第35話:年下乙女の恋愛指南 (Pixiv Fanbox)
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「お兄さんは、そもそも駆け引きが下手すぎるにゃ」
彼女のそもそも論で俺の自尊心は崩壊した。
「お兄さんは、りうちゃんのことが好きなんでしょ?」
「え、それは、まぁ…」
「どうにゃん!?」
「は、はい!好きです!」
中学生くらいの少女に威圧され、三十路の俺はなす術もない。
そう、俺は有栖川りうことりうちゃんのことが好きなのだが、なかなか関係が進展せず、ヤキモキしている。
もちろん、今すぐ恋人になりたいという訳ではない。りうちゃんは高校生だし、俺は三十路過ぎ。法という堅牢な壁を超えるわけにはいかない。
「ミーに相談する前にもっと頑張れることがあるんじゃないかにゃ〜?」
「か、返す言葉もございません...」
りうちゃんが高校を卒業したあかつきに、恋人同士になれたら...と淡い期待を寄せつつ、最近、彼女との距離が縮まない現状を、ミーちゃんに相談したのだが。
「それで、お兄さんは今、りうちゃんとどんな関係になりたいの?」
「えっと…恋人とまではいかないけど、現状の友だち?みたいな関係から距離を縮めたいというか...」
「つまり“友だち以上恋人未満”?」
「そうそう」
「かぁー!中学生の初恋じゃあるまいし。いい歳してなーにを言ってるのかにゃあ」
中学生くらいの女の子にボロクソに言われてしまった。
「美味しいお酒でお互いほろ酔いになったところでちょっと強引にベッドイン。ハグからのキッスで万事解決にゃ」
「万事休すだろそれ!!」
色々アウトすぎる。
「というのは冗談。お兄さんに足りないもの、それは」
「それは...?」
ミーちゃんは、したり顔で人差し指を立てた。その指で俺の鼻先をつんっと弾く。
「“引き”にゃ」
「...引き?」
腕組みをして少し前のめりになりながら、ミーちゃん先生は講じる。
「波のように寄せて引く。お兄さんはりうちゃんに寄せはするけど引くことをしない。寄せてばかりいれば、相手は安心してしまうにゃ」
「うん?安心できるのは良いことじゃないの?」
「はぁぁぁー!これだから恋愛初心者三十路キッズは!」
なんだそのパワーワード。
「しょ、しょうがないだろ!恋愛経験を神様に与えてもらえなかったんだ俺は!」
「でしょうねえ。お兄さんに恋愛って全然似合ってないし。神様の心中お察しするにゃ」
「ぐっ...どうせ俺はブサイクで何の取り柄もない冴えないおっさんですよ。ただしイケメンに限るですかそうですか」
「顔の善し悪しは関係ないにゃ。そんな先天性の遺伝子情報なんてさして重要じゃない」
「お、おぅ...?」
なんか突然頭脳派っぽいこと言い出したぞ...?
「お兄さんは確かにイケメンではにゃい。でも、ミーはお兄さんのこと、好きよ?」
「えっ?...あ、いや、その、嬉しいです...はい。けどその、俺にはりうちゃんという心に決めた人がいるというか、でもまだ恋人ではないけど、その...」
「バカにゃの?」
「はいすみません」
道路ぎわの生ゴミを見るような目つきで睨まれてしまった。
「単刀直入に。りうちゃんを焦らせれば良いのにゃ」
「焦らせる?」
「『この人は放っておいても大丈夫だろう』。りうちゃんはお兄さんのことをそんな風に思っている。つまり、大して構ってあげなくてもどうせ私にゾッコンでしょっていう油断。そんなりうちゃんに、油断大敵!と思わせて、『私も頑張らなきゃ!?』っていう風に焦らせる」
「ほほう...。でも、俺そんな技もってないしなあ...」
ミーちゃんはニヤリと不敵に笑う。
「ミーに妙案があるにゃ」
***
かくして俺とミーちゃん、りうちゃんの3人は、休日にフルーツ園に遊びに来ていた。
都内屈指のフルーツ園で、季節のフルーツ摘みを楽しんだり、摘んだフルーツを食べることができるらしい。
広々とした園内には、色とりどりの果物がイキイキと生い茂っている。
「うわぁー!ぶどういっぱい!りうちゃん、これ食べて良いにゃ!?」
「うんうん!いっぱい摘んで、みんなで食べよっ」
ミーちゃんが駆け出し、俺とりうちゃんは後を追う。
休日のお出掛けということもあって、ふたりの少女はお洒落な格好だ。過ごしやすい秋にぴったりの、白のキャミソールワンピースをお揃いで着ている。
「ねえねえ!こっちのシャインマスカットおっきいー!」
「すごいねー!これは巨峰かな?」
キャッキャと楽しむふたりを少し離れたところから見ると、
(絵になるな、ホント)
美少女ふたりが仲睦まじく遊んでいるだけで、もはや芸術の域に達していると思う。キャミワンピの胸元が大きめに開いていて、胸の谷間が見え隠れしているのも至高である。
「キミも一緒に摘みなよー!」
りうちゃんが笑顔で手を振っている。
ただそれだけで、だらしない俺の顔はもっとだらしなくなってしまう。やっぱ、りうちゃん、可愛い...。
「鼻の下で長距離走ができそうにゃ」
先に駆け寄ってきたミーちゃんの半眼に、俺は慌てて顔をぐしゃぐしゃと擦った。
近づいてくるりうちゃんに悟られないように、精一杯表情を正す。
「キミは巨峰とシャインマスカット、どっちが好き?」
「シャインマスカットが好きです。でも、りうちゃんの方がもっと好きです」
そう言おうとしたが、ミーちゃん先生にクソ睨まれていたのでやめた。
「そもそもぶどうって高級品だし、あんまり食べないかなぁ」
「じゃあ今日は良い機会だから、いっぱい食べようねっ!」
「にゃーい!ミーも食べるー!ねえねえお兄さん、あーんしてー」
「はいはい、あーn...って、ちょっと!?」
慌てて手を引っ込める。これではまるで恋人同士のような...
(ミーちゃん先生!?)
(良いからミーに合わせるにゃ。ほら、ミーの口にぶどうを運んで)
「あ、あーん...」
パクッと、ミーちゃんは小さな口いっぱいに大粒のぶどうを頬張って満面の笑みを浮かべた。
「おーいしーにゃー!」
「良かったねー!ミーちゃん」
「ミーはぶどうが好きにゃ。でもお兄さんの方がもっと好きにゃん♡」
おい。
「あら?今日はふたり、ずいぶん仲良しなんだね?」
「あ、いや、まあ...」
(先生!?)
(案ずるにゃ。ここは攻めの一手でりうちゃんを嫉妬の炎でメラメラさせる。これが駆け引きにゃ)
「んまあにゃあ...一つ屋根の下で毎日一緒に過ごしていたら、あんなことやこんなこともあったりするからにゃ〜」
「へ、へぇ...」
「あーん♡なんて、レベル3くらいかにゃ」
レベルいくつまであるんだよ。
だいたい普段あーん、なんてしてないだろ。
「じゃ、じゃあレベル10だとどれくらいラブラブなの...?」
「ひゃー!りうちゃんも人が悪いにゃあ。レベル10にもなると...」
「...なると...?」
「...いやんっ///♡」
頬を赤らめ、心底恥ずかしそうに照れるミーちゃん。
秋風が俺の冷や汗を撫でる。
「この前の“アレ”はレベル15くらいだったかにゃあ...///ね、お兄さん?」
「え、あ、ああー!アレね!うん、そ、そうだったかなぁ...ははっ」
慌てて調子を合わせた俺の顔を覗き込み、りうちゃんは面白く無さそうにそっぽを向いた。
「ふーん...。そうだったんだねー。...あ、わたしあっちの方でフルーツ摘みしてくるね!ふたりともゆっくりしてて。あっちのカフェにカップルシートがあるみたいだよ」
そう言うとりうちゃんは手を振って去っていってしまった。
「...あの」
「...想定よりもウブだったにゃ」
「おいぃぃっ!!どうするんだよぉ!!」
これでは距離を縮めるどころか、さらに離れてしまったような感じだ。
「うぅ、ごめんにゃさい」
「あ、いや、仕方ないって。さっきのだって冗談だって分かってるよ、きっと」
そうだと良いな...。
「あそこでりうちゃんが嫉妬して、『わ、私にもあーんしてよ!///』という展開を見据えていたのにゃ...」
「あー...」
確かにその展開はおいしい。ぶどうよりおいしい。
「そこで、『やっぱり、りうちゃんとお兄さんはお似合いだにゃ〜!』みたいにゃ...お兄さん、偉そうに色々言ったのに、本当にごめんなさい」
涙目で頭を垂れるミーちゃんに慌てて首を振った。
「良いって良いって、大丈夫。ありがとうね」
ミーちゃんなりに、俺のことを思って真剣に考えてくれていたんだなと思うと、なんだか胸がキュッと締め付けられた。
元はと言えば、俺が何もせずに不甲斐ないのが問題なのだ。ただそれだけだ。
「俺、りうちゃんにちゃんと話してくるよ。ミーちゃんの悪ふざけじゃなくて、俺がお願いしてあんなことを言わせてしまったって」
「それは違うにゃ。ふたりがうまくいけば良いと思ってのことだっけど、あのやり方をしたのはミーだから...」
「いや良いんだよ、ミーちゃんはそれで。嬉しかったよ、俺。こうやって、一緒になって頑張ってくれたこと。だから謝らないで」
「でも...悪ふざけが過ぎたというか...」
「そういうミーちゃんが俺は好きだよ。だからこれからもよろしく、先生。...っと、じゃあ俺、りうちゃんのところに行ってくる」
ひらひらと手を振り、小走りで駆け出す。
背中でミーちゃんの声がしたような気がしたが、俺は前を向き、りうちゃんの背中を追った。
***
「...『俺はモテない』だなんて、反則にゃ」
どうか、大好きなお兄さんたちが、無事に仲直りできますように。
目を瞑り、恋の神様に仔猫は祈った。
***
「はぁ、はぁ、...りうちゃん!」
りうちゃんは座りこんで、ぶどう摘みをしていた。俺の呼びかけに、ワンピースを翻す。
「ご、ごめん!さっきのは俺が悪いんだ」
「...」
「俺がミーちゃんにお願いして、りうちゃんをからかうような真似をさせちゃったんだ!だから、怒るならミーちゃんじゃなくて俺を怒ってほしい」
「...」
「あの、最近りうちゃんと少し距離があるような気がして、俺ちょっと寂しくて...それで、ミーちゃんに相談をして、その...」
「...」
「本当にごめ...えっ?」
言いかけた時、りうちゃんの腕がこちらに突き出された。
ビンタでもされるのかと身構えたが、俺の目の前で手は止まる。指先には、紫色に輝く大粒のぶどうが摘まれていた。
「ふたりだけ、仲良しは---」
彼女の頬が紅潮している。視線を逸らして、それでも、ぶどうを掴む手はこちらに向けられ、押し出される。
「ずるい」
心臓が、トクン、と跳ねた。
彼女の持つ果実に、指先に、そっと唇を近づける。
この時の俺は、彼女よりもずっと、赤ら顔をしていたに違いない。
fin.