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体が溶けてなくなってしまうような暑い日が続いている。

梅雨が明けて、一気に太陽が猛威を奮い出だした。夏だ。


クーラーの効いた四畳半の部屋で、俺とミーちゃんはテーブルを挟んで向かい合っていた。

冷たい麦茶で喉を潤しながら、俺はそわそわと落ち着かない。

それもそのはず。今日はこの後、ミーちゃんのバイトの面接があるのだ。


当の本人は、特に緊張した様子もなく、のほほんと涼んでいる。


「ミーちゃん、大丈夫?」

「うん?」

「もう少ししたら面接でしょ?」

「うん、へーきへーき」


本当に分かっているのかな…。


ミーちゃんがアルバイトをしたいと言い、りうちゃんがアルバイト先を工面してくれていた。

どこの馬の骨かも分からないミーちゃんを雇ってくれるところなんて、本当に存在するのだろうかと訝しんでいたが、先日、りうちゃんがあっさり面接の日取りを取り付けてきたのだ。


そして今日、ミーちゃんは、俺の自宅から徒歩10分のところにある喫茶店へ、面接を受けに行くことになった。

この喫茶店は、個人経営の小さなお店で、りうちゃん御用達の喫茶店だそうだ。

りうちゃんがこちらに引っ越してきて間もない頃、この店のマスターに色々と相談をしたり、お世話になったとのことだった。


「私みたいな若い?お客さんって、あまり来ないから珍しかったんだって」

「そうなの?」

「うん。マスターにも私と同い年くらいの娘さんがいて、それで親近感がわいたって言ってたよ」


りうちゃんはそう言っていた。


今回、ミーちゃんのことも、頼れるところはここしかないと思い、マスターに思い切って相談をしてみたらしい。

さすがに、子猫の生まれ変わりだ、とか、俺の家で同居していることは言っていない。あまり事を大袈裟にして、マスターから警察へ通報されてしまえば、俺たちがしてきた努力が水泡に帰すことになってしまう。

両親がいない独り身の女の子で、身分を証明する手段がないということを、かいつまんで説明したそうだ。


よくその程度の説明で面接を承諾してくれたものだ。

しかし、マスターも、文字どおり猫の手も借りたいような状況だそうだ。

この夏を前に、アルバイトの店員が辞めてしまい、今はマスター一人で切り盛りしていた。ホールスタッフとして一人雇いたいと思っていたところに、りうちゃんから打診があったのだ。


物分かりが良い人だったのか、前向きに検討するとの答えをもらってりうちゃんは帰ってきた。そして先日、ミーちゃんの面接が決まったのだ。


「じゃあ、そろそろ行ってきまーす」

「ミーちゃん、忘れ物ない?ハンカチ持った?」

「持ったよー!って、子どもじゃあるまいし」


どうもミーちゃんを前にすると、父親のような心境になってしまう。見た目だけならりうちゃんと同じ高校生くらいに見えるのだが、どことなく幼い雰囲気を醸しているせいか、子供扱いしてしまう。


「じゃあ、また後でね!」

「うん、行ってらっしゃい」


ミーちゃんを送り出して、手持ち無沙汰になると、余計にそわそわしてくる。自分が面接を受けるわけでもないのに、気が気でない。

そういえば、りうちゃんはもう帰ってきているだろうか。今日は午前中に部活動があると言っていたが、時刻はもう正午を過ぎていた。

ミーちゃんの生活必需品がいくつかりうちゃんの家に置いてあるようなので、様子を伺いがてら取りに行こう。




※※※




インターホンを鳴らすと、家の中から「どうぞー!」と、りうちゃんの声が聞こえた。

鳴らした相手が俺だと分かっているからだろうが、そうじゃなかったらどうするんだろう。


なるべく怪しい人間に見えないように、ささっと合鍵を使って中に入る。


りうちゃんはもう慣れてしまって、俺が合鍵で部屋に入ってくることに何の抵抗もないようだが、俺は未だに少し抵抗がある。

相手は女子高生だし、なにより奨学生専用の借り上げの一室だ。変な噂が立てば一大事である。

そもそも、一人暮らしの女の子の家に入る、ということ自体、俺にとってはビッグイベントなのだ。


「気にしすぎだよー」と言って彼女はいつも笑い飛ばすが、気にしない方がどうかしている、と俺は思う。だいたい、りうちゃんはど天然というか抜けているというか、変なところで無防備すぎるので、いつもヒヤヒヤさせられてしまうのだ。


ほら、こういう具合に。













「りっ!?」

「むっ…///」


何度遭遇しても慣れないものである。

いや、まあ、ラッキーではあるのだけど。


「だ、だからそういう格好で過ごさない!いつも言ってるでしょ」

「ここ、私の家なんだけど…」


それはそのとおり。家主の自由である。


「そ、そ、そういう時は『ちょっと待って』とか言ってくれれば…」

「こんなに暑いのに外で待たせたら悪いかなって」

「俺じゃなかったらどうするの!?」

「キミじゃなかったら家の中入れないでしょ」


ごもっともなのだが。なんというか、そういう問題ではないのだ。

りうちゃんといい、ミーちゃんといい、なんで最近の女の子はこうも無防備なのか!


「そ、そうそう。そういえば、ミーちゃんから取ってきて欲しいものがあるって頼まれていたんだった」

「下着姿を覗きにきたんじゃなくて?」

「ち、違うって!」


そんな訳ないだろう。

…拝めたのはラッキーだったけど。


「じょーだん。あははっ!知ってるよ、後で私も一緒にキミの家に行くから、その時に持っていくね」

「あ、うん。…っていうか知っていたなら変なからかい方しないでくれよ」

「だってそうとしか思えないようなタイミングで来るんだもん」

「ぐっ…」


そう言われてしまえば、ぐうの音も出ない。


「それにしても…」

「うん?」

「ミーちゃんをわたしたちだけで預かることになるなんてね」

「そうだね、色々不安はあるよなあ…」


この夏、一生忘れない出来事が起こった。ミーちゃんとの出逢いだ。


「キミにはかなり負担かけちゃったかもしれないね」


りうちゃんが、申し訳なさそうに言う。


「ううん、そんなことないよ。心配しないで」

「ありがとう。ミーちゃんも、キミのことすごく信頼していたよ」

「そっかそっか」


そう言われると、どことなく照れくさい。

ミーちゃんはとても可愛い女の子で、まるで娘のような感じがしている。初めは不安の方が大きかったが、いざ一緒に過ごしてみると、案外、その存在は日常に溶け込んでいた。

それどころか、俺が会社に行っている間に、掃除や洗濯などの家事をしてくれたり、ちょっとした料理を準備してくれたりと、助けられることすらある。


りうちゃんと3人で過ごすことも多く、なんだか賑やかになって、その時間が日々の楽しみにすらなっていた。


(こういうの、悪くないな…)


そんな風に感じ始めていたのだ。


「ミーちゃん、面接大丈夫かな」

「きっと大丈夫だよ。私も練習手伝ったし、良い子だし」

「だと良いんだけど…」


どうも娘のようなミーちゃんを、必要以上に心配してしまう。これでは本当に愛娘だ。


「ところでさ、ミーちゃん、名前を聞かれると思うんだけど…なんて答えるのかな」

「それなら心配いらないよ。ちゃんと命名しておいたから」

「え、そうなの?なんていう名前?」

「山田十右衛門」

「おい」


…マジかよ。

どこから出てきたんだその古風で厳つい名前は。


りうちゃんの、色々とど天然っぷりは十分に把握していたが、ここまでとは…。


「もしくは、美波未衣(みなみ みい)。ミーちゃんだから、未衣」

「頼むからそっちを伝えてくれ…」


美波未衣ちゃん、もしくは山田十右衛門ちゃんのバイト先が、もうじき決まろうとしている。

いずれにしても、ミーちゃんのいる3人の生活が、少しずつ前に進んでいる感覚があった。


不安要素が全くない訳ではない。なんせ、ミーちゃんの身分は不明なままだ。

でも、ミーちゃんを含め、3人の夏を思い切り楽しみたい。

この思いは、俺もりうちゃんも一緒だった。


時間をみつけてちょっと遠出してみたり、旅行なんてできたら楽しいよね。そんな話をする。


3人で過ごす夏。

一体、どういう物語が待っているのだろう。

俺は、この夏に思いを巡らす。


ジー。ジー。


夏の風物詩、アブラゼミが唐突に一斉合唱を始めた。

季節は、本格的な夏へと向かっている。




Fin.

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Comments

メイ

りっちゃんの純白いつもごちそうさまです(。♡‿♡。)

れぶん

いえいえー!こちらこそ、いつも楽しんでくれて、ありがとうございます🤗✨

yoshinomura

山田さん頑張れ!!十右衛門さんがいる喫茶店いきたいです。抹茶系の甘いものがありそうな予感がします。

れぶん

山田ちゃんがいる喫茶店、私も行きたいです!笑 抹茶派かチョコ派かきになりますね☺️