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今日も大きな荷物を抱えて夜の廊下を進む。ほんの数か月前から始めたことなのに、もうずいぶんと長い間続けているような気がする。両手で抱えるようにした荷物に視界は塞がれ前はほとんど見えないが、すでに慣れてしまった。横目に流れる廊下の板目や柱を見れば自分が今どのあたりを歩いているかがわかる。やがて部屋の前にたどり着くと両の手を塞いだ食料の山を床に置き引き戸に手をかける。開かれた部屋の内側からむわっした熱気があふれ出す。薄暗い明りの向こうからはぁはぁと粗い息遣い聞こえてくる。

(ああ、なんて愚かなんだろう)

床に置いた荷物の中からいくつか中身を取り出して部屋へ入る。

「…ナズーリン」

今日も彼女は虎穴に足を踏み入れる。鼠の身にして虎と相対するために。

彼女にその役目が割り振られるのはある意味必然だった。命蓮寺で"ご本尊"を務める寅丸星は寺の象徴と言える存在だし、住職の聖を除くと他の連中は少々血の気が多すぎる。さらに言えば、件の大食い大会では他の勢力が面子をかけて挑んでくることは目に見えていたし、半端な者を出すわけにはいかなかった。彼女の方と言えば話を持って行った当初からまんざらでもないらしく、少し話を向けてやるとすんなりと首を縦に振った。

「と、言うわけなんですよ」

寅丸の前には無数の桶。そのどれもがなみなみと水が張られている。

「どういうわけなんだい?」

ナズーリンは眉根を寄せる。

「つまりですね」

寅丸は続ける。仮にも寺、しかもそのご本尊が思うさま食べ物を喫するというのはいかがなものか。一方で、なんの鍛錬もなしに大会で勝ち抜けるわけもない。

「要するに、水だったら文句はないだろうってこと」

「ええ、そういうことです」

星が笑顔で答える。

これから星は片っ端から汲み置いた水を飲む。もちろんそれだけでは足りないから星が空けた桶をナズーリンが受け取って水を汲んでくる。あとは彼女が限界まで腹を膨らませて胃の容量を拡張していこうという算段だ。

「はぁ、仕方ないねぇ」

星が最初の桶に手をかける。口元までそれを寄せると呷るようにして一気に飲み干した。

「酒じゃないのが残念です」

軽口と一緒に空いた桶をナズーリンに手渡す。すぐさま別の桶を呷って空ける。空になった桶を両手で引き受けるとナズーリンは井戸まで向かって汲んでは運ぶ。それを何度か繰り返すうち、星のほっそりした体は徐々に膨らみ、最後はまるで妊婦のように大きく膨れた腹を上にして倒れこんだ。

「なかなかに立派なもんだ」

ナズーリンは星の大きな腹をぽんぽんと叩く。

「うぇっぷ、た、叩かないでください…」

ふだんザルのように酒を飲む星でも、一度にこれだけの量を飲んだことは今までそうはないだろう。みっともなく大の字になって床に横たわる姿を見ると、なぜ普段一緒に住んでいる寺の面々ではなく自分が選ばれたのかをなんとなく察する。

「こんな姿、他の連中には見せられないな」

「ええ…」

仮にもご本尊、毘沙門天の代理である。事情込みとはいえその威光に傷がつくような真似はできない。そこでナズーリンを呼んだのだ。

表向き彼女は星の部下として振舞ってはいるが、実際は毘沙門天から遣わされた監視役である。寺の面々よりもある意味で身内である彼女でなければこのような姿は見せられなかった。

「しばらく横になってるといい」

「うっぷ、そうします…」

大きな腹をかかえて唸る星を残してナズーリンは部屋を後にする。心の奥底がかすかに泡立つ違和感をあえて無視するようにして。

それからというもの、ことあるごとに星はナズーリンを呼んでは水をその身に流し込み、腹を膨らませて見せた。最近では最初のころよりも明らかに大量に、その腹も巨大な風船のごとく膨らむまで飲み干せるようになってきた。ただその一方で

(ぐぅるるるるる)

まるで猛獣の唸り声の如き声がする。水を流し込んでいないときはいつもこうだ。広がった胃の中で腹の虫が盛大に鳴いて抗議する。

「いつもそうなのかい?」

ナズーリンが尋ねる。星は言葉は返さぬものの代わりに腹の虫が(ぐぅ)と鳴いた。

思わずため息を一つこぼして懐から包みをひとつ星に差し出す。

「これはとっておきにしようと思ってたんだがね」

中には小ぶりな饅頭が一つ。

「人前に立つのに、それではみっともないだろうに。きちんと食べているのかい?」

「ええ、以前よりも食べてはいるのですが」

と星の答え。大きくなった胃に比べて寺の質素な食生活では量が足りてないらしい。

「あまり無理をするもんじゃないよ」

ナズーリンの声に星ははにかむばかりだった。

深夜、命蓮寺の一室でまるで猛獣のような声がする。行灯の薄暗い明りの中で、部屋の主の瞳だけが爛々と光る。低い唸り声とともに身をよじるようにしてのたうつ。その部屋の戸が不意に開けられ、うっすらとした月明かりが差し込んだ。

「そんなことだろうと思ったよ」

よく知った声。だがそれ以上に鼻腔をくすぐる香しい匂い。理性よりも速くそれに飛びつくと、思うさまそれを口へ運ぶ。

「おいおい、かみついてくれるなよ」

手に取った塊を咀嚼しつくすと、床に置かれた別の皿に手を伸ばし手づかみのまま口のなかに放り込む。幾度もそれを繰り返し、理性が主導権を取り戻すころにはその腹は限界まで膨れ上がっていた。

「少しは落ち着いたかい?」

「う、ぐぇっぷ」

返事をしようとして口を開くも言葉よりもゲップの方が先に出る。

「腹だけ広げて中に詰めるものがなければそりゃ飢えるだろうね。それに生臭はここではダメなんだろう」

「ナ、ナズーリン…」

「ご主人とは長い付き合いだ。それくらいわかるよ」

ナズーリンとその配下の鼠たちが運んできた料理はあらかた星に平らげられ、残るは空いた皿ばかりだ。

「配下の鼠たちがかじられなくてよかったよ」

ナズーリンが微笑む。言葉に窮する星の腹に手を当てるとゆっくりと撫でさする。中から押し広げられたその大きな腹は張りつめられて硬い。

「恥ずかしいところを見せましたね…」

「いいさ、ご主人と私の仲だろう?」

その巨大な腹に身を預けると、ナズーリンの中で泡立っていた感情が形になり、今度はそれをはっきりと自覚させた。

それからと言うもの、ナズーリンは毎日のように星に夜食を運んでくるようになった。もちろん寺の連中には星に十分な食事を取らせるようには言ってある。が、ただそれだけでは星の腹の虫が満足しないであろうことは彼女は知っていた。何よりそうすることを彼女自身が望んだ。

(私は少しおかしくなっているのかもな)

星への差し入れを買い出しに里を歩きながら考える。少しおっちょこちょいなところはあるが、聡明で自制心にあふれた主人である。それが大きな腹を抱えて唸っている様も、腹をすかせた動物のように貪り食う様も、本来であれば忌避するべきなのかもしれない。だが、普段とはまるで違うその姿は長い年月ですっかり摩耗してしまった

彼女への感情に火をつけてしまったようだ。今まで見たこともない彼女の姿にナズーリンの思考はかき乱されていた。

不意に彼女の肩に衝撃が走る。

「ああ、すまない。少し考え事をしていて」

振り返りつつ、謝罪を述べる。

「って、君たちは…」

振り向いた先には赤白と青白の2人組。その姿は以前よりも大きく――

「ああ、またその顔。嫌になるわね」

こちらの思考を読んだかの如く赤白が口を開く。

「どうせ太ったとか思ったんでしょ」

「ああ、まぁ…」

ナズーリンが言葉を濁すが2人は明らかに血色がよく、ありていに言えば太っていた。紅白の霊夢の方は以前のスラリとした印象から一転して、全身にむちむちと肉が付き、大きくなった胸に持ち上げられた上着の裾からはへの字に変形したへそが覗く。ウエストラインにのっかった贅肉は、本来くびれる箇所をまるくなだらかに変えている。丸みをおびたシルエットはそろそろ太り気味を指摘されてもおかしくない。

その隣に立つ早苗は霊夢よりもさらに大きく太い。すっきりした顔立ちはまんまるな頬のラインで失われ、太くなった首を締め付ける襟元はじつに窮屈そうだ。ノースリーブの上着から見える肩は丸く太く、袖口にぴっちりと食い込んでいる。大きな胸を下から支える腹から腰は上着とスカートで締め付けられても尚、丸さを隠さない。

「居候の天狗どもと一緒に食事をしてると、どうしても食べすぎちゃってね」

霊夢が腹肉をつまみながら嘆息する。

「私は、大会用のメニューを探しているうちにこんなになってしまって…」

と答える早苗の手にはパンパンに詰まった菓子袋。

「はぁ、私らまでこんなになってどうすんのよ」

「霊夢さんが太ったのは大会と関係ないんじゃ…」

「う、うるさいわね!ほら、もう1件行くんじゃないの!?」

霊夢がその太めの体をぷりぷりさせながら歩きだす。後に続く早苗も軽くこちらへ頭を下げると霊夢を追っていった。

星の体は面白いように変貌していった。均整の取れたしなやかな体は女性らしいグラマラスな体型に。そしてあっという間にそれを通り越して丸く厚みのある体つきに。

その体はいつか見た巫女の体よりもはるかに太く、でっぷりと腹がせり出している。その太鼓のような腹を突き出すようにしてよたよたと歩く姿は以前の寅丸の姿をまるで違う。ここに至って、ナズーリンの中で罪悪感がむくむくと顔を出し始め、星がその巨大な腹で難儀そうに動いてまわる姿を見るにつけ、彼女の中の暗い欲望をちくちくと咎めたてた。

いい加減やめるべきなのかもしれない。そう思いながら今日も大量の食べ物とともに星まで足を運ぶ。扉を開けると飛びつくようにして星が現れ、料理を貪る。小さな行灯と月明かりで照らされた星の体を包むものは薄手の夜着ひとつだけだ。たっぷりの肉がついて丸々としたほほのラインは、首との境目をあいまいにして料理を咀嚼するたびに二重になったり戻ったりと繰り返す。肩回りから腕にかけて丸々とした腕をのばして料理をつかむ。ぷっくりとした指はまるで子供のよう。慎ましかった乳房も

今は西瓜のように大きく夜着からこぼれんばかりだ。その下でふくらんだ腹はでっぷりと前にせり出し、前かがみに料理を掻き込む星の姿はまるで巨大な団子を抱えているかのようにも見える。その腹に隠れて見えない腰回りも驚くほど太く、後ろに回れば常人の倍以上はあるだろう巨大な尻に肝をつぶすことは間違いない。

やがて、その食欲が落ち着くのを見計らってナズーリンは声をかける。

「君は少し節制するべきかもね」

星はその太い首をまわしてナズーリンへ顔を向ける。

「そうでしょうか?」

意外な返答に驚かされる。

「ご主人はもう太りすぎだ。その腹も、腕も、足も。これ以上太ったら体を壊してしまうよ」

「これくらいまだまだ平気ですし、体型も落ち着いてきましたし」

星はその太い体を撫でまわしてみせる。

「嘘はついてはいけないよ。サイズを上げたばかりの服もお腹が収まらなくて四苦八苦してただろうに」

「見てたのですか?」

「ああ、配下の鼠がね。」

「心配してくれているのですか?」

「そうだ、君の監視者としてね」

ナズーリンの言葉に星は微笑む。

「ナズーリンは嘘が下手ですね」

「なっ!?」

ナズーリンの手をとって膨らんだ腹に引き寄せる。たっぷりと脂肪で覆われたその腹は柔らかく、どこまでも沈み込んでいきそうだ。

「本当は、もっと食べさせたいくせに」

星のささやきがナズーリンの心を突き刺した。

「私に食べさせるのが、こうして太っていくのが、あなたの心を狂わせるのでしょう。」

「ご、ご主人…」

ナズーリンの細い体を星の太い腕で抱きしめる。大きな腹と太い腕につつまれてナズーリンの体は星の脂肪に埋もれていく。

「本当は辞めるべきなのでしょう。でも私も少しおかしくなってしまいました」

気が付けばナズーリンの手は乳房といわず腹と言わずその肉を揉みしだいていた。

「ご主人…ご主人…!」

「ああ、こうして貴女が求めてくれるのは本当に久しぶりですね」

ぐるりと体を返してナズーリンを下に敷く。分厚い脂肪の向こうでナズーリンがもぞもぞと動いているのが伝わってくる。その重さで彼女を潰してしまわないようゆっくりと体を動かしていく。

「ぷはぁ、はぁ、ご主人…!」

肉の海からナズーリンが顔を出す。そこは星の顔の目の前だ。

「ナズーリン、もっと私を壊してください…」

星が微笑むとその顔を近づけナズーリンに口づけた。ナズーリンは星の太い体をかき抱くとその口づけに答え――

ぐぅぉぉおおおるるるるるぉぉ

星の腹の虫が特大の声を上げる。

それまでのムードが吹き飛んで、あっけに取られる2人はやがてけらけらと笑い合い、そして改めて抱きしめ合った。

扉を開いた向こうにから巨大な猛獣の気配がする。私は持てるだけ持ってきた食事を彼女に与えたあと、この身を彼女に捧げる。自ら虎穴に入るおかしな鼠と、それと共に朝を迎えるおかしな虎。当初の目的も忘れたままに。だがそれで十分じゃないかと虎と鼠は思っている。

命蓮寺編END

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