『振り向きなさい、わたくしに!』第5話 (Pixiv Fanbox)
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第5話「制約」
「制約……ですの?」
「そうですわ」
学園への入学が正式に決まって数日後、クレアお母様とレイお母様はメイとわたくしにそんなことを言いました。
「学園に入学するに当たって、あなたたちに力を抑える魔法を使います」
わたくしの方は剣術について、メイの方は魔法についてそれぞれ力を減じる魔法をかける、とクレアお母様は言いました。
「どうしてそんなことをしなければならないんですの?」
「……不便」
わたくしもメイも、お母様の真意を測りかねました。
クレアお母様はいいですこと、と続けました。
「あなたたち二人の力は、同年代の子たちに比べて突出しすぎています。素のままで入学しては、いらぬ混乱を招くでしょう」
「そうですかしら?」
「……加減すればよくない?」
わたくしもメイもその当たりの力加減は慣れています。
今さらその塩梅を間違えるとも思えません。
「確かに、アレアとメイはそうかもしれない。でも、他の子たちにとって、二人の力はやっぱり強すぎるよ」
レイお母様がクレアお母様の言葉を引き継いで続けました。
「正直、アレアの剣術とメイの魔法は、世界基準で極まってると思う。それは凄いことだけど、他の子のやる気を削ぎかねない」
強い力は良くも悪くも影響力が大きい、とレイお母様は言います。
「制約と仰いましたけれど、具体的にはどんな手段を用いますの?」
「……いざという時に使えないと、臨機応変に対応できない」
「そこはレイが上手いことやってくれますわ」
「二人の能力を完全に縛っちゃうわけじゃないんだよ。ある一定の条件下で制約したり解放したり出来るようにするよ」
レイお母様はこれを魔力減衰結界の魔法から着想を得たそうです。
「というと?」
「自分のために力を使う時は、実力の六十パーセントの力しか出せないように制約をかけさせて貰うよ」
「……他の人のためになら、制約はなし?」
「うん。あと、自分の命に関わるような時にも、制約は解除されるから安心して」
レイお母様は色々な魔法を身につけている方ですが、今回のこれもお母様のオリジナルのようです。
「ご理解いただけて?」
「ええ、分かりましたわ」
「……メイも構わない」
「ありがとう、二人とも。じゃあ、かけるね」
◆◇◆◇◆
「というわけなんですの」
「……だから、手を抜いたわけじゃない」
「え、円滑な学院生活のための、予防措置とご理解ください」
さらにメイが続けます。
「……これが制約の印」
メイが右手の甲に刻まれた百合の模様を見せました。
「ちょっとメイ!」
「へぇ、百合の刻印なのね。……って、どうしてアレアはそんなに慌ててんのよ?」
「な、なんでもありませんわ!」
「……印が出る場所は人によって違う」
「へぇ? アレアはどこ?」
「……聞きたい?」
「え? ええ、まあ」
「……アレアはね――」
「メイ!」
堪らず、わたくしはメイの口を塞ぎました。
だって知られたくないでしょう?
――お尻に現れた、なんて。
わたくしたちが説明を終えると、シモーヌは首をかしげつつ言いました。
「事情は理解したけど……それって結局は手加減とか手抜きじゃないの? いくら二人が優秀だからって、ハンデを負わせるのはなんか違う気がするわ」
どうもシモーヌはわたくしたちが力を抑えられていることが気に入らないようです。
それは彼女のプライドというよりも、わたくしたちへの同情という方向のようでした。
「勘違いしないでちょうだいね、シモーヌ。わたくしたちはこれでいいと思っていますわ」
「……うん」
「というと?」
「わたくしたちにとっても、これはいい挑戦になるんですのよ」
「挑戦?」
シモーヌの顔にクエスチョンマークが見えます。
「手前味噌になりますが、わたくしと剣術で互角に戦える生徒なんて限られていますわ」
「そりゃそうでしょうよ。なにせ剣神だもんね」
「ええ。でも、この制約があれば、普段とは違う方向性で勝ち方を探る必要が出てくるでしょう?」
「……確かにそうね」
「……メイにとっても、それは同じ」
「つまり、わたくしたちにとって、この制約というのはまたとない学びの機会なんですのよ」
そう言ったわたくしの顔を、シモーヌは注意深く観察しているようでした。
それはまるで、わたくしたちが負けん気や強がりで言っていないかどうかを吟味しているようにも見えました。
そして、彼女の懸念が杞憂に過ぎないことを見て取ったのでしょう、シモーヌは大きく息を吐きました。
「……分かったわ。アンタらがそれでいいならいいと思う。突っかかっちゃって悪かったわね」
「ご理解頂けて幸いですわ」
「でも!」
「?」
「……?」
突然、強い語調になったシモーヌに、メイとわたくしは何事かと視線をやります。
「でも、納得してるなら容赦はしないわ! 全力で勝ちに行くから、覚悟しておくことね!」
勝ち気な表情で鼻息も荒く宣言してきたシモーヌを見て、わたくしはきっといい友人になれると確信しました。
「ええ、もちろんですわ!」
「……メイも負けない」
「り、リリィも頑張ります」
と、話が一段落しそうになった時、
「あっ……っと。レレ、まだおやつの時間ではありませんわよ?」
「!? 魔物!?」
わたくしの鞄からまろびでたその不定形の生き物に、周りの生徒たちが色めき立ちました。
「待った! この子は魔物じゃないわ! 従魔よ! そうでしょう、アレア?」
今にも攻撃を加えられようとしていたレレ――ウォータースライムの幼体です――をかばったのは、シモーヌでした。
「……シモーヌが正しい。レレはアレアの従魔。害はない」
「従魔ですって!? 初めて見た!」
「確かに核が金色だわ」
メイの説明にようやく落ち着きを取り戻した生徒たちは、今度は珍しげにレレをしげしげと見つめています。
レレは集まる視線を気にするようでもなく、マイペースに辺りを見回しています。
「確か、クレア様も従魔を従えていたわよね?」
「正確にはレイお母様ですけれど、そうですわ。わたくしのレレとメイのレアはお母様の連れていたウォータースライムの子どもですの」
「メイも従魔がいるの?」
「……ちょっと気弱な子だけどね。レア、出ておいで」
メイが魔法杖で円を描くと、そこからぽてりと銀色の丸い体が現れました。
「わ、珍しい! この子、はぐれスライムね!」
「……シモーヌ、詳しい」
「ま、まぁね」
レアはスライム族の突然変異で、非常に丈夫な銀色の体を持つはぐれスライムという種族なのです。
とても臆病な性格なので、滅多に人前に現れないことでも有名なスライムです。
その証拠に、レアは周りに人がたくさんいることを察知すると、すぐにメイの後ろに隠れてしまいました。
「ふーん……なんだか分かってきたわ。レレの方は治癒の力を感じるわね?」
「あら、よくお分かりですわね? そうですの、レレは薬草好きな子なんですのよ。いわゆるヒールスライムですわ」
ウォータースライムは色々なもの食べて対象の能力を吸収する性質があるのですが、レレは薬草の力を得て治癒の魔法が使えるようになっているのです。
「レアの方は……悪食系?」
「……ご明察。好物は金属。刃物なんかもバリバリ食べる」
頑丈な身体をしている上に刃物を食べるので、物理攻撃にはとことん強い子なのです。
「やっぱり、そういうことね」
「な、何がですか、シモーヌちゃん?」
「二人がどうしてこの従魔を連れているかってことよ」
シモーヌはそう言うと、腕を組んで自らの考察を述べ始めました。
「アレアの従魔は治癒魔法に優れたヒールスライム。剣術に秀でていて、魔法が使えないアレアにはぴったりの組み合わせよね」
「ご名答ですわ」
「メイの従魔は前衛として防御力に優れたはぐれスライム。後方から魔法で勝負したいメイには、これまたぴったり」
「……正解」
わたくしはシモーヌの観察眼に舌を巻きました。
教養のテストの件といい、彼女はどこかおっちょこちょいな一面もありますが、このように鋭い部分も持っているようです。
私が素直に感嘆をあらわそうとすると、
「へ~、さっすが魔族。同族のことはよく分かるのね」
「!?」
嘲りを隠そうともしない侮蔑の声が、シモーヌに投げかけられました。
「今のはどなた!? わたくしの友人に何たる暴言!」
わたくしは声にはっきりと怒気をまとわせて、辺りを睥睨しました。
声の主は分かりませんでしたが、罵声を重ねるつもりはないようでした。
「いいの、アレア」
「よくありませんわ! わたくしの目の届く範囲で、あのような無礼は許しませんわ!」
「本当に……いいから。ほら、チャイム鳴るから、そろそろ机に着こう」
「シモーヌ……」
「あんたたちみたいに、分かってくれる人だけ分かってくれたらそれでいいのよ」
彼女らしくもなく儚い笑みを浮かべると、シモーヌは自分の席について何事もなかったかのように講義の支度を始めました。
「あ、アレアちゃん、今は抑えて」
「リリィ様まで……。どうしてですの?」
「ま、魔族への偏見は、そう簡単に解決できるものではありませんから」
「そんなこと……! 大体、シモーヌはミックスであって、魔族では――」
「魔族に家族を殺された人に同じ事を言えますか、アレア=フランソワさん?」
ふいにかけられた声は、咎めるのではなく、蒙を啓くような色を帯びていました。
声の主は魔法使いの格好をした、年老いた男性でした。
「失礼ですが、あなたは……?」
「この学級を担当させていただきます、トリッド=マジクと申します」
「あなたが……。いえ、それは今どうでもいいですわ。先ほどのは一体どういう意味ですの?」
「お分かりになりませんか」
「ええ」
「では、これはあなたへの宿題と致しましょう。提出はいつでも構いませんよ。さて日直の方、号令を」
「き、起立!」
その後は、普通に学園の講義が始まりました。
トリッドと名乗ったその先生の講義は非常に分かりやすく、かつ具体的な魔法学の講義でした。
しかし、わたくしの記憶にはその半分も残っていません。
(魔族に殺された人に……? ええ、言えますわよ?)
でも――。
でも、リリィ様だったら、きっと何かためらいを感じるのではないか、とも思えます。
それはリリィ様にはあって、わたくしには欠けている重要な何かであるような気がします。
しかし、その欠けている何かが何であるのか、わたくしにはまだきちんと理解することが難しかったのです。