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輪郭のはっきりした雲が、絵の具のように濃い青空の中を悠々自適に泳いでいる。

降り注ぐ日光は、夏のそれらしく力強くみなぎっている。けれども、湿り気の少ない空気が、どことなく涼しさを感じさせてくれていた。


「すごいすごい!どんどん小さくなっていくー!」

「ずいぶん高くまで昇ってきたね!」


二人の少女が、ケーブルカーの中ではしゃいでいる。

周りの視線を大いに気にしながら二人をなだめ、それでも実は、俺の心も踊っていた。


黒部峡谷。


黒部ダムで有名な黒部峡谷は、富山県に位置し、日本三大渓谷として観光地化されている。夏といえばここ、というくらいには人気のスポットだ。


俺、りうちゃん、ミーちゃんの三人は、夏休みを利用して黒部峡谷へ旅行にやって来た。

涼しいところに行きたい、というミーちゃんの要望で、黒部峡谷すなわち立山アルペンルートを今回の旅行先に決めたのだった。


「お、そろそろ着くんじゃないかな?」


ケーブルカーの行く先に、到着駅が見えてきた。

次の駅は、標高1454mにあり、黒部ダムをえん堤の上から見下ろすことができるらしい。


「わーい!美味しいものあるかな」

「ミーちゃん、食いしん坊だなぁ…」

「美味しいものは旅行の醍醐味だもんねー!私もお腹空いてきちゃった」


りうちゃんは自分のお腹をさすっている。

早朝に家を出て、もう日は高くなっていた。かく言う俺も、お腹が空いてきた。

手持ちのパンフレットに目を通すと、展望レストランと書かれたページがある。


どれどれ…


「んーっと…あ、なんか面白いカレーがあるみたいだよ」

「カレー食べたい!食べたい!!」

「ミーちゃん、落ち着いて。えっとね、『黒部ダムカレー』だって」

「え、なにそれ面白そう」

「うん、ご飯がダムの形をしていて、カレールーを堰き止めている感じ。黒部ダムとその周りの景色を模したカレーかな?なぜか唐揚げものってるみたい」

「ご当地カレーだね!」


りうちゃんも楽しそうだ。今日のお昼はここで済まそうか。


駅に到着すると、さらに気温が下がったことを肌で感じられる。

相変わらずの良い天気で、気持ちが良い。


「あ、ねえねえ。あっちで写真撮ってくれるみたいだよ!行ってみようよ」

「あ、りうちゃん…って行っちゃった。まったく、ミーちゃんもあんまり走らないように…」


いないし。


パタパタ、とりうちゃんとミーちゃんは写真撮影の列に向かって走っていってしまった。

まったく、これだから好奇心の権化たちは…

これでは俺が引率の先生みたいじゃないか。


「すみませーん!写真、撮ってもらえるんですか?」


大きな一眼レフカメラを首から下げたおじさんに、りうちゃんが尋ねる。


「お、写真撮って行く?いいよいいよ。お嬢ちゃんたちは旅行かな?」

「はい!そうなんです。おじさんはカメラマンさんですか?」

「そうだね、ここで記念撮影のお手伝いをしているんだよ。…っと、お父さんも良かったらどうですか?娘さんたちと記念に、一枚」


俺は後ろを振り返るが、そこには誰もいない。向き直ると、カメラマンさんは俺を手招きしていた。


「あの、えっと…」

「ご家族で旅行ですか?良いなぁ」

「いや、その、家族というか…」

「そうなんですよー!夏休みなので!ねー、パパ♡」

「りうちゃん!?」


パパ!?


りうちゃんが含みのある顔で腕を絡めてくる。


「良いねぇ。若いパパと旅行だなんて」


りうちゃんの一言で、俺は完全に若パパに仕立て上げられてしまった。カメラマンさんは疑うこともなく、俺を、りうちゃんとミーちゃんの父親だと思っているようだ。


「パパぁー!」

「ちょっ、ミーちゃんまで!」

「ほらほらお父さん、ああ、良いなぁ。こんな可愛い娘さんたちと家族旅行だなんて、羨ましいですよ」

「あ、えっと、いや…それほどでも」


ええい!

なんか勢いでパパになりきってしまったぞ。もう今更弁解はできますまい。


「うちの娘はねえ、お父さんの娘さんたちと同じくらいの歳なんですが、もう反抗期でして…一緒に旅行なんてしてくれませんよ」

「そ、そうなんですか…」

「お父さん、娘と仲良くする秘訣みたいなもの、良かったら教えてくれませんか!」

「秘訣!?」

「ええ。洗濯物一緒に洗わないで!とか、お風呂先に入らないで!とか、そういうの悲しいじゃないですか!」

「そ、そうですね。えっと…む、む、娘も一人の人間ですから、こう…そろそろ大人の人として扱い始めても良い頃合いなのかな、と。そういう意識をしています、ハイ」


白目を剥きそうな俺氏である。


「なるほど…いつまでも赤ん坊ではないですもんね。参考になります」

「お、お役に立てれば幸いです、ハイ」

「プッ」


隣でりうちゃんとミーちゃんが同時に吹き出した。ニヤニヤと、滝汗をかきそうな俺をさぞ楽しげに眺めている。


(こ、こいつら…覚えておけよ…)




※※※




記念写真を撮り終え、俺たち三人はご当地のダムカレーでお腹を満たした。

ミーちゃんはどこにそんなに入るのか、というほどバクバクと一心不乱にカレーをほおばり、りうちゃんは、俺がパパ扱いされたことに終始爆笑していた。


一同は、立山ロープウェイに乗り、さらに天上を目指す。

天気も良いので、食後の運動も兼ねて、立山アルペンルートを散策することにしたのだ。

どうやらここでは、運が良ければ雷鳥を見ることができるらしい。


ロープウェイの最高地点、標高2316m地点で降りる。


「わー!涼しいねー!」


りうちゃんが降りた途端にくるくると周りながら駆けて行く。

確かに、とても涼しい。風が強く、天気は良いが暑さがかなり抑えられている。

乾いた風が、ヒンヤリと心地良い。


こんなに高く登ってくると、雄大な山岳の山頂に到達した気分になる。


地上ではお目にかかれない神秘的な光景が広がっていた。

8月中旬という夏の盛りに、ひんやりと冷たい自然の空気を体感できるなんて。


駅の壁に、電光の温度計ががあった。

赤い文字で「只今の気温 17.4℃」とある。


一般的には、高度が1000m上昇する毎に、気温は6℃ほど下がるらしい。

それほどまでに高いところへ登ってきたということだ。


「むろどうだいら?」


ミーちゃんが首を傾げる。


「そうそう。えっとね、今いる場所が室堂平。ここからアルペンルートを散策して弥陀ヶ原(みだがはら)という場所まで歩くんだよ」

「すごいねー!2000mの空の上を歩くなんて、冒険みたいじゃん!」


りうちゃんがはしゃぐ。

言われてみれば、RPGゲームのような景色だ。


アルペンルートは、胸の空くような景色が広がっている。その中を、コンクリートと石畳で造られた道が白く整備されていた。

竜の背骨のように、ゆっくりと滑らかにうねった道を歩く。


緑と青と白い道。


3色で彩られたキャンバスのような幻想世界には、思わずため息が漏れる。


「パパァ〜、喉乾いたー」

「誰がパパだ!」

「パパー!」

「ミーちゃんまで!やめなさい!」


全く、これではまた二人のパパ扱いされてしまうじゃないか。

でも、言われてみるといつもより喉が渇く。そんなに暑くもないのに、息も切れやすい気がする。高山地特有の酸素の薄い中を歩いているせいだろうか。


「ちょっと、休憩にしようか」

「さんせー!」


三人で、小さなベンチに腰を下ろす。

それぞれ、持ってきた水筒をあおった。

雄大な草原はどこまでも果てしなく続いていて、東京から数時間でここまで来たとは思えない。

雲は手に届きそうなくらい低く、厚い。

空の色がこれほどまでに青かったなんて。


「暑くないのに、なんかすっごく汗かく…」

「にゃぁ」

「標高が高いから空気が薄いのかもしれないね、高山病にならないように、こまめに水分摂らないとね」

「この後はどうするんだっけ?」

「にゃぁ?」

「弥陀ヶ原に着いたら、そのまままたロープウェイとケーブルカーで、乗鞍の方に降りるよ。そのあと白骨温泉にでも行こうか」

「あれ?今日泊まるペンションってお風呂無いの?」

「にゃぁ…」

「ううん。あるんだけど小さいみたいだし、せっかくだから温泉に浸かって汗を流そうかなって」

「あ、それ良いねー!」

「にゃぁっ!」


みーちゃん、にゃぁ、しか言わない。

猫真似なのか、それとも”元“猫の性が露呈しているのか。


「あっ」

「りうちゃん?どうしたの??」

「あそこ、見て、ほら!」

「え、どこ?」


言われて茂みの中に目を凝らす。すると…


「わぉ!雷鳥…なのかな?」

「そうだよー!来る時ネットで見たもん!あれ、雷鳥だよー!」

「でも雷鳥って、天気の良い日には姿を現さないんじゃなかったっけ?」

「それはほら、日頃の行いっていうやつ?」

「俺の?」

「私の」


さいですか。


再び雷鳥をじっくり観察する。20mくらい先を悠々と歩いていた。よく見ると二羽いることに気付いた。もう片方はとても小さい。雷鳥の親子だろうか。人には近づかないとのことだったので、ここまで近くで見られるとは思っていなかった。


というか、


「意外と地味?」


そう、それ。


雷、という名がついているくらいだから、黄色の雷模様なんだろうかと想像していたが、白と茶色のマダラ模様で、ハトくらいの大きさだった。雛鳥の方は、スズメよりは少し大きいくらいか。

だが、考えてみれば、高原特有の背の低い草原で身を隠さなければならないのだから、これくらい地味な方が都合が良いのだろう。


「ねえねえ」

「うん?」

「キミ、モノマネ得意でしょ?」


いつからそうなったんだろうか。


「雷鳥の真似してみて」

「いやです。そう言うならりうちゃんやって見せてよ」

「やだよ。後でからかわれるし」


やっぱりネタにするつもりだったんかい!

今日はパパ騒動といい、からかわれ放題だ。…まぁ、わりといつもどおりだけど。


「ぴっぴえぇぇぇ〜〜〜〜〜!!」

「ミーちゃん!?」

「雷鳥の真似」

「いや、ちょっと!?似てない…かどうかも分からないんだけどもはや」

「ぴぇぇぇえええ〜〜!」

「ちょっとミーちゃん!逃げちゃうから!雷鳥驚いちゃうから!」


大体、雷鳥鳴いてないでしょう。そんなヒステリックな鳴き声なのか…


「あははっ!ミーちゃん上手」

「えへへへ」

「ウソだろ!?」


警戒心の強い雷鳥が、そんなに大胆に鳴くわけないでしょうが。


「ぴえぇぇええ〜〜〜!」

「だからミーちゃん、やめなさいって!調子にのらない!」




※※※




雷鳥との出会いの後、俺たちは弥陀ヶ原まで空中楽園のようなアルペンルートをハイキングして、乗鞍方面に降り、白骨温泉で汗を流した。乗鞍高原から白骨温泉は、車で10分くらいにあった。

ここまで降りてくると、随分気温は夏らしくなってくる。それでも東京の茹だるような暑さはなく、爽快な夏を満喫できる。

ちょうど日が傾き始めていた。


一瞬。

ほんの一瞬だけ、


(混浴だったら良いな)


とか密かに煩悩をたぎらせた訳だが、夢叶わず。

普通に男女別の温泉だった。




温泉のあとは、乗鞍高原に立地するペンションへ。

予約をしていたリーズナブルなペンションだったが、小綺麗に掃除がされており、室内はオシャレな小物で溢れていた。


夕飯をお腹いっぱいになるまで食べて、俺たちは部屋でくつろいでいた。

家族用の部屋なので、広い。5人くらいで宿泊することを想定された部屋らしく、3人では持て余してしまっている。だが、この広さが良い。なんとも贅沢じゃないか。


歩き疲れて、温泉に入ってご飯を食べると、ぼんやりとした心地よい眠気がやってくる。

でも、まだ寝てしまうのには惜しかった。


「ふぅ。今日はたくさん歩いたねー!」

「うん!すっごく楽しかった!」

「りうちゃんもミーちゃんも元気だね。でも楽しんでくれて良かった。来た甲斐があったよ」

「キミもちゃんと楽しめた?」

「そりゃあもう。パパも心踊る一日だったよ」

「あ、パパが根に持ってる」

「パパー!」

「俺、そんなに老けてるかな…」

「そんなことないよ。しっかりしているっていう印象だったんじゃない?」

「りうちゃん…!」

「しっかりおじさん」


…ミーちゃんには後日お説教ですな。


「ねえねえ、山も涼しくて良いけど、今度はみんなで海に行きたいね!」

「海ー!行きたい!」

「海か…海もいいね。南の島でのんびり…とまではいかないけど」


海…。海といえば、水着。ビキニ。

俺はハンモックに揺られながら、二人の美少女がキャッキャしているのを近くで眺める…

ビキニに収まった二つの膨らみが、揺れる揺れる。

溢れてしまわないか、ちょっとドキドキしながら、でも、ちょっとチラリなご褒美を期待して…


「ちょ、ちょっとだけだからね…!///」













うぉぉぉおおおーーー!!!


「もしもーし」

「は、はい!」

「変なこと考えてるでしょ」

「はぅっ!?そんなことないよ」

「じー…」


その半眼がイタイ。

どうして俺の妄想はすぐにバレてしまうんだろうか。鋭すぎないか、りうちゃん。


「そ、そうだ!星を観よう!もう結構出てるんじゃないかな?」

「え、うそ!観に行こ!」

「にゃ!」


三人で揃ってベランダへ出ると、涼しい風が髪を撫でる。


空を見上げると、いくつかの星々が瞬いていた。


「あ、そこそこ観えるね!」

「ミーちゃん、ちょっと電気消してくれる?」

「うん?」


ミーちゃんが部屋の電気を消す。すると…




「わぁ…」

「す、すごい…!」


部屋の電気が消されると、暗闇が訪れる。それに呼応するように、夜空を彩る星たちが一斉に煌めきを増した。


「すごいな、こんなに…」


ベランダは、大自然のプラネタリウムへ。


星って、こんなにあったのか。感嘆してしまうほどのおびただしい数。

今日は天気も良いし、夏の大三角が見えるかな、なんて考えていたが、とんでもない。


いや、見えてはいるのだろうけれど、数が多すぎて、どれがベガでどれがアルタイルなのか、全く分からなかった。


呼吸をすることさえ忘れてしまいそうな、美しく壮大な夜空。

時間が無限に引き伸ばされ、ベランダに立っている感覚さえ分からなくなってしまう。宇宙空間に放り込まれて、宵闇に抱かれているよう。

自分がすごくちっぽけな存在であるかのように思えてくる。


しばらく、三人は揃って星空を眺めていた。


そして、ふと、思いがよぎった。


唐突なその思いは、口に出して良いかどうか、俺を迷わせた。でも、この神秘的で雄大な星空が、俺の背中を押した。


「俺さ、りうちゃんにも、ミーちゃんにも出逢えて良かったって思ってる」

「どうしたの?突然」

「いや、なんかよく分からないんだけどさ、急にそんな風に思って。もし、もしだよ?仮にミーちゃんの記憶、ミーちゃんの体の主がいたとして、その人の記憶が戻ったとしても、俺…りうちゃんとミーちゃんと、三人で過ごしていきたい。ずっと」


言ってしまった。

そんなこと、無理なのに。


分かってる。頭ではちゃんと分かってる。俺だって、もう子どもじゃない。

でも、フッと息を吐くように、言葉が溢れてしまった。


「おにいさん」

「うん?」

「…」

「あ、あまりに勝手すぎたかな…?」


でも。

でも、これが俺の“大人になりきれない”俺の、本心だった。


まさか自分が最初に、こんな子どもじみたことを言うなんて。こんなに自分に正直になるなんて。

後先考えずに、妄言のように吐いて出た。


「にゃーん」


ミーちゃんが、急にすり寄ってきた。頭を俺の左肩に預けて、仔猫のような声を出す。


「な、なに?」

「甘えたいんじゃない?キミに」


そういってりうちゃんは微笑んだ。そして、


「にゃーん」

「りうちゃん??」


彼女も一緒になって、右肩に頭を傾けてくる。


思いがけず、両手に華ならぬ、両肩に華状態になってしまった。

歓喜の展開だが、なんだかソワソワと落ち着かない。


それでも、心に温かいものが宿ってくるのを感じた。


りうちゃん。みーちゃん。


ふたりとも、俺にとってかけがえのない大切な存在だ。


行く先は不透明。それでも、今は三人で目一杯の思い出を作っていきたいと思う。


(今日くらい、良いよね…)


緊張しながら、俺は左手をミーちゃんの頭に、右手をりうちゃんの頭に置いた。

二人の頭を撫でる。


二人の表情は見えないが、きっと、悪い表情はしていないだろう。きっと。




煌めく無数の星空の下、涼しい夏の夜風が、俺たち三人の顔を撫でていく。

この時間が、ずっと、永遠に続いてもいい。

そんな贅沢を噛み締めながら、俺は、二人の頭を撫で続けた。




Fin.

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Comments

メイ

最高すぎる旅行ですね✨✨ ミーちゃんのパパになりたい( ꈍᴗꈍ) もちろんリっちゃんが嫁さんで(*´ω`*) りっちゃんの水着姿も可愛すぎ💕💕

yoshinomura

妄想力豊かなパパ!!(о´∀`о) 3人で旅行、、、羨ましいです。。。

れぶん

りっちゃんがお嫁さんで、ミーちゃんのパパなんて、最高の家族ですね!私もそうなりたい!!笑

れぶん

家族旅行みたいな雰囲気にしてみました✨ 図らずしてパパになっちゃった!?