(SSあり)EX004_自販機をひじ掛けにする青年 (Pixiv Fanbox)
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遅くなってしまった。
電車の中、ドアの前に陣取って開くとともにホームへと飛び出す。踏切で故障した車のせいでずいぶん遅れてしまった。全く運が悪い。
(アラタは怒っちゃいなかったけど……)
メッセージアプリで連絡したら、駅の改札前で待ち合わせているアラタは快く許してくれたけど、それでもアラタは人ごみの中待ったりするのが苦手なタイプだ。階段を駆け上がって改札を抜ける。ざっとあたりを見渡す。かなり人が多いが、アラタはすぐに見つかった。
(いた……)
売店の隣の自動販売機の横、そこにアラタはいた。いや、人ごみの中でアラタを見つけるのは難しいことじゃない。むしろ簡単だ。なにせアラタは自動販売機よりずっとずっと背が高いのだから。
(相変わらずでっかいな……)
自動販売機の高さは、大体183cmぐらいだという。普通なら背が高いといっても自販機と同じぐらいか、せいぜいちょっと頭が飛び出るとかそのぐらいだろう。だがその自販機は、アラタの胸の下にすら届いていないのだ。なんなら自販機の上に腕を置いてひじ掛けにしている始末。そんなことができる人間がこの世にどれだけいるだろうか。
(前250センチに届きそうって言ってたけど、まだ伸びてるのかな……)
2mをはるかに超えるアラタに、通りすがる人もちらちらとアラタを見上げているが、とうのアラタはまったく気にせずに手元のスマホを見ている。そのスマホもとても小さく見えるが、アラタの手がとんでもなくでかいだけだ。服装はシンプルに紺の半袖Tシャツと白のデニムだが、アラタはめちゃくちゃスタイルがいいのでそれが恐ろしく似合っている。
(縦だけじゃなくて横にもでかいんだよな……)
はた目にはわかりにくいが自販機に乗せている腕は、俺の脚より太かったりする。前比べてびっくりしたもんだ。と、ふとスマホから顔を上げたアラタと目が合った。今まで無表情だったアラタの顔がぱっと明るくなって、スマホを持つ手で俺に向かって手を振る。全部自販機より上の高さで行われていることだ。俺はたたっと走ってアラタの近くまで寄る。
「悪い、遅れた」
「いーって、仕方ないじゃん」
俺はほぼ真上を向くようにしてアラタに謝った。逆にアラタはほぼ真下を見ているだろう。だって仕方ない。俺の背はアラタのみぞおちにも届かないのだ。でも決して俺の背が低いわけじゃない。アラタがでかすぎるのだ。まっすぐ前を向いたら、目の前にあるのはアラタの腹あたり、ちょっと下を向けば俺の鎖骨の位置にデニムのチャック部分がある。真っ白な生地がまぶしい。ゆるく盛り上がっているのは素の大きさのせいだろうか。まだ中は見たことがない。
「この白いデニム新しいやつ?」
「そう! どう? 長めに作ってもらったんだけど」
「すげーかっこいい」
身長250㎝近いアラタに合う既成服などあるわけないので、2mを20cmも超えだしたころからアラタの服は大体オーダーメイドらしい。そうやって作ってもアラタの背はぐんぐん伸びてあっという間に裾が短くなるので、こうやって裾が余るのはおろしたての時ぐらいなんだとか。逆にシャツの方はもう小さいのか、腹がチラチラ見えてしまっている。金ばっかかかるんだよな、とアラタはいつもぼやいている。
「自販機に腕置いてたけど自販機の上って埃すごいんじゃないの?」
「これ新しいみたいで上全然綺麗だぜ。見るか?」
アラタが自販機に乗せていた腕を上げるが、身長170cmにも達さない俺には無理である。まあ、見上げるアラタの前腕が汚れてないのはわかったが。ああ、いい加減首が痛い。
「で、ほんとに俺の買い物付き合うのでいいの? アラタに合う服ないと思うけど……」
「いいんだって! トウキの服見るだけでも楽しいし、俺もオーダーするときの参考になるし」
「あーそういう……んで、そのあと飯だよな? どっかいいとこある?」
「そう、こことか……」
とアラタがスマホをいじりだすが、はるか上で操作されているため全然見えない。気づいたアラタがぐっと屈んでスマホを持つ腕を下に伸ばしてくれたのでようやく画面が見える。アラタらしい、店内が広くてガッツリ系の店だ。
「じゃまず服見に行くか」
「おう」
アラタが体を起こして、駅の出口に向かおうと並んで歩き出す。並ぶと俺の肩近くに股がくるほど長いアラタの脚は、一歩で俺の二歩分歩く。あっという間に離れてしまって俺はその背中を追いながら軽く走る。
「アラタ、ちょっと早い」
「あ、ごめん」
そういうとアラタは歩くスピードを緩めてくれる。ようやく横に並んで、これ見よがしにため息をつくと、上からアラタの笑い声が降ってきた。
「抱っこしてやろうか?」
「やめろ」
ひょい、と出口近くの看板を屈んでよけたアラタは、外に出ると軽く伸びをした。手の先が標識に届いてしまいそうだ。さて、ちょっと遅れたトラブルはあるものの、楽しもうじゃないか。