Home Artists Posts Import Register

Content

空は青く澄み渡り、まさに五月晴れといったところ。

その空の下、地上に降りた月の兎が慌ただしく駆けていた。

「えーと、次は呉服屋の旦那のところ、その次は煮売り屋の女将さんのところで、

 あとはえーと、とにかく急がないと!」

月の兎、鈴仙・優曇華院・イナバは薬の行商である。もちろんただの行商ではなく

月の賢者、八意永琳の名代として彼女の作った薬を売り歩く言わば永遠亭の顔である。

その顔役が遅刻などしてはまさに面目丸つぶれ、師匠からのきついお仕置きは免れない。

鈴仙が一日に回る顧客の数は多い。いくら閉ざされた幻想郷といえど薬を求める声は強く

かといって妖怪である彼女が里に店を構えることもできない以上、こうして一軒一軒回って

薬を配布するしかない。

ただ、師匠の八意永琳もはなから無理なスケジュールを組んでいるわけでもない。

鈴仙がこうも遅れた原因は道草のせいだ。

「ちょっとお茶屋でゆっくりしすぎたかなー。まぁ遅れても私の愛嬌で許してもらおっと」

師匠の目の届かない人里である。普段厳しく躾けられている反動もあって気が緩みがちだ。

とにもかくにも、鈴仙は脱兎のごとく人里を駆けるのであった。

永遠亭の夜は長い。住民の多くが妖怪兎であることに加え、月人達ははるかに浮かぶ故郷を眺め

そして玉兎は日々の雑用が終わらない。

「ウドンゲ、ちょっといいかしら?」

師匠が呼ぶ声がする。これはちょっとまずいことになった時の呼び方だ。

「え、えと、師匠、まだ雑用が残ってますので…」

「いいから、早く来なさい!」

ああ、絶対にまずいことになっている。

鈴仙は観念して師匠の居室に足を運ぶ。

「ねぇ、ウドンゲ。私が何で呼んだかわかる?」

「いえ、皆目見当も…」

「そう、じゃあ教えてあげます。最近、薬の遅配の苦情が出ているわ。

命に係わるようなものはないにしても、こういうところから信頼は崩れていくのよ」

「はい、すいません…」

「それだけならともかく、貴女自身の行状についても苦情が来てるのはどういうことかしら?」

答えに詰まる。遅れてしまった家には愛想だけは人一倍振りまいてきたつもりだが何かまずかったのだろうか。

「曰く、色仕掛けで篭絡しようとしてきた、はしたない格好で旦那を誘惑した」

「そ、それは誤解です!」

答える声が一段高くなる。普段より笑顔120%増しで接したつもりがそんな風にとられるなんて。

ただ、走って回って着衣が乱れてたことくらいあるかもしれないし、息が乱れてちょっとセクシーだったかもしれない。

「ほ、ほら、私ってかわいいから意識しなくてもそうなっちゃのかもしれないなー、なんて、えへへ…」

「へぇー、たいした自信ね」

あ、これは地雷を踏みぬいたかもしれない。

これは3時間コースかな、と覚悟した瞬間

「そうね、今後は誤解を招かぬよう気をつけなさい。じゃあ仕事に戻っていいわ」

「え、もうよろしいので…」

「あら、不足ならば続けてもいいわよ」

がぶりを振って否定する。

「め、滅相もございません。これから仕事に戻らせて頂きたい所存申し上げる次第でございます」

慌てて語尾がめちゃくちゃである。

そんな鈴仙を冷たく見下ろして、永琳はある薬に手を伸ばすのだった。

「ねえ鈴仙、貴女少し…太ったかしら」

師匠の言葉に思わず硬直する。

たしかに、今の鈴仙は秋を待たずして食欲真っ盛り。朝から山盛り茶碗におかわり三昧といった感じだ。

とは言え、日ごろの激務や薬の配達と消耗も大きくそれと相殺…だったらいいな、と考えていた。

「う、やっぱりわかりますか?」

見下ろすと、たわわに育った胸が視界を遮り足元を隠す。胸元から腹部にかけてブレザーが体を圧迫し動くたびに

深い皺を刻むようになっていた。その下のブラウスはさらに小さく、ぷよぷよと柔らかい腹肉によって左右に引っ張られてた。とはいえ、元はスラリとした体型である。全体の増量は見られるものの、いまだ「健康的」な範疇にとどまっている。

「まぁ、鈴仙は”かわいい”んだし、それくらい大丈夫じゃないかしら?それくらいならねぇ」

ことさら「かわいい」を強調する永琳。この前の意趣返しだろうか。鈴仙は愛想笑いで答えるしかない。

「そーそー、鈴仙はデブかわいいウサ」

てゐが後ろから腹肉をつかむ。むにりとした感触が伝わるのとともに羞恥で血流が顔の上ってくるのがわかる。

「こらっ!てゐっ!」

不埒な同居人を一喝し、振り向くもすでに縁側の外。

「最近の鈴仙はマジでたるみすぎウサ」

ケケケという笑い声とともに竹林の先に消えていく。

「ふぅ、うぅ、ま、また遅れちゃう、ふぅ」

息も絶え絶えで鈴仙が駆ける。いや、駆けているつもりだが以前の速さは全くない。かつてが脱兎だとしたら今は亀の歩みだ。2か月もしないうちに鈴仙の体は大きく変貌を遂げていた。永琳に指摘されてからも増量は一向に収まらず

今や立派な肥満体に成長していた。胸は大きく西瓜のように成長し、一歩ごとにその身をゆする。その下から大きくせり出す腹は太鼓のように大きく、横から見れば胸よりも前に突き出している。その体を支える足腰は太く大きく、なにより緩んでいて足を進めるたびに大きな腹と仲良く波を打っていた。その巨体を包む薬師の服は何度も仕立て直したにも関わらずぴっちりと体に張り付きいまにも内側から引き裂かれそうだ。走っているうちにはだけてきてしまうため、大きな腹が顔を見せるたび左右に押しのけられた襟を正面に持ってこなければならなかった。

「ふぅ、走ってると、ひぃ、お腹すいちゃうわね」

今の鈴仙でも道草せずにまっすぐ薬の配達だけを回れば今の体でも十分まわりきれるだろう。しかし、体が大きくなるにつれ

空腹感もより大きく成長していった。結果、数件回っては買い食いし、数件回っては茶店で腰を下ろすようになっている。

当然、スケジュールは以前に増してキツキツに。重たい体を引きずってどたどたと走り回る羽目になっている。

今日のスケジュールに余裕は残されていない。己の欲求と目の端に引っかかった団子屋の幟旗を振り切るようにして目的の家へ向かう。

「すいません、ふぅ、遅くなりましたー」

「あらあら、永遠亭さんいつもありがとうございます」

家主の老婆が家の奥から顔をのぞかせる。

鈴仙は框にどっかと腰を下ろして薬箱から頼まれていたものを取り出す。

「えっと、いつもの粉薬と、これが錠剤で体がだるいときに飲んでいただければ…」

手早く薬を取り出して老婆に説明する。そうこうしてる間ウエストがぎちぎちと腹に食い込んで苦しい。

薬を手渡して立ち上がり、座ったことでずり上がった腰帯をそそくさと直す。

「手短ですが、これで…。もし何かあれば文でも送っていただければ」

頭を軽く下げ薬箱を担ぎなおす。

「あの、もし」

老婆が声をかける。

「薬師さん、ここ最近でよく肥えられましたねぇ」

「うっ」

思わず声が漏れる。確かに訪れる家々でそれとない視線を感じることもあったがここまでストレートに切り込まれるのは初めてだ。

「えっと、いや、その」

しどろもどろで返答もままならない。顔に血が上り熱を帯びていくのがわかる。

「いやいや、今の若い子は折れそうなほど痩せてる子ばっかりで薬師さんみたいな子はなかなかおらんようになってねぇ。

昔はふくよかな方が別嬪さん言われてたんよ」

予想外の言葉に羞恥よりも驚きが上回った。

「それにほら」

老婆が鈴仙のほほに手を伸ばす。

「まぁるくてやわらかい。ほんとかわいらしいお顔ですねぇ」

そこまでしてはっとしてように手をひっこめる。

「ああ、すいません。最近の薬師さんがえらい可愛らしくてなぁ。おもわず触ってしまいましたわい」

ははは、と照れるように笑う。

鈴仙は恥ずかしいやら驚くやらで気持ちが定まらない。

やっとの思いで「ありがとうございます」と絞るように伝え家を出るのが精一杯だった。

最近、永遠亭はお櫃のサイズを2まわりほど大きくした。

約1名の消費量が増大し、以前のサイズでは盛り切れなくなったためだ。

「てゐ、おかわり~」

「まだ食うのか、このデブ鈴仙!」

今日のご飯係のてゐは怒り心頭である。てゐがおかずに手を伸ばそうとするたびに鈴仙からのおかわりコールがかかりご飯をよそっている間に鈴仙がおかずを平らげる。それが2度3度続いているうえ、鈴仙の食欲はとどまるところを知らない。

「大体、ダイエットはどうしたウサ!」

「ふふーん、昨日で終わり~、あむっ」

鈴仙がおかずを口に放り込む。

「ちっとも痩せてないのに何で終わるのよ!せめてその腹引っ込めてからにするウサ!」」

「今日、私は気が付いたの、いや気が付かせてもらったのよ。私はいまのままでも十分かわいいって」

ドヤ顔である。

「どこが!?このブタウサギ!」

普段、鈴仙をからかうてゐも今日は劣勢、いや圧倒されている。

てゐと鈴仙のやりとりをいつものようににこにこと見守る輝夜。その横で八意永琳は呆れるように弟子を眺めていた。

永遠亭でウサギが跳ねる。追うは稲葉の白兎、追われるは玉のように肥えた玉兎である。

「ひぃ、て、てゐ!いい加減あきらめてよ!」

ことの発端は、鈴仙に新しい制服が届いたことからはじまる。

成長著しい鈴仙に合わせ、2まわり、いやそれ以上に大きくした制服に袖を通し、鏡の前でくるりと回る鈴仙。

「うふふー、新しい制服~」

ご機嫌でポーズをとるも、今や丸々とした肥満体である。さらに計測時より太ったせいか

届いた制服はすでにパツパツだ。

ブラウスの袖はみっちりと肉がつまり、食い込んだ腕はポーズをとるたびにふるふると揺れる。胸元はなんとか止まっているもののせり出した腹部にかけてパッツパツに引き伸ばされボタンとボタンの隙間から肌色が覗いていた。

それを上から覆うブレザーはせり出した腹のより丈が足りなくなっており動くたびにその下のブラウスとはみ出した腹肉が見えていた。余裕をもって作られたはずのスカートはすでにアジャスター全開。巨大な尻のラインを隠すところなくぴっちりと張り付き腰を曲げれば下着のラインまであらわになるほどだ。なんとかホックは留められているものの、その上にはたっぷりと肉がのっかり早晩の決壊を暗示していた。

「やっぱり、薬師服も似合うけど制服が一番よね~」

鏡の前でドヤ顔でポーズを決める。

「ぶふふっ!」

背後で誰かが噴き出して笑う。

「鈴仙、その体型でミニスカとか無理すぎ~」

てゐである。

「なによ、この私のかわいさがわからないなんて可哀そうね」

反論しながらも自分の体型を冷静に見ると羞恥心が湧き上がってくる。

確かにふくよかで可愛いと言われたし、丸みを帯びた自分の顔もそう悪くない、そう悪くないはずだ。

「まぁいいや、お師匠様がどうせすぐ着れなくなるから今のうちにサイズ測って、大きいの発注しとけだって」

その右手にはメジャー、左手は体重計を脇にかかえている。

「そ、そう。じゃあ自分で測るから置いておいて」

てゐがニヤニヤ笑いながら告げる。

「ダメウサ。鈴仙はどうせサバを読んで小さいのを発注するから私がちゃんと測るから。それに…」

「それに?」

「鈴仙の腹じゃ足元見えないでしょ。体重も私がばっちり測ってあげる」

ニヤニヤが満面の笑みに代わる。

メジャーを片手にてゐがにじり寄る。対する鈴仙は身を翻し、一目散に逃走を図る。

ドスドスと大きな足音を立てながら玄関へ、そして竹林へと駆けていく。

「鈴仙待つウサ!」

対するてゐも軽快な足音で鈴仙の巨体を追っていった。

時間にして1分もたたぬうちに鈴仙の呼気は粗く、息も絶え絶えとなった。

「ふぅ、ひぃ、体が、重、い…」

一歩ごとに全身の肉が揺れ、バランスを奪っていく、足を持ち上げるとスカートのどこかがビリビリと悲鳴を上げ

息を整えようと背を伸ばすと腹周りのボタンが引きちぎれる。

そんな鈴仙を追うてゐは余裕綽綽と言った様子。

走るごとに解体されていく鈴仙の制服を見ながら

(なにこれ、面白)

と思わざるを得ない。

やがてその走りが歩みに変わり、その歩みも止まるころ、てゐが鈴仙に声をかける。

「いい加減観念した?鈴仙」

鈴仙は全身の肉を震わせるようにして息を紡いでいる。ぜぇはぁと繰り返すばかりで返事もままならない。

全身から汗が吹き出し、おろしたての制服はところどこから肉がはみ出し、肌に張り付いた部分から下着が透けていた。

「体重計は置いてきたから勘弁してあげる。ほら、しゃきっとして!」

てゐが鈴仙の尻を叩く。ぶるんと尻の肉から腹の肉まで波が伝わっていく。

鈴仙もようやく息が整い、背を伸ばしててゐを受け入れる。

「ふぅ、ふぅ、皆には内緒にしてよね…」

「はいはい、じゃあ、測るからじっとしてて」

精一杯お腹を引っ込める…がお腹にはぎゅっと抱き着くてゐの姿。

「ふんっ、ほっ」

背中にメジャーの端がぺしぺしと当たる感触。

「…何やってんの?」

腹に抱き着くてゐに思わず問いかける。

「いや、鈴仙太すぎて…ふんっ」

ただでさえ体格差のある2人である。てゐの腕ではかかえきれないほど肥満した鈴仙のウエストを計測するには鈴仙の腹にだきつく形にならざるを得ない。さらにメジャーを鞭のように振り、逆の手に渡そうとしているのだが…あまりに肥満した腹肉に邪魔をされ、それもままならず今はただむにむにと鈴仙の腹に身を預けるに至っている。

(な、なんだか気持ちいいウサ…)

ぷよぷよとした肉に包まれ、思わず目的を忘れてしまいそうになる。

「ほら、てゐ!」

鈴仙の声で目が覚める。

「これで測れるでしょ」

手渡すのはメジャーの片側。離れがたい気持ちを振り切って鈴仙から受け取ると数値を測るべく

両手を引き合わせ…引き合わせ…られない。

1メートル以上あるはずのメジャーが右と左に分かれたまま重ならないのだ。

「鈴仙…すごいウサ」

「何が?」

必死で腹を引っ込めているらしい鈴仙が苦しそうに答える。

「これ、120cmあるのに全然届かない…」

「またまた御冗談を」

鈴仙が笑って否定する。腹筋も緩めたのかメジャーの左右はさらに押し開かれる。

「計測不能だわ」

「ねぇ、冗談でしょ」

片手のメジャーを離し巻き取ると鈴仙に向かって宣言した。

「今の鈴仙は体重もウエストも測定不能の大デブって師匠に報告しておくウサ」

いたずらっぽく微笑むとてゐは跳ねるように永遠亭へ戻っていった。

鈴仙はショックなのか、それとも追いかける体力が残っていないのかしばらく立ち尽くしていた。

八意永琳は後悔を始めていた。仕事をさぼりがちであった鈴仙を懲らしめるべく特製の肥育薬を鈴仙の食事に忍ばせた。永琳の目論見では太り始めて動きが鈍れば寄り道せずに配達に回るようになり、太ったことで自分の容姿に頼るようなことは控えるようになるはずだった。最初のうちはうまくいったものの、体重の増加とともに食欲も増加し寄り道は減るどころか増えていった。容姿についてもある時を境に太っていても自分はかわいいと認識したらしくあまり改善は見られない。

「失敗か…」

月の頭脳をもってしても人や妖怪の心を思うままにすることはできない。幾分、驕りがあったのを認めねばなるまい。鈴仙への薬の投与はすでに止めている。しばらくすれば異常な食欲も収まるだろう。あとは自分で蒔いた種だ。やせ薬でも処方してやろう。そんなことを考えていた矢先、鈴仙が戸板で運ばれてくるという事件が舞い込んできた。

夏真っ盛りにしてジリジリするような日差しが差し込む中、鈴仙は人里を回っていた。普通の人にもきつい暑さの中、まるまると肥えた鈴仙は滝のような汗を流しながら歩を進める。

「あっづ~~い」

日差しを防ぐ傘をかぶっているものの、それが蒸れて仕方ない。しかし耳を隠すためには外すこともできないジレンマだ。

蒸れているのは頭ばかりではない。人里ではまず見ないレベルにまで肥満した彼女の体は蒸気をあげるがごとく。いたるところに熱を籠らせ、体力を奪っていく。巨大に肥大化した胸は服の襟を左右に押し開き、右と左へ広がっている。開いた胸元を隠すため薄手のシャツを着こんでいるがそれが首元までべったりと汗ではりついている。汗のせいかぴっちりと張り付いた二の腕はかつての3倍近い太さに成長し腕を振るたびに胸に干渉してぶよぶよと変形しする。

彼女のシルエットが球形に見えるほど成長し前へ横へとせり出した腹は腰帯でなんとか留められているものの、いつまで持つかといったところだ。すでにせり出した腹に手が届かないため鈴仙が必死に襟を寄せたところで下っ腹はあらわになったままだ。その巨大な腹を支える腰にもたっぷりと肉が付き歩くたびにに巨大な尻が左右に踊る。すでに隙間がないほど太くなった腿は体をゆらすように左右に振らなければ歩きづらい。かつての太腿よりもなお太いふくらはぎは、その重量に悲鳴を上げている。

「ふぅ、ひぃ、あ、あぞごの、茶店で休憩、しない、と」

このままでは焼き豚、もとい焼ウサギになりかねないと判断した鈴仙は手近な茶店に向かい腰を下ろす。

「ふぃー、えっと、じゃあメニューのここから、ここまで全部お願いします」

最近は個別にオーダーすると時間がかかってしょうがない。なので範囲指定して一気に頼むと効率が良い。ほどなくすれば、鈴仙が失った水分がやってくるはずだ。大量の糖分とともに。

「今日は、ほんとに暑いわねー」

突き出た腹を撫でまわしながら、逆の手で汗をぬぐう。やがて、注文したものが運び込まれてくる。わらび餅に白玉ぜんざい、冷製汁粉。かき氷の上にたっぷりとずんだと餡子、白玉でトッピングした宇治金時。口の中がほどよく冷えてくるころに、口直しにクリームたっぷりでデコレートしたシフォンケーキ。それらを平らげると、揚げあんパンにドーナツをいくつか。脂っぽいチュロスが疲れた体にたまらなく美味しい。それらを腹に収めると締めにシェイクをLサイズで。濃厚なバニラ味が冷感とともに体に流れ込む。

「やっぱ夏はこれよね~」

と、シェイクを一気に飲み干すとようやく一息ついたようだ。たっぷりの脂肪と大量の甘味で満たされた腹はまるまると膨らみ鈴仙の大きな胸を押し上げる。そんな自分の腹さすりさすりと撫でながら

「ぐぇーっぷ」

大きなげっぷを一つ。はしたないかもしれないがしかたない。こうでもしないと胃が張って苦しいし。少し反って自分の巨腹を投げ出すように姿勢を変えた途端

”バキン!”

視界がブレ、衝撃が全身を伝う。声を上げる間もなく姿勢を崩し、背中に衝撃。

気が付くと仰向けの姿勢で天を仰いでいた。

鈴仙が茶店の椅子を踏みつぶし、その衝撃で腰を痛めてしまい戸板で運ばれてきたのは夜に近い夕刻だった。鈴仙は仕事着のまま布団の上に転がっている。最近の急激な体重の増加で負担が増えていたところに不意の衝撃である。ついに腰が悲鳴を上げ立ち上がれなくなったのだ。茶屋の娘が驚いてまわりの男手を呼びなんとか戸板に上げたものの、鈴仙の重量である。

大人2人では到底持ち上がらない。ならばと4人で隅を持って持ち上げた途端、戸板が真っ二つに折れてさらに腰をうちつけることになった。結局、なんとか引きずるようにして大八車に乗せ竹林についてからは戸板を3枚重ねた上に男手、人に化けた妖怪兎、そして妹紅がかわるがわる運搬して永遠亭まで運ぶことになった。

「ウドンゲ」

「はい…」

鈴仙の声は今にも消え入りそうである。横になった鈴仙は、まるまるとした腹が山のようにそびえ、投げ出された手足はまるで大きな丸太のよう。

「あなたがいくら太ろうが黙っていたけれど他人に迷惑かけるようじゃダメよ」

永琳の声はいくぶん優しい。自分のせいでもある故あまりきついことは言えないのもある。

「明日から少しづつやせ薬を処方してあげる。でもそれだけじゃダメよ。あなたも自分で努力なさい」

「はい…」

鈴仙は大きな体を精一杯縮めて返事をしていた。

痩せるということはすなわち生命を害することだ。強力なものを使えば痩せる前に命がもたない。ゆえに薄く薄く薄めたものを少しずつ処方することになる。幸い1週間もしないうちに鈴仙の腰は完治し生活に支障はない。それに合わせて永琳はやせ薬を処方し、1か月がたつ頃にはすっかり元の…元の…

「なんで元の大デブに戻ってるのよ!」

永琳が叱りつける。1週間臥せっている間、1日3食健康的な食事を続けたことで、目に見えて鈴仙は痩せていった。床上げのころには肥満体には違いないものの、着ていた服はゆるゆるに、サイズは2つほど下がっていた。ところが、ここ数週で体重はV字回復し元の…いや元以上の大デブになってしまった。

「私にもわからないです…。ちゃんと運動もしてるし間食もしてないんですけど…」

鈴仙は涙目である。やせ薬はちゃんと投与し、代謝の活性剤、筋力の増強薬など複数の薬剤の補助も行っている。これで痩せぬはずがないのだが…。鈴仙のまるい頬に涙がつたう。

(もしや、肥育薬の影響で薬全般に対する免疫が生まれた…いやまさか、でも…)

師匠の逡巡を見てますます鈴仙に不安が募る。自分は一生このままなのか。

「で、でもウドンゲ、お世辞がじゃないから聞いてほしいんだけど、太っても貴女はかわいいんだから自信をもちなさい」

うしろめたさ半分ではあるがもう半分は本当である。元々の造作は良い上に体重の割に顔の肉はそれほどでもない。ほほのまるい曲線は肌のきめの細かさと相まってもちもちとやわらかく、ぱっちりとした目の印象から痩せてた頃に比べ幼さが強調されている。ぷっくりとした指で涙を拭う姿は不思議な色気をまとっていた。

「本当ですか、師匠…」

「本当よ、だから安心して私に任せてちょうだい」

いざとなれば外科的に取り除くこともできるが負担は薬の比ではない。しかし何かひっかかる。鈴仙に投与した薬を並べ原因を探る。薬の効果が互いのに干渉しているのか、あるいは…そこで、永琳ははたと気が付く。原因は単純なことだったのだ。

丑三つ時。鈴仙の居室に動く人影があった。大量の食糧を抱えたそれは鈴仙の枕元座ると彼女の口に食糧を流し込む。

「むにゃむにゃ、もう食べられないよ…」

べたな寝言を呟いても食品を口元に運ぶと面白いように飲み込んでいく。やがて手元の食品が付き、鈴仙の腹が一回り膨れるころに人影は部屋から出た。

「そこまでよ!」

暗闇からその人影を制す。声をかけたのは八意永琳。呼び止められたのはてゐである。

「え、永琳…厠ウサ?」

「しらばっくれなくても貴女のいたずらはわかっています。薬同志の干渉とか難しいことを考える前にもっと単純に考えるべきだったわ」

「な、何のことウサ?」

「肥育薬の残量が減りすぎていた。私が投与した以上にね」

「私から薬をくすねることができるのは限られてるし、ウドンゲの体重が減らないってことはどこかで食べてるってことだもの。そうなると、ウドンゲを監視してれば犯人はいずれ尻尾を出す。ちょうど貴女みたいにね」

てゐは観念したように両手を上げる。

「あーあ、もうちょっと鈴仙のデブっぷりをからかってやろうと思ってたんだけど」

てゐがわずかに後ずさる。

「それに鈴仙のお腹、ぷよっぷよで気持ち良かったし」

踵を返す。

「でも、これで終わりなのが残念ウサ!」

脱兎のごとく、いや脱兎そのものになっててゐが逃げだす。

永琳はその後ろ姿に向かってゆったりと弓をかまえるのだった。

それからしばらくして、鈴仙の増量は一応の落ち着きを見せた。肥育薬の投与が止まれば当然のことだ。その間、てゐが毎日、異常な量の食事を食べるようになり、鈴仙からは

「私の食欲の肩代わりでもしてくれたの?」

なんて軽口をたたかれたりもした。当然体重もむくむくと増え、今では横幅だけなら鈴仙と大差ない。一方鈴仙の体重は現状維持のまま。やせ薬などの投与も継続しているが間食が多く、運動にもあまり熱心でない。結果として減る分と相殺されてしまっている。

「だって師匠、言ってくれたじゃないですか。太ってても私はかわいいって」

とは鈴仙の弁。

永琳は自分のうかつな一言に頭を抱えたが覆水は盆に還らず。せめて、腰がくびれる程度には、と丸い弟子を見て思うのだった。

Comments

No comments found for this post.