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 文化祭の告知から四日がたちました。

 既に通常の講義が始まっていますが、文化祭が控えていることもあり、学園はどこか浮き立つような雰囲気に包まれていました。

 休み時間や放課後に出し物の準備をすることで、確かにクラスメイトたちの仲は深まっているようです。


 ――若干一名を除いて。


「……」


 シモーヌは一人でポスターを描いていました。

 他の子たちはグループで作業に当たっているのに、シモーヌと一緒に作業しようという子はいないようです。

 リリィ様、メイ、わたくしの三人は、その様子を忸怩たる思いで見ていました。

 シモーヌの顔に特段落ち込んだ様子はありませんが、だからといって級長としてそのままにしておくことは出来ません。

 小さな翼が隠された背中は、どこか寂しそうに見えたのです。


「シモーヌ、隣、よろしくて?」

「アレア……。別にいいわよ」

「ありがとう」


 わたくしが隣に座っても、シモーヌはポスターを描く手を止めませんでした。

 見れば、可愛らしい猫のイラストとポップな字体で構成された、なかなかに素敵なポスターが出来上がりつつありました。


「シモーヌは絵を描くのが得意なんですのね」

「別に……普通よ。こんなの誰でも描けるんじゃない?」

「そんなことありませんわ。少なくともわたくしには無理ですわ」

「……そ」


 シモーヌは一瞬だけこちらをちらりと見ましたが、すぐに手元に視線を戻すと作業に戻ってしまいました。


「手伝いは必要でして? 人手がもっと必要なら、他の子たちに声をかけて手配しますわよ?」

「大丈夫よ。アタシから言い出した仕事だし、最後までやるわ」

「一人でですの?」

「他の子たちだって、各々の仕事で忙しいでしょ」


 それは建前だとシモーヌも分かっているはずです。

 各人に割り当てられた仕事にはやはり軽重があり、簡単な仕事を割り振られた子は既に遊んでいたり、別の子を手伝ったりしています。

 ポスター作成は枚数が必要なので、どちらかと言えば大変な仕事の方に入るはずです。

 一人で描ききるのは少々骨というものでしょう。


「やっぱり、応援の者を――」

「同情? ならやめてよね。そういうの一番ムカツク」


 言いかけたわたくしの言葉を遮るように、シモーヌは強い言葉を口にしました。


「他の子たちがアタシに近づこうとしないのは、ある意味仕方ない。別に前みたいに罵声を浴びせかけられてるわけでもないし。積極的に仲良くなりたくない相手なんて、誰だって一人や二人いるでしょ? アタシはたまたま全員からそう見られてるっていうだけの話よ」

「それを排斥というのではなくて?」

「アタシに魔族の血が流れているのは事実。魔族が人間を害していた過去も事実。それを考えれば、今アタシがこうなのはある意味必然なのよ」


 それはまるで、シモーヌ自身に言い聞かせているように聞こえました。


「そ、それはおかしいです、シモーヌちゃん」

「リリィ様……」


 シモーヌの言葉を聞いていたのか、いつの間にか側に来ていたリリィ様が、珍しく相手の説に異を唱えました。


「なにがおかしいのよ、リリィ」

「だ、だってそうでしょう。過ちを犯したのは過去の魔族や魔物であって、シモーヌちゃんではありません。し、シモーヌちゃんを爪弾きにしていい理由などどこにもないはずです」


 リリィ様は懸命に言葉を紡ぎます。

 魔族や魔物と長く戦ってきた彼女だからこそ、その対立によってシモーヌが孤立してしまっている現状に強い嘆きを覚えているのかも知れません


「リリィは優しいわね。ありがと。でも、こういうのって結構どうにもならないのよ。時間が解決してくれるのを待つしかないと思う」

「し、シモーヌちゃんは……それでいいんですか……?」

「良くはないけど、しょうがないとは思うわね」


 そう言うと、シモーヌは無理矢理作ったと分かる笑顔で笑いました。


「……気に入りませんわ」

「え?」

「……アレア?」

「な、何をするんですか、アレアちゃん?」


 わたくしは低い声でぼそりと呟くと教壇に向かい、一つ深呼吸をして皆の方を向きました。

 パンパンと手を叩いて皆の注意を引きます。


「誰か、シモーヌのポスター作成を手伝ってくださいませんこと?」


 皆を睥睨しながら、わたくしはクラスメイトたち一人一人に視線を送りました。

 誰もが、気まずそうに目をそらします。


「誰もいらっしゃいませんの? これから一緒に学園で暮らすクラスメイトが困っているというのに?」

「あ、アレア! アタシなら平気だから!」

「シモーヌは黙ってらして」


 慌てて取り繕おうとするシモーヌにぴしゃりと言ってから、わたくしは改めて口を開きました。


「確かに、シモーヌには魔族の血が流れています。でも、だからなんだっていうんですの? それは友人としての関係を築くのに、それほどの障害になりうる事実でして?」


 どんな出自であろうと、シモーヌはこうして同じ学び舎に通うことになった仲間です。

 それがこんな扱いを受けていることに、わたくしは断固として異を唱えます。


「なら、アレアちゃんが仲良くなればいいじゃん」


 誰かがそんなことを言いました。

 自分たちを巻き込むな、そう言いたいのかも知れません。


「わたくしは既にシモーヌの友人です。でも、それだけでは不十分ですわ。このクラスにシモーヌを腫れ物扱いする空気がある限り、シモーヌはいつまでたっても疎外感から解放されませんもの」


 事は個人と個人の問題に矮小化していい問題ではないとわたくしは思います。


「でもさー、みんな仲良く、なんて綺麗ごと過ぎない? もうちょっと現実見ようよ」

「それですわ」


 わたくしはクレアお母様の言葉を思い出していました。


「それをわたくしのお母様、クレア=フランソワはかつて、理想から現実に逃げ込んでいる、と表現しました。確かに世の中には理不尽なことが多く、時には妥協を迫られることだってあるでしょう。ですが――」


 ですが、今は違うはずです。


「今、このクラスで、シモーヌと友人関係を築くことは、そんな妥協に甘んじざるをえないような難題でして? ただ友人になる――それだけのことが? わたくしたちはそんなに非力で頑迷な子どもでしょうか」


 わたくしたちは確かにまだ子どもです。

 ですが、シモーヌを諦めなければならないほどには子どもではないとわたくしは信じています。


「でも、シモーヌだって問題あるよ。自分から壁作ってるし」

「それは……うん、ごめん」


 クラスメイトの一人が何気なく漏らした一言に、シモーヌは素直に謝罪を口にしました。

 しばらくそのまま俯いていましたが、キッと顔上げると、何かを決意したかのような顔でわたくしの横に並びました。


「アタシが間違ってた。そもそもこれ、アレアに代弁させるようなことじゃなかったわ。これはアタシの問題。あたし自身が解決すべきことだわ」


 そう言うと、シモーヌは深々と頭を下げた。


「皆が戸惑ってるのは分かってた。当然だよね。アタシ、半分魔族だもん。でもアタシ、それで勝手に諦めて、皆を悪者扱いしてたかも。ホントごめん。この通り」

「……ちょっと、そんなこと……!」

「頭を上げなよ、シモーヌ」

「ううん、ホントごめん!」


 シモーヌはそのままの体勢で続けました。


「アタシの方から皆を遠ざけるのは、今限りで止めにする。半ば諦めちゃってたけど、せっかくこうして同じクラスになったんだし、できれば皆と友だちになりたい。全員じゃなくていいからさ、なってやってもいいかなって子は、アタシと友だちになって欲しい!」


 その場の勢い、というのもあるのでしょう。

 シモーヌは立て板に水とばかりにまくし立てたあと、顔を上げると最後にこう言った。


「改めて、自己紹介。アタシはシモーヌ=オルソー。今は文化祭のポスター作ってる。手伝ってくれる人、いるかな?」


 シモーヌの今度の笑顔は、無理矢理っぽさもありましたが、決して嘘ではないとわたくしは思いました。


「……私、ユリア。色を塗るのは苦手だけど、下描きとかなら手伝えると思う」


 おずおずと手を上げてくれたのは、入学式の日に大蛇に襲われていたユリアでした。


「なんだよなんだよ! この辛気くさい空気は! 文化祭だよ!? 盛り上がっていこうよ! あ、わたしドロレスね!」

「なーんかこだわってたの馬鹿らしくなった。あたしも手伝うかー。どこから塗る?」

「あ、えっと、ここから……」

「うわー、甘ずっぺー。青春じゃん、ウチら」


 一人、また一人と、シモーヌを受け入れてくれる子が現れました。

 もちろん、全員ではありません。

 ですが、教室の風通しは格段によくなっていました。


「……わたくしが言い出すまでもありませんでしたわね」


 シモーヌなら、遅かれ早かれなんとかしたでしょう。

 わたくしのしたことは、大きなお世話だったかもしれません。


「……それは違う」

「あら、メイ」

「……アレアはちゃんときっかけを作った。あれがなかったら、そのままずるずる三年間ってこともあり得た。誇ったらいい」

「……ふふ、ありがとうございますわ」


 メイからの素直な賞賛に、わたくしは少し照れくさくなりました。


「おーい、言い出しっぺ。お前も手伝えよ!」

「ええ、今行きますわ!」


 返事をしながら、わたくしは確信します。

 このクラスはきっと、とても素敵なクラスになる、と。

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