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「──ネ、聞いていて? あの御方たち、まだ見つかっていないそうよ」 「なんでも、お家(いえ)の者も振り切ってお逃げになったそうで……」 「マァ。心配で、どうにかなってしまいそう……」 「わたくしたちのロマンス」 「学園を揺るがすエスケイプ」 「ドラマティックな彼のふたり──」 中庭でもカフェテリアでも、生徒の話題はたった一つだった。 小川のせせらぎのようにさらさらとした声を寄せ合って、うっとりと話す様はこのような事態でなければ素直に賞賛できるほど美しい。 「一体どちらに向かわれたのでしょう、あたくし、おふたりの身を案じて眠れなくって……」 「あのおふたりのいらしていないこの学園は、ロダンの地獄門のよう。 こんなこと、あんまりだと思わなくって? 」 「出過ぎた物言いかと存じておりますけれど、 いっそ戻らないのなら、わたくしもお連れになって頂きたかったわ。 一等、幸せなお時間を過ごさせて頂けると思うことだけれど……」 囁き合う白い妖精のような女学生達を横目に、“僕”はさっさと廊下を進もうと踏み出した、が。 耳に入った言葉が、足を止めた。 「……これは口外なさらないで頂きたいのだけれど、 あたくし、あの“薄紅の方”を怪しく思っているの。 透子様の後ろにいつもいらしっている、あの」 反射的に身を隠す。言われずとも分かる。 それは自分のことだ。 白い妖精達は、鈴の声をそのままに、話題を僕に変え、流麗に続ける。 「薄紅の方──存じておりますわ。エェ。あの、使用人の」 「振る舞いやお顔立ちはとても素敵だけれど、 口を聞いているところは拝見していない、気味の悪いお方……」 「このようなことを言うのはあんまりだけれど……。 あたくし、見てしまったの。あの方の右目を……。 ほら、前髪に隠していらっしゃるでしょう? けれどいつものように透子様のお給仕をなさっている中、偶然風に吹かれて──」 「どのようでしたの? あなたがそのように仰る程のことがあって……?」 「あの方の右目は──」 思わず手袋を嵌めた手で顔の右半分を抑える。 布越しにも伝わるざらりとした感触とは、大昔から付き合っているものだ。 甘かった。 こんなことになりたくなかったから、隠していたのに。 「──マァ、それは、なんという……!」 「仰る通り……いえね、わたくしも不思議に思っていて。 あの方、いつでも手袋をしていらっしゃるでしょう? 他の使用人とは違う、何かを隠す為のものに思えるの……」 「勿論、あたくしはそのようなこと信じてはいませんわ、 仮にもあの方がお付きに選んでいらっしゃる方だもの。 ……けれど、火のないところに──と仰るでしょう? とんでもないことを言うようだけれど、 薄紅の方は“人ならざる何か”──などと言うことも有り得ることよ」 「左様なこと……それでも、訝しむには充分ですわ……。 いいえ、いいえ、潔白であることを信じてはいるけれど……」 妖精の会話はじわじわと仄暗い内容に移り変わる。 潔白を信じるなんて言っているが、本心は。 取り繕っていてもこんな話ばかりを好む。 好奇心に満ちた花盛りは、毒にも薬にもなるのだ。 一層、直ぐにでも此処を離れなければ。 いつも以上に息を殺して柱の影を歩く。 「ならば、あの“何か”がおふたりに悪知恵を吹き込んで、 拐かしたのではなくって?」 浅い呼吸が加速していく。 否定したかった。今すぐにでも飛び出して「違う」とただ一言告げたかった。 けれどそれができないから、それすらもできないから、声帯は震えてくれないから。 ただ、見つからぬようその場を後にする。 「──では、あのおふたりは一体、 何を追いかけて飛び立っていったのかしら?」 1 https://touko.fanbox.cc/posts/336347 2 https://touko.fanbox.cc/posts/3630674

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