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「あぁ…そっか。届かんかったなぁ…。うちの"W.I.N.G."は、ここまでやったばい……」

W.I.N.G.で敗退した恋鐘が発した一言だった。

「勝ち上がりたかった……」
その震えた声を聞いたプロデューサーの胸が締め付けられる。

W.I.N.G.とは、新人アイドルにとっての「登龍門」と呼ばれる、大規模なアイドルコンテスト。
これに優勝する事が恋鐘の目標だった。
7ヶ月にわたる厳しい予選を生き残り、プロデューサーと共に試練を乗り越えてきた。

順風満帆と言えた恋鐘のアイドル人生。
ここで、大きな挫折を味わう。

『うち、絶対アイドルになりたかけんね!うちはアイドルになる為に生まれてきたけん!』
オーディションの日。
恋鐘に初めて会った日に聞いた、印象的過ぎる一言。
プロデューサーはその一言に、何よりも月岡恋鐘という女性に強く惹かれた。
自信過剰ではない。
その自信に見合う器量。
アイドルになる上で必要な要素を満たしたダイヤの原石。
プロデューサーは「君をトップアイドルにしてみせる」と、そう言って恋鐘を283プロのアイドルとして迎え入れた。
あの時の恋鐘の笑顔は忘れられない。

…トップアイドルになる資質は十分にある。
プロデューサーにとって、彼女は最高のアイドルだ。
それでも、勝てなかった。

W.I.N.Gでの優勝が全てではない。
登龍門であって、ゴールではないんだ。
恋鐘が輝ける舞台はまだ沢山ある。

そう伝えたが、恋鐘は「そうやね、また輝いてみせるばい!」と無理に作った笑顔で答えた。

あれから10日。
恋鐘は一生懸命仕事をこなし、アイドルとして頑張っていた。
その姿は吹っ切れたようにも見える。

…だが、プロデューサーには分かる。
恋鐘はW.I.N.Gでの敗退を、まだ引きずっているようだった。
自然体が魅力な恋鐘の、作り笑いは見ていられない。

恋鐘がここまで来れたのは、W.I.N.G.優勝という大きな目標があったからだ。
明確な目標があったからこそ、過程で躓いても「なんてことなか!」とへこたれない。

しかし、今も「トップアイドルになる」という漠然とした目標はあれど、具体的な目標は無くなった。
ぷらんと宙に吊られているように見える恋鐘。

いつまでも落ち込むな…と言いかけるも、プロデューサーはぐっと口をつぐんだ。
そんな偉そうな事を言える立場にあるのかと、二の足を踏む。

プロデューサーには負い目があった。
こんなにも魅力的な恋鐘なら、そのポテンシャルだけで勝ち上がれるんじゃないか?
…その慢心が、この結果を生んだのかもしれない。
プロデューサーとしての仕事を怠ったつもりはないが、やはり心の何処かで……。
ダイヤの原石を、原石のまま舞台に上げてしまった。

原石を丹念に磨き、舵をとるのは自分だ。
プロデューサーは熟考する。
恋鐘がより輝く為に必要な事、相応しい場といった様々な事を。

…だが、その答えが簡単に分かれば、誰でも敏腕プロデューサーになれる。
そう甘くはない。
答えが分からぬまま、2ヶ月が経とうとしていた。

***

「プロデューサー!お疲れ様ー!」

大きな声を出し、天真爛漫な笑顔で事務所に入ってきた恋鐘。
「お疲れ、恋鐘。今日も元気だな」
「うん!うちはいつでも元気たい!」
何か良い事でもあったのだろうか?
いや、これこそが恋鐘の自然なテンションだった。

あれから2ヶ月。2ヶ月という月日は、恋鐘を大きく成長させた。
もう作り笑いはしていない。
騒がしいくらいの明るさを取り戻し、仕事に励んでいた。

「プロデューサー、お腹空いとーと?今来る途中にプリン買ってきたけん!一緒に食べるばい!」
「え、いいのか?」
「よかよ〜!ど〜ぞ」
「ああ、ありがとう。丁度甘い物が欲しかったところだ。嬉しいよ」
「うん!うちもこうやってプロデューサーと一緒にプリンば食べれて嬉しか!」
二人は椅子に腰を下ろして、プリンを口に運ぶ。
「美味い」
「んふふ〜、美味かろ?うちのオススメたい!」
そう言って得意げに笑う恋鐘。

プロデューサーは安心していた。
恋鐘に、以前と変わらぬ明るさが戻った。
以前と変わらぬ笑顔が。
そう、以前と…変わらぬ…。

「…なぁ、恋鐘」
プリンを食べ終え、プロデューサーが口を開く。
「ん?何ね?」
「ここのところ、ずっと落ち込んでいただろう?だから、追い討ちをかけるみたいで中々言えずにいたんだが…」
「?」


「…太ったよな…?」


以前と変わらぬ笑顔を浮かべる顔。
その輪郭は、丸みを帯びていた。
顔だけではない。全体的にふくよかになっている。
3、4kg…いや、5、6kgは太っただろう。
ぽっちゃりとまではいかないが、顎を引けば二重顎になる程度にはむっちりとしている。

「え⁉︎分かると?」
「分かるよ」
バレてないと思っていたのか。
恋鐘は、顔を赤らめてバツの悪そうな顔をする。

恋鐘は内面的にも、そして、"外見的にも"成長していた。

***

たった2ヶ月程度で5kg以上太る。
かなりの激太りだ。
恋鐘に聞いたところ、W.I.N.G.で負けた悔しさから切り替える為に、時間がある時はひたすら好きな事に没頭した結果だという。
恋鐘の趣味は料理を作る事だ。
恐らくは、美味しい物を作っては食べ、作っては食べを繰り返したのだろう。

元々、恋鐘はよく食べる方だ。
だが、W.I.N.Gで優勝する為だと、甘い物を控えていた。
甘い物を食べるにしても、カロリーをきちんとチェックし、より低い物を選ぶ徹底っぷり。
アイドル活動においてかなりストイックな恋鐘だが、負けた事で緊張の糸が切れてしまったようだ。
気が付けば、お腹の肉がむにっと摘める程太ってしまったという。
言われてみれば、服の上からでも分かる程、お腹もぽっこりとしている。

勿論、今は痩せようと努力している。
体型維持が出来ないアイドルなんて、恋鐘のアイドル理想像からかけ離れる。

が、短期間で5kg以上太ったんだ。
そう簡単に肉が落ちるものではない。

「(もっと早い段階で言うべきだったよな…)」
誰もいなくなった夜の事務所。
プロデューサーは、ふとスマホを立ち上げ、月岡恋鐘と検索してみた。
すると…

月岡恋鐘 激太り 劣化 デブ

そんな言葉が出てきた。

苛立ちを覚えながらも、気になって色々なサイトを見てみる。
すると、『月岡恋鐘のやば過ぎる食生活』『デブで太り過ぎな画像流出』と、頭の悪そうな記事が出てきて眉を寄せる。

まだ活動を始めて1年程の新人アイドルではあるが、それなりにメディアに露出している恋鐘。
アイドル業界では名前を知られている方だし、芸能人に疎い一般人にも「あ、テレビで見た事ある」「確か方言が可愛い子だよね」という程度には認知されている。
勿論、ファンも多い。
…しかし、それなりに注目されている為に、こうしてネットで中傷されてしまっている。

「(俺の所為…だよな…)」

不甲斐ないプロデューサーだと考え、放心しながらスマホをいじる。
「(ん?何だこれ)」
プロデューサーの目が、一つの記事に留まる。
その記事の名は『月岡恋鐘 むちむちボディが可愛過ぎる』。
気になって開いてみた。
そこには、可愛い、堪らない。そんなコメントが大量に書き込まれていた。
中には、もっと太って欲しいなんて書き込みもある。それも1つや2つではない。
先程のネガティブな記事より、よっぽど注目されているようだ。

関連記事には、『今人気のぽっちゃり芸能人20選』『太っても可愛いの声が高まる月岡恋鐘』『ぽっちゃりブーム到来⁉︎ぽっちゃり女子が人気な理由』。
そして、『総重量500kg!おデブアイドルグループ』。

「……」
思えば、最近のぽっちゃりブームは中々の勢い。
ほんの数年前なら考えられなかった事だが、おデブアイドル…通称デブドルのライブで収容人数2万人の会場が埋まったとか。
プラスサイズモデルによるファッションショーも定期的に開催されており、注目度が高まっている。
どこの事務所にも、ぽっちゃりタレントがいる昨今。

高まるぽっちゃりニーズ。
太って可愛いと言われる恋鐘。

プロデューサーは、ある事を思いつく。
それは、安易な発想かもしれない。
しかし、確信に近い何かをプロデューサーは感じていた。

***

ある日、仕事の後で少しだけ話そうとプロデューサーに呼び出された恋鐘。
恋鐘は、何故自分があらたまって呼び出されたのか分かっていた。
ぽっちゃりとしてきて、仕事の数まで緩やかになってきている。
恐らくは「痩せろ」と、そう言われる事だろう。
プロデューサーの前に立つ。
プレッシャーに耐え兼ねてか、プロデューサーが何か言葉を発する前に、恋鐘は大きな声を出した。

「プロデューサー!うち、ばり頑張って痩せるばい!アイドル失格なんて言わせんよ!だから…その……」
「…ああ、いや、その事なんだが…」
「?」

痩せろと言うのではないのか?
他に、言う事が……?

まさか、解雇⁉︎

あわわわと恋鐘の顔が青くなる。

アイドルになった時の体重から10kg近く増え、未だに痩せられない自分…。
プロデューサーの言葉が怖い。
恋鐘は、僅かに震えながら言葉を待った。

「……」
「…プロデューサー…?」
「…増量、してみないか?」
「……、ふぇ?」
予想外過ぎる一言だった。

「ぞ、ぞーりょー?…太るって事…?」
「そうだ」
「…?」
痩せろと言われると思っていたのに、真逆の事を言われた。

プロデューサーからぽっちゃりブームやら何やら説明されるが、イマイチ飲み込めない。
恋鐘は珍しく黙り込み、考える。

「……プロデューサーは、それでうちが今よりも輝けると…そう思うと?」
「…ああ」
プロデューサーの顔は、冗談を言っているようには見えない。
色々考えた上での発言だろう。
「うーん」と考えた後、恋鐘はにっこりと笑った。

「なら、よかよ!プロデューサーの事、信じるばい」
「!…いいのか?もっと考えて…」
恋鐘は食い気味に続ける。
「だってうち、プロデューサーの事ば信じとーもん。…アイドルになる為のオーディションに落ち続ける中で、うちの事ば見てくれたんはプロデューサーだけやけん。うちは、プロデューサーの目ば信じとーばい」
「!恋鐘…」
「心配事がない訳やなか。ばってん、プロデューサーがそう言うならやってみるんも悪くなか」

市場開拓と言えば聞こえは良いが、世の反応が冷ややかなら悲惨な結果になるだろう。
勿論、少しずつ進めて駄目なら痩せると考えてはいるが、それも簡単な話ではない。
しかし、そんな不安以上に、恋鐘のプロデューサーへの信頼が上回っているようだ。
プロデューサーにとって、これ程嬉しい事があろうか。

この日より、恋鐘の増量生活が始まった。

***

「こがたーん、ポテチもう2、3枚頂戴よー」
昼下がりの事務所。
恋鐘と同じアンティーカのメンバーである三峰 結華が、恋鐘にポテチをねだっていた。
「えー、さっきから10枚はあげたやろ?あと1枚だけばーい」
「ふえぇー?こがたん、1人でもう2袋は食べてるじゃんかー」
「これは増量の為やけん。い、言うならこれも仕事ばい!」
アイドル活動においてストイックな恋鐘は、ストイックな迄にデブ活をしていた。
その成果は中々のもの。
度重なるデブ活は、恋鐘をむっちりしたおデブへと変えていた。
アイドルになった時の体重が58kg。
増量を提案されてから数ヶ月経った今の体重は78kg。

顎を引かずともうっすら二重顎。
肩はこんもりとして、全体的に丸い。
元々豊満だった乳房は、更に大きさを増してシャツの柄を引き延ばしている。
その胸の下のぽっこりしたお腹も、日に日に存在感を増していた。
10人が10人がデブ・ぽっちゃりと答える肉厚な身体。

そんな恋鐘を中傷する声は、以前より増えた。
だが、その声が小さなものと思えるくらい、目に見えて人気が高まってきている。
恋鐘は「うちにファンが増えたのは素直に嬉しいか。ばってん、少しだけ複雑ばい」と言っていたが、今は増量に前向きな様子。

「(…世の太めニーズがこれ程とは)」
想像通り、いや、想像以上のものだ。
そして、恋鐘の増量っぷりも想像以上だった。
ぽっちゃりアイドルとして恋鐘を売り出すつもりだったが、今やぽっちゃりの域を出かかっている。

プロデューサーは、ブレーキを掛けるか否か迷っていた。
だが、今の人気を見て、ここでブレーキを掛けるのは惜しいと思えた。
まだ始めて数ヶ月。
答えを出すのは早いと考える。
そして、何よりプロデューサー自身が……。

「こーがーたん、お菓子くれなきゃイタズラするよ〜」
にひひと笑みを浮かべた結華が、恋鐘のぽっこりとしたお腹を揉み始めた。
腹肉が結華の手に形を変えるのが、服の上からでも分かる。
布を通しても分かる柔らかさ。
恋鐘がくすぐったさに身をよじると、ふるふると僅かに身体が波打つ。
1mを超える大きな胸は、恋鐘の動きにゆさゆさと揺れる。
「ちょ、やめんね、くすぐったいば〜い」

「やぁ。…っと、何をしているのかな?何だか楽しそうだね」
事務所に入ってきた白瀬 咲耶が、2人に声を掛ける。
「あ、咲耶ー!んふっ、助けてくれん?んふふふ、あはははは!ちょ、本当にやめんね!」
「さくやんもこがたんのお腹を揉もうよー!すっごく柔らかいよ。お餅みたい」
「へぇ、それは少し気になるな。どれどれ」
「!ちょ、咲耶ー‼︎」
何故か咲耶も悪ノリに加わって、恋鐘はお腹を揉まれ続けた。

5分後。
すっかり落ち着きを取り戻した3人がソファに腰を下ろしていた。
「それにしても、恋鐘。最近何だか忙しそうだね」
「そうやなぁ。今日も食リポの撮影に行ってきたばい。この後も収録があるけん」
「そうかい。忙しいのは良い事だ」
「こがたん、売れっ子だもんね!」
「……。咲耶、結華」
「ん?」
「うちは今の仕事に満足しとるよ?けど、アンティーカのメンバーとして、今のうちは…」
「…恋鐘は恋鐘の道を進めば良い。個人の仕事で十分認められているなら、何よりじゃないか。恋鐘が輝けるなら、 迷わずその道を選ぶべきさ」
「そうだよ、こがたん。それに、アンティーカを脱退した訳じゃないでしょ?また一緒に色々と企画しようよ」
「…けど、太ったうちじゃ、クール系ユニットのアンティーカのセンターを務めるには…」
「大丈夫大丈夫。こがたんがクール系じゃなかったのは今に始まった事じゃないし、ファンも受け入れてくれるよ!」
「ありがとう、結華…って、クール系じゃなかったってなんね?」
「え?」
「え?」
一瞬の静寂の後、3人は同時に笑い合った。

「よーっし、小難しか事ば考えるのはやめるばい!仕事の為に、プロデューサーの為に、今の道を突き進むたい!」
「俺の為…?」
「?プロデューサーが提案してくれた事やろ?」
「あ、ああ、そうだな」
「……?」
プロデューサーの反応に違和感を覚えながらも、恋鐘はもう一袋のポテチを開けた。

(続く)

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