『別式』で描いたこと、描けなかったこと(16) (Pixiv Fanbox)
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自信作だ傑作だなど自画自賛ばかりもしていなれない。実は所々ミスがあることも自覚している。また、敢えて史実や現実と異なる描写をしている箇所、ミスではないが已む無き事情で省略や言葉足らずに終わってしまった箇所も多々ある。今回はそれらを補完してみたい。
読み返して気付く度にこの記事は更新していきます。
その前に。
僕が万人に通ずる常識の持ち主かと言ったらそんなことはないと言い切れるが、それでもある程度の共感性を持ってないと他人に読んでもらう作品は描けない。ましてや商売にはならない。そこら辺は四半世紀漫画で食べてこられたんだから一応の自信はあるつもりだ。
読者にとって作品を楽しむことができる最大の要因は「共感できるか」であることは間違いない。知らない言語で書かれた文章を読んでも何も面白くない。
その共感率を最大まで持っていくことが商業作家としては至上使命でもあるのだが、どうしても個々の読者とは疎通できず誤解を生む箇所は必ずある。
だがそれは作者の努力や常識や共感性の欠落のせいばかりとは言えない。先の喩えを逆に考えると、“書かれている言語を読者が知っていれば読める”のだ。つまり作品を面白いと思えるかどうかは読者の知識や経験によるところも大きいということだ。
世間一般にはウケているが自分にはサッパリ面白さが理解できない作品に出遭うと思わずdisりたくなる非常に悪い癖が僕にはあるが、「その作品を理解するだけの受容体(知識と経験)が僕に備わっていないせいかもしれない…」と、少しは冷静に考えるようにはなった。もういい歳だけど。
前置きが随分長くなったが、その辺も踏まえてもらいつつ、本作の登場人物の心理や動機に納得できないところがあったとしてもこの解説においてはスルーしていただきたい。
また本作は史実を意図的に絡めている部分があります。正直に言って半分以上はネット文献頼みの付け焼き刃の知識。歴史物、時代劇すらあまり観ていない。
武術にも通じておらず、着物の構造や江戸の街並みなどのプロットデザインもこれまで注意を払って観察したことがなかった。
…なんで時代劇始めたんだよ…
いやまったくで。見切りスタートした第1話の下描きを描いていて夜逃げしたくなりました。
そもそも作者による解説という行為がまあまあナンセンスかつ破廉恥な悪趣味であり、鵜呑みにしていただく必要は全くありません。
前置きが更に長くなってしまったのでこの辺で本題へ。
《九十九は最終的に源内が刀萌の仇という確証を得ていたのか?》
これはミスではなく描写する尺が残されていなかったという切実な事情による省略。
その結果がこれ。
〈島田の組織に源内がいる〉〈実際に源内が刀萌を殺害している〉〈九十九がその仇を取りたい〉という情報が共有済みであったという表現。
上に載せた2枚のカットの間には2ヶ月程度の時間経過がある。
本当なら事実に辿り着いた九十九の心理描写は不可欠だったが、それも省略して、辿り着いた心境を下のシーンで語って済ませてしまっている。
《刀萌の正体・死んだ理由はどこまで伝えられていたのか》
これは全てです。刀萌からの遺書が九十九にも届いていた事実以外は。
類が受け取った遺書の存在については、たまたま魁や切鵺からその後の追求が無かったということで。
《明らかなミス》
この独特な隠密部隊の隊員が〈九十九があの現場に現れる筈〉だったことを知らないのは不自然。同じ隊員でありながら独断で動いている九十九について勝利が作戦説明において言及しない理由がない。
更にその前のカットでは〈結果的にとは言え島田の画策のせいで九十九が死んだ〉ことをこの隊員は理解している。島田も既に説明済みだと言っている。なのに「聞いてねえ」はあり得ないのだ。
その後の島田のリアクションも然り。この会話はここで展開されるべきではなかった。
これは僕がこの隊員を気に入っていたので台詞を増やしたかった欲があったせいではなかろうか。よく覚えていないが。
《冒頭への繋がり》
クライマックス直前の類と切鵺の河原でのやり取りを読んでからこの冒頭シーンを振り返ると、既に二人の間で判明していることをぼかして喋っており(しかも説明的に)、少々不自然。
“ぼかして”…というのは僕の言い訳に過ぎないのだが、完璧な脚本を書いてから連載に臨んだわけでないし、この程度の齟齬は連載作品には付き物ではある。アニメ化の際には台詞改訂を打診してみますね!
また他所で解説済みだがここの切鵺の台詞には苦しめられた。類のことはずっと「お前」と呼んでいたのにここだけ「あんた」と呼称していることにもクライマックス直前に気付いて空を仰いだ。
《消えた脇差》
上段のコマで何故か脇差が鞘に無い。凡ミス。
《江戸時代前期の風呂事情》
この時代、家屋に湯船と洗い場を備えた内風呂は存在していない。あったとしても屋敷クラスの邸宅のみ。風呂自体が発達していなかったこともあるが、その頃は江戸町内も整備が進んでおらず住宅が密集しており火災の危険性が大きかったために禁止されていたというのもある。ただ、銭湯は数多くあった。それも現在のそれとは構造が異なる上に基本混浴。
この〈混浴銭湯〉を出すことに躊躇った。
類たちの性愛に対する感情や羞恥心は現代人のそれであり、混浴銭湯を常識としてしまうとコミカルに話がうまく転がらなくなってしまうのだ。
というわけで、風呂事情は史実をガン無視。
《ルビの誤り》
どう考えても〈提(さ)がって〉が正しい。これはネーム時点で僕がルビを振っていたのだが、字が汚すぎて編集が読み取れず、僕が敢えて〈あがって〉と読ませていると勘違いしたものと思われる。
講談社の校閲者は優秀な筈であるが何故かここは見逃されたし、単行本でも修正を免れた。
なお、連載初期はネームに手書きの台詞を書き込んでいたが中盤以降はタイプした文字列を貼り込む様式に変更した。そのため誤字率が圧倒的に下がった。デジタル作画の恩恵。
《知り過ぎている男》
源内は切鵺が自分を探していることを近年になって風の噂で知った程度で、それほど危険視もしていなかった。自身で対応するほどではないと考え、この男をはじめ恐らく数人の浪人を防御網として雇った。
雇ったと言っても、「もし自分を探している尼崎切鵺という男児の情報を掴んだら処理して欲しい」という成功報酬でのパッシブな防御として依頼していた。
早和を通じて切鵺に行き着いたこの浪人と源内の親密度がどれだけあったかは知らないが、源内が自分の過去を、切鵺との関係まで含めて語るとはまず思えない。
また、この台詞が切鵺が源内を追っている本当の理由の初開示となるわけで、その辺も含めてやや軽率だったと思わざるを得ない。
これはまだ未登場の源内のメンタルを詰めていなかったためのオーバーテイク。
《破瓜の痛み》
これを「お腹痛い」と言わせていいのか男の僕は逡巡したわけで。言わないまでも本当は「お股」なのかもしれない…という。
尋ねることを憚らなくてもよい女性の知り合いがいないわけでもなかったので尋ねるべきだったな。
《テンポが悪い》
軽いギャグのコマだったが省いても良かった。せめて九十九の3点リードは削るべきだった。
《コマとフキダシの配置が悪い》
僕の漫画にありがちなんですが。
ここは「今の貴女を取り巻く状況は」「そのために誂えられた運命に」「わたしには見えるわ…」が、正しい読み順です。
《釈明になってない》
刀萌の台詞が何の釈明にもなってない。
直すとしたら…
捻れていなかったら
ただ切れて分かれただけ
だからそれは“変化”よ?
…かな。
《アリバイ消し》
まあほんとにこのエピソードをきちんと熟読して理解しようとする読者なんて5%もいないと思ってるんですが。
それにしてもここの刀萌の解説は分かりづらい。特に「矢島のアリバイを消す手引きをした上で」という説明。
これはどういうことかと言うと、刀萌が矢島に久慈殺しの濡れ衣を着せるために、久慈を殺害する時間に矢島を人目のつかない場所へ誘き出してアリバイを証明出来なくした、ということ。
ここも台詞を直すとしたら
矢島を人目のつかない場所に
誘き出した隙にあえて
同じ手口で久慈を死末した
…とするかな。それが矢島のアリバイ消しと濡れ衣工作だったということは次のページの図解で示しているし。
《水も滴らないイイ男》
川に転落してずぶ濡れの筈なのに水の切れが早すぎる。単なる水滴の描き忘れ。
《源氏名》
源氏名でなく本名を語ってしまっている。凡ミス。咲の、でなく、僕の。
《時系列の転換が分かりづらい》
以前の解説でも述べたが、本当にこの転換は失敗。下手すぎ。お堂からそのまま帰ってきたようにしか思えない。実際は過去に遡っているわけだが…。
酒瓶を持って「ただいま…」と言って帰宅する刀萌を入れたのは、この日父親が咲を売り飛ばすために刀萌を外に遣いに出していたことを説明したかったからなのだが、省略しても良かった。「ただいま…」が混乱を招いている。
《綺麗な断面》
細かい事だが、断面を描きそびれた。
《白いざくろ》
これまた細かい事だが、斬九郎にトーン貼り忘れた。
《畜生》
描き直してもなんだか上手く描けなくて諦めてしまった九十九…。
同様の絵に↓の魁もある。
《あの狐目》
〈密偵の狐目〉という意味です。分かりづらかった。
※今回はここまで。