朱い天然石が埋め込まれ、頭には茨の冠を被っている不気味なデザインのもので、それにチェーンを通して首に下げていたのだ。
その意味は僕にはわからないが、効果は確かにあるようだ。顔色を変えた相手は、逃げるようにして去っていくのだ。
(まるで、水戸黄門の印籠だな)
古い時代劇にでてくるアイテムで、副将軍である身分を隠して旅する老人が、将軍家の家紋が刻まれた印籠を差し出すと、悪党や平民がひれ伏すというものだ。
南波が取り出した髑髏の指輪も同じ類のものだろうと推測できた。
そんな彼らの足取りは繁華街の奥地へと向かっていた。あのハプニングバーのある区画に入ると治安の悪さを物語るように明らかに周囲の様子が変わっていく。風俗関係の店舗が増え、娼婦らしい派手な服装の女性たちが街角に立っては、道行く男たちに声をかけている。
その男たちも暴力の気配をまとう者ばかりで、所々では諍いが勃発しているが警察が駆けつけてくる気配もない。
(まるで、別の国にでも迷い込んでしまったみたいだ……)
そう思わされるほど、暴力と淫靡な空気に満たされた場所だった。
そんな狂暴そうな連中が徘徊している場所であっても、南原の太々しい態度は相変わらずだ。バカ騒ぎして道を塞いでいた連中に声をかけると、不良少年らの顔を見て黙って道を開けていくのだった。
僕にとっては最悪な三人組だが、周囲にいる連中の方があきらかに腕っぷしは強そうだ。仮に南波らが強いとしたら、前回にミカ姉に絡んできた大学生らを相手にしても逃げはしなかっただろう。
(ここの連中が恐れているのは南波たちではなく、そのバックにいる存在なのか……)
他人の力を振りかざして我が物顔で夜の街を闊歩している南波ら。そんな彼らにミカ姉は情婦のように扱われて夜の街を歩かされていた。
どうやら、今回の行き先は以前のハプニングバーではないようだ。メインストリートをそのまま進み、派手なネオンが輝く建物の前へと来ていた。
豪華な装飾の入口には「パンデモニウム」と描かれている。どうやら大型のクラブのようで、大勢の客が長蛇の列で並んでいる人気店のようだ。
並んでいる客たちを横目に、南波らはズカズカと入口へと向かっていくと黒スーツの男が近寄ってくる。
「すみません。当クラブは会員制でして、身分を証明できるものはございますか?」
ジャラジャラとチェーンを下げたヤンキー姿の南波らだが、周囲に並ぶ連中からみればガキで随分と浮いて見える存在だ。
それでも丁寧な言葉遣いで対応する黒スーツの男は立派だろう。だが、その言葉とは裏腹に全身からは暴力の気配が漂っている。
こんな物騒な区画のど真ん中にある店だ。案内役と用心棒を兼ねているのだろう。
「あぁ、これでいいか?」
南波は、再び首元から金のチェーンに通された銀製の髑髏の指輪をみせる。朱い宝石を埋め込まれた骸骨の瞳が、キラリと不気味に光ってみせる。
この黒服の男も、その指輪の意味を理解しているのだろう。自分より遥かに年下の少年らに恭しく頭を下げてみせる。
「失礼いたしました。さぁ、お連れ様がお待ちです」
男の案内で扉の前までくると漏れてきた音楽が耳に入ってくる。
そして、入り口の左右に待機していた同じく黒スーツたちによって扉が開けられると、大音響の音が壁となって全身を叩いてきた。
クラブという場所は未経験だが、一歩入れば地響きのような振動まで足元から伝わってきそうだ。
カラフルなライトが縦横無尽に走りまくり、大音量の音楽に合わせて大勢の人が所狭しと踊っている光景は圧巻だ。
(これがクラブなのか……)
夜も更けているというのにホールは大勢の人でごった返しており、まるで満員電車のようなすし詰め状態だ。画面越しでも咽かえるような熱気が伝わってくるようだ。
客の多くは若い男女のようだ。特に女性に目のやり場に困る肌も露わな服装が多いのが特徴だろう。
アルコールとドラッグに酔いながら欲望のままに踊り、物陰では抱き合ってはキスを交わしているのが見える。
そんな光景を横目に、黒スーツの男に案内されたのは高台にあるVIPルームだ。
周囲からの好奇の視線を浴びながら階段をのぼると、ホール全体を見渡すことのできるガラス張りの部屋へと到着する。
ガラスには濃いスモークがかけられて中はよく見えないが、一行が近づくと入口から厳つい顔の男が応対にでてきた。
「なんか用か?」
あきらかに裏稼業だとわかる凶悪そうな顔つきの男は、ダミ声を響かせてギロリと睨んでくる。
その上着の隙間からホルスターで吊られた拳銃が垣間見えてしまう。
黒スーツがふるう暴力は精々拳ぐらいだろうが、目の前の男は躊躇なく発砲してみせるだろう。そう感じさせるだけの凄みが、目の前の男からは感じられる。
案内してきた黒スーツに耳打ちされて、その険しい顔から次第に緊張が消えてくる。
「わかった。ここからは俺が……ささッ、こちらでどうぞ」
強面の男が、ぎこちない笑顔を浮かべて室内へと案内する。室内は防音性が高いようで、背後で扉が閉じられると大音響で鳴り響いた音楽がピタリと止んで静寂が訪れる。
短い通路を抜けると護衛役の二名が守る内扉がある。そこを抜けると、今度は落ち着いたジャズの音色が出迎えた。
だが、それに混じるのは女の切なげな息づかいと、啜り泣きだ。
三十畳ほどの空間には左手の壁にカウンターバー、正面には半円を描くソファーがひとつ置かれている。
その前に肉厚のマットがひかれ、全裸の女がふたり絡み合っていたのだ。
正確には手足に枷をはめられて大の字に拘束された女の上に、もう一人の褐色肌の女が覆いかぶさっていた。
責められているのは、二十代後半ぐらいの大人の女性だ。細身でありながらかなりの巨乳で、褐色の指に揉まれて乳首へと舌を這わせられては、顎を跳ね上げて背を反らせている。
そうやって責められ続けているのだろう。全身は激しく上気して湯上がりのように赤く染まり、滝のようにかいた汗でずぶ濡れになっている。
「あッ、あぁぁぁッ」
乳首を甘噛みされて、ショートヘアの黒髪を振り乱した女は舌を突き出して咽び泣く。その顔の大半はアイマスクによって覆われ、ルージュが引かれた唇をリングギャグが押し開いていた。
素顔は見えないがシャープな顎のラインと高い鼻筋から美女の気配をさせる女だ。
「あぁン、あぁぁン……」
「さっきまでの威勢はどうしたのよ。もう自分で腰を振ってアンアンと可愛い声を出しちゃってさぁ」
そんな女を犯しながら耳元で囁いてみせるのは、ハプニングバーでミカ姉にレズ行為を迫ってきた女だ。
腰に装着したペニスバンドで女を犯しながら、金色に染めた髪をかき上げてはニタリとサディスティックに笑ってみせる。
その身体に刻まれたタトゥーは身体だけでなく、手足にまで及んで前回よりも増えているようだ。
(確か、連れの男は監督とか呼ばれていたっけ……)
マットの上で行われているSMレズプレイを見下ろしてソファに座る三人の男たち。その中に、その男もいた。
両手に美女を抱える三十代のスキンヘッドの男、頭に彫られた不気味なクモのタトゥーは一度見たら忘れられないだろう。
「ようやく来たな。まってたぞッ」
酒で満たされたグラスを掲げて出迎えると、横で会話中だった男たちに声をかける。
中央に座る男はまだ二十代だろう。鋭い眼光は狼を彷彿とさせる野性味を感じさせる人物だ。
精悍な顔に凶暴さを滲ませ、タンクトップから露出した引き締まった肉体から暴力の気配を放っており、鍛え抜かれた両腕に彫られた黒いタトゥーを、何人もの人間の返り血で染めてきた姿を容易に想像できてしまう。
だが、そんな暴力に満ちた男の顔が来訪者を目にして一気に破顔する。
「よぉ、待ってたぜ、可愛い弟よ」
鋭い犬歯を見せてニッと男が笑いかけたのは、目の前で繰り広げられているレズプレイを興味深そうに見ていた南波であった。
(弟……南波の兄なのか? 確かに、どことなく二人の雰囲気が似ているようには感じるけど……あと十年ほどもすれば、南波もこうなるのか?)
散々、ミカ姉を好き勝手している南波の兄らしく、この男もまともな仕事をしていないのは周囲の状況からも一目瞭然だ。それを決定つけるのは同席している最後のひとりの存在だろう。
先ほどまで親しそうに南波の兄と会話していたのは、濃紺色のダブルスーツを着る中年の男だ。
白髪交じりの立派な顎髭を生やし、強面の顔には十字に刀傷が走る。その傷によって右目は完全に閉じられていた。
首が異様に太く、スーツの上からでも筋肉の盛り上がりがわかるほどの屈強さを誇る巨漢だ。
横にいる南波の兄が狼ならば、この男は獰猛な獅子だろう。いるだけで室内の空気が重く感じられる、そんな威圧感のある人物だった。
「ほぅ、その娘が例のヤツか……」
カラリと手にしたグラスの氷を鳴らして隻眼の男がミカ姉を見つめる。そこには道中に声を掛けてきた男たちが見せてきた好色さはない。
ただ淡々と製品の品定めをしている眼差しに感じられて、とても人を見ているとは思えない冷たい光を宿している。
より彼女を眺めようと身を乗り出してみせれば、ビクッと肩を震わせたミカ姉が咄嗟にバックステップをして身構えていた。
男が放つ危険な気配に身体が反応してしまったのだろう。無意識に空手の構えをしてしまっていたのだ。
敵対行為とも取れる彼女の行動に南波らは叱責するが、隻眼の男は逆に嬉しそうにそれを制する。
「この娘……なかなか強いな」
その肉体から想像できるように隻眼の男も武力に自信があるようだ。
先ほどとは違う視線を彼女へと向け始めていた。
「空手で全国レベルの使い手だそうですよ。しかも道場は……」
「ほぅ、そりゃ強いわけだな」
南波の兄から聞かされたミカ姉についての情報に、隻眼の男はますます笑みを深めていった。
そんな二人のやり取りに眉をひそめていた、ミカ姉が口をひらく。
「こんな所に連れてきて、どういうつもり?」
訳も分からぬまま南波らに連れてこられたミカ姉だが、レズプレイを目を向けて嫌悪の表情を浮かべている。
拘束されている女はあきらかに嫌がっており、とても演技には見えない。ハプニングバーでレズ行為を強要された自身と重ねているのだろう。
それに新たに登場した二人の男たちと対峙したことで防衛本能が働き、度重なる奴隷調教で色惚けさせられつつあった理性を取り戻させてた。
「なにを企んでるのか知らないけど、その女性を連れて帰らせてもらうわ」
正しいと思ったことに躊躇しないのは彼女の美点だ。それも、自分が持つ空手に絶対の自信を持っているからだった。
とはえい、連日のように南波らの相手をさせられて、彼女はまともな鍛錬が積めず、道場にも通えていない状況だ。
それでも、この中で一番偉そうだと判断した隻眼の男へと物怖じせずに宣言してみせた彼女を僕は尊敬する。
「バ、バカッ、なんてことを……」
彼女の行動に一番に反応したのは南波だった。顔面を蒼白にして慌てふためく様子から、やはり隻眼の男はかなり上位の存在なのだろう。ミカ姉に頭を下げて謝罪させようとする。
「すいやせん、喜多嶋(きたじま)さん。躾がまだなっていなくって……」
恐る恐るといった南波らの様子から、ここにいる上下関係がなんとなくうかがえる。
そして、南波らのような連中が強面ばかりの夜の街で我がもの顔で闊歩できていた理由もこれでわかった。
南波の兄、そして横にいる隻眼の男がバックにいることが関係しているのだろう。
この治安の悪い区画で多大な影響を与える存在であろう二人の登場に、どうしても僕は嫌な予感がしてならない。
その元凶のひとりである南波の兄が立ち上がるとミカ姉の前へと出てくる。
(デカい……)
身長は百八十センチはあるだろう。高身長のために細身に見えたが、その肉体はよく鍛えられているのがわかる。
胸板は厚く、筋肉が盛り上がり、手には拳ダコが出来ているの確認できる。腕のタトゥーで分かりにくいが、数々の傷が肉体には刻まれており、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきたのをうかがわせている。
その大きな手が彼女の顎を掴み、見下ろしてくるのだが、即座に振り払って正面から睨み返してみせる。
久々にみせるミカ姉らしい姿に、嬉しさが込み上げてしまう。
「お前にしては時間がかかっているとは思ったが……なるほど、こりゃ、手こずる訳だ」
「そ、そうなんだよ、兄貴。だ、だからさぁ……」
兄の言葉に激しく同意する南波だが、続く言葉をひと睨みで止められてしまう。
「期日は今日までだって、手引きしてやった最初の時に言っておいたよなぁ……」
「いや……あの……」
「言ったよなッ?」
「…………はい」
常にふてぶてしい南波が兄を前にして、まるで尻尾を丸めて怯える犬のようだ。仲間の二人も並んで恐縮している。
(あの南波が……しかし、約束とは、いったい何のことだ?)
苛立ちを隠せない南波兄に怯える三人に助け舟を出したのは、監督と呼ばれるスキンヘッドの男だった。
「まぁまぁ、そんなカリカリすんなよ。その娘のお道具が絶品なのは、試した僕が保証するからさぁ」
「ほぅ、お前がそこまで薦めるのも珍しいなぁ」
ハプニングバーでミカ姉を抱いたときの評価を嬉々として語る男の言葉に、隻眼の男が興味を持ったようだ。
彼女を見つめて舌舐めずりする姿は、まさしく獲物を前にした肉食動物だ。
「おい、ケン坊。そこまで聞かされたら辛抱ならん、ちょっと味見させろ」
返事も聞かず、ネクタイを緩めはじめた喜多嶋に南波兄は苦笑いをしている。
「喜多嶋さんのちょっとは、当てにならないからなぁ」
「なら、お前も久々に付き合え」
「しょうがねぇなぁ。おい、お前らは帰っていいぞ。あぁなると、あの人は三日は喰らいついて離さねぇからな」
南波兄が弟に帰るような促している間にも、上半身を裸になった喜多嶋が立ち上がる。その肉体は無数の刀傷や銃痕があり、身長では南波兄と同じぐらいだが横にも広いので威圧感がさらに増す。まるで巨石が目の前にそびえているかのようだ。
その股間ではズボン越しにわかるほど激しく勃起しているのが見える。ここにきて流石のミカ姉も自分がこれから犯されようとしているのを嫌でも理解させらえる。
「ふざけないでッ」
怒気をまとい睨みつける彼女だが、状況は絶望的だ。
場所は警察も寄り付ない区画にある高級クラブだ。仮にVIPルームから逃げ出せたとしても、助けがくる望みは限りなく低い。
それでも今更、ひくような彼女でもなかった。
(逃げるのが無理なら、一人でも多くの悪党どもを蹴り倒してみせるわ)
そんな気迫を彼女から感じとったのか、喜多嶋は嬉々としている。
「いいねぇ。そのジャジャ馬ぶりが気に入った……それなら、この俺を倒せた時にはこのまま帰してやる」
戦うことも好きだが、本気で抵抗する女を捻じ伏せて犯すのが好きでしょうがないのだろう。無防備に距離を詰めながら喜多嶋はニタリと不気味に笑う。
その言葉に事態に困惑していた彼女の顔つきが変わった。
「それは、本当ね?」
「あぁ、信じていいぜ。南波ぁ、聞いたよなぁ」
喜多嶋からの声掛けに、南波兄は肩を竦めてみせる。
「その代わりダメだったら、反抗の対価は身体で払ってもらうからな」
「…………わかったわ。吠え面をかかせてあげる」
下種な笑みを浮かべて舌なめずりする男を前にして、ミカ姉の声のトーンが下がっていた。彼女が本気で怒っている証拠だった。
(あれは……)
彼女が構えを変えた。拳を握った左手を下げ、逆に右手を顔の横へと持ってくる。そうして、軽く腰を落としてステップを踏みはじめた。
一見、防御寄りにみえる構えは、躊躇していると即座に左手の連打で牽制される。それに焦れて踏み出そうものなら、今度は瞬速の蹴りがカウンターで襲ってくるのだ。
彼女が強敵を前にしたときにのみ使う構えで、男の有段者もこれに何人も打ち倒されていた。
「その構え、誘ってるな……」
場数を踏んでるだけあって即座にミカ姉の狙いを読み取った喜多嶋だが、それでも変わらずに無防備の踏み込んでいく。
「無謀ね……」
「ははッ、俺ぁ、コソコソしたのが嫌いなだけよッ」
巨漢を活かして突き出される拳をものともせずに、喜多嶋は両手で掴みかかってくる。
その手が深紅のコートを掴んでいたが、中身である彼女は抜け出ていた。煽情的な下着姿のまま両腕の下をくぐり抜けると、後頭部へと上段蹴りを炸裂させる。
(よしッ、入ったッ)
完全な死角からの強烈な一撃だ。凄まじい打撃音が響き、周囲は驚愕の表情を浮かべていた。
だが、その中でひとり、南波の兄だけはニヤニヤと笑みを浮かべているのだが、その理由はすぐにわかる。
そのまま膝から崩れ落ちると思われた喜多嶋が、蹴りを放ったミカ姉の脚をガッシリと掴んできたのだ。
「なッ、まさか!?」
「ふぅ、一瞬、意識が飛びかけたぞ」
コキコキッと首を鳴らして大したダメージのなさそうな喜多嶋に、ミカ姉は驚愕の表情を浮かべている。
そして、我にかえると即座に手を払いのけようと動く。
だが、それよりも喜多嶋の方が早かった。片足を上げた状態で、残っていた軸足となる左脚を払われてしまったのだ。
「――うぐぅッ」
二人して倒れ込んで、下になってきたミカ姉は背中から床へと叩きつけられてしまう。
即座に受け身を取ってみせるが、その上から喜多嶋の身体がのしかかってくる。
「――がはぁッ……う、うぅぅ……」
胸を強打されて息もできずに動けぬところを、喜多嶋が即座に馬乗りになって抑え込んでしまう。
その動きには迷いがなく、如何に彼が戦い慣れているかを物語っていた。
「し、しまった」
「女にしては良い蹴りだったが……これで勝負はついたな」
「ま、まだ……」
喜多嶋の勝利宣言を認めず、マウントポジションから抜け出そうとするミカ姉だが、その動きを凄まじい打撃音が止めてしまう。
顔のすぐ目の前に鉄拳が振り下ろされていた。その威力は、まるでハンマーで打ち付けたように拳が食い込む床を大きく陥没させていた。
「見苦しいな……なら、納得できるよう次は容赦なく当てるぞ」
パラパラと拳についた床材の破片を落としながら、再び拳が振り上げられる。
その拳が繰り出す威力を見させられただけに、まるで銃口を向けられたかのような恐怖を感じさせられる。
「もう一度、聞いてやる……勝負はついたな?」
冷たく見下ろす喜多嶋から告げられた問いに、ミカ姉は表情を強張らせて頷くしかなかった。