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先月に小説2回目の更新ができなかったので、お詫びとして小話を書いてみました。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 『淫獣捜査 ―美里 夏貴の前日譚―』  東亜通信社は二十世紀初頭に創設された大手出版社だ。  同社は政権や大企業相手にも物怖じしない独自な社風を創業以来頑なに守り続けている一風変わった会社である。  独自に世の中を見守り、様々な情報を発信しており、創業百年を超えた今では紙媒体だけでなく電子化にもいち早く対応してニュース映像配信など媒介も広げて海外へも展開していた。  週刊誌による発信力の低下が嘆かれるご時世の中 、当社が出版する週刊エクスチェンジは数々の単独スクープを取り上げて、他社を寄せ付けない圧倒的な人気をいまも誇っている。  その編集部が入る本社フロアには今日も多くのスタッフが行き交い活気に満ちていた。  そんな中を美里 夏貴(みさと なつき)は歩いていた。  二十代半ばのどこか野性味を感じさせる女性だ。  取材先からそのまま戻ってきたのだろう、バイク用のヘルメットを片手に男物の革ジャンパーを羽織った彼女はどこか薄汚れていた。  ポニーテールにまとめた長い髪を揺らして大股に歩いている彼女は徹夜明けなのだろうか目の下にクマをつくり、あきらかに機嫌も悪い。  肩を怒らして迫ってくる姿に同僚らが次々と慌てて道を譲っていく。  まるでモーゼの十戒のごとく人をかき分けて彼女が向かう先は編集長のデスクがあるブースだった。  その先に待ち受ける光景は日常的なことなのだろう。見送る同僚たちは苦笑いを浮かべて自らの仕事に戻っていった。 ――バンッ  荒々しく扉を開けて編集長のテーブルの前に立つ夏貴。その全身から放たれる怒気に残って見守っていたスタッフらは肩をビクつかせる。  背後から離れている彼らすら驚かせる迫力なのだが、手にしたプリントに目を通している編集長は眉一つ動かさない。  無言の圧力を受け流して、静かに視線を手元から目の前に立つ夏貴へと向けてくる。  洞島 征十郎(どうじま せいじゅうろう)、綺麗に糊付けされたスーツを着込むダンディな五十代の男だ。  自身も記者として荒事も多い現場で長年活躍してきた人物で、三十年以上も研鑽を続けた人物だけがもつ静かな迫力を宿していた。  彼と対峙したのがチンピラ程度ならば、そのひと睨みだけでスゴスゴと尻尾を巻いて逃げてしまうだろう。  だが、対する夏貴も只者ではなかった。幼少の頃から生まれ育った沖縄で沖縄空手による鍛錬をつんできており、数々の大会でトロフィーを手にしてきた彼女は、そこらの女子とは胆力が違うのだ。  真っ向から向かい合う二人の視線に周囲の者は新妻が走るのを幻覚したことだろう。それほどまでに緊迫した一発即発の雰囲気が周囲に漂っていたのだ。  だが、先に矛を収めたの編集長だった。 「そろそろ来るだろうと思っていたよ」 「なら、要件もわかるでしょう?」  その問いに応えるように編集長が手にしていたプリントがテーブルに置かれる。それは、夏貴が書き上げた記事の原稿を出力したものであった。  細かに赤字による追記が至るどころにある。それは先ほどまで彼が赤ペンで書いていたものであった。  電子化によるペーパーレス化が進んでいる編集部であったが、彼はこうしてアナログでペンを握ることを好んでいた。  今や同業者には神格化する者すらいる彼は、いつも懐に愛用の黒革手帳を忍ばせている。そこには数々の取材で掴んできた情報の全てが記載されているという。中には世の中がひっくり返るような凄い情報もあるというのが業界での噂だった。  業界の生き字引のような人物による添削は、彼を崇める同業者なら泣いて喜ぶところだろう。  だが、奪うようにプリントを手にした夏貴の表情は険しい。  まだ、二十代である夏貴だが、すでに何度も大物のスキャンダルをすっぱ抜いた実績があった。今回は偶然手に入れた情報をもとに取材を重ねて財界の闇へと果敢に斬り込んでいたのだ。  情報を提供した者は失踪し、彼女自身も何度も危険な目に合っていた。そのたびに情報の正しさを確信していった。  苦労して記事にできるだけの情報を入手した夏貴は意気揚々と記事を提出したのだが、それがダメ出しを喰らっていたのだ。 「頭に血が上っているようだが、それを読めばなにがダメなのかお前さんならわかるだろう?」 「……うぅ」  赤ペンには彼女の記事を徹底的に分析した結果が記載されていた。  その内容は客観性があり理路整然として的確なものであった。そのため、次の文句の言葉を封じられてしまっているのだ。 「その記事をべつに書くなとは言わん。だが、刃を抜くのなら一撃で相手を切り捨てる威力が必要だぞ」 「……アタシの記事にはそれがないと?」 「あぁ、いまのままでは上手く躱されて、こちらが叩かれる」  ペンは剣より強しという言葉があるが、圧力に屈しない彼らにとってまさに記事を発表するということは武器であり攻撃なのであった。  それも一撃必殺で息の根まで止めてしまえというのだから物騒な話である。  政財界を相手にするには、それぐらいの気概が必要という意味が込められた言葉なのだった。 「そんなのはわかってる……」  不承不承ではあるがすでに相手の言い分を認めてしまっているのだろう。  どこか猫科の動物を彷彿させる夏貴の顔が悔し気に歪んでくる。  その様子に編集長はかけていたメガネを外して、大きな溜息をついた。 「なぁ、悪いことは言わん。この件はお前さんの手にまだ余る、今のうちに手を引いておけ」 「――なッ、アタシにケツをまくれというのかよ」  すでに実績をあげて血気はやる若者である夏貴には、編集長の言葉は自らが力量不足だという意味に捉えていた。  それを肯定するように沈黙を返す編集長の姿に、夏貴の拳が痛いほど握られる。  恥辱に肩を震わせた彼女は、そのまま背を向けるとブースを出ていった。  扉の外で見守っていたスタッフが蜘蛛の子のように散り、ブースから出てきた夏貴が早足に走り去っていく。その光景を同僚らに交じり見届けていた大柄な人影があるのだった。 「あぁ、もぅ――くそッ」  冷静になろうと休憩ブースに向かうと夏貴は自販機から飲み物を購入していた。  だが、先ほどのやりとりを思い出すだけで苛立ちがつのる。手にした缶コーヒーがミシミシと嫌な音を立てて軋んでしまう。  そんな彼女に背後から忍び寄ってくる人物がいた。 「どうした、また編集長に言い負かされたのか?」 「――あぁン?」  理性では冷静になるよう訴えてくるのだが、負けん気の強い夏貴は素直に負けを認めらずにいた。  それを揶揄するような口ぶりに、ついカチンとして声を荒らげてしまっていた。  不機嫌な表情のままに振り向いた彼女だが、そこに立っている人物を目にして固まってしまう。  三十代後半の男性だ。百九十センチはある長身で肩幅もあり、ぶ厚い胸板の迫力もありまるで城壁がそびえているかのようだ。  だが、その上にあるのは柔和な笑顔が似合う顔だった。 「よ、陽介さん、な、なんで!?」  人の好さそうな笑顔を浮かべる人物――照屋 陽介(てるや ようすけ)は、彼女が通っていた空手道場の兄弟子であり、彼女の姉と結婚した男性であった。  義理の兄を前にして、先ほどまで近寄れば殴りかかりそうな雰囲気から一転して面白いほどにワタワタと慌てた様子をみせる。  激しい感情の変化に彼女自身がついていけない、軽いパニック状態に陥ってしまっているのだ。 「あ、いや、違うんです……いや、違わないか」 「あぁ、大丈夫、まずは飲み物でも飲んで落ち着こうか」 「……はい」  同門で夏貴との付き合いも長い彼は、実に彼女の扱いも手慣れたものだった。  兄のように慕っていた彼の言葉には、夏貴を素直に従わせる魔法の力があった。  近くのソファに座らせると、自らも飲み物を購入して横に座るのだった。 「あ、あの、今日はどうしてここに?」  先ほどまでの猛々しさが嘘のようにしおらしい。モジモジと身を揺すりながら、横に座る陽を見上げている。 「あぁ、編集長にちょっと頼まれごとをされてね。ちょうどさっきまで話してたところなんだよ」  どうやら夏貴が来る前に編集長と会っていたようなのだ。それを聞いて、今度は夏貴の顔から血の気が引いていく。 「えぇ、じゃぁ、アタシが怒鳴り込んできたところも……」 「あぁ、バッチリ見ていた」 「きゃぁぁぁッ」  恐る恐ると聞いた夏貴の問いかけに、陽介は満面の笑顔で応えてみせる。  醜態を見られていた恥ずかしさに身悶えする夏貴。コロコロと激しく変わる夏貴の様子を陽介は面白そうに眺めている。  ついに赤面する顔を抑えてうずくまる彼女の頭をポンポンと優しく手を置くのだった。 「もぅ、もぅ陽兄ぃは、子供じゃないんだから……」  そう言いながらも、夏貴もまんざらでもない雰囲気だった。  ひと回りも歳の離れた彼は、空手の練習試合で負けてはこうやって泣いてうずくまる幼い夏貴を慰めてくれていたのだ。  だから懐かしさと嬉しさについ自然と夏貴の口元は綻んでしまうのだった。 (もぅ、この人にはかなわないなぁ……)  元々、東亜通信社にはカメラマンとして陽介の方が先に在籍していた。  彼に憧れていた夏貴は、一緒に働くことを夢見て記者として入社したのだ。  その念願は無事に叶い、姉夫と一緒に仕事をする機会も訪れた。  だが、それも長くは続かなかった。彼女の姉であり陽介の妻である美春(みはる)が大病に倒れると介護に専念する為に彼は退社してしまったのだった。  元々、病弱なところのある姉だったが、娘を出産してから体調を崩しがちになっていた。闘病の末に娘と夫を遺して他界してしまった。  今は男手で娘を育てながらフリーのカメラマンとして稼いでおり、東亜通信社からの仕事も請負うようになっていた。 「そういえば、編集長の頼まれごとって……」 「あぁ、もうすぐナツちゃんが怒鳴り込んでくるから、仕事ついでに落ち込んでいるのを慰めてやってくれって」 「――なッ」  陽介の口から告げられた事実で夏貴もすべてを察した。  編集長は彼女の来訪を予見していただけでなく、こうして負かされて荒れている結果まで予測済みだったのだ。 (あのオヤジめぇ……覚えてろよ)  仕事人としては優秀なのは認めていたが、いまだに対峙して勝てたことがない相手だった。  いつか度肝を抜いてやろうとしている彼女だが、今のところことごとく返り討ちにあい掌で踊らされているのだった。 「……あれ? その仕事ついでって?」 「あぁ、ナツちゃんひとりじゃぁ、荷が重そうだから手伝ってやって欲しいって依頼を受けたんだよ」 「え、それて……」 「そう、しばらく前みたいに一緒に取材できるね」  眩しいばかりの笑顔を浮かべる陽介を前にすると、苛立っていた感情も浄化されていくようだった。  今なら憎々しい編集長の顔も手を合わせて拝めそうな気分であった。 「それじゃぁ、そろそろ行こうか」 「どこに?」 「今日はこのままウチに泊まりにきなよ。娘の小春(こはる)も会いたがってたし……それに、少し匂うしね」  単身による張り込みで不眠不休の状態が続き、ろくに入浴もできていなかったのだ。  それを臆面もなく指摘できるのは兄妹のように親密に接してきた関係が成せることだろう。  それが今となっては嬉しくもあり残念でもある複雑な心境な夏貴であった。 「なッ、えッ、いや、あのぅ……はい」  恥ずかしさと嬉しさで顔を真っ赤にさせながら、最後には夏貴は嬉しそうに頷くのだった。  その後、取材を重ねた二人は政財界の要人たちが集まる秘密倶楽部の存在を知ることになった。  その開催が都下のゴルフ場で行われるという情報を掴み、今度こそ決定的な証拠を掴もうと潜入を試みるのだった。

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Comments

くすお

この手の話大好きです。ヒロインの背景や魅力があるほどエロシーンが萌えますからね。

久遠 真人

楽しんでいただけたようで良かったです。 ある意味、主人公と置かれた境遇が似ている彼女でした。

矢那

編集長の前では山猫の如き気の強さを見せ、義兄の前では子猫のように身悶えする……。強い女性が時折見せる可愛さ、女性らしさってグッと来ますね。 本編ではまともに喋っていなかった彼女の別の側面が見られて、とても良かったです。