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花子さんは見てる 一回目  兎山小学校の三階にある女子トイレには、花子さんの霊が出ると噂されるようになってから一か月、ついに僕のクラスで事件が起こった。 「皆聞いて~!」  それはクラスの中で一番の人気を誇る園崎彩の一言からだった。 「なんと、彩は昨日三階トイレの花子さんに会ってきました~!」  この発言によりクラスが一斉に沸いた。霊に会った?馬鹿馬鹿しい。きっと騒ぎ立てるふりをして心の中で嘲笑っている奴だって少なからずいるんだろう。だが、きっと皆にとっての問題はそこじゃない。三階トイレの花子さんの噂は、決して怖いものではないからだ。  僕の小学校の花子さんは、会うと恋が実るなんて言われている。人気者の園崎彩がわざわざ人気のない三階にまで花子さんに会いに行ったとなれば、誰か好きな人がいるのは間違いないだろう。 「彩ちゃん、告白するの?」 「もっちろん!花子さんが絶対大丈夫だって言ったんだもん、今日すぐにでも告白するんだからっ」  告白でもなんでもすればいいが、園崎の発言にいちいち黄色い歓声が飛ぶのがうるさくて仕方ない。朝読の時間だというのにこの騒がしさはきっとうちのクラスだけなんだろう。いつもいつも遅刻してくるだらしのない担任のせいで、今年の僕の学校生活は散々だ。 「あ、扶川来たよ」 「皆取り合えず座るだけ座ろー」  クラスの誰かが担任の足音を聞き付け、それにより一旦は静かになったように思えたが、またすぐに園崎の机付近で話し声がし始めた。扶川は入って来るや否や遅くなったと謝罪を述べ、朝の会を始めるように呼び掛けた。これもいつもの光景だ。 「きりーつ、れーい。これから朝の会を始めまーす。先生、お願いします」 「はいはい、じゃあまずは各委員会からの連絡をお願いします」 「はーい先生!環境美化委員会からお知らせです!」  手を挙げながらがたっと立ち上がったのは園崎彩だった。まさかここでする気なのか?と誰もが勘繰る中、園崎はいつもと変わらず淡々と委員会報告をしただけだった。そもそも園崎にすら興味なんてなかったが、ちょっと残念に思ってしまったのも事実だ。 「最後に、先生にお伝えしたい事があります。扶川先生、ずっと前から好きでした!私とつきあってください!」 「………え?」 「だから、私とつきあってって…え?え、なん、え…っ」  クラス中が園崎の告白に震撼する中、扶川は動じる事なく無言で教室の中を見据えていた。ぐるっと僕たち生徒ひとりひとりを見た後で、扶川は小刻みに震えている園崎に視線を戻した。 「園崎、気持ちは嬉しいが…先生は結婚してるしもうじき子供も産まれるって何度も説明しただろう。ほら、この話はもう終わりだ。さっさと授業を…ん?」 「先生…何か、…」 「変な臭いしない…?」  今後のクラス内での園崎はどうあれ、意外に呆気なく終わりそうだと思っていたのにさっきから何だこの臭い…不快な程の悪臭…嗅いだ事があるような。 「おい、園崎…」  扶川の一言により、クラス中の視線が園崎のもとに集まった。未だに震えている園崎は青い顔で違う違うとかぶりを振っている。園崎の机から遠い僕の位置からじゃ何が起きてるのか把握するのに少し時間がかかったが、それはきっと体感的なものだったに違いない。やがて臭いの発信源を中心に、まるで波紋を描くように外へ外へと人が散らばった。そして顕になったのは、スカートに異様な膨らみを見せる園崎彩だった。おえーだの臭いだのと騒ぎながら出て行く生徒のおかげで、僕は今何が起こっているのかようやく理解した。 「保健委員!園崎を保健室に連れて行ってやれ」 「…僕、行きます」  保健委員は僕じゃないけど、あの場で誰ひとり動こうとしなかった。朝の取り巻き女子たちでさえ。きっと明日からどうするかという事しか考えてないんだろう。僕だってうんこ漏らした奴と保健室に行くなんて正直嫌だし、何でこんな事したのか自分でもわからないけど、取り敢えず園崎が大人しく付いて来てくれて助かった。 「ねぇ、何で名乗り出てくれたの…?あんた保健委員じゃないのに…」 「そうだけど…、でも、誰も出て行きそうな雰囲気じゃなかったから」  少しはっきり言い過ぎたかと言った直後に後悔したが、聞こえているのかどうかさえわからない程憔悴しきっているように見える。相当堪えたんだろう。 「園崎…さんはさ、何で三階トイレになんて行ったの?」 「…花子さんの事?…彩も、あんなのただの噂でしかないと思ってたんだけど、扶川先生が振り向いてくれるならなんでもいいやと思ってダメもとで行ってみたの。そしたらね、ほんとに声が聞こえてきて、『必ず実らせてあげる。それが固い愛なのかも確かめてあげる』って…」  言っている意味が全くわからなかったが、園崎はどこか楽しそうに話しているように思った。 「でも…、実らなかった…よな」 「うん…皆の前で告ればワンチャン断られないんじゃないかと思ったけど、やっぱり駄目だった。おまけに、スカートも駄目にしちゃったしさ…。はあ…明日から学校来るのやだな…」 「き…気持ちはわかるよ」  教室から出る時感じた。ああ、このクラスの主導権はもう園崎から別の女子に代わったんだって。僕も園崎を連れて行ったからって理由でいじめられるんだろうか。 「彩ね、何で教室であんな事になっちゃったのかわかんないの。先生に告って、言っちゃった~って気持ちでいっぱいだったのに、気づいた時にはああなってた…。凛たちも彩の事凄い顔で見てたなー。あ、保健室着いたから、もう後はひとりで大丈夫。…ありがと」 「…どういたしまして。この後どうするか知らないけど、必要なら鞄も持ってくるよ」 「うん、今日はもう先生に言って帰らせてもらう」 「わかった。今の授業時間が終わったら持ってくるよ」  またね、と保健室の前で園崎と別れた僕は、教室に帰る道すがら行きでの会話を思い返していた。園崎はああ言ってたけど、僕はやっぱり花子さんの事については信じきれないところが多い。あそこで急にうんこするのもおかしいけど、腹を下してたわけでもなさそうなのが逆に不気味だった。 「先生、行ってきました。園崎さん早退するみたいなんで、この後の休憩時間に鞄届けて来ます」 「ああ、ありがとう。園崎は大丈夫そうか?」 「あー…まあ」  案の定、クラスの中には微妙な空気が漂っており、とても授業どころではなかったようだ。僕の事か園崎の事か知らないが、こそこそと噂する声がそこかしこから聞こえてくる。その中で、なぜかはっきりと聞こえた言葉があった。 「花子さんの噂は本当だったね」  誰の声か、どこから聞こえてきたのかわからない。ただ、誰かがそう呟いたのは確かだった。 一回目被害者メモ  被害者は兎山小学校四年生、園崎彩。クラスの中心的人物であったが、噂話で留まっていた三階トイレの花子さんに会ったと主張し、朝の会にて担任である扶川に告白するも直後に様子がおかしくなる。  クラス中が異臭騒ぎになる中、園崎は青ざめた顔でうんこを漏らしていた。硬いのかパンツからこぼれ落ちる事はなかったが、その強烈な臭いとあまりに急な失便に辺りはパニックに陥り、その後保健室へ運ばれた園崎は早退して行った。

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