リリロロ ~フースの星、光る時~ (Pixiv Fanbox)
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下層民〈インフェルニア〉の暮らす町の一画に佇む小さなパン屋。
焼きたてのパンの香りが漂う店内で2人の少女が働いていた。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」
「リリ。客足も落ち着いたし、少し休憩にしましょう?」
「うん、ロロ」
エプロン姿の黒髪の少女、リリ・アーカイヴ。
普段は惑星フースの警備隊に属する彼女だが、非番の日にはこうして幼馴染の店を手伝っているのである。
「ごめんね、リリ。いつも手伝ってもらっちゃって…」
「水臭いこと言わないの、友達でしょ。それにこう見えて部隊で鍛えてるから、これぐらいへっちゃらよ!」
申し訳なさそうにリリに謝る少女は、この店の店主でありリリの幼馴染のロロ。
このパン屋の店主であり、リリとは幼い頃から一緒に遊んだ友達だった。
フースでの内部抗争が激しくなってからは長らく音信不通の状態が続いていたが、最近になって再会を果たすことができた。
以来リリは会えなかった時間を取り戻すように、警備隊の仕事の合間を縫ってロロの店を訪れてくれていた。
おかげで今では幼い頃と同じかそれ以上に気の置けない親友となっていた。
しかしロロは自分を気遣い店を手伝ってくれるリリに感謝しつつも、恩を受けてばかりでなかなか返せないことに申し訳なさを感じていた。
「……ねえ、リリ。私にも何か警備隊のお仕事で手伝えることってないかしら……?」
「え? ど、どうしたの、急に?」
客足が落ち着いた頃を見計らってロロは自分にもリリの手助けができないかと尋ねてみた。
突然のことにリリは驚きを隠せない。
「いつもリリに手伝ってもらってばかりだから、なんだか悪くて……。どんな些細なことでもいいんだけど……」
「もう、そんなこと気にしなくてもいいのに。友達でしょ、私たち」
リリの言葉を聞いてもロロの表情は晴れなかった。
リリが見返りなど求めていないのは分かっていたが、それでも何かしらの恩返しはしたかった。
思い悩むロロの様子にリリはどうしたものかと思案するが、彼女の思考は突然鳴り響いた警報に遮られた。
「これは、怪獣警報!?」
同時にリリの左腕に装備されたブイレスからシグナルが鳴る。
おそらく怪獣が現れ、警備隊に出動要請がかかったのだろう。
「ロロ、ごめん! 行かないと!」
「う、うん。リリ、気を付けてね……」
店を飛び出していく親友をロロはただ見送ることしかできなかった。
◇◇◇
市街地に現れたのは暗殺宇宙人ナックル星人と、用心棒怪獣ブラックキングだった。
市民を守るために警備隊が出撃するが、惑星フース侵略を企むナックル星人は警備隊の武器や戦い方を怪獣たちを使って研究し、それを用心棒怪獣ブラックキングに教え訓練して警備隊と戦わせた。
さすがの警備隊も武器や戦い方を事前に知り尽くされていては勝つことはできない。
警備隊はナックル星人の卑劣な手段の前に壊滅したのであった。
「はぁ…、はぁ…っ、この怪獣、なんて強さなの…。こっちの攻撃が、まるで通じない……ッ!?」
仲間たちが次々と傷つき倒れる中、最後までただひとり倒れることなくリリは敵と対峙し続けていた。
しかしその体は深く傷つき満身創痍と言っても過言ではなく、もはや戦闘を続けられるような体力は残っていなかった。
「さあ、残るは貴様ひとりだけだ。諦めておとなしく敗北を認めれば苦しむことなくとどめを刺してやるぞ」
ブラックキングを背後に控えさせたナックル星人がリリに語りかける。
それに対してリリは無言のまま相手を睨み付けるだけだった。
「くく、もう反論する気力すら残っていないか……?」
ナックル星人は余裕の表情でリリに近づいていく。
その隙だらけの姿にリリは最後の力を振り絞って、起死回生の反撃を試みる。
「私の答えは…、これよ!!!」
リリは左腕のブイレスから伸ばした光の刃をナックル星人に向けて突き出した。
それは相手の油断を突いた完璧な一撃、……のはずだった。
「ッ!? そ、そんな!?」
しかしそれはナックル星人に届くことなく、間に割って入ったブラックキングの腕に阻まれ不発に終わった。
奇襲を防がれ逆に隙を晒す形になったリリは、続くブラックキングの反撃に対応できずその剛腕から放たれた平手打ちで地面に叩き付けられた。
「がっ、は……っ!?」
倒れ伏し痛みに悶えるリリ。
そんな彼女を嘲笑うようにナックル星人はリリを見下ろしながら言う。
「無駄だ。このブラックキングには貴様らの戦い方や技を教え込んである。どんな攻撃もこいつには通じんぞ」
ナックル星人の嘲笑を受けながら、それでもリリはなんとか立ち上がろうとする。
「ぐぅ…、まだ、まだ…、こんなことで……!」
「……ふん、諦めの悪い小娘め。……よし、いいことを思いついたぞ。おい、ブラックキング。その小娘を連れてこい」
ナックル星人の指示に従ってブラックキングがリリの腕を掴み、引き摺るようにリリを連行していく。
「あぅ…っ、な、何をするつもりなの……?」
「くくく、貴様のように諦めの悪い奴ほど心が折れた時にはいい悲鳴で泣いてくれるからなぁ」
リリが連れていかれた場所には奇妙な形のオブジェが鎮座していた。
鋭く尖った角がX字に伸びたような形状で、角の先端には無骨な金属製のリングが付いていた。
オブジェの正体が分からず困惑するリリにナックル星人は告げる。
「こいつは貴様らのために用意した特製の拘束架だ。やれ、ブラックキング!」
「な、何を…!? あ、きゃあぁぁぁ!?」
リリが状況を理解する間もなくブラックキングはリリの両脚を掴むとそのまま高く持ち上げ、逆さ吊りの状態で彼女の身体を拘束架に押し付けた。
リリが抵抗する暇もなく拘束架のリングが彼女の四肢を捕らえ、リリは拘束架に磔にされてしまった。
「あぅ…っ、…こ、こんなことして、私を、どうするつもり……!?」
リリはなんとか拘束から抜け出そうと身じろぎしながら、上下が反転した視界に映るナックル星人を睨む。
その様子を眺めながらナックル星人が愉快そうに答えた。
「この星の連中への見せしめとして貴様の公開処刑を行うのだ。どうだ、恐ろしかろう?」
「ッ!!?」
ナックル星人の言葉に衝撃を受けつつも、リリはこの状況を打開する術を考える。
(なんとかこの拘束から抜け出さないと……。変身を解除して元のサイズに戻れば……!)
今のリリは変身によって巨大化した状態なので、変身を解除すれば四肢を拘束するリングから抜け出すのは容易なはずだ。
もちろん敵の目の前で変身を解くのは危険な行為だが、まずはこの戒めから逃れるのが最優先である。
そう思い変身を解こうとするリリだったが、彼女の意思に反してリリの身体は元に戻ることはなかった。
「そ、そんな!? どうして……!?」
変身が解除できないことに驚くリリにナックル星人が告げる。
「フフフ、どうした? 何をそんなに驚いている? ……そうだな、たとえば変身が解除できない、とかか?」
「なっ!? まさか!?」
「そのまさかだ。貴様らのための特製と言っただろう。その拘束架には貴様らの変身を強制的に維持する機能が備わっているのだ」
「ど、どうしてそんなことを……?」
「貴様らのことは研究済みだ。そのブイレスとやらで巨大化するのは変身者に相当な負担がかかるそうじゃないか」
「……ッ!!」
ナックル星人の言う通り、ブイレスでの巨大化はサイズが大きければ大きいほど変身者の消耗も大きくなる。
本来ならばエネルギーが低下すれば変身状態を保てなくなり元の姿に戻るはずだが、今のリリは自身の意思に反して変身状態を強制的に維持させられている。
つまりこうして拘束されているだけで、リリは延々とエネルギーを消耗させられている状態なのだ。
「完全にエネルギーが尽きるまではまだ時間がありそうだな。よし、貴様の処刑は日没と同時に行うとしよう。それまで晒し物として市街地を引き回してやる」
そう言ってナックル星人が腕を振ると、どこからか飛来したドローンがリリを拘束したX字架を鎖で吊し上げ持ち上げた。
薄暗い曇天を巨大な拘束架と、そこに磔にされた少女が進んでいく。
これからリリは公開処刑が行われる日没まで見せしめとして市街地の上空を漂い続けることになるのだ。
(負けない……、絶対に諦めない……ッ!)
この絶望的な状況にもリリは諦めてはいなかった。
必ずこの逆境を覆すチャンスが来ることを信じて今は耐えるしかない。
だがその決意を蝕むように、彼女のエネルギーは確実に消耗し続けていた。
◇◇◇
『見るがいい、愚かな惑星フースの人間ども。これが我々に逆らった者の末路だ!』
ナックル星人の声が市街地に響き渡る。
警備隊が怪獣に敗北したことは既に市民に伝わっており大きな動揺が広がっていた。
それに追い打ちをかけるようにナックル星人の声と共に市街地の上空に現れたものに人々は言葉を失った。
空を飛行するドローンとそこに鎖で吊るされた巨大なX字架。
そして磔刑に処された警備隊の若い少女の姿。
『日没と同時にこの娘の公開処刑を行う。それまでに無条件降伏せよ。こいつの二の舞になりたくなければな!』
ナックル星人の降伏勧告に人々はパニックになる。
言われた通り降伏しようとする者。
ナックル星人の目の届かない場所へ逃げようとする者。
どうせ降伏してもろくな未来はないと自暴自棄になる者。
反応は様々だったが、皆自分のことに精一杯で囚われの身になった少女の身を案じる余裕がある者はいなかった。
ただひとりを除いて。
◇◇◇
市民が安全な場所を求めて慌てふためく中、ロロは不安げな表情で空を見上げていた。
視線の先にあるのは巨大な拘束架に磔にされた幼馴染みの姿だった。
「そんな、リリ……」
暗い雲に覆われた空をゆっくりと進むX字架。
まるで罪人のように拘束され苦悶の表情を浮かべる親友の姿に、ロロの心は引き裂かれそうだった。
このままではリリが処刑されてしまう。
だが自分には何の力もない、あまりに無力な存在だった。
ロロが焦燥感に駆られていると、彼女のもとに駆け足で近づいてくる人影があった。
「ロロ、ここにいたのか!」
「っ! メイス!」
やってきたのはロロの恋人の少年メイスだった。
ロロはメイスに縋りつき涙ながらに訴える。
「メイス、リリが! このままじゃリリが!!」
「あぁ、まさかこんなことになるなんて……。僕も何とかしたいけど……この状況じゃ……」
メイスも囚われたリリを見上げながら唇を噛む。
彼もまたかつてリリに救われた者のひとりだった。
ロロの父親が残した借金を返済するため、危険な賭け試合を繰り返していた自分を諭してくれたことは忘れていない。
だがいくら恩人の危機とは言え、ろくに戦う力もない自分では彼女を助けるなど到底できようはずもない。
「……悔しいけど今は避難が先だよ。僕は空いてるシェルターを探してくる。ロロも避難の準備をしておいて」
「……うん」
走り去っていくメイスを見送りながらロロは考える。
メイスの言うことは確かに正しいが、だからといってリリを見捨てることもできない。
せめて自分にも戦える力があれば……。
「……そういえば」
その時ロロはある事を思い出した。
メイスが賭け試合から足を洗った後のことだ。
もう自分がバカな事をしないように、と彼が試合で使っていたという道具を預かっていたのだ。
ロロは急いで店の倉庫の奥深くに仕舞い込んでいたそれを引っ張り出す。
埃を被った箱の中に収められていたもの。
「待ってて、リリ…! 今行くから……!!」
左腕にブイレスを装着したロロは親友のもとへ駆け出した。
◇◇◇
「さぁ、もうまもなく日が沈むぞ。どうだ、最期の夕日の感想は?」
ナックル星人は地平線に沈もうとしている夕日を眺めながら、傍らの哀れな女戦士に問いかける。
「……ぅ、…はぁ、…はぁ、……ぁ…」
だが返事はなく、リリの口からは苦しそうは吐息と呻き声が漏れるだけだった。
「クックック、苦しそうだな。もう生意気な口も叩けなくなったか?」
今のリリは長時間の変身で体力は尽き、もはや気力だけで辛うじて意識を保っているような状態だった。
だがそれももう限界に近い。
意識は朦朧とし、少しでも気を抜けばそのまま二度と目覚めることのない闇へと堕ちてしまいそうだった。
「さて、どうやって処刑してくれようか。このまま放っておいてもくたばりそうだが、それではつまらんからな」
ナックル星人はリリをどう処刑すれば最もこの星の人間に恐怖と絶望を与えられるか考える。
バラバラの八つ裂きにしてやるべきか、それとも火炙りか。
「そういえばこいつは女だったな。他の連中の前で嬲り者にしてやるのも面白いかもな……」
ナックル星人が腕を伸ばし、無骨な指でリリの肢体を無遠慮に撫で廻した。
細くくびれた腰に指を這わせ、荒い息に合わせて上下する胸を鷲掴みにする。
リリの柔らかい乳房に指が食い込み歪んでいく。
「あぅ…っ、…ぃ、いやぁ……、やめ、て……ん、うぅ……ッ」
「クハハハ、なんだ。まだまだいい反応をするじゃないか」
リリの乳房を揉みしだきながらナックル星人が高笑いする。
リリが弱々しく首を振り身を捩る。
それが今の彼女にできる精一杯の抗議だった。
このままリリはナックル星人の餌食になってしまうのか。
「さあ、ではそろそろ処刑の時間だ。覚悟は……」
「待ちなさい!!」
「なに!?」
処刑を始めようとしたところで、突然上がった制止の声にナックル星人は驚いて声のした方に向き直る。
そこにはウェーブのかかった茶髪をポニーテールにまとめた大人しそうな少女が立っていた。
その表情には緊張と恐怖が浮かんでいたが、ナックル星人を見据える瞳には強い意志が宿っていた。
「……なんだ、貴様は? 公開処刑を見物にでも来たのか?」
「リリを…、私の大切な友達を返してください!」
「この小娘の仲間か…? ちょうどいい、大事なお友達が無様に泣き叫ぶところを特等席で見せてやろう。感謝するがいい!」
ナックル星人は突然の乱入者にも動じることもなくリリの処刑を続けようとする。
むしろ公開処刑を盛り上げるエキストラとしてはちょうどいいとすら思っていた。
「……リリを返しては、くれないんですね?」
「ふん、だったらどうだというのだ?」
ナックル星人の答えにロロは意を決して左腕のブイレスを掲げる。
ブイレスから放たれたまばゆい光はロロの身体を包み込み、さらにみるみる大きくなっていく。
「な、なにぃッ!!?」
先程よりもさらに驚愕するナックル星人。
光が収まるとそこには巨人の姿へと変身したロロが屹立していた。
「それなら…、私が相手になります!!」
真っ赤な夕日に照らされながらロロはナックル星人と対峙する。
その表情は固く構えもぎこちないものだったが、強い決意を秘めた瞳にナックル星人は冷や汗をかく。
(な、なんだ、この娘は!? こんな奴の情報はなかったはずだぞ!?)
ナックル星人は内心で焦っていた。
彼が従えるブラックキングが警備隊を相手に有利に戦えたのは、事前に警備隊の情報を得て万全の対策を取っていたからだ。
だがそれは裏を返せば事前情報のない相手には弱いということを意味している。
もしもこの新手の女戦士が未知の実力の持ち主だったら。
その可能性にナックル星人は慎重にならざるを得なかった。
「リリを……、返してもらいます!!」
ロロは意を決して大地を蹴りナックル星人に向けて駆け出した。
右腕を大きく振りかぶり相手に向けて力一杯振り下ろす。
「やああぁぁぁ!!」
「おっと!?」
「あ……っ!?」
しかしロロの大振りのパンチは相手に当たることなく空を切った。
半身を捻るようにしてナックル星人はあっさりとロロの攻撃を回避した。
今まで戦闘の訓練どころか喧嘩すらろくにしたことのなかった彼女のパンチはあまりにも拙く、ナックル星人からすれば攻撃とさえ呼べないものだった。
「な、なんだ、今のへなちょこパンチは……?」
あまりにも酷い動きにナックル星人も困惑する。
一方攻撃を躱されたロロはそのままバランスを崩してたたらを踏み、近くの建物に寄りかかるようにして何とか転倒するのを防いだ。
(か、身体が重くて振り回される……! リリはいつもこんな事を……!?)
身体が巨大化したことで当然質量や重心も変化している。
だがその変化に慣れていないせいで、ロロはまるで全身に重りを付けられたような違和感に苦しめられていた。
「ふん、なんだ貴様は。まるで素人ではないか、驚かせおって!」
ロロが取るに足らない相手だと分かったナックル星人はブラックキングに指示を出す。
「ブラックキングよ! その小娘を血祭りに上げてやれ!!」
ナックル星人の命令を受けたブラックキングがロロに向けて襲いかかる。
ロロは自分に向かってくる怪獣に向けて左手のブイレスを突き付ける。
「くっ! こ、これでも!!」
ブイレスからエネルギー弾が発射されブラックキングに命中する。
だが硬い表皮に弾かれ全くダメージを与えることはできない。
「そ、そんな! きゃぁぁぁああ!!?」
攻撃が効かないことに動揺したロロは回避も防御もできずブラックキングの突進を正面から受けて吹き飛ばされた。
一瞬の浮遊感の後に建物に背中から突っ込み、崩れた瓦礫の上に倒れ込む。
「あ…、が……ッ、ぐぅぅ、……っ!」
少し遅れて全身に痛みが襲ってきた。
今まで経験したこともないような激痛にロロは立ち上がることもできずに見悶える。
「ふん、口ほどにもない。……よし、せっかくだ。貴様もあの小娘とまとめて処刑してやろう」
そう言うとナックル星人の指示でドローンが降下してきて、リリを拘束したX字架が倒れたロロのすぐ近くに着地する。
「……ぁ、…ろ、ロロ……?」
そこでリリは初めてこの場にロロがいる事に気が付いた。
何故民間人の彼女がこんな場所に……?
しかもブイレスで変身までして……?
「…ど、どうして…、こんなところに……?」
「うぅ……、ご、ごめんね、リリ。あなたの事、助けに来たんだけど……、私じゃ力不足だったみたい……」
申し訳なさそうにリリに謝るロロ。
傷付いたその姿に、リリは彼女が怪獣に立ち向かったことを察した。
「ロロ、あなただけでも逃げて……! このままじゃあなたまで……!」
「はぁ、はぁ…、そ、そんなこと、できるわけないじゃない……!」
ロロは全身を苛む痛みに耐えながら立ち上がり、リリを庇いように立ちふさがる。
「そんな…、ロロ……。どうして…、そこまでして……?」
「当然じゃない…、だって私たち…、友達、でしょ……?」
「……っ!」
ロロの言葉にリリも彼女の気持ちを理解する。
自分がロロのパン屋を手伝っていたのも、別に複雑な理由があったからではない。
ただ友達の手助けをしたかったから、それだけだ。
そしてそれを苦に思ったことなど一度もなかった。
ロロもまた同じ気持ちで、己を顧みず駆けつけてくれたのだ。
「美しい友情というやつか? ……フン、反吐が出るわ! さあ、とどめだブラックキング!!!」
ナックル星人の命令でブラックキングが口からマグマ光線〈ヘルマグマ〉を発射する。
迫る真っ赤な炎から少しでも背後の親友を守ろうとロロが両手を広げた。
リリは自分を庇おうとする親友の背中を見ながら悲痛な叫びを上げた。
「ロロッ!!!」
「リリ……ッ!!!」
次の瞬間ふたりの少女は炎に飲み込まれ、そのまま周りの建物を巻き込んで大爆発を起こした。
その様を見ながらナックル星人は高笑いする。
「我らが宇宙船団もまもなく到着する。これでこの星は我々ナックル星人のものだ! ワッハッハッハッハッハッ!!」
街を焼く炎と立ち上る黒煙を眺めながら上機嫌で笑うナックル星人。
だがその笑い声は思わぬ形で遮られることになる。
「そんなことさせないわ!!」
「この星を、あなたの好きにはさせません!!」
「な、なにぃ!!?」
聞き覚えのある、しかし絶対ありえないはずの声に驚愕するナックル星人。
爆発のあった場所に視線を向けると、眩い光の奔流が巻き起こり炎と黒煙が内側から一気に消し飛んだ。
「ど、どういうことだ!? 貴様たち、何故生きている!!?」
そこにはブラックキングのヘルマグマで焼き尽くされたはずのふたりの少女の姿があった。
しかも満身創痍であったはずのリリは傷ひとつなく、ロロにいたっては先程とは姿が違っているではないか。
「き、貴様、その姿は一体……ッ!?」
「え…? ……え、ええぇぇ!? な、何これ!? どうなってるの!?」
当のロロも自分の姿の変化に気が付いていなかったらしく、ナックル星人に指摘されてようやく気が付いた。
先程までは他の一般隊員と同じような姿だったのに、今は胸元のプロテクターや頭部のツノ飾りなど所々リリの姿を彷彿とさせるものに変わっていた。
自分の身に何が起こったのか分からず困惑するロロ。
隣のリリにも原因は分からなかったが、ひとつだけ思い当たる可能性があった。
(ひょっとして…私の能力の影響……?)
リリには他者の変身プロセスに干渉する特殊な能力が備わっている。
その原理は不明で、リリ本人も能力の全容を掴んではいないが、もしかしたらその能力がロロに何かしらの影響を及ぼしたのかもしれない。
なら自分の身体が回復したのも……?
「……ううん、難しく考える事なんてないわ。諦めない心が奇跡を起こしたの! それでいいじゃない? ね、ロロ?」
「リリ……。……うん、そう! そうよね!」
ふたりの少女は頷き合いあらためてナックル星人とブラックキングに対峙する。
ナックル星人は不愉快そうに声を荒げた。
「えぇい!! 何が奇跡だ、バカにしおって!! ブラックキングよ、あのくたばり損ない共を今度こそ始末しろ!!!」
ブラックキングが命令に従って再び口内からヘルマグマを発射した。
「ロロ、避けて!!」
「大丈夫! 私に任せて!!」
敵の攻撃を回避しようとするリリを制止して、ロロは両手を前方に突き出した。
すると正方形の光の壁が生まれヘルマグマを正面から受け止めた。
市街地を火の海にするほどの威力を誇るヘルマグマを受けても光の壁はびくともしない。
ナックル星人はその強固な防御力に驚くが、リリとロロは別の意味で驚いていた。
「「食パン……?」」
ふたりが同時に同じ感想を呟く。
ロロが展開したバリアの見た目は白い正方形に茶色い縁取りという、スライスした食パンを連想させるものだった。
「ふふ、これはパン屋のロロにピッタリの技ね」
「そ、そうかな……?」
リリの感想にロロも満更でもなさそうに照れ笑いを返す。
一方のナックル星人は内心穏やかではなかった。
(ま、まずい、まずいぞ…っ!! こんなことならさっさと処刑しておくべきだった……!!)
前述の通りブラックキングは事前情報がある相手には強いが、逆に情報がない相手には弱い。
そして新たな姿となったロロはブラックキングの攻撃をものともしない。
先程までの絶対的優位が覆されてしまいナックル星人は焦燥感に襲われていた。
この星の人間たちを絶望させるための公開処刑が裏目に出てしまったがもう後の祭りである。
そしてナックル星人が目に見えて焦っているのは二人の少女から見ても明らかだった。
「今までのお礼をさせてもらうわよ! 行くよ、ロロ!!」
「うん、リリ!!」
ヘルマグマを完全に防ぎ切り、攻勢が止むのと同時にリリがブラックキングに向けて駆け出した。
ブラックキングは向かってくるリリを迎え撃とうとしたが、突然両腕の動きを何かに阻まれ体勢を崩した。
いつの間にかドーナツ状のリングがブラックキングの両腕を拘束していたのだ。
「今よ、リリ!」
「たあぁぁ!!!」
ロロのアシストを受けたリリがブイレスから展開したエネルギーの刃でブラックキングに斬りかかる。
リリが放った斬撃はブラックキングの硬い表皮を切り裂き、その首を一刀両断に刎ね飛ばした。
「ば、バカな!? 何故ブラックキングが貴様の攻撃などに!?」
昼間の戦闘では警備隊の攻撃を悉く弾いたブラックキングの身体が易々と切り裂かれたことに驚愕するナックル星人。
当のリリはブイレスから伸びたギザギザした形状のエネルギー刃を眺めながら感嘆の声を上げた。
「ロロ。すごい切れ味ね、これ!」
「硬いパンを切る時には波刃タイプのパン切り包丁がオススメよ!」
警備隊を苦しめたブラックキングを倒したことに沸くふたりとは対照的に、ナックル星人は自身の企みが完全に破綻したことを悟った。
「ええい! 覚えていろ、このままではすまさんぞ!!」
「あっ!? 待ちなさい!!」
「逃がしません!!」
「ぐお!? は、はなせぇ!!」
踵を返して逃走を図ろうとするナックル星人だったが、ブラックキング同様にドーナツリングで拘束されあっという間にふたりに捕まった。
「お、大人しくしなさい!!」
「うおぉぉ! 捕まってたまるかぁ!!」
最期の抵抗を続けるナックル星人を両脇から抱えたリリとロロは、相手を持ち上げ空高くへと跳び上がった。
「そういう往生際が悪い人は!!」
「パン生地みたいに、伸びててください!!」
「ナ、ナックル星ばんざあぁぁぁ、ぐぇッ!!?」
リリたちは勢いをつけて地面に向けて全力でナックル星人を投げつけた。
地面に叩き付けられたナックル星人は無様な呻き声を上げて気絶した。
地面に頭から突き刺さったナックル星人のそばに着地したふたりは、ナックル星人の様子を覗き込み完全に気を失っていることを確認する。
「ふぅ…、なんとか倒せたみたいね……」
「少しやり過ぎたかしら……?」
「大丈夫よ、これぐらい荒っぽいのは警備隊じゃよくある事だから」
ピクリとも動かないナックル星人を見て心配そうな声を上げるロロに対して、リリはよくある事だと苦笑する。
それを見てロロはリリに向き直ると申し訳なさそうに言った。
「リリ…、ごめんね……。あなたがいつもこんなに大変な思いをしてたなんて知らなくて……。それなのに気安く何か手伝いたいなんて言って……」
「そ、そんなこと……。こっちこそ心配かけてごめんね。ロロが来てくれなかったらきっと取り返しのつかないことになってた」
「うん……、リリが無事でよかった……!」
ふたりは笑い合って握手を交わす。
こうしてナックル星人の企みはふたりの少女の活躍によって阻止され惑星フースの平和は守られたのである。
◇◇◇
下層民〈インフェルニア〉の暮らす町の一画に佇む小さなパン屋。
焼きたてのパンの香りが漂う店内で2人の少女が慌ただしく働いていた。
「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしています! 次のお客様どうぞ!」
「リリ! 新しく焼き上がったパン、ここに置いておくから!」
「うん、ありがとう! ロロ!」
客の応対をしながらリリは焼きたてのパンを手際よく袋に詰めていく。
その背後ではロロが厨房で休みなく新たなパンを焼き続けていた。
先のナックル星人との戦い以来、ロロのパン屋はかつてないほど繁盛していた。
侵略者からフースの平和を守った少女が営むパン屋として噂が広まってしまい、連日行列ができるほどの客入りで、今も店の外には長蛇の列ができておりメイスに客の誘導をしてもらっているほどだ。
「正義のヒロイン効果は凄いわね……! また怪獣が現れたら応援を頼もうかしら?」
「もう勘弁して! 戦うのはこりごりよ!!」
やっぱり自分はこうしてパンを焼いている方が性に合っている。
ロロはもう二度と体験することはないであろう先日の戦闘を思い出し、それをつくづく実感したのだった。
そんな彼女の思いとは裏腹に、それ以降もリリが戦闘で窮地に陥ると黄色い巨人が必ず駆けつけるのだが、それはまた別のお話……。
The End
あとがき
こんにちは。野生の絵描き、阿井上夫です。
過去最長のSSとなってしまいましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。
今回は以前から描きたいと思っていたロロ変身態をテーマにしたお話でした。
ロロ変身態のデザインについては『DARKNESS HEELS -Lili-』連載中に綱島師匠が描いたイラストを元にさせていただきました。
また技が全てパン関連なのも師匠のイラストでパンを持っていたところから着想を得ました。
SSは最初は予定にはなかったのですが、同時並行で描いていた逆さ吊り拘束のリリと組み合わせることを思いつき、帰ってきたウルトラマンの第38話『ウルトラの星光る時』をベースに書き上げてみました。
初期案ではロロが駆けつけるまでにリリがナックル星人にXXXされてしまう展開とかも考えましたが今回はハッピーエンドにしたかったので没に。
ロロが今回限りのゲストキャラになるか、今後も登場する準レギュラーになるかは反響次第ですね。
それではまた次回の更新でお会いしましょう。