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※ハラ(漁師)グズ(人魚)の捏造人魚パロ(R-18)です。

   マーマンインザサン   旋牙闇霧

深い緑色の海に、巨大な光の花が咲いている。

太陽が描くその輪は、ゆらゆらと笑うように踊っている。

ずっと、海の底からそれを見ていた。

見上げていた。

たったひとりのともだちと一緒に。

今までは。

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「おかしなものを見た?」

村の酒場でラムを飲みながら、ハラは漁師仲間の話を聞いていた。

「ああ、最初はアシレーヌかと思ったがどうも違う。

よく見ようと思って近づいたら、

こう、水の上に頭だけ出してよ、紅い目でこっちを」

ぐうっ、と睨んできたらしい。

その途端、漁師の体は変調をきたし、

あやうく舟から落ちるところだったという。

「ありゃあおっかねえ。

きっとバケモンだ」

「それで魚一匹獲らずに帰って来たとは、

はあ、まったくしょうがない奴よ」

「それで今日は一文無しだ。

つうわけで、なあ」

「ああ? それが狙いか?

ますますしょうがない奴だな!」

ワハハ、と笑ってハラは漁師のコップにラムを注いでやった。

汗と煙草の匂いが漂う。

古ぼけた酒場には窓が無く、薄暗い店内を橙色の明かりが艶かしく照らしている。

夜風が開け放しの扉からすう、と吹き、ハラの頬を撫でた。

「ハラさんの舟は今日も大漁だもんね。

さすが村一番のイイ男」

波打つ豊かな黒髪をたたえた女が、

そう言ってハラの隣に座った。

「なんだ、お前も奢ってほしいのか?」

「わたしはお酒はいらないわ。

わたしが欲しいのはこっちのほう」

日焼けした指がハラの褌を優しく撫でる。

「今夜空いてる?」

「いや、予定は今できた」

ハラはそう言うと、カウンターにコインを多めに置き、

女を抱きかかえて三角屋根の店を出た。

「そちらから誘ったからには、朝までつきあってもらうぞ」

「あら、待って。そこはベッドに入ってから……」

夜の闇に男と女の艶かしい声が溶けていく。

椰子の葉擦れと潮騒の音が聴こえる。

月が輝いた。

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翌朝、情事を終えたハラは一片の疲れも見せず漁へ出た。

コアの木で作った単胴船にひとり乗り込み、

帆を張って沖合まで出る。

海の色がエメラルドグリーンから深い青緑へと変わる。

浅瀬のサンゴ礁が途切れた合図だ。

ここから先は底が知れないほどに深い。

それと同時に獲れる魚も大きく、高値で売れるものになる。

「よっと」

波で大きく揺れる舟の上で、ハラは器用に立つと網を投げた。

波紋を描き、網はすぐに海中へ沈んで見えなくなる。

「さて」

ついでに大物狙いの竿も垂らし、

漕手座を外して横へ除けると、

ハラは魚の匂いが染みついた船内床にどっかりと寝転んだ。

「……甘いな」

唇を舐めると、熱い一夜が脳裏をよぎる。

村の女とは数えきれないほどやったが、

あいつはなかなか佳い女だ。

男を悦ばせるのが上手い。

……まあ、男の悦ばせ方を一番知っているのは男なのだが。

ハラは無精ひげをしごきながら、

今まで肌を重ねた男たちのことを回想した。

漁で鍛えられた筋肉が汗みどろになり揺れるさま、

快楽と痛みに歪む貌、テカテカと脂ぎった亀頭から噴き出す男汁……

「む、いかんいかん」

むくむくと鎌首をもたげるそこを太い指で押さえつけると、

ハラは起き上がり竿の様子を見た。

まだアタリは無いようだ。

先に網のほうを曳くか。

「むんっ」

両腕に力をこめ、ハラは網をゆっくりと曳き揚げた。

海水が網に絡みつき、空(から)でもかなりの重さがある。

「うん?」

空ではない。確かな手ごたえを感じる。

これは何かかかっているな。

しかも大物だ。

「よっ!」

両腕の力こぶがビクンと体積を増す。

鉢巻きを巻いた額に血管が浮きあがる。

網をずるり、ずるりと力強く曳き揚げ続けると、

徐々に獲物の姿が浮かび上がる。

深い青緑の中に、靄がかかったような、

白い、なんだ?

ジュゴン?

いや、違う。

サクラビス?

違う。

ハクリュー?

いや、

アシレーヌ……

「アシレーヌのような、バケモノを」

まさか、こいつが

ぶくぶくぶく。ぶくぶくぶく。

網の中でそれは暴れ、もがき続けていた。

網が裂ける。

裂けた網がさらに『それ』の躰に絡みつく。

まずい。

「ふんっ!!!!」

『それ』が何かはわからないが、

網が絡みついたまま逃げてしまえば命に関わる。

手負いの獲物を逃がし、

無駄死にさせることは漁師として絶対にしてはならない。

なんとしてでも助けなければ、と思った。

あらん限りの力を込めて、

ハラは網を曳き揚げた。

ずるり。

ずるり。

ずるり。

網が絡みついた獲物は暴れ続ける。

肌が灼ける。

息が苦しい。

網が、

ああ、

切れて

「させるかあぁぁぁぁっ!!」

叫びと共に、

網の中の『それ』は舟に転がり込んだ。

「はあっ、はあっ、はぁっ、はあっ……」

ぶるぶると両手が震え、力が入らない。

ああ、

「よかった。今助けてやるからな」

そう言って網切ばさみを手にしたハラは、

目の前の『それ』を見て言葉を失った。

首元と腕、尾に断片的に絡みついた網の下、

ぞっとするほど美しい、なめらかな白い肌。

ヒトによく似た、けれどヒトではない、その姿。

紅い、あかい瞳が威嚇するようにこちらを睨みつける。

「アッ……!?」

その瞬間、全身の血が沸騰するように熱くなった。

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「グっ……!」

十文字に瞳孔が開いた『それ』の目が、炎のように紅くゆらめく。

不可視の何かが、その目から触手のように放出されハラの全身を浸食する。

「あっ……うぅっ……!?」

熱い。性欲が抑えきれない。犯したい。

目の前のこの生き物を、滅茶苦茶にしてやりたい。

それなのに、全身が氷漬けになったように動かない。

これはまるで、伝説に出てくる……

魔眼だ。

「……グゥ……ザァ……ム、ラァーッ……」

何事かを呻きながら、

『それ』ははさみを持ったまま固まったハラから逃げようともがいていた。

しかしもがけばもがくほど、生き物の肉体に網は食い込んでいく。

腹立たしそうに、憎々しげに、

『それ』は腕に絡まった網を噛み千切りながら濁った声で喉を鳴らしていた。

このままではいかん。

「くっ……」

ハラは全身に力を込める。

金縛りのように微動だにしない。

だがこのままでは目の前の生き物が危ない。

たとえ自分が敵と認識されているとしても、

助けなければと思った。

なぜなら、それはハラの目に、とても奇妙であると同時に……

……とても、美しいものに映ったのだ。

「ふんぬうぅぅぅぅぅっ!」

ビキビキビキッ!!

こめかみに、腕に、脚に、血管が浮き上がる。

その鬼のような異相に気づいた『それ』はびくりと身をすくめた。

その生き物は考える。

ありえない。

自分の目に睨まれれば、巨大なホエルオーでさえ動けないのだ。

それが、こんな、

「ぐううぅぅうぅぅうぅっ!」

自分より小さな生き物に、効かないわけが

「ふんっ!!」

ぶんっ!!

「!!!!」

はさみを握った手に全神経を集中させ、

丸太のような自身の太腿に突き立てる。

成功だ。

全身を脂汗まみれにして、ハラははさみを太腿から引き抜いた。

赤い血でてらてらと光る刃物を見て、生き物は恐怖におののいた。

殺される。

あれはとても鋭いもののようだ。

あんなもので刺されたら絶対に助からない。

ああ、こんなことになるのなら

「ラァ……アァロゥ……ラァァ……」

光の輪になんて興味を持たなければよかった。

明るい青になんて惹かれなければよかった。

そこには美しい世界があると思っていたのに

ここに自分の居場所は無い。

ただ醜く切り刻まれて殺される。

「ガアァアァァ!」

生き物の目が再び紅く光り輝く。

ハラは左手で、やさしくその瞳を塞いだ。

「すまんな、『それ』はわしには効き過ぎる」

右手のはさみで網を切り外す。

腕、鰭、長い尾。

できる限りの気をつかったが、

その生き物は絶えず暴れたため、白い体を何カ所か傷つけてしまった。

幸い皮膚の脂肪層が厚いようでたいした傷にはならなかったが、

傷口には青い血がにじんでいた。

「やれやれ、あとは首だけ……あっ」

全身の網を外し終え、あとは首に巻き付いた網を取ろうという段になり、

ハラはつい気を緩めてしまった。

生き物が自由になった三本指の手で、目を覆っていたハラの手を払いのける。

「しまっ……」

「ガアッ!!」

ブウンッ!

「ッ!!」

魔眼だ。

再びの熱い魅了にハラが倒れ込む。

次の瞬間、大きな水しぶきをあげて『それ』は小舟の上から姿を消した。

船板の上で、赤い血と青い血が混じり合い、美しいマーブル模様を描いていた。

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翌日、小さな村内ではハラの出会った異形の話題で持ちきりだった。

ハラのほうから広めたのではない。

脚に怪我をし、網をぼろぼろにして帰って来たハラを漁師たちが問い詰めたのだ。

ハラの大物を取り逃がしたという嘘は簡単に見破られた。

漁師たちもハラを責めようと追及したわけではない。

彼の身を案じての事だった。

しかたなく、ハラは海で出会った『それ』の話をした。

網に絡まって身動きが取れなくなったこと、

はさみで網を切って逃がしてやろうとしたら、

暴れたのでその時誤って自分の脚を刺してしまったこと。

魔眼のことは黙っておいた。

『それ』が危険なものだと漁師たちに思わせたくなかったからだ。

その話に真っ先に反応したのは、先日『それ』を見た漁師だった。

「お前も見たのか!」

「ああ、だがもう来ることは無いだろう。

随分怖がらせてしまった」

「そうかあ、そりゃあ惜しいことをした」

「なぜだ?」

「実はあの後金借りるために町に行ってよ、

向こうの酒場でもその話をしたんだ。

そうしたらその場にたまたま居合わせた若い学者がよ」

────それはおそらく人魚だろう

「って言ったんだぁ」

「ニンギョ」

「ああ、なんでもそいつの肉を食えば不老不死になれるんだと。

だからよ、逃がさずに殺して食っちまえばよかっ……」

「ならん!!」

だん!! とハラの大きな拳が酒杯の乗ったテーブルを叩いた。

「あれを傷つけることはわしが許さん」

いつもの明るい人柄からは想像もつかないその威圧感に、

周りの漁師たちはたじろいだ。

だが漁師たちもみなそれぞれの修羅場を潜ってきた身だ。

肝が据わっている。

すぐにハラの言葉に異を唱える者が現れた。

「どうしてだ、あんたがいくらこの村一番の漁師とはいえ、

海の魚は俺たち漁師ひとりひとりに獲る権利があるんじゃねえのか。

あんたの指図をどうして受けなきゃならねえんだ」

「あれは魚ではない、人だ」

「仮に人だとしても魚も混じっているんだろう?

なら魚の部分だけ食う分には構わねえじゃねえか」

そうだそうだ、と普段からハラのことを快く思っていない漁師も続ける。

「あんたのもんじゃないなら口を挟むな!」

このままではあの人魚が危ない。

しかし、なるほど。

考えついた妙案に、ハラはにやりと笑った。

「なるほど、『わしのものであれば』文句は無い、

そういうことですな」

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深く潜れば、潜るほど。

水は冷たくなっていく。

この冷たさが普通だと思っていた。

この暗さが当たり前だと思っていた。

この静けさが……永遠に続くものだと思っていた。

岩陰で、体を丸め人魚は昨日の出来事を思い返していた。

熱い、眩しい、無数の音。

あのよくわからない生き物はどうして自分を殺さなかったのだろう。

自分が強かったから?

いいや、違う。自分の『眼』を見てもあの生き物は動いていた。

つまり、あの生き物のほうが強いのだ。

それなのに……

ごぼり。

一塊の泡を吐く。

傍らの大柄なグソクムシャが、その泡を前脚でつついた。

このグソクムシャと人魚は、幼いころからずっと一緒だった。

人魚たちは海底にコロニーを作って生活するが、

『彼』はそこには馴染めず、

コロニーからは距離を置き、一尾で生きていた。

その彼にずっと寄り添い、一緒に暮らしてきたのがグソクムシャだ。

彼にはグソクムシャの言葉はわからなかったが、

彼の言葉をグソクムシャは理解しているようだった。

彼らは幼馴染で、家族で、親友だった。

ぎゃっ、ぎゃっ

心配そうな声で鳴くグソクムシャの頭を彼は撫でる。

大丈夫。自分は大丈夫だ。

もう傷も塞がり、血も止まった。

痛くはない。

ただ、

『ここ』の冷たさと静けさが、彼の心を刺した。

「……グゥヴ……」

首に巻きついた網を指でいじる。

泳ぐのには少し邪魔だが、なぜか引きちぎる気にはなれなかった。

「ズヴ……」

グソクムシャの胸部に顔を埋める。

彼といるととてもおちつく。

自分は彼のことが好きだ。

けれど……

手を伸ばす。

光をかき消すような深い青。

微かに、天上にゆらめくみどりの靄。

あの生き物の顔を思い出すと、胸が熱くなる。

強い生き物。

その強さに、彼は自分でも理解できないほどに惹かれていた。

「グァ、グァ……」

熱さに、彼に、

もう一度会いたいと思った。

この深海(うみ)より好きかどうかを、確かめるために。

人魚は天に向かって泳ぎだす。

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ああ。行ってしまった。

おどろおどろと波打つ金髪。

『女王』は悲しげに碧の目を伏せた。

彼女はこの海域に棲む人魚すべてを愛する概念。

仲間たちの輪に混じれないとはいえ、

彼もまた彼女の愛する命のひとつだ。

人魚は海で生きるようにできている。

地上を目指したとしてもきっとうまくはいかないだろう。

それでも彼女に彼を止めることはできない。

彼女は『愛』の概念であるがゆえに、

人魚の『愛』を止めることはできないのだ。

今は見守ることしかできないのですね。

去り行く彼の姿を追う彼女の目が、

もうひとつの大きな影を認識する。

その影は彼とは逆に、彼女に接近していた。

あなたは。

それは彼に寄り添っていたグソクムシャだった。

グソクムシャは女王のもとまで辿り着くと、

訴えるように彼女のそばで鳴いた。

ぎゃっ、ぎゃっ。

女王はその言葉を、意思を理解する。

グソクムシャの言葉に、そうね、と彼女は微笑んだ。

あなたはとてもやさしい子、グソクムシャ。

そうね。彼を信じましょう。

深い海の底で、女王は目を閉じる。

きらきら。きらきら。きらきら。

銀に輝く魚群の天蓋が、彼女とグソクムシャの姿を深い藍に隠していった。

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極彩色の魚をかき分け、珊瑚のホールをくぐり抜け、

白く美しいその尾をうねらせて、彼は再び浅い海へとやって来た。

海面に顔を出す。

水の無い、からっぽのそこは初めて顔を出した時と同じように眩しく、熱く、大きな音がした。

ざん、ざんと波の音。

魚のように頭上を泳ぎ回る、大きな鰭の生き物の鳴き声。

あれはなんというのだろうか。

そして青と緑の境界線のむこうに小さく見える、海から盛り上がったところ。

あれはもしかして、あの生き物たちのコロニーだろうか。

「グゥ……ザァ……ザァ……?」

初めて来た時には気づかなかったものが彼の目に飛び込んでくる。

空、鳥、島、森、崖、砂浜、光。光。光。

「グァア!」

それらは彼を興奮させた。

すごい! すごい! すごい!

空気の熱さも忘れ、彼は大きな円を描くように泳いだ。

海の底から見ていた光の花より大きく、

ばしゃばしゃと音を立てて、大きな大きな輪を描く。

いつしか彼は笑っていた。

濁音でできた大声で、笑いながら光の海と戯れていた。

夢中になって泳ぐ。

やがて当初の目的も忘れ、はしゃぎ疲れた彼の顔に影が差した。

「見つけたぞ」

声をかけられ、紅い目を見開く。

ああ。

見つけた。

『強い生き物』だ。

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小舟の上から彼を見つけたハラは心の中で歓喜した。

よかった。

他の漁師にはまだ見つかっていないようだ。

「見つけたぞ」

そう声をかけて、舟から身を乗り出し彼に向かって手を伸ばす。

噛みつかれるのを覚悟していたが、攻撃してくる様子はなかった。

「わしのことがわかるか? 先日はすまなかった」

「グ……ギィ……?」

紅い瞳が不思議そうにハラを見つける。

ハラののばした指に、彼の指が絡まる。

自分の手の形と、ハラの手の形を比べているようにも見えた。

ハラの指のほうが太く、彼の指のほうが長い。

ハラの指は5本だが、彼の指は遊泳に適しているのか中指から小指が合わさり、鰭のようになっている。

「似ているか、似ているな」

「マァ、ムグ、オ」

彼の顔が指に近づく。

灰色がかった青い舌が、味見でもするようにハラの指を舐めた。

「むぅっ……」

その瞬間、快感が指の先からハラの体を這いずった。

最初に遭った時と同じ質のものだ。

紅い目がこちらを見上げる。

純粋で、無垢で、たまらなく淫らな光を放つ紅。

あたり一面に氾濫する青の中で、輝く宝石。

これはおそらく自分が手を出したところで染まるものでは無かろう。

ああ、染まってくれなくてもいいのだ。

ただ、お前を守れればそれでいい。

「そっちに行ってもいいか?」

やさしく声をかけてから、ハラは着ているものをすべて脱ぎ、

舟からぬるい海へと降りた。

海水が太腿の傷を刺すのもかまわず、

ハラは彼に近づいた。

「わしはハラ」

自分の胸に手を当て、

ハ・ラ、と繰り返す。

「ルァ……?」

「ハ、ラ」

「ッ……ラ……」

ハの音は発音できないのか、

空気を吐くように口を動かした後にたどたどしくラをつけた。

「そう、ハラ。

お前の名前は何と呼べばいい?」

「ウゥ……?」

「わしはハラ。

お前の名前は?」

「アッ……アァ……?」

「名前だ。何と呼ぶ?」

ハラのごつごつとした指が、彼の柔らかい胸に触れる。

彼がハラの言葉を理解したのかどうかはわからないが、

その口はゆっくりと3文字を刻んだ。

「……グ、ズマ」

「グズマ」

「ッラ」

彼の指がハラの胸に触れる。

「グズマ」

ハラの指が彼の胸を指す。

「グズマか、いい名だ」

「ッラ、グズマ」

「グズマ」

ハラは彼の名を呼びながら、海中でグズマを抱きしめる。

二人の胸の間であたたかい水が揺れる。

彼らを中心にして、光の輪が踊った。

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十重二十重(とえはたえ)に織られたネオンカラーの海で、

ハラとグズマは唇を重ねていた。

どちらから先に求めたのかは覚えていない。

グズマの口内は微かに甘く、花のような香りがした。

舌と舌を絡めあった途端、ハラの体を快感が蝕む。

キスそのものの快感だけではない、

目の奥に刺さるようなこのけだものじみた衝動は、

これも魔眼と同じく相手を魅了する人魚の力か。

「ん……むぅ……」

「……グッ……ヴゥ……ッ……ラ……」

初めて出遭った時のように、

体が麻痺しないのは彼に敵意が無いからなのか。

そんなことを考えていたハラの頭から、

すぐに論理的な思考は端から崩れ去っていく。

味わったことが無いほど強い快感が、

衝動が、頭の中を塗りつぶす。

まずい。このままだと体も心も溺れる。

「少し待て」

一度グズマから離れると、

ハラは自身の小舟をわざと転覆させ、

船床に海水を溜めて元に戻した。

「お前にとっては居心地が悪いかもしれんが、

我慢してくれ」

舟に上がったハラは、

そう言ってグズマの手を引き、

舟の中へと招き入れた。

「グォル……」

小さなプールと化した舟の中で、

あお向けになりこちらを見つめる人魚の煽情的な姿に、

ハラの我慢は限界を超えた。

すでにその股間の太く猛々しいものははちきれんばかりに天を突き、

鈴口から大量の透明な汁を吐き出している。

「すまん。

本当は生娘のようにやさしくしてやりたかったが、

無理だ」

そう言って再びグズマにキスをする。

熱い。全身の血が精液になって煮えたぎるようだ。

「おぉ……」

白くすべらかな裸身に指を這わせる。

吸いつくようなその皮膚を、

鎖骨のあたりから下へとなぞっていく。

胸を揉み、柔らかい腹を通り、

褐色に日焼けした指が性器に辿り着く。

「ッガ、ラーウ、ザ、ザア」

ヒトの男性器と女性器を合わせたような、奇妙な形状の性器だ。

肉厚な唇にも似た縁は、淡いピンクに色づいている。

スリットに指をゆっくりと差し込むと、

グズマは奇声をあげてその身をびくびくと震わせた。

「痛いか?」

それとも感じているのか?

問うたところで答えはわからない。

わかったところで行為を止めることはもはや不可能だ。

「ッラ……ッラ……」

顔を歪めて、名前を呼び続ける彼がたまらなく愛おしい。

狂おしいほどに貫き、自分のものにしたい。

道徳や良心抜きに、本能の赴くままに交尾したい。

「ここにいるぞ」

指を抜き差しすると、そこはほどなく粘液で溢れかえった。

グズマのそこから出た粘液を自身の勃起になすりつける。

「ふうぅうぅぅ……!」

グズマの粘液に触れるたび、気絶しそうなほどの快感が全身を襲う。

吐く息が熱い。光がとても眩しく感じる。

波の音が鳥の声が、いつも以上に立体感を伴って耳の中で反響する。

空気が粘り気を持ってまとわりついてくる。

全身の産毛一本一本に神経が通る。

「入れるぞ」

ビキビキと太い血管が浮き出た肉棒をグズマのスリットへあてがうと、

ハラはそのがっしりとした腰を突き出した。

「ギャアアア!」

グズマの口から悲鳴があがる。

しかしハラはその動きを止めることなく、

グズマの口を自身の口で塞いだ。

パニックになったグズマがハラの唇を噛む。

一瞬の鋭い痛みにハラは顔をしかめたが、

敵意が無いことを伝えるようにグズマの頭を撫でながら、

ディープキスを続けた。

フーッ、フーッ、フーッ、フーッ

二人の荒い息が口の中で繰り返し交換され、

甘い香りと血の味が溶けあっていく。

傷口から唾液が染みこみ、

ますますハラは自身が狂っていくのを感じた。

根元まで入れた肉棒をにゅるりと引き抜き、

また深々と差し込む。

にゅちゅっ、にゅちゅっと粘膜が擦れる音を立てながら、

そこは淫らにぶつかり合った。

「ぷはっ……」

「ッラ……! ゥカ……ゥカ……ッ!」

「お前も好くなってきたのか?

ここがこんなに硬くなっているぞ」

グズマのスリット上方から伸びた、

ピンク色の勃起が挿入前よりも肥大化している。

腰を振りながら、

ハラは右手でグズマのそれを上下にゆるゆると撫であげた。

「アーーーッ! アッ! アッ!!」

「好いか好いか、かわいいやつよ」

ぐちゅん! ぐちゅっ!! ぐちゅっ!! ぐちゅっ!!

小舟が軋む。水が乱れる。

グズマの口から嬌声が絶え間なくあがり、

ハラはその反応にますます興奮して腰を激しく打ちつけた。

「どうだ、いいか!

お前を抱いている男の顔を忘れるな!」

「ッラ! ァラ! アアッ!!」

「そうだ! わしだ!! むううぅっ!!」

照りつける太陽から守るように、

ハラはグズマを組み敷いた。

ぬるく優しい影に包まれて、

グズマは雄の名前を鳴き続ける。

「いいか、お前はわしのものだ!

わしのものだぞ、グズマ!!」

ギトギトと黒光りする全身をわななかせ、

ハラも愛しい人魚の名前を呼び続けた。

「アーッ! アーッ!! アーッ!!」

ビクンビクンとグズマの体が打ち震える。

もう何度も達したのか、結合部は白く泡立っていた。

「くそっ、わしももう限界だ!

中に出すぞ! グズマァ!」

「ッラ……!

アウッ……アッ!!」

びゅくん!! びゅっ!! びゅっ!!

最後のほうはもう、

何も考えられなかった。

ただ肉欲と快感に溺れ、

貪り、蹂躙し、ハラはグズマの膣に射精した。

ハラの白濁液が勢い良く、ドクドクとグズマの膣内を征服する。

「ハーッ、ハーッ、ハーッ、ハーッ……」

「ラ……ッラ……」

「グズマ……」

絶頂の余韻がちりちりと、ハラの神経でくすぶっている。

まだ視界は歪んで、全身を包む浮遊感は抜けない。

しかし相手を思いやるだけの心の余裕が、

ようやくハラの中に戻った。

「すまん、無理をさせたな」

先に舟から落ちるように海へ出ると、

ぐったりしているグズマを傷つけないように、

ハラは舟を再び転覆させた。

鮮やかな青に白が沈む。

水の中で、人魚は大きく息をした。

「大丈夫か」

ハラの問いに、グズマは弱々しく、薄い笑みを浮かべた。

「グズマ、ァヌ、ッラ、ザァ」

「……お前は美しい」

揺れる。光る。眩しく輝く。

紅く濡れた宝石を、ハラはもう一度抱きしめた。

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「危ないぞ」

小舟に収納してあった竿についていた釣り針を、

物珍しそうにグズマは指でつついていた。

「危ないというに」

ハラは胸の前で×の字を作ったり首を横に振ってみたが、

グズマは意に介せずといった風に、その緑色に輝く針を弄んでいた。

「貸しなさい」

仕方ない。

グズマの手をやさしく上から包み、

ハラは大ぶりの針を仕掛けからハサミで取り外した。

道具箱に入れていた鑢(やすり)で尖った先端を丸めてやる。

「これでいいか」

網の繕い糸に針を通し、針の根元を結んでペンダントにする。

村の子どもたちもよくつけている、素朴な首飾りだ。

「ほら、それと取り換えてやろう」

まだ首に巻き付いたままの漁網を取ってやろうと手を伸ばすと、

グズマは威嚇するように歯をむき出し、両手で首の網を押さえつけた。

「なんだ、気に入ったのか?

お前が不便でないのなら取らんよ。

安心しなさい」

言葉が通じないもどかしさに苦笑しながら、

ハラは釣り針のペンダントを網の上からかけてやった。

「お前にあげよう」

「グァ!」

自分の首元で輝くそれを見て、

グズマは嬉しそうに一声鳴いた。

よっぽど気に入ったのだろう、

水につけて光が反射するのを、

指でいじりながらずっと見ている。

「さて、そろそろ疲れもとれたかな」

あたりを見回せば空が薄い金色に変化している。

間もなく夕方だ。

「わしの舟についてきなさい」

そうグズマに告げて、

ハラはゆっくりと櫂を漕いでは舟を止め、

グズマに手招きをした。

ハラの意図を理解したのか、

グズマも舟の描く波の跡を辿るようにして、

白く大きな尾を縦に振って想い人を追った。

金色の浅瀬を泳いでいたラブカスたちが、

2人と並走するように海面を跳ねた。

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空が夕陽で赤く染まる頃、

二人は村の桟橋に到着した。

「さあ、おいで」

舟から降りると、

ハラは海中でグズマを抱きかかえ、

そのまま浜辺へ上陸した。

「お前を村の皆に紹介しよう。

わしらの都合につきあわせてしまって悪いが、

少しの間辛抱してくれ」

ハラの言葉にグズマは小さく首を傾げ、

無邪気にキスをせがむようハラの首に腕を伸ばした。

「こら、今は我慢しなさい」

「グゥ……ッラ、メェズ、ァウ!」

「これからはいつでも、

お前が満足するまで抱いてやる。

泣いて許しを乞うても知らんぞ」

意地悪そうににやりと口元を歪め、

ハラはグズマの頬に軽くキスをした。

漁師たちの寄り合い所になっている村の酒場につくと、

ハラは大きな声で宣言した。

「人魚を獲った!

この人魚はわしのものだ!!」

突然の宣言と初めて見る異形の姿に、

漁師たちはやにわに騒めいた。

「すげえな!」

「でけえ!」

「でかした!」

「肉は食うのか!?」

「高値で街に売りつけようぜ!」

「俺にも食わせろ!」

漁師たちから次々発せられる言葉の雨を気にもせず、

ハラは続けてこう告げた。

「この人魚は食わんし売らん!

こいつはわしだけのものだ。

手を出したやつは」

そう言うや否や、

ハラは片手でそばに転がっていた木樽を粉砕した。

「殺す」

威圧的なその一言で、場は一瞬にして消沈した。

村の漁師たちは全員ハラの強さを、

怒った時の恐ろしさを知っている。

「この首飾りがその証だ。

忘れるな!」

ハラは漁師たちの目の前で緑色の首飾りを掲げた後、

すぐさま見せつけるようにしてグズマの唇を奪った。

「これはわしのものだ」

しばらくの沈黙の後、

わっ、と歓声があがった。

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その日以降、ハラは桟橋に小屋を建て、そこで暮らすようになった。

グズマは暑い昼のうちは海底で過ごし、

夕方から翌朝にかけてハラの住む小屋を訪ね、

そこで毎日のように愛し合った。

今でもこの村で、2人は慎ましく幸せに暮らしているという。

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